51 湿原の戦い 後編
春めいてきましたね。花粉が。
「隊長! ご無事でしたか!」
指揮所に戻ってきた花村を見て、居残っていた副長と通信兵は安堵の声を上げた。花村は小さく頷いてそれに応じると、すぐに副長へ問いかけた。
「隊員の収容状況は?」
「半分以上はコンテナ艇内に避難できました。ですが気を失っている隊員も多く、作業は難航しています。」
副長の返答に花村は思わず眉を顰めた。花村はここに来るまでの間、強化外装を魔力で強化することで弾丸魚たちの攻撃を避けることができていた。
強化外装は魔力伝導率の高い精霊樹の樹脂で作られている。そのため、強い魔力を持つ者は体内の魔力を活性化させることで、外装の防御力を一時的に引き上げることができるのだ。
だが『長月』隊員のほとんどは元々衛士として街中の警備に当たっていた者たち。訓練によってある程度の対人格闘はこなせるものの、魔獣と闘えるほどの魔力はなく、その訓練も受けていない。
彼らには弾丸魚の攻撃を防ぐほどの魔力はない。直撃すれば重傷は免れないだろう。即死する可能性もある。弾丸魚を避けるため、体を低くした状態で全員を収容するには、まだ相当の時間がかかる。
今後のことについて思案し始めた花村に、通信兵がたまりかねた様に話しかけた。
「隊長、あの光る魚は何なんですか?」
「この辺りに住む固有種らしい。皇国軍の連中はあいつらのことをよく知っているそうだ。」
皮肉を込めた自嘲を浮かべながら花村がそう言うと、副長は困惑した表情を見せた。
「指令書の事前情報には何も記載されていません。」
花村は副長の目を見て大きく頷いてみせた。それは花村も承知していることだからだ。都市で活動する長月部隊が、不慣れな場所での作戦に駆り出されることを知り、花村は副長と共に事前情報を何度も確認していた。だが何度思い出してみても、弾丸魚の危険性について触れられた記述はなかった。
単純なミスなのか、それとも意図的に隠されていたのかは分からない。だが今はそれを議論する時ではない。
花村はそう思い、不安げな副長を安心させるために、敢えて冗談めかした口調で言葉をかけた。
「知らなかったのだから、照明弾を打ち上げた隊員も責められんな。」
すると副長と通信兵はすぐに顔を見合わせた。怪訝な表情を浮かべる花村に、言いにくそうな口調で副長は答えた。
「それが・・・打ち上げた隊員が特定できていないんです。」
「何?」
照明弾が打ち上げられ魔獣が出現した直後、副長は照明弾を打ち上げた隊員について調査し、隊員への注意喚起を行っていた。もちろん、また同じことが繰り返されるのを防ぐためだ。しかし、照明弾を撃った隊員は見つからなかった。
副長は、今回の作戦の装備品リストに照明弾が含まれていないことも確認していた。つまり、照明弾を打ち上げたのは長月部隊の者ではないということになる。
副長と通信兵は、捕縛対象である犯罪者たちを疑っているようだった。しかし、花村自身はそれはないだろうと確信を持っていた。
魔獣出現時のアヤメの反応は、明らかに想定外の事態が起こった時のものだったからだ。
もちろん、演技の可能性もある。だが、彼女が敢えてあそこで演技をしてみせる理由が思い当たらない。
一体、何が起こっているんだ?
花村の胸にその疑念と、嫌な予感が湧き上がる。この作戦ははじめからおかしいことだらけだ。
だがその疑念を不安がる部下たちに悟られるわけにはいかない。彼は努めて冷静に、副長へ指示を出した。
「ともかく収容を急がせろ。こうなった以上作戦の継続は困難・・・。」
だがその言葉は、暗視装置で戦場の様子を確認していた通信兵の叫びによって中断された。
「あ、あれは!?」
花村と副長はすぐに暗視装置を手に取った。
「地面が押し寄せてくる!?」
副長がそう叫んだ通り、戦場の東、陸地側の地面が大きく盛り上がり、戦場を取り囲むコンテナ艇に迫ろうとしていた。その規模は戦場をすっぽりと覆い隠すほどに大きい。まるで音のない津波のようだった。
花村の脳裏に「もっと厄介なものが来る」というアヤメの言葉が蘇る。彼女が言っていたのはこのことだったのか?
