69 黄泉渡り
ちょっと長いですが、そのまま投稿します。読みにくくてすみません。書いてから、読み返したら長い割に中身がほとんどありませんでした。でも、楽しく書けたので自分的には満足です。
翌日、学校に着くとすぐ、僕は分隊の皆に昨日のことを謝った。
でも、皆は怒るどころか僕のことをすごく心配してくれていて、僕が謝ったことをすごく喜んでくれた。
「カナメっちが元気になってくれたみたいで、本当に安心したよ。ホノちゃんだけじゃなくて、カナメっちまでいなくなったら、あたし・・・!」
マリさんはそう言って、僕の手を取りながら、またおいおいと泣き出してしまった。
彼女の姿を見て、僕は自分が今までどれほど愚かな振る舞いをしていたのかを、改めて思い知らされた。
僕たちは無言で互いに手や肩を取り合い、頭を寄せ合った。そして、マリさんがひとしきり泣き止んだところで、エイスケが鼻をすすりながら、こう切り出した。
「お前、まだ俺たちに話したいことがあるんだろう?」
「そうなんだよ。エイスケ、よくわかったね。」
「顔見りゃそれくらいわかるさ。もう結構長い付き合いなんだから。それに、お前は隠し事が下手だしな。」
エイスケの言葉に、マリさんとテイジも笑いながら頷く。エイスケのこんな軽口を聞くのも、随分久しぶりな気がする。
僕はエイスケに促され、昨夜、ウズメさんから聞いた桜公方の護符の話を、皆に伝えた。
「ホノちゃん、幽世にいたんだ! そりゃあ、いくら探しても見つからないはずだよ! ねえ、今すぐ迎えに行こう! さあ、早く早く!!」
マリさんは僕の話を聞くなり、すぐに立ち上がった。僕は、昨日の自分の姿と彼女を重ね、苦笑しながら彼女を引き止めた。
「マリさん、ちょっと落ち着いて。僕だってすぐにでも出かけたいけど、幽世がどこにあって、どうやって行けばいいのか、わからないでしょ?」
「それは、えっと・・・どこにあるの、マルちゃん?」
「何でも俺に聞くんじゃねえ! そんなの分かるわけねえだろう。俺は降霊術師や、陰陽師じゃねえんだぞ。」
呆れ顔のエイスケに向かって「えー?」と不満をぶつけるマリさん。僕は彼女を座らせ、話を再開した。
「今日の夕方、学校が終わる時間に合わせて、ウズメさんがここに来てくれることになってるんだ。そのときにきっと、色々説明してもらえると思う。」
「そうなの!? でも、あたし、そんなに待てないよ!!」
それは、僕もマリさんと同じ気持ちだ。今すぐにここを飛び出して、ホノカさんを探しに行きたい。
でも、僕たちに授業を受けなくてはならないし、ウズメさんには退魔師としての仕事がある。
彼女が来てくれないと、どうしようもないのだから、今は待つしかないのだ。
僕がそう言うと、黙って話を聞いていたエイスケが、口を開いた。
「なあ、新道。そのウズメって女は、本当に信用できるのか?」
「?? どういうこと?」
「タイミングが良すぎるってことさ。護符の話にしろ、幽世の話にしろ、あまりにも出来すぎてるような気がしてな。」
「出来すぎてるって、何が出来すぎてるのさ、マルちゃん?」
「だってよ。その女、今回の『大粛清』で取り潰された貴族の関係者だったんだろ? つまり、元々は俺たちの敵対勢力側の人間ってことだ。」
「えーっ、考えすぎじゃない?」
「お前は考えなさすぎなんだよ、バカ猫。」
マリさんの肩パンチを華麗に躱した後、エイスケは僕の方に向き直った。
「大粛清のきっかけを作ったのは俺たちだ。もし、その女が、自分の関係する貴族家を潰されたことに、恨みを持っていたとしたら、この話は根底からひっくり返る事になる。」
