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55 刑部司 前編

本日2話投稿しています。こちらは前編です。

 その日の夕方くらいに、僕と笹崎教官は花村さんたちが動かしている輸送コンテナ艇群に乗って、太宰府城砦へ到着した。


「隊長、運輸管理事務所からの入城許可を受信しました。」

「よし、予定通り、停泊デッキに接続させろ。」


 花村さんの指示を受けた副長さんが、隊員さんたちに通信している間に、僕は花村さんに話しかけた。


「うまくいきましたね。」


 花村さんは僕の方を向くと、ニヤリと笑った。


「とっくに俺たちの動向は把握されてるはずだが、大っぴらに止めるわけにはいかないだろうよ。何しろこっちは、向こうの命令に従って動いてるわけだしな。」


 花村さんはそう言うと、親指で牽引艇の後ろを指し示した。






「この輸送コンテナ艇ふねは表向きはあくまで、定期輸送便って事になってる。偽装のためだが一応、本物の貨物も積んであるんだ。本当は君たちを騙すための偽装だったが、思わぬところでそれが役に立ったよ。」


 花村さんと教官が目を合わせて、小さく頷きあう。僕たちを連れて堂々と入城しようというのは、笹崎教官の発案だ。


 教官は「刑部省おたくの連中はこういう不測の事態になれてないから、今が絶好のチャンス」と強く主張して、躊躇う花村さんを説得したのだ。


 確かに言われてみれば、犯罪者を取り締まる刑部省が「自分たちの部隊を罠に嵌めて全滅させようとしました」なんて、大っぴらに出来るわけがない。花村さん曰く、攻撃機に撃墜された222分隊ぼくたちのことも、本来は訓練中の事故として処理する予定だったそうだ。


 停泊デッキでコンテナ艇を誘導してくれる地上作業員さんたち以外は、特に僕たちを待ち構えている様子もない。大宰府城砦の人たちは、僕たちのことを本物の輸送便艇だと思い込んでいるようだ。


 僕がそう言うと、花村さんは「ただし、刑部省上層部うえの連中は泡食ってるかもしれないがな」と、意地の悪い笑顔を見せた。





 コンテナ艇が停泊すると同時に、デッキの地上作業員さんたちが花村さんの部下の人たちと協力しながら、手際よく荷物を搬出し始めた。僕と教官は花村さん、副長さんと共に、荷受けを担当する係官さんのところに向かった。


「随分遅かったな。それに、護衛人員の割に随分荷物が少ないようだが・・・。」


 人の好さそうな初老の係官さんは、副長さんの差し出した魔力端末タブレットを確認した後、不思議そうな顔でそう言った。


「ああ、今回は高天原防衛学校の護衛訓練を兼ねてるんでね。荷の方はよろしく頼むよ。」

「ああ、なるほどそれでか。了解したよ、お疲れさん。今日はゆっくり休んで、旨い酒でも飲んでいくといい。」


 係官さんはそう言って、学生服姿の僕と教官の方へちらりと視線を向け、穏やかな笑みを見せてくれた。フードと手袋で肌の露出を避けているおかげで、係官さんは僕の異様な姿に気づいていない。






 荷受けの手続きが終わった頃には、停泊デッキの出口付近に、武装を身につけた花村さんの部下の人たちが整列していた。その様子を見た係官さんは、立ち去ろうとしていた花村さんを後ろから呼び止めた。


「おいおい! そのまま城砦内に入るつもりか? 訓練はもう終わったんだろ?」


 花村さんは振り返ると、少し大袈裟な動きで両手を広げて肩を竦めてみせた。


「いやいや、報告し終えるまでが訓練なのさ。何しろ上役がやかましいもんでね。」


 そう言って花村さんが、タブレットに表示させた刑部省の命令書を示すと、係官さんはたちまち気の毒そうな表情になった。


「ああ、あんたら皇国軍ぐんじゃなくて、皇国衛士隊か。そりゃ、ご愁傷さまだ。」


 係官さんは苦笑いしながら片手を軽く上げて、僕らを送り出してくれた。そのやり取りをドキドキしながら見守っていた僕に、教官はそっと囁きかけてきた。






「そう心配するな、新道。刑部省の石頭ぶりは有名だからな。絶対にバレやしない。」


「刑部省ってそんなに融通が利かないんですか?」


 僕が教官に小声でそう尋ねると、僕の言葉を聞き留めた花村さんがこちらを振り返った。僕は思わず頭を下げた。その拍子にフードがずれそうになり、慌てて手で押さえる。花村さんは僕のフードを直しながら、少し自嘲気味に言った。


