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60 化け物と化け物

次回閑話を挟んで、61話から第3章となります。

 来るべき戦いの時に向け、張り詰めた静寂の中、緊張が高まっていく。しかし、その静寂は場違いな怒声によって突然破られてしまった。


「ヤマト! 何をごちゃごちゃとしゃべっておるのだ! さっさとお前の化け物の力で、あの連中を倒してしまえ!」


 闘気を高めていたジンは、集中を途切れさせた指揮官に向けて、反射的に拳を繰り出した。






「ひえっ!!」


 しかし、その拳は指揮官に届くことはなかった。ジンは見えない壁に当たったかのように指揮官の眼前で止まった自分の拳を見て、苦々し気に吐き捨てた。


「・・・畜生。クソったれな『条件付け』さえなけりゃあ、すぐにてめえを生ゴミに変えてやれるのによ。」


 震える指揮官の股間から、日向臭い匂いが立ち上る。ジンは指揮官の青ざめた顔にぎりぎりまで顔を近づけると、念を押すようにゆっくりと言葉を絞り出した。






「俺の名はジンだ。」


 ジンが体を離れさせ、僕と再び向き合うと、指揮官は転げるようにその場から走り去っていった。彼が消えた直後、廊下の奥の天井から降りてきた金属製のシャッターで廊下が完全に封鎖される。それと入れ替わりに鉄格子が天井へと消えていき、ジンと僕は数mの距離を置いて直接向かい合うことになった。


 警戒する僕に、ジンはニヤリと笑いかけた。


「奥にいる爺を助けたいんだろう? なら、俺を倒すこった。さあ、さっさと始めようぜ。」


「待って。その前に聞いておきたい。ホノカさんはどこにいる?」


 僕の問いかけに、ジンは怪訝な様子で目を細めさせた。でも、これは絶対に戦いの前に聞いておかなくてはならない。


 なぜって、おそらくこの戦いの後には、互いに口がきける状態だとは思えないからだ。


 ジンはほんの一瞬、戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐに嘲るような笑顔で僕に言った。






「さっき殺した奴の中にそんな名前の奴がいたかもしれねえな。まあもっとも、今日で何人殺したかも、いちいち覚えちゃいないが。」


 彼の言葉で、胸の奥の魔力の塊が黒い炎のように燃え上がる。右目に埋め込まれた魔獣とうさんの瞳が、それに反応して活性化し、僕の肉体をぎしりと軋ませた。


 魔力が暴走する前兆を感じ取ったのだろう。すぐにクロが脳内から話しかけてきた。


「(落ち着け、カナメ。あのジンという男からは、小桜ホノカの痕跡は確認できない。)」


 クロが増えすぎた魔力を吸収してくれたおかげで、少し冷静さを取り戻すことができた。小さく深呼吸した後、僕はクロに言った。






「(分かってるよ、クロ。)」


 波立つ感情が溢れてしまう前に始めたほうがいい。そう思った僕は、後ろにいる女騎士さんたちの方へ振り返った。


「皆のことをお願いします。」


「分かりました。お任せください。」


 すぐに、女騎士たちが力を合わせて守りの魔法を使う。温かい光で出来た半透明の防御壁が僕とマリさんたちの間に出来上がり、廊下が完全に塞がれた。直接触れなくても分かるほど、恐ろしく強固な魔力防護壁だ。クロの力でも簡単には突破できそうにない。


 エイスケたちの安全が確保されたことで、僕はようやく安心してジンと向き合うことができた。ジンはつまらなそうな顔で僕に言った。






「ちぇっ、せっかくあの可愛い半獣人ちゃんからぶっ殺してやろうと思ってたのによ。」


 小さな子どもみたいなその言い方が、なぜか彼にはしっくりくるように思えた。


「君ならそうすると思ったから、女騎士さんたちに守ってもらったんだ。」


 僕がそう言うと、彼は満足そうな顔で言った。


「ほう、よく分かったな。さすがは同類ってことか。」


 彼の言葉にマリさんとエイスケが息を呑む音が、後ろからはっきりと聞こえた。その様子を見たジンは、ますます面白そうに言葉を続けた。






「もう、分かってるんだろう? 俺とお前は同じ化け物同士だ。」


 僕は何も言い返せなかった。その言葉が真実に違いなかったからだ。僕と彼の持っている力は同質。間違いなくクロの同族によってもたらされたものだ。


 覚悟していたとはいえ、こんな風に、自分がすでに人間ではなくなっていることを皆の前で宣言されるのは、正直辛かった。黙り込んだ僕を見たジンは、嬉しそうに目を細めた。






 その時、僕の後ろから怒りをはらんだ鋭い声がジンに向けて上がった。


「カナメっちをお前なんかと一緒にするな!!」


 思わず振り返ると、マリさんが光の防御壁から飛び出さんばかりの勢いで、ジンを睨みつけていた。声こそ上げていないものの、他の皆も同じようにジンを見つめている。ジンはその視線を受けて、一瞬鼻白んだように表情を変えたが、すぐに怒りの声を上げて体内の魔力を増大させた。


