48 作戦
説明回なので少し短めです。読まなくてもあんまり影響ないかもです。
包囲を脱出したエイスケたちは、湿原の中に点在する茂みの一つに高速浮遊艇を隠し、今後のことを話し合っていた。
「これが新道?」
浮遊艇内の小さなスクリーンに映し出された白い球体の画像を見て、エイスケが驚きの声を上げる。それに小さく頷いて応じたのは、画像の撮影者である笹崎教官だった。
「ああ、間違いない。どうしてそんなことになったのかは、私にもさっぱりだがな。」
その場にいた全員が、再び画像に目を向ける。直径2mほどの白い球体は、言われてみれば『白鷹』の機体と同じ輝きを放っているように見えた。戸惑いながらも皆が得心した様子なのを確認した後、教官は徐に口を開いた。
「奴らの狙いは新道だ。今のうちに取り返さなくては、おそらく今後は手出しができなくなる。」
「それは何となく理解できますけど・・・そもそもあの連中は何者なんですか?」
エイスケの問いかけに教官は眉を小さく寄せ、口を噤んだ。だがすぐに顔を上げ「こうなった以上、お前たちも知っておいた方がいいだろう」と言って、エイスケたちに正面から向き合った。
「確証はないが、刑部省直轄の隠密即応部隊だろう。」
その言葉に慄くエイスケの肩を、マリはトントンと軽く叩いた。
「ねえマルちゃん、刑部省ってなんだっけ?」
エイスケは一瞬何かを言いかけたが、すぐに小さく息を吐いた。
「街にいる衛士なんかを統括してる役所だよ。魔獣と闘う兵部省管轄とは違って、城砦の犯罪を取り締まるのが主な仕事だな。」
「あー、そういえばなんか、あの連中もあたしたちを追っかけてるとき、そんなこと言ってたね。『待て、犯罪者ども!』とかって・・・。でもあたしたち、何にも悪いことしてないよ?」
マリはそう言って、ちらりと教官に目を向けた。教官は大きく頷くと、眼前の生徒たちに言い聞かせるように、ゆっくりと話し始めた。
「私たちには国家転覆企図の容疑がかけられているようだ。博士たち始まりの大地人と共謀して、皇国に害する計画を立てていると疑われているようだな。」
「え、そうなの?」
マリが驚いて博士と女騎士たちを見る。その視線を受けた博士は、苦笑いしながら手を小さく頭を振った。
「私たちはそんなつもりは毛頭ありませんよ。私たちの目的はこの世界にいるクロウェ殿を連れ帰ることです。」
「てことはつまり・・・あの連中の狙いは新道を始まりの大地に行かせないことか!」
エイスケの言葉を受け、博士は小さな牙を口元から覗かせながら、嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「正確にはカナメ氏の中にいるクロウェ殿を、ですけどね。このままではカナメ氏の命は間違いなく失われるでしょう。」
「なんで!?」
マリがぎょっとした様子で叫ぶのを、博士が宥めるように小さく手を動かす。そして、「私がもし彼らの立場だと仮定しての話ですよ」と前置きしてから話し始めた。
「私ならクロウェ殿を手に入れるためなら、手段を選びません。たとえカナメ氏の体を隅々まで切り刻んででも、無理矢理クロウェ氏を引きずり出すでしょう。」
そこで博士は一度言葉を切り、笑いながら小さく付け足した。
「もちろん私はそんなことはしませんよ。安心してください。」
マリは少し微妙な表情を浮かべたまま、曖昧に頷く。そして気持ちを切り替えるかのように、エイスケに問いかけた。
「でもさあ、犯罪を取り締まる役所が、なんでそんなことに手を貸してんの?」
むっつりしたまま何も答えないエイスケに代わり、教官が口を開いた。
「あの即応部隊は、詳しい事情を知らないようだった。きっと奴らも上からの命令で動いているだけだろう。」
教官の言葉に、マリはうんうんと頭を捻った。
「上ってことは・・・えーっと、刑部司ってこと?」
刑部司は各地方の衛士たちをまとめる地方行政官だ。九州地方を担当する刑部司は、大宰府城砦に駐在している。
