53 変化
いつもより少し短めです。
深い眠りに落ちた僕は目覚めさせたのは、暗闇の中に踊る、燃え盛る炎の幻影だった。
炎の中には僕の父さんがいた。僕は父さんに向かって必死に手を伸ばした。
しかし、父さんは僕の手を取ることなく、僕に何かを叫びながら炎の中へと消えていった。父さんは僕に何かを伝えようとしているようだった。
父さんを飲み込んだ炎の中に、今度は別の人影が浮かび上がってきた。ほっそりとしたその影を見た僕は、思わず声を上げて彼女の名前を叫んだ。
「ホノカさん!!」
彼女は燃え盛る炎に身を焼かれながら、僕に向かって声を上げた。
「カナメくん、起きて!! このままじゃマリちゃんたちが・・!!」
そこまで言ったところで突然、彼女は闇の中から現れた複数の手に体を掴まれた。そしてそのまま引きずられるようにして、闇の奥へと消えていった。
再び彼女の名を叫んだところで、僕は目を覚ました。
「起きたのか、カナメ。」
目の前で起きた恐ろしい出来事が夢だったのかと安心する反面、生々しい彼女の呼びかけが僕の心を搔き乱す。
柔らかい光の中で目を開けた僕は、周囲を見回そうとした。でも、体はまったく動かなかった。僕は自分の内側から響くクロの声に問いかけた。
「クロ? ここはどこ?」
「私の作ったカプセルの中だ。君の体はひどく損傷している。契約には反するが、君の生命を守るため、無断で君の体内に侵入させてもらっている。」
クロにそう言われて、僕は初めて自分の全身に強い痛みを感じた。特に腹部からは切り裂かれるような痛みを感じる。
「腹部の傷は内臓にまで達している。君の体組織と墜落した機体の素材を使って修復中だ。痛みが酷いなら、もう少し修復の速度を緩めることもできる。」
僕の思考を読んだみたいに、クロが僕にそう告げてきた。確かに痛みは酷かったが、僕にはそれ以上に気になっていることがあった。
「墜落した後、分隊の皆はどうなったの?」
僕の質問に応えるためか、クロは一瞬黙り込んだ。僕はクロが僕の思考を読み取ろうとしているのを感じた。
「小桜ホノカを除く分隊員は生存している。だが現在、このカプセルの周囲で交戦中だ。小桜ホノカの所在は不明だ。」
「交戦中!?」
僕の声に反応するかのように、周囲を包む白い光の一部が変化し、薄明りの湿原の様子を映し出した。
「現在のカプセル外の様子だ。」
クロは淡々とした声でそう言った。僕は目を凝らして周囲の様子を観察した。
墜落の状況を考えれば、この湿原は熊本湿原に違いない。太陽の方角から見て、時刻はちょうど夜が明けたばかりだと思う。
僕の視点は少し地上から離れたところにあった。視界を巡らすと、僕の居るカプセルを機械腕で掴み上げている皇国軍の兵員輸送艇(?)が見えた。コックピットにはカナ博士とエイスケが座っている。
20mほど下の地上では、円状に輸送コンテナ艇が並んでいるのが見えた。その中には、たくさんの傷ついた兵士たちがいた。
コンテナ艇の周囲からは、地面が蠢くように動きながら押し寄せて来ている。
その巨大さと動きは見間違えようがない。熊本湿原を根城とする沼地の粘体、通称『陸津波」だ。
巨大な魔獣に驚く僕の目の前で、その巨体がぶるりと大きく震える。見る間に溶け崩れていく魔獣の姿を見た兵士たちから歓声が上がった。
その声の中心にいたのは、大きめの林檎ほどもある金色の魔石を掴んだまま気絶しているマリさんだった。
経緯は分からないけれど、コンテナ艇を襲撃してきた魔獣をマリさんたちが協力して討伐したのだということは分かった。喜ぶ兵士たちに囲まれるマリさんたちの姿を見て、僕はホッと胸を撫でおろした。
