65 それぞれの思惑
やっと説明回が終わります。こういう話を書いていると、自分の筆力が足りないことをすごく感じます。
「私が実験兵士育成計画の存在を知ったのは、広至帝の死後間もなくのことだった。」
先生はそう言って、当時のことを話してくれた。
宇津井先生はその頃、皇都防衛部隊の一小隊長だったそうだ。先生は広至帝の異母兄。本来なら皇位継承権もあるはずだったけど、お母さんの身分が低かったので、皇位継承の対象からは除外されていたらしい。当然、広至帝が秘密裏に進めていた実験兵士育成計画も知らなかった。でも、ひょんなことからそれを知ることになったのだという。
「私の部隊員がたまたま、皇都郊外である男を見つけたのだよ。」
その男性は発見時、すでに瀕死の状態だったという。彼は実験兵士育成計画に関わった研究者の一人だった。
「広至帝は自らの死の間際、失敗に終わった実験兵士育成計画を放棄し、関わった人間を全員始末しようとした。その命令を実行したのは、刑部省特務機関『月読』の部隊だった。」
「あの先生、それってもしかして・・・。」
僕の問いかけに、先生は小さく頷いた。
「そうだよカナメくん。熊本湿原で君たちを襲撃した『長月』部隊も、『月読』の一員だ。」
先生は救助した研究者から事情を聞いた。彼以外の研究者はすべて暗殺者に殺されたという。彼は必死に逃亡を続けていたけれど、ついに襲撃を受け、瀕死の重傷を負ったところで先生の部隊に救助されたのだそうだ。
「だが、彼の傷は非常に深く、その後数日で亡くなってしまった。死に際して彼は、放棄された実験施設にまだ生き残りの実験兵士がいるかもしれないと言い残したんだ。」
亡くなった研究者は、実験の資料データを先生に託した。先生はそれを基に秘匿されていた実験施設を探し出し、そこでたった一人の生き残り、僕の父さんを見つけたのだそうだ。
その後、実験施設を捜索して分かった実験兵士育成計画の全貌は、俄かには信じられないような内容だった。
「100年前に皇家が発見した『蛭子』には、危害を加えられそうになると、強力な物理的障壁を作り出す能力があることで知られていた。この障壁は周囲の魔素を具現化したものだ。さらに『蛭子』には、驚異的な再生能力と無限の魔力生成能力がある。広至帝は、この能力を人間に持たせることはできないだろうかと考えたんだ。」
「ま、まさか、そんな馬鹿な・・・!!」
先生の言葉を聞いたエイスケは、そう言って息を呑み、絶句した。先生は彼に向かって小さく頷いた後、話を続けた。
「『蛭子』の存在は皇家の最重要機密として秘匿されており、また『蛭子』に手を出すことは、たとえ帝であっても犯すべからざる禁忌とされていた。ところが魔王の恐怖に耐えかねた広至帝はその禁忌を犯し、蛭子の体組織の一部を切り取って培養し、人間に移植したのだよ。」
僕の胸の内側で、クロが激しい怒りの感情を発するのが、魔力を通じて伝わってくる。僕はその怒りに引きずられないよう、必死に深呼吸を繰り返した。
「大丈夫かね、カナメくん?」
「はい、大丈夫です。お話を続けてください。」
その時、僕の体にそっと周りから手が差し伸べられた。はあはあと息を吐く僕を、マリさんとエイスケ、それにテイジが支えてくれたのだ。皆の手のぬくもりを感じたことで、僕は何とか荒れ狂うクロの感情を、自分から遠ざけることができた。
「よろしい。では、話を続けよう。」
先生は僕を心配していたけれど、皆に囲まれた僕の様子を見て話を再開した。
「当初、人体実験の対象に選ばれたのは、処刑予定の犯罪者たちだったそうだ。ところがそれらはすべて失敗だった。人間の体に取り付いた『蛭子』の組織は、あっという間に被験者すべてを飲み込み、怪物へと変貌させてしまったんだ。」
でたらめに膨れ上がった肉塊のような姿になった被験者たちは、理性を無くして周囲の人間に襲い掛かった。実験が失敗したことは明らかだった。だが、広至帝は諦めなかった。
「魔王に対抗するには強力な武装と強靭な肉体を持つ戦士が不可欠だと、広至帝は考えたんだ。実際、暴走した犠牲者たちは、凄まじい膂力と魔力を発揮し、再生能力も兼ね備えていた。また、数は少なかったものの、周囲の魔素から物理障壁を生成することのできる被験者もいたらしい。」
