64 紀末試験 後編
次まで説明回になりそうです。話が進まない上に、長くてすみません。
「ちょっと待ってください先生、魔王って一体何のことですか!?」
宇津井先生の言葉にショックを受けて皆が黙り込む中、一早く再起動したエイスケが、叫ぶように先生へ質問をぶつけた。先生は真面目な表情でエイスケの方をじっと見て、彼に答えを返した。
「話が唐突過ぎて申し訳ないが、すべて事実だ。地球に大災厄を齎し、人類のほとんどを滅ぼした超魔力彗星アンゴルモア。その正体は、ただの彗星ではなかった。捕食目的で魔素を求め、宇宙を彷徨う巨大な侵略生物だったのだよ。」
そう言って宇津井先生は、僕たちに説明を始めた。
アンゴルモアがどこからきたのか。紀末試験対策委員会の研究者たちは、おそらく外宇宙から時空を超えてやってきたのではないかと予想している。でも、今でも正確には分かっていないそうだ。ただ、伊集院ゲンイチロウ博士の残した資料から、その生態はある程度推測できるらしい。
それによると、アンゴルモアは魔法生物の一種であると考えられるという。実体はなく、高密度の魔素で形成された星幽体であり、その巨体のほとんどは別の次元に属しているそうだ。
魂らしきものはあるものの、明確な意志の有無は確認できていない。その行動原理は原生生物に近く、本能のままに捕食を繰り返しているらしい。
捕食対象となるのは、惑星の魔素だ。捕食対象を発見すると、奴は接近してその巨体で惑星を包み込み、地表の魔素を吸収する。そして、吸い尽くし終えると、まだ別の捕食対象を求めて、次元の狭間へと消えていくという。
「魔素を吸収された惑星は、急速に衰えてしまうと伊集院博士は書き残している。具体的には、水や空気の循環が鈍り、大地の活力が失われた結果、すべての生物が死に絶えてしまうそうだ。おそらくだが博士は、その様子を目の当たりにしたことがあるのだろう。」
先生は伊集院博士を、未来からやってきた皇国人だと考えている。きっと博士のことを調べた結果、その結論に辿り着いたのだろう。けれど、僕は正直まだ半信半疑だ。隣にいるエイスケも、微妙な表情をしている。現実主義者の彼は、きっと僕以上にこの話を受け入れがたいに違いない。
すると今度は、その気持ちを察したかのように、僕の後ろにいたカナ博士が先生に尋ねた。
「宇津井殿、地球上には現在も魔素が存在しています。つまり、伊集院博士は何らかの手段でその侵略生物から、この星を守ったということですよね。それがこの皇国の『八十柱結界』ということではないのですか?」
僕は思わず先生の顔をまじまじと見てしまった。僕らが小さいころから学んできた皇国の歴史では「伊集院博士と皇家が協力してこの国を守った」と書かれている。でも、ここまでの話を聞く限り、それは真実ではないようだ。
先生はカナ博士の方に目線を向け、何とも言えない表情で答えた。
「結果としてはその通りです。ですが、完全な事実ではありません。伊集院博士は皇家に協力を要請し、八十柱結界を完成させました。しかし、それはこの国を守るためのものではなかったのです。」
その言葉を聞いて、僕は衝撃を受けると同時に、「やっぱりそうだったのか」とも思った。だって、先生が説明してくれたアンゴルモアの生態が本当なのだとしたら、皇国の八十柱結界だけで地球すべてを守り切れるとは到底思えなかったからだ。
先生は、僕の気持ちを察したみたいにこちらへ向かって小さく頷くと、カナ博士に向けて話を続けた。
「伊集院博士は八十柱結界を使って、アンゴルモアを撃退しようとしたのです。ですが、その試みは失敗しました。」
「失敗!?」
思わず声を上げた僕は、慌てて「すみません」と謝った。先生は小さく笑って僕に言った。
「驚くのも無理はないから、気にしなくてもいい。伊集院博士は皇国全土をアンゴルモア撃退のための魔術回路にしたんだ。それがどのような魔術だったのか、今となっては知る術もない。ただ皇国に残された記録によれば、博士は地球にやってきたアンゴルモアを捕らえることに成功したようだ。だが、奴の力はあまりにも強大だった。」
原因は不明だが、アンゴルモアを滅する魔術は作動しなかったという。魔術の破綻が決定的になった時、博士はある決断を下したと、先生は僕たちに言った。
