62 病室にて
今日はたくさん書けて楽しかったです。お休みっていいですねー。
僕たちが高天原防衛学校の旧校舎、第222特別訓練分隊の格納庫兼宿舎に戻ったのは、日付が変わる少し前のことだった。
撃墜された練習機『白鷹』の代わりに僕が操縦した『大鷲』は、皇国軍の汎用作戦機で、『白鷹』よりも機体が10mほど長くなっている。当然、『白鷹』用に作られた僕らの隊舎には格納できないため、僕は一旦、旧校舎に併設されている滑走路の端に機体を着陸させた。
普段なら自動で誘導灯が灯るはずの滑走路は、なぜか真っ暗なままだった。恐る恐る機体を着陸させ、ホッと息を吐いたところで、地上の様子を見ながら僕を誘導してくれていたエイスケから通信が入った。
「(おい、かなり酷いことになってるみてえだぞ。)」
苦々し気に吐き捨てたエイスケの言葉通り、僕たちの本拠地である旧校舎内は、めちゃめちゃに荒らされていた。
無理矢理に侵入したのだろう、施錠された扉はすべて壊され、土足で室内を歩きまわった跡がはっきりと残されていた。通信機器をはじめとする機材類や機体や外装の整備に必要な工具類、それに僕たちの私的な学用品などが、室内のあらゆる場所に散乱している。まるで、隠されている何かを探し回った後のようだった。
「これってやっぱり、クロに関する情報を探してたのかな?」
「まあ、それで間違いねえだろう。」
僕の質問に対して、エイスケは床に散らばった工具類を拾い集めながら、めんどくさそうに答えた。でもその直後、すぐに僕の肩を拳でこつんと軽くパンチして言った。
「おい、なんて顔してんだ。また、自分のせいだとか馬鹿なこと思ってんじゃねえだろうな?」
図星を突かれて言葉を無くした僕に向かって、エイスケは呆れ顔で盛大に溜息を吐いてみせた。
「悪いのは、ここへ入り込んだ連中だろうが。これくらいのこと、あの馬鹿猫にだって分かるぜ、なあ?」
話を振られたマリさんは、手に持っていた教科書の残骸でエイスケのお尻を思い切り引っ叩いてから言った。
「そうそう、カナメっちは何も気にすることないよ。それよりもここ、早く片付けてなんか食べようよ。あたし、もうお腹ペコペコなんだよねー。」
マリさんの言葉と同時に、僕とエイスケとテイジのお腹がすごい音を立てて鳴り、僕たちは思わず顔を見合わせて笑った。その後、エイスケとカナ博士が壊れた調理器具を修理し、冷蔵庫内で無事だった僅かな食材を使って、夜食を作ってくれた。
僕たちは片付けの手を休め、皆で食事をした。ただし、ハフサさんと女騎士さんたち、それに宇津井先生はその場にいなかった。
ハフサさんは魔力を使いすぎたために、まだぐっすりと眠っている。それに、宇津井先生はまだ体の傷が完全に癒えていないため、女騎士さんたちが皆で治療に当たっているからだ。だから女騎士さんたちは、僕たちとは別に、交代しながら食事と休憩をとっていた。
食事を終えると、笹崎教官の指示で、その日の作業はいったん終了となった。食器の片付けが終わった後、僕はすぐマギホを取り出し、母さんにメッセージを入れた。でもなぜか、母さんのマギホにはつながらなかった。マドカのも同様だ。そのことを皆に話すと、笹崎教官が僕の疑問に答えてくれた。
「新道のお母さんと妹さんは、現在我々の協力者が保護して、安全な場所に避難してもらっている。小桜の御両親も一緒だ。」
教官の話によると、この校舎を荒らしまわった連中の手が、僕やホノカさんの家族にも伸びたのだそうだ。だから、居場所を特定されないよう、母さんとマドカのマギホは、現在使えなくなっているとのことだった。
