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82 天使

久しぶりの休み! まあ、明日はまた休日出勤なのですけど…。

 ジンを見送った僕たちは、崩れかけた回廊を進み、祠の中心に当たる玄室の入り口へと向かった。


「うっ!?」


 玄室へと近づいた途端、エイスケが鼻を押さえて小さく声を上げた。生臭い異臭が鼻を突く。僕たちは思わず顔を見合わせ、小さく頷きあってから、油断なくゆっくりと玄室内に侵入した。


 うっすらと魔法の明かりに照らされた玄室内には、何の気配もなかった。ガランとした室内には、無数の干からびた死体が散乱していた。






「こりゃあ・・・太政官近衛部隊の連中だ。一体何が・・・。」


 素早くしゃがみ込んだエイスケが、死体の制服を見ながら僕に視線を送ってきた。でも、もちろん僕にも、何とも答えようがない。頭蓋骨に干からびた皮を貼りつかせた死体はどれも、恐ろしい苦悶の表情を浮かべている。


「先に進むしかなさそうだな。」


 エイスケの言葉に頷いた僕たちは、玄室の最奥にある儀式の間へと続く扉に目を向けた。両開きの豪奢な扉は、半分開いた状態になっていて、中からは薄明かりが漏れている。その光を目にした途端、僕は身の毛もよだつような禍々しい気配を感じた。






 先頭に立った僕は、扉を開いて儀式の間へ足を踏み入れた。儀式の間は、さっきの玄室にも増して酷い有様だった。


 干からびた死体がバラバラになって、床に散乱している。折り重なるように無造作に置かれたその様子は、まるで誰かが食べ散らかした後の残飯のように見えた。


 濃密な死臭と血の匂いが満ちる儀式の間の奥には、棺のような黒い箱が置かれている。その上に、その場に不釣り合いなほど美しい女性が立っていた。波打つ長い黒髪をしたその女性は、天女のような薄衣の衣装と、金色の額冠を身に着けている。


 彼女は、まるで僕たちを待ちうけてくれていたかのように、優雅な仕草でゆっくりと頭を下げた後、こう言った。






「やはり、あなた方が来てくれたのですね。あの厄介なバケモノを殺してくれたのでしょう?」


 厄介な化け物というのは、おそらくジンのことだろう。ということは、彼女は僕たちの味方なのだろうか?


 でも、彼女の全身から放たれている得体の知れない魔力が、すぐにその疑問を否定した。彼女は敵だ。生存本能が、そう激しく、僕に訴えかけてくる。彼女の魔力に気圧されないよう、拳に力を込めながら、僕は彼女に尋ねた。






「あなたは誰なんですか? それに、太政官はどこいらっしゃるんですか?」


 僕の言葉を聞いた彼女は、僅かに唇の端を上げてニイッと笑った。


「閣下ならここにいらっしゃいますよ。」


 彼女はそう言うと、両掌で大事そうに持っていたものを、僕たちに差し出して見せた。それは林檎くらいの大きさの、茶色い球体だった。


「ヒッ!?」


 球体の正体を見極めようと目を凝らしていたマリさんが、小さく悲鳴を上げた。林檎のように見えたそれは、干からびて小さくしぼんだ、男性の頭部だった。


 戦慄して言葉を無くした僕たちの前で、女性は球体をそっと顔に近づけると、愛おしそうに頬ずりをした。






「閣下は、わたくしのために、本当によく動いてくださいました。ですから、最期は安楽に迎えていただきたかったのです。」


 彼女はそう言うと、うっとりとした表情で、自分の手の中にある頭部を眺めた。


「閣下は幸せな夢を見ながら、逝かれたのですよ。御覧ください、この満足そうなお顔を。きっと、魔獣の居なくなった平和なこの国を、ご自身が治める未来を確信なさっていたことでしょう。これまでのご寵愛に報いるための、私のささやかなご恩返しですわ。」


