81 葬送
あと残り9話。最後まで頑張ります。年内には終わりたいです。
「死ねえ!」
巨大な魔猿と化したジンの拳が、僕に迫る。強化外装の視界に赤い警告が表示されると同時に、僕は身を翻してその拳を間一髪躱した。
しかし、ジンの攻撃の威力は凄まじく、僕は大きく体勢を崩してしまった。まずい!!
「カナメっち!」
体勢を崩した僕に、追撃を放つジン。マリさんとテイジは、僕を救うため、ジンに向かって突進した。
それに気づいたジンは、くるりと向きを変えると大きく息を吸い込んだ。次の瞬間、建物全体を揺るがすほどの凄まじい咆哮がジンから放たれた。
一部の魔獣が持つ魔力波による全体攻撃、呪縛咆哮だ。近くにいる相手に衝撃波による物理ダメージを与えるだけでなく、抵抗に失敗した相手の動きを止めてしまう効果のある特殊攻撃。
ジンの呪縛咆哮は、超級魔獣にも匹敵するほどの威力だった。まともに食らったら、マリさんたちが危ない。
「クロ!! 《碧陣!》」
咄嗟にクロに呼びかけた直後、目の前に青い半透明の魔力の防護壁が出現した。魔素の動きを阻害することで、特殊攻撃を無効化する防護壁は、僕とマリさんたちを音の衝撃波から守った。
あえなく防御壁は砕け散ったが、それによって物理ダメージは何とか相殺することができた。しかし、音に敏感なマリさんだけは、その場に立ちすくんだまま、動けなくなってしまった。やはり、ジンの強力な咆哮を、完全に無効化することはできなかったようだ。
ジンの巨大な拳がマリさんに向かって繰り出される。
「マリ!」
テイジはマリさんを庇うため、彼女の前に飛び出した。ジンの拳が直撃したテイジの体が、小枝のように後ろに吹き飛ばされる。
「ぐはっ!」
「きゃあああ!」
テイジとマリさんは縺れるようにして、二人同時に倒れ込んだ。拳の衝撃で、二人の強化外装は粉々に砕け散った。
「俺の《獣装》は、魔装化した相手との戦いを想定して作られてるんだ。そんな脆い装備で俺に対抗できるわけないだろうが!」
倒れて気を失った二人を嘲りながら、ジンはとどめの一撃を放った。体勢を立て直した僕は、無我夢中でジンの拳の前に飛び出した。
「《白陣》!」
実体化した正六角形の魔素防護壁が、ジンの拳で粉々に砕け散っていく。しかし、複数の防護壁を重ねて出現させたことで、ジンの拳の勢いはかなり弱まっていた。僕は左腕に装着した小盾で、ジンの拳を受け止めた。
左手に凄まじい圧力がかかり、踏ん張った両足の外装がぎしりと悲鳴を上げる。僕は魔力を振り絞り、外装を強化することで何とか衝撃に耐えることができた。
超級魔獣を遥かに凌ぐほどの膂力。まともに食らえば、左腕ごと打ち砕かれて絶命していたかもしれない。
「足手まといの仲間を守りながら、俺と闘うつもりか?」
長い舌で歪んだ声を上げて、ジンはからかうように言った。それに応える間もなく、次の攻撃が来る。
「《白陣》!」
「うぜえ!!」
僕の作り出す防護壁を易々と打ち砕きながら、ジンは攻撃を続けた。ただ、ほとんど密着した状態からの一撃のため、さっきほどの威力はない。
呼吸を整えるためか、ジンの連続攻撃がほんの一瞬だけ止まった。
「《黒波》!」
僕は魔素を振動させる衝撃波を拳に乗せ、ジンに反撃を試みた。常人なら触れただけで体内の魔素の動きを阻害され、行動不能になる一撃。
しかし、僕の精一杯の反撃を、ジンは余裕をもって回避してみせた。
その瞬間、ジンが確かに笑ったように見えた。僕はゾッとするような悪寒に襲われ、全力で地面を蹴って後方へ飛び下がった。
さっきまで僕がいた場所を、ジンの破城槌のような脚が通り抜ける。
危なかった。強化外装による身体機能補助がなければ、今の一撃ですべてが終わるところだった。
距離を取った僕に向かって、ジンは大きく口を開いた。幾重にも並んだ恐ろしい牙の向こうから、白熱した火球が次々と吐き出される。
「くっ、《碧陣》!!」」
半球型をした、半透明の青い防護壁が僕の身体を包み込む。防護壁に触れた火球は、水に落ちた線香花火のように一瞬で溶け崩れた。
