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66 亀裂 前編

本日2話投稿しています。こちらは前編です。

「行ってきます母さん、マドカ。」


 朝食の片付けを終えた僕は、まだ食事を続けている二人にそう言って、玄関のドアノブに手をかけた。


「カナメ、今日も遅くなるのね?」


「うん、今日は山鹿城砦を探す予定なんだ。」


 平坦な声で返事をした僕を見て、母さんは何か言いかけた。でも、結局その言葉を飲み込むと、穏やかな表情で「頑張ってね、カナメ」と言ってくれた。






「ありがとう、母さん。」


「カナメちゃん!」


 僕が母さんと話している間に、茶碗の中のご飯を大急ぎでかきこんだマドカが立ち上がり、僕の方に駆け寄ってきて、抱きついてきた。


 マドカは、目深に被っていた僕のフードを無言で引き下げると、僕の顔をじっと見つめた。


 マドカの黒くて大きな瞳に、つるりとした樹脂で覆われた僕の右半面が映り込む。


 瞼のない眼窩に埋め込まれた魔獣の右目。そして、それと対をなすように爬虫類の虹彩を持つ左目が、眉毛のない、青白い左半面に鎮座している。


 我ながら、まるで魔獣の半仮面を被った悪魔か死神のようだ。


 自分でも不気味としか思えないその顔を、マドカは至近距離で一心に見つめた。






「どうしたんだ、マドカ?」


 僕がそう尋ねると、マドカはハッとしたように体を離した。そして、幼年学校の制服のポケットに入っていた何かを取り出し、僕に手渡してきた。


 それは、白い犬のぬいぐるみだった。三角の尖った耳ときりりと巻いた尻尾が愛らしい。


 蜘蛛糸フェルトで作られた赤い首輪をしたその犬は、とても賢そうな表情かおをしていた。


 手のひらサイズの大きさなのに、細かいところまでしっかりと作られている。明らかに手作りだけど、細部にまで制作者のこだわりが感じられる、可愛らしいぬいぐるみだ。


 でも、なんで犬のぬいぐるみ?


 急に手渡されたぬいぐるみに戸惑っていたら、マドカが僕に話しかけてきた。






「これ、カナメちゃんにあげる。あたしが作ったんだよ。」


「すごく良く出来てるな。でも、どうして?」


 僕がそう尋ねると、マドカは少し目線を逸らした後、ぬいぐるみを持った僕の左手を、両手でギュッと掴んだ


「その犬、この間読んだ童話にでてきたの。なくした物を見つけるのがすごく上手なんだって。」


「そうか、ありがとうマドカ。」


 僕はマドカの柔らかい髪をそっと撫でた。マドカは少し寂しそうに笑った後、「今日は見つかるといいね」と言ってくれた。僕は何も言えなくなり、無言のままマドカに背を向けて、家を出た。






 玄関のドアを閉めた後、僕はすぐにフードを被り直した。光が遮られたことで、焼け付くような肌の痛みが和らいでいく。


「ふう」


 小さく吐いた白い息は、すぐに冷たい空気に溶けて見えなくなった。


 もうすぐ12月。高地にあるこの高天原城砦では、このところ、霜が降りるほど寒い朝が続いている。そのせいか、通学時には手袋やマフラー姿の人をよく見かけるようになった。


 でも僕は、妖鬼トロール族であるクロと体を共有するようになってから、暑さや寒さをあまり感じなくなっていた。


 カナ博士によると、妖鬼族は亜人族の中でも一際、環境への順応性が高い種族らしいので、おそらくその特性によるものなのだろう。


 弱点である直射日光さえ遮ることができれば、どんな環境でも快適に過ごせるのは、少しだけありがたい気がする。






 隣の部屋の団長さんと合流した後、僕たちはアパートの階段を降りた。


「おはようカナメちゃん! それに団長さんも。いつもお疲れ様です。」


 階段の前のゴミ捨て場にいた自治会長のシュハアさんが、僕の姿に気づいてあいさつをしてくれた。ほうきを持ったシュハアさんは、きれいに着飾った兎人族の女性と立ち話をしているところだった。