「ウズメさんが、僕たちを騙そうとしてるってこと? でも、彼女の話に嘘はなさそうだったけどなあ。」
彼女が陰陽師であることや、彼女の家庭環境を直接目にした僕には、彼女の話が嘘とは到底思えない。
でも、そう言った僕の言葉を、エイスケはすぐに否定した。
「本当に巧い嘘つきっていうのは、厳然とした多くの真実の中に、小さな嘘を混ぜるもんなんだ。よく考えてみろ。確かに素性や生活は、お前が見たとおりかもしれねえ。貴族家との関係や、幽世の話は、その女が話したことが全てで、何の確証もねえじゃねえか。」
「え、だってカナメっちは、ホノちゃんの護符を見たって言ってたじゃん。あれはどうなるのさ?」
「俺が一番疑ってんのは、その護符の話さ。その女、陰陽師なんだろう? なら、そんな護符くらい、自分でいくらでも作れるんじゃねえか。退治したっていう狸の妖怪だって、実際に新道が目にしたわけじゃない。その女の完全な作り話かもしれねえだろ。」
エイスケの整然とした説得に、僕たちは何も言い返せなくなってしまった。本当に、ウズメさんは僕たちを騙そうとしているのだろうか?
エイスケはさらに話を続けた。
「百歩譲って、仮にその護符の話が本当だとしても、絵解きの解釈がどうにも、こじつけ臭い気がしてならねえ。だって考えてみろ。もし、その護符を俺たちに送ってきたのが小桜なら、どうしてそんな回りくどいことをしたんだ? 直接、知らせてくれればいいだけの話じゃねえか。」
確かにエイスケの言う通りだ。僕はホノカさんを探し出したい一心で、あまりにも簡単に、ウズメさんの話を信じてしまっていたことに気付かされた。
僕たちは、すっかり黙り込んでしまった。すると、マリさんがその場で勢いよく立ち上がって、その重苦しい沈黙を打ち払った。
「なんなのさ、マルちゃん! ホノちゃんを見つけたくないの!?」
目に涙を浮かべて叫ぶマリさんを、エイスケは真剣な表情で見つめた。
「そりゃ、俺だって見つけてえさ。この話を聞いたとき、お前と同じように、すぐに飛び出して行きたくなったくらいだ。」
「じゃあ、なんでそんな事言うのさ! やっと、ホノちゃんの手がかりが見つかったっていうのに!」
「だからだよ。その女の持ってきた情報は、俺たちが喉から手が出るほどほしい情報だ。俺たちを嵌めようとしてる奴がいるとしれば、これを利用しない手はない。そんなの聞かされたら、俺たちは絶対に、その女に着いて行っちまうだろうからな。」
静かに言ったエイスケの言葉に気圧されるように、マリさんは黙り込んでまた腰を下ろした。
心配そうに彼女を見つめるテイジを横目に、エイスケは僕に向き直った。
「どうする分隊長。今の話を聞いても、その女の言うことを信用するのか?」
皆の視線が僕に集まる。僕はフードの中で目を上げると、迷うことなく彼に答えた。
「もちろん。たとえ一人でも行くつもりだよ。それに、エイスケだって、最初から行くつもりなんでしょ?」
僕の言葉に、エイスケは面食らったような顔をして、口をぽかんと開けた。その顔が、あまりにも可笑しくて、僕はつい吹き出してしまった。
「えっ、そうなのマルちゃん? カナメっち、どういうこと?」
「だって、本当に行くつもりがないなら、エイスケが僕に『どうする?』なんて聞くはずがないもの。『俺は絶対に反対だ!』って、怒り出すはずだよ。」
「そう言われれば、そうだね! さすがはカナメっち!」
マリさんそういった後、ニヤニヤ顔でエイスケの顔を覗き込んだ。
「もう、マルちゃんってば、素直じゃないないんだから。」
エイスケが無言で繰り出した拳を軽々と躱して、マリさんは「にゃはは」と笑った。僕はエイスケをまっすぐ見て、彼に言った。
