67 亀裂 後編
本日2話投稿しています。こちらは後編です。だいぶギスギスしています。苦手な方はご遠慮ください。
旧校舎では、すでに朝食を終えたエイスケたちが授業の準備を始めていた。僕たちの授業を担当してくれるのは、笹崎教官と正式に特別講師として着任した団長さん、そしてなんと、あの『長月』部隊の隊長だった花村さんだ。
花村さんの部隊はリコ殿下によって、そのままそっくり『紀末試験対策委員会』に吸収・再編された。隊員さんたちはすべて、高天原防衛学校を運営する各種職員として働いている。もちろん、これは表向きで、本来の任務は、僕とクロの秘密や団長さんたちの身辺を探ろうとする諜報に対抗する防衛部隊として動いてくれているらしい。
今日の僕の登校にも、花村さんの部隊の人がこっそりと同行してくれていた。皇都である京都に本拠地を置いていた花村隊が、急に高天原へ転属になったことで、部隊員の中には最初少し戸惑った人が多かったらしい。でも、今ではすっかりここでの暮らしに馴染んでいるみたい。
花村教官も、共に引っ越してきた家族と一緒に過ごす時間が増えて、娘さんが喜んでいると話してくれた。これまでは、隠密部隊として不規則な勤務だったので、娘さんと一緒にい時間がほとんどなかったのだそうだ。
ちなみに、皇家直属の部隊になったことで、お給料もちょっとだけ上がったらしい。
午前中の座学を終え、午後からは実習だ。マリさんとテイジは、いつものように団長さん、花村教官と格闘訓練。
エイスケは、カナ博士と制作実習をするらしく、機体整備工房に籠ってしまった。最近、この二人は暇さえあれば工房に二人きりでいることが多い。
僕は一人で訓練機『飛燕』に乗って、飛行訓練をする。笹崎教官が同行してくれる時は『大鷲改』を動かせるけれど、教官が航空科全体の主任になってしまったことで、その機会は大きく失われてしまった。だから、最近はもっぱら一人で飛行訓練を繰り返している。
ただ、本当に一人きりかと言えばそうではない。僕の中には、クロがいるからだ。
「(カナメ、四時の方角に次元の揺らぎを感知。距離223。)」
「(了解。)」
クロは機体と同化している僕を通じて『飛燕』の機能を使い、僕の航行と索敵を補助してくれている。また、自動照準・迎撃・防御なども助けてくれて、常に最適化した動きになるよう導いてくれるのだ。
クロと一緒に飛行することで、僕はこれまで以上に難しいミッションを単独でこなせるようになり、多くの戦果を挙げられるようになっていた。魔力消費の効率化が図られたことで、航続距離・飛行時間ともに大幅に伸びている。
ただ、素晴らしい結果を残しているのに、分隊の皆と一緒にいた時のような喜びはまったくなかった。僕はただ、課せられた課題を早く終わらせるためだけに、魔獣の命を淡々と狩り続けた。
今日もクロの補助のおかげで、予定の訓練ミッションをあっという間に終えることができた。僕は学校の管制へデータを送信し、訓練の終了を告げると共に、飛行継続の許可申請を行った。
「(クロ。今日は山鹿城砦に行ってみるつもりなんだ。)」
「(心得ている。飛行ルートはすでに検索済みだ。)」
管制からの飛行許可を受信した僕たちは、すぐに山鹿城砦へと向かった。城砦の駐機場に『飛燕』を着陸させた後、路線バスを使って城砦内部に移動する。
多くの人で賑わうバスステーションに降り立った僕は、クロに話しかけた。
「(クロ、お願い。)」
僕の言葉に反応したクロが、周囲に魔力の波を放つ。ほとんどの人は何の反応も示さない。でも、魔力に敏感な数人だけは、自分の体にクロの魔力波が触れたことに気づいて、辺りをキョロキョロと見回している。
「(小桜ホノカの生体情報は探知できなかった。)」
「(分かった。移動しよう。)」
僕は脳内でクロに返事をして、その場を離れた。クロの探知範囲ぎりぎりまで移動し、再び魔力波を放ってもらう。
僕とクロは、日が暮れるまでそれを繰り返した。しかし、今日も何の手掛かりもつかめないままだった。バスに乗った僕は『飛燕』のある駐機場に戻り、高天原防衛学校に帰還することを管制に告げた後、光の翼を煌めかせながら、暗い夜空めがけて機体を上昇させた。