 彼女は干からびた頭部にそっと、唇を寄せた。その途端、頭部はみるみる小さくなり始め、クルミほどの大きさになってしまった。彼女はその小さな塊を、そのままぐしゃりと握りつぶした。彼女の指の隙間から、カサカサに乾いた灰のようなものが零れ落ちたが、やがてそれも、空気に溶けるように消えてしまった。






 何も残っていない自分の手を少し残念そうな顔で眺めてから、彼女は僕たちに向き直った。その姿は絵に描いたように美しく、仕草は洗練された優美さがある。にもかかわらず、僕は全身が怖気立つのを抑えることができなかった。


「・・・『蛭子』はどこにいるんですか?」


 声が震えないように気を付けながら、僕がそう尋ねると、彼女はつまらなそうに両手を広げて、自分の足元にある黒い棺にちらりと視線を送った。


「まだ、この中ですわ。せっかく念願の『コア』を手に入れたというのに、外側の肉が邪魔で、取り出せないんですの。」


 彼女がそう言った途端、僕の中のクロがざわりと動いた。その動きからは激しい怒りが感じられた。


 目の前の女性はすぐに表情を変えると、嬉しくて仕方がないという様子で、パチンと両手を打ち合わせた。そして、まるで独唱歌アリアを歌うかのように、棺の上に立った彼女は陶然と目を瞑った。






「ああ、『精霊核エレメンタルコア』! 所有者に無限の魔力と不滅の肉体をもたらす失われた秘宝! 世界の理すら書き換える力がついに・・・!」


 しかし彼女の歓喜の歌は、がたんという物音で中断させられた。


「おのれ、オウカ! この毒婦め! よくも我らを裏切ったな・・・!」


 その言葉と共に棺の陰から現れたのは、神官服を着た男性だった。ミイラのように干からびた両手で床を掴みながら、這いずるように進む彼の姿を見て、ホノカさんは小さく息を呑んだ。


 彼には下半身がなかったのだ。腹部で引きちぎられたような彼の上半身は、他の死体と同じようにカラカラに干からびている。床の上で藻掻きながら、しわがれた怨嗟の声を上げて棺の上の女性に手を伸ばすその姿は、まさに怨霊そのもののだった。






「あら、まだ息がありましたの?」


 その姿を見た彼女は、不愉快そうにその美しい眉を寄せた。彼女は道端に落ちたゴミを見るような眼で、その男性を見下した。


「裏切ったなんて、心外ですわ。だって私は、最初から、あなた方に与してなんか、いませんもの。」


 彼女は指をパチンと鳴らした。その途端、上半身だけの男性は、喉を掻きむしって苦しみ始めた。苦悶の表情を浮かべた彼は、間もなく乾いた灰になって、その場に崩れ落ちた。


 彼女は、舞い上がった灰を避けるように僅かに衣の裾を引き上げながら、呆れた口調で言った。


「回帰党の党首に祭り上げられた愚か者を、せっかく私の手で送って差し上げたというのに、なんという身勝手な言い草かしら。それに、世界を回帰させるなんて、ありもしない夢を見られて幸せだったでしょう? むしろ、感謝してほしいくらいですわ。」


 その言葉を聞いた途端、僕の懐からクロが飛び出した。僕の肩に飛び乗った、小さな白い犬のぬいぐるみは、四つ足を踏ん張りながら、女性に向かってこう言い放った。






「その力、貴様もしやメテオノーラか?」


 クロの言葉を聞いた女性は、文字通り目を皿のように見開いて、動きを止めた。だがやがて、小さくプッと吹き出すと、お腹を抱えて、狂ったように笑い出した。


「その慇懃な声! 忘れもしないわ! 随分可愛らしい姿になったものね、クロウェ!」


 息も絶え絶えになりながら、彼女はそう言った。


「クロ、知り合いなの?」


「あの女は、かつて我々の同胞だった。氏族の誰もがあの女を愛していたのだ。だが、世界が危機に瀕したとき、あの女は我々を裏切った。」


 僕の問いかけにクロは応えてくれたが、それは僕にというよりは、女性に向けて言っている言葉のように聞こえた。それが分かったのだろう。息を整えた女性は、困ったような表情でクロに言葉を返した。






