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52 呪詛

いつもより少し短めです。

 祈祷師姿をした醜い老人は、夜明けの薄明を切り取る影のように輸送コンテナ艇の上に立っていた。老人は花村を無視して女騎士たちを見下した。女騎士たちの周囲には白銀に輝く半球型の結界が形成されている。


「すべては貴様の企みか! 答えろ、ビャクドウ!!」


 地面に押さえつけられた体勢で、花村は叫んだ。しかし直後、彼は自分を押さえつけている副長から、後頭部への一撃を受けて意識を失った。


 女騎士の一人が傷を負ったアヤメのもとに駆け寄っていくのを見て、老人は値踏みをするように目を細めた。






「ふうむ、私の術を受け付けぬとは。よほど強い神仏の加護を得ているようですねえ。」


 老人がさっと右手を上げると、それまで人形のように立ち尽くしていた兵士たちが、女騎士に向けて光弾銃を一斉掃射し始めた。女騎士は光弾の雨に行く手を遮られ、エイスケたちの居る場所まで後退を余儀なくされた。


 女騎士たちが張る防御結界に光弾が降り注ぎ、光弾と反応した結界の魔力光が周囲を包む。


 魔石を燃料とする魔力光弾は、一発一発の威力が低い。魔獣を威嚇する程度の効果しかないし、防御魔法で簡単に防げるため、魔力を持つ人間に対しては致命傷になりえない。しかし、それが百数十集まるとなれば話が違う。


 防御結界がじわじわと崩壊していくのを防ぐため、女騎士たちは聖印を高く掲げ、祈りの力を振り絞る。その額には冷たい汗が浮かんでいた。






「くっ・・・!」


 女騎士たちが小さな呻きを漏らす。老人は高所からその様子を眺め、醜い顔をさらに歪めた。


「先ほどの戦闘でかなり消耗している様子。まだ余力があるようですが、いつまで持ちますかねえ。」


 こうしている間にも、アヤメの背中の傷からはじわじわと血が流れだしている。墜落した高速艇から投げ出された博士には外傷が見えないが、先ほどからピクリとも動かない。完全に意識を無くしているようだ。


 マリとテイジはその傷を何とかしようと立ち上がった。すでに二人の魔力は尽き、外装を強化する力はない。それでも、目の前で大切な人が死のうとしているのを放っておくことはできなかったからだ。


 しかし、二人が結界を飛び出そうとした時、女騎士の一人がそれを鋭い口調で引き留めた。






「この結界から出てはなりません。あなたまで呪詛に飲み込まれてしまいます。」


「呪詛!?」


「はい。あの老人から恐ろしく強い呪詛が発せられているのを感じます。」


 女騎士はそう言って、老人を睨みつけた。老人はその言葉を聞いて不快な笑い声を立て、再びさっと右手を振り上げた。兵士たちが銃撃を止めたことで、まばゆいほど明るかった戦場が再び夜明けの薄明りに返る。


 老人はコンテナ艇の上からひらりと音もなく地面に飛び降りると、滑るような足取りで結界のすぐ側までやってきた。そして、女騎士の展開している結界越しに、彼女たちの姿を眺めた。女騎士たちはエイスケを中心に守るように立ち、聖印を掲げている。




 


「私の傀儡術を感知できるとは驚きました。これはきちんと挨拶をしておかねばなりませんな。」


 老人は耳障りな甲高い声でそう言うと、慇懃な態度でお辞儀をしてみせた。


 無防備な姿をわざわざ眼前で晒しているのは、自分の呪詛とやらに絶対の自信があるのか。それとも何か策があるのだろうか。


 エイスケはそう考えながら、顔を伏せた老人をじっくりと観察した。






「刑部省特務部隊『師走』所属、傀儡師の糸繰いとくりビャクドウと申します。あなたがたのお名前は?」


「不浄の者に名乗る名などありません。」


 老人に問いかけられた女騎士が吐き捨てるようにそう言うと、老人はまた嬉しそうな笑い声を立てた。そのあまりの不快さに、マリは顔を顰めずにはいられなかった。


 一方、エイスケはそのやり取りで、この老人が女騎士の結界に触れることができないのだということを悟った。おそらく、女騎士たちの持つ力は、この老人の力と相反するものなのだろう。だから直接攻撃するのではなく、兵士を操って女騎士たちの動きを封じているのだ。