「博士は霊的結界を使ってアンゴルモアの魂を捕らえ、それを自らが取り込むことで、自分ごと奴を封印することに成功した。だが、問題は残された奴の肉体、つまり高密度の魔素の方だった。」
確かに魂を封印しても、肉体は残る。それが惑星を覆い尽くすほどの規模の魔素なら、その影響は甚大だ。間違いなく、地球全土で壊滅的な魔力災害を引き起こすことになる。荒れ狂う魔素が嵐や津波、巨大地震といった災害となって襲い掛かってくるのだ。
「博士は奴の肉体も、自分の肉体に同化させようとした。しかし、惑星を包み込むほどの高密度の魔素に、人間の肉体が耐えられるわけがない。そこで博士は八十柱結界を使って、自らの肉体を大地の龍脈に溶け込ませ、龍脈を通じて奴の魔素を実体化させることで、何とか皇国だけでも守ろうとした。それが200年前に地球を襲った超魔力彗星、大災厄の真実だ。」
つまり、惑星全土を覆い尽くす高密度の魔素によって、地球は魔力災害に襲われた。でも皇国だけは、その魔素を博士が別の形に変換したことで、その被害を受けなかったということか。
僕がそう思った瞬間、カナ博士はポンと軽く手を打って言った。
「ああ、それで分かりました! その実体化した高密度の魔素が、精霊樹なのですね!」
その言葉に、僕たちは思わずぎょっとして、博士の方を見つめた。
精霊樹から採れる樹脂は、皇国人の生活を支える重要な資源だ。お菓子のパッケージから、戦闘用魔導機の装甲板まで、ありとあらゆるものが精霊樹脂で作られている。その精霊樹の正体が、まさか侵略生物の肉体から生じたものだったなんて。
驚きを隠せない僕たちを前に、先生は静かに話し始めた。
「伊集院博士はもともと、精霊と強い縁持っていたらしい。精霊樹が生まれたのは、人々を守りたいという彼の強い思いを、精霊が汲み取ってくれたのではないだろうか。少なくとも、私はそう信じているよ。」
先生の言葉がストンと心に落ちてきたように感じた。胸のつかえがとれた僕は、マリさんたちをみた。彼女たちも同じように感じているようだった。
すると、隣にいたエイスケが、大きなため息を吐いてから言った。
「先生のお話が本当なら、俺たちが勉強させられていた皇国の歴史と、真実はだいぶ違うってわけですね。でもまあ、こんなこと言えるわけないよなあ。」
肩を落とすエイスケに向かって、先生は「ああ、そうだよ」と言って優しく微笑んだ。エイスケは僕たちに向かって軽く苦笑いを浮かべた後、表情を改めて先生に問いかけた。
「さっき先生が、おっしゃっていた魔王っていうのは、博士が封印したアンゴルモアだってことですよね。そして、その封印は間もなく解ける。それで間違っていませんか?」
「その通りだよ、エイスケくん。」
エイスケの問いに、先生はあっさり頷いた。エイスケはさらに先生に言った。
「しかも、初めてじゃないんですよね。これは2回目なんでしょう。1回目はおそらく100年前。そうじゃありませんか?」
先生はまた頷いてみせた。
「マルちゃん、すごいじゃん! どうしてそんなことが分かったの?」
驚きの声を上げるマリさんを、エイスケはめんどくさそうな目で見た。
「お前、ちゃんと話聞いてなかっただろ。先生がさっき自分たちを『紀末試験対策委員会』って呼んでたからだよ。」
「?? どゆこと?」
「紀末は学期の終わりじゃなくて世紀末、つまり1世紀の終わりってことだ。今年は皇国歴197年だろう? あと3年で1世紀が終る、まさに世紀末ってわけさ。んで、対策委員会が作られるくらいなんだから、魔王の封印が解けそうになってるっていうのは、ほぼ確定事項。よくも悪くも前例主義のこの国でそんなもんが出来るのは、1回目があったからで間違いないってこと。分かったか?」
「うーん、何となく?」
困った顔で頭を傾げるマリさんを見て、エイスケは急に悟ったような顔をして言った。
「まあ、もうじきすげえ強い魔王がこの国のどっかに出てくるってことさ。お前、そいつと闘いたくないか?」
「闘いたい! そんな悪い奴、あたしがぶん殴ってやる!!」
拳を握ってフンと鼻息を荒くするマリさん。そんな彼女を横目に、エイスケはもう一度先生に向き直った。