「エイスケが僕たちを心配して言ってくれたって、分かってたよ。ありがとう、エイスケ。」
エイスケは、ムスッとした顔で大きく鼻を鳴らすと、吐き捨てるように言った。
「はっ。勝手なこと言いやがって。お人好しで、馬鹿なお前らのせいで、こっちまで調子が狂っちまうぜ、まったく。」
エイスケは苦々しい顔で黙り込んでしまった。でも、耳の先がほんのり赤くなっているから、これはただの照れ隠しだ。
結局、こんな感じで話はまとまり、僕たちはその日一日、ソワソワしながら、ウズメさんがやってくるのを待つことになったのだった。
その日、18:00頃になって、ようやくウズメさんは、旧校舎に姿を見せた。
「いやー、すみません。思ったよりも仕事が長引いちゃって。」
仕事場からそのまま駆けつけてきたという彼女は、昨夜僕が見た、あの露出の激しい紅白の衣装を身に着けていた。
「あ、宇津井教官、笹崎教官。お久しぶりです。その節はお世話になりました。」
話を聞くために皆が集まった会議室に着くなり、ウズメさんは二人の先生にペコリと頭を下げた。
「君も色々大変だったようだが、元気そうで何よりだ。それよりも、小桜くんの所在についての話だが・・・。」
会議室の上座に座った宇津井先生は、彼女が席につくとすぐに、そう切り出した。
「はい。大まかな話は、もう新道先輩から聞いていらっしゃると思いますので省略します。桜公方という大妖怪の居場所は、もう特定済みです。」
彼女はそう言うと、懐から小さな紙片を取り出し、呪文を唱えながらさっと大きく手を振るった。
彼女の手を離れた紙片が、空中で青い炎を上げて燃え上がる。直後、ゆらりと小さく空間がゆらぎ、テーブルの上に一羽の青い蝶が現れた。
蝶はひらひらとその場を飛び回った後、ウズメさんが差し出した右手の人差し指にそっと止まって、ゆっくりと羽を上下させた。
「この子が化狸を追跡してくれました。幽世に行くのであれば、私が皆さんをご案内します。」
口を引き結び、きっぱりと言いきった彼女の言葉で、僕たちは視線を交わしあった。
すると、宇津井先生が、ゆっくりと彼女に問いかけた。
「君は『黄泉渡り』の術が使えるのだね。だが、あの術はかなりの危険が伴うはずだ。」
ウズメさんがわずかに目を見開いたことに、僕は気がついた。彼女は一瞬、言葉に詰まったように見えた。でも、すぐに小さく頷くと話を始めた。
「そのとおりです。しかも、私の力ではここにいる全員を、渡らせることはできません。」
一緒に連れていけるのは、4人が限界。彼女はそう言って、僕の方をじっと見た。隣りに座っていたエイスケは、疑わしそうな目を彼女に向けている。僕は、分隊の皆を指しながら、彼女に言った。
「最初から、僕たちだけで行くつもりだったんだ。どうやったら、幽世に行けるか教えてほしい。」
このことは彼女が来る前に、すでに先生たちと相談済みだ。ウズメさんは僕たちをゆっくりと順番に見た後、薄い衣装の背中に手を回し、一本の短刀を取り出した。
黒塗りの美しい鞘に収まったその短刀を、彼女はゆっくりと抜き払う。室内を照らすの照明の魔力光が、手のひらほどの長さの短刀の刀身を、冴え冴えと輝かせた。
彼女は目を瞑ったまま、その短刀をゆっくりと構えた。そして、カッと目を見開くと、きっぱりとした口調で言い放った。
「今から、皆さんには、死んでいただきます。」
ウズメさんが教えてくれた『黄泉渡り』の方法。それは、彼女の手によって、僕たちの霊体を取り出すというものだった。体から霊体のみを取り出す。つまりは、死ぬってことだ。