その話を聞いてかなり驚いたものの、みんなが無事だと聞いて少しだけホッとした。同時に、ホノカさんの安否が不明である事実が、ドシンと心の中に落ちてくる。でも、今はまだどうすることもできない。
その日はここで解散となった。長かった一日がようやく終わった。僕らは長椅子や救急搬送用の毛布などを使ってとりあえずの寝床を作り、エイスケやテイジと一緒に横になった。心の中に心配事や疑問が渦を巻いているので、正直本当に眠れるのだろうかと思った。けれど横になった途端、僕は眠りに落ちていた。
しばらくはそうやって、校舎の片付けや修理、それに格納庫の拡張工事などが続いた。3日目からは、四宮ルリ先生がたくさんの兵士さんたちを連れて来てくれた。おかげでかなり作業のペースが上がり、一週間ほどでほぼ元通りの状態にまで戻すことができた。
この兵士さんたちは、元宇津井小隊の工作部隊の人たちだった。中には父さんと顔見知りだった人もいた。別れの日、彼らは僕にあいさつをしにきてくれた。
「あのチビが、もうこんなに大きくなったのか。俺たちも年を取るわけだ。」
顔に大きな傷のある兵士さんは、そう言って仲間と一緒に笑った。兵士さんたちは僕たちに、宇津井小隊にいた頃の父さんと母さんの話を、面白おかしく聞かせてくれた。僕は兵士さんたちにお礼を言った後、フードを取って顔を見せることができないことを謝った。
兵士さんは神妙な顔で、僕の肩にその大きな手を乗せて言った。
「俺たちもルリから話を聞いてる。大変だったな。俺たちでよけりゃあ、いつでも力になるぜ。」
僕はなんとか震える声で「ありがとうございます」と言葉を絞り出した。左目の奥がすごく熱かったけれど、涙は出なかった。この体になってから、僕はまだ一度も涙を流していない。もしかしたら、もう一生、涙を流すことはできないのかもしれないと思った。
兵士さんたちは「隊長とマコトさんによろしくな!」と言って帰っていった。その二日後、僕たちはようやく回復した宇津井先生から、話を聞くことができた。
僕はエイスケたちと4人で、宇津井先生が休養している先生の私室に入った。元々図書室だった場所を改装した室内の一番奥、本棚に挟まれるように壁際へ置かれたベッドの上で、先生は僕たちを待っていた。
ベッドの横には、ハフサさんと四宮先生、それに笹崎教官が立っている。教官に促され、僕たちは宇津井先生の寝ているベッドのすぐ側まで近寄った。僕たちの後から入ってきたカナ博士と団長さんが部屋の扉を閉めると、先生は四宮先生に助けてもらいながらベッドの上で体を起こし、僕たちの顔を見回した。
「みんな無事で何よりだった。こんな姿で申し訳ないが、どうしても皆に話しておかなくてはならないことがあるのだよ。」
先生はそう言って小さく笑った。先生の顔色は決して悪くはなかったけれど、頬がかなりこけてしまっていた。両手は肘から先をがっちりと樹脂製のギプスで固められている。
先生は救出された直後、両手の指がすべて砕かれ、爪が無くなっていたそうだ。その他にも尋問で受けた傷が全身にあったらしい。ハフサさんと四宮先生の回復魔法である程度、傷は癒えているものの、年齢的なものもありまだ完治はしておらず、体力も回復していない。
そのせいか、四宮先生は終始心配そうに、宇津井先生の横顔を見つめていた。宇津井先生はベッドの上でぐっと背筋を伸ばすと、僕の方をまっすぐに見つめて言った。
「まずは、結論から話そう。今回の一連の事件の首謀者は現太政官、春日宮ユリヒト。私の弟だ。彼は皇家が秘匿している『八十柱結界』の核を手に入れ、この地上から魔法を消し去ろうとしている。そのためにカナメくん、君の中にいるクロウェ殿の力を手に入れようとしたのだ。」
僕の中でクロが蠢く気配がした。でも、僕は先生の言葉の衝撃があまりにも大きくて、まったく身動きすることができなかった。