 しかし、分かったところで、今の彼にできることは何もない。彼は自分の力のなさを恥じ、ぐっと拳を握りしめた。


 そんな彼の思いをよそに、老人はまた話し始めた。






「ひひひ、参りましたね。それでは、私の傀儡となったあなたがたを何と呼べばよいか、迷ってしまうではありませんか。」


 老人が再び右手を上げると、兵士が銃撃を開始した。老人がこちらに背を向けてゆっくりと離れていく。それに合わせて、兵士たちはじわじわとエイスケたちに近づいてきた。


 兵士たちが攻撃に使っているのは魔力光弾銃マナライフルだった。高速艇を破壊した携行型魔力砲マナランチャーを撃ってきていない。しかし、いつでも撃てるよう、後方に控えた兵士が構えて照準を定めている。


 兵器類に詳しいエイスケには、その理由がすぐに察せられた。携行型魔力砲は威力が大きい分、元々装填弾数が少ない。先ほどの粘体との戦闘と、高速艇を破壊するために使ったことで、残弾が払底しかかっているのだろう。


 おそらく、魔力光弾銃で結界が弱ったところで、至近距離から放つつもりに違いない。エイスケはすぐに女騎士たちのそのことを伝えた。


 彼の言葉で全員がハッとして携行型魔力砲に目を向けた。その時が刻一刻と迫っていることを悟り、ごくりと固唾を飲む。


 兵士たちの後方、アヤメが倒れている辺りまで後退した老人は、再びエイスケたちに向き直ると、からかうような口調で彼らに問いかけた。






「もう降参してもらえませんかね?」


「・・・まったく、いい性格してやがるぜ、あの爺。」


 エイスケが食いしばった歯の間から息を吐くようにしてそう毒づく。女騎士たちを含め、エイスケたちにもそんな気がないのを十分に分かった上での問いかけだ。彼らを完全に追い詰め、さらに嬲ってやろうという意図が、その言葉からは透けて見えていた。


 その時、それまでずっと動かなかったアヤメが「うっ」という苦しそうな呻きを上げ、僅かに体を動かした。アヤメが生きていることを知って、エイスケたちは安堵の息を漏らした。


 その様子を見た老人は、僅かに目を細めた後、また奇怪な笑い声を立てた。






「ひひひ、生きていたとは好都合。おかげで、よい趣向を思いつきましたよ。」


 そう言って老人はアヤメに近づいていった。


「この方、防衛学校の教官だそうですね。あなた方の指揮も担当していらっしゃるとか。」


 そう言うと老人は祈祷服の懐から、禍々しい形をした暗緑色の両刃の短刀を取り出した。それを見たエイスケは、思わず声を上げた。


「何する気だ!? やめろ!!」


 老人は動きを止めると、大袈裟な動きで短刀を掲げてみせた。


「何をするかですって? それはもちろん、この方を殺すのですよ。」


 老人はエイスケたちに見せつけるかのように、アヤメの体を仰向けにした。そして、彼女の格闘服を左手で引き裂くと、彼女の胸を露出させた。


 老人は短刀をゆっくりと構え、彼女の心臓に狙いを定めた。






「実は私、死体を操るのも得意でしてね。もっとも、この呪詛刀で直接殺害した者を、絶命直後の数時間しか操れないのですが。」


 老人はそこで言葉を切って小さく肩を竦め、「私は死霊術師ではないのでね、残念ながら」と付け加えた。


「死傀儡となったこの方に、あなた方の説得をしてもらいましょう。指揮官の無残な姿を見せつけられれば、あなた方も分かるのではありませんか?」


 老人の手にした短刀が、不気味な緑色の光を帯びる。


「この先のあなた方にはもはや、何の希望もないということが。」






 老人がアヤメの胸に短刀の刃先を押し当てゆっくりと沈め始めると、それまで意識のなかった彼女がカッと両目を見開いた。その口からは細い悲鳴が漏れ、手足がぶるぶると痙攣し始める。


 それを目の当たりにしたマリとテイジは、女騎士の制止を振り切って結界を飛び出した。二人は光弾に撃たれながら兵士の囲みを突破すると、老人めがけてまっすぐに突き進んだ。


