61 救出
新章です。いつもより少し短めです。一応、この章か次の章で完結予定です。もっと頑張って、うまく書けるようになりたいです。
外套姿の女性率いる一団が、シャッターで閉ざされていた廊下の奥に消えた後、僕たちは団長さんに促されて1つ下の階に移動した。
階段を降りると、皇国軍とよく似た制服を着た兵士さんたちが、あちこちに倒れている衛士たちを拘束しているところに出くわした。この衛士は、さっき僕がクロの力で無力化した人たちだ。
僕たちを見た兵士さんたちは、一瞬顔を強張らせて身構えた。でも団長さんの姿を見るとすぐに、そっと視線を外して自分たちの作業に集中し始めた。僕たちは兵士さんたちを横目に見ながらその場を離れ、団長さんの案内で手近な部屋に移動した。
その広い部屋はどうやら衛士の待機所のようだった。簡素な作りの室内には、樹脂製の机といすが無造作に散乱していた。僕たちは簡単に机といすを並び直し、腰かけた。6人掛けのテーブル二つに全員が腰かけると、団長さんが口を開いた。
「カナメさん、分隊の皆さん、本当に危ないところでしたね。でも、よく頑張ってくれました。それにあなたたちも、博士をよく守ってくれました。」
団長さんの言葉に、女騎士さんたちが一斉に左手を胸に当てて軽く頭を下げる。それを見て小さく頷いた団長さんに対して、カナ博士が声を上げた。
「本当に大変だったのですよ! もう少し早く来てくださればよかったのに!」
「申し訳ありません、博士。なかなか頑固な方で、交渉に手間取ってしまいました。ですが、こちらの事情をお話したら、ちゃんと分かってくださいましたよ。」
団長さんが穏やかな表情でそう言って笑うと、博士は苦いものを飲み込むような顔をしていったん口を閉じた後、呟くように言った。
「・・・では、後ほど条件などについてお聞かせください。巫女姫様にもお伝えしなくてはなりませんから。」
「ええ、もちろんです。」
団長さんが表情一つ変えずに頷くと、博士はもうそれきり口を噤んでしまった。僕は何のことかさっぱり事情が分からず、周りに座っている分隊の皆に目を向けた。
僕と視線を合わせたエイスケは「俺が分かるわけないだろ?」とでもいうように、軽く肩を竦めてみせただけだった。マリさんとテイジは言うまでもない。仕方なく、僕は団長さんに話しかけることにした。
「あの団長さん、一体何がどうなっているのか、説明してもらえませんか?」
団長さんは僕の顔をじっと見つめた。すごく穏やかな笑顔なのに、なぜか僕は背筋がゾクッとするような感覚を味わった。
「それについては、宇津井殿がいらっしゃってからにしましょう。」
「!! 宇津井先生は無事なんですか!?」
「それは団長にも分かりません。ですがもう間もなく・・・。」
団長さんがそう言いかけたと同時に、部屋の扉がノックされた。扉を開けて顔を見せたのは、笹崎教官だった。
「団長殿、博士、それに新道。殿下がお呼びだ。」
教官はそれだけ言ってすぐに扉を閉めた。
「殿下?」
僕がきょとんとした顔でそう呟くと、隣に座っていたエイスケがすぐに服を掴んで、僕の体を自分の方に引き寄せた。
「(お前、まさか分かってないんじゃないよな!?)」
「(?? 一体何のこと?)」
小声でささやくエイスケに僕が聞き返すと、彼は途端に頭を抱えてみせた。
「(あの外套姿の方だよ! 今上帝の第一息女、リコ内親王殿下だろうが!)」
「(ああっ! 道理でどこかで見たことあると思った!)」
驚いて息を呑んだ僕を見て、目の前に座っているマリさんが目を丸くした。
「(皇国軍のトップで、超有名人じゃん。カナメっち、さすがにそれはないわー。)」
彼女の隣にいるテイジまで、うんうんと頷いている。僕は自分の無知が急に恥ずかしくなった。
「(ご、ゴメン。あんまりネットニュースとか、見ないようにしてたから。)」
「(さっき、禁軍近衛隊の兵士たちも見ただろ? あれで気が付かなかったのかよ。)」
「(あ、あれ、禁軍の人だったんだ。なんか変わった制服だなって思ってたけど・・・。)」
「(・・・お前、軍属のくせに、軍とか貴族関係に興味なさすぎなんだよ。)」
呆れた顔でエイスケにそう言われて、ぐうの音も出なくなる。白龍事件以来、ほとんどニュースを見ないようにしていたのは事実だ。でもさすがにこの言い訳には無理があるなと、自分でも思った。
「内緒話は終わりましたか? さあ、参りましょう。」
団長さんに促され、僕は慌てて立ち上がった。部屋を出ると、廊下の向こうから外套姿の女性、リコ殿下がこちらに歩いてくるところだった。後ろにはたくさんの将官服の人たちが続いている。この人たちはきっと、禁軍近衛隊の将校たちなのだろう。僕は慌ててその場に平伏した。
