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8 昼食

後半、いじめによる暴力描写があります。苦手な方はご注意ください。

 初めての総合演習の2日後。昼食をとるため食堂の列に並んでいたら、後ろからバシッと左肩を叩かれた。振り返るとそこには満面の笑顔のマリさんと腕組みしたテイジくんがいた


「やっふー、カナメっち! 今からお昼? 航空隊と時間被るなんて珍しいね!」


「昼から皇国防衛隊西方司令部の視察があるせいで、授業が早く終わったからかな。格闘隊もそうなんでしょ?」


「だからいつもより混んでんだー。緑の紐の子もいるから後方支援科も来てるみたいだね。」


 マリさんの言う通り、緑の飾り紐をつけた後方支援科の姿も見える。普段は食堂が込み合わないよう微妙に学科ごとに時間がずらされているため、こんな風に一緒になるのはすごく珍しい。






「ところでマリさんたち、いつの間に僕の後ろに並んでたの? 僕の後ろには他の隊の子がいたはずだけど・・・?」


「なんかあたしとテイジが近づいたら、順番譲ってくれたんだー。ね?」


 マリさんはそう言って後ろを振り向き、テイジくんからかなり距離をとって後ろに並んでいる一年生の子たちに声をかけた。その子たちはビクッと体を震わせた後、壊れたおもちゃみたいにがくがくと頭を上下させた。これ完全に割込みじゃん・・・。






「マリさん、テイジくん。後ろに行こ。」


 僕がそう言って右足を引きずりながら列から離れると、マリさんは一瞬きょとんとした後、猫みたいに目を細めて笑った。


「はい、分隊長殿! 命令に従いまーす!! 行こ、テイジ!」」


 おどけて片手を上げながらそう言ったマリさんが、僕の後ろを楽しそうについてくる。その様子を並んでいた生徒たちが目を丸くして見ていた。


 好奇の視線にさらされながら長い列の後ろに向かって歩いていると、向こうからとぼとぼと歩いてくるエイスケくんとホノカさんの姿が見えた。二人も今から食事をするらしい。それを目ざとく見つけたマリさんは二人を強引に引っ張ってきた。






「隊長殿! 222分隊、全員集合であります! みんなで食べよ! ね、いいでしょ?」


「強引に引っ張ってきたくせに、それいまさら聞くのかよ。」


 敬礼しながら歌うように言うマリさんに、エイスケくんが面倒くさそうに返事をする。でも嫌だとは言わなかった。僕たちは5人で列の最後尾に並んだ。


 マリさんは楽しくて仕方がないという感じでホノカさんに話しかけている。でもホノカさんはずっと俯いたままみんなと目を合わせようとしない。返事も曖昧でどこか上の空の様子だった。何かあったのかな? そう言えば何となく瞼が腫れているような・・・?






「あれ、ホノちゃん? 声、枯れてない?」


 マリさんがホノカさんの声を聞いて心配そうに尋ねた。言われてみるとホノカさんの声は僅かにかすれている。まるで大声を無理やり出した後みたいだ。


 ホノカさんはびくりと体を震わせながら「ちょ、ちょっと、カゼ、ひいちゃったみたいで・・・」と小さな声で言った。目の端には少し涙もたまってる。


 マリさんと僕は顔を見合わせ、それからエイスケくんを見た。エイスケくんはホノカさんを心配そうに見つめていた。






 やがて列が進み、僕らは配給食を受け取るカウンターの前に来た。


「おばちゃん、あたし大盛! テイジはいつものやつ!」


「マリちゃん、遅かったね。ちゃんと準備してあるよ。はい、いつもの!」


 カウンターの中の配膳員さんが笑顔で彼女にお盆を手渡した。僕が持っているものより一回り大きいお盆の上には白米がうず高く盛られたどんぶりと、焼き魚が溢れるほど積み上げられた大皿が乗っている。付け合わせの浅漬けとみそ汁も普通の生徒の倍以上の量があった。






「兄ちゃんのはいつもみたいに自分でとってくれるかい?」


 配膳員の女性がテイジくんに声をかけると彼は黙って頷き、慣れた様子でカウンターの内側に入った。戻ってきた彼が手にしていた巨大なお盆の上にはマリさんの3倍以上の量の食事が載せられている。それもう、どんぶりじゃなくて、大鉢だよね?


