77 命令
次回は日常回になる予定です。
幽世から、ホノカさんを連れ戻すことに成功してから半年。僕たち222分隊は進級して、4年生になっていた。
「3時の方向に次元震。距離1500。20秒後に新たな異界門生成、魔獣が出現します。」
地上に降下しようとする石柱の大悪魔の群れを、掃討し終えた直後、ホノカさんから、新たな敵の出現を告げられた。
「(ホノカさん、相手は?)」
「魔骨飛竜です。数は6。」
ホノカさんの解析結果を聞いたエイスケは、僕が操る『大鷲改』の魔力総量をモニターしながら、彼女に聞き返した。
「魔力機銃が効かない奴だな。小桜、相手の防御、剥がせるか?」
「出現後なら書き換え可能です。」
「(エイスケ、魔力残量は大丈夫そうかな?)」
「阿久猫たちの方もそろそろ終わりそうだし、行けるだろ。思い切りぶちかませ。」
僕は新たに出現した魔骨飛竜の方へと機体を向けた。青空にポッカリと空いた黒い穴から、星幽体状態の巨大な魔獣が次々と飛び出してくる。
無数の骨が集まって形成された体を持つ、その不死の翼竜は、全長およそ20m。『大鷲改』よりも一回り小さい。僕の姿に気づいた彼らは、すぐにこちらへ向かってきた。
生者を憎む呪いに突き動かされている不死者は、恐れを知らない強敵だ。中でもこの魔骨飛竜は、高い魔法防御力を持つことで知られている。彼らは、自身の持つ呪いの力で、周囲の魔素を捻じ曲げ、魔力によるあらゆる攻撃を弾いてしまうのだ。
魔導機の主力兵装である魔力機銃は、魔導エンジンによって増幅した無属性の魔力を打ち出している。そのため、通常の出力では魔骨飛竜に無効化され、ほとんどダメージを与えることができない。
彼らを倒すには、打撃などの物理攻撃か、強固な魔法防御を上回るほどの高出力魔力による攻撃を行う必要がある。しかし、空を飛ぶ巨大な魔獣を、物理攻撃だけで倒すのは至難の業。このまま、こいつらが地上に降りてしまったら、大きな被害が出るのは言うまでもない。
魔骨飛竜たちは、複雑に飛び回りながら、僕の周囲に集まってきた。僕は彼らを引き付けるようにゆっくりと上昇しながら、再び魔導エンジンを高速回転させ、魔力を高めていった。
「よっしゃ! 全部捕まえたぞ!」
機体の周囲の様子を見ていたエイスケが叫ぶと同時に、ホノカさんが頷いた。
「了解です。仙算術、発動!」
魔骨飛竜たちの半透明の身体を覆っていた緑色の燐光が吹き消すように消えたかと思うと、途端に動きが鈍くなる。仙術と数学を組み合わせた彼女の固有技能、仙算術によって魔骨飛竜たち周辺の空間を数学的に書き換え、彼らの魔法防御を無効化したのだ。
「(クロ!)」
「(心得ている。)」
脳内で叫んだ僕に、クロが落ち着いた声で返事をした。僕は動きが鈍くなった彼らに向かって、魔力機銃の光弾を次々と放った。クロの力で極限まで収束された光の矢は、彼らの核である魔石を正確に撃ち抜き、破壊した。
現界前だった魔骨飛竜たちの身体は、光に溶けるように崩れ去った。粉々になった魔石の欠片だけが、キラキラと太陽の光を反射しながら、地上へ落ちていく。
「(他には?)」
「今のところ、次元震の予兆はなし。こっちは大丈夫だよ。マリちゃん、地上はどう?」
「(今、真ん中にいた、デカいのを、片付けたとこ。)」
マリさんが荒い息を吐きながら、通信を返してきた。今回の魔獣たちは、高天原城砦の結界ギリギリの位置に出現した超級魔獣、地裂巨獣が中心となっていた。次元震を引き起こし、眷属を次々と呼び集める厄介な魔獣だけれど、マリさんとテイジのおかげで無事討伐できたようだ。
「(了解。ホノカさん、高天原に応援を頼もう。さすがに、これだけの数だと、魔石の回収するだけで、日が暮れちゃいそうだよ。)」
僕の通信を受けて、ホノカさんがすぐに防衛学校の管制に応援要請をしてくれた。程なく、訓練機『白鷹』の部隊が姿を見せる。識別信号を見るに2年生の部隊のようだ。