「ち、地上から魔法を消し去る? それに、太政官が弟って・・・!」
言葉を無くした僕の横で、エイスケが困惑しきった声を上げた。普段、ほとんど感情を表すことがないテイジも僅かに顔を引き攣らせている。マリさんは「まったく訳が分からないよ」という顔をして、そんな二人の様子を見つめていた。
僕たちの様子を見た先生は、苦笑しながら小さく頷いた。
「順を追って話すと、恐ろしく長くなるので結論から話したが、かえって混乱させてしまったようで申し訳ない。まずはエイスケくんの疑問に答えるとしよう。」
先生はそう言うと、小さく息を吸ってから話し始めた。
「私は先々代の帝である正治帝の庶子だ。先代の広至帝と現太政官殿は私の異母弟なのだよ。」
「じゃ、じゃあ先生は、先々帝の長子で、皇族ってことですよね?」
エイスケの言葉に、僕たち四人はハッと息を呑む。でも、反射的に跪きそうになった僕たちを、宇津井先生はベッドの上から穏やかに押しとどめた。
「血統の上ではそうだが、すでに臣籍降下している。継承権もないから、一般の貴族とほとんど変わりはないのだよ。だが、その血統が役に立つこともある。今回のようにね。」
先生がそう言うと、四宮先生と笹崎教官が目を合わせて小さく頷きあった。先生の話や二人の様子から推測すると、おそらく教官たちの言っていた『協力者』というのは、現皇家に関係がある人たちなのだろう。そう考えると、宇津井先生の救出にリコ内親王殿下が現れた理由も納得できる。
ちらりと横を見ると、エイスケも「ようやく腑に落ちた」というような顔をしていた。ただ、その横顔はどこか哀しそうにも見えた。僕はふと、京都の刑部省庁舎を発つ時の様子を思い出した。
彼はあの時たしかに「兄貴」と言っていた。結局あの時のことは聞けずじまいだったけれど、もしかしたら、彼のお兄さんがこの事件に何か関わっていたのかもしれない。
彼は今までほとんど、家族の話をしたことがない。皆と話している時、話題に出るのはいつも、3年ほど前に死んでしまったというお母さんの話ばかりだった。それ以外の話題は、いつもの調子で煙に巻いてしまうのだ。だから、彼に兄弟がいることも全然知らなかった。
エイスケにはいつも助けてもらってばかりだ。そんな彼が辛い思いをしているなら、すこしでも力になりたい。僕がそんな風に思っていたら、後ろに立っていたマリさんが突然、宇津井先生に問いかけた。
「あのー先生、さっき『魔法を消し去る』って言ってましたけど、それってどういうことなんですか?」
急に話題を変えたマリさんを、エイスケは何とも言えない表情でじっと見た。いつもなら「お前、話分らなくなって、退屈したんだろう?」とか茶化すところだけど、今日は何も言わなかった。
多分、貴族がらみのややこしい話を変えてもらったことで、彼はホッとしていたんじゃないかと思う。もちろん、当のマリさんには、そんなつもりはまったくないんだろうけど。
「文字通りの意味だよ、阿久猫くん。この世界にある魔法をすべて消し去って、大災害以前の状態に戻す。それが太政官の目的なんだ。」
宇津井先生は、優しい調子でマリさんにそう言った。マリさんは、まさに狐につままれたような顔をしていた。
「そんなこと、本当に可能なんですか?」
僕は魔法があることが当たり前の世界で育ってきたから、正直、魔法のない世界なんて想像できない。でも歴史の教科書なんかで勉強する限り、大災害以前の世界では魔獣や魔力災害に怯えることもなく、人類は繁栄を謳歌していたらしい。
本当にそんな世界に戻せるのであれば、僕だってそうしたい。多分、皇国に暮らす多くの人が僕と同じように思うはずだ。そんな思いで発した僕の問いに答えたのは、宇津井先生ではなく、後ろで話を聞いていたカナ博士った。