僕の隣に、団長さんと博士も跪く。殿下は僕のすぐ目の前で立ち止まった。
「お前が新道カナメか?」
「は、はい!」
頭上から聞こえる凛とした声に、震える声で返事をする。皇国最上位の貴人を前にして、僕はすっかり頭に血が上ってしまった。
「頭を上げて、その布を取れ。私に顔を見せるのだ。」
でも、緊張のあまり、目の前にある殿下の軍靴のつま先をじっと見つめていた僕には、その言葉が一瞬理解できなかった。
一呼吸おいて、僕がようやく自分が何をするべきなのかを理解したと同時に、さっと鋭い閃きが眼前を通り過ぎた。切り裂かれたフードがはらりと目の前の床に落ち、白い光の粒に変わって消える。僕はハッとして、顔を上げた。
「なるほど。異形に侵食されているというのは真であったか。」
長い黒髪を顔の両脇からさらりと流した殿下は、冷たい表情でスッと目を細め、僕を観察している。殿下の右手には、僕のフードを切り裂いた小太刀が握られていた。
殿下はしばらくの間、値踏みするような表情で僕をじっと見つめていた。僕はどうすることもできなかった。ただ顔を伏せないようにするのが精一杯だった。やがて、殿下は僅かに眉を寄せた。
「実に醜悪だ。」
次の瞬間、僕は首筋にひんやりとした感触を感じた。首筋にあてられた殿下の小太刀の切っ先が、僕の皮膚を薄く傷つけたのが分かった。
一体いつ、殿下が小太刀を動かしたのか、まったく分からなかった。呆然とする僕を見て、殿下は僅かに口の端を歪めた。
「ふん。異形の者でも、流れる血は赤いのだな。」
殿下の小太刀がぐっと首筋に食い込む。なぜか痛みはまったく感じなかった。動けずにいる僕の後ろで、団長さんが僅かに動く気配を感じた。
その時にはすでに、殿下は腰に佩いた鞘に小太刀を納め終えていた。
「お戯れが過ぎます内親王殿下。約束をお忘れではありませんよね?」
団長さんが穏やかな声でそう言った途端、殿下の後ろにいた近衛隊の将校たちが僅かに身構えたのがはっきりと分かった。殿下はちらりと団長さんに目を向けた後、僕の顔をじっと見つめながら言った。
「本来なら神聖なる国土を汚す異形の者など、斬って捨ててやるところだ。」
僕を見つめる殿下の冷たい瞳の中には、憎しみとも嫌悪ともつかない炎が揺らめいていた。
「だが、異国の騎士殿と宇津井殿に免じてその命、預けておく。死にたくなければその異形の力で、皇国のために尽くしてみせるがいい。」
殿下はそう言うと、僕が口を開く前にさっと踵を返して立ち去っていった。
「大丈夫ですか、カナメさん!? すぐに傷の手当てを!」
殿下たちが立ち去ってすぐ、博士が女騎士さんたちを連れてきて僕の首の傷を癒してくれた。痛みがないので全く気が付かなかったけれど、僕の傷はおもったよりも酷かったみたいだった。治療してくれた騎士さんの言葉によると、傷口が焼け爛れたようになっていて、なかなか塞がらなかったらしい。
マリさんは、博士からその話を聞いて「『皇国の守り刀』なんて呼ばれてるくせに、カナメっちにそんなひどいことをするなんて!」と、ひどく怒った。
でもエイスケは「阿久猫の気持ちも分かるけど、上位の貴族なんてみんな似たようなもんだぞ。人一人の命なんて、何とも思ってない連中ばっかりだ」と、妙に達観したことを言って、マリさんを宥めていた。
そうこうしているうちに、笹崎教官が僕たちのところに戻ってきた。僕はすぐに教官に尋ねた。
「教官! 宇津井先生とホノカさんは・・・!?」
僕の問いかけに、教官は少し硬い表情で答えた。
「先生の身柄は無事に確保した。すぐに高天原に帰還しよう。小桜は・・・見つからなかった。すまん。」
「そう・・ですか。分かりました。」
僕は溢れそうになる気持ちをぐっとこらえて頷いた。実は教官に尋ねる前から、ホノカさんがこの建物内にいないことは分かっていた。
治療を終えた後、衛士待機所にあった指令用端末から、クロが建物の警備システムに侵入して調べてくれたのだ。数日分のデータを遡っても、ホノカさんがこの建物内にいたという記録は残っていなかった。
それでも一縷の望みをかけて、教官に尋ねたのだ。しかし、やはり彼女はいなかった。もし手がかりがあるとすればあとは、花村隊長さんが捕らえてくれているあの傀儡師の女だけだ。あの女なら、何かを知っているかもしれない。
でももし、あの女がもし何も知らなかったとしたら? あるいはあの女から、彼女が死んでしまったという確証が得られたとしたら?
