68 お守り
何となく書き始めたら、いつの間にか1話分書いてました。やっぱり書くのは、楽しいですね。
振り返った視線の先にいたのは、僕と同い年くらいの見知らぬ女の子だった。彼女はこの季節には似つかわしくない、ひどく薄くて露出の高い紅白の服を着ていた。ちょっと目のやり場に困る感じだ。特に胸のあたりが。
「あの、新道カナメ先輩・・ですよね?」
「はい、そうですけど・・・すみません、どこかでお会いしましたか?」
「あはは、この恰好じゃ分かりませんよね。私です、飴野カズミです。」
彼女はそう言って笑うと、腰のあたりに着けた物入から丸メガネを出して、薄化粧をした顔にかけてみせた。確かにそう言われてみれば、何となく見おぼえがある気がする。顔立ちと、あと、特に胸のあたりに。
「飴野さん! 急に学校を辞めたって聞いて気になってたんだ。でも、どうしてここに? それにその恰好は?」
「学校は辞めたっていうか、辞めさせられちゃったんですけどね。あと、これは、なんていうか仕事着みたいなもんですよ。」
そう言って彼女は屈託なく笑った。前に学校で話をした時には、かなりおどおどしていた印象があったけれど、その時に比べると、今の飴野さんはずっと生き生きしているように見える。幸せそうな彼女の様子を見て、僕は少しだけ安心した。
ただ、こんな露出の高い服を着てする仕事っていうのが、ちょっと気になるけどね。やっぱり、そういうことなのかしら?
そんなことを考えながら、大きく開いた襟ぐりから覗く谷間を見過ぎないように気を付けていたら、彼女は急にグイっと大きく一歩踏み出して、僕の前に体をぐっと寄せてきた。
「先輩!」
「ご、ゴメン! つい、目が行っちゃって・・・。」
「?? 何のことですか? いえ、そんなことはどうでもいいんです。これを見てください!」
そう言って彼女は、薄衣の袖から白い小さな紙片を取り出した。四つ足の獣を単純化したような形をしたその紙片には、墨で「鳴鈴」と書かれている。
「よりましきたれ! 類求 鳴鈴!」
彼女が呪文を唱え、右手の人差し指と中指で挟んだその紙片をさっと振るう。すると、紙片はたちまちのうちに燃え上がり、虚空に消えた。
「君は、いったい・・・?」
「しっ! 来ますよ。」
僕の言葉を遮って彼女がそう言った途端、彼女の足元の空間がゆらりと歪む。
「(強い魔力を持つ存在が現界しようとしている。カナメ、気を付けろ。)」
クロの声が僕の脳内に響いた次の瞬間、僕と彼女の足元に、つやつやと輝く毛皮を持った美しい一匹の白猫が現れた。
「魔獣!?」
僕はその場をさっと飛びのき、素早く身構えた。しかし、長い二本の尾を持つその白猫は、赤い隈取のような模様のある目を細め、馬鹿にするような視線を僕に向けてきた。
「自分も『混じりもの』のくせに、このあたしを魔獣呼ばわりなんて。本当に失礼ね。不愉快だわ。」
白猫はそのなめらかな体をゆっくりとくねらせると、飴野さんの足にするりと体を寄せた。
「魔獣じゃない? じゃあ、その猫ってもしかして・・・?」
「ええ、この子は猫又。私の家に代々仕える式神、鳴鈴です。」
「君は、陰陽師だったの?」
陰陽術は、皇国に古くから存在する呪術の一つで、自然の『気』や『鬼』を操る魔術の系統を言う。ある程度の魔力があれば使用可能な詠唱魔術とは違い、特別な素養がなければ習得することすらできない特別な魔術と言われている。
皇国には、神祇官であるリコ内親王殿下直属の『陰陽寮』という役所があり、力のある陰陽師たちの育成・管理や、対魔装備の研究、占術による長期戦略立案などが行われている。皇国の魔術戦略を支える超エリート集団、それが陰陽寮なのだ。
すると飴野さんは、慌てて手を振って、僕の問いかけを否定した。
「いえ、私はそんな大層なものじゃありません。陰陽術も多少は使いますけど、本職は民間退魔師なんです。今日も仕事の帰りなんですよ。」
民間退魔師は、怨霊や悪霊、霊的魔獣、不死者などを専門に退治する仕事だ。
外から侵入してくる魔獣と違い、人の住む城砦内に発生するこれらの霊獣には、特別な対応が必要になる割に、対処できる人の数が少ない。だから、城砦全体に被害を及ぼす可能性があるような大悪霊を除き、駆除のほとんどが民間退魔師任せにされているというのが現状だ。
飴野さん曰く、霊獣との戦闘が不可避でとても危険だけれど、反面かなり儲かるのため、実は競争が激しい業界らしい。彼女のこの衣装も、他の退魔師との『差別化』を図るための戦略なのだそうだ。
