57 敦賀沖にて
ちょっと短めですが、キリがいいのでここまでにしました。次回はちょっとややこしい話になる予定です。すみません。
皇国軍の汎用作戦支援機『大鷲』で大宰府基地を出た僕たちは、日本海を北上し、敦賀方面から京都へ向かっている。ただし、笹崎教官は別行動で、今ここにいない。皇都で僕たちを助けてくれるという協力者さんの所に先行しているからだ。
「一緒にいてやりたいのはやまやまだが、どうやらあっちもかなり厄介なことになっているらしい。間に合うといいんだが・・・。」
教官はそんな不安な言葉を残し、カナ博士が魔改造した高速兵員輸送艇に乗って、一人で行ってしまった。協力者を守るためか、かなり秘密裏に行動しなくてはいけないらしく、現在通信もできない状態だ。
ただ、この後の行動や行き先については、教官が事細かに指針書を残してくれた。だから、ここからは僕たちだけで頑張らなくてはいけない。
僕は『大鷲』と一体となり夜空を飛行中だ。目を上げると真っ白く輝く天の川がある。新月が近いためか、いつもより星の輝きが強く見えるような気がした。
遥か下方に見える黒々とした海面のあちこちに、銀色の光がいくつも閃いている。あれは日本海に生息する大海蛇竜の群れだ。今の僕は、彼らの銀色の鱗が反射した僅かな星の輝きすらはっきりと見ることができる。
大海蛇竜は体長30mを超える巨大な海棲魔獣だ。常に家族単位の群れで行動する彼らは、魚や小型魔獣を餌としている。非常に縄張り意識が強いため、同族同士で争うことでもよく知られている魔獣だ。
日本周辺の海は、大海蛇竜をはじめとする巨大海棲魔獣たちの巣になっている。漁業のために船を出せるのは、『八十柱結界』の力が及ぶ沿岸部に限られているのだ。
その沿岸部でも時折、中型魔獣による被害が出ることがある。そのため、皇国軍の哨戒機が常に漁場の監視と警戒に当たっている。
大災害の起こる前は、船を使って他国と行き来していたらしいけれど、今ではそんなこと絶対にありえない。外洋は人間が立ち入ることのできない、魔獣たちの領域だからだ。
僕の右手側、東の海の向こうにキラキラとした輝きが見える。敦賀城砦群だ。
僕らの暮らす高天原城砦群とは、その規模が段違い。大宰府城砦もかなり大きかったけど、多分それよりももう少し大きい。さすがは『皇都防衛の要』と言われるだけはある。
対して左手側には、はるか遠くにぼんやりとした光がぽつんぽつんとあるだけだ。あれはおそらく、朝鮮半島にすむ蟻人族の集落だろう。他種族との共存を拒み、独自の文明を持つ彼らは『敵性亜人族』に分類されている。
ユーラシア大陸の東側には、かつて中華帝国という巨大な大陸国家が存在したそうだ。でも超魔力彗星の引き起こした大災害とその後に起きた異世界からの侵略によって、あっという間に滅んでしまった。今でも内陸部には僅かな数の人類が生存しているらしいけれど、皇国との交流は行われていない。
彼らは、大陸に伝わる様々な秘術から編み出された『太』という技を使い、異種族の侵略から身を守っているそうだ。魔術と体術を組み合わせたようなこの技は、皇国の使っている魔術とは全く別の系統なのだと、以前マリさんが僕に教えてくれた。
彼女は普段から武術に関する情報を集めては、自分なりに研究して戦いの中で実践している。普段は勉強嫌いなのに、自分の好きなことにはのめりこんじゃうところは、なんというかとても彼女らしいと思う。
「(あと2分で敦賀の防空識別圏に入る。新道、少しずつ高度を下げてくれ。あと、ちょっと踏ん張りすぎだ。力抜けよ。)」
「(了解。)」
航行補助席のエイスケに言われた通り、僕は体内の魔力を少し押さえ、機体の高度をゆっくりと下げていった。
何だかいつも以上に、魔力の調整が難しい。きっと、この『大鷲』が、いつも操縦している『白鷹』より一回り大きいせいかもしれない。
けれどそれ以上に、胸の奥から湧き上がってくる魔力の量が、これまでより格段に多いことの影響の方が大きい気がする。特に夜になって日が落ちてからは、それがより一層顕著になった。
太陽の光を辛いと感じたこともそうだけど、これは間違いなく、僕とクロがより強く結びついたことが原因だろう。見た目だけでなく、体質的にも僕の人間性が失われているということだ。