 外装を強化する魔力は残っていないため、光弾が命中するごとに彼らの外装が砕け散っていく。テイジはマリを身を挺して庇い、彼女の道を切り開いた。マリはテイジの意図を察し、全力で前を目指して走った。


「な、なんだと・・・!?」


 人間離れした速度で一気に間合いを詰めたマリに、老人が驚きの声を上げる。マリは残った力を振り絞って老人へ一撃を叩きこんだ。


「くけええええええぇ!!」


 甲高い老人の断末魔が響く。彼女の渾身の蹴りをまともに受け、木の葉のように弾け飛ぶ老人。激しく地面に叩きつけられたことでその首は折れ、手足があらぬ方へねじ曲がった。


 同時に、一撃を加えたマリと、彼女を守っていたテイジも、崩れ落ちるようにその場に倒れた。






 直後に兵士たちの攻撃が一斉に止んだ。動きを止めた兵士たちは人形のように固まっている。花村を押さえている二人もそのままだ。


「やったか!?」


 エイスケの言葉に、女騎士たちは油断なく周囲を見回した。


「まだ呪詛の気配は消えていませんが・・・今はアヤメ殿と博士の治療を優先しましょう。」


 防御魔法《白銀の守り》を解いた女騎士たちがアヤメと博士のもとに駆け寄っていく。彼女たちは二人の体に手を添えると、祈りの言葉を唱え始めた。


 回復魔法によりアヤメの傷が塞がっていく。細いながらも規則的な呼吸音を確認し、エイスケはホッと胸を撫でおろした。


 博士は柔らかい地面に強く叩きつけられたことで全身に傷を負っていた。女騎士たちは博士の小さな体を抱え上げると、アヤメの倒れている場所まで運んだ。そして手分けして周囲を警戒しながら、癒しの祈りを唱えた。それにより、まだ意識は戻っていないものの、二人は一命を取り留めた。


 難しい治療を終えた女騎士たちの疲労は、目に見えて分かるほどだった。昨夜からエイスケたちを守って戦い続け、さらに癒しの技を複数回にわたって使ったことで、彼女たちの魔力は底を付いていた。