「私は正しい選択をしただけです。世界の長たる私達が、すべてを捨てて、獣同然の汚らわしい暮らしをするなんて、できるわけないでしょう?」


「そんなことのために氏族を売り渡したのか? その飽くなき欲が世界を滅ぼしたのだと、なぜ分からぬ!!」


「それが何だというのです? 世界など、次元の狭間にいくらでもあるではありませんか。『精霊核エレメンタルコア』の力があれば、滅びゆく世界を捨て、新たな世界を支配することも容易。そうやって、力を持つ優れた者が、力なき愚かな者たちを導いていけばよい。それが秩序というものです。」


 怒りに満ちたクロの声を、女性は傲然と受け流した。






「・・・変わらぬな。」


 クロの呟きに、女性は優雅に頷いてみせた。


「ええ、もちろんです。あのときも、そう申しあげたでしょう? 愚かな貴方には理解できなかったようですけれど。」


「私はムイカーンの騎士。氏族の守り手。己の欲のために、氏族を害するものを許すわけにはいかない。それがたとえ、守るべき貴方であってもだ。『輝ける原石メテオノーラ』、いや『穢れた原石メテオラ』よ。」


「その名で私を呼ぶな、クロウェ!!」


 クロが女性をメテオラと呼んだ途端、彼女は激昂してそう叫んだ。すると、彼女の容姿が瞬く間に変化していった。


 長く波打っていた黒髪が、透き通った銀青色になる。同時に、滑らかな白い肌は、今の僕と同じような、薄青色へと変わった。


 黒かったその瞳は碧眼へと変わり、白目がほとんど見えなくなるほど大きくなった。美しい異形となったメテオラは、その瞳に憎しみを込めて、こう叫んだ。






「その小僧が、ムイカーンのことを何か知っているのではと思っておりましたが、貴方がいるならば好都合です。小僧の身体を寸刻みにして、貴方を引きずり出し、聞き出させてもらうとしましょう!」


 メテオラは両手を音高く打ち合わせると、歌うように声を上げた。


「《神名において【メテオラ】が命ずる。『断罪の使徒』よ、ここに出で来たれ》!!!」


 次の瞬間、激しい地鳴りと共に、儀式の間の床が激しい光に包まれた。


「逃げよう!!」


 僕は皆にそう叫んだ。同時に祠が崩れ去り、頭上に満点の星が煌めく夜空が見えた。僕はクロの『白陣』の力で、分隊の皆を落ちてくる瓦礫から守りながら、大急ぎで建物から離れた。






「見て!! なにあれ!!?」


 崩れ去った建物上空を振り返ったマリさんが叫ぶ。そこに在ったのは、銀色に輝く巨大な人型の物体だった。


 その姿を一言で表すなら、六枚羽を持つ天使だ。ざっと見た感じ、おそらく全長は50mほど。圧倒されるほどの巨大さだ。


 右手に金色に輝く斧、左手に方形の盾を持ち、金色の光輪を頭上に浮かべたその天使は、翼をゆっくり動かしながら、空中に静止していた。






「神名魔法か。憎むべき仇敵の技を使いこなすとは。落ちるところまで落ちたな、メテオラ。」


 天使の姿を見たクロは、そう言った。僕はクロに事情を尋ねようとしたけれど、天使から発せられた夜空を圧するほどの声に遮られてしまった。


「何とでもおっしゃいなさい。そして、刮目するのです。わたくしの真名を奪ったあなたたちに復讐するため、私が手に入れた新たな力を! わざわざ、この国でも最大級の魔力結節ノードに『コア』を持ち込んだのも、すべてはこのため! 『核』が手に入れば、これとは比べ物にならないほどの力も、容易に手に入れることが出来るのですよ。かつて世界を滅ぼした神々の軍勢の前に、すべての者が平伏すことになるのです!」