「理論的には可能だと思いますよ。私たちの世界である『始まりの大地』では難しいでしょうけど、この地球でなら、不可能ではありません。」
博士がそう言うと、すかさずエイスケが疑問を投げかけてきた。
「博士、それはヴァースとこっちの世界の魔力に違いがあるってことか?」
「そうですね。実際に測定や観測を行ったわけではありませんが、ヴァースとアースでは世界に満ちる魔素の量が全然違います。」
「そうか! 僕たちの世界では魔法が使われるようになってまだ200年くらいだから、ヴァースに比べると魔素が少ないんですね! だから、消し去ることが可能なんだ!」
僕がそう言うと、博士は一瞬きょとんとした顔をした後、小さく笑って頭を振った。
「いいえ、違います。魔素の量だけ比較すれば、アースの方がヴァースよりもずっとずっと多いですよ。」
博士の言葉に、隣にいた団長さんも同意の頷きを返す。驚く僕たちに、博士は説明してくれた。
「例えばこの世界では、無作為に開いた異界門を通じて魔獣が出現しますよね? ヴァースではそんなことは、魔素が非常に濃い特定の場所でしか起こりえません。また、アースの異界門から出現する魔獣は星幽体状態で出現し、比較的短時間で肉体を得て現界しますが、これは魔獣が周囲の魔素を吸収して自分の肉体を実体化させているからです。ヴァースで同じことをしようとすれば、それこそ年単位での時間が必要になります。つまりそれくらい、このアースは魔素が豊富にあるということなんです。」
博士の話を聞いた僕たちは、思わず顔を見あわせてしまった。そのくらい、にわかには信じられない話だったのだ。でも博士は、僕たちの世界に来てすぐに、それを実感として感じ取ったそうだ。
「私の胸には、魔力操作の核となる魔石がありますが、この世界に来た直後から、それが非常に活性化しているんです。」
実際、体調も良くなったし、魔力の操作も容易になったのだそうだ。でも、それが真実だとすれば、魔法を消し去ることにどうつながるのか、まったく理解できない。
宇津井先生は面白がるような表情で、僕たちの話す様子を眺めている。僕は助けを求めるようにエイスケに目を向けた。彼は小さく鼻を鳴らしてから、博士に問いかけた。
「博士と一緒に色々やってきたから、それは何となく察してたよ。だが、たった200年で、ヴァースよりもアースの魔素が増えた理由が分からねえ。やっぱり、超魔力彗星の影響なのか? 彗星が大量の魔素を地球に運んできたってことなのか?」
超魔力彗星は、突如宇宙の彼方から飛来し、あっという間にそれまでの文明を滅ぼした。その正体について、歴史の教科書には『惑星をすっぽりと覆うほどの魔素の乱流』と書かれている。簡単に言うと、でっかい魔素の塊が地球に押し寄せてきたってことだ。
エイスケの問いに、博士は嬉しそうに目を輝かせた。
「確かに超魔力彗星がきっかけになったのは間違いありません。ただし、超魔力彗星が魔素を運んできたというのは、誤りだと私は考えています。これは推測ですが、おそらく彗星がやって来たことで、アースの魔素はむしろ大きく減少したのだと考えています。」
エイスケは博士の言葉をすぐに否定した。
「そんなわけはない! 彗星到達以前、地球では魔素の存在すら感知できていなかったんだ。当然、魔法なんて存在していなかった。」
「そうですか? 私が調べた限りでは、各地の伝承に魔法使いや魔女、それに魔獣と思しき記述がありましたよ。魔術についての研究書も残されていたようですし。」
「それは、ただの言い伝えや眉唾の絵空事だ。少なくとも、現代の魔法物理学につながるような研究は行われていなかった。」