「よお、おかえり。」
「おかえりなさいカナメさん。ホノカさんの行方の手がかりは見つかりましたか?」
分隊の格納庫で僕を出迎えてくれたのは、エイスケとカナ博士だった。
「いえ、ダメでした。」
「そうですか、それは、残念ですね。」
カナ博士はそう言うと、ちらりとエイスケの方を見た。でも、エイスケはむっつりと口を結び、何も言わないままだった。
「お食事の準備が出来ていますよ。今日も一緒に食べて帰りますよね?」
「はい。いつもありがとうございます。」
気遣うように僕とエイスケの様子を伺っていた博士が、僕の言葉を聞いて少しホッとした表情に変わった。博士に案内され、僕は食堂へ移動した。
「あ、か、カナメっち・・・。」
「今日もダメだったよ。」
椅子から立ち上がりかけたマリさんに、僕がそう言うと、彼女は唇を軽く噛んで小さく「そう・・」と呟いた。
食卓についているのは、分隊メンバー4人の他、団長さんとカナ博士だ。もうすっかり食事の準備が整っている。どうやらみんなは、僕の帰りを待っていてくれたらしい。僕がお礼を言うと、マリさんは曖昧な笑顔を浮かべた。エイスケは相変わらず黙ったまま。テイジは心配そうにマリさんを見つめていた。
短い祈りの後、食事が始まった。僕はフードをしたまま、黙々と食べ続けた。実はこの姿になってから、食べ物の味がどれも同じように感じて、あまり食事を楽しめないのだ。
食事の間はほとんど誰もしゃべらなかった。そう言えば、最近は皆で食事をしていても、こんな感じのことが多い。一体いつからだっただろう。少し前までは、マリさんやエイスケが賑やかにその日の出来事を話していたような気がするんだけど・・・。
皆より早く食べ終えたマリさんが、お箸をその場に置いた。
「マリさん、もう食べないの?」
「え、う、うん、なんか、その、ダ、ダイエット? ってやつかな、にゃはは・・・。」
マリさんは歯切れ悪くそう言った後、ふと目を伏せた。
そう言えばマリさんの頬って、あんなに細かったっけ? これまでマリさんの変化に全く気づかなかったことに、僕は衝撃を感じた。
ふと見ると、団長さん以外の全員が、気遣うような目で僕のことを見ていた。団長さんだけはこれまでと変わりなく、いつもの穏やかな笑顔でゆっくりと食事を続けていた。
「お姉様、食事の後のお茶をお持ちしてもよろしいでしょうか?」
厨房から姿を見せた小柄な女性が上目遣いで、食事を終えた団長さんにそう問いかける。団長さんは彼女に笑顔で応えた。
「ええ、お願いします、シノブ。」
団長さんに名前を呼ばれた女性は、まっすぐに切りそろえた前髪の下の可愛らしい顔を真っ赤に染めて、嬉しそうに厨房へ駆け込んでいった。
このシノブさん、実はかつてビャクドウと呼ばれていた、あの女呪術師だ。
女呪術師ビャクドウは、花村さんの部隊に捕縛された後、リコ内親王の元に移送された。そこで、太政官や刑部省の内情を調べるために、苛烈な尋問を受けたという。ただ、彼女はどんな目にあっても、答えるどころか悲鳴一つ上げなかったのだそうだ。
「もっと私を痛めつけるがいい! 私は呪術師! お前たちへの憎しみが、すべて私の力となるのだ!!」
魔封じの枷で魔力を封じられ、全身に傷を負いながらも、彼女は牢獄の中で尋問者たちを嘲笑い続けた。
いよいよ手に負えなくなって、処刑するしかないという判断が下されそうになった時、花村さんの知らせを受けた団長さんが、彼女の元を訪れたのだ。
「カナメさんの大切な方の居場所の手がかりを得るために参りました。私に彼女と話をさせてください。」
団長さんはそう言って、彼女の居る尋問室に一人で入っていったそうだ。その時の様子を、警備に当たっていた花村さんは、後にこう教えてくれた。
「団長殿は、すぐに魔力で尋問室を封鎖しちまったんだよ。だから、中の様子は誰にも分からねえんだ。ただ、中の声だけはうっすらと聞こえてたんだよ。団長殿が中に入ってしばらくは、ビャクドウが団長殿を罵る声が響いていたんだ。それがどういうわけか、いつの間にかすすり泣きに変わってな。ありゃあ、本当に驚いたぜ。」