「じゃあ俺がこいつの本性を引きずり出してやるよ!! それを見ても同じことが言えるといいがなっ!!」


 咄嗟に身構えた僕の目の前で、ジンは増大した魔力を一気に爆発させた。






「《獣装》!!」


 ジンの着ている服が体に吸収されるように消える。同時に、彼の体が急速に変化し始めた。めきめきと音を立てながら体が一回り縮んだかと思うと、全身を黒く硬質な毛皮が覆っていく。身長こそ低くなったものの、その体は全身盛り上がるほどの筋肉に覆われていた。


 手足の先には黒い輝きを放つ長い爪。大きく割けた口から覗く長い牙。鞭のようにしなる長い尾。まさに魔猿だ。


 僕もすぐにクロに呼び掛ける。クロは吸収した僕の魔力を使って、力を発動させた。






「《疑似精霊武装》」


 僕の着ている防衛学校の制服が、白い大鎧へと変化していく。前回この力を使ったとき、この鎧は純粋な魔力の塊で形成されていた。でも、今僕が身に着けている大鎧には実体があった。六角形の防御壁《白陣》と同じく、クロが吸収した樹脂を使って生成したのだろう。


 そのせいか、以前に比べて、魔力消費がかなり少なくなっているようだ。僕は背中に背負った大太刀を構えてジンと対峙した。






 先に動いたのはジンの方だった。四足歩行で床を掴み、恐ろしい速度でまっすぐに僕に向かってくる。僕は彼を迎え撃つため、じっと彼の姿を目で追いかけた。だけど突然、目の前で彼が消えた。


「(カナメ、上だ!)」


「くっ!!」


 一瞬で天井に飛び移った彼が立体的に僕に攻撃をかけてきたと気づいたときにはすでに、真上からの一撃が眼前に迫っていた。


「《白陣》!」


 中空に幾重にも防御壁が形成される。しかしジンは、僕の出現させた《白陣》を易々と叩き割った。


 生まれた僅かな隙を突き、僕はその場を跳び離れた。左手をかざして彼に向け光弾を放つ。収束された魔力の矢が彼の体を捉えた。






「通じんな!」


 ジンは軽く手を振って、その光弾を弾き飛ばした。弾き飛ばされた光弾が樹脂製の壁に当たって、まばゆい魔力光を上げる。閃光によって生まれた白い闇の中、彼は僕に拳を叩きつけてきた。凄まじい勢いのラッシュを僕は大太刀で必死に防ぐ。


 女騎士さんたちの魔法があるとはいえ、後ろにはエイスケたちがいる。今のジンの力を考えれば、この場所を離れることに不安があった。万が一、防御壁を破られるようなことがあれば、エイスケたちは一瞬で殺されてしまうに違いない。


 僕は歯を食いしばって反撃の機会を窺ったが、あまりの攻撃の激しさに防戦するだけで精一杯だった。


 クロの力で右半身のマヒは解消されているが、僕自身の戦闘力が上がっているわけではない。マリさんが苦戦するような衛士たちを一瞬で倒せたのも、すべてクロの力によるものだ。


 でも、そのクロの力も、同質の力を持つジンには効果が薄い。重い一撃を喰らうごとに、僕はじわじわと後退させられた。






「おらっ!! どうしたっ!! お前の力はそんなもんか!?」


 僕の焦りを感じ取ったのだろう。ジンが大きく拳を振り上げ、より強い一撃を放ち始めた。魔力で強化された大鎧がミシミシと悲鳴を上げる。


 僕はより強い力を求めて、胸の奥から更なる魔力を引き出した。途端に右目がじくりと痛む。


「(カナメ、危険だ。)」


 すぐにクロが警告を発した。でも、僕はそれを無視して、体内の魔力を一気に暴走させた。


「ここでこいつを倒さなきゃ、皆が危ないんだ!!」


 魔力を得た魔獣とうさんの目が、ぎしりと音を立てて僕の体を変化させていく。魔力の高まりに応えるかのように、僕の体は一回り大きくなる。増大した筋肉が纏った大鎧をぐっと持ち上げた。