コンテナ艇の内側にいる隊員たちは、まだ迫りくる脅威に気づいていない。墨を流したような暗闇の中にいる上、上空を漂う弾丸魚に気を取られているからだ。
花村はすぐに通信兵に、部隊全員への警告を出すよう指示した。しかしこの状況下で、どれだけの隊員が迫りくる危険に対処できるのか。
そもそも、あの津波のようなものの正体すら分かっていないのだ。花村は暗視装置を握る手に力を込めた。
今の彼に出来るのは、祈るような気持ちで部下たちの安否を見守ることだけだった。
指揮所からの連絡を受けだ直後、兵士たちは自らの足元へゆっくりと迫ってくる存在にようやく気が付いた。
「なんだ!?」
その巨大な粘体は、ゆっくりと波が広がるように戦場へと押し寄せてきた。そして兵士たちの足に触れた途端、粘体は突然兵士たちの体に絡みつき、彼らを地面に引き倒した。
「うわっ、た、助けてくれ!!」
仲間の声に気づいて、姿勢を低くしたまま兵士たちが粘体へ光弾銃を撃ち込む。光弾を受けた粘体は一瞬、怯んだように動きを止めた。しかし、すぐにまた動き出すと、今度は光弾を放った兵士たちに次々と襲い掛かった。
飲み込まれた兵士たちは粘体から逃れようと必死になったが、波のように押し寄せてくる粘体から逃れることはできなかった。
飲み込まれた直後、兵士たちの外装が激しい警告音を発し始めた。
「不味い、外装が溶かされてる!!」
「こいつ、俺たちを包もうとしてる! このままじゃ息が・・・!!」
兵士たちをすっぽりと包み込んだ粘体は、分泌する消化液で彼らの外装を溶かし、通気口から外装内に侵入しようとしている。強化樹脂製の外装を溶かすほどの粘体に、生身の人体が触れたらどうなるのか。
生きながら溶かされる自らの未来を思い描き、兵士たちは死に物狂いで抵抗する。しかし、次々と押し寄せてくる粘体から逃れることはできなかった。
「とりゃああああ!!!」
兵士たちが絶望に打ちひしがれたその時、上空から舞い降りた何者かが、魔力光を帯びた一撃を粘体に炸裂させた。湿地が大きく窪むほどの激しい衝撃によって粘体は吹き飛ばされ、魔力に焼かれて散り散りになった。
解放された兵士たちは自らを救ってくれた皇国軍兵士、マリの姿を呆然と見上げた。
一撃を放ったマリめがけて弾丸魚が突進してくる。しかし彼女は魔力で外装を強化してその攻撃を防いだ。弾丸魚たちは硬質な音と共に跳ね返され、地面に突き刺さって絶命した。
「お、お前は・・・!!」
「こいつらはあたしたちが引き付ける!! 早く逃げて!!」
驚きから回復して声を上げた兵士たちに、マリは大きく叫んで身を翻した。彼女は自らに降り注ぐ弾丸魚たちをものともせず、囚われている別の兵士を救うために再び粘体に攻撃を加えた。
マリを追うように、上空の高速艇からテイジが戦場へ降り立つ。彼の手には巨大な強化樹脂製の方形盾が握られていた。
「はあああああっ!!」
テイジが裂帛の気合と共に魔力を盾に注ぎ込むと、構えた盾から青白い魔力光が発せられた。周囲の弾丸魚が一斉にテイジに集まり始める。
弾丸魚たちはテイジの盾めがけて突進した。だが、盾に触れた途端、魚たちはその身を爆裂させて粉々に弾け飛んだ。彼の張った攻性防壁の効果だ。
「立て! 走れ!」
テイジの声に打たれた兵士たちはすぐに立ち上がると、倒れたままの仲間たちを連れてその場から撤退を始めた。弾丸魚たちは逃げていく兵士ではなく、まばゆい魔力光を放つテイジの盾に引き寄せられている。
周辺の兵士たちがすべてその場からいなくなるまで、彼は不動の構えでその場に立ち続けた。
しばらく後、荒い息を吐きながらマリが彼のもとへ戻ってきた。連続で魔力攻撃を行ったことで、彼女の体は獣人化が進行し始めている。
「テイジ、やれそう?」
「あと10分くらいは。」
二人は互いに短いやり取りで状況を確認し合い、頭部外装のシールド越しに笑みを交わした。