『白鷹』部隊から、戦闘があった領域に、次々と地上戦闘員が降下していく。
4月に、実機を使って飛行訓練を始めたばかりの2年生には、安定して戦闘員を降下させるのは結構難しい。機体をうまく制御できないと、降下時にバランスを崩して戦闘員を機体から放りだしてしまったり、降下高度が足りなかったりすることもあるのだ。
僕は自機を領域内の中央上空に静止させた。エイスケは、周囲に展開している2年生たちの動きをモニターしながら、次々と彼らに指示を出していく。
ホノカさんは、その間も周辺の空域の索敵を続けていた。皆の協力のお陰で、昼前には作業を終えることができた。
魔石の回収作業と、現界していた魔獣の遺体の処理を終えた僕たちは、高天原防衛学校へと帰投した。
いつもなら、旧校舎の駐機場へ戻る。けれど、今日は2年生に事後処理の応援要請をしたため、本校舎の駐機場に降りることになった。2年生の担当教官にお礼と報告をするためだ。
「はあ、気が進まないなあ。」
機体との接続を解除して、分隊の皆のところに戻った僕は、思わずそうボヤいてしまった。それを聞いたホノカさんはくすくす笑い、エイスケは僕の背中をバシンと叩いた。
「おいおい、しっかりしろよ分隊長。堂々としてりゃあ、いいだろうが。」
「そうだよ、カナメっち。ほらほら、ぱぱっと済ませちゃえばいいんだって!」
マリさんにグイグイと背中を押され、僕は慌ててフードを目深に被り直した。
駐機場で作業している2年生たちの視線が痛いくらいに突き刺さる中、僕は足早に、2年生の担当教官が待つ管制室へと急いだ。
「おお、新道くん! 今日も大活躍だったな!」
2年生の担当である三宅教官は、僕の姿を見るなり歩み寄ってきて、大きな手で僕の方をバンバンと叩いた。
「いえ、そんな・・・それよりも、事後処理に協力いただいて、ありがとうございました。」
「いやいや。降下・回収作業の訓練になって、ちょうどよかったよ。どうせ、実習をする予定だったしなあ。むしろ、回収標的を設置する手間が省けて、助かったくらいさ。はっはっは。」
三宅教官はそう言うと、大きなお腹を揺すって、高らかに笑った。
三宅教官は、僕が1年生のときの、魔導機操作術基礎の担当教官だった。縦にも横にも大きな体をしていて、冬でも常に汗をかいている。端的に言うなら、歩く大岩のような人だ。
1年生は実機実習をしないため、魔導機操縦の授業は座学と仮想訓練機だけだ。当時、僕はクラスメイトからはほとんど無視されていたので、三宅教官は授業中、僕のことを色々気遣ってくれていた。
1年ほど前に高天原防衛学校の大改革が行われ、たくさんの教官が移動になった。そんな中で、三宅教官は学校に残った数少ない教官の一人だ。
「仮想訓練機に触るのもおぼつかなかった君が、今や皇国軍でも将来を嘱望される、我が校の最優秀分隊長だもんなあ。俺も鼻が高いよ!」
教官は割れ鐘のような声でそう言った後、僕の方を両手でギュッと掴んで、僕のフードの中を覗き込んだ。
「君の同級生たちのことは、本当に残念だった。だが、君たちが生き残ることができたのは、やはり意味があったのだと思う。死んでいった彼らの分まで、強く生きてくれ。」
教官の涙声で、管制室内にいる職員や生徒の目がこちらに集まる。たちまち、いたたまれない気持ちになった。
僕はもう一度、教官にお礼を言った後、逃げるようにそそくさとその場を後にした。管制室の出口には、すでに各部署への報告を終えたエイスケたちが待ってくれていた。
「帰ろうか。」
僕はそう声をかけると、皆の前に立って歩き出した。
管制室から駐機場にある『大鷲改』に戻る途中で、校舎に戻る2年生たちの一段と出くわした。僕たちの姿に気づいた彼らは、すぐに僕たちの行く手から一歩下がって、道を開けた。彼らは僕たちを横目で見ながら、ヒソヒソと話をしている。
「(あれが『死神分隊』か。超かっけえ。)」
「(超級魔獣を支援用魔導機で撃破したんだろ? 信じられねえよ。まじですげえ。)」