「うおおおおおっ!!!」


 膂力に任せて、僕は無我夢中で大太刀を振るった。横凪に振り抜いた一撃がジンの体を掠める。彼は腕に受けた傷から血を流しながら、素早く距離を取った。






「いい面構えになったな! もうすっかり化け物そのものだぜ!!」


 嘲笑するジンに、一気に迫る。身体能力が格段に上がったことで、彼の動きがよく見えるようになっていた。それまで持て余していた大太刀を軽々と振るい、僕は彼に攻撃を仕掛けた。


「カナメっち、いけっ!!」


「がんばれ新道!!」


「くそっ!!」


 僕を応援するマリさんたちの声を聞いて、ジンは苛立たし気な声を上げた。僕は彼が一瞬気を逸らした隙を狙い、出鱈目に大太刀を振るった。


 これまでとは形勢が逆転し、僕は反撃の機会を与えないほどの勢いで彼を攻撃し続けた。ついに僕は、廊下を封鎖している金属製のシャッターへ彼を追い詰めた。大太刀によって傷だらけになった彼に向け、僕はとどめの一撃を放った。


 しかし、上段から振り下ろした僕の刃は、彼に届かなかった。彼は一気に間合いを詰めると、勢いが十分つく前に、大太刀の刃を両手で挟み取ったのだ。これは以前マリさんから聞いた『無刀取り』という技だろう。


 僕はすぐに太刀を引こうとしたけれど、刃は岩に刺さったみたいに重くて、まったく動かすことができなかった。焦る僕をジンは嘲笑った。


「遅えんだよ!! そんな大振りが、俺に通じるわけないだろうが!!」


 強烈な横凪の蹴りをまともに食らって、僕は壁に激しく叩きつけられた。






 僕から奪い取った太刀をその場に投げ捨て、ジンは僕に迫ってきた。床に崩れ落ちた僕に、蹴りが加えられる。僕は甲冑で身を守りながら起き上がろうと藻掻いたが、雨のように降り注ぐ彼の蹴りの勢いは凄まじく、まったく動けなくなってしまった。


「同じ化け物になれば、俺に勝てるとでも思ったのか!? つまんねえ手に易々と引っかかりやがって、このザコが!!」


「ぶはあっ!!」


 顔の正面からまともに蹴りを喰らい、一瞬意識が遠のく。


「(カナメ!!)」


 珍しく焦ったクロの叫びと同時に、僕の体を守っていた白い甲冑と大太刀が掻き消すように消えていった。


 朦朧とした状態で、僕はジンに首を掴まれ、左手だけで持ち上げられた。






「お前は弱え。大層な武装を持ってても、お前みたいなザコじゃあ、宝の持ち腐れだぜ。」


 僕の顔を正面から覗き込んだ彼は、吐き捨てるようにそう言った。視界がはっきりしないので見間違えかもしれないけれど、その時の彼は、なぜか泣いているように見えた。


「お前なら・・・いや、もうどうでもいい。二度と生き返らないように、心臓を抉り取ってやる。」


「(カナメ! カナメ、しっかりしろ!!)」


 クロが呼びかける声が遠くに聞こえた。必死に魔力を集めようとするけれど、意識が朦朧として魔力が拡散してしまう。掴まれた場所から力を抜き取られているような感じで、手足を動かすこともままならなかった。


「死ね。」


 ジンは右手の手刀を僕に向けた。彼の右手の長く鋭い爪は鈍い輝きを放っていた。






 ジンの爪が僕の胸を切り裂く。


 胸骨を断ち切ったその爪が心臓に達する直前、横から視界に飛び込んできた何者かの一撃によって、僕はジンの腕から解放された。


 床に倒れ込んだ僕を守るように立ち塞がっていたのは、マリさんとテイジ、そして魔力銃を構えたエイスケだった。


 なぜ、三人がここに? いやそれよりも、危険だ! 今の皆の力ではとてもジンに敵わない!