悍ましい実験を広至帝は繰り返し行った。その結果、ある特定の因子を持つ人間は、怪物化するまでの時間が長く、各種能力が高いことが判明した。帝はこの因子を『H因子』と名付け、全国からH因子を持つ人間を探し始めたという。
「まさか、その因子を持つ人間を片っ端から、実験に!?」
僕は、思わず声を上げてしまった。だけど、先生は頭を小さく振って、それを否定した。
「さすがにそこまでやったら、どんなに秘匿したとしても計画が露見してしまう。だから広至帝はこう考えたのだよ。H因子を持つ人間を人工的に作り出せばいいのではないか、とね。」
「人工的に? そんなことが可能なのですか?」
カナ博士の問いかけに、先生は頷いて答えた。
「じつは人工的に強靭な肉体と魔力を持つ人間を作り出すための人工授精研究は、前回の魔王復活の直後から始められていてね。当時、実用化はされていなかったものの、技術だけは確立していたんだ。」
広至帝は、各城砦の施療機関に呼びかけを行い、新魔法薬開発のためと偽って、強いH因子を持つ男女から密かに精子と卵子を回収させた。応用治癒魔術を用いて作り出された受精卵を使い、人工子宮の中で、およそ1000人の人工受精児が誕生したという。彼らは実験兵士を育成するための人体実験に利用され、次々に命を落としていったそうだ。
「実に悍ましい試みですね。生命に対する冒涜です。」
それまで穏やかな笑顔で黙っていた団長さんが、静かな声でそう言った。表情こそ変わらなかったものの、感情の籠らないその言葉がかえって、彼女の激しい怒りを表しているように、僕には思えた。先生は団長さんの言葉を聞いて、重々しく頷いた。
「まさに団長殿のおっしゃる通りです。狂気に取り付かれていたとはいえ、私の異母弟のしたことは、決して許されることではありません。」
そう言うと、先生は沈痛な面持ちで僕を見た。
「あとは君の知っている通りだよ。私はハヤトを自分の養子として育てた。その一方で私は、今上帝に実験兵士育成計画の存在を知らせたのだ。計画を知った帝はひどく驚いていたよ。彼の父である広至帝は、非常に穏やかな人格者として知られていたからね。そんな父が、まさか裏でこんな非人道的な計画を進めていたとは、夢にも思わなかったのだろう。」
ここで先生は帝の命令により、『紀末試験対策委員会』に所属することになったそうだ。それまで完全に断たれていた皇家との関わりが、この時を境にまた始まったという。
先生はそのことについて「正直、皇家に関しては面倒な気持ちしかなかったよ。宇津井という姓をもらって皇家を出た時は、やっと解放されたとしか思わなかったくらいだからね。だが今回は、そのおかげで君たちを守ることも出来たのだから、まあ、よかったのかもしれないな」と自嘲した。その痛々しい笑顔を見た途端、僕の口から自然と言葉が溢れ出した。
「広至帝のやったことは絶対に許せません。でも、父を救い、僕たちを守ってくださった先生には、心から感謝しています。本当に、ありがとうございました。」
僕はフードの奥からまっすぐに先生を見た。先生は呆然と僕の顔を見つめていた。けれど、やがて少し上を向いて、数回目をしばたたかせた後、本当に小さく「ありがとう」と呟いた。
咳ばらいをする先生の背中に、四宮ルリ先生がそっと手を当てる。ルリ先生の目からは、大粒の涙が次々と溢れ出ていた。先生はルリ先生にお礼を言った後、僕たちに向き直った。
「私の話は以上だ。あとは、君たちの今後のことについて相談したいと思っている。」
先生がそう言ったことで、僕とエイスケたちは顔を見合わせた。でも、僕が口を開くより先に、僕の脳内で大きな声が響いた。
「(カナメ!)」
「な、なに? どうしたの、クロ!?」
その大声に驚いて、僕は思わず声を上げてしまった。僕が突然声を発したことで、皆が驚いて僕の方を見た。
「一体、どうしたのだね?」
「急に、クロが呼びかけてきたんです。それでびっくりしてしまって・・・。」
僕がそう答えると、先生は「ふむ」と頷いた後、僕に言った。
「それで、クロウェ殿は何と言っているのかね?」
僕は脳内に響くクロの声に耳を傾けた。