自分が人間でなくなっている。そのことが単純に怖かった。
この変化はどこまで行くのだろう。もしかしたら今の僕は、間もなくすっかり消えてしまうのかな。
皆はその時、僕のことをどう思うのだろう。そして、僕はその時が来ても、皆と一緒にいたいと考えるのだろうか。
「(高速で接近してくる機影があります。データによると・・・皇都防衛隊所属の空戦機ですね。)」
僕の漠然とした不安は、博士の発した警告メッセージによって一時的に断ち切られた。すぐに目を凝らし、暗闇の中に光る小さな機影を探す。
丸みを帯びた特徴的な黒い機体と金色の輝く魔力光の4枚羽根。間違いない。あれは皇都防衛隊の迎撃用空戦機『黒蜂』だ。
その全長は約5m。僕たちが防衛学校で使っている練習機『飛燕』とほぼ同じサイズだ。ただ『飛燕』に比べると、航続距離や継戦時間がかなり短いと聞いている。
これは、魔獣を追って遠征することもある軍用機と違い、防衛隊機が都市の防衛を主任務としているからだ。その分、『黒蜂』は回避力や火力がかなり高く設定されているらしい。
一般的に、皇国軍の魔導機士と比べると、防衛隊員は保有魔力が低いとされている。ただ、帝を守る皇都防衛隊だけは例外で、従五位以上の貴族家の子弟から選抜された精鋭だけで構成されているという。
つまり、代々皇都に居住することを許されている名門貴族の超エリートたちが今、僕の目の前に立ち塞がっているということだ。『黒蜂』たちは整然と群れを成し、海面を滑るようにこちらへ接近してきている。
「(了解。通信を試みます。)」
僕は通信索敵席(本来ならホノカさんが座るべき場所だ)にいるカナ博士に、通信を返した。笹崎教官の残してくれた作戦指針書を確認し、手順通りに一般回線を使って、『黒蜂』たちに呼び掛ける。
「(こちらは高天原防衛学校所属第222特別訓練分隊です。皇国軍実務演習のため、皇国軍中央基地への着陸許可を求めます。)」
僕たちの当面の目的地は皇都のすぐ側にある皇国軍中央基地、通称『禁軍基地』だ。ここに着陸した後、皇都内にある刑部省中央官庁を目指すことになっている。作戦目標は宇津井先生の奪還と救出、それに行方不明になっているホノカさんの捜索だ。
なんでこのまま直接皇都内に侵入せず、わざわざ機体を降りて陸路で刑部省を目指すのかといえば、皇都内には魔導機を入れることができないからだ。
皇都は皇国全土を守護する『八十柱結界』の要であり、強力な霊的防御によって守られている。そのため、一定以上の出力がある魔導機は、結界に阻まれてしまうのだ。
これは皇国民と帝をお守りするためには不可欠なもの。だけど、不敬を承知で考えるなら、今の僕たちにとっては大きな障害になっているとも言える。
思った通り、『黒蜂』部隊からの返信はなかった。物言わぬ蜂たちはさっと散開して、攻撃態勢を取った。
「(来るよ!)」
僕は内心の動揺を出さないように、短い言葉でエイスケたちに警告を送った。
ついにこの時が来てしまった。魔獣ではなく人間を相手に攻撃するのは、これが初めてだ。僕は奥歯を強く噛み締めることで、口の中に広がる苦い味を必死に押さえ込んだ。
旧型の支援機一機に、大層な出迎えだ。
皇都防衛隊の山重コウヨウは、星影に光る白い機体を見ながら、そう独り言ちた。
夜番に入った途端にかかった非常出動命令。また先日のように暴風翼竜でも現れたのかと、仲間と共に勇んで夜空へ飛び立ったものの、迎撃対象として指示されたのは皇国軍の汎用作戦支援機だけ。正直言って、拍子抜けもいいところだ。
大日本皇国は帝が絶対的な権力で治める中央集権国家だが、その内部は決して一枚岩というわけではなかった。特に大災害後、皇国が生まれ変わってからすでに200年が経過した現在では、権力を巡る貴族、各地方、諸派閥の争いが激しさを増している。
また、それとは別に、皇国の現体制に不満を持つ者たちも存在している。そういった者たちは滅多に姿を現すことはないが、時折先鋭化した不満分子が、直接的な行動に出ることもあるのだ。
そういう場合、そんな馬鹿どもは刑部省の皇国防衛隊や特務部隊が『内々の裡に』処理することになっている。もちろん、帝に不満を持つ者の存在を、一般の皇国民に知られないようにするためだ。