「おはようございますシュハアさん、クウさん。」


「これは自治会長殿。いつもお世話になっております。クウさんもお元気そうで何より。その後、お子さんの様子はいかがですか?」


 大きな胸を覆う胸当てに、左手を当てて会釈した団長さんがそう言うと、きれいに着飾った兎人族の女性、クウさんは団長さんに向かって、ペコリと頭を下げた。






「はい。おかげさまで、もうすっかりよくなりました。あの後はひきつけを起こすこともなく、3人共元気に過ごしてます。」


 クウさんはそう言って屈託なく笑った。彼女はついこの間、三つ子の娘さんを出産したばかりだ。


 実は最近、その子達が一度にひきつけを起こして意識をなくした事があり、たまたま近くにいた団長さんとハフサさんが、それに対処してくれたらしい。丁寧にその時のお礼を言うクウさんに、団長さんは鷹揚な笑みを見せた。


「それは何よりです。お子さんたちの健やかな成長を、きっと聖女様も見守っておられることでしょう。」


 銀の聖印を手にして軽い祈りを捧げる団長さんに向かって、クウさんが手を合わせる。そのせいで、体にピッタリとした真紅のドレスの胸元がぐっと強調された。


 その様子をぼんやりと眺めていたら、ふと目を上げたクウさんと目が合ってしまった。






 彼女ははじめ、いたずらっぽい目をして、僕のフードの内側を見返してきた。でも、すぐに怪訝な表情をして、僕に言った。


「カナメくんてさ、ちょっとの間にとっても大人っぽくなったよね?」


「・・そうですか?」


「うん、すっごく魅力的になった。ものすごく強いチカラを感じるもの。」


 彼女は小さく舌なめずりした後、とろんとした表情で、僕にすっと体を寄せてきた。


「ねえ、カナメくん。今日、学校が終わってから、少し時間ある? もしよかったら、あたしとお食事にでも行けないかな? すっごくおしゃれなカフェ知ってるんだけど・・・あっ痛った!!」


 艶っぽい声で僕に囁きかけていたクウさんは、小さく悲鳴を上げた後、自分の頭を後ろから小突いたシュハアさんに向かって、猛然と抗議し始めた。






「なにするんですかシュハアおばさん! せっかくあたしがカナメくんとお話してるっていうのに!」


「あんたが馬鹿なこと言ってるからだよ、この見境無しの恋愛脳うさぎ! カナメちゃんが困ってるだろう!」


「そんなの、まだわかんないじゃないですか! ねえ、カナメくん。あたしと一緒にイイコト、じゃない、お食事にいきましょう? ね?」


 再び体を寄せてきたクウさんから、甘い香りが立ち上る。僕はフードを左手で押さえながら、彼女に向かって小さく頭を下げた。






「クウさん、ごめんなさい。今日は学校が終わってから、山鹿まで行かなくちゃいけないんです。」


「そうなんだー。はあ。それは残念ねぇ。」


 クウさんは心底残念そうに言うと、名残惜しげに僕から体を離した。


「ごめんねカナメちゃん。この馬鹿うさぎには、あたしがきつく言い聞かせとくから。」


 蜥蜴人のシュハアさんが鱗に覆われた長い尻尾を、樹脂で覆われた道路にぴしりと打ち付ける。その音でビクリと体を震わせるクウさんを見て、僕はすぐにシュハアさんを執り成した。


「大丈夫ですよ。それにクウさんには、家がめちゃめちゃになったときに、色々助けていただきましたから。本当に感謝してるんです。」


 僕がそう言うと、シュハアさんは「しょうがないねえ」と言いながら、ぴゅるりと長い舌を一回出した。蜥蜴人独特の苦笑いの表情だ。






 およそ半年足らず前、僕たち222特別分隊は刑部省特務部隊『月読』から襲撃を受けた。


 実はその時、僕の家族が住んでいるこのアパート『第2しろつめ荘』にも、母さんやマドカ、それに博士や女騎士さんたちの身柄を確保するために、衛士隊が乗り込んできていた。