「あんたらも大盛かい?」


 配膳員の女性の問いかけに、僕とエイスケくん、ホノカさんは慌てて首を振る。僕とエイスケくんは普通に一人前、ホノカさんは僕たちの半分くらいの量の配給食を受け取った。






「ほんとに規格外だな。お前、その体のどこにそんだけの飯が入るんだよ。」


 マリさんのほっそりと引き締まった体を見て、エイスケくんが呆れたような声を出す。席に着くなりマリさんとテイジくんは文字通り掻き込むようにご飯を飲み込み始めた。


「・・・んぐんぐ・・・だって、食べないと午後からの訓練中にバテちゃうからね。ホノちゃんももっと食べたほうがいいよ。」


 口一杯に頬張ったご飯を飲み込んだ後、焼き魚をぱりぱりとかじりながらマリさんが言う。ホノカさんは目を白黒させながらその様子を見ていた。


 そんなマリさんをエイスケくんは苦り切った表情で叱りつけた。






「食いながらしゃべんな! あと人を箸で指すな! ったく・・・。」


 マリさんは「にゃはは、ごめんごめん」と笑った後、また悪びれた様子もなくご飯を飲み込み始める。その様子に「見てるだけで腹が膨れちまうぜ」とぼやきながら、エイスケくんも食事を始めた。そんな彼に苦笑しながら、僕はマリさんに話しかけた。


「挌闘隊の訓練ってすごく大変なんだよね?」


「・・・もぐもぐ・・・ごくん!! んー、今日は基礎訓練だけだからそうでもないよ。ポイントまでの行軍だけだし。」


 今度はちゃんと口の中の物を飲み込んでからマリさんがそう答えた。


「行軍?」


「うん、装備を付けてポイントまでみんなで走るの。あたし、いっつも先頭って決めてんだ!」


 彼女が言うには先頭を走る方が魔獣との遭遇率が一番高いからだそうです。でも格闘隊の標準装備(武装を含めるとおよそ20㎏)を身に着けて魔獣と戦いながら2時間で往復30㎞って、どんだけさ。


 この訓練が日常的で比較的楽な部類らしい。そりゃこんだけ食べないと持たないはずだよ。






「バディ組んで索敵しながらの遭遇模擬戦とかもやるんだけどさ。苦手なんだよねー。見つけた奴をぶっ倒していくのは好きなんだけど、探すのってすごくめんどくさいんだよ。あたし、地図とか読めないからさー。」


 にゃははって笑ってるけど、地上戦闘員としてはそれかなり致命的な欠点なのでは? そんなマリさんをよそに、テイジくんは空になった大鉢を持ってまた配膳カウンターに向かった。


「だからこの間はホノちゃんがちゃんと指示してくれてほんとに助かったよ! ありがとねホノちゃん!」


 急に声をかけられたホノカさんがビクっとして顔を上げ、怯えた表情でマリさんを見る。マリさんはきらきらした目でホノカさんを見つめていた。大鉢一杯に盛られたご飯を手にして戻ってきたテイジくんもその言葉に小さく頷いた。


 僕とエイスケくんも同じようにホノカさんを見つめる。みんなの信頼の視線を受けて、彼女はおずおずと控えめな笑顔を見せ、顔を赤くして俯いた。それを見た僕は、なぜだか急に心臓がドキリと跳ね上がるような感じがした。


 急に耳が熱くなっていく。僕、一体どうしちゃったんだろう? 僕はそんな動揺を誤魔化すように、焦って口を開いた。






「た、確かにホノカさん、すごかったよね。一位になれたのはホノカさんとエイスケくんのおかげだよ。・・・あ、丸山さんって呼んだ方がいいですか?」


 僕の言葉にエイスケくんは思わず箸を止め、呆れた表情で僕の方を見た。


「今更だな、おい。エイスケでいいよ。それに一位になったのはこの化け物二人がガンガン魔獣をぶっ倒してくれたおかげでもあるしな。」


 エイスケのからかうような視線に、マリさんはあっけらかんとした口調で答えた。


「化け物ってひどいなー。そうだ! 回収した魔石に応じて分隊に報奨金が出るんだよね! にゃふふ、楽しみー!! あたし、お菓子いっぱい買うんだ!」


「まだ食うのかよ・・・。」


「とーぜん! 成長期だからね、あたし!!」


 ドヤ顔で胸を張る彼女の言葉に僕とエイスケは目線を合わせ、苦笑いを浮かべた。けど次の瞬間、エイスケはさっと表情を変えてホノカさんに話しかけた。






「おい、小桜。お前、大丈夫か?」


 僕が驚いてホノカさんの顔を見ると、彼女は真っ青な顔をしていた。続いて「うっ!」っと小さく呻いて吐き気をこらえるみたいに口を押える。


「ど、どうしたのホノちゃん!?」


 マリさんがホノカさんの様子に気づいてあたふたしはじめる。ホノカさんは「へ、平気だから」と震える声で呟いた。


「平気なわけないじゃん!! どうしたの? あたし、なにかやっちゃった!?」


 ホノカさんはマリさんの言葉を否定するように慌てて首を振った。見れば彼女はほとんど食事に手を付けていなかった。


 僕たちは心配してホノカさんの表情をじっと見つめた。テイジくんも箸を止めて彼女を見ている。彼は相変わらずの無表情だったけれど、彼女を心配している気持ちははっきりと感じることができた。


