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83 蛭子

えっ、連休? やだなー、そんなものあるわけないじゃないですかー。

 人型に変形した『大鷲改』が動きを止めると同時に、分隊の皆とつながる感覚がなくなった。僕たちの意識を接続リンクしてくれていたクロが眠ってしまったからだろう。


 僕は周りを見るため、機体と同調するためのヘルメットをずらした。でも、コックピットの中は真っ暗で何も見えなかった。どうやら、機体保守用の予備魔力まで、すべて消えてしまっているみたいだ。


 皆の無事を確認しようと、暗闇の中で身体を起こした瞬間、僕の懐に入っていた魔力端末マギホの着信音が鳴り響いた。






「おい無事か、新道!?」


 声の主はエイスケだった。魔力端末の画面が発する光で、コックピット内が薄く灯される。


 僕は、自分の膝の上に、小さな白い犬のぬいぐるみが落ちているのに気がついた。


 ぬいぐるみをつまみ上げて見る。けれど、やっぱり返事はなかった。僕はクロの抜け殻を制服の胸ポケットに戻しながら、エイスケに返事をした。


「うん、平気だよ。」


 僕の声に、エイスケが大きく息を吐いた。


「急に機体が止まっちまったから、びっくりしたぜ。お前が無事ってことは、クロさんが不味いことになってんだな?」


 流石はエイスケ、理解が早い。






「無理しすぎて眠っちゃったみたいなんだ。皆は無事?」


「ああ、ただ薄暗くて叶わねえ。エンジン起動できるか?」


「やってみる。」


 僕は再び機体と同調するためのヘルメットを被った。ヘルメットを通じて軽く魔力を流すと、いつものように胸の奥から、ずずっと魔力が引き出される感覚がして、魔導エンジンが起動し始めた。


『(搭乗者の魔力を確認しました。機体制御システムを起動します。)』


 いつも通りの合成音声が流れ、機体に魔力が行き渡る。それに連れて、僕の感覚は機体に溶け込んでいった。


 機体の形がいつもと違うから、ほんの少し違和感があるものの、普段の航空魔導機を操るときと何にも変わりがない。


 機体と一体になった僕は、周囲に目を向けた。






 東の空が白く輝いている。登り始めたばかりの朝日が、薄紫色の空へたなびく噴煙を照らしていた。


 荒々しい山肌が露出した富士山頂には、倒壊した祠の瓦礫が辺り一面に散乱している。


 その中で僕は、蛭子が入った黒い棺を両手に持ったまま、跪いていた。


 さっきまで戦闘用魔導機が激しく飛び交っていた上空は、もうすっかり静かになっている。おそらく、周辺の基地に戻ったのだろう。まもなく彼らと入れ替わりで、撃墜された機体の搭乗者を救助するための支援機がやってくるに違いない。


 僕は、胸のあたりにある分隊員室に視覚を向けた。


 エイスケとホノカさんは、そのまま支援員席に座って、眼の前の計器や端末を操作している。


 だけど、マリさんとテイジが入っていた透明の球体はなくなっていた。格闘服姿の二人は今、戦闘員待機席にいる。マリさんは、待機席の物入から取り出した携帯糧食レーションを齧りながら、他の皆にも配って回っていた。


 色々あったけど、とりあえず皆が無事だったことに胸を撫で下ろす。同時に、エイスケから機体内通信が入った。






「機体の方も、とりあえずは動きそうだ。クロさんが形を変えちまったせいで、魔術回路を書き換えなきゃ戦闘は無理だけどな。飛べそうか?」


 僕はいつも魔導機を飛ばしているときと同じ感覚で、魔力を操作した。人型になった機体の背中と腰から二対の光の翼が現れる。


「(大丈夫そうだよ。まずは、蛭子を皇都に届けないと・・・。)」


 機体ない通信で、僕がみんなにそう言った途端、機体の手の中にあった黒い棺の上部が突然、左右に開いて、中から透明な水が溢れ出した。


 あっと思いまもなく、棺の中に横たわっていた人影が、身を起こす。生身の僕と同じくらいの背丈のその人は、ゆっくりと顔を上げて、機体を見上げた。






「クロウェは眠ってしまったのですね・・・。」


 驚くほど流暢な日本語で、彼女はそう呟いた。水の溜まった棺の中に立っていたのは、これまで見たこともないほど、きれいな女の子だった。パッと見だけど、僕らと同じくらいの年齢じゃないかな、多分。