上級攻撃魔法の《業火球》を上回るほどの火力を相殺したことで、僕の魔力残量は大きく減ってしまった。おそらく《碧陣》《白陣》共に、あと1回しか使えない。
僕は更なる追撃を予想して、油断なく身構えた。しかし、ジンは追撃をすることなく、僕をじっと眺めながら言った。
「以前に比べて、ずいぶん素早くはなったが、闘いの動きはまったく出来てねえ。装備任せの出鱈目な動きだ。」
まったくジンの言う通りだ。今の僕の動きは、クロが『疑似精霊武装』作りだしたこの強化外装と、ホノカさんの仙算術によるサポートのおかげで成り立っている。彼女は今も後方から戦況を分析してくれている。僕の視界に表示されている様々な表示は、すべて彼女の分析によるものだ。
僕は呼吸を整えながら、ジンをじっくりと観察した。すると、ジンの上部に緑色のゲージが表示された。
これは、ジンの体内魔力量を表しているようだ。三分の二くらいになっていたゲージが驚くほどのスピードで回復していっている。ただ、このゲージのおかげで、ジンが追撃をしてこない理由が分かった。
さっきの火球攻撃は、ジンにとってもかなり負担が大きかったのだろう。僕も、この隙に少しでも魔力を高めようと、胸の奥からさらに魔力を引き出した。
「(カナメ、魔力圧が上昇しすぎている。危険だ。)」
荒い息を吐きながら、無言で頷く。胸の奥が灼けつくように痛む。これ以上無理をすれば、魔力が暴走し、僕は完全に魔獣化してしまうかもしれない。
「随分苦しそうだ。その力、いつまで持つかなあ!!」
ジンはそう言って、ゆっくりと近づいてきた。ジンの魔力ゲージは完全に回復している。この余裕は勝ちを確信しているこそだろう。
僕がジンに付け込む唯一のチャンスがあるとすれば、ここしかない。
もはや防御しているゆとりはなかった。僕は残り少ない魔力をかき集め、反撃の一撃を撃ち込むためのチャンスを慎重にうかがった。
ジンは僕の前に立ち塞がると、大きく拳を振りかぶった。最初に受け止めた、あの超強力なとどめの一撃を放つつもりなのだろう。
当然、ジンの方がリーチが長い。あと一歩踏み込んでくれれば、こちらの攻撃の間合いに入るが、いくら慢心していると言ってもさすがにそんな迂闊なことをするはずがない。
彼の攻撃を躱し、反撃を入れる。これが僕に残された勝機だ。
ほとんどまともに戦闘訓練をしたことのない僕には、おそらく不可能だろう。しかし、半身を犠牲にする覚悟でなら、一撃入れることくらいは出来るかもしれない。僕はすべての魔力を、右拳に集中させた。
「消し飛べ!!」
ジンが大きく振りかぶった。しかし、次の瞬間、彼は不自然な体勢でその動きを止めた。
「な、なんだ!? 体が動かねえ!?」
僕はハッとして、視線をホノカさんの方へ向けた。
「仙算術で、その人の周囲の魔素を拘束具に変換しました。でも、長くは持ちません。早く!!」
彼女の言葉が終るよりも早く、僕はジンの懐に飛び込み、渾身の魔力を込めて彼の体に一撃を叩きこんだ。
「《黒波撃》!!」
僕の魔力とクロの力によって、極限まで圧縮された魔素が一気に解き放たれる。幾重にも重なった魔素の波は、僕の拳を中心として、目に見えるほどの黒い波紋となり、ジンの体を貫いた。
「うぐうあああ!!」
ジンの巨体が後ろに吹き飛び、壁に激突した。ズガンという音と共に、建物に大きな振動が走る。同時にホノカさんが気を失って、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。
彼女が意識を無くしたことで、僕の視界に表示されていた様々な数字や記号が一気に消え去る。消える最後の瞬間、僕は咄嗟にジンの魔力残量を確認した。
最大になっていたジンの魔力は、80%ほど失われていた。僕は彼女の思いを無駄にしないよう、さらに追撃しようとジンに突進した。
しかしそれは、倒れたままのジンが放った凄まじい横凪の蹴りで阻まれてしまった。必死に躱したものの、完全に回避することはできなかった。何とか左腕の小盾で受け止めることができたけれど、これで僕の魔力残量はほとんど底を尽いてしまった。
「ぐうっ!!」
