56 刑部司 後編
本日2話投稿しています。こちらは後編です。
「俺は落とし前をつけに来ただけだ。正直に話してくれりゃあ、手荒な真似はしねえ。」
花村さんはそう言うと、きれいな動作で日本刀を腰に佩いた鞘に納めた。
「俺たちを嵌めたのは、あんたの差し金か? それとも、誰かに命令されたのか?」
「知らん!! お前たちに話すことなど何もないぎゃあああああああああ!!」
椅子から転げ落ちた刑部司さんは、腕や足に負った傷から血を流しながら床を転げまわった。花村さんは再び刀身の血を丁寧に拭き取ってから、刑部司さんに冷たい調子で言った。
「次は左耳。その次は指を落とす。よく考えて口を開け。」
官服を血で染めた刑部氏は、よろよろと立ち上がって叫んだ。
「貴様ら! いい気になっていられるのも、今の内だぞ!!」
その言葉が合図になったかのように、突然、室内が闇に包まれた。続いて「ぎゃっ!?」という汚い悲鳴が上がり、誰かがどさりと床に倒れる音がした。
人間なら自分の手も見えなくなるほどの暗闇。でも、僕の異形の目には、室内の様子がはっきりと見えていた。
倒れた刑部司さんの傍らで、花村さんが刀を振るって襲い来る何かを切り払っている。花村さんは気配だけで攻撃を察知し、後ろにいる副長さんを守っていた。
「(カナメ、上だ。)」
そのクロの声が終わる前に、僕と笹崎教官は同時に身を翻した。さっきまで僕らの立っていた床と壁の調度品がめちゃめちゃに切り裂かれる。
「現れ照らせ!《絶えざる光》!」
体勢を立て直した笹崎教官が左手の指輪をかざして明かりの呪文を唱える。中空に出現した光る球体によって、部屋の中が白い光で照らし出され、天井に張り付いた襲撃者の姿が明らかになった。
「お前はあの時の・・・!?」
襲撃者の姿を見た教官が声を上げる。しかし、襲撃者はそれを無視し、僕に向かって怒りの声を上げた。
「待っていたぞ、化け物め! お前は私の手で殺さねば気が済まん!!」
天井にいたのはビャクドウという名の呪術師の女だった。逆さ吊りになった彼女は、長い髪を振り乱し、憎々し気な目で僕のことを睨んでいた。彼女の着ている黒い衣の裾からは、巨大な蜘蛛の足が生えている。その足を使って天井に張り付いているのだ。
女がサッと右手を振るうと、室内を照らしていた魔法の光球が溶けるように消え去った。再び暗闇に包まれた室内で、女が叫んだ。
「呪符術《呪縛粘糸》!」
彼女はどこからともなく取り出した呪符を、僕たちに向かって投げつけた。
「くっ!!」
呪符は空中で灰色の糸に変化し、花村さんと副長さんの体を絡めとった。教官は咄嗟に魔力で防壁を作りその糸を回避したものの、防壁に張り付いた糸によって、その場から動けなくなってしまった。
糸は僕の頭上にも降りかかってきた。僕は咄嗟に右手の義手を突き出した。右手に触れた瞬間、糸は溶けるように消え去った。糸の呪詛を構成する魔素ごと、クロがすべて吸収したのだ。
「(魔素は豊富だが、不純物が多すぎる。)」
吸収した魔素を体内に取り込んだクロが、僕の脳内で不平を漏らす。その声に苦笑しながら、僕は逆さ女に向き直った。女は僕が術を掻き消したことに驚きつつも、次の攻撃に移った。
「操傀術《屍毒針》!」
彼女が両手を振り上げると同時に、巨大な蜘蛛の前足が持ち上がり、その先から無数の短針が撃ちだされた。
「(人体に有害な物質を検知。物理的に防御する。)」
クロの声が響くと同時に、僕の体の周りに白い樹脂製の防壁が出現し、毒針から僕を守った。いくつもの六角形で構成された防壁は、すべての攻撃を受け止めた後、現れた時と同じように一瞬にして消え去った。
クロはこの防壁を、僕の体内に取り込んだ《白鷹》の残骸を利用して作っている。この間、僕がこの呪術師の女を攻撃した魔力光弾銃もそう。
クロは僕と強く結びついたことで、僕の思考を基に魔素を操作し、様々なものを一瞬で作り出すことができる。そして、それを再び自在に吸収することも出来るのだ。これが僕の人間性と引き換えに発現した、クロの力の一端だ。
毒針を防がれたことで、呪術師の女の顔に焦りの色が浮かんだ。彼女は再び呪符を取り出した。
「呪符術《爆雷・・・!」
「クロ。あれは不味い。」
僕は彼女が叫び終わるより早く、クロの名を呼んだ。クロは僕の意図を瞬時に読みとり、部屋の床や壁を構成している精霊樹脂に僕の魔力を行き渡らせた。
僕の足元から青白い魔力光の線が伸び、まるで魔術回路のように室内を覆う。クロは魔力線に触れた呪術師の蜘蛛の足から魔素を吸い出した。
「えっ、なにっ!?」