「この短刀は『霊魄刀』といいます。魂を切り分け、霊体の部分だけを取り出すための宝具です。」
この霊魄刀は、代々ウズメさんの家に伝わる宝具だという。彼女はどんなに生活が困窮したときでも、この短刀だけは決して手放さなかったのだそうだ。
僕が「そんなに大事なものを、僕たちのために。ありがとう」とお礼を言ったら、彼女は少しバツが悪そうに笑った。
「まあ、手放さなかったっていうか、手放せなかったっていうのが、本当なんですけどね。」
彼女の話によると、霊魄刀は、代々所有者が一人だけと決められているそうで、その一人を除いては、決して鞘から抜くことができなくなっているらしい。
つまり、彼女以外には他の誰にも使い道のない道具なので、お金に替えたくても、売れなかったのだそうだ。
「今までは低級霊の除霊くらいにしか使えなかったんですけど、皆さんのお役に立てられそうで、良かったです。」
彼女はそう言って、『黄泉渡り』の具体的な方法について、説明を始めた。
「皆さんには私が作る結界の中で眠りに就いていただきます。あとは、私が皆さんの夢の中に入って、肉体から霊体を切り離します。」
「すると、僕たちは死んでしまうんだよね?」
「はい。といっても、切り離すのは霊体だけで、魂そのものは肉体に残りますから、仮死状態みたいな感じになるはずです。私もこの術を使うのは初めてなのでわかりませんけど、おばあちゃんはそう言ってました。」
彼女のおばあさんは、昔はとても有能な退魔師として活躍していた人らしい。今はその力をウズメさんが受け継いでいるそうだ。
「ちゃんと聞いてきましたから!」と言って、懐から嬉しそうに巻物を取り出すウズメさん。そんな彼女を胡散臭い目つきで見ていたエイスケが、おもむろに口を開いた。
「もし、術に失敗したらどうなっちまうんだ? 俺たちは、そのまま死んじまうのか?」
「いえ、霊魄刀を鞘に収めさえすれば、術は解除されて、すぐに肉体に戻れるはずです。ただ、肉体を離れている時間があまり長くなると、危ないらしいですけど。」
仮死状態とはいえ、肉体そのものは活動を続けているので、長く放っておくと肉体にダメージが残ってしまうと彼女は言った。
「それに基本無防備になってしまうので、術を使っている間、誰かに皆さんの肉体を守ってもらう必要があります。」
彼女の言葉に、宇津井先生たちが顔を見合わせる。
「小桜くんの捜索がどのくらいの期間になるか、わからないのだろう?」
僕たちがホノカさんを探す間、僕たちの肉体は宇津井先生や団長さんたちが守ってくれることになっている。ただ、それが長期化するとなれば、かなりの負担だ。
この旧校舎は比較的安全な場所だけれど、それでもいつ、太政官派の襲撃を受けないとも限らない。もしかしたら、あのジンが、再び現れるかもしれないからだ。
それにウズメさんの前だから口には出さなかったけれど、エイスケの言ったように、彼女が太政官派と内通している可能性もゼロではないのだ。
太政官派は、僕の中にいるクロを狙ってる。もし、そんなことになれば、僕たちは無防備状態のまま、敵の手に落ちてしまうことになるだろう。
先生の短い言葉に隠されている心配を、ウズメさん以外の全員が感じ取り、互いに目を見合わせる。
すると突然、僕の脳内でクロが声をかけてきた。
「(カナメ。君がいない間、君と、君の仲間の肉体は、私が守ろう。)」
そう言うとクロは、僕の右手の義手の指先から黒い触手を伸ばし、僕の制服の内ポケットに飛び込んだ。
敵かもしれないウズメさんの前で、急に姿を表したクロの行動に、僕はすっかり慌ててしまった。僕の慌てぶりを見て、皆も焦った様子だ。