踏ん張った状態で、床の上を後ろに滑る。何とか踏みとどまって視線を上げると、ゆっくりとジンが起き上がろうとしているところだった。
「今のは・・・かなり効いたぜ。だが、もうあの女は動けねえみたいだな!」
ジンは一気に距離を詰めると、僕を床に叩き伏せた。倒れた状態で横腹を蹴り上げられ、そのまま何度も踏みつけられる。
強化外装がミシミシと音を立てる中、僕は残った力を振り絞って、ジンの足にしがみついた。
「クロ、《吸奪!》」
「ぐはあっ! て、てめえ!!」
強化外装から飛び出るように伸びたクロの触手がジンの体に絡みつき、彼の魔力をごっそりと吸い取った。ジンは僕を乱暴に振りほどくと、後ろに飛び下がった。
ほんの一瞬だったけれど、かなりの量の魔力を奪うことができた。ジンはかなり弱っている。その分、僕は失った魔力のほとんどが回復していた。しかしその直後、吸い取った荒々しい力が僕の中で暴走しはじめた。
「(カナメ!)」
魔力と共に流れ込んできたジンの荒々しい感情が、僕の心を高揚させていく。僕は完全に魔力の制御を失っていた。
徐々に僕の体が変形し始める。筋肉が急速に増大し、体に力が満ちていく。
まずい。このまま魔獣化したら元に戻れなくなる。僕の理性は必死にそう警告していたけれど、ジンの怒りに引きずられた僕の感情は、それに耳を貸そうとはしなかった。
クロは僕の魔獣化を止めようと必死になっているようだ。クロがいなかったら、もうとっくに理性を無くした魔獣になり果てているに違いない。僕はクロの助けを借りて、魔力を制御しようとしたが、体内で行き場を無くして荒れ狂う魔力を押さえつけるのは容易なことではなかった。
僕の身体は巨大化し始めた。しかし、それは急に止まった。体内に満ちていた魔力が急速に足元に流れ落ちていく。思わず下を見ると、僕の足元には金色に輝く魔方陣が形成されていた。
「落ち着けよ分隊長。こんなとこで終わってどうすんだ。大ボスがまだこの奥に残ってんだろうが、このアホウめ。」
ハッとして後ろを振り返ると、地面にしゃがみ込んだエイスケが、ニヤリと笑いながら僕を見ていた。彼は背負っていたバックパックを地面に降ろし、中から取り出した端末をすごい勢いで操作していた。
「待たせてすまなかったな。セットアップに時間がかかっちまった。行くぞ! 魔術回路展開! 連結開始!」
エイスケが端末のキーを操作すると、僕の中にあった魔力がどんどん魔方陣に吸い取られ始めた。その魔力は地面に広がった魔方陣を通じて、エイスケの両脇に立っていたマリさんとテイジの体へと流れ込んでいった。
マリさんたちが意識を取り戻してくれたことにホッとしたと同時に、二人の体が白銀の強化外装に包まれた。
二人は素早い動きで飛び出すと、僕の前に立ち塞がってサッと身構えた。
「お前らまで『魔装化』だと!?」
ジンが驚きの叫びを上げる。彼は僕たちの足元に広がった魔方陣とエイスケの操作する端末を、鋭い目で睨みつけた。
この端末は、幽世から帰った後、エイスケがカナ博士と共に作り上げた魔力同調補助装置だ。元々、戦闘用魔導機に搭載されている魔術制御装置を持ち運べるように改良したもので、僕の魔力を分隊の仲間と同調させることができる。
幽世で鬼娘の淀鈴さんと闘ったときのように、エイスケは端末なしでも魔術補助術式を使うことで、同じことができる。ただ、それは彼にかかる負荷が非常に大きい。そのため、補助装置として、この端末を作り上げたのだ。
「こっからは、あたしたちが相手だ! カナメっちには、指一本触れさせないからね!!」
マリさんはジンに拳を突き出すと、さっと僕の方を振り返った。
「カナメっち! 後衛二人の守り、任せたよ!」
その言葉を言い終わると同時に、二人はジンに飛び掛かっていった。ジンは二人を撃退しようとしたが、クロの作り出した強化外装と、卓抜した戦闘技能を持つ二人の連携によって、次第に追い詰められていった。
「クソがああああああ!!」
ジンが大きく後退した。その瞬間、僕の視界内のジンの顔に、赤い警告表示が浮かび上がった。あの火球攻撃が来る!