「あの愚か者を止めなくては。力を貸してくれ、カナメ。」


 犬のぬいぐるみはそう言うと、また僕の懐に飛び込んでしまった。事情は分からないけれど、蛭子を取り戻さなくてはならないということだけは、はっきりしている。とにかく、今はメテオラを止めるしかない。






「エイスケ、お願い!! 《疑似精霊憑依》!!」


 僕は魔力を振り絞り、自分の体を強化外装で覆った。


「おいおい、マジかよ!? 相手、巨大ロボじゃねーか!」


 エイスケはそう叫びながらも、恐ろしい速さで端末を操作し始めた。まもなく、僕たち全員の体が強化外装に包まれた。


「蛭子が入っていると思われる棺は、あの天使の体内に収納されています。」


 仙算術で相手の様子を探ったホノカさんが、僕たちにそう告げる。


「場所が分かったのはいいけどよ。空に浮かんでるあいつにどうやって攻撃するんだ?」


 そのエイスケの問いかけに答えたのは、クロだった。






「(あの女は、私を狙っている。私からムイカーンのありかを聞き出すつもりなのだ。)」


「じゃあ、僕が囮になればいいね!」


 僕はクロの言葉を皆に伝えた後、すぐにその場を飛び出して、20mほど上空に浮かんでいる天使の足元に駆け寄った。


「逃げもせず向かってくるとは、感心なこと!」


 メテオラがそう言うと、天使は右手に持った巨大な斧をゆっくりと振りかぶり、一気に僕めがけて振り下ろしてきた。何とか回避したものの、斧が山腹に激突した際に生じた凄まじい衝撃が僕を襲う。僕は空中に放り出され、くるくると回転しながら叫んだ。






「今だ!!」


 僕が地面に叩きつけられると同時に、マリさんとテイジが飛び出す。二人は周囲に生じた衝撃と飛び散る岩塊をものともせず、器用に金色に輝く斧に取り付くと、そのまま天使の右腕を駆けあがった。


「これでも喰らえ!!」


 あっという間に肩に取り付いたマリさんとテイジが同時にジャンプし、銀仮面のような天使の閉じた両目に飛び蹴りを放つ。しかし、魔力を込めた渾身の蹴りにもかかわらず、天使の瞼に傷一つ付けることができなかった。






「チョロチョロと五月蝿いこと。」


 メテオラがそう言うと、天使は翼を止めてゆっくりと地上に降りた。その間も、マリさんとテイジは懸命に攻撃を続けたが、棺の場所に辿り着くどころか、まったくダメージを与えることができない。


 やがて、閉じていた天使の両目がゆっくりと開いた。金色に輝く光を目にした途端、後方で皆の魔力を接続してくれていたエイスケが叫んだ。


「やべえぞ!!」


 天使の眼球がぐるりと動き、マリさんとテイジを捉える。次の瞬間、レンズのような眼球から収束した光線が二人に向かって放たれた。


 二人は光線を見事な体術で躱した。光線は、夜空を切り裂いて虚空へと消えた。しかし、体勢を崩した二人は天使の顔面から地上に向かって落下した。






「マリちゃん! テイジくん!!」


 ホノカさんの悲鳴が響く。50mほどの高さから落下した二人は、地上に激突する寸前、強化外装の魔力降下翼を展開して、くるりと空中で蜻蛉を切り、足から地面に着地した。


 ホッとしたのも束の間、地上の二人に巨大な斧の攻撃が加えられる。二人はそれを回避したものの、僕と同じように空中に放り出されて地面に叩きつけられた。僕は、二人の元に駆け寄った。


「大丈夫!?」


「外装のおかげで、なんとかね。」


 すぐに体勢を立て直した二人と共に、天使に向き合う。天使は大地に両足を着けたまま、翼を大きく広げ、斧を振りかざしていた。僕は天使からの次の攻撃に備えたけれど、幸か不幸か天使は動きを止めたままだった。






「どうする、カナメっち。あたしたちの力じゃ、あの天使は倒せそうにないよ。」


 様子を伺いつつ、身構えたままマリさんが僕に問いかけてきた。確かに彼女の言うとおりだ。


 さっきからあまり積極的に攻撃してこないのは、クロを確保するつもりだからだろう。


 ただ、こちらから攻撃する手段がない以上、どうすることもできない。せめて、火力の出せる戦闘用魔導機でもあれば・・・!