「クロは・・・先生に聞きたいことがあると言っています。」
「そうか。では聞こう。カナメくんは、クロウェ殿の代わりに話してくれないか。」
僕は否も応もなく頷いた。すると、さっき怒りの言葉を発したきり、ずっと黙っていた団長さんがこう切り出してきた。
「クロウェ様、私は聖女教聖堂騎士団聖都警護部隊『白銀の乙女団』団長のスィーリン・イル・アービヤドと申します。私もそのお話に加えさせていただきたいです。」
僕の脳内でクロがそれを了承する。こうして、僕はクロの言葉をそのまま伝えて、二人と会話することになった。
「それで、クロウェ殿のお聞きになりたいこととは、一体何でしょうか?」
「君たちが『蛭子』と呼んでいる、あの子の居場所だ。あの子は私の同族だ。私はあの子を然るべき場所へ連れ帰らなくてはならない。」
何となく分かってはいたけれど、やっぱり『蛭子』がクロの同族だったのか。クロは元々、僕らの地球にいる同族を探すために、僕と融合してここにやってきたのだ。彼の言い分は、彼からすれば至極当然だと思う。
でも、これまでの話を聞く限り『蛭子』はすでに皇国の維持にとって、欠くことのできない存在になっている。そう簡単に引き渡せるとは思えない。そして、そう僕が思った通り、先生はクロの要求を拒絶した。
「蛭子・・いえ、あなたの同族の方をお渡しすることはできません。今そんなことをすれば八十柱結界が崩壊してしまう。そうなれば、皇国のみならず、この惑星に暮らすすべての生き物が、魔王の手によって死に絶えることになるでしょう。」
先生がそう言い終わるとほぼ同時に、僕の右手の義手がひとりでに持ち上がり、先生の方へ向いた。僕は慌てて体内の魔力を操作し、義手から飛び出したクロの触手を引き留めた。鋭い針のように先端が研ぎ澄まされたクロの触手は、先生の眼前で止まっていた。
「(なぜ止めるのだ、カナメ。私は同族を連れ帰らなくてはならない。そのためには、この者の持つ情報が必要なのだ。)」
「(そんなの止めるに決まってるでしょ! 先生に一体何をするつもりだったのさ!)」
「(脳内に侵入して、情報を得るに決まっているだろう。さあ、早く私を解放しろカナメ。)」
クロは僕の魔力に抵抗するように、僕の体内で暴れ始めた。僕はそれを無理矢理自分の魔力で縛り付けた上で、体内の魔力をどんどん高めていった。義手から飛び出していたクロの触手は、焼き切れたように黒い粒子となって空気中に溶けていった。
「(カナメ、魔力圧が上昇しすぎている。このままでは君の肉体が魔力に飲まれて崩壊してしまうぞ。)」
クロは僕の拘束を抜け出そうとしたけれど、僕は彼を逃がさなかった。彼は僕の肉体と魔力に依存している。僕が自分の意志で押さえつけている限り、彼は決して自由に動き回ることができない。
「(カナメ! 止めろ! 止めるんだ!)」
珍しく焦ったような叫びを上げるクロに、僕は脳内で言葉を投げつけた。
「(最初に言っただろう! この世界を壊すくらいなら、自分ごとお前を消し去るって!!)」
次の瞬間、僕の右目の義眼の奥で、パキリと嫌な音が響いた。魔力圧に耐えられなくなった義眼の一部が崩壊し始めたのだ。それを感じ取ったすぐにクロは暴れるのを止めた。
「(実に不愉快だが、今は君に従うしかないようだ。)」
そう言うとクロは、魔力の暴走で壊れていた僕の体組織を、急いで修復し始めた。瞬きするくらいの間に起った、この脳内でのやり取りを、僕は先生と団長さんに説明した。すると修復を終えたクロが、また先生に問いかけてきた。
「現時点で、私の同族を連れ帰ることができないということは理解できた。では、どうすればあの子を解放してくれるのかを教えてほしい。」
さっきの僕とのやりとりがあったせいだろう。クロはこれまでよりも大分冷静になっていた。
クロの質問に対して、先生は困ったように眉を寄せた。
「どうすればよいか、ですか。少なくとも魔王の脅威を排除しなければ、皇国がその交渉に応じることは無いでしょう。」
確かに先生の言うとおりだ。でも、今の時点で魔王を倒す手立てなんてあるわけがない。だからこそ、先生があんなに困った顔をしているんだろう。これっていわゆる『詰み』状態なのでは?