思わず振り返ると、意識を取り戻したホノカさんと目があった。彼女が無言で頷くと同時に、僕は叫んだ。
「《碧陣》!!」
マリさんとテイジの体が半透明の青い半球で包まれるのと、ジンが火球を吐き出すのがほぼ同時だった。防御壁に触れた火球は、炸裂することなく消失した。
「ナイス、カナメっち!!」
防御壁が消えると同時に飛び出したマリさんが、火球を放つため棒立ちになったジンの足にローキックを叩きこむ。ジンがぐらりと体勢を崩した。
「テイジ!!」
「うおおおおおおおおお!!」
マリさんがその場から離れるのに合わせて、テイジが巨大な金棒を振り下ろす。脳天に金棒を喰らったジンは、ぐらりと体を後ろに傾けた。
しかし、ジンは倒れることなく踏みとどまると、さっと横に転がってその場を離れた。
「なんつー頑丈さ!! でも、もう終わりだよ!!」
荒い息を吐くジンに、マリさんが叫ぶ。ジンは明らかに弱っていた。白く輝いていた毛皮から色が失われ、黒っぽい色へと変わっている。
しかし、彼は両腕を高くつきあげると、激しくドラミングしながら恐ろしい勢いで吠えた。
「まだだ!! 俺は・・・僕はまだやれるんだ!!」
ほとんど底を尽きかけていたジンの魔力残量ゲージは、見る見る間に回復し、あっという間にこれまでの最大量を超えていった。
「マリさん! テイジ! 下がって!!」
警告に従い飛び下がろうとした二人を、激しい魔力の衝撃波が襲った。
「くうっ!!」
「ぐおっ!」
悲鳴を上げて後ろに転がる二人。
「マリさん! テイジ!!」
僕は二人を守ろうと前に飛び出した。ジンの毛皮は真っ赤に赤熱化していた。彼は大きく振りかぶった腕を、僕に向かって振り下ろした。
「これで終わりだ!!!」
「クロ!!」
「(心得ている。)」
クロは、いつもの静かな声で短くそう言った。ホノカさんの警告表示を見ながら、僕は叫んだ。
「《碧白積層陣》、最大!!」
ジンの拳の動きに合わせて、クロが白と青の防御壁を同時に作り出した。正確に重なり合って生成された積層陣が、拳の勢いを殺していく。クロは砕ける端から、次々に防護壁を作り出すことで、彼の攻撃を受けきってみせた。
攻撃を防がれtジンは、強引に防御壁を打ち破ろうとさらに攻撃を加えた。しかし、不意にその圧力が消えた。
「ぐああああああああああ!!」
恐ろしい叫び声を上げながら、ジンが後ろに倒れる。地面に転がった彼は、体を掻きむしるようにして苦しみ始めた。
「!? 一体・・・!?」
「(力を引き出し過ぎたな。自らの魔力に呑まれたのだ。)」
僕の驚きの声に、クロが淡々と応えた。赤熱化していた彼の毛皮は、熱が失われ灰色になっていた。その毛がポロポロと抜け落ちるにつれ、ジンの体がどんどん小さくなっていく
「体が・・・僕の体があっ!!」
急速に縮んでしまったジンの身体は、やがて3歳のくらい子どもくらいの大きさになった。彼は地面に座り込んだまま、皮膚のない剥き出しの手足を必死に動かし、溶け崩れていく肉をかき集めようとしていた。
僕たちは、ジンの元へと近づいて行った。
「これが、こいつの正体だったのか。」
エイスケの呟きを聞いて、ジンは皮膚のない顔をこちらに向けた。
「見るな! 僕を見るなあ!!」
彼はそう叫ぶと、うずくまって頭を抱えた。今の彼は怯えきった子ども、そのものだった。
さっき彼は、自分が作り出されたのは3年前だと言っていた。だから、エイスケの言っていたように、これが彼の本来の姿なのだ。おそらく『捕食強化』で得た力を使い、それを『獣装化』することであの姿を保っていたのだろう。
生まれてから3年の間に、彼がどんな生活をしていたか、僕には分からない。でも、僕は自分の義弟である彼の姿に、深い悲しみを覚えた。
決着をつけなくてはいけない。そう思った僕は、一歩進み出て、うずくまるジンの前に立った。
「(カナメ、この者の肉体は間もなく崩壊する。)」
僕の気持ちを読み取ったクロが、僕にそう言ってくれた。それは僕にも分かっている。だからこそ、僕は彼の前に立ったのだ。