 僕は崩れ落ちた祠の側に横たわっている僕たちの分隊機、『大鷲改』に目を向けた。『大鷲改』は強行着陸と祠の倒壊に巻き込まれたせいで、大きく機体がひしゃげてしまっていた。かろうじて原型を保っているものの、とても戦闘が出来る状態ではない。


 どうする。どうすればいい。僕はこの状況を打破する手段を必死に考えた。でも、僕が答えを出すよりも早く、メテオラが僕に話しかけてきた。






「仲間の命が惜しくば、投降なさい。大人しくクロウェを引き渡すならば、他の仲間の安全は保障しましょう。」


 優しい声色が夜空に響く。しかし、その声にかぶさるように、マリさんが叫んだ。


「そんなの信じるわけないだろ、このバーカ!! さあ、かかってきな!」


 マリさんはそう言うと、天使に向かって猛然と走り出した。僕とテイジも反射的に彼女に続く。無謀なのは分かっていた。けれど、彼女を放ってはおけない。それに、行動することで何か手掛かりがつかめるかもしれない。そんな淡い期待を込めて、僕は彼女の背を追った。


「愚か者には、言葉が通じませんか。」


 メテオラの冷たい声が響くと同時に、天使の光輪が上下二つに分かれた。直後、上下の輪がそれぞれ逆方向へ凄まじい速度で回転を始める。






「伏せろ!!」


 ハッとして振り返ると、エイスケとホノカさんがこちらに向かってすごい勢いで駆け寄ってきていた。僕たちが伏せると同時に、エイスケも地面に体を倒す。しかし、ホノカさんだけは地面に足を踏ん張り、両手を高く天に突き上げた。


 直後、凄まじい熱量を伴った光線が、光輪から僕たちめがけて撃ち出された。けれど、その光線は、見えない壁に阻まれたように不自然に角度を変え、僕たちに届くことはなかった。


「ぐううっ!!」


 両手を突き上げたホノカさんが、呻き声を上げながらがっくりと膝をついた。やがて、光線の射出が終ると同時に、彼女は前のめりに地面に崩れ落ちた。僕たちを避けた光線は、はるか遠くの山腹を大きく抉り取りながら、虚空へ消えていった。






「ホノカさん!!」


 倒れた彼女を抱きかかえて、強化外装の面防フェイスシールド越しに顔を覗き込む。彼女は僕の目を見て、小さく微笑んだ。


「仙算術で空間を捻じ曲げました。でも・・・次はありません。」


 それだけ言うと、彼女はゆっくり目を瞑った。意識を無くしてしまった彼女を抱きかかえて、僕は皆と一緒にその場を離れた。天使からの追撃を警戒したけれど、天使はなぜか、凍り付いたように動きを止めていた。


 僕たちはこの隙に、壊れた『大鷲改』の陰に身を潜めた。戦闘用魔導機の装甲板ならば、多少は安全だと思えたからだ。抱えていたホノカさんをその場に横たえると、すぐにエイスケが尋ねてきた。






「天使はまだ動いてねえ。小桜の様子はどうだ?」


生命反応バイタルは正常だよ。気を失ってるだけみたいだ。」


 僕の答えを聞いて、皆はホッとした表情をみせた。しかしその直後、テイジがさっと西の空を指さした。


「むっ!!」


 テイジの指の先には、こちらに飛来してくる無数の赤と青の光が見えた。


「皇国軍の即応部隊だ!」


 光の正体は、皇国軍の主力戦闘魔導機『紅隼こうじゅん』と攻撃機『蒼鴉そうあ』の部隊だった。瞬く間に天使の周囲にやって来た即応部隊は、一糸乱れぬ動きで攻撃を開始した。