ウズメさんは、急に僕の腕から飛び出した黒い触手を見て、ひどく驚き、言葉を無くしていた。
「(な、何やってんの、クロ?)」
僕は慌てて体内の魔力を操作し、クロを引き止めた。でも、クロはそれを意に介した風もなく、飛び出させた触手を内ポケットの中で、ゴソゴソと動かし続けた。
「(この間、ちょうどよいものを見たからな。試してみようと思っていたのだ。)」
クロはそう言うと、僕の内ポケットからポンと外に飛び出した。
「・・・犬のぬいぐるみ?」
僕のポケットから飛び出した、小さな白い物体を見て、ウズメさんが目を丸くしてつぶやく。
「君がこの間、呼び出した使役獣を見て、この方法を思いついた。私とカナメは魔力で繋がっている。ちょうど、君の使役獣と君のようにね。だから、ごく短い距離であれば、カナメの魔力を使って、この人形を操作できるのではないかと思った。どうやら、成功のようだ。」
「ぬいぐるみがしゃべった!?」
小さな口を器用に動かしてしゃべるぬいぐるみを見て、ウズメさんは素っ頓狂な声を上げた。
このぬいぐるみは、ホノカさんが見つかるお守りとして、マドカが僕に作ってくれたものだ。せっかくだからと、今までずっと内ポケットに入れたままだったけれど、まさか、クロがぬいぐるみをこんな風に使おうと考えているだなんて、夢にも思わなかったよ。
ウズメさんは、僕とぬいぐるみを交互に見つめながら、尋ねた。
「えっと・・・新道先輩って陰陽師、じゃないですよね? もしかして傀儡師ですか?」
「うん、まあ、そんなところかな。びっくりしたでしょう? あはは。」
慌ててそういった僕の言い訳を聞いて、隣でエイスケが「下手くそめ」って小さくぼやいた。
うるさいな。嘘が苦手だってことくらい、自分でもよくわかってるよ!
でも、幸いなことにエイスケのボヤキは、ウズメさんには聞こえなかったようだ。
彼女は「かわいい使い魔ですね!」なんて言いながら、小さな犬を一心に見つめている。
すると、焦る僕らを尻目に、またクロが話し始めた。
「さきほどの話の続きだが、カナメたちの肉体は私が守る。宿主であるカナメを傷つけられるわけにはいかないからな。」
クロの言葉に、先生たちと団長さんたちが視線を交わす。その様子を見て、僕はなんともいたたまれない気持ちになってしまった。
「う、うむ。それならば問題あるまい。では、ウズメくん。早速、準備に取り掛かってもらおう。」
宇津井先生は、かなり強引に話を打ち切って、ウズメさんにそう促した。彼女は怪訝な顔をしながら、儀式に必要な道具について説明し始めた。
「これで全部、整いましたね。では、先輩方はここに寝てください。」
巫術を使って、ウズメさんが探し出した校舎裏の一角。そこに青竹と注連縄で作られた結界の内側に、禊を済ませた僕たちは横たわった。時間は午前2時過ぎ。あの世とこの世が混ざり合う、いわゆる逢魔が時だ。
ウズメさんはその外側に立ち、塩と御神酒で周囲を浄めた。そして、霊魄刀を引き抜くと、複雑な印を結んで呪文を唱え始めた。
「あめつちのひらけはじまりけるところ ねのかたすのくにのおほかみ いざないよりまして みちきりのいしとほし よもつよろづのみちさかひらきたもう 生処遷変 神変自在!」
霊魄刀が青白い光を帯びる。その光を見た瞬間、僕は猛烈な眠気に襲われた。
「先に行っていてください。私もすぐに追いつきますから。」
意識が途切れる寸前、ウズメさんの、そんな声が聞こえた気がした。
「新道先輩! 目を開けてください!」
僕はハッとして、体を起こした。目の前にいたのは、あの露出の多い衣装を着たウズメさんだった。