「分かった! じゃあ、あいつはあたしに任せて!!」
次第に戦場を漂う青白い光が無くなりつつある中、マリは押し寄せてくる粘体に向かって大きく声を上げた。
「さあ来い、泥沼の粘体!」
泥沼の粘体はその名の通り、沼地の泥の中に生息する粘体族の一種だ。普段は泥の中に潜み、哀れな獲物が自らの罠に足を踏み込むのをじっと待っている。
飲み込まれた生き物は、絡みついてきた彼らによって窒息死させられる。万が一、窒息を免れたとしても、その強力な消化液によって生きながら溶かされることになるのだ。彼らの消化液は金属と植物以外のものなら何でも溶かしてしまう。人間の成人なら10分と掛からず完全に消え去るほどだ。
彼らは粘体ゆえ、一切の物理攻撃を受け付けない。唯一の例外は魔力を帯びた打撃だけだ。魔力の生み出す衝撃に触れると、彼らは体の形を保てなくなり消滅してしまう。
粘体の大きさは様々で、爪の先程しかない小さなものから、建物ほど大きさのものまで存在する。また、粘体同士が接触すると融合する性質があるため、生存する期間が長ければ長いほど巨大となっていく。中でも、この熊本湿原に生息する粘体は超巨大なことで知られており『陸津波』の異名を持つほどだ。
もっとも、それほど巨大であっても粘体としての性質は変わらないため、積極的に動いて人を襲うことはない。またその巨体ゆえに動きも非常に緩慢で、人がゆっくり歩く程度の速度しかないため、魔獣としての危険度は比較的低い。
ただ、弾丸魚の群れが現れた時だけは話が違う。強い大地の魔素を帯びた彼らは、弾丸魚の天敵なのだ。弾丸魚の突撃攻撃も、粘体には効果がない。熊本湿原では、弾丸魚が大規模な群れをつくると、必ずその直後に沼地の粘体が出現する。
粘体の目当ては、弾丸魚が狩った獲物の残骸だ。粘体は知能を持たない原生魔獣だが、弾丸魚が出現した後には必ず、美味しいご馳走にありつけることが分かっているらしい。その性質から、植物以外のすべての生き物を喰らい尽くす彼らは、皇国軍兵士の間で『沼地の掃除屋』と呼ばれている。
マリは巨大な粘体めがけて、魔力を帯びた一撃を叩きこむ。粘体はぶるんと体を震わせると、マリの周囲に集まり始めた。美味しいご馳走を邪魔する彼女を排除するつもりのようだ。
粘体の急所は、彼らの体のどこかに隠された魔石だ。粘体は魔法生物であり、核となっている魔石を体内から除去することで殺すことができる。破壊してもいいが、その場合は魔石を完全に消滅させない限り、残った魔石の欠片を核として粘体が分裂してしまうのだ。
魔力感知に優れた猫人族のマリであっても、巨大な粘体の核の位置を特定するのは容易ではなかった。粘体は急所である核を自由に動かすことができる。おそらく外敵から身を守るため、核は体の奥へと遠ざけているはずだ。
「頼んだよ、マルちゃん。」
そう小さく呟いた後、マリは迫りくる粘体に向けて再び魔力を炸裂させたのだった。
マリたちが戦っている戦場の東側から少し離れた場所では、兵士たちが姿勢を低くしたまま必死に、動けないでいる仲間の救助活動に当たっていた。テイジの活躍と沼地の粘体の出現によって、周囲を漂っていた青白い光はほとんどなくなっている。
そんな油断と焦りからか、一人の兵士が仲間を抱えて立ち上がってしまった。兵士はハッとしてすぐに身を伏せたが時すでに遅し。
残っていた弾丸魚たちが、立ち上がった兵士に向け突進していく。周囲でその様子を見ていた仲間の兵士たちは、弾丸魚に撃ち抜かれる仲間の姿から思わず目を逸らした。
しかしその直後、その兵士の居る場所から響いた澄んだ金属音に驚き、彼らは顔を上げた。呆然と立ちすくんだ兵士の周囲には、白銀の光を放つ半透明の防壁が生じ、襲い掛かる弾丸魚たちをすべて跳ね返していた。
「こ、これは防御魔法!?」