人間ひとを相手にする刑部省管轄うちの職員は、兵部省きみたちみたいな自由裁量権がほとんどないんだよ。」


 刑部省の人たちは、貴族の力が働く超法規的な案件を除けば、令状なしには一切行動できないという厳しい制限があるのだそうだ。だから花村さん率いる『長月』みたいな即応特務部隊を編成する必要があるらしい。


 魔獣を相手にする皇国軍ぼくらとは大違いだ。僕らも命令には従う義務はあるけど、現場では先任士官の判断が優先される場合がほとんどだ。だって、いつ襲い掛かって来るか分からない魔獣相手に「今、戦闘許可申請してるから、ちょっと待ってください」なんて言えないもんね。


 僕たちは整列している兵士さんたちのところへ行くため、停泊デッキの出口付近に向かった。






 傾きかけた日の光が、停泊デッキのすぐ側に聳え立つ巨大な城壁と建造物を赤く照らし出す。僕は初めて見るその光景に見惚れ、思わずつぶやいた。


「この城砦しろ、すごく大きい。」


「そりゃあ九州地方エリア最大の城砦都市郡だからな。」


 僕の呟きを聞いた教官は、そう言ってクスクスと笑った。僕は自分がいかにも田舎者みたいなことを言ったのに気づいて、急に恥ずかしくなって、そっと顔を伏せた。


 でもフードで顔を隠しているので、教官はそのことに気づかなかったみたいだ。教官は魔力端末マギホを取り出すと、博士たちと共に待機しているエイスケに連絡を取り始めた。






「丸山、そっちの準備は終わったのか?」


「(はい。こっちは予定通りです。)」


「こちらもこれから行動開始だ。うまくいかなかった場合はそちらに強行してもらうことになる。頼んだぞ。」


「(任っかせてください、教官!! あたしが大暴れしてやりますよ!! カナメっちも頑張って!!)」


「(こ、こら、通信に割り込むな、この馬鹿猫!!)」


 マギホの向こうからマリさんの元気な声が響いてくる。少し前、僕の姿を見た時はかなりショックを受けた様子だったけど、もうすっかり元気になったみたいで安心した。


「と、とにかくこっちは大丈夫です。連絡まで待機してますよ。」


「了解した。」


 苦笑しながら教官が通信を切る。それを待っていたみたいに、副長さんが整列している隊員さんたちに号令をかけた。






「総員傾聴!」


 一糸乱れぬ動きで姿勢を正す隊員さんたちを前に、花村さんが話し始めた。

 

「お前らお待ちかねの太宰府だが、酒や飯はもう少しお預けだ。俺たちを嵌めようとした奴にきっちり借りを返さなきゃならねえからな。副長!」


「はっ!!」


 副長さんは短く返事をした後、手元のタブレットを確認しながら隊員さんたちに説明を始めた。


「現時点をもって任務内容の変更を行う。新たな任務は敵拠点の占拠・制圧。作戦目標は太宰府刑部司公館だ。」


 指示を聞いた隊員さんたちは微動だにしなかったけれど、僅かに表情を変えた。年若い隊員さんたちの多くは少し困惑した様子だった。でも、それ以外の人たちは、目をギラギラと輝かせ、狂暴な顔つきをしている。


 それを見た花村さんは同じくらい狂暴な顔つきでニヤリと笑い、隊員さんたちに激を飛ばした。


「なお、本作戦は秘密裏に行うことになる。俺からの指示があるまで、決して相手に『制圧していること』を悟られるな。俺たちを嵌めた連中の首根っこを、後ろから押さえてやるんだ。いいな?」