 攻撃機の放つ大火力の魔力機銃と、攻撃機に搭載された魔力炸裂弾が天使に降り注ぐ。マリさんたちの攻撃では傷一つ付かなかった天使が、ぐらりと姿勢を崩した。わずかながら、天使の銀色の装甲にもダメージが生じている。






「煩わしい羽虫ども!!」


 メテオラがそう叫ぶと、天使の六枚の翼が輝きだした。その直後、翼から無数の銀色の光が全方位に放たれる。光の正体は、銀色の光を帯びた羽根だった。即応部隊は緊急回避行動をとったものの、三分の一ほどの機体が撃ちだされた羽根によって、機体を破壊されてしまった。破壊された機体からは、緊急脱出ベイルアウト用のカプセルが次々と飛び出し、山腹へと落下していった。


 羽根は僕たちが隠れている『大鷲改』にも降り注いだ。しかし、汎用作戦機の装甲板は、羽根の被害から僕たちを守ってくれた。装甲板を破壊した羽根は、光に溶けるように消えてなくなった。


 羽根の攻撃が止んだ後、僕はホノカさんを守るために、彼女に覆いかぶさっていた体を起こした。






「・・ありがとう・・カナメくん。」


「!! ホノカさん、目が覚めたんだね!」


 ホノカさんは、マリさんに手を借りてその場に立ち上がった。


「もう大丈夫。それより今の状況は?」


 僕たちは彼女に状況を説明した。


「即応部隊が・・・じゃあ、城砦を襲っていた魔獣たちは、撃退できたのかしら?」


「それは、分からない。それよりも、今はあいつを何とかしないと。」


 僕の言葉に皆が大きく頷く。すると、僕の懐に隠れていたクロが、また肩に飛び乗ってきた。






「カナメ、メテオラはあの使徒の性能を十分に使いこなせていない。味方の援護がある今が好機だ。」


「クロ!? それどういうこと?」


「先程から、使徒の動きを観察していた。本来の使徒の動きはあんなものではない。なにしろ我々の世界を滅ぼしかけた、最悪の兵器の一体なのだから。おそらく搭乗者であるメテオラの魔力が、不足しているのだろう。」


 天使が攻撃のたびに動きを止めるのも、そのせいだろうとクロは言った。


「そうなんだ。じゃあ、クロちゃん。あいつを倒すためにどうすればいいの?」


 マリさんがそう尋ねると、クロはその小さな鼻を、壊れた『大鷲改』の方へ向けた。






「皆、この機体に乗るのだ!」


「えっ、でも、これは・・・!!」


 僕たちは思わず顔を見合わせた。さっきの羽根の攻撃で『大鷲改』はさらに傷ついている。乗り込んだとしてもまともに動くかどうかすら怪しい。でもその時、迷う僕たちに向かって、クロが大きく叫んだ。


「カナメ、私を信じてくれ!」


 皆が一斉にクロに目を向けた。クロから信じろなんて言葉が出るなんて、思ってもみなかった。僕は思わずニヤリと笑ってしまった。


「行こう!」


 僕の言葉に、皆も笑顔で立ち上がった。壊れた装甲板の隙間から機体に入り込み、それぞれの席に着く。僕は支援員席の側にある点検用の通路を通って、コックピットに潜り込んだ。






 魔導エンジンが完全に止まってしまっているため、機体内は暗い。コックピット内も、自分の手さえ見えないほどの真っ暗闇だ。とりあえず僕は、魔導エンジンに魔力を流すため、機体同調用のヘルメットに手を伸ばした。