 二人の治療がちょうどう終わった頃、ようやくマリとテイジも体を起こした。彼らはぎこちない動きでゆっくりと立ち上がると、エイスケたちの方へ向かって歩き始めた。


「おお、やったな! さすがだぜ阿久猫! 鬼留!」


 嬉しそうに駆け寄ろうとするエイスケ。しかし、その手を弱り切った女騎士がさっと掴んだ。


「いけません、この二人は・・・!!」


 その言葉が終らないうちに、マリは彼らに向かって右手をかざした。その手から白い糸のようなものが発せられ、女騎士とエイスケたちに絡みつく。


「くそ!! なんだ・・・力が・・抜けて・・。」


 その場に倒れるエイスケと女騎士たち。女騎士たちは完全に意識を失ってピクリとも動かない。


 エイスケは歯を食いしばって、襲い来る激しい脱力感と闘った。体に絡みついた糸に力を奪われているような感覚があった。


 その時、少し離れた場所に老人が、そのねじくれた身体を不格好に引き攣らせながら、ゆっくりと立ち上がった。






 老人は倒れ伏したエイスケに近寄ると、見下すような口調で言った。


「ひひひ、呪奪糸の効果が薄いと思ったら、碌な魔力も持っていないクズでしたか。」


 その姿を間近で見たエイスケは、驚きに目を見張った。


「お前、その体・・・人形か!!」


 老人は愉快そうに気味の悪い声で笑った。


「ああ、これは失敬。この私自身が人形でないとは言っていませんでしたねぇ。」


 ぎりっと歯を食いしばったエイスケに顔を近づけ、老人の人形は彼を嘲笑った。


「最初にちゃんと名乗りましたよ、私は『傀儡師』だとね。それに気づかず、厄介な聖職者どもを排除する私の策にまんまと嵌ってくれましたねぇ。」


 老人の人形はそう言うと、エイスケの額にその枯れ枝のような指を向けた。






「他の者はいい人形になりそうですが・・・あなたはいりませんねえ。さあ、この者を殺してしまいなさい。」


 老人がマリに命じると、彼女はゆっくりとした動きでエイスケに近づいた。マリは兵士たちと同じように、老人に操られているようだ。


 人間離れしたマリの身体能力であれば、たとえ魔力がなくとも人間の命を奪うことは容易い。このままでは、身動きできないままマリに殺されてしまう。


 しかし、その顔を見上げたエイスケは、自分の危機も忘れて思わず叫んだ。






「阿久猫、お前・・・!」


「マル・・ちゃん・・・!」


 マリの両目からは血の色をした涙が溢れていた。マリは固い動きで歩みを止めると、ゆっくりと後ろへ下がり始めた。


「ほう、精神力だけで私の術に抗うとは驚きです。やはりあなたはいい人形になりそうだ。」


 老人は嬉しそうにそう言うと、マリの体にそっと手を当てた。途端に彼女はぶるりと体を震わせ、小さな悲鳴を上げた。


「おお、これはすごい! ここまで抵抗するとは驚きです。まずはあなたの心を砕く必要がありそうですねぇ。」


 そう言って何かを呟くと、マリに添えていた老人の右手が不気味な緑色の光を帯び始めた。マリは苦悶の声を上げながらゆっくりと前進し、エイスケの頭に向けて拳を振りかざした。






「さあ、早くその拳を振り下ろすのです。自分の手で仲間を殺すことで、あなたの心は完全に打ち砕かれるでしょう。」


 マリは体をぶるぶると震わせた。


「マ、マリちゃん!」


 それまで直立不動だったテイジが歯をむき出しにして一歩を踏み出し、マリに向かって虚空へ手を伸ばした。テイジは術の拘束に抵抗し、一歩また一歩と足を踏み出した。しかしそれが限界だった。


 老人がさっと手を振り上げると、テイジは白目を剝いて気を失った。


「あなたはこの娘の後ですよ。そうですねえ。あなたには、あの亜人でも殺させることにしますかね。ひひひ、今日はいい日です。素敵な人形がたくさん手に入りました!」


 老人はそう言うと、再びマリに向かって手をかざした。老人の手から発せられる光が濃くなるにつれ、マリの体の震えが酷くなっていく。






 マリは体を震わせながら、拳を固く握りしめた。老人の術に抵抗するために噛んだ唇から血が溢れ、細い顎を伝ってぽたりと地面に落ちた。


「マルちゃん・・・!!」


 血の涙を流しながらマリが呻く。エイスケは力の抜けた身体を精一杯動かし、抵抗を試みた。


「くそっ!! こんなところで死んでたまるか! 何とかしねえと、阿久猫が、鬼留が・・・!!」


 エイスケは声を上げ、不自由な体をもぞもぞと動かした。それを見た老人は歪んだ声で笑った。






「ひひひ、無様な虫けらそのものですねえ。実に、実に愉快です。さあ、もっとあがいてみせ・・・何だ!?」


 しかし老人の愉悦の言葉は、驚きの叫びへと変わった。高速艇と共に落下した白い球体が突然発光し、昇り始めた朝日を上回るほどの白い光が戦場を包んだのだ。


 強烈な光を避けようとエイスケは咄嗟に目を瞑った。しかし、その直後に響いたどさりという音ですぐに目を開いた。


「体が動く!? おい、阿久猫! しっかりしろ!!」


 どさりという音はマリが倒れた音だった。エイスケはすぐに体を起こすと、自分の目の前に崩れ落ちるように倒れている彼女の体を揺さぶった。


 周囲を見れば、老人の人形はおろか、操られていた兵士たちも全員がその場に倒れている。まともに立って動いているのはエイスケだけだった。





 エイスケはハッとして球体の方を見た。しかしそこに在ったのは、すでに球体ではなかった。


「お前・・新道・・・か?」


 消えた球体と入れ替わるようにその場に立っていたのは、第222分隊長の新道カナメだった。しかし、その姿はエイスケの知っている彼とは大きく異なっていた。


 彼は自分の体を軽く眺めた後、エイスケに向き直って言った。


「遅くなってごめん。でも、もう大丈夫。」


 カナメは静かな口調でそう言うと、まっすぐに顔を上げて言った。


「あとは全部、僕に任せて。」

読んでくださった方、ありがとうございました。

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