その後、高度を下げた兵員輸送艇からエイスケが降下梯子を使って飛び降りてきて、マリさんたちに駆け寄っていった。兵士たちの隊長らしき人が笹崎教官と話をしている。
おそらく、この兵士たちはコンテナ艇を守る輸送警護部隊だろう。その割には数が多いし、兵装も皇国軍のものとは少し違っているけど、多分間違いない。
戦闘が終わり、マリさんたちの健闘を称える兵士たちの表情は明るかった。
「交戦中だったけど、危機は脱したみたいだね。」
僕はそう言うと、クロはすぐにその言葉を否定した。
「いや、脱してはいない。この戦闘を操作していた者がまだ残っている。」
その言葉と同時に、僕の周囲を守るカプセルに強い衝撃が加えられ、視界が大きく動いた。
「何!?」
「このカプセルを運搬していた機体が撃墜された。」
僕はすぐに周囲の様子を見た。さっきまで明るい表情でマリさんたちに笑いかけていた兵士たちが、彼女たちに魔力光弾銃を向けている。
笹崎教官は背中に重傷を負ってピクリとも動かない。兵士たちの隊長らしき長身の男性は、味方の兵士によって地面に拘束されていた。
あまりの状況の変化に戸惑っていると、コンテナ艇の上に小柄な老人の人影が現れた。
「あれがこの戦闘を操作していた者だ。周囲に張り巡らせた呪力によって、この場にいる者たちの精神を支配する力を持っている。なお、あの老人は精巧につくられた人形だ。本体はあそこにいる。」
クロがそう言うと、僕の見ている視界が動き、コンテナ艇から少し離れた場所を示した。ただ、僕の目には何も見えない。おそらく何らかの手段で、姿を消しているのだろう。
そうしている間に、兵士たちがマリさんたちを攻撃し始めた。見る間に追い詰められていくマリさんたちを見て、僕はクロに向かって叫んだ。
「クロ! 僕をここから出して!」
しかし、クロはそれを淡々とした声で拒否した。
「それはできない。君の体は酷く損傷している。今このカプセルから出ても、彼らの助けにならない。君が命を落とすだけだ。」
「じゃあ、このまま皆が死ぬを見てろって言うの!? そんなのできるわけないだろ!!」
気が付くと僕は、自分でも驚くほど激しい声を上げていた。同時に胸の奥から凄まじい量の魔力が湧きあがってくるのを感じた。
次の瞬間、右目の奥に刺すような激痛が走ったかと思うと、魔力が一気に溢れ出し僕の体を急速に捻じ曲げ始めた。
「落ち着けカナメ。魔力が暴走している。このままでは人間の姿を保てなくなるぞ。」
冷静なクロの声に対し、僕は感情の赴くままに言い返した。
「そんなのどうだっていい! 俺は、皆を守りたいんだ!! 俺をここから出せ、クロウェ!!!」」
溢れ出した魔力によって活性化した父さんの眼球が、僕の体内で暴れ始める。クロは僕の体内でそれを懸命に抑えているようだった。
「君の肉体は、魔力の暴走に耐えられない。確かに君の力をすべて出し切れば、君の仲間を救うことができるだろう。だが、君の肉体は程なく滅ぶことになる。君の肉体を宿主としている私は、それを容認できない。」
でも僕はクロの言葉を無視して魔力を増幅し続けた。体内でクロの力と僕の暴走した魔力がせめぎ合い、激しい痛みを引き起こす。
もう少しでクロの力を越える。そう確信した時、クロが再び僕に語り掛けてきた。
「カナメ、君の選択は理解できた。だが、私は私自身の身を守る必要がある。」
クロはそう言うと、一度言葉を切ってから、言い聞かせるようにゆっくりと話し始めた。
「私は自身を守るため、宿主である君の選択に力を貸そう。そうすることで、私は君とより密接に結びつくことができる。しかし、私に近づくことで、君は人間性を失うことになるだろう。それでも構わないか?」
クロの問いかけに、僕は荒々しく言葉を返した。
「御託はいい!! 皆を守るために、俺に力を貸してくれ、クロ!!!」