エイスケは博士の反論をにべなく斬り捨てた。でも博士はそれに怒るでもなく、楽しそうに話を続けた。
「まあ、そう考えるのが自然かもしれませんね。ですが、私の考えは違います。これも推測に過ぎませんが、以前からアースにも魔素は存在していたんですよ。ただ、それを知る術がなかったのだと思います。」
それを聞いたエイスケは、カッと目を見開いた。博士の言葉は、地球の研究者が無能だったともとれる発言だ。技術者である彼が怒るのも無理はない。僕は彼が声を張り上げる前に、すかさず話に割り込んだ。
「存在していたのに、分からなかったってどういうことですか?」
話に割り込んだ僕を、エイスケは「余計なことするな!」と言わんばかりの顔で睨みつけた。でも博士はそれに気づくこともなく、楽しそうに説明をしてくれた。
「それは、アースの魔素が極めて濃密で、完全に安定した状態だったからだと考えています。そうでなければ、魔力彗星到達以前にアースに魔法が存在しなかった理由や現在の豊富な魔素量が説明できません。そもそも世界に魔素が存在しなければ、魔力彗星も生まれませんから。」
博士の説明を聞いたエイスケは、これまでになく大きく鼻を鳴らしてみせた。
「博士の言ってるのは、『魔素相互吸収作用による励起不全不活性の法則』だろう? ないない、絶対にありえないぜ。」
「そうでしょうか? 仮に時間と空間で閉じられた次元を一個の個体として考えるなら十分にあり得ると思うのですが!?」
「その前提が間違ってるって言ってるんだ!! いいか? そもそも空間そのものが相互に作用しあって変化し続けているのに・・・。」
「ちょ、ちょっとタンマ! ストップ! ストーップ!!」
ヒートアップして顔を突き合わせ始めた博士とエイスケに、マリさんが割って入った。
「二人とも、ここが病室だってちゃんと分かってる? あと、あたしにも分かるように、ちゃんと皇国語で話して!!」
マリさんに窘められた二人は、宇津井先生に謝った後、僕たちに説明を始めた。もっとも、エイスケだけは「今までも皇国語で話してただろうが・・・」ってブツブツ言っていたけどね。
「いいか? 魔素っていうのは基本的に安定した状態を好む物質なんだ。でも同時に、周りのあらゆるものに物凄く影響を受けやすいデリケートな存在でもある。魔素が他のものに影響されて活性化した状態を、魔素励起っていうんだ。2年の時、物理で勉強しただろう? んで、この性質を利用して、術式で物理的に魔素を具現化したものが魔法って呼ばれるもんだ。詠唱魔法だけでなく、外装の強化や魔導機の魔導エンジンの推力なんかも、この性質によって生み出されているわけだな。ただ、最初に言った通り、魔素っていうのは本来安定を好む物質だから、完全に外界の影響を受けない密閉空間内だと、互いに吸収しあって強固に結びつき、動きを止めてしまうっていう性質がある。これがいわゆる『魔素相互吸収作用による励起不全不活性の法則』ってやつだ。ここまで、分かったか?」
「ううん、ぜんぜんわかんにゃい!」
すごく嬉しそうにあっけらかんと言ったマリさんを見て、エイスケはげっそりした顔で大きくため息を吐いた。
「うん、俺が悪かった。あのな、豆がパンパンに詰まった袋を想像してみろ。どうだ?」
「豆がパンパンにね? あっ、あたし、大豆よりそら豆が好きだよ!」
「・・・まあ、豆は何だっていいんだ。じゃあ、次はその袋の口をきつく締めたと思ってくれ。その状態で袋の中の豆を一粒だけ動かすことができるか?」
エイスケに問いかけられたマリさんは、しばらく頭を捻ってうんうん唸ってみせた後、言った。
「中に手を入れちゃダメなんでしょ?」
「そりゃそうだ。」