驚く兵士たちのもとにゆっくりと足取りで現れたのは、白銀に輝く胸当てを身に着けた女騎士たちだった。左手に小丸盾を持ち、右手で聖印を掲げた彼女たちは、その場に伏した兵士たちへ力強く語り掛けた。
「私たちの《白銀の祈り》です。祈りの効果が続いているうちに早く!」
「さあ、こちらです。」
防御魔法で兵士たちを守りながら、彼女たちは避難する兵士たちの誘導を始めた。傷ついた者には外装を解除させ、その場で魔法を使って傷を癒していく。
「なんで、俺たちを・・・?」
呆然と尋ねた兵士たちに向かって、女騎士たちは胸に手を当てて小さく微笑んだ。
「魔獣が溢れる世界で、我々弱き者同士が争う意味はありません。救済と連帯こそが我らの教え。すべては聖女様のお導きです。」
一幅の絵のように美しい祈りの姿。褐色の肌をした女騎士の横顔を、兵士たちは陶然と見つめていた。
ちょうどその頃、女騎士たちがいる場所とは逆の戦場の南側では、アヤメが鋭い拳で粘体を爆裂させていた。彼女が拳を振るうたびに、大きく地面が抉れていく。その規模はマリの打撃の倍以上だった。
「粘体の側にいれば弾丸魚に襲われることはないが・・・さすがにこの大きさではキリがないな。このまま偶然にでも、核が見つかればいいが・・・。」
ただその可能性が極めて低いことを彼女自身が分かっていた。粘体は本能的に、攻撃力の高い彼女から核を引き離そうとするはずだからだ。彼女が行っている攻撃は、粘体の体内にある核を追い込むためのものだった。
「止めを刺すのは阿久猫か鬼留に任せるしかない。それまでに二人の魔力が尽きなければだが・・・。」
魔獣を討伐すると決めた以上、勝算がないわけではなかった。ただこれまでの出来事を含め、今回の遠征には不確定や想定外の事態が多すぎる。彼女は自身の胸に浮かんだ迷いを振り払うかのように魔力を高め、幾度目かの粘体を爆裂させる一撃を叩きこんだ。
上空に待機した高速艇の窓から、カナ博士は手にした魔力光弾銃を放っていた。上空から見ると、押し寄せる粘体の圧力が最も強いのはマリたちの居る東側だ。彼女はマリとテイジを背後から援護しつつ、操縦席の端末を操作するエイスケを振り返った。
「エイスケ氏、まだですか?」
「今はまだ、データを集めてる段階だ! もう少し待ってくれ!」
戦闘用魔導機とは違い、兵員輸送用のこの高速艇には碌な解析装置が備わっていない。カナ博士が魔改造しているとはいっても、粘体のデータを集めるだけでかなりの時間がかかっていた。
じりじりと焦りながら端末を操作するエイスケは、次々とモニターを流れていく数字を睨みながら思わず叫んだ。
「小桜、この解析を・・・!」
彼はいつものように顔を上げて後ろを振り返りかけたが、そこに誰もいないことに気が付いてぐっと奥歯を噛み締めた。
「・・・くそっ!」
小さく毒づいて彼は再び数字に意識を集中させた。そうすることで彼は、溢れそうになった塩辛い液体を必死に飲み下していた。
エイスケが孤独な戦いを続けているのとちょうど同じとき、彼と同様にずっとモニターを見続けていた長月部隊の通信兵がようやく顔を上げた。
「隊長、全員の収容が完了しました!」
「被害の状況は?」
嬉しそうな声で報告する通信兵と副長に、花村は短く問いかけた。
「重傷者はいません。ですが2台のコンテナ艇が弾丸魚に機関部をやられ、浮上できない状態です。」
「粘体の消化液による被害もありますが、今のところ軽微です。」
花村は心の裡で大きく安堵の息を吐いた。そして暗視装置越しに見えるマリたちの戦いの様子を確認してから、彼は通信兵に命令を下した。
「このまま待機して朝を待つ。俺たちに出来ることはもう無い。自分の身は自分で守るよう、隊員たちに伝令してくれ。せめて彼らの足を引っ張らないようにな。」
「了解しました!」
若い通信兵が、明るい声で隊長の言葉を隊員たちに伝令する。その声を聞きながら花村は、胸の奥から湧き上がる嫌な予感を拭えずにいた。