「「「「はっ!!」」」」


 一斉に敬礼を返した隊員さんたちに、花村さんは大きく頷いた。


「よし。では、作戦開始だ。」











「刑部省特務部隊『長月』隊長の花村だ。刑部司殿に任務完了の報告をしたい。」


 花村さんがそう話しかけると、公館の入り口を守る守衛さんはたちまち困った表情を見せた。


「本日の刑部司様との面会時間は終了しております。それに面会のご予約も無いようですが・・・。」


「刑部司殿からの特命なんだ。」


 守衛さんの言葉が終わる前に花村さんがタブレットに表示させた命令書を示すと、彼は途端に表情を変えた。


「!! すぐにお取次ぎいたします。応接室でお待ちください。」






 守衛さんと入れ替わるようにやってきた案内係の女性は、僕たちを応接室へ案内してくれた。応接室は天井の高い、かなり広めの部屋だった。

 部屋の中央に数人掛けの応接テーブルが置かれていて、その周りにも広い空間がある。多分、貴賓の護衛をする人たちが入れるようにしてあるのだろう。


 博多織の壁飾りや伊万里焼の壺などが飾られた豪奢な室内で、案内係さんが出してくれた美味しいお茶を飲んでいたら、花村さんに通信が入った。


「(・・・隊長。総員配置完了しました。いつでも制圧できます。)」


「よくやった。指示があるまで待機だ。」


 花村さんが通信を終えると同時に、部屋の外からバタバタと走ってくる複数の足音が聞こえた。直後、短槍を手にした護衛の衛士と共に応接室に雪崩れ込んできたのは、禿げあがった中年太りの男性だった。汗まみれになった男性は、荒い息を吐きながら花村さんに向かって叫んだ。






「は、花村!? 報告を聞いたときは信じられなかったが・・・本当に生きていたのか!?」


「困難な任務でしたが、おかげさまで何とか生還いたしました。」


 恭しくお辞儀をする花村さんに対して中年太りの男性、大宰府駐在の刑部司さんは癇癪を爆発させた。


「貴様、何しに来た!?」


「はて? 任務完了後は、直接報告に来るようにとご命令なさったのは、刑部司殿であらせられましたが?」


「ぐぬ、私を愚弄しおって・・・!」


 涼しい顔で嘯く花村さんの態度に、刑部司さんは顔を紅潮させた。僕はいつ護衛の人たちが攻撃してくるかと、ハラハラしながらそのやり取りを聞いていた。けれど、花村さんはそんなことを気にした風もなく、あくまでも礼儀正しい動作で僕と教官の方を手で指し示した。






「ご命令通り捕縛任務、完了いたしました。こちらが捕縛対象の笹崎アヤメ1等空尉、そして高天原防衛学校第222特別訓練分隊隊長の新道カナメ訓練生です。」


「はじめまして。刑部司殿。出頭命令に従い参上したしました。」


 キリっとしたお辞儀をする教官に合わせて、僕はフードを外して頭を下げた。


「!! ば、化け物・・・!!」


 僕の顔を見た瞬間、刑部司さんは顔を引き攣らせて後ずさった。護衛の人たちも驚愕の表情で、さっと槍を構える。


 仕方がないとは思うし、確かに鏡で見た時は僕も驚いたけど、ここまで露骨に警戒されると、さすがにちょっとだけ傷つく。






 今の僕は、くすんだ灰白色の髪と水色の肌をしている。それに加え、口から覗く2本の白い牙と先のとがった長い耳。眉毛は完全に無くなっている。これだけでもかなり人間離れした見た目だ。でも、一番大きく変わったのは、やっぱり目だと思う。


 僕の左目は白目が無くなり、眼球全体が真っ黒になっている。その真ん中に細い縦線みたいな緑色の虹彩が僅かにある状態だ。ちょうど蜥蜴人族リザードマンみたいな、爬虫類系の瞳って言えばいいのだろうか。


 火傷の跡が残っていた右半面は、右手の義手と同じような乳白色のすべすべした樹脂に置き換わっていた。その目の部分は瞼のない魔獣とうさんの眼球が浮かんでいる。火傷の跡はすっかり樹脂に覆われ、左半面の皮膚と完全に融合してしまっているので、まるで皮膚を貼り忘れた、作りかけの自動人形ロボットみたいな感じだ。


 この乳白色の樹脂部分は右手と同じように、ちゃんと感覚がある。おそらくクロが『白鷹』の残骸を使って僕の体を修復した影響が残っているんだと思う。






 顔の造形自体は眉毛が無くなったこと以外はほとんど変化していない。けれど、逆にそのことがより一層、人間離れした印象を与えてしまっているのだと思う。はっきり言うと、かなり不気味な見た目だ。


 何というか、異物感がすごいのだ。むしろ、蜥蜴人や獣人くらい完全に見た目が人間とかけ離れていたら、ここまで不気味には見えなかったかもしれない。『人間の形なのに人間じゃないもの』だからこそ、ものすごく気味が悪いのだ。