 青みがかった長い黒髪は水を含み、彼女の透き通るほど白い肌に張り付いている。彼女は機体越しに僕と目を合わせると、少し戸惑いがちに話しかけてきた。


「カナメ・・・さんと呼んでいいでしょうか?」


「あ、は、はい!」


 緊張で声が裏返ってしまった。彼女は両手を胸の前で組み合わせると、祈るような表情で、話し始めた。


「大地の龍脈が大きく脈動しています。あの男、魔王が復活してしまう。一刻も早く封印を施さなくては。急ぎましょう。」


 彼女が手をかざすと、機体の胸が勝手に開いて、隊員待機席につながる扉が現れた。彼女は器用にぴょんぴょんと機体の腕の上を飛び跳ねながらその扉から機体内に入ってきた。






 全裸で突然目の前に現れた彼女の姿に、分隊の皆が口をあんぐりと開けた。驚きすぎて言葉が出ないでいる皆を気にすることなく、彼女は僕に言った。


「さあ、参りましょう。わたくしがお手伝いします。」


 彼女がゆっくりと目をつぶって、短くハミングすると、彼女の身体が薄く光を放ち始めた。それに合わせて、機体の魔導エンジンがすごい勢いで回転を始めた。身体の中に驚くほど暖かい魔力が満ち、目が眩みそうだ。


「さあ、飛んでください、カナメさん!」


 何故か彼女に逆らおうという気持ちは、微塵も起こらなかった。理由は、僕にも分からない。僕は彼女に命じられるままに、光の翼を作り出した。






「気をつけろ新道、出力がやべえことになってんぞ!」


 いち早く我に返ったエイスケが、計器を見ながら僕に叫ぶ。その声にハッとしたホノカさんは、すぐに移動先の皇都航空管制局へ通信を入れてくれた。


「移動ポイントの設定完了しました。受け入れ、大丈夫だそうです。いつでも行けます。」


「じゃ、じゃあ、行きます!」


 僕は移動するため、翼に魔力を流し始めた。ところが、ほんのちょっと翼に魔力を込めた途端、すぐに機体の自動制動がかかった。


「ポ、ポイントに到達しました!」


「(え、うそっ!?)」


 ホノカさんからの通信に、思わず変な声が出てしまった。でも、彼女の言う通り、僕はもう、皇都上空の到達予定ポイントに浮遊していた。






 瞬きをする間もないほどの時間で、300km以上の距離を移動したにも関わらず、身体には一切の負荷を感じなかった。これはきっと、以前クロが使った亜光速飛行に違いない。


 クロと出会ったばかりの頃、北アメリカ大陸から皇国まで一瞬で移動したことがあった。あのときクロは、移動中に機体と搭乗者を守るため、次元の位相をずらしていると言っていたっけ。


 僕はそんなことを思いながら、ホノカさんが混乱しきった管制局の担当官と話しているのをぼんやりと聞いていた。


 物理的にも、心理的にも、あまりに展開が早くて、全然理性と感情が追いついてこない。すると、ホノカさんの通信が終わったのを見計らったように、またあの黒髪の女の子が話しかけてきた。






「皇城の最奥部に向かってください。私が案内します。」


 僕は彼女に言われるままに、皇都の北部にある皇城に機体を移動させた。


 皇城には、上空からの侵入を防ぐため強力な結界が施されている。それに加え、魔素の動きを阻害する『八十柱結界』があるため、本来なら戦闘用魔導機で皇城に近づくことはできない。でも、今は、そのどちらも機能を止めてしまっているようだ。