それは小さな違和感のようなものだ。しかし、彼のこれまでの戦いの経験が、それを無視するなと警鐘を鳴らし続けている。
その正体を見極めようとするかのように、彼は再び闇に包まれつつある戦場をじっと睨みつけた。
戦場からはすでに青い光が消えていた。泥沼の粘体の放つ強い大地の魔素によって弾丸魚たちが逃げ去ったためだ。
魚たちがいなくなったことでテイジは盾を捨て、背中のユニットに仕込んだ金棒を取り出した。彼はそれを大きく振り回し、粘体を次々と爆散させていく。
攻性防壁を張り続けたせいで、体内の魔力は残り少ない。だがそれでも、彼は金棒を振るい続けた。
そしてもう何度金棒を振ったのか、彼自身も分からなくなった頃、ようやく待ちに待った通信が彼のもとに届いた。
「(核を見つけたぞ! 今、位置データ送る!!)」
エイスケの言葉が終らないうちに、彼の視界へ周辺の見取り図が送られてきた。小さな光点で示された核の位置は、マリとテイジの居る場所のすぐ側だった。アヤメの居る側とはちょうど反対側。彼らの予想通り、粘体はアヤメの攻撃を避けようとして核を移動させている。
こうしている間も、光点はゆっくりと動いていた。急所である核を捉えられないようにしているのだ。人間が走る程度の速度だが、巨大な粘体の中に潜り込まれたら面倒なことになる。粘体はテイジよりもマリの方へ核を移動させつつあった。
二人の外装の通信装置からアヤメの声が響く。
「(阿久猫、行けるか?)」
「(行けます!)」
荒い息と共に、マリは答えた。テイジはマリの背後を守るように移動しながら、光点をマリの方へと誘導するよう攻撃を加えた。
自分から光点が遠ざかる様子を確認した彼は、マリに語り掛けた。
「マリちゃん、平気?」
「さすがに・・・キツイ。でも・・・あと少しだから!」
マリはテイジに守られながら、荒い呼吸を整えた。そして残った魔力を振り絞ると、粘体の核めがけてまっすぐに突っ込んでいった。
粘体は核を守ろうと、マリへ向かって殺到した。拳に魔力を集めていたせいで、防御が薄くなった彼女に粘体が一気に押し寄せる。
「くっ、周りを!!」
「危ない!!」
粘体に押しつぶされそうになったマリを見て、テイジは思わず声を上げた。しかし、粘体の奥へと向かったマリの居る場所には手が届かない。
粘体はマリの体を包み、たちまち彼女の動きを拘束し始めた。
その時、背後から飛んできた光弾が、マリの体に絡みついていた粘体を吹き飛ばした。ハッとして振り返った視線の先にいたのは、携行型魔力砲を手にした兵士たちだった。陣形を整えた彼らは、一糸乱れぬ動きで次々と光弾を放ち、マリに押し寄せる粘体を攻撃していった。
「ありがとう!!」
そう大きく声を上げたマリに、兵士たちは無言で手を上げて応えた。彼らの援護射撃によって、マリは大きく前進することができた。
「見つけた!!」
光に敏感な猫人族の目が、泥の中に光る僅かな光を捉える。彼女の目には、大きめの林檎ほどもある金色の美しい結晶がはっきりと見えた。
奥へ消えようとする結晶を追って、彼女は粘体に飛び込んだ。残った魔力を振り絞り、体を締め上げようとする粘体を振りほどくと、彼女は右手で結晶を掴み、粘体の中から外へと引きずり出した。
次の瞬間、戦場を覆っていた巨大な粘体はぶるりと大きく体を震わせた。
「粘体が、消えていくぞ!!」
粘体がぐずぐずに崩れて、地面に広がっていく様を目の当たりにして、兵士たちから歓声が上がる。結晶を掴んだまま、崩れ落ちるように倒れたマリにテイジが駆け寄っていく。
「マリちゃん!」
マリは返事をしなかった。顔面は蒼白で呼吸も浅い。魔力を使い果たしたことで意識を失ったのだ。
状況を察した女騎士たちがすぐにマリのもとへ駆けつけ、回復魔法を使う。青白かった頬に僅かに赤みが差し始め、彼女はゆっくりと目を開けた。その様子を見て、兵士たちは再び歓声を上げた。