「魔王の復活を『紀末試験』って呼んで偽装してるくらいなんだから、一回目のことも慎重に隠されているんですよね。一体いつだったんですか?」
「皇国歴101年の6月だ。その前のおよそ10年間、皇国の各地で魔力災害や魔獣被害が頻発するようになった。現在の状況は、当時のそれと酷似している。」
「!! じゃあもしかして、高天原大嘯は・・・!」
僕の言った「高天原大嘯」という言葉で、マリさんとテイジの雰囲気が途端に変わった。
「無関係ではないだろう。それに、君たちが遭遇したあの白龍事件もな。」
笹崎教官が僅かに眉を寄せたのを、僕は見逃さなかった。僕たちの同級生を死なせ、多くの人の運命を狂わせたあの白龍さえも、魔王の復活の前兆に過ぎなかったのだ。もし本当に魔王が復活したら、どんな恐ろしいことが起こるのか。考えただけでも、身震いしそうになってしまう。
「先生、魔王を止める方法はあるんですか?」
僕の問いかけに、先生は難しい表情を見せた。
「それを語る前に、まずは100年前の戦いについて話しておこう。」
先生は、僕たちの顔を一人一人見てから話し始めた。
「前回の魔王の復活は、完全に予想外だった。恐ろしい魔獣の群れを率いて突如現れた魔王は、大規模な魔力災害を引き起こして、城砦を次々と襲い始めた。」
記録によれば、その姿は闇を切り抜いたような人型をしていたそうだ。城砦を壊滅させた魔王は、八十柱結界を構成する礎石を次々と破壊していった。
「それはもしかして・・・!!」
僕が上げた声に先生は小さく頷いた。
「ああ、間違いなく自らを封印している八十柱結界を破壊しようとしたのだろう。」
「待ってください先生! アンゴルモアは意志を持たない原生生物のような存在だったはずです。なぜそんな・・・!」
先生に食って掛かるように声を上げたエイスケは、ハッとした顔で言葉を止めた。彼の顔は真っ青で、その体は小刻みに震えている。先生はゆっくりと口を開いた。
「伊集院博士はアンゴルモアの魂を自分に取り込むことで封印した。博士とアンゴルモアの魂は融合し、不可分となったと考えられる。」
「じゃあ、魔王アンゴルモアの正体は、伊集院博士ってことですか!?」
僕の問いに、先生は考えこむように一旦、言葉を止めた。
「断言はできない。しかし、アンゴルモアが明確な破壊の意志と知恵を持った存在になったことは、事実だ。」
その圧倒的な力と従える多くの魔獣たち、そして無慈悲な戦いぶりから、いつしかアンゴルモアは魔王と呼ばれるようになったそうだ。
「魔王を討伐すべく、当時の皇国軍は死力を尽くして戦った。魔王の率いる魔獣の群れは、それによって大半を撃退することができた。しかし、魔王自体には、そのほとんどの攻撃が届かなかった。」
「そうか! 皇国軍の使っている武装は、精霊樹から出来ているから・・・!」
「そのとおりだよ、エイスケくん。精霊樹は魔王の肉体の魔素から生じたものだ。精霊樹脂から作られた武器による攻撃は、魔王に対して無力だったんだ。」
「それじゃ一体どうやって、魔王を封印することができたんですか?」
僕がそう尋ねると、先生はニヤリと笑って、ベッドの上でぐっと拳を握ってみせた。
「武装による攻撃が通じないのなら、人間が直接ぶん殴るしかないだろう。魔王討伐のために選りすぐられた戦士たちは、自らの肉体と魔術を使って、魔王を撃退したんだ。」
当時の皇国には、伊集院博士が万が一のための備えて、魔獣討伐のために作り上げた『旧世界の武具』があった。戦士たちはそれを使って魔王を封じ込めることに成功したらしい。
「じゃあ、また今度魔王が現れた時には、同じ方法で撃退出来るんですね!」
僕がそう言うと、マリさんが大きく頷いて、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
「任せててカナメっち。大嘯を起こすような奴を放っては置けない。あたしとテイジが絶対に倒すよ。そして、二度と復活できないように、息の根を止めてやるんだ。」
いつもとはまるっきり違う、静かな調子で言い放った彼女の言葉に、テイジも重々しく頷く。高天原大嘯を引き起こしたのが魔王だとするなら、魔王はマリさんやテイジ、それに僕にとって家族の仇だ。許しておけないという彼女の気持ちが、痛いほどよく分かる。