 僕は彼女の案内に従い、皇城の中庭に機体を着地させた。ホノカさんはその間も、皇城の警備を担当する部署に何度も呼びかけていた。けれど、一向に返信がなかった。


 停止させた機体のハッチを開けて、外に出る。地上に降りてすぐ、僕は地の底から響く不気味な鳴動に気がついた。絶え間なく続くその響きは、僕をたまらなく不安な気持ちにさせた。






 皆と一緒に、あの黒髪の女の子も機体から降りてきた。彼女は傷病者救助に使う、備え付けの薄い毛布を肩から羽織り、申し訳程度に身体を覆っている。でも、身体を隠すにはあまりにも心もとなく、かなり目のやり場に困る感じだ。


 ただ、当の本人は、自分が裸同然の姿であることを、一向に恥ずかしがる様子はなかった。むしろ、肩からかけた毛布を優雅に扱い、背筋を伸ばしてしっかりと歩いている。その振る舞いはさながら、生まれながらの王者のようで、とても堂々として見えた。


 彼女は迷うことなく、皇城の最奥部を進んでいった。驚いたことに、至る所に人が倒れている。その人たちは皆一様に、青い顔をして気を失っていた。


 この様子は何度も見たことがあるからすぐに分かる。明らかに、急性魔力枯渇の症状だ。魔力が回復すれば、じきに意識を取り戻すだろう。ただ、完全に回復するまでは、地獄のような頭痛と吐き気に悩まされるんだけどね。






「ここです。」


 僕たちの先頭を歩いていた女の子はやがて、最奥部の儀式の間の前で立ち止また。


 僕が扉を開けると、彼女は颯爽と儀式の間へ足を踏み入れた。僕たちも、慌てて彼女の後を追う。


 儀式の間は、差し渡し10m四方程度の、窓のない部屋だった。部屋の奥の祭壇中央には、礎石が立っている。礎石の表面には、光で描かれた、複雑な魔術回路が浮かび上がっていた。