 しばらくの沈黙の後、エイスケが諭すように彼女に話しかけた。






「おい、小桜。お前、俺たちになんか話したいことがあるんじゃないのか?」


 ホノカさんはその言葉を俯いたまま聞いていた。膝の上に置かれた両手を、指が白くなるほどぎゅっと握り締めている。僕たちは黙って彼女の言葉を待った。


 やがて彼女は顔を上げ、きつく結んだ唇を震わせながら「あのね、私・・・!」と何かを言いかけた。






 しかしその言葉は途中で断ち切られてしまった。食堂の出口辺りに集まった女子の集団が、ホノカさんに声をかけてきたからだ。


「小桜さーん。あたしたちと一緒にお茶しましょう?」


 集団の中でも一際すらりと背の高いきれいな女子生徒がホノカさんに上品に笑いながら声をかける。でもその笑顔に冷たい侮蔑の感情が隠されていることに、僕はすぐに気が付いた。


 ホノカさんは「今の、聞かれ・・・!?」って言いながら蒼白になって口を押えた。彼女はホノカさんと同じ緑の飾り紐をつけた制服を着ている。後方支援科の上級生だ。


 マリさんはサッと立ち上がると、長身の女子生徒に向かって喰ってかかった。






「ちょっと! ホノちゃんは今、あたしたちとご飯食べてんだよ! お前らどっかに・・・!!」


「!! いいの、阿久猫さん! ま、松本さんたちは、私をし、心配してきてくれただけだから・・・!」


 マリさんが女子生徒たちに向かって文句を言いそうになるのを、ホノカさんが慌てて止めた。マリさんの大声で他の生徒たちの注目が僕たちに集まる。その中にはあからさまに嫌悪や冷笑の表情を浮かべている生徒もいた。


「わ、私、もう行きますね。ご、ごちそうさまでした。」


 ホノカさんは僕らが止めるのも聞かず、自分のお盆を持ってあっという間に席を立っていった。お盆を持つホノカさんの両脇にさっきの女子集団のうちの二人がぴったりと寄り添い、お盆を片付けるのを手伝っている。


 一見すると仲睦まじくも見える光景。でも二人に囲まれたホノカさんの手足が小刻みに震えていることに、僕らはみんな気が付いていた。


 ホノカさんは女子生徒のグループに取り囲まれながら、食堂を出ていった。食堂に残った生徒たちの何人かはその様子をニヤニヤ笑いながら見ていた。






「あの連中!!」


「待て、阿久猫! 鬼留!」


 ホノカさんを追って、マリさんとテイジくんが立ち上がろうとするのをエイスケが強い口調で止めた。


「なんで止めるのさ、マルちゃん!」


 マリさんの抗議に対して、エイスケは今までに聞いたこともないような暗く重い声で応えた。


「今行っても、とぼけられるのがオチだ。それに下手に手出したら小桜が危ない。」


 エイスケの言葉を聞いて二人は顔を見合わせ、渋々席に着く。そこでエイスケは僕たちに事情を説明してくれた。






「小桜、どうも寮で厄介な連中に絡まれてるみたいでな。俺も証拠を掴もうとしてるんだが、あいつらなかなかしっぽを出さないんだ。俺自身が後方支援科じゃ相手にされてないから・・・すまん。」


 エイスケは血を吐くような声で悔しそうに言った。


「そんなの! あいつら全員ぶん殴ってやればいいじゃん!」


 マリさんの怒りに任せた声に同意するように、テイジくんが「ふん!」と大きく鼻息を吐いた。だがエイスケは静かに頭を振って、すぐにそれを否定した。


「あの松本ってやつ、貴族だぜ。それに俺も小桜に何回か聞いたことがあるんだ。でも否定するばっかりでな。どうやらあの連中に弱みを握られてるみたいなんだ。今、助けただけじゃ小桜がかえって酷い目に遭う可能性が高い。ひょっとしたら取り返しのつかないことになるかも・・・。」


