閑話 カナ博士の異世界レポート
半日の休みでも、すごく嬉しいと感じるのは、感覚がバグってきてるってことなのでしょうか?
預言の聖女ミーオシアによって齎された『破滅の神託』からすでに10年。始まりの大地の総力を挙げた探索の旅は、ついに世界の果てへと達した。神託を阻止すべく結成された中央緒世界連合首脳会議、通称『五族会議』は、ここで世界の垣根を越え、その探索の手を異世界にまで広げる決定を下すに至ったのだ。
そして私、闇小鬼族の技司カナ・オオグチは、一族を率いる巫女姫に命じられ、異世界探索行の一員となった。
正直な気持ちを言えば、一族に未曽有の危機が迫る中、故郷である暗黒の森を離れることに抵抗を感じずにはいられなかった。一族を守る四司の一人として、その役割を果たせなくなることに、忸怩たる思いがあったからだ。
ただ、現在はこの一行に加わることができたことをとても感謝している。それほどまでにこの異世界『地球』は、魅力的かつ驚異的な世界だった。
この報告書は、これまでに私が見聞したこの地球についてまとめたものである。いつの日か使命を果たし、再びヴァースに戻る日が訪れたなら、この地で得た知見を一族のために活用したい。そんな思いで、この報告書を作成している。
【地球について】
地球は標準的な太陽系に属する惑星である。ヴァースに比べてやや直径が小さく、自転・公転速度が速い。地球人はその一日を24時間と定めているが、この基準をヴァースに当てはめるとヴァースの一日は地球のおよそ28時間分に相当することになる。地球に来た当初は、探索団全員がこの一日の短さにかなり戸惑ったものだ。
また、地球の一年は365日であり、400日であるヴァースに比べてやや短い。そのため、人間族の年齢と見た目が釣り合っておらず、時折混乱してしまうことがあった。具体的な例を上げれば、13歳と紹介された青年がどう見ても10歳前後にしか見えない、などということがしばしば起こる。今後、地球を訪れるヴァースの人間族のため、《通心の護符》に年齢換算機能を持たせることを特に推奨しておきたい。
【地球の地理について】
地球はその表面のおよそ7割を海洋が占めている。残り3割の陸地は大きく5つの大陸に分けられており、小さな島も多く点在している。1つの大陸といくつかの島々しか存在しない我々ヴァース人の感覚では、やや想像しにくい世界である。
大陸間が海洋で分断されているため、地球では大陸ごとに独自の文化や産物が発展していったらしい。そのためかつての地球では海運が発達し、大陸間での貿易が盛んに行われていたようだ。
また、大陸ごとに言語体系が大きく異なっていたため、教育においては語学が非常に重要視されていたという。ヴァースの『大陸公用語』のようなものは存在していないため、多くの人間族が他の大陸の言語を学ぶために、多くの時間を割いていたようだ。
同種族同士にもかかわらず、このように意思疎通に隔たりがあるというのは非常に興味深い点であり、後述する地球における多様な文化の発展にもつながったのではないかと推察することができる。
【地球の種族について】
かつて、地球の主要な知的種族は人間族のみだったようだ。私が確認できた僅かな歴史資料や様々な創作物を見ると、人間族は他の知的種族(亜人や獣人、妖精族、巨人族、竜族など)を駆逐しながら、その生息域を広げていったと考えられる。
大日本皇国人が『大変動』と呼ぶ地球規模の魔力災害以前までは、およそ70億人以上の人間族が存在していたらしい。しかし現在、地球上に存在する人間族はおよそ3~5億人である。
大変動後の地球周辺は時空が極めて不安定になっており、ヴァースを含めた様々な世界からの漂泊者たちが突如として出現する現象が頻繁に起きている。多くの漂泊者たちは元の世界に帰ることができないため、そのまま地球に定住することとなった。
現在の地球は様々な種族が暮らす『種族の坩堝』状態である。地球の環境に適応するため、その文化や習俗を大きく変化させた種族(地精族や森妖精族など)も多く、非常に興味深い。
【大日本皇国について】
現在、私が滞在している大日本皇国は、地球上で最大の大陸の極東に位置する島国である。皇国は天皇と呼ばれる元首を中心とした中央集権国家であり、天皇が任命した貴族たちによって統治されている。
