58 虚実
GW? はて、何のことでしょう?(血涙)
「先行させた『黒蜂』部隊が全滅だと!?」
顔を引きつらせてそう叫んだのは、刑部省皇都防衛隊指揮官だった。上級貴族特有の横暴さを湛えた口ひげがプルプルと小刻みに震えるのを見て、指揮所内の係官たちは一斉に自分の端末に向かって顔を伏せた。もちろん、この後に続く理不尽な癇癪に巻き込まれないようにするためだ。
しかし、指揮官が癇癪を爆発させる寸前、通信担当の技官が彼に恐る恐る声をかけた。
「し、指揮官殿、禁軍より通信。今の戦闘についての問い合わせです。」
途端に表情を変え、不愉快そうに表情を歪める指揮官。彼は、ほんの一瞬思案した後、震え上がる技官に向かって、不機嫌そうに命じた。
「流石に嗅ぎつけられたか・・・繫げ。」
そう言って通信用の端末に座ったと同時に、指揮官は目一杯の笑顔を作った。自分よりも上位の相手に阿るための作り笑顔だ。
端末のモニターに映し出された軍服姿の男が口を開くより早く、指揮官は猫撫で声で話し始めた。
「これはこれは、禁軍皇都帥様。このような場所でお目にかかれるとは、まことに恐悦至極でございます。」
モニターの向こうの禁軍皇都帥、兵部省内裏護衛軍の最高指揮官は露骨に眉を顰めてみせた。
「世辞はよい。それよりも今の戦闘は何だ? どうして防衛隊が、皇国軍機を攻撃している?」
「はて、なんのことでございましょうか?」
「とぼけるな! 貴様らが攻撃しようとした機体の識別コードくらいとっくに把握している。あれは高天原防衛学校の訓練部隊だろう!」
上位者の叱責に対し、指揮官は内心、盛大に舌打ちをした。即応訓練に偽装して出撃させたはずの『黒蜂』部隊の動きが、相手に完全に把握されていると分かったからだ。
偽装工作を担当した技官の首を脳内で締め上げつつ、彼は媚びた調子で皇都帥に言い訳を始めた。
「我々の些末な働きにまで目を配っていてくださるとは、さすがは内裏を守護する皇都帥様でございます。いやはや私、感服いたしました。」
「・・・貴様、私を愚弄するつもりか?」
「いえいえ、滅相もございません!」
「ならば、こちらが納得できるよう、きちんと説明してみせろ!!」
大袈裟な仕草で謝罪しようとする指揮官に、皇都帥は声を荒げる。指揮官は表情を正し、いかにも申し訳なさそうに説明を始めた。
「いえいえ、あれは本物の皇国軍機ではございません。また、いつもの不満分子でございます。」
あからさまな疑いの目を向ける皇都帥。しかし、指揮官はそれを正面から受け止めた。こんなことで内心を晒すようでは、上級貴族などとても務まらない。彼は平然と、流れるように言い訳を続けた。
「お恥ずかしい話ですがつい先程、大宰府基地から刑部省管轄の旧型汎用機が強奪されたと通信がございました。不満分子は偽の命令書を使って機体を盗み出し、防衛学校の訓練部隊に偽装しているのです。」
「偽装だと?」
「はい、もちろんでございます。そうでなければ、辺境の防衛学校訓練部隊がこんなところにいるはずがございません。少し考えれば、誰にでも分かることでございます。」
自分の当てこすりで皇都帥が眉を震わせたことに、指揮官は内心、愉悦の笑みを浮かべた。しかし、表面上はあくまで真摯な表情を崩すことなく、淡々と言葉を続けた。
「高天原に問い合わせていただければ、すぐに分かります。件の部隊は、太宰府城砦付近で演習中となっているはずですから。」
この言葉は賭けだ。指揮官は画面の向こうの相手に悟られないよう、そっと息を呑む。
画面の向こうで、皇都帥がちらりと目線を外した。配下の者に確認をさせているのだろう。まもなく、皇都帥が何かを確認したかのように小さく頷いた。
「・・・確かにそなたの言う通りのようだ。」
賭けに勝ったことで、指揮官は胸の裡で快哉を叫んだ。高天原防衛学校の校長に、たっぷりと嗅がせた鼻薬が無駄ではなかったと知り、彼は内心で笑みを深くした。しかし、実際にはそれをおくびに出すこともなく、真摯な口調で話し始めた。
「ご納得いただけましたようで、幸甚に存じます。皇都帥様にご心配をおかけしたことは、心からお詫びいたします。申し訳ございませんでした。」
彼はそう言って深々と頭を下げてみせた。そして、すぐに顔を上げると、きっぱりと言い放った。