 エイスケは本当に苦しそうな表情でそう言った。






 エイスケの言葉には、僕も完全に同感だ。ホノカさんがあの連中に脅されているんだとしたら、確かに今助けるだけじゃ根本的な解決にならないだろう。中途半端に第三者が介入したことでいじめがどんな酷いことになるか、僕は自分の体験からよく知っていた。


「小桜に被害が及ばないように、どうにかして連中のしっぽを掴めるといいんだが・・・。」


 エイスケはそう言ってぐっと奥歯を噛み締めた。マリさんは額に青筋を立てて怒り心頭の様子。だけどどうしていいかわからず、ただ唸り声をあげるばかり。テイジくんは無表情だけれど、箸を握り潰すほど固められた拳を見ればその怒りは一目瞭然だ。


 そんな皆の様子を見た僕は、胸の奥から赤黒い炎のようなものがじわじわと湧き上がってくるのを感じた。






 マリさんが耐え兼ねたように勢いよく席を立つ。その拍子に強化樹脂製の椅子が倒れて、激しい音を響かせた。


「うー! やっぱりあたし、あいつらをぶん殴ってくる!」


「待て! 落ち着け、阿久猫!!」


「だって! このままじゃホノちゃんが危な・・・!?」


 そう言いかけたマリさんがハッとして言葉を止めた。彼女は驚いた表情で僕の方をじっと見た。みるみる彼女の後ろ髪がざわざわと逆立っていく。


 怪訝な表情で彼女を見ていたエイスケは、僕の顔を見て引きつったような声を上げた。


「ちょ、お前、その目・・・!」


 エイスケくんは絶句したまま僕の右目をじっと見つめた。凍り付いたように動きを止めた三人に、僕は静かに語り掛けた。






「・・・エイスケ、マリさん、テイジくん。あいつらのやってることが分かったよ。」


 僕の耳の奥に、超感覚でとらえたホノカさんたちの会話が響いてくる。同時に僕は体の内側を切り裂かれるような痛みを感じていた。


 特に右耳と右目の奥からは、脳が溶け落ちてしまうのではないかと思うほどの激痛がする。でも今聞こえてくる会話に対する激しい怒りの感情は、それを上回って余りあるほどだ。痛みなんか全然気にならない。






 僕は今、体内の魔力を無理矢理高め、義眼と右頭部に仕込まれた生体部品を暴走させている。寄生魔獣の体組織を使って作られているこの生体部品は、魔力を吸収すればするほど宿主である僕の体を強化してくれるのだ。


 僕はそれを使って聴覚を限界まで拡張した。今の僕は数キロ先に落ちた針の音も聞き分けられるほど感覚が鋭敏になっている。少し離れた場所にいるホノカさんと女子生徒たちの会話を聞き取るぐらい朝飯前だ。


 僕は右目の義眼を自分の魔力端末マギホにリンクさせ、聞き取った会話を録音していった。






「きゃあああ、ばけものっ!!!」


 その時、僕の顔をたまたま見た女子生徒の一団が悲鳴を上げ、手に持ったお盆を放り出して逃げ去っていった。


 義眼の奥と顔の右側がかゆい。過剰な魔力供給によって暴走した生体部品が、さらなる魔力を求めて僕の体を侵食し始めているのだ。


 感覚強化のために僕が魔力で寄生魔獣の制御装置リミッターを焼き切ったからだろう。暴走した生体部品が身体組織を乗っ取ろうとして、体の内側に細い触手を伸ばしているのをはっきりと感じることができた。


 鏡がないから見ることはできないけれど、焼け爛れた顔の皮膚が下から押されてグネグネと動いているのが伝わってくる。今の僕の顔はさぞやグロいことになっているだろう。さっき女子たちが慌てて逃げていったのも無理はない。学校の怪談をまた一つ増やしてしまったかもしれない。


 でもホノカさんたちの会話はまだ続いている。今すぐにでも助けに行きたいけれど、決定的な証拠を掴むためにはもう少し時間がかかりそうだ。


 心の中でホノカさんとさっきの女子生徒に詫びながら、僕は魔力を暴走させ感覚を無理やり拡張し続けた。











 カナメが魔力を暴走させていたちょうどその頃、ホノカは生徒がめったに立ち入らない演習場の脇にある女子トイレに連れ込まれていた。


 自分よりも頭一つ大きい二人の少女によって壁に両手を押し付けられ、身動きできなくされている。そして無防備なその華奢な体にドスっという重い音とともに拳が撃ち込まれていく。