「(見て! 後ろにいる二人も、すごく強そう。)」
「(私、こんなに近くで見たの初めて。あのフードの人が分隊長の新道さんでしょ?)」
「(意外と小さいんだね。先輩からめちゃめちゃ怖いって聞いてたから、もっと大きい人なのかと思ってた。)」
2年生の熱い視線を背中に感じ、僕は思わずフードを左手で引き下ろした。駐機場の『大鷲改』のコックピットに逃げるように乗り込み、皆の準備が終わるのを待って、すぐに機体を浮上させる。
旧校舎の格納庫に『大鷲改』を入れた僕は、大きくため息を吐いた。
「はあああ、なんかすごく疲れた・・・。」
ぐったりしている僕を迎えに来たエイスケが、呆れたように鼻を鳴らす。
「お前それ、戦闘じゃなくて、さっきの2年の奴らのせいだろ。」
「ほんと、カナメっちって、人から注目されるの苦手だよねぇ。」
「いや、だって、こういうの本当に慣れてないからさ。勘弁してほしいよ。」
フードの奥でげんなりする僕の肩にそっと手が置れる。振り向いてみるとホノカさんがニコニコしながら、フードの中を覗き込んでいた。
「皆を守るって決めたんでしょ? だったら、このくらい慣れていかないと。ね?」
「・・・はい。がんばります。」
諭されるようにそう言われ、僕はもう頷くしかなかった。
「おうおう、結婚前から尻に敷かれてやがる。こりゃあ、先が思いやられるねえ。」
エイスケにそう冷やかされながら、僕らは昼食を取るために、旧校舎の食堂へと歩き始めた。賑やかな皆の声を聞きながら、僕はこんな事態を引き起こした、半年前の出来事を思い返していた。
ホノカさんと共に幽世から戻ったのは、昨年の11月の終わりだった。
僕たちは幽世で1ヶ月ほど過ごした。けれど、現世に戻った時には出発してから数時間しか経っていなかった。皆はホノカさんの帰還を心から喜んでくれ、僕たちは彼女とともに過ごす日常を取り戻すことができたのだ。
そして、今はもう6月の初め。この半年の間に、僕たちを取り巻く環境は大きく変わった。
一番大きな変化は魔獣、それもこれまでよりも強力な魔獣の出現が頻発するようになったことだ。
これまであまり見たことがない上級、超級の魔獣たちが、城砦のすぐ近くに多数、出現するようになった。宇津井先生によると、これは魔王アンゴルモア覚醒の兆しらしい。
「およそ100年前の『紀末試験』でも、数年前から高位の魔獣の出現が多く記録されている。魔王の力が強くなったことで、八十柱結界の力が弱まっているとみて、間違いないだろう。」
先生はそう言って、僕たちに当時の歴史書を見せてくれた。
八十柱結界は、表向きには魔獣から城砦を守るためのものとされている。しかし、実際には、皇国の地下深くに眠る魔王アンゴルモアを封じるためのものだ。
伊集院博士が八十柱結界の術式を発動させてから200年。結界の力は次第に弱まり、現在はクロの眷属である『蛭子』と呼ばれる異世界人が、それを補っている。
蛭子の力が失われたら、八十柱結界は崩壊する。魔王が覚醒し、城砦は魔王の眷属である魔獣たちに滅ぼされてしまうだろう。
魔王覚醒の時は近い。蛭子が結界を支えてくれている間に、皇国がどれだけ紀末試験に向けての準備ができるかが鍵となる。今は皇国を上げて、そのための時間稼ぎをしている状態なのだと、先生は僕たちに教えてくれた。
魔獣の出現が頻発するようになったことで、僕たち防衛学校の生徒達も、城砦周辺の魔獣討伐に駆り出されることが多くなった。
これまでも訓練の一環として、魔獣討伐を行うことはあった。しかしそれは、あくまで訓練。学年に応じた魔獣のいるエリアで、限定的に行われる実習に過ぎなかった。
しかし、これは実戦。しかも皇国軍西方司令部から正式に命令されての軍務だ。もちろん、貴重な訓練生を死なせては元も子もないため、皇国軍のサポートとしての役割を担う任務がほとんどとなっているけれど、これまでの訓練よりも格段に危険度が増しているのは言うまでもない。