 僕は解放されたことで戻り始めた魔力を必死にかき集め、何とか立ち上がってジンの次の攻撃に備えた。


 でも意外なことに、ジンはすぐに攻撃してこなかった。彼は僕の前に立ち塞がる三人をじっと見つめたまま、ぽつりと呟くように尋ねた。







「・・・一体何のつもりだ?」


 皆はジンの前に立ち塞がったまま、大声で言い放った。


「カナメっちはあたしたちが守る!!」


「こ、来い、ば、化け物野郎! お、お、俺たちが相手だ!!」


 マリさんの叫びに、エイスケが震える声で続く。テイジは二人に同意するかのように、無言で拳を構えた。


「みんな、ダメだ! 早く下がって!!」


 僕は皆の前に出ようとしたけれど、エイスケに阻まれてしまった。






「うるせえぞ!! 俺たちにもやらせろ!!」


 博士と女騎士さんたちも駆け付けてきた。皆は僕を庇うようにジンを取り囲んだ。


「もう、勝手に飛び出しては困りますよ!! 《聖女の護封陣》はもう使えませんからね!!」


 博士はそう叫んで、小さな魔力銃をジンに向けた。女騎士さんたちはその博士を守るように鎚矛メイス小丸盾バックラーを構えている。


 僕はいつジンが攻撃してくるかとハラハラしながら、自分の体を魔力で回復させようとした。しかし、一度失われた魔力はなかなか元に戻らなかった。クロの声が脳内に微かに響いていたけれど、なんと言っているのか聞き取ることはできなかった。


 そんな僕の焦りをよそに、ジンは信じられないものを見るような目で周りを見回した。彼は震える声でもう一度、今度はさっきよりもはっきりと尋ねた。


「お前たち、一体何のつもりだ!?」


 感情を爆発させた彼は、僕を指さして叫んだ。






「こいつは、化け物なんだぞ!! どうして、化け物のこいつをお前たちが守るんだよ!!!」


 それに対してマリさんは、大きな声ではっきりと言い返した。


「カナメっちは化け物なんかじゃない!! あたしたちの仲間だ!!」


 他の皆もその言葉に大きく頷く。一瞬唖然とした表情を浮かべたジンは、すぐに両手で頭を掻きむしり始めた。


「ぐがああああああっ!!!」


 凄まじい咆哮と共に迸った闘気が、圧力を伴った衝撃波となってマリさんたちを吹き飛ばす。僕は両足を踏ん張ることで何とか耐えることができたけれど、他の皆は全員床に叩きつけられてしまった。






「くそっ! くそっ!! クソがあああ!! お前ら全員、ぶっ殺してやる!!!」


 ジンは激しい怒りを剥き出しにして、マリさんに突進していった。


「うおおおおおおおおっ!!!!」


 僕は咄嗟に、マリさんに向かって繰り出された拳を体で受け止め、そのままジンの両手首を掴んだ。その途端、それまでとは比べ物にならないほどの魔力が、どっと僕の胸がら溢れ出した。


 魔力が父さんの右目を活性化させ、僕の体を魔獣化させていく。僕は渾身の力を振り絞り、ジンの手首を握りしめた。ミシッと骨の割れる音が響き、彼は僅かに顔を顰めた。


「ぐっ、カナメ、てめえ!!」


「ミンナニハ、サワラセナイ!!」


 僕の叫び声はかなり歪んでいた。長く伸びた舌と牙のせいでうまく発音できなかったのだ。自分では確認できなかったが、僕の体はかなり大きく変形しているようだ。


 僕は自分の体ごと、力任せにジンを投げ飛ばした。僕たちは互いにもつれ合いながら転がっていき、廊下を封鎖するシャッターに激しくぶつかった。僕たちは素早く起き上がり、互いに間合いを取った。


 倒れた皆を背に立つ僕と、シャッターを背にしたジン。僕らは最初と同じように正面から向き合った。






 破壊と殺戮の衝動が沸き上がり、戦いへの歓喜が僕の心を埋め尽くしていく。しかし、それ以上に強い皆を守らなければという思いが、ギリギリ僕の理性を繋ぎとめてくれていた。


 ジンは僕をじっと見つめている。その目は強い殺意と憎悪でギラギラと輝いていた。


 また、先に動いたのはジンだった。僕とジンは互いに必殺の力を込めて、相手に拳を繰り出した。


 二人とも相手の拳を避けるつもりはなかった。僕たちはゼロ距離で向かい合ったまま、互いに拳をぶつけ合った。魔獣となった僕たちの血で、白い樹脂製の廊下が赤く染まっていく。


 ひとしきり打ち合った後、僕たちはまるで打ち合わせたかのように同時に拳を引き、息を整えるため少し距離を取った。


 ジンと正面から向かい合う。もう言葉は要らなかった。ジンと僕は再び拳を構えた。彼はどこか、満足そうな笑みを浮かべているように見えた。


 僕たち二人とも、次が最期の一撃になることが分かっていた。鬨の声を上げて、僕たちは拳を放った。






 しかし、僕たちの拳は相手に届くことはなかった。突然現れた一人の女性が、僕たちの間に割って入ったのだ。


「そこまでです!」


 僕たちを止めたのは、団長さんだった。彼女は階下に続く階段の方からすごい速度で駆け寄って来て、僕たちの攻撃を小丸盾と鎚矛で受け止めた。最後の一撃を止められたジンは、さっと団長さんから距離を取り、激しい怒りの声を上げた。