「(うっ!!うげぇ!!かはっ!!)」


 口に自分のハンカチを押し込まれているため、悲鳴を上げることもできない。重い拳が腹部をえぐるたびにホノカの小さな体が跳ね上がり、苦しい息だけが漏れる。連れ込まれてすぐ腹を蹴られ、胃の中のものをすべて吐いてしまったので、もう今は胃液しか上がってこない。


 ぐったりと力を無くしたホノカはようやく解放され、そのままトイレの冷たい床に崩れ落ちた。すぐに彼女に拳を入れていた大柄な女子生徒が彼女の髪を掴んで上を向かせる。






 大柄な女子生徒はホノカの口から胃液の染みついたハンカチを引きずり出すと、髪を掴んで壁にガツンと彼女の頭を叩きつけた。


「おいマヌケ!!さっきは何、余計な事言おうとしてたんだ、ああ!?」


「・・・うっ、やめ、やめて尾上さん・・・。私、何も言ってないよ・・・。」


 衝撃で朦朧としたまま、ホノカはやっと声を絞り出した。


「何、嘘ついてんだ? まだ、痛い目にあいてえみてえだな!!」


 ホノカの言葉を聞いた尾上リカは逆上し、いつものようにビンタしようと手を振り上げる。だがすぐにそれを背の高い女子生徒が止めた。






「おやめなさいリカさん。顔はだめよ。午後の授業でみんなに見られてしまうわ。」


 その言葉でリカは渋々振り上げた手を降ろした。


「ちっ。ヤスエ様の言うことならしかたねえ。感謝しろよマヌケ! おらあ!」


 左手で髪を掴んだまま、渾身の力でホノカの腹を殴るリカ。その衝撃でホノカの細い髪が根元から引きちぎられ、彼女は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。あまり痛みで声を出すこともできず、ビクビクと体を震わせる。その様子をげらげら笑いながら、他の女子生徒たちがマギホで録画していく。





 ホノカがようやく体を起こせるようになったところで、リカが彼女に土下座するように怒鳴った。彼女がのろのろと額を床にこすりつけるのを見て、ヤスエは女子生徒たちに録画を止めさせ、彼女の後頭部を上からぎゅっと踏みつけた。


「一昨日の『しつけ』でマヌケもだいぶ反省したことでしょうし、もうこれ以上バカなことはしないでしょう。ちゃんとお金を持ってくれば、今回のことは許してあげてもいいわねぇ。そうでしょ皆さん?」


「そうですねヤスエ様。おいマヌケ! お前、自分の言ったこと忘れてねーだろーな!!」


 リカの言葉に周りの少女たちが笑いながら同調し始めた。






「そうそう! 『友達のお金に手を出すのだけは勘弁してください』なんて言ってたくせにさあ。結局、最後にはおしっこ漏らしながら『みんなのお金盗んできます。だから許して』って、あたしたちに泣いて頼んだよね。ほんと傑作だったわ。」


「あたしらのことバラしたら、あの時の動画もお前の大事なお仲間にバラまくからな。絶対にしゃべんじゃねーぞ。」


「お前、金盗んだらお前の大事な『化猫』と『暴鬼』に殺されっかもなー。でもお前はしゃべんないよな。このこと親に知られたくないんだろう? 殺されたってしゃべるわけないもんなー。」


 ホノカは彼女たちの言葉に無言で耐え続けた。食いしばった歯の間から鉄の味がして、目の奥に熱い涙が溜まっていく。だが彼女は決して涙を流さなかった。


 少女たちが口々にホノカを脅しつける中、ヤスエがホノカの頭をごつごつと踏みつけながら楽しそうに声を上げた。






「ねえ、そろそろ午後の実習が始まるわ。移動しましょう。マヌケ、お前も遅れないようにいらっしゃい。もし少しでも遅れて私たちが疑われでもしたら、また今夜『しつけ』よ。」


 そりゃあ面白そうだ、今度は何させましょうかと笑いながらトイレを出ていく少女たち。ホノカは一人、トイレの床に額をつけたまま蹲っていた。


 とめどなく溢れる熱い涙がこぼれないように、彼女は目を固く瞑りそれを飲み下した。彼女は奥歯をぎりりと噛み締め、グッと強く拳を握った。爪が手に食い込んで血が滲む。


 ホノカは涙を断ち切るように、より一層強く瞼を閉じた。そして次に開いた時、彼女の目には昏い決意の炎が静かに宿っていたのだった。

読んでくださった方、ありがとうございます。次のお話は明日までに書きたいと思います。

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