大変動以前の大日本皇国はいわゆる中堅国家であり、世界状況を大きく変化させるほどの力はなかったようだ。当時、世界の主要産業は化石燃料という地下資源によって支えられており、この資源に乏しい大日本皇国は、産業の原資を他国に依存するしかなかったからだ。
我々ヴァース人の感覚からすれば、なぜ化石燃料などという限定的で使用しにくい上に、自然環境を著しく汚染する資源を活用するのかと疑問を持つかもしれない。しかし、大変動以前の地球には魔素が発見されておらず、魔力を用いた技術が存在しなかったことを忘れてはならない。
大変動以前、地球では世界規模の国家間紛争が2度起きているが、そのどちらもが資源とそれに付随する領土を巡るものだった。大日本皇国はそのどちらにもほとんど加担することなく、大国との関係を調整することで国難を乗り切っている。
大国に依存せざるを得ない立場の中堅国家として、これは順当な判断だと言えるだろう。大国の資源に依存しながら他国に戦いを挑むなど、愚の骨頂だからだ。武司ではない私にだって、そのくらいのことは分かる。
2度目の紛争後、世界の覇権を巡り、政治思想の異なる勢力によって世界は二分されることになった。しかし、それからおよそ50年後に起きた大変動によって、多くの国々は滅んだ。残ったのは大日本皇国をはじめとする、一早く魔力を用いた技術を取り入れることができた国々だけだったようだ。
国家機密に類するため、正確な情報は掴めていないが、現在の大日本皇国の人口はおよそ5千万人ほどではないかと思われる。皇国の領土である主要な4つの島に、人口30万から50万の城塞都市群が100前後点在している。これらの都市は国土全体を覆う巨大な結界によって、霊的・魔力的に防衛されている。
ヴァースにおける『四氏族結界』や『聖都防衛陣』に類するものだが、その効果は術式規模に比べて非常に大きい。魔力技術が未熟な皇国において、なぜこのようなことが可能なのか。実に不可解なことばかりだ。今後、使命に差し支えない範囲で調査を進めていけたらと思っている。
【皇国の産業について】
世界的な魔力災害と魔獣により、現在地球上での国家間の貿易はほとんど行われていない。航空魔導機と呼ばれる反重力飛行艇を用いた国家間の交流はあるものの、非常に限定的である。
これまで見聞きした範囲で皇国の産業人口構成を予測するなら、農業従事者がおよそ7割、技術者が2割、医療・教育などその他の職業者が1割といったところではないかと思われる。
貴族は非生産階級であるが、そのほとんどは政治や軍事を担当している。これは貴族が強い魔力を持つという潜在的優位性によるものだ。ただこの社会構造が生まれてからすでに200年(地球換算)が経過しているため、世襲による特権保持など実力に見合わない事態も生じている。
個々の実力がそのまま社会構造に反映される我々闇小鬼族とは大きく異なる点だ。もっとも、探索行に同行した一部の人間族(本人の希望により個人名は記載しない)は、この逆転現象に納得できる部分もあると言っていた。だからこれは、人間族の社会に特有のことなのかもしれない。
群れの存続が第一義であり、個々人がその実力に見合った貢献をすることこそが、群れを発展させると考える闇小鬼族からすれば、実力のない指導者など害悪でしかない。そんな指導者など豚鬼族の×××にも劣る存在だ。〇〇〇に△△△△されてしまえば(中略)
おっと、記録器の自動検閲機能が働いてしまったようだ。まあ、闇小鬼族以外の者がこの報告書を目にすることはないだろうから、特に問題はない。当該箇所はこのままにしておくことにする。
【皇国の技術について】
前述部分で軽く触れたが、皇国の魔力技術はヴァースに比べて未熟であり発展途上である。皇国では魔導機関と呼ばれる魔素増幅機構によってその産業を支えているが、現代ヴァースで主流となっている精霊機関に比べると非常に非効率だ。エネルギー変換効率で言えば、軽く数世代分の技術格差があると思われる。
しかし別の面では、ヴァースの技術を凌駕するほどのものも存在している。その代表例が『魔晶石』と呼ばれる人口魔石と『精霊樹』だ。