僕が寝ていたのは冷たい玉砂利で覆われた、緩い坂の上だった。辺りは霞のようなものに覆われている上に、薄暗いので、周囲の様子を知ることはできない。空を見ても重苦しい色の雲のようなものに覆われていて、今が昼なのか夜なのかさえ分からなかった。
「ウズメさん、ここは?」
「幽世の入口。黄泉比良坂です。」
僕が立ち上がると、彼女は僕からそっと目線を逸らしてそう言った。
「術はうまくいったんだね。ありがとう。ところで他の皆は?」
「多分、この近くにいるはずです。坂を降りていけばそのうち見つかるはずですから。」
彼女は僕の質問に答えた後、頬を赤く染めて俯いてしまった。
「どうかしたの?」
「あの、新道先輩・・・ふ、服を着ていただけませんか?」
「えっ? ああっ!?」
そう言われて初めて、僕は自分が全裸であることにようやく気が付いた。慌てて両手で下腹部を押さえて周囲を見渡すけれど、服らしきものはどこにも見当たらない。すると、困り切った僕に、ウズメさんが教えてくれた。
「今の先輩の体は霊体ですから、持ち物は一切ありません。ただ、強く念じれば、姿を変えることができるはずです。やってみてください。」
彼女の助言に従い、僕は精神を集中させた。ただ、両手で前を隠しているから、何とも締まらない恰好なのは否めない。恥ずかしいやら可笑しいやらで、どうしても集中が乱れてしまい、なかなかうまくいかなかった。
しばらく苦労した末、僕はやっと防衛学校の制服姿になることができた。
「なんか、ごめん。でも、おかげで助かったよ。」
「い、いえ、こちらこそ、いろいろ助か・・・ゲフンゲフン、いや、その、何でもないです。」
彼女は顔を真っ赤にして両手を大きく振った後、激しく咳ばらいをしてから表情を改めた。
「じゃ、じゃあ、他の先輩方を探しに行きましょうか。こちらです、先輩。」
彼女はそう言って緩やかな坂を降り始めた。僕は彼女の後について歩きながら、ふと自分の体の異変に気が付いた。
「あれ!? 右足が動く! それにこの手・・・!」
僕の右手は義手ではなく、左手と同じ生身の腕になっていた。それも青白い妖鬼族の肌ではなく、普通の人間と同じ肌色をしていた。僕は思わず自分の顔に手を当てた。
「右目もある。それに、火傷の跡も消えてる・・・?」
「今の先輩の体は霊体ですから。それが本来持っている先輩の体の形なんですよ。」
驚く僕に、彼女は悪戯っぽい表情で笑いかけた。そして、ちょっと真剣な顔をして、僕の顔をまじまじと覗き込んだ。
「やっぱり先輩って、可愛い顔してますよね。昔っから思ってましたけど、まるで女の子みたいです。」
「えっ?」
「ううん、何でもありません。行きましょう、先輩。」
彼女は僕が何か言う前に、踊るような足取りで、さっさと歩き始めた。僕は急いで、彼女の後を追いかけた。
彼女の言う通り、坂をしばらく降りていくとすぐにエイスケ、テイジ、マリさんを見つけることができた。もちろん、全員裸だったので、エイスケたちは僕が、マリさんはウズメさんが起こして、それぞれ服を着せた。
「いやー助かったよ、二人とも。それにしても念じただけで服が出てくるなんて、便利だよねえ。」
ウズメさんのすぐ後ろ、そして僕のすぐ前を歩いているマリさんが、くるりと体を回転させながら、僕に言った。彼女が着ているは、防衛学校の格闘服。白兵戦闘員が強化外装の下に身に着けるボディスーツだ。
オレンジ色をした競泳水着のようなデザインで、体にぴったりと密着している。足元は同じ素材で出来たニーハイ型のブーツ。とにかく露出が多い上に、体の線が丸わかりなので、正直目のやり場に困ってしまう。