 大きさを別にすれば、城砦の祈祷所で見かける結界石にそっくりだ。おそらく、これが皇国を守る『八十柱結界』の要石に間違いない。






 礎石の前には、巫女服を着た、白髪のおばあさんがうつ伏せに倒れていた。黒髪の女の子は、迷うことなくおばあさんに歩み寄り、しゃがみこんでおばあさんを助け起こした。


 水分が失われて、シワだらけになった手を震わせながら、おばあさんは黒髪の女の子の顔を覗き込んだ。


「・・・貴様、蛭子か?」


 その声を聞いて、僕は思わず手で口を抑え、息を呑んだ。その声はかすれていたものの、聞き間違えようがない。倒れていたおばあさんは、リコ内親王殿下だった。






「代わります。」


 黒髪の女の子は、短くそう言うと、殿下の目にそっと手をかざした。殿下はすぐに意識を無くして、ぐったりと女の子に身体を預けた。


 安らかな寝息を立てる殿下を自分の膝の上に寝かせたまま、女の子は胸の前で両手の指を組み合わせて、歌詞のない歌を歌い始めた。


 その途端、巨大な礎石の表面に浮かんでいた魔術式が強い光を放ち始めた。薄暗かった部屋を光が照らすと同時に、僕は、体の奥から暖かい魔力が湧き上がってくるのを感じた。






「鳴動が止んだ・・・!」


 エイスケの言葉に、僕たちは顔を見合わせた。ここに降り立ってからずっと続いてた不気味な鳴動が、ピタリと止まっていた。


「ここは私に任せてください。彼女を頼みます。」


 一度歌うのをやめた彼女は、そう言って僕たちに膝の上にいた殿下を、僕たちに預けた。


 儀式の間の中にあった樒を使い、僕はエイスケと一緒に、急ごしらえの担架を作り上げた。


 床に横たわる殿下を担架に乗せると、殿下は直ぐに目を覚ました。


「よく蛭子を連れ帰ってくれた。褒めてつかわすぞ、化け物。」


 担架の上の殿下は、フードのない僕の顔を見るなり、かすれた声で、でもはっきりとそう言った。ところがその直後、殿下は激しく咳き込み、かなりの量の血を吐き出した。






「殿下!?」


 ホノカさんが咄嗟に駆け寄って、殿下の身体をさする。殿下は担架にぐったりと横になったまま、焦点の合わない目で、小さく言葉を発した。


「人の身で、蛭子の代わりを務めるのはさすがに堪えた。侍従を呼んできてくれ。動けるものが・・居ればだが・・・。」


 殿下の頭ががくりと落ちる。


「重度の魔力枯渇状態です。魔力どころか、魂の領域にまで魔素の流出が及んでいる。すぐに手当をしなければ、命に関わります。」


 殿下の身体の状態を調べたホノカさんは、仙算術で周囲の空間を書き換え、殿下の身体から拡散していく魔素の流出を抑えた。






 僕たちは殿下を彼女に任せ、皇城内でまともに動ける人間を探して走り回った。鳴動が止んだおかげか、ようやく意識を取り戻した人たちが、何人か見つかった。


 お仕着せを身に着けた彼らは、内裏の下働きをする人たちだ。保有魔力の低い彼らは、比較的魔力枯渇の症状が軽いようだった。


 殿下のことを彼らに任せ、機体に戻った。徐々に意識を取り戻し始めた皇宮警備隊に幾度か誰何されたものの、所属を名乗ると、すぐに先に行かせてくれた。その様子から、彼らは殿下から僕たちが下された蛭子奪還命令のことを知っているようだった。






 機体の周りには、意識を取り戻した警備兵たちが集まっていた。本来あるはずのない場所に、正体不明の人型魔導機があるのだから、当然だろう。


 僕たちは彼らに事情を説明して、機体に乗り込んだ。その直後、皇都航空管制局から通信が入り、僕たちは原隊に帰還するよう命令を受けた。


 僕は機体を起動し、高天原防衛学校に向かって飛び立った。ここに来たときのような亜光速飛行はできないから、当然通常飛行でだ。






 ようやく戻った高天原城砦群は、それは酷い有り様だった。居住区を守る城砦は、魔獣の襲撃によってあちこち崩れ落ちている。その周囲には、巨大な魔獣とたくさんの兵士たちの死骸が横たわっていた。


 僕は、分隊舎のある旧校舎発着場に機体を着陸させた。魔獣の被害は高天原防衛学校も例外ではなかった。旧校舎・新校舎ともに、焼け落ちたり、壊されたりした建物が多く見られた。ただ、城砦ほど被害が大きくないのは、魔獣を引き寄せる人間エサが少なかったせいだろう。


 発着場では、宇津井先生が僕たちを待っていてくれた。先生は僕たちの帰還申請の通信を聞いて、すぐに駆け付けてくれたらしい。


 珍しく戦闘服を身に着けた先生の全身は、戦いの煤と汚れに塗れていた。先生は機体を離れた僕たちのところへやって来ると、何も言わずに僕たち一人一人を抱きしめていった。






「よく帰ってきてくれた。私は、君たちを誇りに思う。」


 報告をするため、旧校舎へ移った僕たちにそう言った後、先生は高天原の被害状況について教えてくれた。 


 蛭子が奪われ、八十柱結界が消失したことで、高天原は魔獣の侵攻を受けた。それを食い止めようとして、皇国軍の多くの兵士が命を落としたそうだ。しかし、彼らの命がけの活躍によって、民間人の死者はまったく出ていないそうだ。


 高天原防衛学校の生徒たちも、皇国軍の支援のために戦いに参加した。死者こそ居なかったものの、重傷を負ってしまった生徒や職員が多数出たそうだ。






 笹崎教官もその中の一人だった。教官は戦闘用魔導機『紅隼』で、飛行魔獣たちを次々と撃退し、多くの戦果を挙げた。しかし、突然開いた異界門ゲートから急襲してきた超級魔獣から生徒を守ろうとして相討ちとなり、機体を撃墜されてしまったという。