「てめえはあの時の女騎士! 許さねえ! ぶっ殺して・・・!?」


 しかし彼はすぐに言葉を止めると、何かに押しつぶされるかのようにその場に跪いた。魔獣化していた体もたちまち元の人間の姿に戻っていく。


「くそっ!! 『条件付け』かよ! 一体、誰が・・・。」


 そこまで言って、彼は言葉を止めた。おそらく彼の言う『条件付け』によって、声を発することができなくなったのだろう。






「お控えなさい。カナメさん、あなたもです。」


 団長さんはそう言うと、その場に片膝を付いて、右拳をそっと胸に当てた。いわゆる騎士礼ってやつだ。


 一体何がどうなっているのか。混乱した状態で、僕も言われるままにその場にしゃがみ込む。


「(・・・ナメ、カナメ! ようやく私の声が聞こえるようだな。)」


 戦いの興奮が冷めたせいか、クロの声がはっきりと聞こえるようになった。胸の中に波立つ魔力をクロがどんどん吸収してくれたことで、僕の体は魔獣から元の姿へと戻り始めた。裸だった体も、元の防衛学校の服装で覆われた。僕はクロが魔力で形作ってくれたフードを深くかぶって、反射的に自分の顔を隠した。


 吹き飛ばされていた博士たちは、起き上がってすぐに団長さんの姿に気が付いた。彼女たちは軽く頷いた後、団長さんと同じように廊下の端に跪いた。


 怪訝そうな表情のマリさんたちも、博士に促されて同じようにその場に座る。程なく、廊下の向こうから整然とたくさんの人たちが歩いてくる足音が聞こえてきた。






 その場に現れたのは、皇国軍の将官服を纏った一団だった。先頭に立っているのは長い黒髪を翻した、外套マント姿の女性だった。そしてそのすぐ後ろを歩いているのは、なんと笹崎教官だった。教官は僕の方へ目を向けると、小さく笑みを浮かべた。


 外套姿の女性の顔を見たマリさんは、その猫みたいな目をキラリと輝かせ、耳をピクリと動かしていた。マリさんはこの女性を知っているみたいだ。


 外套姿の女性は団長さんの方を見て、こくんと頷いてみせた。すると団長さんは立ち上がり、博士たちの居る場所へ僕を連れて行った。


「(あの、団長さん。一体どういうことですか?)」


 歩きながら僕が小声でそう尋ねると、団長さんは小さく笑って言った。


「(もうすぐ分かりますよ。それよりも、よく頑張ってくれました。おかげで何とか間に合いました。)」


 彼女はそれ以上何も答えないまま、黙って博士たちの横に跪いた。僕も同じようにエイスケの横に並んでしゃがみ込んだ。すぐにひそひそ声でエイスケが話しかけて来てくれた。






「(新道、無事だったか。安心したぜ。)」


「(うん、何とか。皆のおかげだよ。それよりこれって、どういうことなの?)」


「(笹崎教官の言ってた『協力者』が来たってことだろう。まさか、あんな大物が来るとは思ってなかったけどな。)」


 エイスケもあの外套姿の女性を知っているみたいだ。有名人なのだろうか?


「(ねえねえ! あの人ってさあ・・・!)」


 マリさんが嬉しそうに言いかけたところで、将官服の一団がビシッと音を立てて敬礼をした。僕たちは口を噤んで、彼らの方を見た。彼らは廊下を封鎖するシャッターの前に整列していた。


 その脇では、人間に戻ったジンが、最初と同じタンクトップ姿で跪いている。でも顔を伏せているので、ここから彼の表情を見ることはできなかった。






 先頭に立った外套姿の女性は、シャッターの前に仁王立ちをしたまま朗々と命じた。


「帝の命により、宇津井タダヒト殿を迎えに参った。今すぐにこの扉を開けよ。」


 シンとした廊下に凛とした声がこだまする。程なく廊下を塞いでいたシャッターが音もなく持ち上がり、天井へと消えていった。


「さあ、私たちも参りましょう。」


 団長さんに促され、僕たちは立ち上がった。ふと気が付いたとき、ジンの姿はもうどこにも見えなくなっていた。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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