「かしこくも帝がお定めになった通り、不満分子の迎撃と捕縛は、我々刑部省の役目でございます。魔獣どもから内裏を守る皇都帥様のお手を煩わせるわけには参りません。」
敢えて帝の名を出すことで、指揮官は相手の手出しと反論を完全に封じてみせた。これには、常々、帝の威をかさに無理な要求を通そうとする兵部省への意趣返しも含まれている。
してやったりという気持ちで、指揮官はちらりと相手の表情を窺った。吠え面を笑ってやるつもりで視線を上げた指揮官だったが、皇都帥が探るような目を向けていることに気づいて、すぐに気持ちを引き締める。
「参議殿が高天原に向かったそうだな。」
皇都帥の言葉は、氷の刃のように指揮官の胸に刺さった。刹那、指揮官が表情を無くしたことを、皇都帥は見逃さなかった。
「貴様ら、左将軍殿下不在の隙に、何を企んでいる?」
畳みかけるように核心を突く皇都帥。その言葉に指揮官は、再び笑顔の仮面をかぶり、阿り声で応えた。
「・・・何も企んでなどおりません。我々は赤心にて、皇家と皇国のためにお仕えしております。」
皇都帥は冷たい表情で指揮官を見つめた。『帝』と言わず、敢えて『皇家』という言葉を使ったことで、指揮官の本意を悟ったからだ。
画面越しに二人の視線がぶつかる。長い沈黙の後、口を開いたのは皇都帥の方だった。
「そなたの言う、その『不満分子』とやらが御所の防空圏に侵入するようなら、我々もすぐに部隊を出す。」
「ご心配いただきありがとうございます。ですが、そのようなことにはなりえません。」
慇懃な態度で指揮官が頭を下げた直後、無言のまま通信が切られた。
「時勢も読めず、権威に依るばかりの愚か者め。」
暗くなった画面にそう吐き捨てた後、指揮官は指揮所内の配下に向かって強い口調で指示を下した。
「主上様に連絡を。ご指示があるまで、なんとしても時間を稼ぐのだ。残りの航空部隊をすべて出せ。」
主上というのは本来、今上帝に対して使う尊称だ。しかし、彼が意図している相手が今上帝でないことは、この場にいる全員が理解していた。
「すべて、でございますか? ですが、すぐに出撃できる『黒蜂』は、のこり僅かです。」
航空管制を担当する技官が、戸惑いながら指揮官に問い直す。指揮官は彼に対して、苛立たし気に声を荒げた。
「訓練機や保守部隊機があるだろう! あれらも使え! ぶつけてでも、止めさせろ! とにかく奴らを陸地に近づけるな!!」
横暴な上司の声に竦み上がる係官たち。しかし、管制技官はそれに怯むことなく、指揮官を諫めようとした。
「恐れながら指揮官殿、それでは先程撃墜された隊員たちの救助が遅れることになりま・・・。」
彼の言葉が終る前に、指揮官は技官の頬を激しく打擲した。技官の持っていたタブレット端末が彼の手を離れ、床に激突して機能を停止する。
床に倒れた技官の顔や腹を、指揮官は何度も蹴りつけた。技官が気を失ってぐったりと横たわった後、荒い息を吐きながら、彼は室内の配下たちを睨めつけた。
「主上様がお作りになる新時代のための人柱だ。やれ。」
係官たちは一斉に手を動かし始めた。指揮官に対して抗議の声を上げる者は、もはや一人もいなかった。
『黒蜂』部隊を退けた後、僕は目的地である禁軍基地を目指して暗い海上を飛行していた。水平線のはるか向こうに光っていた敦賀城砦の明かりがはっきりと見え始めた頃、エイスケから通信が入った。
「(新道、次が来たぞ! すごい数だ!)」
エイスケの送ってくれたデータを基に目視で確認する。彼の言う通り、城砦の明かりを遮るほどの数の機体が、高速でこちらに飛来しているのが見える。
確かにすごい数の機体だ。でも、対処しきれないほどの数ではない。博士が強化してくれたこの機体と、クロのサポートがあれば、問題なく対処できるだろう。
一つ不安な要素があるとすれば、僕の魔力残量だけだ。さっきの戦闘で、実はかなりの魔力を消費してしまった。目的地も近いし、包囲突破を優先して効率よく撃破すれば、何とか持つかもしれない。そのためにも、効率よく立ち回らないと。
僕は包囲を抜けるためのルートを見つけるため、飛来する機体の群れをしっかりと眺めた。こんな時に、サポートしてくれるホノカさんがいればと思いそうになる気持ちを無理矢理抑え込む。
「(了解。順次対処し・・・。)」
大方の見当をつけたところで僕はエイスケにそのことを伝えるために通信をした。でも、接近してくる機体の動きの異様さに気が付いて、すぐにその言葉を止めた。