 すると、クロの触手が突然僕の右手から飛び出して、コクピット内に広がった。同時に、僕の肩に乗っていた白い犬が、高らかに声を上げた。


「『疑似精霊憑依』極大!!」


 クロの触手を通じて、僕の魔力がすごい勢いで流れ出していく。直後、『大鷲改』の魔導エンジンが急速回転を始めた。エンジンによって増幅された僕の魔力が機体を包み込む。






「!! なんだこりゃ!? 機体がうねってやがる!?」


 エイスケの叫びが聞こえたかと思うと『大鷲改』が大きく揺れた。魔力光に包まれた機体はうねりながらその姿を変えていった。30mほどの汎用作戦支援機は、見る見る間に強化外装を纏った人の形へと変形した。


 僕の居るコックピットは、人型兵器の頭部にある。他の皆は胸の辺りにいるようだ。僕は機体を操縦しているのと同じように、視覚情報を操作して、皆の様子を見た。


 エイスケとホノカさんは、分隊機とそっくり同じ形の支援員席に座っていた。二人は、目の前にある見慣れた端末を驚いたような顔で見つめていた。


 二人が座っているのは、人型兵器の胸の奥。ちょうど人間の心臓の辺りだ。そしてその前には、大きな二つの透明な球体が浮かんでいた。その球体の中には、呆然とした顔のマリさんとテイジが入っていた。






「なにこれ、なんか自分の体がすごくおっきくなったみたい!」


 マリさんの言葉にテイジも無言で頷く。


「二人の体を、この人型兵器に同調させている。二人が動いた通りに、この兵器も動く。」


 クロが短くそう言った。ほんの少しだけど、クロからは苦しそうな感じが伝わってきた。


「ありがとう、クロちゃん! これでやっと、あいつをぶん殴れるよ!!」


 マリさんの言葉に、エイスケとホノカさんがハッとして自分の端末に向き合う。二人は大急ぎで端末を操作し始めた。 


「よし阿久猫、それなら俺に任せとけ!」


 エイスケは端末を操作しながら、マリさんに言った。


「お前の魔力と機体の同調率を上げる! 頼んだぞ、馬鹿猫!」


 彼はそう叫んで、ターンっと端末のキーを叩いた。






「変形『獣人形態フォームビースト』!!」


 僕たちの乗る人型兵器が光に包まれたかと思うと、見る見る間に、ほっそりしたとした女性的なフォルムに変わっていった。同時にマリさんが驚きの声を上げる。


「なにこれ! すっごい!! 力が溢れてくる!!」


「これもしかして、マリちゃんの視界!? なんだか、自分の感覚が広がったみたいな感じがする!」


 ホノカさんが言ったように、僕もマリさんと感覚を共有しているような気がした。


「私の力を媒介として、全員の感覚を共有させている。君たちの間に、強い相互の信頼があるから実現できた。これが本来の『精霊憑依』に近い使い方だ。我々の氏族の戦士たちは、こうして感覚を共有することで、互いの力を高め合っていたのだ。」


 クロはいつも以上に平板な声でそう言った。






「クロ、大丈夫?」


「長くは持たない。早めに頼む。」


 思わず尋ねた僕に、クロは短くそう答えた。僕を通してクロの言葉を聞いたマリさんは、人型兵器の姿勢を低くして四つ足で地面を掴むと、大きく猫のように跳躍した。直後、皇国軍の即応部隊と闘っていた天使がこちらに反応した。


「光線と羽根、同時に来ます!」


 こちらに向き直った天使が、光輪と翼を輝かせる。光線が撃ち出させるのに合わせて、マリさんは大きな鬨の声を上げた。


「うおおおおおっ!」


 マリさんはビームに向かって真っすぐに飛び込みながら、空中で身体を捻った。大きくしならせた体を、背面跳びのように光線に沿って移動させていく。彼女はビームの熱に当たるギリギリのところを見極めて、天使に突進した。彼女の体術と反射神経があってこそ、初めてなせる離れ技だ。






「《白陣》!!」


 僕の叫びに合わせて、六角形の構造物が無数に空中に出現し、僕たちの機体に迫る羽根を遮った。構造物の配置を補助してくれたのは、もちろんホノカさんだ。彼女は機体の機能と仙算術を使うことで、羽根の飛来位置を完璧に把握していた。