「わかってるよ、クロ。」
「(・・・ならば、もう何も言うまい。)」
クロはそれきり何も言わなかった。僕に気づいたジンが、ハッとこちらを向いた。
「来るな! 止めろ!!」
僕の身を包む強化外装を怯えた目で見ながら、彼は後ずさった。
「死にたくない!! こんなところで、死にたくないよう!!」
ジンは、両手で自分の目を覆って悲鳴を上げた。そう言っている間にも、ジンの手足の先が次第に黒ずんでいく。
僕は自分の胸の奥から流れ出る魔力を、徐々に落ち着かせていった。それに合わせて、僕とマリさんたちの体を包んでいた強化外装が、光に溶けるように消えた。
「カナメっち!?」
急に無防備になったことで、マリさんが驚きの声を上げる。それに驚いて、ジンも顔を上げて僕の方を見た。
怯えた目を向けるジンに僕は手を伸ばした。僕はジンをそっと抱き寄せた。
「ジン、君はもうひとりの僕だ。」
「!?」
ジンは心底驚いた眼をして、僕の顔をまじまじと見た。僕は彼に向かって小さく頷いてみせた。
「僕はもしかしたら、君のようになっていたかもしれない。僕が今、こうしていられるのは、僕を守り支えてくれた人たちのおかげなんだ。」
「カナメくん・・・。」
僕の言葉を聞いて、ホノカさんが小さく呟いた。彼女の目の端には涙が光っていた。他の皆は神妙な顔で、僕たちを見つめていた。僕は、腕の中で小さくなっていくジンの目を覗き込みながら、彼に語り掛けた。
「君のやったことは、決して許されることじゃない。なら、その罪を僕も背負うよ。」
瞼のないジンの目がキョロキョロと落ち着きなく動いた。僕は言葉を続けた。
「僕と君の持つこの力は、多くの犠牲によって生み出された、呪われたものだ。だから、僕はこれから一生をかけて、この力を皆を守るために使う。だから・・・せめて安らかに眠ってほしい。」
ジンの体は水分が失われ、すでに子猫くらいの大きさになっていた。彼は掠れた声で僕に尋ねた。
「僕・・・もう、戦わなくていいの?・・休んで・・・いいの?」
僕は目の奥がぐっと熱くなるのを感じた。自分でも下手くそだなと思う笑顔で、僕は彼に言った。
「うん、僕が見ていてあげる。だから、安心してお休み、ジン。」
そう言うと同時に、僕が抱えるジンの体に、皆がそっと手を伸ばしてきた。驚いて口を開きかけた僕に、エイスケはそっと頭を振ってみせた。
「分かってるよ。なんも言うな。」
その言葉に、皆も無言で頷く。皆の手に包まれながら、小さく小さくなったジンは、最後にこう呟いた。
「ありがとう・・・おにい・・ちゃん・・。」
「おやすみ、ジン・・・《吸奪》。」
僕の願いを聞いたクロが力を使うと、小さくしぼんていたジンの体は、光に変わって溶けるように消えた。
次の瞬間、ジンのこれまでの記憶が一気に僕の中に流れ込んできた。彼の生い立ちは、目をそむけたくなるような光景の連続だった。血と死と屈辱に彩られた記憶を追体験したことで、僕は激しい吐き気を覚えた。
「ぐっ・・・うげええええっ!」
僕は慌てて皆の側から離れると、背を向けて瓦礫の上に激しく嘔吐した。
「おい、大丈夫か、新道!?」
慌てて駆け寄ってきたエイスケが、僕の背中をさすりながら言った。
「・・・もう、大丈夫。ありがとう、みんな。」
胃の中のものをすべて吐き戻した僕は、ぎこちない笑顔で彼にそう言った。しかしこの瞬間も、ジンの味わってきた苦痛や絶望が、僕の心を苛んでいる。喉を掻きむしりたくなるような衝動を、苦い唾と共に飲み下した。
僕は皆に向き直り、強い、しかし静かな声で言った。
「行こう。もうこんなこと、二度と繰り返しちゃいけない。」
皆は大きく頷いてくれた。この奥には、ジンをこんな目に遭わせた張本人、太政官が待っている。
彼が奪った蛭子を取り戻し、皇国を鎮めなくてはならない。僕たちは強い決意を胸に、儀式の間へ続く回廊を進んでいった。
読んでくださった方、ありがとうございました。