すでに東の空が白み始めている。空中に静止した高速艇からエイスケが降下梯子を滑り降り、仲間たちに駆け寄っていく。彼の目は血走り、大きな隈がはっきりと出来ていた。
アヤメが駆け付け全員の無事を確認したところで、長月部隊隊長の花村がゆっくりと彼らに歩み寄ってきた。彼の背後には副官と記録用の端末を持った通信兵が続く。
周囲のコンテナ艇に避難していた兵士たちが固唾を飲んで見守る中、生徒たちを守るように彼の前へ立ったアヤメへ、花村が言葉をかけた。
「お前たちは俺たちが捕らえるべき犯罪者だ。」
アヤメと花村以外の全員が、ハッと息を詰める。張り詰めた緊張感の中、花村は言葉を続けた。
「だがそれと、今回俺たちを救ってくれたこととは別の話だ。本当に感謝している。ありがとう。」
花村は深々と頭を下げた。それを見た兵士たちは、弾かれたようにアヤメたちに頭を下げ始めた。頭を上げた花村に、アヤメは問いかけた。
「私たちを逮捕しなくていいのか?」
「今は、残念ながらな。この状況ではこれ以上の作戦行動は不可能だ。だが次は絶対に捕まえてやる。」
ニヤリと笑い合う花村とアヤメ。それを見た兵士たちは大きく拍手をし、口々に感謝の言葉を贈る。中には、照れた顔で周りを見回すマリに、笑顔で手を振ってくれる兵士もいた。
「では、また会おう。次はもっと別の形で会えること期待している。」
「ああ、俺もだ。」
アヤメはそう言い、生徒たちへ高速艇へ乗るよう促すために後ろを振り返った。しかし、彼女はすぐにその身を翻し、花村に向かって突進していった。
「危ない!!」
花村を庇うように飛び出したアヤメの背中に光弾が炸裂する。花村と共に吹きとばされるアヤメ。
湿った地面の上を何度も跳ね返りながら転がった彼女の外装は、粉々に砕け散った。外装の下に着た格闘服が露になる。背中にできた大きな傷から、恐ろしい勢いで血が吹き上がっていく。
同時に空中に待機していた高速艇にも光弾が命中した。高速艇はぐらりと傾き、球体と共に地面へ落下する。アヤメたちがいる場所と兵士たちの居るコンテナ艇の、ちょうど中間あたりに落ちた高速艇の操縦席から、カナ博士が投げ出され、地面に叩きつけられて気を失った。
光弾を放ったのは、さっきまで拍手をしていた兵士たちだった。その手にはマリを援護するために使っていた携行型魔力砲が握られている。彼らの目には光がなく、人形のように無表情。明るい顔でマリへ感謝を伝えていた時とは、まるで別人のようだった。
動揺するエイスケたちとは違い、さっきまで穏やかな表情をしていた兵士たちも同様。彼らは人形のようにその場に立ったまま、咳き一つ漏らさない。
アヤメと共に弾き飛ばされた花村は、その場ですぐに立ち上がろうとした。しかし、そんな彼を副長と通信兵が地面に抑え込んだ。人間とは思えないほどの凄まじい怪力を発する二人によって、彼は完全に動きを封じられた。
彼は二人に呼び掛けたが、目から光を無くした彼らは敬愛する隊長の声にも全く反応を占めさなかった。
そんな中、戦場に耳障りな甲高い老人の笑い声が響き渡った。
「困りますねぇ、犯罪者と馴れ合うようでは。そんなことだから、あなた方は用済みと判定されてしまうのですよ。」
笑い声の主は、浮上できなくなったコンテナ艇の上に立った小さな人影だった。昇り始めた朝日を背にしたその小柄な老人は、大きな袖で口元を隠したまま、再び笑い始めた。
「ビャクドウ! 貴様の仕業か!」
花村は地面に抑え込まれたまま、老人に向かって叫んだ。しかし、ビャクドウと呼ばれたその老人はその問いに答えなかった。
老人は虫けらを見るような冷たい目で花村をじっと見降ろした。その醜い顔は、歪な笑みによってより一層、見るに堪えないものになっている。その様子はまるで、箱庭の中の玩具を眺める、残酷で邪悪な子供のようだった。
読んでくださった方、ありがとうございました。