でも、彼女自身はそれを気にすることもなく、楽しそうにピョンピョンと飛びながら歩いていく。
「おい、阿久猫。あんまり飛び跳ねるなよ。お前が飛ぶたんびに、胸が揺れるせいで、うちのおっぱい隊長が、前かがみになっちまってるじゃねえか。」
「ちょ、ちょっとエイスケ!? なってないよ!? それにおっぱい隊長って何さ!」
僕は急いで振り返って、すぐ後ろを歩くエイスケに抗議した。でも、エンジニアスーツ姿を着た彼は僕を完全に無視し、ニヤリと笑って横を向くと、白々しく口笛を吹き始めた。
「にゃはは、ごめんごめん。本当は強化外装を着ようと思ったんだけどさ。なんかうまく出せなかったんだよねえ。」
マリさんの言葉に、同じく格闘服姿のテイジが頷く。鍛え上げられた筋肉を剥き出しにした彼は、まさに鬼人って感じだ。
「そう言えば、俺も通信端末や工具を出そうとしたけど、上手くいかなかったな。」
そんなエイスケの呟きを聞き留めたウズメさんが、僕たちの方を振り返った。
「あくまで自分の意志で霊体の見た目を変えてるだけですからね。実際に物質を具現化しているわけじゃありません。」
彼女によると、僕たちの服は霊体である僕たちが「この服を着ている」と思い込むことで、出来ているに過ぎないそうだ。だから、一度も着たことがないような姿には、なることができないらしい。
ちなみに、術者であるウズメさん自身は『半実体』状態なので、呪符などの道具を使えるそうだ。当然、黄泉渡りの術の鍵となる霊魄刀も持ってきていると言っていた。
「戻りたいときにはいつでも戻れますから、安心してくださいね。ただ、一度術を解除すると、もう一度術を使えるようになるまで、かなり時間がかかります。それに、何度も使うと戻るのが難しくなりますから。戻るタイミングは、十分に考えてからにしてください。」
彼女の話を聞いて、僕たちは顔を見合わせた。僕たちには元から簡単に帰るつもりはない。帰るなら、ホノカさんを見つけだして彼女と一緒に、だ。僕たちは無言で頷きあい、ウズメさんの案内に従って、先を急いだ。
玉砂利の敷き詰められた緩やかな坂の終わりは、目のくらむような断崖だった。底が見えないほど深い断崖の奥の方から、水の流れる音が僅かに聞こえてくる。
「ここがいわゆる『道切石』です。この下を流れるのが、常世の国と黄泉との境目にある大河ですね。大河の向こうは根堅州国。冥界の神々の住む世界です。河を渡ったら、常世の国に戻ることはできません。」
「そうなんだ。じゃあ、ホノカさんはどこにいるの?」
「実は、この崖には無数の幽世への入り口があるんです。そのうちの一つが、小桜先輩がいる世界につながってます。」
彼女はそう言うと、懐から一枚の呪符を取り出し、呪文を唱えた。燃え上がった呪符が、たちまち青い羽を持つ美しい蝶へと変わる。蝶は空中をひらひらと舞った後、彼女の差し出した人差し指にちょこんと止まった。
「ここからはこの子が案内してくれます。案内なしだと私も迷っちゃいますから、絶対に私から離れないでくださいね。」
彼女はそう言って、青い蝶を空中に解き放った。青白い光を纏って飛ぶ蝶の後をついていくと、やがて、崖にへばりつくように作られた細い道の入り口に辿り着いた。細い道はくねくねと折れ曲がりながら、ずっと先まで続いている。暗くて先は見えないけれど、きっとこれを降り切ったら、崖の底を流れる大河に着くのだろう。
僕たちは蝶の案内に従って、道を進んでいった。途中、いくつかの分岐や崖にぽっかりと空いた洞窟の入り口があったけれど、蝶は迷うことなく飛び続け、僕たちを導いてくれた。
「ねえねえウズメちゃん。この洞窟一個一個が、幽世の入り口なの?」