 目を覚ましたマリさんやテイジも、最初に僕の姿を見た時はかなり混乱していた。でも、話しているうちに、元の僕と中身が変わっていないことに気が付いてくれたみたいで、だんだん普通に接してくれるようになった。


「亜人になっちゃったみたいなもんでしょ? なら、むしろ獣人あたしたちの仲間じゃん!」


 マリさんのその言葉に、エイスケやテイジはうんうんと頷いていた。


 皆が僕の見た目の変化を受け入れてくれたのは、正直とても嬉しかった。ある程度覚悟居ていたとはいえ、やっぱり皆に拒絶されるのがすごく怖かったからだ。僕は改めて、222分隊の皆と一緒にいられてよかったと思った。


 あとはホノカさんだけど、さすがにこの姿になった以上、今まで通りに婚約を続けることは難しいかもしれない。でもそれは、彼女を見つけてから考えればいいことだ。


 僕は負けそうになる気持ちをぐっと押し殺して、顔を引き攣らせて僕を見る刑部司さんたちの方を見返した。すると、僕と目を合わせた刑部司さんは慌てて視線を逸らし、花村さんを怒鳴りつけた。






「き、彼奴らは重犯罪人だぞ!! どうして拘束していないんだ!!」


 声を上擦らせて叫ぶ刑部司さんを、花村さんは冷たい目で見下した。


「お言葉を返すようですが、刑部司殿。裁判が行われる前ですから、彼らはあくまで被疑者です。彼らに抵抗の意志はありません。ですから拘束は不要と判断いたしました。」


「さては貴様、彼奴らに取り込まれたな!! 衛兵! この者たちを・・・!」


 その言葉が終るよりも早く花村さんが動いた。室内に響く鍔鳴りと風切音。


 次の瞬間、護衛さんたちは気絶してバタバタとその場に倒れた。断ち切られた槍が転がる音を聞いて、刑部司さんはたちまち顔色を悪くした。






「こちらをご覧ください、刑部司殿。」


 畳みかけるように副長さんがタブレットを刑部司さんに見せる。そこには公館内に潜伏している花村さんの隊員たちの姿が映されていた。


「我々の力はご存知ですよね? すでに公館は我々が占拠しています。隊長の号令一つで、いつでも制圧できる状態です。外部への連絡は不可能だと思ってください。」


 震えあがり、今にも倒れそうな刑部司さんの前に、花村さんが立った。彼の手にはたった今、護衛さんたちの槍を両断した、幅広の日本刀が握られている。目にもとまらぬ居合切りの技だったから、きっと刑部司さんには何が起こったか分からなかったことだろう。


 花村さんは刑部司さんに顔をぐっと近づけると凄みのある笑みを浮かべて言った。


「無用な血は流したくありません。お話を聞かせていただけますか?」











 僕と教官は協力して気絶した衛士さんたちを拘束した。その後、外からの侵入と刑部司さんの逃亡を防ぐため、応接室のドアを固めた。


 花村さんは僕たちから離れた部屋の中央で、刑部司さんを応接室の椅子に座らせた。花村さんが彼の向かい側の席に着いた途端、彼は勢いよく花村さんを怒鳴りつけた。


「貴様ら、私にこんなことをして、ただで済むと思っていらぎゃあああああああ!?」


 威勢よく話していた刑部司さんが、突然悲鳴を上げて自分の右耳を押さえた。肉付きの良い指の間から、血がジワリと溢れ出す。


 音もなく立ち上がって刑部司さんを斬りつけた花村さんは、痛みに顔を歪める刑部司さんの前で、ゆっくりと剣先に付いた血を拭い取った。






「安心しな、耳はまだ残ってるぜ。ほんのちょっと、切れ目を入れてやっただけだ。」


 さっきまでとはうって変わって、ぶっきらぼうな調子で花村さんが言葉を投げる。刑部司さんは憎々し気な目で彼を睨みつけた。


「平民の分際で、上級貴族の私に傷を・・・!!」


 しかし、その言葉は花村さんに遮られた。


「とっくに覚悟済みだ。俺の部下含めて全員がな。」


 花村さんは手にした日本刀を刑部司さんの眼前に突きつけた。刑部司さんがごくりと大きく唾を飲み込む音が聞こえた。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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