僕は皆と視線を合わせて、頷きあった。でもその様子を見た先生は少し慌てた様子で、声をかけてきた。
「待ってくれたまえ。私はまだ、君たちを魔王と闘わせようとは思っていない。」
「そんな! 何でですか、先生!!」
抗議の声を上げるマリさんを、先生は静かに押しとどめた。
「はっきり言えば、魔王と対峙するには、君たちはまだ実力が足りていないからだ。今は話せないが、魔王に立ち向かう戦士は、数を限る必要がある。それに、話はそう単純でもないのだよ。」
先生はそう言って、僕たちに訳を話してくれた。
「実は前回の魔王討伐の際、博士の残した『旧世界の武具』の多くが、その使用者と共に失われてしまったんだ。これまでの約100年間ずっと、それを作り出す試みが行われているものの、未だに復元には至っていないのだよ。さらに悪いことに、いくつかの八十柱結界の礎石が破壊されたことで、魔王は前回よりも遥かに強大になって出現することが予想されている。」
先生の話によれば、ここ10年の間に起きている魔力災害や魔獣の被害、迷宮の規模などは、前回の魔王復活の前兆を遥かに凌ぐ規模らしい。それだけ、魔王が力をつけているということなのだろう。
「100年前の魔王復活により、皇国を守る八十柱結界は大打撃を受け、国土は荒れ果てた。魔王の存在こそ伏せられているが、その様子は歴史にきちんと記録されているよ。」
「じゃあ今度、魔王が復活したら、勝てないかもしれないってことですか?」
先生は僕をじっと見つめて言った。
「そう考える者たちもいる。その急先鋒が現太政官、春日宮ユリヒトを中心とする一派だ。彼らはこの世界から魔素の存在を無くすことで、諸共に魔王を消し去ろうとしている。魔素のない時代に戻ろうと提唱する彼らは『回帰者』と呼ばれているよ。」
魔素のなかった時代。魔獣に怯えることもなく自由に生きられた世界。そんな世界なら、僕らはどうやって生きていたんだろう。
戦いではなく、スポーツに打ち込むマリさんとテイジ。技術者を目指し勉強を頑張るエイスケ。
絵師になった僕の側で、微笑むホノカさん。そんな僕らを温かく見守ってくれる母さんとマドカ、それに父さん。
僕はフードの奥で一瞬目を瞑り、そんな夢想をした。ああ、そんな世界で生きられたなら、どんなに素晴らしいことだろう。
でも僕の夢想は、先生に向けたエイスケの問いかけによって、儚く打ち破られた。
「回帰って考えは理想だと思いますが、現実的ではないですよ。この世界すべてを満たすほどの純粋な魔素を大量に作り出すなんて、絶対に不可能です。それとも、太政官にはそんな当てがあるんですか?」
先生はベッドに座ったまま、大きく深呼吸をした。傍らに立つ四宮先生が心配そうに声をかけようとしたけれど、先生は軽く手を上げてそれを制した。そして、先生は「カナメくん」と僕の名前を呼んだ。僕は「はい」と返事をして、フード越しに先生と正面から向き合った。
「それについても、私は君たち、特にカナメくんに説明しなくてはならない。なぜなら、ここから先の話はカナメくんの人生に大きく関わる内容になるからだ。」
僕は思わず唾を飲み込んだけれど、口の中がカラカラに乾いてうまくいかなかった。先生はゆっくりと口を開いた。
「先程話した通り、100年前の魔王復活により、皇国は存亡の危機を迎えた。八十柱結界の一部が破綻したことで、龍脈の魔力が乱れ、皇国の各地で深刻な魔素不足が発生するようになったのだよ。作物は育ちにくくなり、魔力災害や魔獣の害が急増した。皇国民は飢えと魔獣に苦しめられた。そんな時、ある浜辺に奇妙な生き物が漂着したんだ。」
「生き物・・・ですか?」
「ああ。おそらく魔力災害による大波で海底から引き揚げられ、打ち寄せられたのではないかと、当時の人々は考えたそうだ。その生き物は青白い肌をしていて、人間の赤ん坊ほどの大きさだったらしい。手足はおろか目も耳もなく、まるで成長する前の胎児のような見た目をしていたと伝えられている。しかし、そのような見た目にも関わらず、近づいただけで分かるほどの、驚くほどの魔力を秘めていたそうだ。」