その途端、呪術師の女はマヌケな声を上げた。壁に張り付いていた蜘蛛の足が力を無くしたことで、呪術師は呪符を僕に投げる前に天井から落下した。突然のことで受け身を取ることも出来ず、そのままの形で床に落下する。
床に激突した彼女は短い悲鳴を上げた後、すぐに気を失った。同時に下半身の蜘蛛の足がバラバラになって床に散らばる。思った通り、この蜘蛛の足は作り物だったようだ。あの醜い老人の人形と同じように、傀儡術で操っていたのだろう。
女が気絶すると同時に、室内を包んでいた闇が消えて、部屋の中が明るくなった。
「(大丈夫か、カナメ)」
床にしゃがみ込んだ僕の脳内で、クロの声が響いた。部屋全体を魔力で覆ったことで、軽くめまいに襲われたのだ。クロは信じられないほど強大な力を持っているけれど、僕の体を通してしかそれを使うことができない。クロの力は、僕の魔力に依存している。今の僕にとって、彼の力は大きすぎるのだ。
「もう大丈夫だよ、クロ。」
僕は軽く目を押さえてめまいを振り払い、気絶した呪術師の女に近づいた。目の下に隈のある顔色の悪い女は、頭から血を流して完全に気を失っていた。
すぐにでもこの女から、ホノカさんの居場所を聞き出したい。でも、今は先にするべきことがある。
僕は気絶した呪術師を簡単に拘束した後、花村さんと副長さんに絡みついた糸を右手で吸収して二人を解放した。副長さんはすぐに投げ出された自分のタブレットを拾い、公館内にいる部隊員の人たちと通信を始めた。
「隊長、公館内に大きな動きはありません。先程の戦闘の様子も、外部に漏れてはいないようです。」
多分、あの女が室内を包んだ暗闇は、外部とのやりとりを遮断する効果があったのだろう。すごく暗殺者向きの能力だ。
花村さんは小さく頷くと、気絶した刑部司さんを床から引きずり起こしてソファに座らせた後、彼の頬を平手打ちして無理矢理覚醒させた。
鼻血を流して目を覚ました刑部司さんは、部屋の隅で気絶している呪術師を見て小さく「ひえっ」と息を呑み、ガタガタと震え出した。
「どうやら、あんたの頼みの綱は切れちまったようだな。」
花村さんは刑部司さんの襟首を掴み上げると、彼にぐっと顔を近づけた。
「素直に話す気になったか?」
花村さんの言葉に、刑部司さんは壊れた人形みたいにコクコクと頭を上下させた。
「・・・なるほど、俺たちを嵌めたのは刑部省参議か。」
「刑部省実務部門の最高責任者です。そんな方が関わっているなんて・・・。」
副長さんがそう驚きの呟きを漏らすと、刑部司さんは弾かれたように床に這いつくばって土下座し始めた。
「お、お願いです、私がしゃべったってことはどうか内密に・・・!」
花村さんたちはその姿を冷ややかな目で眺めた。僕の隣にいた教官は、刑部司さんの側にしゃがみ込んで彼の顔を上げさせた。
「宇津井上級空佐は、今どこにおられるのです?」
話しかけたのが花村さんじゃなくて、笹崎教官だったせいか、刑部司さんは少しホッとした表情を見せた。
「宇津井殿は、昨日の昼頃、中央に護送されたと報告を受けている。おそらく、明日の審問後に処刑されるだろう。」
教官はそれを聞いて、形の良い眉を歪めた。僕は思わず刑部司さんに駆け寄った。
「ホノカさんは? 小桜ホノカ隊員はどうなったんですか!? あなたがあの呪術師の女に、ここへ連れてこさせたんですよね!?」
刑部司さんは突然近づいてきた僕の姿に怯えながら、困惑した様子で答えた。
「はあ? いや、そんな名前は聞いていませんが・・・。」
とぼけた彼の表情に、僕は怒りを抑えられなかった。その怒りに反応するかのように、魔力が胸の奥で沸き立つ。僕の目を見た彼は、途端に顔色を変えた。
「ほ、本当に知らないんです! 本当です、信じてください! そこに報告書もあります。」
彼はそう言って、さっき花村さんが取り上げた魔力端末を指さした。彼の言う通り、報告書のどこを探しても、ホノカさんが大宰府に連れてこられたという記載はなかった。僕は思わず、彼の両肩を掴んで強く揺さぶった。
「じゃあ、ホノカさんは一体どこにいるんだ!!」
牙をむきだして僕が叫んだことで、刑部司さんはすっかり震えあがってしまった。花村さんは僕の肩に手を置いて、僕と刑部司さんを引き離した。
「落ち着け、新道くん。あの呪術師は俺たちと同じ中央の特務部隊所属だ。もしかしたら、宇津井殿と共に中央へ連れ去られているかもしれん。あいつが目を覚ましたら、俺たちがきっちり聞き出してやる。」
僕は言いたい言葉をぐっと飲み込み、小さく頷いた。それを見た教官は僕の正面に立ち、僕の目を覗き込みながらゆっくりと言った。