ただ僕たち、第222特別訓練分隊はまったく事情が違っていた。そしてこれが、222分隊の状況を劇的に変化させるきっかけにもなったのだ。
最初に緊急出動命令を受けたのは、ホノカさんが帰還してから1ヶ月後の夕方。命令者は、皇国軍中央司令部神祇官、つまり、あのリコ内親王殿下だ。
「貴様のバケモノの力を皇国のために役立たせてやる。すぐに指定のポイントに向かえ。」
緊急発進した僕たちに、殿下は極秘通信で一方的にそう命じてきた。
訳も分からず向かった先で、僕たちを待っていたのは、巨大な牛型の魔獣、鉄火の魔牛の群れだった。
鉄火の魔牛は、体長およそ15m、体高は3m以上もある。全身が分厚い金属のような装甲に覆われていて、それが真っ赤に赤熱化しているため、その名で呼ばれている。
これは彼らが体内に、高熱の可燃性ガスを溜め込んでいるせいだ。このガスは、空気に触れると激しく燃え上がる性質がある。彼らはこのガスを鼻から強く噴射することで、敵を焼き払うのだ。
厄介なことに、このガスは触れた生き物を石化させてしまう。彼らは、石化した生き物の身体を、その強靭な牙で噛み砕いて、主食にしている。
これだけでも恐るべき強敵なのに、彼らはさらにとんでもない力がある。なんと、背中に生えたコウモリの翼を使って、空中に駆け上がることができるのだ。巨体ゆえ、長い距離を飛ぶことはできないのが、不幸中の幸いかもしれない。
危険度、討伐難易度のどちらも超級。出現しただけで、人間の生活圏に重大な危機を齎すとされている、高位魔獣だ。
僕たちが彼らと出会ったのは、西都城砦群の西方約5km付近。十数頭の群れが、まっすぐに城砦へと向かって滑空しているところだった。
彼らは木々をなぎ倒しながら、細い渓谷を伝い、城砦へまっすぐに突進している。結界の力を嫌う魔獣では、通常考えられない行動だ。おそらく結界から漏れ出した魔王の魔力によって、狂騒状態に陥っているに違いない。このままでは城砦の人々に被害が出てしまう。一刻の猶予もなかった。
僕たちはすぐに行動を開始した。機体を急降下させ、『大鷲改』の魔力機銃を使って、上空から攻撃を加える。
鉄火の魔牛は、強い魔力抵抗力を持っているため、通常の魔力機銃の光弾では、ほとんどダメージを与えることができない。そこで、僕はクロの力を借りたのだ。
クロの持つ超異文明技術は、僕たちには想像もできないような奇跡を実現してくれる。しかし、その代償として魔力消費が桁違いに大きく、僕が行動不能になってしまうリスクが高い。
それを解消するため、クロとエイスケ、そして闇小人族のカナ博士が考案してくれたのが、『大鷲改』とクロを同調させる新たな機体制御術式、通称『クロシステム』だ。
クロはこれまでにも、僕を通じて魔導機の制御システムに侵入したことがある。けれど、これはいわば『不法侵入』なので、クロ自身にも機体そのものにも負荷が大きかった。
そこであらかじめ、クロが入り込める細い通路を作っておいて、限定的にクロが機体制御に関与できるようにしたらしい。
クロが担当するのは、主に火器管制と魔導エンジンの出力制御の一部。ここにほんの一瞬だけ、クロが力を及ぼすことで、最小の負荷で機体の火力と出力を飛躍的に向上させることができるようになったのだ。
僕の作り出した魔力光弾を、クロが高密度に収縮させる。魔力によって誘導された収縮弾は過たず、鉄火の魔牛の分厚い装甲を貫通した。およそ半数の魔牛たちが、心臓の魔石を破壊されて、どうと横倒しになる。
ところが次の瞬間、魔牛たちはさっと散開して、渓谷の周囲に降り立ち、地上を突き進み始めた。
「ちっ、さすがは超級。知能が高い。どうする新道?」
「(各個撃破するしかないけど、森の中に隠れられると、狙いがつけにくい。時間がかかるよ。ホノカさん、城砦の守備隊は?)」
「衛士隊が出るようですが、超級に対抗できる戦力ではありません。接敵されたら大きな被害が出ます。周辺の防衛基地からの応援は無し。」
「(応援無し!?)」