彼女の生存を信じる気持ちを打ち消すように、恐ろしい想像ばかりが心に浮かぶ。
僕は頭を強く振って無理矢理に気持ちを切り替え、皆と一緒に建物を出た。建物の外には兵員輸送車が待機していた。
輸送車には運転を担当する皇国軍の兵士さんとハフサさん、それに宇津井先生が乗っていた。先生は向かい合わせになったベンチ型の座席の中央で、緊急搬送用の浮遊寝台の上に横になったまま、じっと目を瞑っていた。
「先生!」
僕がそう声をかけると、先生はゆっくりと目を開いた。
「カナメ・・か・・・よくぞ・・無事で・・ウッ!」
「先生!? 先生!!」
先生は途切れ途切れにそう言った後、ぐったりと頭を落とした。
「かなり酷い尋問を受けていらしたようです。癒しの魔法を使いましたが、まだ完全には傷が癒えていません。しばらくは安静にしておいてください。」
慌てて呼びかける僕を、ハフサさんがそっと押しとどめた。よく見ればハフサさんの褐色の肌も、色が悪くなっている。おそらく限界まで魔力を使って、先生を治療してくれたのだろう。
「ハフサさん、ありがとうございました。」
僕がお礼を言うと、ハフサさんは小さく頷き、近くの座席に深く体を沈めた。団長さんは彼女の隣に座ると、そっと体を引き寄せて、彼女の頭を自分の膝に乗せた。
「! ひ、姫様、恐れ多うございます!」
驚いて体を起こそうとするハフサさんをそっと手で押さえつけ、団長さんはハフサさんの顔を覗き込んで囁いた。
「しょうがない人ですね。団長とお呼びなさいと言ったでしょう? あとでお仕置きです。」
団長さんはくすりと笑うと、ハフサさんの頭を左手で抱えたまま、右手を彼女の両目の上に乗せた。すると、ハフサさんの体から力が抜け、彼女はすぐに穏やかな寝息を立て始めた。
全員が兵員輸送車に入ったところで、最後に乗り込んできた笹崎教官が言った。
「では、これより『大鷲』を待機させている空港へ向かう。乗り込んだらすぐに高天原に帰投するぞ。」
寝息を立てるハフサさんを除く全員が、大きく頷いたのを見て、教官は運転手に機体を発進させた。機体がゆっくりと浮き上がり始めた時、僕の隣に座っていたエイスケが、ハッとしたように窓に顔を向けた。
「嘘だろ・・・なんで兄貴が・・・!」
呆然と呟いたまま凍り付いたように動きを止めるエイスケ。僕は思わず彼の視線の先に目を向けた。
今、僕たちが出てきた建物の出口から、数人の男の人たちが歩み出て来ていた。禁軍の兵士たちに付き添われて先頭を歩いているのは、ジンに凄まれて逃げ出していったあの刑部省の指揮官だった。
指揮官は、あの時とは見違えるほど打ちひしがれた様子で、とぼとぼと建物から出て来ていた。そのすぐ後ろを歩いているのは、高級官吏の制服を着た若い男性だった。きびきびとした身のこなしをするその男性は、遠ざかっていく僕たちの輸送車を、冷たい瞳でじっと見つめ続けていた。
こうして僕たちは、再び高天原に戻ることができた。でも、それは決して心休まる帰郷ではなかった。
宇津井先生の語ったこの事件の顛末は、僕たちの日常を大きく揺るがすものだった。それはまさに、新たな波乱の幕開けに過ぎなかった。
読んでくださった方、ありがとうございました。