「(ちょっと待って! 機体識別コード確認して!!)」
僕の叫びに反応して、エイスケと博士が動き出す。
「(なんだこりゃ、救護艇や輸送機まで出てきてるじゃねえか! しかも、そいつらまで明らかに戦闘機動だぞ!)」
エイスケが通信越しに驚きの声を上げる。自分の見たものが間違えじゃないことがはっきりした。僕はエイスケに尋ねた。
「(どう見ても、救助のためじゃなさそうだよね?)」
一瞬の沈黙の後、エイスケは短く問い返してきた。
「振り切れそうか?」
接敵までおそらくもう20秒もない。選択するための時間は僅かだ。
できるかできないかで言えば、間違いなくできる。ただ、僕は迷っていた。
「(亜光速機動は可能だ。しかし、君の継戦能力は著しく低下することになる。)」
エイスケに答えるより先に、僕の思考を読み取ったクロが、脳内で答えを返してくれた。
クロのいう亜光速機動とは、文字通り光速に近い速度で移動する戦闘機動のこと。さっきの黒蜂部隊との戦闘で、僕が一瞬で機体を移動させることができたのは、この亜光速機動によるものだった。現代の皇国の技術では到底再現不能のオーバーテクノロジーだ。
もっとも、仮に亜高速での移動が可能だとしても、普通、大気圏内でそんなことをすれば、あっという間に機体は燃え尽き、バラバラになってしまう。でも、クロ曰く、機体の空間の位相をほんの僅かにずらし、空気の抵抗や障害物を避けることで、安全に移動することができるそうだ。
ちなみに宇宙空間でなら、光速はもとより、超光速での移動も可能らしい。クロの持つ異世界の力は、皇国の常識を遥かに凌駕している。
ただ現在、クロはその力の大半を失っている。
クロは以前、不完全に僕と融合した状態でこの亜光速機動を使ったことがある。白龍戦のあと、アメリカ大陸から日本へ帰還したときのことだ。 クロはあのとき、僕の体を通じて『白鷹』の機関部に侵入し、一時的に亜光速機動が可能になるようにしたのだ。
しかし、そのせいでクロは数カ月間、休眠することを余儀なくされた。これはクロにとっても予想外の事態だったようだ。どうやら、この世界の存在ではないクロが力を使おうとすると、通常よりもかなり多くの力を消耗してしまうらしい。
これは僕の予想だけれど、クロが取引をしてまで僕の肉体との融合を進めようとしたのは、この世界で自分の力を自由に使うためだったのだと思う。クロには僕たちの世界で行方不明になった同族を見つけ出すという目的があり、そのために僕を利用している。
つまり、クロはすごい力を持っているけど、それを使うためには僕の肉体や魔力に頼らざるを得ないということだ。クロは力を使うとき、僕の体を通して、僕が操縦している魔導機の魔導エンジンに干渉し、そこから得られた力を利用している。戦闘用魔導機の魔導エンジンの、強力な魔力増幅作用を使っているのだ。
元になっているのは僕の魔力なので、いくら増幅して使っているとはいっても、無尽蔵に力を引き出せるわけではない。先ほどの戦闘のような、数百mのごく短い距離を亜高速で移動するだけでも、かなりの魔力を消費してしまっている。
亜光速機動であれば、今僕たちを包囲している敵機たちを振り切り、ほんの数秒で目的地である禁軍基地まで行くことができるだろう。しかし、そうなればおそらく、僕は魔力を使い果たし、しばらく行動不能になってしまう。もちろん、クロも同様だ。
取るべき選択は二つ。
魔力機銃を使って周囲の機体を破壊しながら、通常飛行で目的地に向かうか。それとも、亜光速機動で一気に振り切ってしまうか。
この後のことを考えれば、前者一択だ。今、目の前に立ち塞がっている機体のほとんどは戦闘用魔導機ではない。撃墜するのはさっきの『黒蜂』部隊よりもずっと簡単だ。
でも、あの機体を操縦している人たちはほぼ間違いなく、『黒蜂』の操縦者ほどの魔力を持っていない。撃墜されればその多くが、脱出カプセルに乗ったまま、暗い海上を漂うことになるだろう。
陸地から離れたこの辺りは、大海蛇竜たちが生息する危険な海域だ。そんな場所に長時間、脱出カプセルが浮いていたらどうなるのか。
僕の脳裏に、焼け爛れたホノカさんの脱出カプセルの映像がまざまざと蘇る。あんな犠牲を出すわけにはいかない。