 幸いなことに、いち早く宇津井先生の協力者である『紀末試験対策委員会』の人たちが、母さん達を避難させてくれていたので、直接的な被害はなかった。ただ、家の中はひどい荒らされようだったらしい。


 おそらく居所を突き止めるためだったのだろう、母さんの持ち物はおろか、マドカが幼年学校で使っている教材まで、すっかり持ち去られてしまった。






 僕はその頃、皇都の刑部省舎にいたため、直接その様子を見てはいない。けれど、事件解決後に家に戻った母さんやマドカの話を聞く限りでは、とても生活できる状態ではなかったそうだ。その様子を見た二人は、本当に弱りきってしまったらしい。


 その時に、近所に住んでいるシュハアさんや、クウさん一家が色々と助けてくれた。特に、マドカの一つ上の学年だったクウさんの末妹さんは、マドカのことを心配して、学用品や着られなくなった自分の制服などを提供してくれた。


 しばらくしてから、皇家から援助を受けることができたおかげで、僕たち家族は元の生活に戻れた。けれどそれも、一番困っているときに、手を差し伸べてくれた人たちがいてくれたおかげだ。シュハアさんやクウさん一家には、本当に感謝してもしきれない。


 僕は二人にもう一度、丁寧にお礼を言った。そして、団長さんと一緒にその場を離れ、高天原防衛学校に移動するために、城砦をつなぐ地下の浮遊車道へと向かったのだった。






 学校に着いた僕は、いつものように魔導浮遊版マギボードをゆっくりと走らせながら、分隊の皆が待つ旧校舎へと向かった。校舎の裏手にあるマギボ専用レーンをゆっくり走行していると、寮から校舎へ向かって移動中の航空科2年生の集団と遭遇してしまった。


「「「新道先輩、おはようございます!」」」


 僕の姿に気づいた彼らは、すぐに道の脇に一列になって整列し、直立不動の姿勢を取った後、深々と頭を下げた。


「お、おおおはよう、ございます!」


 咄嗟にあいさつを返したものの、見事に声が裏返って、完全に女の子みたいな声になってしまった。それが恥ずかしくてたまらず、僕はマギボに魔力を流し込んで、そそくさとその場を離れた。






 最近、学校内では、どこに行ってもこんな感じの扱いだ。少し前まで、あからさまに疎まれたり蔑まれたりしていたせいで、今でもどんな風に振るまっていいのか、分からない。戸惑いしかないというのが、今の正直な心境だ。


 こんな風に変わったのは、2か月ほど前に帝の勅旨が出され、高天原防衛学校の改革が行われたためだ。


 半年前の襲撃事件後、刑部省の高官が、無実の罪を理由に宇津井先生を捕らえ、帝に知らせないまま処刑しようとしたとして捕縛され、そのまま処刑された。僕たちをジンと闘わせたあの指揮官だ。


 その高官と連座した責任を問われ、高天原防衛学校の学校長以下、主だった職員も多くが処罰や処分を受けることになったのだ。


 同時に、当時在籍していた生徒の保護者である貴族家も、かなりの数が減封や降格された。彼らは役職を解かれ、転封されたため、航空科に在籍していた生徒の多くが転校を余儀なくされてしまった。


 笹崎教官によると、過去に例を見ないほど厳しいこの処断は、貴族の間では『大粛清』と呼ばれているらしい。これにはどうやら、あのリコ内親王殿下の意向がかなり強く働いていたそうだ。






 現在、皇国の貴族家は大きく内親王派と太政官派の二つに分かれている。ただ、これまでは政治的な派閥争いはあったものの、直接的な対立はほとんどなかったらしい。もちろん暗闘はあったものの、表向きはあくまで、皇国の政治権力を巡る駆け引きをする程度だったわけだ。


