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63 紀末試験 前編

すごく眠たいのは、低気圧のせいなのでしょうか?

 しんと静まり返った病室。ベッドの上に座った宇津井先生は、僕たち一人一人の顔を確かめるように見つめた後、ゆっくりと話し始めた。


「先程、博士とエイスケくんが話していた通り、すべての始まりは200年前に地球に飛来した超魔力彗星アンゴルモアだ。西暦1999年7月のことだな。その頃の世界情勢については、もう知っているね?」


 いつもの歴史の授業の時のように、先生は僕たちに質問を投げかけてきた。


「はい。南進してくるソビエト連邦を止めるため、皇国は同盟国である中華民国、アメリカ合衆国と共闘していたんですよね。確か1998年にブレジニングラードが陥落して、4度目の停戦交渉がまとまる直前だったって、教科書に書いてありました。」


 僕がそう答えると、後ろでマリさんが「(ねえねえマルちゃん、ブレジニングラードってどこだっけ?)」とエイスケに小声で尋ねた。






「(ばっか! この間の試験に出てただろ! 北京だよ。中国内戦に負けて北部に撤退した中国共産党がソ連に救援を求めた時に、そのままソ連にとられて名前変わったって、俺が説明しただろうが!)」


「(あー、思い出した! 確かその後、共産党がピョンピョンとかいうとこに逃げて、中華みんみんっていう国を作ったんだよね!)」


「(・・・平壌ぴょんやんの中華人民共和国な。全部フワフワじゃねーか。)」


 エイスケが少し呆れ気味にそう言ったのを聞いて、先生は小さく笑みを浮かべた。


「その通り。当時、世界の国々は二つの勢力に分れ、覇権を争っていた。各国は軍事に力を入れ、地球上には全人類を幾度か滅ぼせるほどの核兵器が溢れていたという。だが幸か不幸か、両陣営の軍事力が比較的早く拮抗したことで決定的な戦い、第三次世界大戦は回避されていた。その分、中国や中東の民族紛争や地中海沿岸地域の軍事衝突は、激しさを増していったのだがね。」


 先生が「核兵器」と言ったのを聞いて、マリさんが嬉しそうに目を輝かせた。






「先生、核兵器ってすごい力があったんですよね!」


「そうだよ阿久猫くん。化学反応によって強烈な熱と爆風を発生させ、都市を丸ごと焼き尽くすほどの破壊力があったそうだ。魔法が発達した現代ならば、単純な物理攻撃は城砦の防衛結界で防ぐことができる。しかし、当時の地球には魔法が存在していなかったからね。そのため、初めて核兵器が使用された戦いでは、非常に多くの犠牲者が出たんだ。」


「『ベルリンの悲劇』ですね。」


 僕がそう言うと、先生は口を軽く引き結んでゆっくりと頷いた。


 1945年、当時ドイツの首都だったベルリンという都市で、史上初めて核兵器が使用された。独ソ戦に敗れたナチスドイツが首都に侵攻してくるソ連軍を止めるため、ベルリン郊外で開発されたばかりの原子爆弾を爆発させたのだ。その威力は凄まじく、一瞬にして数十万人もの命が失われたという。


 兵士だけでなく、一般人も巻き添えになったこの出来事は『ベルリンの悲劇』として語り継がれ、その後の核兵器使用禁止の流れに繋がっていくことになる。ちなみにナチスドイツはその後、北アフリカまで撤退して、神聖ドイツ帝国という国を作った。噂では、200年経った現代でも、その残党が小国として残っているそうだ。






「ただ残念なことに、このような悲劇を目の当たりにしても、人類は核兵器をはじめとする兵器の開発を止めることはできなかった。それは皇国も例外ではなかったのだよ。アンゴルモアがやってきたのは、ちょうどそんな時だったのだ。」


「確か、皇国だけが世界に先駆けて、彗星の到来を察知していたんですよね?」


 僕の問いに、先生は小さく頷いた。マリさんもうんうんと頷いている。この辺りの歴史は、幼年学校でも毎年必ず教えられるから、皇国民なら誰でも知っている。


 魔導物理学の祖である伊集院ゲンイチロウ博士の理論を基に、皇家が『八十柱結界』の元になった防衛術式陣を作り上げたことで、皇国は魔力彗星のもたらした世界規模の災害から、国土と皇民を救うことができた。


 博士の優れた学識と、皇家の指導力、そして皇民が一体となって協力したことで、多くの命を守ることができたのだ。僕がそう話すと、先生が少し困ったような顔をした。


「確かに表向きはそうなっている。実際、結果としてそれは事実なのだろう。だが、私が調べた限りでは、その過程はかなり異なっていたようなんだ。」


 そう言うと先生は、皇家に残された資料や当時の新聞や雑誌の記事から得られた情報から知ったことを、僕たちに話してくれた。






「まず当時、伊集院ゲンイチロウ博士の評価はそれほど高くなかった。むしろ、ありもしない危機を煽るペテン師のように思われていたらしい。」


 驚いて息を呑む僕たちに、先生は説明してくれた。当時は今のように魔素が発見されておらず、魔法を使うことが難しかったという。その頃の博士は、皇国の軍事部門の一研究者に過ぎず、しかもその研究はほとんど評価されていなかったそうだ。