魔晶石は魔導機関の中枢に組み込まれている。私は錬金術師ではないので《解析》することはできなかったが、おそらく生物由来の素材を超高温・超高圧状態にし、その上で魔力的な術式を組み込んだものではないかと思われる。
皇国人は全員が、魔晶石を加工した指輪を左手に装着している。魔晶石は周囲の魔素と人間の体内の魔力を共鳴させる効果がある。この指輪のおかげで、十分な魔力的な素養を持たないものでも、特に修行をすることなく魔術を行使することが可能となっている。
つまり、我々闇小鬼をはじめとする魔族や魔獣が持つ魔石と、まったく同じ働きをするということだ。ヴァース中の研究者たちが血眼になって追い求めても実現しえなかった物質を、こんな未開の地に暮らす人間族が生み出したことは、まさに驚嘆に値すると言わざるを得ない。
皇国の技術を支えるもう一つの存在である精霊樹も、同じくらい驚くべき素材だ。精霊樹から生み出される樹脂は、建材から包装材、内燃機関、果ては薬品に至るまで、ありとあらゆるものに活用されている。その驚異的な汎用性の高さから考えても、おそらくは目的に合わせて人為的に生み出された人工植物ではないかと思われる。
なお、魔晶石の製造技術と精霊樹の栽培方法は皇族が独占しているらしい。まさに皇国を支配する権力の根幹と言えるだろう。ただこの状況は、あまりにも皇族にとって都合がよすぎるとも思える。皇国の最重要国家機密であるが今後、継続して研究していきたい。
【皇国の文化について】
皇国人は日本語あるいは皇国語と呼ばれる言語を話しているが、日本語にはなんと6種類もの文字が存在する。漢字という象形文字と、カタカナ・ひらがな・アルファベットと呼ばれる表音文字、さらに数字と記号である。
私は皇国人と深く知り合う前、この状況は大変動によって世界が崩壊し、様々な国の文化が強制的に流入・融合して生まれたものだろうと考えていた。どう考えても一つの言語に6種類もの文字を使う必要がないからだ。しかし、それは大きな誤りだった。
どうやら皇国人は大変動以前から、この6種類の文字を使いこなしていたらしい。しかも、一部の知識層だけではなく、ごく一般の民衆たちまでもが使いこなし、自由に情報を発信していたというのである。
どういう経緯でこのような事態になったのか、正直私には想像もつかない。ただ、言葉を選ばずに言わせてもらうとすれば、この日本語を生み出した人々は頭がおかしいとしか思えない。はっきりいって変態、いや、それどころか×××である。
ちなみに皇国以外の他国は、多くても3種類、大体が2種類程度の文字を使って言語を表記していたらしいので、これは皇国人が世界的に見ても極めて特異な文化を持っていたということのようだ。もしかしたら、皇国人が世界に先駆けて魔術を習得できたのは、この文化的な素地が関係しているのかもしれない。ただ、この分野の研究については、人間族の文化学者に任せたいと思う。
【皇国人の風俗について】
皇国人は特定の宗教を持たない人々がほとんどだ。では無信仰者なのかと言えばそうではなく、多くの人々は汎神論者あるいは万有神論者であり、しかもかなり信心深い。
また、皇国人は家族的なつながりを非常に重んじる。ほとんどの家族は一夫一婦制であり、数世代が同居して暮らしている場合が多い。農業が主産業であるため共同体の意識も強く、幼児教育などは共同体で協力して行う場合がほとんどだ。
職業選択は自由であるが、平民の職業は本人の保有魔力と技能によっておおむね決められている。社会において性差はほとんど存在しないが、育児や医療、介護といった分野では女性の役割が大きい。これはおそらく、魔獣の被害から女性や子どもを保護するという目的があるからだろう。
平民はほとんど魔力を持たない人々が多く、魔晶石の指輪を使って魔導機器を操作することで生活している。平民の多くは理由がない限り城砦を離れようとすることはせず、城砦内で一生を終える人がほとんどのようだ。
【皇国人の娯楽について】
皇国人はその多くが真面目で、貧しい暮らしをしているにも関わらず、皇国内には非常に多くの娯楽が存在する。これは私が皇国人と知り合って、最も驚いた点である。