思わず上げた僕の声に、エイスケがムスッとした顔で応じた。
「はん。あの殿下が俺たちを緊急発進させるくらいなんだ。きっと、向こうも手一杯なんだろうよ。」
すると、そのエイスケの言葉が終わらないうちに、マリさんが降下デッキに立ち、声を上げた。
「カナメっち! あたしたちを城砦の近くに降ろして!」
「!! そんなの無茶よ! 超級の集団を相手に、二人だけでなんて!!」
「大丈夫だよ、ホノちゃん。あたしたちが囮になって時間を稼ぐから、その間にカナメっちが倒してくれればいいでしょ?」
マリさんの言葉に、テイジも力強く頷く。止めたら今にでも自分でハッチを開けて、飛び出していってしまいそうだ。
「(分かった。でも、絶対に無理はしないで。)」
僕の言葉に、二人は強化外装の内側でニッと笑った。僕は機体を城砦を守る結界ギリギリのところまで近づけると、機体を安定させた。
「(気密隔壁ロック。降下ハッチ開放。降下まで3,2,1、降下!)」
魔力で形成された降下翼を展開して、二人が降下し終えると、魔牛たちの動きがたちまち変化した。二人の闘気を感じ取ったのか、彼らはまっすぐに二人に向かっていく。
「不味いぞ、新道! いくらなんでも数が多すぎる!」
「(すぐに直掩に入る! ホノカさん、軌道を・・・!)」
でも、僕の言葉が終わる前に、ホノカさんは椅子から立ち上がった。
「(ホノカさん!?)」
「おい小桜、どうしたんだ!?」
ホノカさんは僕たちの言葉を無視し、虚空に声をかけた。
「クロウェさん、聞こえているんでしょう? 少しの間、周辺の監視をお願いします。」
「(心得た。)」
クロの返事を聞いた彼女は小さく頷くと目を瞑り、両手で複雑な印を結び始めた。そして最後に、両手を強く打ち合わせると同時にカッと目を見開いて叫んだ。
「仙算術、発動!!」
次の瞬間、地上に降りたマリさんとテイジを中心に、うっすらと光の輪が出現し、それがゆっくりと広がっていった。輪は半径100m程の大きさまで広がったところで、溶けるように消えた。それを見届けたホノカさんは、ぐったりと椅子に座り込んだ。彼女の顔色は青ざめ、鼻からは血の筋が垂れている。
「!! おい新道、あれを見ろ!!」
エイスケの声で地上を見た僕の目に飛び込んできたのは、マリさんたちに殺到しようとしていた魔牛たちが、苦しむ姿だった。赤熱していた彼らの身体は、熱が失われたかのように鈍い鉄錆色へと変化していた。
「仙術と、数学を、組み合わせた、仙算術です。二人の、周辺の自然の気を、書き換え、魔牛の熱を、奪い去りました。」
「(ホノカさん!!)」
情報端末の前に座った彼女は、息も絶え絶えにそう言った。
「現世でも、仙術が使えないかと、練習してたんですけど、上手く行って、よかったです。カナメくん、さあ、今のうちに!!」
「チャンスだ、新道! 一気に叩くぞ!」
ホノカさんが表示してくれた標的に向かって、機体を戦闘機動させる。動きが鈍くなった魔牛たちは、『大鷲改』の光弾とマリさん、テイジの活躍により、あっという間に壊滅した。
マリさんとテイジを回収するため、浮遊飛翔体を射出した直後、西都城砦から通信が入った。
「(こちらは西都城砦守備隊隊長、大倉です。救援に感謝します。)」
大倉と名乗った隊長さんの背後から、小さく歓声が聞こえる。おそらく僕たちの戦いを見守ってくれていた守備隊の隊員さんたちだろう。僕は、機体を上空に静止させたまま、その通信に応えた。
「(こちら、高天原防衛学校所属第222独立訓練分隊隊長、新道です。任務終了につき、学校へ帰投します。丁寧な通信、ありがとうございます。事後処理をお願いしてもよろしいでしょうか。)」
僕の声がわずかに反響して聞こえる。おそらく野外用の拡声通信機を使っているのだろう。一瞬、間をおいてから、大倉隊長は僕の言葉に返信をしてくれた。
「(それはもちろんさせてもらうが・・訓練分隊? 君たちは学生なのかね? 教官機ではなくて?)」