先生もクロも黙ってしまった。すると、団長さんが嬉しそうにクロ(=僕)に話しかけた。
「クロウェ殿のムイカーンを使いさえすれば、魔王など簡単に葬り去れるのではありませんか?」
ムイカーン? なんだそれ?
そう思ったところで、はたと思い出した。そう言えば、最初にクロが名前を名乗った時、自分のことを「ムイカーンの騎士」って呼んでいたっけ。あの時はてっきり、物凄く長い称号の一部か何かだろうと思っていた。
だけど、団長さんの今の言い方から考えると、ムイカーンというのは何らかの道具のようだ。もしかしたら魔剣のようなものなのだろうか?
僕の思考を読み取ったクロから、少し呆れたような雰囲気が伝わってくる。きっとまた僕のことを「下等生物」だとか、思っているのかもしれない。少しムカつくけれど、反論するとますます話がややこしくなりそうだ。
僕は仕方なく、脳内に響くクロの言葉をそのまま団長さんに伝えた。
「ムイカーンは次元の狭間に封印してある。解放するには『精霊核』が必要だ。」
「では、その『核』はどこにあるのですか?」
「あの子が持っている。あの子を休眠状態にしたとき、私はあの子の魔力の器に核を埋め込んだ。」
それを聞いた途端、団長さんは明らかに狼狽した表情を見せた。
「そ、それではムイカーンを使うには、御同族を取り戻す必要があるということですか?」
クロが「そのとおりだ」と答えると、団長さんはたちまち、副官であるハフサさんと顔を見合わせた。
「私は闇の巫女姫様の要請を受けて、クロウェ殿をお迎えに参ったのです。」
途端にクロから大きな驚きの感情が伝わってきた。
「人間であるあなたから、闇の巫女姫の名が出るとは思わなかった。闇小鬼族があなた方と一緒に行動している理由がようやく理解できた。」
団長さんはクロの言葉にこくんと頷いた。
「『始まりの大地』は今、未曽有の危機に瀕しています。それを止めるためには、妖鬼族の英雄であるクロウェ殿のお力が必要なのです。ですが、まさかムイカーンが封印されているなんて・・・。」
団長さんはそう言って、困り果てたように口を噤んでしまった。クロも、先生も、団長さんも黙ったまま、何かを考え込んでいる。詳しい事情は何だかよく分からないけれど、とにかく八方ふさがりになっていることだけは、何となく分かる。一体どうすればいいんだろう?
すると、カナ博士がパチンと手を打ち合わせて、皆の注意を引きつけた。
「簡単なことですよ、皆さん。団長殿はクロウェ様のお力を借りたい。クロウェ様は御同族を取り戻したい。そして、宇津井殿はこの国を救いたいのでしょう? ならば、魔王を倒せばいいだけです。そうすれば、万事解決するではありませんか。」
「い、いや、そりゃあ、そうだが博士・・・。」
何か言いかけたエイスケの口に、博士はサッと指を当てて彼を黙らせた。彼はどぎまぎした表情で、博士の顔を見返した。
「まあまあ、ここは黙っていてください、エイスケ氏。」
博士はそう言って、先生の方に向き直った。
「魔王さえいなくなれば、この国の八十柱結界は安泰です。おそらくクロウェ様の御同族を解放しても、問題は起こらないはず。そうではありませんか、宇津井殿?」
「まあ、そうだろう。魔王を封じる力が必要無くなれば、その分の魔力を使って、国土をより豊かにすることができるはずだ。おそらく『蛭子』の力は必要無くなると思う。」
次に博士はクロ(=僕)の方を向いて尋ねた。
「御同族が戻ってくれば、クロウェ殿はムイカーンを解放できます。そうなれば、我々と共にヴァースへご帰還いただけるのでしょう?」
「無論だ。それが騎士として、私に託された使命に他ならない。」
最後に博士は団長さんに話しかけた。
「ほら、これで問題解決です。魔王との戦いには、団長殿も力を貸してくださるのでしょう?」