「じゃあ無理。出来っこないよ!」
エイスケはそこで大きく頷いた。
「それが、博士が言ってることさ。豆、つまり魔素が世界中にパンパンになっていたから動かせない。動かせないからその存在を知ることもできない。これが『魔素が存在しているのに観測できなかった理由』ってわけだ。分かったか?」
「うん。うーん、何となく・・・分かったような気がする?」
マリさんは微妙な顔で頷いてみせた。それとは対照的に、博士はすごく嬉しそうにエイスケに笑いかけた。
「さすがはエイスケ氏。私の説を理解して支持してくださったのですね!」
「いや、待ってくれ。理解はしたが支持はしてない。そもそも前提がおかしいって言ってるだろ?」
また言い合いになりそうな気配を感じた僕は、すかさず博士に質問をぶつけた。
「さっきの豆の例えだと、博士はなぜ超魔力彗星が原因で魔素が観測できるようになったって思ったんですか?」
「簡単に言えば、魔力彗星がぶつかったことで、袋があちこち破れてしまった状態と考えてもらえばいいと思います。袋の中の豆が外に飛び出して中身が減ったことで中の豆、つまり魔素が操作しやすくなったと考えられるわけですね。」
博士が言うには、僕たちの暮らすこの世界は、世界同士を隔てる『壁』が非常に脆く、不安定になっているらしい。各地で異界門が多数出現したり、迷宮があっちこっちにできたり、魔力災害が頻発したりするのも、それが原因ではないかと、彼女は言った。
「じゃあ、世界から魔法を消し去る方法っていうのは・・・。」
「ええ、カナメさんが思っている通りですよ。破れた袋を塞いで、中をまた純粋な魔素で満たせばいいのです。そうすれば、魔素の操作ができなくなりますから、魔素に依存したものすべて、魔法も、魔獣も消え去ることになるでしょう。」
そう得々と言った博士に、エイスケは露骨に顔を顰めてみせた。
「惑星規模で魔力的に密閉された超安定空間を作り出す必要がある。しかもその内側を純粋な魔素だけで満たすなんて正気の沙汰じゃない。」
エイスケの言葉に博士もこくんと頷いた。
「エイスケ氏の言うとおりです。でも、はじめに言った通り、アースであれば理論上は可能なんですよ。ヴァースだと空間内の魔素が偏在しているので、同じ方法はほぼ不可能ですけどね。」
想像もつかないような話を聞いて、僕は物凄く混乱してしまった。でも一方で、もしもそんな方法が本当に存在するのなら、やってみる価値があるんじゃないかとも思った。
僕は思わず自分の右手に目を向けた。人間の手と大きくかけ離れた、つるりとした樹脂製の腕。もし魔獣がいなくなれば、僕みたいな思いをする人もいなくなる。それはすごくいいことなんじゃないか?
僕はベッドの上で僕たちの話す様子を静かに見つめている宇津井先生に目を向けた。宇津井先生は僕の視線に気が付くと、にっこりと笑みを浮かべて話し始めた。
「博士とエイスケくんの話は非常の興味深かった。この件について、私の考えも話したいところだが、今は置いておこう。それよりもなぜ、カナメくんとクロウェ殿が狙われるのか話しておく必要がある。これは君の父親であるハヤトにも関係することだ。長い話になるから、少しずつ話していくとしよう。まずは、この国の成り立ち、そして私が関わった皇家の罪について話していくとしよう。」
重々しい先生の言葉に、僕たちは思わず固唾を飲んだ。しんと静まり返った室内では、先生以外の誰も動こうとしなかった。
ただ僕の体内では、クロがその不気味な動きを徐々に高めていた。それはまるで、これから明かされる秘密に食らいつこうとしている怪物のように、僕には思えてならなかった。
読んでくださった方、ありがとうございました。