「ホノカ隊員のことも心配だが、まずは宇津井先生を救出するのが先だ。それに中央に行けば、ホノカ隊員のことも何か分かるかもしれない。」
「・・・分かりました。」
僕が小さな声でそう言うと、教官は優しく微笑んだ。そしてその後すぐに、花村さんに向かって目で合図を送った。花村さんは小さく頷き、副長さんから受け取ったタブレットをへたり込んだ刑部司さんに突きつけた。
「じゃあ、最後に一仕事してもらおうか。この命令書に任務完了のサインをくれ。あと、あんたの名で新たな任務の命令もしてもらおうか。それで、あんたが今しゃべったことは黙っといてやるよ。」
タブレットを覗き込んだ刑部司さんは、たちまち目を見開いて花村さんを見上げた。
「こ、こんな命令には、と、とてもサインできない! 私には無理だ!!」
「ほう? じゃあ、今この場で俺に切り刻まれる方がいいってことか?」
花村さんがそう言って、腰に佩いた刀の柄に手をかけ、凄みのある笑みを浮かべた。刑部司さんは今にも泣きだしそうな顔で、おずおずとタブレットを手に取った。
「それじゃあ、俺たちはここでお別れだ。君の先生と婚約者の無事を祈ってるぜ。」
刑部司さんの命令書を笹崎教官のマギホに転送した後、花村さんはそう言って僕の肩をドンと叩いた。
「はい。花村さんたちもご無事で。」
「ああ、後は君たちが上手くやってくれるのを待つだけだ。その間、俺たちはここで刑部司の動きを封じておく。それと、ビャクドウのこともあるからな。あの女を取り返しに、仲間が動くかもしれん。あの女を見張るついでに、君の婚約者について知ってることを聞き出しておいてやるよ。」
「はい。よろしくお願いします。」
花村さんと握手を交わして、僕と教官は刑部司公館を後にした。
「おう、待ってたぜ新道。それに教官、おかえりなさい。」
公館の外には浮遊魔導車に乗ったエイスケが待っていた。彼は僕らを乗せ、大宰府城砦の地下公道へと車を走らせた。
「首尾はどうだ?」
「刑部司の命令書があったおかげで、万事スムーズに進みましたよ。阿久猫だけは暴れられなかったことに不満そうでしたけど。」
エイスケが少し疲れたようにそう言うと、教官は小さく笑みを浮かべて頷いた。
「これから向かうのは敵の本拠地だ。思う存分暴れさせてやれるだろう。それまでの辛抱だな。」
「・・・そうですね。」
教官の言葉にエイスケは曖昧な返事をした。車の窓に映る彼は、痛みを堪えるような顔をして、まっすぐに道の先を見つめていた。
公道を1時間ほど走った後、僕たちは大宰府城砦に付設された航空魔導機発着場に着いた。ここは城砦を守る『八十柱の術』の外側にあるため、大型の軍用魔導機の運用が可能なのだ。
通常の城砦にも魔導機の発着場はあるが、軍用魔導機の運用が可能なのは、九州では大宰府にこのある発着場だけ。それだけここが重要拠点であることの証だ。
夜の闇に包まれた発着場には、まだ多くの人が行き来している。その人たちの間を抜け、僕たちは発着場の一角に向かった。
「あれですよ。旧型ですけど、なかなかいい機体です。」
エイスケがそう言って指さした先にあるのは、『白鷹』とよく似た白い機体だった。ただ『白鷹』よりも一回り大きく長い。皇国軍の汎用作戦支援機『大鷲』だ。
「刑部省の哨戒機として払い下げられてたあいつを、大急ぎで軍用に改修しました。いつでも行けます。」
教官にそう言った後、エイスケは僕の方を見てニヤっと笑った。
「博士が張り切って魔改造したからな。攻撃、防御共にエグイことになってるぜ。魔力切れ起こすなよ?」
「大丈夫だよ。エイスケがちゃんとフォローしてくれるならね。」
「は、言うようになったじゃねえか、この野郎!」
エイスケはそう言って、僕の肩を軽く小突いた。僕たちはこれからこの機体で飛び立つ。目指すは宇津井先生が囚われている皇都、刑部省中央公館だ。
「皇都では協力者が我々を迎える準備をしてくれている。しかし、それは我々が皇都内に侵入することが大前提だ。相手はこちらの動向をすでに把握しているはず。厳しい戦いになるぞ。」
教官の言葉に、僕とエイスケは表情を引き締めた。今度の相手は魔獣ではなく人間。しかも皇都防衛部隊だ。
人間を攻撃することに躊躇がない、と言えば嘘になる。出来れば戦いたくない。でも、戦わなければ大切な人を失ってしまう。
僕は自分にそう言い聞かせて、自分の迷いを断ち切ろうとした。
「(心配するな、カナメ。私も君をサポートする。)」
クロの冷静な言葉を聞きながら、僕は苦い味のする唾をこくりと飲み下した。
本当は1話だったのですが、少し長かったので二つに分けました。読んでくださった方、ありがとうございました。