「(は、はい。防衛学校の4年生です。)」
その瞬間、通信機の向こうで息を飲む音がはっきりと聞こえた。押し殺したざわめきが響く中、大倉隊長は再び通信を返した。
「(・・・俄かには信じられんが、その声は確かに学生だな。新道訓練生、救援に感謝する。後ほど、君の教官殿にも正式に通信をさせていただく。)」
大倉隊長の通信が終わったと同時に、マリさんたちがドローンに掴まって機体に戻ってきた。二人を回収した僕は、基地に戻って顛末を笹崎教官に報告した。
僕たちの帰りをやきもきしながら待っていてくれた教官は、無事に戻ったことを本当に喜んでくれた後、「厄介なことになるかもしれん」と呟いた。
翌日、僕たち222分隊の口座に多額の報奨金が振り込まれた。その報奨金には、リコ殿下の『よくやったバケモノ。次も皇国のために働かせてやる』という短いメッセージが添えられていた。
そして、そのメッセージ通り、僕たちはその後度々、殿下直々の緊急出動命令を受ける事になったのだ。
「あの殿下、俺たちを便利屋かなんかと、勘違いしてるんじゃねえのか?」
エイスケがそうぼやくほど、僕たちは九州の各地へ、何度も出動させられた。出向くのは決まって城砦の近く。そして相手は、正規軍でも苦労するような、上級や超級の高位魔獣ばかりだった。
でも不思議と、早朝や深夜、休日など、学校のない時間には出動を命令されなかった。一応、僕たちが学生であることへ配慮してくれたのかな。
もしかしたら、宇津井先生が殿下に何か言ってくれたのかもしれない。ただ、先生に聞いても何にも答えてくれなかったけどね。
まあ、こんなことを繰り返しているうちに、222分隊はすっかり、地元の有名人になってしまったというわけだ。
僕たちの蔑称だった『死神分隊』という呼び名も、なんか別のニュアンスで広まっているみたいだ。
それがいいことなのか、悪いことなのか、正直分からない。でも、僕はともかく、分隊の皆が悪く言われなくなったのはいいことかなと思う。
あと、殿下からの報奨金のお陰で、新道家の家計が少しだけ良くなった。魔獣が多く出るようになったせいで、物価が高騰してきているから、これはマジで助かっている。
地裂巨獣を討伐した僕たちは、食堂で昼ごはんを食べた。今日のメニューは、大豆合成肉を使った生姜焼きだ。
「なんかさ、食堂の食材も、豪華になったよね?」
「お肉なんか、滅多に出なかったのにねー。」
「俺たちだけじゃなく、学校にも報奨金が出てるらしいからな。下級生の連中が、俺たちに好意的なのも、そのせいかもしれねえ。なんだかんだ言ったって、毎日の食い物は、人の気持ちに一番影響するからな。」
ご飯をもりもりかきこみながら言ったエイスケの言葉に、皆はなるほどという顔をした。
「でも、授業で勉強する時間が少なくなっちゃったよね?」
ホノカさんが少し心配そうにマリさんを見る。でもマリさんは、まったく気にした様子もなく、ご飯を飲み込んでいた。
「んぐんぐ、ごくん! あたしはそのほうがいいけどね! ああ、また出動命令がこないかなあー!」
「おい! 変なフラグ立てんな! さすがに一日に二度も出動させられるのは・・・!」
その時、エイスケの言葉を遮るように、緊急出動を告げる警報音が鳴り響いた。
「玖珠城砦群近郊に、悪意の邪眼の大集団出現。222分隊、直ちに急行せよ。繰り返す。222分隊、直ちに急行せよ!!」
防衛学校総合管制からの指令が、食堂内に満ちる。満面の笑みでガッツポーズを取るマリさんに、僕とホノカさんは目を合わせて苦笑し合った。
「くそっ! 機体をいじる時間がねえじゃねえか!!」
「まあまあ、マルちゃん。そんなの帰ってきてから、いくらでもできるじゃん!」
毒づくエイスケの背中を、マリさんがグイグイと押していく。こうして、僕たちは再び、厄介な魔獣討伐のために出撃したのだった。
読んでくださった方、ありがとうございました。一応、90話くらいで終わるようにしようと思っています。