「博士はすでに魔晶石を完成させ、現代の魔導物理学の基礎となる理論も発表していた。ただ、当時の魔晶石は現代とは比べ物にならないほどその効力が低く、理論も実証のしようがないものばかりだったんだ。当然、接近してくる魔力彗星の存在も証明することはできなかった。」


 当時の魔晶石は、音声に反応して薄く光を放つ程度の効果しかなかったそうだ。当然、武器に応用できるようなものではなかったらしい。それを聞いたエイスケは、苛立ちを隠そうともせず、フンと鼻を鳴らした。


「どっちも魔素の存在ありきのものですからね。そりゃあ、そうでしょう。現代では考えられないことですけど。」


 エイスケの言葉に先生は頷いた。そして彼に向かって、唐突に質問をぶつけた。






「エイスケくん、君は航空魔導機の技師だから当然分かってると思うが、物体を自由落下させた時の速度は、どうやって導き引き出すことができるかね?」


「?? ・・・先生、失礼ですがその質問には、条件が欠けすぎていて答えられません。そんなの誰が、何を、どこで、いつ落下させたかによって、毎回変わるじゃないですか。」


 エイスケは戸惑った様子でそう答えた。そんなの当たり前だ。物体が落下する速度なんて、近くにいる人間や魔獣、地中にある魔力結節ノードの位置なんかによって、毎回変化するに決まっている。


 例えば、地属性の物体であれば、月の魔力が満ちる夜と太陽の魔力が満ちる昼間では、落下する速度に大きな差が出る。この世界のすべては魔素によって繋がっているのだから、その影響を無視して物理法則を導きだすことなんてできない。魔導物理学の基礎原理だ。


 魔導機の航行補助をAI(人工知能)にすべて任せることができないのも、この原理があるからだ。刻々と移り変わる魔素の状況を的確に判断し、そこから最適な航路や攻撃手段を導き出すのは、現代のAIの性能では難しい。


 だけど、エイスケの答えを聞いた先生は、ニヤリと笑って言った。






「実は博士が魔導研究を始めた頃は、自由落下の法則を単純ないくつかの数式で表すことが可能だったんだよ。誰が、いつ、どこで、何を落とそうが、物体の落下速度はほぼ変わらない。影響するのはただ、重力とそれが生み出す加速度のみ。それが、当時の常識だったんだ。」


 先生の言葉を聞いたエイスケは、目の玉が零れ落ちるかと思うくらい、その小さな目を大きく見開いていた。そんな彼の横から、カナ博士が先生に話しかけた。


「『始まりの大地ヴァース』にも、極めて魔素が希薄になった空白期と呼ばれる時期に、同様の現象が起きたという記録があります。しかし、そんな状況でよく、その伊集院氏は大規模魔力結界術式を完成させることができましたね。誰にも信用されていない中で、国土全体を覆うほどの術式を敷設できる状況が、ちょっと想像できないのですが。」


 確かに博士の言う通りだ。魔法の存在を証明できない中で、どうやって彗星を迎え撃つ準備をすることができたんだろう?






「それは皇家の支援があったからに他ならない。誰もが反対する中、皇家だけは博士を軍事研究者として迎え入れ、援助を惜しまなかった。それは、博士が皇家を信用させるに足るだけの証拠を持っていたからだと伝えられている。」


 皇家は、2000年以上前からずっとこの地を治めている。けれど、その権力はその時々の政治体制によって大きく変わってきた。彗星到達による大災害の直前、大日本皇国は立憲君主制という政治の仕組みをとっていたそうだ。


 当時の帝は、政治的な影響力がさほど大きくなかった。また、皇家を支える貴族制度もなかったという。そんな皇家が、わざわざ私財を投じて、成果の見えない研究を援助していたというのは、確かにおかしな話だ。先生の言う通り、何かそれだけの理由があったということなのだろう。






「証拠・・ですか?」


「ああ、それが何なのか、残念ながら記録には残されていなかったがね。ただ、私の予想では博士は何らかの手段によって、彗星到来によって滅んだ地球の姿を知っていたのではないかと思うんだ。」


「それは、未来予知ってことですか?」


 未来予知は現代でも存在する魔法の一つだ。優れた霊視力を持つ人たちにのみ発現する特別な魔法で、いろいろな方法で未来の出来事を察知することができる。ただ、その精度は千差万別で、確実な予知を得るのは非常に難しいらしい。