皇国人の多くは様々な球技を愛好している。共同体や学校などで行われるのはもちろんのこと、職業的競技者の試合を観戦することも多い。中でも人気が高いのは魔導野球と呼ばれる競技で、ほぼ毎日、全国的に試合の中継放送が行われているほどだ。多くの家庭が、テレビと呼ばれる映像端末を用いて、試合を観戦している。
また、皇国民は魔力端末と呼ばれる携帯型汎用通信機を所持しており、そこでの情報のやり取りを楽しんでいる。ネットと呼ばれる仮想空間内では、コミュニケーションはもちろんのこと、音楽や映像などありとあらゆるコンテンツを楽しむことができる。
これらの情報のやり取りは、デジタル技術(情報を数字に分解してやり取りする技術)を用いて行われている。おそらくこのように言われても、多くのヴァース人は理解することが難しいであろう。この方法は、魔力が発見される以前に開発されたものであり、非常の独特なものである。
多くの皇国民は娯楽の享受者であると同時に発信者であり、それが仮想空間内での大きな産業となっている。ヴァースの人間族にも同じような傾向が見られないわけではないが、皇国ほど多様な発信が行われてはいないことを考えると、やはり皇国特有の文化だと言えるのかもしれない。
皇国の文化的特徴の一つとして、私が最も魅力を感じたのは、創作物の量とその多様性である。ヴァースでも種族ごとに劇や文学などの創作を楽しむ文化はあるが、皇国のそれはまさに一線を画している。
中でも私が強く心を惹かれたのは、皇国の絵師たちによって生み出された『漫画』と『アニメ』である。精緻で奇抜な絵と、荒唐無稽とも思えるほど自由な発想によって生み出されたそれらの作品群は、圧巻というほかない。しかも、それらがほぼ無限に存在するのである。
優れた創作の一例をあげるとするならば、今期(皇国では3か月を一期として約12話のアニメが放映されている)のハケン(最も優れているの意)である『魔導少女ヴァイスローゼ』であろう。これは純粋な魂を持つ主人公が精霊の加護によって蘇り、世界の危機と闘うアニメである。しかし、そこには大きな秘密があり、主人公に加護をもたらした精霊の正体が実は、(中略)
・・・とまあ、あくまで私見ではあるが、以上のような考察も含め、この作品は深い文学性と哲学性を内包しているといえる。しかし残念なことに、ネットには創作者の深遠な意図を理解できない浅はかな●●●●も数多く存在している。そんな輩と私は夜を徹して議論を続けたことがある。最後には「無職乙」などという、いかにも知能の低い言葉を残して去っていったが、きっと私の勝利を理解したが故の言葉だったのだろうと確信している。
それはさておき、このような自由な発想はヴァースに大きく足りていない部分であると感じる。世界の秩序と理論を重んじるあまり、我々は多くのものを見逃しているのではないだろうか。皇国の創作物に触れるたびに、私はそのようなことを感じずにはいられない。
またアニメと同じくらい私が心を惹かれたものが、皇国に存在する様々なビデオゲーム作品群である。特に仲間と共にチームを組んで勝利を目指すゲームには、多くの時間と研究費を費やした。
ただ、少々熱中しすぎて、探索団の団長から「いい加減にしないとアカウントを削除しますよ?」と笑顔で脅されてしまったことには、やや反省している。最終的には研究費を管理する金融端末を預けることで納得してもらったが、あの時は本当に世界が終ってしまうのではないかと思うほどの絶望を味わった。しかし、この失敗に懲りることなく、今後も調査研究を続けていきたい分野である。
【総括】
以上のように、地球は驚くほどの魅力と可能性を秘めた世界である。おそらく使命を果し終えた頃には、私の命は尽きてしまうと思われるが、それまでに見聞したことを出来るだけ記録し、一族とヴァースのために役立てたいと願っている。
ただ、そのための目下の悩みは、研究費が少々不足し始めていることだ。次々と発売される『推し(最重要研究対象の意)』の関連物を手に入れるためには、緊急に金策を行う必要がある。現地の頼れる協力者であるエイスケ氏に助力を乞い、研究や使命に支障のない範囲で副業を始めることを、現在検討中である。
では、今回の報告はここまで。なお、次回は地球の産業構造と食文化について触れたいと考えている。
読んでくださった方、ありがとうございました。