地元の住民からの通報を受けて駆け付けた皇国軍は、その見知らぬ生き物を回収した。生き物はその後、軍の研究施設に送られたが、そこでこの生き物が恐るべき力を持っていることが判明したという。
「その奇妙な生き物は、ほとんど栄養を必要としないにも関わらず、死ぬことも弱ることもなかったそうだ。また、どんな環境であっても傷つくことがなく、仮に傷がついても瞬時に回復するという特性を持っていた。そして最も驚異的な点は、この生き物が周囲の魔素を無尽蔵に増幅し続ける力を持っていたということだ。」
「そんな馬鹿な! それじゃまるで、生きた魔導エンジンじゃありませんか。」
呆れ驚くエイスケに向かって、先生は真面目な顔で頷いた。
「まさにその通り。しかも超出力で高性能な魔導エンジンだ。その生き物はほとんど無の状態から、魔素を次々と作り出していったという。神の如き力と見た目から、その奇妙な生き物は『蛭子』と名付けられた。」
『蛭子』とは皇国の創世神話に登場する古い神の名だ。その名を聞いた瞬間、僕の胸から得体の知れない魔力が湧きあがり、クロがざわりと身動きする気配を感じた。そのあまりの不快感に、僕は思わず呻き声を上げた。
「大丈夫かね、カナメくん!?」
「す、すみません。問題ありません。続けてください。」
心配する先生にそう謝って、僕は先生に話の続きを促した。体内にいるクロからは、怒りとも喜びともつかない、激しい興奮のような感情が発せられている。そのせいで気持ち悪くなった僕は、左手でそっと自分の胸を押さえ、波立つ魔力を鎮めようと頑張った。でも、胸のむかつきはなかなか消えてくれなかった。
「蛭子の力を知った皇家は、弱っていた八十柱結界と国土を回復させるために、それを使おうとした。そして幾年かの研究の後、ついに国土の龍脈と蛭子を結びつけることで、皇国は失った力を取り戻すことに成功したのだ。」
「いや、そんな得体の知れないものを、大事な結界に取り込んで大丈夫なんですか?」
エイスケの言葉に、先生は思わず苦笑いを浮かべた。
「それほど、当時の皇家が追い詰められていたということだろう。しかし、そのおかげで皇国は危機を脱することができた。そしてそれとほぼ同時期に、およそ100年後に再び魔王が復活するだろうという予言が、当時の皇家の姫に齎されたのだ。」
強い巫女の力を持つ姫は、予知魔法によってその未来を知ったという。予言に基づき、八十柱結界の封印を調べた結果、それが真実だということが分かったのだそうだ。
「そこで当時の帝によって作られたのが『紀末試験対策委員会』だ。表向きは、皇国軍の精鋭を育成するための教育組織とされているが、その実態はすでに君たちが知っている通り、紀末試験すなわち、魔王復活に備えるための特務機関に他ならない。」
紀対のメンバーたちは魔王を完全に滅ぼすための方策を練ると共に、魔王に対抗するための人材育成や失われた武具の復元を目的として活動を続けたそうだ。ただその歩みは遅々として進まなかったという。
「数代の帝たちは、自らの責務を果たしながら、魔王と闘う準備を進めた。しかし、決定的な方策を見つけることは叶わなかった。刻々と迫る刻限と共に、増大する不安が皇家を蝕んでいった。そして、準備が整わないまま、最初の前兆が起こったことで、当時の帝は心を病んでしまった。それが私の異母弟である広至帝、つまり先代の天皇なのだよ。」
僕たちは言葉を無くし、先生を見ることしかできなかった。先生はとても悲しい目で、でも視線をまっすぐに向けたまま話し続けた。
「滅びの恐怖に耐えかねた広至帝は、ついに禁忌を犯した。失われた旧世界の武具と同等の力を持つ戦士を、人工的に作り出そうとしたんだ。彼らは実験兵士と呼ばれ、特別な隔離施設で育成された。」
うまく呼吸ができない。喉が焼け付くように痛かった。耳の奥でドクドクという音が響き、先生の言葉が耳の中で何度も跳ね返るような感じがする。
僕は酷くなるばかりの胸のむかつきを押さえるため、左手で自分の心臓のある辺りを強く掴んだ。そして、先生の次の言葉を待った。先生は、僕の目をまっすぐに見て大きく頷いた。
「そうだよ、カナメくん。その唯一の生き残りこそが私の息子、そして君の父親でもある新道ハヤトだ。彼は皇家の闇によって、人生を狂わされた犠牲者だったのだよ。」