僕の叫びと共に、クロはそれまで抑え込んでいた僕の魔力を急速に吸収し始めた。僕の中で暴れまわっていた父さんの右目が力を失っていく。
それに反比例するように、クロが僕の体の隅々に行き渡っていくのが感じられた。体の痛みが消え去り、これまで感じたこともないほどの肉体に力が満ちた。同時に、荒々しい感情が嘘のように消え去り、思考が明晰になっていく。
僕は皆を助けたい一心で自分の力を解放した。僕を取り囲んでいたカプセルは溶け去り、僕の体内へと吸収された。
そして僕は、地上に降り立った。
「お前・・新道・・・か?」
気絶したマリさんを抱きかかえているエイスケが、困惑した表情で僕にそう問いかけた。そう言われて僕は、自分の体に目を落とした。
僕は服を着ていなかった。墜落した時に着ていたはずの操縦服は、いつの間にかなくなっていた。だけど不思議と恥ずかしいとは感じなかった。
ふと両手を見て、僕は自分の体が変化したことに気が付いた。ギミックがむき出しで無骨な作りだった右手の義手が、すべすべとした乳白色の機械腕に置き換わっている。指先を軽く動かしてみると、まるで本物の手のように滑らかに動いた。
指先に感じる感覚も本物そっくりで、まるで本当の腕が戻ってきたみたいな感じがした。
右手だけでなく、左手も大きく変わっていた。肌の色は薄い水色になっている。少し長くなった指の先には、青みがかった鋭い爪が生えていた。軽く見回してみると、体色の変化は全身に及んでいるようだった。
体毛はもともと濃い方ではなかったけれど、それが産毛すらすべてなくなっていた。すべすべとした水色の肌を見て僕は、まるで作り物みたいだと他人事のように考えた。
僕はエイスケに向き直り、呆然とした様子の彼に話しかけた。
「遅くなってごめん。でも、もう大丈夫。」
僕が話しかけたことで、エイスケはほんの少し表情を緩めた。僕は彼に笑顔を返そうとしたけれど、なんだか顔が引きつったような感じがして上手く笑えなかった。おそらく手と同じように、顔も大きく変化しているのかもしれない。
僕は顔を上げて周囲を見回した。昇り始めた太陽に照らされた戦場には、エイスケ以外に動いているものはいない。僕は彼を少しでも安心させるため、出来るだけ静かな声で言った。
「あとは全部、僕に任せて。」
僕の言葉に、エイスケはすぐに言い返してきた。
「お前、何言ってんだ? それにその姿、一体どうしちまったんだよ!?」
彼らしいその言い草に、僕は胸の奥が温かくなった。と同時に、肌に焼けつくような痛みを感じた。昇り始めた太陽から降り注ぐ光が、いつも以上に眩しく思われ、僅かに目を向けるだけで眼球に激しい痛みが走る。
「(私の近づいたことで体質が変化しているのだ。するべきことは分かるか、カナメ。)」
脳内で語り掛けてきたクロの声に応えるように、僕は気持ちを集中させ、心の中にイメージを形作った。
次の瞬間、僕は防衛学校の制服を身に着けていた。クロの体中に取り込んである《白鷹》の機体の残骸を使って、魔力で再現した制服だ。さらに水色のフードを作り出し、頭をすっぽりと覆う。太陽光を遮ったことで体の痛みが無くなり、感覚が鋭敏になった。
その途端、右目の視界内に警告のメッセージが表示された。どうやら義眼の機能はそのまま残っているらしい。ただ、それまでの義眼と違うのは、目を向けなくても周囲の様子を広く見ることができるようになったことだった。《白鷹》を操縦している時の感覚に近い気がする。
僕は警告メッセージに従い、何もない空間に右手の義手を向けた。同時に右手の中にピストル型の魔力光弾銃が出現する。僕は右目の視界に表示された標的に向けて引き金を引いた。