 その後、教官は自らが守った生徒たちによって救急施療院に搬送され、現在治療中らしい。命に別状はないものの、戦闘に復帰できるようになるまでには、もうしばらく時間がかかるだろうと、宇津井先生は僕たちに話してくれた。


 結果として、南九州最大の皇国軍拠点である、霧島基地に所属していた兵員のうち、およそ3割が死亡・負傷により戦線離脱し、半数以上の戦闘用魔導機が破壊されてしまったそうだ。そして、皇国にあるすべての基地が、同様の状態に陥っているらしい。






「突発的な事態に、皇国軍兵士は文字通り命がけで対処し、多くの人々を守ることができた。しかし、その代償として、皇国軍はその戦力を大きく減衰させてしまった。再びこのようなことが起これば間違いなく、皇国全土が魔獣に蹂躙されてしまうだろう。」


 宇津井先生の言葉は僕たちに、皇都で感じた不気味な鳴動を思い出させた。もし今、地中深くに眠る魔王が目覚めたら、皇国はひとたまりもない。そして、それは遠くない未来に、確実に起きることだ。


 僕を支えてくれた大切な人たちの顔が脳裏を過る。絶対に皆を守らなくては。僕はそんな思いで、左手の拳をきつく握りしめた。






 原隊に復帰した僕たちはその後、皇国軍の指揮の下、城砦の補修作業と哨戒・魔獣討伐任務に明け暮れた。今回の騒動による皇国軍の人的被害はかなり深刻で、その不足を防衛学校に在籍する生徒が埋めなくてはならなかったからだ。


 僕自身、何日も家に帰ることができない日々が続いた。でも、たまに家に戻った時に見る母さんやマドカの笑顔、そして、壊れた城砦まちを復旧するために頑張る皆の姿が、僕の心を支えてくれた。


 蛭子奪還作戦から2か月後、笹崎教官が学校に復帰し、城砦の生活がようやく落ち着きを取り戻し始めたころ、僕たち第222特別訓練分隊は、再びリコ殿下に呼び出された。


 宇津井先生と笹崎教官、そしてカナ博士、団長さんと配下の女騎士さんと共に、僕たちは皇都に向かった。






「あのときは世話になったな、化け物、いや、新道カナメ。」


 皇城で拝謁したリコ殿下は、そう言って僕を出迎えてくれた。あの時、老婆のような見た目になっていた殿下は、すっかり元の怜悧な美貌を取り戻していた。ただ、その美しかった黒髪は、すっかり色を失ったままだった。


「今日呼び出したのは他でもない。蛭子が、お前に会いたがっている。着いて来い。」


 殿下は僕たちを、皇城の最奥部にあるあの儀式の間に連れて行ってくれた。驚いたことに、儀式の間は以前来た時と比べて、大きく作りが変わっていた。儀式の間の天井部分がすべて取り払われ、大きな中庭のようになっていたのだ。祭殿の奥に隠されていた礎石は、むき出しとなっており、そこから天に向かって巨大な光の柱が伸びている。


 僕たちは礎石の側に新しく作られたと思われる小さな庵に案内された。簡素だけれど、気品を感じさせるその庵の中で、僕たちを待っていてくれたのは、あの黒髪の女の子だった。女官服を身に纏い、美しい髪飾りを着けた彼女は、正座したまま、とてもきれいな仕草で殿下に頭を下げた。






「リコ様、ありがとうございます。」


「礼には及ばん。さっさとこやつらに、お前の用件を話すがいい。」


 殿下はそっけない口調でそう言うと、それとは裏腹な優しい表情で小さく微笑んだ後、女の子のすぐ隣に座った。


 僕たちは女の子に勧められ、庵に上がることになった。ただ、僕たち全員が入るには庵が小さすぎる。そのため、僕と団長さん、カナ博士、宇津井先生だけが、庵に入って彼女の話を聞くことにした。