「なんてったって、露出が多くて派手な方が人目を惹きますからね。持ってる『武器』は使っていかないと!」
「そ、そうなんだ。でも、大変じゃない? 貴族の御令嬢がいきなりそんな恰好で魔獣と闘うなんて・・・。」
「いえ、私貴族じゃ・・・って、私のことは、どうでもいいんですってば! 鳴鈴、アレ出して!」
飴野さんがそう言うと、僕たちが話している間ずっと、彼女の足元でゴロゴロと甘えていた猫又が、不機嫌そうに僕の方を向いた。そして、体を舐めるような仕草をすると、一体どこから取り出したのか、いつの間にか一枚の護符を、その口に咥えていた。
僕は猫又からその護符を受け取った。猫又はたちまち不機嫌そうに、自分の体を舐め始めた。その奇妙な護符には、花が一輪描かれているだけで、字は一つも書かれていなかった。
「これは・・・桜の文様? でも花弁が6枚描かれているね。これがどうかしたの?」
「ここをよく見てください! ほら、花弁の色が微妙に違うでしょう?」
飴野さんの言う通り、護符に描かれている花弁は、その桜色の濃さに僅かな差があった。同じ濃さの花弁が2枚ずつ組み合わさって、六枚花弁の桜模様が出来上がっている。いわゆるグラデーションになっていて、とてもきれいな意匠だ。でも、これにどんな意味が?
僕が戸惑っていると、飴野さんがしびれを切らして声を上げた。
「もう! なんで分かんないんですか!」
「ごめん、クイズとかあんまり得意じゃないんだ。色が違うことは分かったけど、君が何を言いたいのかは、全然分かんないよ。」
「2枚ずつの花弁が3つと桜! 明らかなメッセージじゃないですか!!」
僕が謝ると、飴野さんは苛立たし気に両手を握りしめて、ぶんぶんと振り上げた。
メッセージ? 2が三つ・・・2と2と2・・・222・・・ えっ、222!?
「!! まさか!?」
「そうですよ! 222分隊の桜! これは小桜ホノカさんのことを示すメッセージなんです! 鳴鈴、説明してあげて!!」
飴野さんの言葉を受けて、猫又は嫌そうな顔を僕に向けた。
「それ、さっき退治したアホだぬきが持ってたの。弱っちい癖に、あたしに追い詰められたら、それ見せて『おいらに手を出したら、桜公方様が黙ってないぞ!』なんてイキッちゃってさ。あんまりムカつくから、散々に痛めつけてやったわよ。」
猫又は長い二本の尻尾を、面白くなさげにパタパタと振りながら言った。
「本当はすぐ食べちゃうつもりだったのに、ウズメがダメっていうから見逃してやったの。あーあ、もったいないことしちゃったわあ。」
「見逃した、って・・・そいつはどこに行ったんだ!?」
ホノカさんにつながる手掛かりが消えてしまったと聞いて、僕はすっかり頭に血が上ってしまった。思わず声を張り上げた拍子に、僕の胸からどっと魔力が溢れ出す。それを感じ取ったのか、猫又は弾かれたように飛び上がり、そのまま虚空に消えてしまった。猫が消えると同時に、僕の手にしていた護符も空気に溶けるように消えた。
「飴野さん、あの猫はどこに・・・!」
「あーあ、びっくりして逃げちゃいましたね。仕方がないから、続きは私が説明しますよ。」
そう言って飴野さんは続きを話してくれた。
飴野さんは、食糧庫を荒らす妖怪退治の依頼を受け、今日それを終えてきたとのことだった。その時に、あの護符を目にしたのだという。
「私はあの護符を見て、すぐにピンときました。それで、今日退治した化狸の妖怪を逃がす前に、護符のことを問い詰めてみたんです。」
化狸の話によると、そいつは『桜公方』と呼ばれる大妖怪の、末端の家来なのだそうだ。
「桜公方は、他の大妖怪たちを下してあっという間にまとめ上げた妖怪の英雄だ、と化狸は言っていました。そして、その桜公方は、どんな時でも一人の人間の女を連れ歩いているそうなんです。」
「まさかそれが、ホノカさん?」
僕の問いかけに、飴野さんは大きく頷いた。
「私は間違いないと思っています。小桜先輩が今どうしているかは、正直分かりません。でも、あの護符は絶対に、小桜先輩から新道先輩たちに向けてのメッセージだと思うんです。」
そう言って力説する彼女の両手を、僕はいつの間にか、我知らずしっかりと掴んでいた。
「僕もそう思うよ。本当にありがとう飴野さん!」
飴野さんの顔が真っ赤になったのを見て、僕は彼女の手を握っていたことに気づき、慌てて手を離した。彼女は小さく咳ばらいをしてから、また話し始めた。