これまでどんなに痛めつけられても、絶対に悲鳴を上げなかったビャクドウさんが泣き出したことに、花村さんは驚きを隠せなかったそうだ。でも、さらに驚いたことに、すすり泣きはやがて、絶叫と許しを乞う泣き声へと変わったらしい。
「俺はこの仕事に就いて、結構長い。尋問の経験だって、まあ、それなりにあるつもりだ。だけど、あんなに哀れな人間の泣き声を聞いたのは、生まれて初めてだった。思わず、ビャクドウを助けに入ろうかと思ったくらいさ。今でもあの悲鳴は、俺の耳に焼き付いてるぜ。」
花村さんはそう言って、ぶるりと体を震わせた。結局その後、三日三晩、絶叫は止まなかったそうだ。4日目の朝になってようやく、涼しい顔をした団長さんが、精魂尽き果てた様子のビャクドウさんを連れて外に出てきたという。
その頃には、ビャクドウさんはすっかり素直になっていて、聞かれたことには何でも答える状態だったらしい。改心して熱心な聖女教徒になった彼女は、それまで刑部省の刺客として関わった悪事を洗いざらい白状した。それが、リコ殿下の『大粛清』に大きく貢献したそうだ。
ビャクドウさんは、本来ならそのまま処刑されるはずだった。しかし、彼女の存在が、太政官派の弱みになりうるとの判断から、彼女は助命されることになった。その後、本人の強い希望もあり、彼女は団長さんの監視下の元で生活することになったのだ。
彼女は今、旧校舎の用務員兼用心棒をしている。それに合わせて、ビャクドウという任務呼称ではなく、本名のシノブを名乗るようになった。今や彼女は、団長さんの忠実な僕として、毎日一生懸命に働いている。
ただ、シノブさんがすべての情報を開示してくれたにもかかわらず、ホノカさんの行方だけはどうしても知ることができなかった。彼女は、そもそもホノカさんに会ったことすらなかったのだ。命令を受けた彼女が湿原にやってきたとき、ホノカさんの乗っていた救命カプセルはすでに燃え尽きて、中には誰もいなかった。
クロは、救命カプセル内でホノカさんが死んだことをはっきりと否定していた。では、彼女は一体どこに消えたのか?
僕たちは、必死にホノカさんの捜索を続けてきた。でも何の手掛かりもないまま、すでに半年が経とうとしている。
僕は今までホノカさんのことばかり考えていたので、分隊の皆の様子をあまり気にしてこなかった。でも、今日の食事の様子を振り返ってみると、皆の様子は明らかにおかしかった。
だからと言って、僕にはどうすることもできない。ぎすぎすした空気のまま食事を終えた僕は、短くお礼を言い、自分の使った食器を持って、席から立ち上がった。
「待てよ、新道! いや、分隊長!!」
鋭い口調で僕を呼び止めたのは、エイスケだった。団長さん以外の皆は、おろおろした目で僕たち二人を見つめている。
「・・・どうしたの?」
「どうしたも、こうしたもねえ! お前、明日も小桜を探しに行く気だろう!!」
激高して叫ぶ彼とは逆に、僕の心から急速に熱が失われていく。
「そうだよ。当り前じゃないか。」
自分でも驚くほど冷たい声でそう言った途端、僕はエイスケから激しく胸倉を掴まれた。僕の持っていた食器が散乱し、樹脂同士がぶつかる乾いた音が響く。博士が小さく悲鳴を上げるのが、視界の端に見えた。
エイスケは僕にぐっと顔を近づけた。フードのない、悪魔のような僕の素顔が、彼の黒い瞳に映っている。
「お前、おまえなああ! 自分が今、どんな目をしてるか、鏡見たことあるのか!」
「・・・なにを言ってるの?」
僕は波立つ気持ちを抑えようとして、出来るだけ静かな声で彼に問い返した。
「俺はな、見てられないんだよ! お前が毎日、そんな目で帰ってくるのが!」
彼は僕の目をまっすぐに覗き込んでいた。彼の言いたいことが何なのか、すぐに分かった。
僕は何も答えられなかった。彼の気持ちを受け止めることが、どうしてもできなかったからだ。僕は、彼の目を見ていられなくなり、ふと目を逸らした。
でも、彼は僕を逃がさなかった。彼は力を込めて僕の首を自分の方に引き寄せた。
「マルちゃん! もうやめて!!」
「黙ってろ阿久猫! お前だって、そう思ってんだろう!」