「そうですね。それが、あのリコ内親王殿下に協力をしていただくための条件でしたから。」
そう言って団長さんは、小さく息を吐いた。どうやら彼女は、自分が魔王との戦いに参加することと引き換えにして、内親王に僕たちを助けてくれるよう、交渉していたみたいだ。
もちろん、クロを体内に抱えている僕の身を守るためなんだろうけど、それでもやっぱり、僕たちのために動いてくれたことには変わりない。僕がそのことを伝えてお礼を言うと、団長さんはにっこりと微笑んでくれた。
「やるべきことが分かって、迷いがなくなりました。宇津井殿、魔王を倒すにはどうすればよいのですか?」
団長さんの問いかけに、皆が先生の方を向いた。
「以前も言いましたが、魔王と直接対峙するには、ずば抜けた個の力が必要なのです。現在、皇国では総力を挙げて、そのための戦士を育成しています。その筆頭が、他ならぬリコ内親王殿下なのですよ。魔王が復活する日がいつになるのかは分かりませんが、おそらく数年以内には戦い『紀末試験』が始まるでしょう。それまでに、どれだけの戦士を育成できるかが皇国の、そしてこの地球の命運を分けることになるのです。」
先生はそう言うと、僕たちの方に向き直った。
「君たちは、この事実を知ってもなお、皇国のために命を懸けて戦うつもりがあるかね? 今ならば、すべてを忘れて別の生き方を選べるよう、私が取り計らうこともできる。私はこのことを尋ねるために、君たちに真実を話したのだよ。」
先生はそう言って僕たちの顔をゆっくりと見回した。僕はエイスケ、マリさん、テイジと目を合わせた。皆は何も言わなかった。何も言う必要がなかったからだ。顔を見ただけで、皆の気持ちはすぐに伝わってきた。僕は先生に向き直った。
「先生、僕たちは大切な人たちを守るために、魔王と闘うことを望みます。それに、まだ一人、仲間を取り戻さなくちゃいけないんですから。」
僕の言葉に、皆は無言で頷いた。僕には、自分がこんな風に思ったことが、不思議でならなかった。
数か月前の僕ならば、絶対にこんな選択はしなかったはず。でも分隊の皆や多くの人たちとの出会い、それに父さんの思いに触れたことを通して、僕は自然と「皆を守りたい」と思うようになっていたのだ。
僕は幼馴染の伊都蒔エイタくんのことを思い出した。実は、鳶の見習いとして働いている彼から、ついこの間、もうすぐ結婚するとの知らせをもらったばかりだった。マギホに送られてきたエイタくんと優しそうな彼の婚約者の笑顔のツーショットを思い出し、僕は自分が戦う理由が、より確かなものになった気がした。
先生は僕たちをじっと見ていた。その目はどこか寂しそうに見えた。先生はほんの少し視線を逸らしたあと、また改めて僕たちの方を見た。
その時にはもう、先生は目に力を込めてまっすぐに、僕たちを見つめていた。力強い視線を受けて、いつの間にか僕たちは、我知らず背筋を伸ばしていた。
「魔王と闘うことを望んでいるようだが、まだまだ君たちは力が足りない。だが、たとえ魔王と直接闘うことができなくとも、魔王の復活に伴って出現する多くの魔獣たちから、人々を守るための戦士も必要だ。だから、今はしっかりと学んで、力を身に着けてほしい。」
「「「はい!!」」
僕たちは力強く返事をした。その日の話はそれで終わりになった。部屋を出る前に後ろを振り返ると、宇津井先生はルリ先生と笹崎教官に両脇を支えられながら、弱々しくベッドに体を横たえようとしているところだった。
その後、僕たちはそれまで以上に訓練に打ち込んだ。同時に僕たちは協力して、行方不明になったホノカさんの消息を探しまわった。しかし、彼女の痕跡は杳としてつかめなった。
僕たちは諦めることなく彼女を探し続けた。時間だけが無情に過ぎ去っていった。気が付けば季節は移ろい、もう秋に差し掛かろうとしていた。
読んでくださった方、ありがとうございました。