「いえ、先輩方はいろいろな意味で、私の命の恩人ですから。当然のことです。あと、私のことはウズメって呼んでもらえると嬉しいです。」
「ウズメ? カズミじゃなくて?」
「はい、そっちは偽名、みたいなものなので。私、本名は村下ウズメって言います。」
「えっと、じゃあ、ウズメさん。ホノカさんの居場所は? 狸はにげちゃったんでしょう?」
「化狸を逃がす前に、ちゃんと追跡用の式神をつけておきました。居場所はすでに特定済みですよ。」
僕の質問に、彼女は得意そうに笑って見せた。
「小桜先輩がいるのは、妖怪たちの暮らす世界。黄泉と現世の狭間に存在する『幽世』です。」
「幽世? それって星幽界の一種だよね。」
「はい。次元の狭間に存在する様々な異界の一つですね。」
星幽界は僕たちが暮らす物質界と隣り合って存在すると言われている。そこは何層にも分かれた構造になっていて、妖精や精霊、神獣や霊獣など、それぞれの環境に合わせた生き物(?)たちが生活しているとされているが、その実態は謎が多く、あまり解明されていない。
というのも、通常の方法では行き来することができない場合が多く、また、一度入り込んだら戻ってこられない場合がほとんどだからだ。
謎の多い世界だけれど、ホノカさんがいるというのなら選択は一つだけだ。僕はウズメさんの足元に平伏し、彼女の顔を見上げて言った。
「お願いです。何でもしますから、僕に幽世への行き方を教えてください。」
僕は地面に額をこすりつけて、深々と頭を下げた。
「な、何でも!? いえ、ちょっと待って! 頭を上げてください、先輩!」
「教えてもらえるの?」
「もちろん教えますよ! でも、今すぐにってわけにはいきません。準備もありますし、それに今日はもう遅いですし・・・。」
「そ、そうか。すぐにでも行きたかったんだけど・・・それは、確かにそうだね。ごめん。」
「いえ、先輩の気持ちは分かります。私だって・・・。」
彼女はそこで言葉を止めて、じっと僕の方を見た。
「?? なに?」
「!! なんでもないです。さあ、家に帰りましょう! 実は私の家、先輩の近所なんですよ。」
「えっ、そうだったの?」
「はい。実は最初、この護符を見せるために、先輩の家に直接伺ったんですよ。そしたら、お母様が『まだ戻ってない』って、おっしゃって。だから私、巫術で先輩のことを探してきたんです。」
なんと彼女は、護符を見せるために、わざわざ僕を探してくれていたらしい。僕は彼女に改めてお礼を言い、彼女を家まで送った。
その道すがら、彼女は学校を辞めた経緯を僕に説明してくれた。
なんと彼女は、飴野家の血縁でも何でもなかったそうだ。ただ、退魔師として働いていたお母さんは、飴野家の先代当主と、仕事関係の深い繋がりあったらしい。
そのお母さんはウズメさんが小さい頃に起きた『高天原大嘯』で命を落とした。その後、生活に困窮したウズメさんとおばあさんを助けてくれたのが、飴野家の先代当主だったのだそうだ。先代当主はとても懐の深い人で、ウズメさん家族を温かく見守ってくれていた。
ところが代替わりした新しい当主は、父親とは正反対の冷酷で欲深い人物だった。当主は貴族としての権力を振りかざして、半ば無理矢理にウズメさんを養女にした。そして、目の不自由なおばあさんには、僅かな支度金を押し付けて、屋敷から追い出してしまったという。
「飴野家には次期党首候補の息子さんがいたんですけど、この方の魔力がそんなに高くなくて。それで私が、その方の代わりに防衛学校に入ることになったんです。卒業後は、従軍歴をつけた後、すぐに次期党首と結婚させられることになってました。」
飴野家の当主は、ウズメさんの高い魔力と霊力に目をつけたらしい。魔力は一般的に、母親の系統を受け継ぐことが多い。そのため、貴族の間では魔力の高い女性が人気があるというのを、僕も聞いたことがあった。でも、実際に被害を受けたという人に会ったのは、これが初めてだ。
僕がそう言うと、彼女は少し自嘲気味に言った。
「普通は、こういうのってあんまり表向きにしませんからね。ただ、飴野家の場合は、次期党首があんな感じでしたから、仕方がなかったんだと思います。」
ウズメさんの結婚相手なるはずの次期党首は、彼女の3つ上。魔力は低いが、その分プライドは高い人物だったそうだ。彼女は彼から、様々な『嫌がらせ』を受けた。
「平民の女である私と、結婚するのが気に食わなかったんでしょうね。まあ、色々やられましたよ。でも、おばあちゃんに何されるか分からないんで、逆らうことも出来なくって。もう、ひたすら我慢してました。おかげで、ストレスで随分太っちゃいましたけど。」