 ビームを避けたマリさんは、機体を天使の首筋に飛びつかせると、そのまま大きく身体を回転させた。こちらが一回り小さいとはいえ、遠心力によって生じた勢いを完全に殺すことはできない。堪らず、天使の身体は体を傾かせた。


 マリさんは傾いた天使の体に足を乗せると、空中に飛び上がった。その衝撃で、彼女は天使の体を山腹に叩きつけた。うつ伏せに強い衝撃を受けた天使の腕が砕け、巨大な斧と盾が放り出される。


「捕まえたよ! マルちゃん、テイジ!!」


 飛び上がったまま、彼女はそう叫んだ。感覚を共有しているから、彼女の意図は、僕たち全員に正確に伝わっている。






「うー、これが阿久猫の視界か。こりゃあ、マジで酔うな・・・。」


 青い顔をしたエイスケは、そう言いながらまた端末のキーを叩いた。


「変形『鬼神形態フォームオーガ』!」


 空中に飛び上がっていた機体が、逞しい戦士のような姿に変わる。


「うおおおおおお!!」


 マリさんから機体の操作を引き継いだテイジが、全力で天使の背中に膝落としを食らわせた。光を発しようとしていた翼が砕け散ると同時に、彼は翼に手をかけ、力任せに引きちぎった。


 そのまま天使の背面に食らいついたテイジは、両腕を天使の腰に回し、後ろから抱え込んだ。






「何をするつもり!? やめて!!」


 焦ったメテオラの声が響き、光輪から出鱈目にビームが放たれる。でも、背面に潜り込んだテイジに当たるわけがない。


「ふんぬう!!」


 テイジは天使を抱え込んだまま、後ろに大きく身体を倒した。いわゆるバックドロップだ。天使は恐ろしい勢いで脳天を地面に叩きつけられた。光輪と僅かに残っていた翼が粉々に砕け散る。






「とどめだ、新道!!」


「いけっ、カナメっち!!」


 エイスケが端末を操作すると、機体は最初の強化外装を纏った人型に変形した。今度は僕に、機体の動きが任されたのだ。


 僕は、二人の攻撃で動けなくなった天使を仰向けにすると、胸に馬乗りになった。そして狙いを定めて、大きく振り上げた拳を天使に叩きこんだ。


「《黒波撃》!!!」


 プラズマ化した黒い稲妻を纏った拳が天使に突き刺さる。衝撃波が分厚い装甲板を破壊する。僕は砕けた装甲板の隙間に手を差し込み、奥に収納されていた黒い棺を回収した。


 その直後、天使の身体から強烈な魔力圧を感じた。僕が無我夢中で天使から飛びのいた直後、砕けた天使の体は激しい魔力光を発しながら炸裂した。僕はその勢いで後ろに倒れ、山腹に体を叩きつけられた。


 天使は富士山頂の一部を消し飛ばしながら、小さな光の粒となって消えていった。






「あっ、アレ!!」


 マリさんの声でハッとして辺りを見ると、土煙の中から小さな球体が飛び出してきた。次の瞬間、球体の周囲の空間が歪むように揺らいだかと思うと、球体は揺らぐ空間の向こうへと消えていった。


「次元の彼方へ逃がれたか・・・。だが、メテオラは諦めまい。いつか、またまみえることになるだろう。」


 僕の肩に乗っていた白い犬のぬいぐるみはそう呟いた直後、突然ぽとりと僕の膝の上に落ちてきた。


「クロ!?」


 驚いた僕がクロに声をかけると同時に、僕たちの乗っていた機体がゆっくりと動きを止めた。徐々に光を無くしていくコクピット内で、僕の脳内にクロの声が響いた。


「(少々無理をしすぎた。あの子を・・・姫様を頼む。)」


 クロはそう言い残すと、それきり黙ってしまった。僕は懸命にクロに呼び掛けた。しかし、その返事が返ってくることは、なかったのだった。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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