 でも、今回の襲撃事件をきっかけに、その微妙な綱引きの状況が一気に崩れてしまった。リコ殿下はこれを機に刑部省の監督権を持つ太政官を厳しく糾弾し、太政官派貴族を大量処分することで、自分の勢力を伸ばすことを目論見、それはある程度成功したそうだ。


 しかし、厳しすぎる処分による離反者もかなり出てしまったらしく、結果として、両派の勢力はそれほど大きく変動することはなかったらしい。むしろ、両派の間により強い憎しみと深い亀裂を生じさせただけだったようだ。






 つまり、割りを食ったのは、皇家の主導権争いに巻き込まれた末端の貴族たちだけということになる。その中には、僕が凶海烏ネヴァニスの群れから助け出した2年生、飴野カズミさんの生家も含まれていた。


 飴野家は当主が逮捕・処刑されるなど、非常に厳しい処分を受けたと聞いている。これは当主が犯罪に手を染めていたからだとも、生粋の太政官派だったからだとも言われているけれど、真偽は分からないままだ。


 その後、飴野家の領地はすべて没収され、処罰を免れた一族も散り散りになったらしい。当然、飴野さんも学校を退学してしまった。封鎖された飴野家の屋敷を、怪しい人買いたちがうろついていたという目撃情報から、飴野さんは生家の借金のカタに、どこかへ売られてしまったのではないかという噂が今、実しやかに囁かれている。彼女の所在は現在も不明のままだ。






 なお、高天原防衛学校の新学校長に就任したのは、宇津井先生だ。笹崎教官も航空科主任という新たな役職を得た。この人事にも当然、リコ殿下の意向が大きく働いていることは言うまでもない。


 この人事を行うに当たって、リコ殿下はこれまで秘匿されていた白龍事件の全貌を、調査の結果分かった新たな事故報告書という形で公開した。もちろんクロの存在は隠した上で、だけどね。


 これにより教官と僕たち222分隊は、皇国の危機を未然に防いだ英雄として、帝から軍功褒賞を受けることになった。リコ殿下は、自分の派閥に加えることになる教官自身と生家の笹崎家の名誉回復を図ると同時に、いわゆる『箔付け』をしたかったのだと思う。


 笹崎教官は二階級特進を果たし、2等空佐になった。また、報告書が公開されたことで、各種マスコミは諸手を挙げて、教官を英雄として称えるようになった。それまでの『有能な学生を無駄に死なせた無能教官』という扱いから『身を挺して天変級魔獣に立ち向かった悲劇の英雄ヒロイン』に変わったわけだ。何となくだけど、ここにもリコ殿下の力が働いて気がしてならない。






 教官によると、教官の御両親はこれをとても喜んでくれたらしい。ただ、教官自身はこのことを、ひたすら面倒がっていた。


「英雄になった途端、縁談がどっと増えた。元婚約者からも復縁を求められてな。本当に呆れるよ。」


 ため息交じりにそう呟いた教官の気持ちが、今の僕にはすごく分かる。褒賞を受けた後、僕自身の扱いも180度変わったからだ。さっき、直立不動であいさつをしてくれた下級生もそう。最近は学校のどこに行っても、あんな風に対応されることが多い。


 どうやら彼らには、僕の見た目も、天変級魔獣の環境変化魔術の影響だと解釈されているらしい。表立って差別されることが無くなった反面、どこに行っても注目されるせいで、過ごしにくいことこの上ない。ひっそりと無視されていた頃が、懐かしくなるくらいだ。


 僕はマギボ専用レーンを駆け抜けた。そしてようやく、旧校舎を目にして、大きく安堵のため息を吐きだしたのだった。

読んでくださった方、ありがとうございました。先週体調を崩して投稿できなかった分を投稿しています。だいぶギスギスしてますが、後編も読んでいただけると嬉しいです。

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