でも、だからと言ってそうしなければ、宇津井先生やホノカさんを助けることが難しくなる。亜高速で禁軍基地まで行けたとしても、行動不能になった僕の存在は、確実にエイスケたちの負担になるからだ。
僕はエイスケに何と答えるか逡巡し、ほんの一瞬黙り込んだ。でもその一瞬で、エイスケは僕の迷いを察してくれたようだった。彼は呆れたように僕を怒鳴りつけた。
「(おい、ボッチ野郎! 何でも一人で決めようとすんな! 悪い癖だぜ、それ。ちゃんと俺たちにも相談しろよ。)」
僕は思わず苦笑し、素早く自分の迷いを皆に告げた。
「(大丈夫だよ、カナメっち! カナメっちがへばっちゃったら、ちゃんと担いで運んで上げるからさ。ね、テイジ?)」
マリさんの言葉に、テイジが無言で頷くのが見えた。
「(博士、向こうの準備はどうなってますか?)」
「(いつでも大丈夫と言ってますよ、エイスケ氏。)」
エイスケの問いかけに、博士が端末に目を落として答えた。博士は先程の戦闘後からずっと、暗号通信を使って、禁軍基地にいる協力者と連絡を取ってくれていたのだ。
僕たちが基地に着いたら、協力者が手引きしてくれたルートを使って、皇都内の刑部省中央官庁へ乗り込む手筈になっている。笹崎教官が残してくれた指示書には、協力者との通信方法が明記されていた。
「(ということだ、ボッチ隊長。とっととあの連中を振り切ってくれ。お前がぶっ倒れた後のことは、心配すんな。)」
エイスケの言葉に、機体の中にいる全員が大きく頷いた。僕は頭の中で、クロに語り掛けた。
「(クロ、お願い。)」
その途端、視界が僅かに歪んだような感覚がした。ハッとして周囲を見回すと、僕の体は暗い海上ではなく、明るい照明灯に照らされた大きな空港の上空に浮かんでいた。
状況を確認する間もなく、すぐにめまいが襲ってくた。『大鷲』の光の翼が明滅し、機体ががくんと大きく傾く。僕は博士の指示に従い、最後の力を振り絞って機体を緊急着陸させた。機体が音もなく地上に降り立つと同時に、僕は意識を失った。
機体内にある緊急用ハッチからカナメを運び出したエイスケたちは、素早く機体を離れた。機体の外には、一台の皇国軍の兵員輸送車が横付けされていた。
「お待ちしていました。ここからは我々がご案内いたします。」
顔を隠した二人の皇国軍兵士がエイスケたちを出迎えた。兵士は魔力端末を取り出すと、博士の持っていたアヤメの端末にそれを重ねた。
重なった端末の間に、薄い光りで形作られた花の文様が浮かび上がったのを確かめたエイスケたちは、兵士の案内に従って輸送車に乗り込んだ。彼らと入れ替わるように、大勢の兵士たちがカナメの操縦していた『大鷲』に乗り込んでいく。
「あの機体の処理は、我々にお任せください。」
兵士たちはそう言うと、すぐに輸送車を走らせ始めた。輸送車は人目を避けるように照明のない敷地内を移動し、皇都へ続く地下道へと音もなく滑り込んだ。
「ここから目的地までどのくらいですか?」
「およそ1時間ほどです。途中に妨害がなければですが。」
エイスケの問いかけに、兵士は目線を動かすことなく、そう答えた。マリはぐっと奥歯を噛み締め、自分の膝の上にあるカナメの顔にそっと視線を落とした。
カナメは浅い寝息を立てている。深くかぶったフードがずれて、その異様な容貌がはっきりと見えていた。思わず泣きそうになるのを堪え、マリはカナメの頬に優しく触れた。
「我々が皆さんを送り届けられるのは、刑部省中央官庁に続く地下道入口までです。申し訳ありません。」
兵士の一人がそう言うと、もう一人の兵士がそれに続けて言葉を重ねた。
「まだ皆さんの所在は、刑部省に知られていません。しかし、それも時間の問題です。間違いなく迎撃されることになります。」
緊張を孕んだ兵士の声に、マリは間髪入れず明るい声で応えた。
「大丈夫ですよ! あたしたちが絶対に、宇津井先生を助け出しますから!」
マリの言葉に、兵士たちは一瞬、虚を突かれたように黙り込んだ。しかし、その直後、二人そろってマリに向かって深々と頭を下げた。
「どうかタダヒト様をよろしくお願いします。ご武運をお祈り申し上げます。」
マリは笑顔で大きく頷くと、眠るカナメの顔をじっと見つめた。その瞳の奥には、強い決意の炎が、ゆらゆらと揺らめいていた。
読んでくださった方、ありがとうございました。