「そうです。それぞれの洞窟がいろいろな世界につながってますよ。どこにつながるかは、行ってみないと分かりませんし、出るときはどこに出るかも分からないんですけどね。」
洞窟の先には精霊や邪霊、妖精、神仙の住む世界があるそうだ。
「それぞれ行き方や戻り方が違うって、おばあちゃんが教えてくれました。私はまだ修行不足なので、この子の案内がなければ、行くことも帰ることもできません。」
彼女はすこし恥ずかしそうにそう言って、目の前の蝶を指さした。
「この子は『冥界蝶』っていう、精霊の一種なんです。常世と幽世を自由に行き来するすごい子なんですよ。」
冥界蝶は本来、幽世を彷徨う人の魂を、黄泉へと誘う役目を持っているのだそうだ。『憂れ羽の夢虫』、『潤る羽の胡蝶』などの別名を持ち、数々の民話や伝承にも登場する中位精霊らしい。
「へえー、そんな精霊を使役できるなんて、すごいじゃん!」
「実は母が亡くなった時、母の知り合いの死霊術師の方から、譲っていただいた式神なんです。その方は『お母さんには生前、随分世話になったから』って、おっしゃってました。」
ウズメさんはそう言って、少し寂しそうに笑った。マリさんはすぐに「ごめん」と謝って、頭を下げた。
「いえ、気にしないでください。母は高天原大嘯で亡くなっちゃいましたけど、私には母が残してくれたこの力と式神たちがいますから。」
彼女の言葉に、マリさんは少し目を潤ませて小さく頷いた。マリさんとテイジ、それに僕も、9年前の高天原大嘯で家族を亡くしている。だから、彼女の気持ちは痛いほど分かった。
マリさんと目を合わせたテイジも、同じ気持ちのようだ。二人がウズメさんに対して、親近感を抱き始めたのが僕にもはっきりと分かった。ただ、エイスケだけは、より懐疑的な視線を彼女に向けていた。
時間の感覚が無くなるほど歩いた末、蝶はやっと先に進むのを止め、一つの洞窟の入り口でくるくると飛びまわり始めた。随分歩いた気がするのに、崖はまだまだそこに続いている。恐ろしい深さだ。
「ここがそうみたいですね。では、皆さん、入る前にこれをつけてください。」
「狐のお面?」
そう言ってウズメさんが僕に差し出したのは、赤い隈取模様のある白狐の半仮面だった。被ると目と鼻が隠れて、口元が見えるようになっている。
「これから行く幽世『風早国』は、化狸や貉たちが暮らす妖怪変化の世界です。人間だとバレると警戒されますから、気を付けてくださいね。」
一早く仮面を着けた彼女はそう言うと、さっさと洞窟に入って行ってしまった。僕も慌てて面を着ける。特に留め紐などもないのに、面は顔の上でしっかり安定して、ずれたりすることはなかった。視界も全く遮られておらず、着けていないときと何も変わらない。
「よし! あたしたちも行こう、カナメっち!」
猫のお面を着けたマリさんが、早速彼女の後を追って走り出す。その後に鬼の面を被ったテイジが続く。
「なあ、なんで俺だけ、狸なんだ? なんか悪意を感じるんだが・・・。」
ぼやきながら走るエイスケと一緒に、僕は洞窟もみんなの後を追って走った。
洞窟は不意に終わり、明るい光が目の前に溢れる。目の前に広がる光景に、僕たちは思わず声を上げた。
「やっと、着きましたね。では、桜公方を探しに行きましょう。」
ウズメさんの言葉に、僕たちは大きく頷いた。幽世『風早国』の探索は、こうして始まったのだった。
読んでくださった方、ありがとうございました。もう少し、お話のペースを上げたいなと思っています。まとめるのが苦手なので、上手くいかないかもしれませんが、頑張ります。