おそらく、今回の出動もそのケースだ。出動前に通常哨戒に偽装させられたことから見ても、ほぼ間違いない。大方、どこかの基地から盗み出したあの空戦機で、帝を害しようとしているのだろう。
だが、ろくに訓練も受けていない者が気軽に扱えるほど、空戦機は単純な代物じゃない。満足に飛ぶこともできないうちに、撃墜されて魔獣の餌になるのがオチだ。
目の前のあの機体は、これまでの馬鹿たちに比べれば、かなりまともに飛んでいる。だが、ただの作戦支援機で、この数の『黒蜂』を相手に出来るわけもない。
さっきの通信の声は、ほとんど声変わりしてない子どもの声だった。どこかで見つけてきた、魔力の高い孤児でも使っているのだろう。子どもを教育や薬物で洗脳し先兵とするのは、非合法な不満分子の常套手段だ。自分たちの主張を通すために、年端も行かない子どもを犠牲にする連中どものやり方には、本当に反吐が出る。
あの機体の操縦者はご丁寧に、辺境の防衛学校の生徒に偽装していた。照会してみたところ、確かに大宰府駐在の刑部司から禁軍基地に着陸要請が来ている。だが、その不自然さは明らかだ。
大宰府航空基地の連中は刑部司の命令書で黙らせたのだろうが、そんなものは中央では通用しない。そんなことも分からないとは、本当に厄介な馬鹿どもだ。
「(さっさと片付けて戻るぞ。)」
短い言葉で事務的に仲間へ声をかけることで、これから子どもを殺すという事実から目を逸らす。
きっと、夜番明けで飲む今日の酒は不味いだろう。コウヨウは苦々しくそう思った。だが次の瞬間、その思いは仲間の緊迫した叫びによって掻き消された。
「(き、消えた!?)」
仲間の言う通り、目の前から機体が消えていた。コウヨウはハッとして、周囲を見回した。
「(下だ! 防壁を・・・!)」
一早く、海面すれすれの場所にいる汎用機をコウヨウは発見した。仲間に警告を呼びかけたが、その言葉が終らないうちに、汎用機から閃光が発せられた。収束された魔力光は、すべての『黒蜂』の機関部を正確に撃ち抜いた。
あの位置から複数同時に命中? しかも『黒蜂』の魔力防壁を一瞬で打ち破るほどの一撃を、ただの支援機がどうやって?
いや、それ以前に、どうやってあの位置まで移動したんだ?
「(航行不能です。緊急脱出機構を作動させます。衝撃に備えてください。)」
操縦席に合成音声が流れた直後、コウヨウは激しい衝撃を感じた。コントロールを失った彼の『黒蜂』から光の翼が消え、錐揉みしながら海上へと落下していく。
機体から投げ出されて激しく空中を回転しながらもなお、コウヨウは目の前の現実を受け止め切ることができなかった。
『黒蜂』の操縦席から脱出用のカプセルが飛び出すのが見えた。降下翼を展開したカプセルは、ゆっくりとした速度で陸地に向かって飛んでいく。
「(対象をすべて撃破。追撃します。)」
僕はカプセルを破壊するため、再び『大鷲』の魔力機銃に魔力を充填した。僕を通じて『大鷲』のシステムに侵入したクロが、僕の狙い通りに照準を補正していく。
「(は? 追撃? おい、何言ってんだ、新道!!)」
エイスケの怒鳴り声にハッとして、慌てて魔力充填を中断する。
何やってんだ、僕は。もう危険は去ったんだから、これ以上の攻撃は必要ないのに。
「(ご、ごめん。ちょっとぼんやりしちゃってた。)」
僕は改めてゆっくりと飛行するカプセルの群れを見た。確認していた機体の数とちゃんと一致している。操縦者が脱出できるように、わざと機関部だけを撃ち抜けたことに、僕はホッと胸をなでおろした。
正直、かなり難しかったけど、クロが照準を合わせてくれたおかげだ。操縦者の人たちが海に落ちなくて、本当に良かった。救難信号も出しているし、多分彼らの基地の人たちが回収してくれるだろう。
「(助かったよ、クロ。)」
僕は頭の中でクロにそう呼び掛けた。でも、クロからは何の返事も返ってこなかった。
・・・まあいいか。さっきの戦闘で無理したから、疲れてるのかも。僕もちょっと、胸の奥が痛いしね。
僕はそう思い、脱出カプセルたちから少し離れた位置まで上昇した。そして、敦賀城砦の防空識別圏を目指して一気に海上を駆け抜けた。
読んでくださった方、ありがとうございました。