銃から放たれた光弾はほんの数m先の不可視の標的に着弾した。短い悲鳴の後、空間が歪むように変化する。
「くっ、よくも私の姿を・・・!」
そう言って姿を現したのは、黒い外套を着た若い女性だった。頭まですっぽり覆うその外套から、長い黒髪が流れ落ちている。
僕の放った光弾に右肩を撃ち抜かれた彼女は、禍々しい形をした短刀を握ったまま、左手で肩を押さえてその場にしゃがんでいた。
僕はすぐに二発目の光弾を発射した。しかし彼女はひらりと身を翻してそれを避け、素早く後退していった。
「お前は必ず私が殺す! 覚えておくがいい、この化け物め!!」
端正な顔を醜く歪めてそう叫んだ後、彼女の姿は再び掻き消すように見えなくなった。僕は右目の視界に表示された標的に向けて光弾を放った。けれど、命中させることはできなかった。
さらに数発光弾を発射したところで、標的が表示されなくなった。どうやら索敵範囲外に逃れてしまったようだ。
僕は光弾銃を再びクロの体内に戻して消し去ると、エイスケの方を振り返った。彼はマリさんを守るように、その場に立っていた。
「もう大丈夫だよ。皆を起こして、学校に戻ろう。」
僕がそう言うと、エイスケは口を開いて何かを言いかけた。でもすぐにその言葉を飲み込んで、ぐっと口を引き結んだ。
「ああ、そうだな。ケガしてる連中を早く手当てしねえと。」
僕たちは周囲に倒れている人たちを起こして回った。幸い、ケガをしている人はそれほど多くなく、大半の人は気を失っているだけだった。
僕が起こした人たちは、フードに隠れた僕の顔を見てぎょっとした表情をした。中には小さく息を呑んで悲鳴を上げる人もいたけれど、大騒ぎするようなことはなかった。
僕は、自分の顔を見て驚かれるのは慣れている。だから別に何とも思わない。逆に申し訳ない気持ちになったぐらいだ。
ケガをしている人たちも目を覚ました女騎士さんたちが手当てしてくれたおかげで事なきを得た。女騎士さんたちは魔力を使い果たしていたけれど、救護担当の兵士さんと協力しながらテキパキと手当てを進めていた。
ほとんどの人たちはかすり傷で、魔力を使い果たした女騎士さんたちの方がむしろ辛そうだった。
一番ケガが酷かったマリさんとテイジは、手当てを終えた後も目を覚ますことはなかった。でも命に別状はないようなので、そのまま休ませておいた方がいいだろうということになった。
「それにこの馬鹿猫が今起きたら、いろいろと面倒なことになりそうだからな。」
エイスケはそう言って僕の方をちらりと見た。僕が「そうだね」と短く答えると、彼はフードの奥の僕の目を見ながら、ニヤリと笑ってくれた。
その後、女騎士さんたちと兵士さんたちはコンテナ艇の中で休養に入った。カナ博士とエイスケは、墜落した高速兵員輸送艇を修理すると言って、作業を始めた。
だんだんと強くなる陽ざしを辛いと感じ、コンテナ艇の陰からその様子を見ていると、笹崎教官が僕を探しにやって来た。
笹崎教官はいつもの格闘服ではなく、輸送部隊の兵士さんが着ている制服を身に着けていた。教官の格闘服は、傀儡師の戦闘で失われてしまった。だからきっと、誰かに貸してもらったものだろうと思った。
「新道、向こうの隊長と今後のことについて話し合いをする。お前も一緒に来てくれ。」
「僕も、ですか?」
僕がそう問いかけると、笹崎教官はほんの一瞬、僕から僅かに視線を逸らした。その辛そうな表情から僕は、教官が何を話すつもりなのかが何となく分かってしまった。今ここにはいない彼女の笑顔を思い浮かべて、僕は目の奥がずきりと痛むのを感じた。
「ああ、分隊長として同行してほしい。いいな?」
「分かりました。」
僕はそう言って、フードの中で小さく頷いた。
読んでくださった方、ありがとうございました。