「そういえば、以前に会った時には、もう少しぽっちゃりしてたよね?」
僕がそう言うと、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「実は、あの時が一番太ってたんですよ。飴野家が取り潰しになって、解放されたおかげで、体型も元に戻りました。あ、おっぱいだけは、元に戻りませんでしたけどね。」
彼女はそう言って、屈託なく笑った。僕は思わず胸の谷間に向けそうになった視線を、慌てて逸らして小さく咳ばらいをした。
飴野家の当主は、結構な犯罪に手を染めていたらしく、処刑済み。領地も没収され、屋敷もすでに無くなっているそうだ。ウズメさんの婚約者だった次期党首も、現在行方知れずらしい。
「大恩ある飴野家の先代様に申し訳ないって、しばらくおばあちゃんは悲しんでました。けど、私が戻ってきたことはすごく喜んでくれたんですよ。」
「大変だったんだね。」
「そうなんですよ。だから、私のこと優しく慰めてくださいね?」
「えっ?」
思いがけず真剣な調子で言った彼女の言葉に驚いて、僕は思わず彼女の顔を覗き込んだ。そのせいで、彼女の目を正面から見つめることになってしまった。
彼女は真面目な顔で僕の目をじっと見ていたけれど、すぐに屈託のない笑みを浮かべ、その場でくるりと一回、回ってみせた。
「冗談です。新道先輩って、やっぱり真面目で優しいですよね。」
「そんなこと言われたの、初めてだよ。もしかして、馬鹿にしてる?」
「とんでもない。正直な感想ですよ。先輩は素敵な人です。」
「素敵? 不気味の間違いじゃなくて?」
僕は顔を隠しているフードをそっと引き下げた。今は日光がないから、別に被る必要はないのだけれど、やっぱり人目があると被っていた方がいい気がして、ずっと被ったままだったのだ。
すると、彼女はすっと歩みを止めて、頭を横に振った。
「いいえ、先輩は素敵です。だって、あの時だって・・・。」
「あの時? 凶海烏の時のこと?」
僕がそう言うと、ウズメさんは少し悲しそうな顔をして、小さく笑みを浮かべた。
「・・・そうですよ。先輩は、私の英雄なんです。」
その後は、ぽつぽつとお互いの近況なんかを話しながら歩いた。でも、ウズメさんは少し元気がなくなったように感じた。
もしかして怒らせてしまったかな、と心配したけれど、結局何も聞けずじまいだった。
彼女の家は本当に新道家に近かった。通りを2本挟んだところにある、小さな集合住宅の1階も、彼女はおばあさんと二人で暮らしていた。おばあさんは僕に何度もお礼を言ってくれたので、僕はすごく恐縮してしまった。
「おばあちゃん、先輩が困ってるからそのくらいにしてあげて。」
ウズメさんがくすくす笑いながらおばあさんを止めてくれ、僕はようやく彼女に別れのあいさつを告げることができた。
「今日は本当にありがとう。じゃあ、明日学校で。」
「はい。夕方くらいに旧校舎に伺います。面会許可申請を出しておいてくださいね。」
彼女は222分隊の皆に今日のことを話すために、明日学校まで来てくれることになっている。僕は改めて彼女にお礼を言い、扉を閉めてその場を離れた。
「そうだ。母さんに連絡しなくっちゃ。」
僕はマギホを探して、ポケットを探った。その時、ポケットに不自然な膨らみがるのに気が付いた。手を入れて中のものを取り出してみる。
そこに入っていたのは、マドカが僕のために作ってくれた、白い犬のぬいぐるみだった。朝受け取ったきり、今まですっかり忘れていたのだ。僕は、自分がマドカの気持ちを十分に受け止めていなかったことに、改めて気づかされた。
いや、マドカだけじゃない。母さんも、エイスケも、マリさんも、テイジも。博士や団長さん、教官たちだって。僕のことを思いやってくれていたんだ。それなのに僕ときたら、本当にどうしようもない奴だ。
僕は、マドカのぬいぐるみをそっと両手で包み込み、まじまじと眺めた。探し物が得意だというその犬は、賢そうな目で僕のことをじっと見つめている。
「ありがとうマドカ。探し物、ちゃんと見つかったよ。」
僕はぬいぐるみを制服の胸ポケットに、慎重にしまい込んだ。そして、小脇に抱えていた魔力浮遊板に飛び乗ると、家を目指して、夜の通りを駆け抜けていった。
空には、大きくて優しい光を放つ満月が、僕の行く手を示すかのように、ぽっかりと明るく浮かんでいた。
読んでくださった方、ありがとうございます。