 先生からそう言われた時、マリさんはあからさまにホッとした表情で、小さく僕にサムズアップしてみせた。それが可笑しくて、僕はフードの中で笑いを噛み殺さなくてはならなかった。


 板敷きの庵に僕たちが座ると、女の子は僕の顔をじっと見つめてから、口を開いた。






「クロウェはまだ目覚めていないのですね。『精霊核』なしで、あれだけの力を引き出したのですから、無理ありません。」


 そう言って女の子は、少し悲しそうな顔で俯いた。すると、彼女の隣に座っていた殿下は、無言でそっと彼女の手に自分の手を重ねた。驚いて顔を上げた彼女に、殿下は何とも言えない優しい表情で頷いてみせた。


 女の子は少し顔を赤らめてから、殿下に小さく頷き返した後、居住まいを正してから、僕たちの方へ向き直った。


「改めてご挨拶させていただきます。私は妖鬼トロール族の巫女姫、スァーラ。我が騎士クロウェを連れてきてくださって、本当にありがとうございました。」


 その言葉に、団長さんたちとカナ博士がハッと息を呑んだ。スァーラさんは、カナ博士に目線を向けた。






「貴女は、真なる闇小鬼ゴブリンですね。」


「はい。当代の巫女姫の長、シュレィ様の名代として、太古の英雄ムイカーンの騎士クロウェ殿の助力を求め、この世界へ参りました。」


 カナ博士は小さく声を震わせながら一息にそう言った後、スァーラさんをまじまじと見て大きく息を吐いた。


「ですがまさか、伝説の巫女姫様とこうしてお会いできるとは・・・!」


 博士の言葉に、スァーラさんは小さく笑って頷いた。


「私が居た頃の四氏族の様子とは、大きく異なっているようですね。ですが、その話は、あとでゆっくり聞かせていただくとしましょう。」


 スァーラさんはちらりと殿下と目を合わせた後、真剣な表情で僕に向き直った。彼女が何かを伝えようとしていると察した僕は、思わずごくりと唾を飲み込んだ。






「魔王の封印は、もう長く持ちません。一時的とはいえ、八十柱結界が緩んだことで、魔王はその力のほとんどを取り戻しつつあります。私の力で抑えておけるのも、あと僅かでしょう。」


 スァーラさんは僕たち全員の顔を見ながら、言い含めるようにゆっくりとそう言い、さらに言葉を続けた。


「完全に覚醒した魔王を葬るのは、現時点では不可能です。ムイカーンを用いれば、可能かもしれませんが、クロウェが眠りについている状態では、それも叶いません。もはや、一刻の猶予もないのです。」


 スァーラさんの言葉に、全員が言葉を無くした。背筋が無意識にぶるりと震える。これは闘志か。それとも絶望なのだろうか。僕は無意識のうちに、ぎりっと奥歯を噛み締めた。


 ピンと張り詰めたようなその場の空気を破ったのは、殿下の凛とした一声だった。






「新道カナメ、そして第222特別訓練分隊に命ずる。」


「はっ!」


 僕は慌てて、その場に平伏した。


「これより、お前たちを魔王討伐隊に編入させる。皇国の興廃のみならず、人類の存亡を賭けた戦いだ。文字通り、死力を尽くせ。」


 頭の上から降り注ぐ殿下の声を聞きながら僕は、胸の奥から熱い魔力の塊がじわじわと湧き上がってくるのを感じた。殿下に「顔を上げよ」と言われた僕は、僕を見つめていた殿下と正面から目を合わせることになった。


 殿下は僕の目を覗き込むと、凄みのある笑顔を浮かべた。


「いよいよ、待ちに待った紀末試験の始まりだ。見事に突破して、あのクソったれな魔王に、目にものみせてくれようではないか。」

読んでくださった方、ありがとうございました。

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