まるで鞭打たれたように、マリさんはその場に立ち尽くした。彼女の青白い顔は、酷くゆがんでいた。テイジがそっと、マリさんに寄り添うのが見えた。エイスケはまっすぐに僕を見つめたまま、言った。
「なあ分隊長、頼むから止めてくれ。あれから半年も経つんだぞ。」
エイスケは真剣な表情で、僕に語り掛けている。僕は耐えられなくなり、震える声で呟くように彼に言った。
「エイスケ、お願いだ。それ以上は・・・。」
「俺たちの言葉を無視しようとするな! 俺たちから目を逸らそうとするな! どうして、認めようとしねえんだよ!! いいか、小桜はもう・・!!!」
僕は思わず彼の襟首を掴み返し、強引にその言葉を止めた。聞きたくなかった。大切な仲間の口から、その言葉が出るのを、僕は絶対に聞きたくなかった。僕は感情のまま、彼に怒鳴り返した。
「じゃあ、どうすればいいんだよ! このまま諦めろっていうのか!!」
「俺たちだって、諦めたくはねえよ! だけど、このままじゃお前まで・・・!!」
「二人とも、もうやめて!! もう、やめてようう・・・!!!」
絶叫するように声を上げたマリさんが、崩れ落ちるようにその場に座り込み、声を立てて泣き始めた。それまで黙って彼女に寄り添っていテイジが、僕たちの方へ歩み寄り、僕たちの肩にその大きな手を乗せた。僕とエイスケは、どちらからともなく手を離した。
「すまん。だけど、俺は・・・。」
エイスケが僕に何か言おうとしたけれど、僕はすぐに彼から背を向けた。そしてフードを目深に被ると、逃げるようにその場を離れた。でも、食堂の扉を閉めた後になってもまだ、子どものように泣くマリさんの声が、僕の耳から離れることはなかった。
いつもは一緒に帰るはずの団長さんに無理を言って、今日は一人で帰らせてもらうことにした。団長さんは何も言わず、僕のわがままを受け入れてくれた。
僕はマギボに乗って家のある第3城砦を目指した。でも、どうしてもまっすぐ帰る気になれず、街中を目的もなく彷徨い続けた。
気が付くと僕は、北門区の慰霊公園にやって来ていた。分隊の皆と一緒に、初めて夏祭りにやってきたあの公園だ。
僕は一人で人気のない公園内を歩いた。通りから少し外れた、トイレの前のベンチを見つけた僕は、マギボを放り出して腰かけた。
このベンチで、ホノカさんとたこ焼きを分け合って食べたことを、思い出す。それをきっかけに、分隊の皆と一緒に過ごしたあの日のことが次々と思い出された。
本当に楽しかった。あの時は、皆との関係がずっと続いていくのだと信じていた。
目の内側がぎゅっと熱くなる。それなのに涙は出なかった。涙一つも流せない自分の体が、情けなくて仕方がなかった。
ホノカさんはもう、死んでいる。それは僕にも分かっていた。ただ、認めたくなかったのだ。認めてしまうことが怖かったから。
そのせいで、僕は多くの人たちを傷つけ、心配させていた。でも、それに気が付かなかった。
いや、本当は気付いていたのかもしれない。ただ、自分が傷つくことが怖くて、周りの人の気持ちを無視していただけだ。
「(カナメくん!)」
不意にホノカさんの声が聞こえた気がして、僕はハッと顔を上げ、自分のすぐ横を見た。
でも、そこに在るのは、冷たい魔力光に照らされた、誰もいないベンチの座面だけだった。寒々しいその光景は、僕の心に残酷な現実を突きつけているようだった。泣けないことが、こんなに辛いことなのだと、僕は生まれて初めて思い知った。
どれくらい、そうしていただろう。僕はゆっくりとベンチから立ち上がった。まだ、気持ちの整理は付いていない。でも、前に進まなくちゃ。
「明日、皆に謝ろう。」
そう呟いて、僕はベンチに背を向けた。もう、かなり遅い時間になっていた。母さんが心配しているかもしれない。母さんに連絡しようと、僕はポケットに入れた魔力端末に手を伸ばした。
その時、ふと近くに人の気配を感じた。
「あの・・・。」
聞き覚えのある、遠慮がちな、か細い女の子の声が聞こえた。
こんな時間に、こんな場所で女の子の声? 理性が僕に疑問を投げかける。けれど、僕はそれを無視し、急いで声のした方を振り返った。
読んでくださった方、ありがとうございました。