 でも先生は、小さく頭を振ることで僕の言葉を否定した。






「いや、そんな不確かなものではないと思う。おそらく博士は、皇家が信じるに足る、確実な滅びの未来の証拠を持っていたのだろう。」


「つまり、それって・・・!」


「ああ、博士は未来からやってきた皇国人だったのではないかと私は考えている。どうやってそんなことができたのか、正直想像もつかないが、色々調べれば調べるほど、そうとしか考えられないんだ。」


 僕は思わず先生の顔をまじまじと見つめてしまった。魔法が発達した現代でさえ、時を操作する魔術は完成していない。研究は進められているらしいという噂が、たまにネットの怪しい掲示板に書き込まれるくらいのものだ。到底信じることなんかできない。


 でも、先生がそう言った瞬間、ハフサさんが団長さんに向けて、ほんの一瞬だけ目線を送ったことに、僕は気が付いた。






「まあ、これは今回の話の本筋ではないから、これくらいにしておこう。当時の皇家には、今ほどの力はなかったんだ。だが、博士の研究への支援には全力を注いだ。皇家の後押しにより、およそ30年もの時間をかけて、博士の探査した皇国中の龍脈とその魔力結節上に、現在の『八十柱結界』の原型となる礎石と祠が建設されていったんだ。」


 歴史上、伊集院博士が公式な記録に登場したのは西暦1963年だ。その時に皇家の軍事研究機関の一つである、魔導物理学研究室の室長に就任している。これは歴史の教科書にもちゃんと書いてある。


 彗星到達の36年も前だ。もし、博士が未来人で、滅びの未来を知っていたとしたら、彼は一体どんな気持ちでこの36年間を過ごしたのだろう。まさに途方もない精神力の持ち主だ。


 きっとみんなもそう思ったのだろう。僕たちは神妙な表情で一斉に黙り込んだ。すると、先生は小さくポンと手を打って、その静寂を破った。






「では、続きを話すとしよう。ただし、ここから先は限られた者以外は誰も知らない内容だ。」


 その言葉に僕たちはごくりと唾を飲んだ。僕の隣にいるエイスケは、あからさまに顔を引き攣らせている。そんな僕たちの様子を見て、先生は少しからかうような表情で言った。


「そうは言っても、そんなに緊張することでもない。君たち4人とカナ博士を除いた、ここにいる全員、『紀対きたい』の主要メンバーは全員が知っていることだ。君のお母さんも含めてね。」


 そう言って先生は、ベッドの周りにいる四宮先生と笹崎教官、それにハフサさんと団長さんに目を向けた。僕は急に母さんの話題が出たことで、すっかり面食らってしまった。


 母さんも、先生の仲間だった? まあ、それは何となく知っていたけど、まさかそんな聞いたこともない組織に属しているとは夢にも思わなかったよ。僕は混乱したまま、先生に尋ねた。






「あの・・きたい? って何ですか?」


「我々が所属している帝直属の機関だよ。正式には『紀末試験対策委員会』という。」


 僕の問いかけに、先生ははっきりとそう答えた。僕は思わず、隣のエイスケを見た。彼は「俺にも訳がわからん」という顔をして、小さく肩を竦めてみせた。


「期末試験って、学期の終わりにあるあの試験ですよね? それと今回の事件にどんな関係があるんですか?」


 皆の視線を受けて居心地悪くなった僕がまた尋ねると、先生は面白がるように笑った。


「『紀末試験』というのは、まさに君が今、そう勘違いしたように思ってほしくて、名付けられた名称なのだよ。だが無論、学校の試験とは何の関係もない・・・いや、そうでもないな。我々、残された人類の力と叡智を試すという意味では、学校の試験のようなものかもしれないからな。」


「?? すみません。さっぱり意味が分からないのですが・・・。」


 僕は怒られるかもとビクビクしながら、先生に言った。でも先生は、僕たちの方を見て、優しい顔で頷いた後、すぐに表情を改めて言った。






「超魔力彗星アンゴルモアはまだ存在している。この大日本皇国の地下深くに眠っているんだ。」


 彗星が眠っている? 一体何を言ってるんだろう?


 今までずっと、驚くような話を聞かされてきたけれど、今の言葉が一番理解できなかった。もしかしたら、彗星を人に見立てた擬人法的な表現なのだろうか。先生が実はロマンチストだっていうのは、何となく気が付いていたけれど、こんなところで、そんな詩的な表現をする必要あるのかな。


 でも、僕のそんな思いとは裏腹に、先生はいたって真面目な顔で言葉を続けた。


「魔王となったアンゴルモアは、今この瞬間も目覚めの時を待っている。そして、それを倒すために組織されたのが私たち、紀末試験対策委員会なのだよ。」

読んでくださった方、ありがとうございました。

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