マリの言葉に、それまでずっと黙って考えていた様子のエイスケがやっと口を開いた。
「定期輸送艇を丸ごと作戦のために偽装したんだから、もっともっと上だろう。おそらく中央の刑部卿・・・いや、違うな。」
エイスケはハッとした表情で言葉を切り、教官に目を向けた。
「奴ら、『白鷹』を撃墜するのに、『紅隼』を使ってましたよね? 刑部大臣の一存だけで、管轄違いの皇国軍機を動かせるはずがない。てことは・・・。」
たちまち顔色を変えて言葉を失うエイスケ。教官は彼に向かって静かに頷いた。
「私もお前を同じ考えだ。新道を狙っているのは太政官、春日宮ユリヒト殿下。おそらく兵部卿に知られぬよう、太政官の息のかかった『紅隼』乗りを使って、私たちを撃墜させたのだろう。」
エイスケはますます顔色を悪くして、ぐったりと浮遊艇の座席に体を沈めた。
「マジかよ。直宮家・・・今上帝の叔父上様が相手じゃ、俺たちにはもう勝ち目がないんじゃ・・・。」
途方に暮れたエイスケの肩を、マリはパシンと音高くひっぱたいた。
「何言ってんの、マルちゃん! それじゃ、カナメっちをあのまま渡していいわけ?」
その場にいる全員がエイスケの顔を覗き込む。その視線を受けたエイスケは、大きく息を吐いて体を起こし、自棄気味に叫んだ。
「あああ、くそっ! 分かったよ! 『毒喰らわば皿まで』だ。どこまでも行ってやるよ!!」
それを聞いた博士が突然、くすくす笑いだした。驚いて注目する皆に、博士は少し恥ずかしそうに謝った。
「ごめんなさい。闇小鬼族にも同じ意味で、全く同じ表現があるんです。何だかそれが不思議で。」
「へー! そうなんだー! なんか親近感あるね!」
「世界は違っても、考えることはおんなじってことなのかもな。」
マリとエイスケの言葉にうんうんと頷くテイジ。4人が目を合わせて表情を緩めたのを見て教官は大きく頷き、パチンと手を打ち合わせた。
「よし。では新道奪還作戦を練っていこう。」
その後、彼らはカナメの奪還作戦を検討しはじめた。地図に表示されたタイムスケジュールとタスク表を見比べながら、エイスケは大きくため息を吐いた。
「ああ、こんな時に、小桜がいてくれりゃあ心強いんだがな。」
「そういえば教官、ホノちゃんもあの連中に捕まってるんですか?」
マリの問いかけに、教官は一瞬視線を逸らしかけた。彼女の脳裏に過ったのは、探索中に見つけた焼け爛れた脱出カプセル。だが頭を僅かに振ることでそれを振り払い、彼女は努めて冷静にマリの問いかけに答えた。
「それは・・・不明だ。だがいずれ分かるだろう。今は新道を取り返すことに集中しろ。」
「はーい!」
マリは明るい声で返事をして、再び作戦図に目を落とした。エイスケとテイジは教官の様子に気づいて視線を交わしたが、マリの様子を見て何も言わずに口を噤んだのだった。
「・・・概要はこんなところだな。質問はあるか?」
「要は輸送艇ごと新道を取り返すってことですよね。でも大丈夫なんですか? もし大宰府防衛基地から増援とか来たら、俺たちだけじゃ対応できませんよ。」
エイスケの問いに、教官はにっこりと微笑んだ。
「それはないから安心していい。私たちを逮捕するのに兵部省内部の憲兵部隊を使わず、直属の隠密部隊を動かしている以上、太政官殿はあまりこのことをおおぴらにしたくないはずだ。特に兵部省にはな。」
それを聞いてエイスケはニヤリと笑って小さく頷いた。
「どういうこと、マルちゃん?」
「兵部卿は神祇官直属だろ? 今の神祇官は今上帝の御息女、リコ内親王殿下だ。太政官のユリヒト殿下とは、何かと対立してるって話だぜ。つまりユリヒト殿下は新道を狙ってるってことを、リコ殿下に知られたくないってことだよ。」
皇国の霊的防衛を司る神祇官は、皇国軍を束ねる天皇の補佐役を兼ねている。つまり実質的な皇国軍総帥という立場。行政と担当する太政官と並び立つ、唯一の存在なのだ。
だがそれを聞いたマリは、ますます首を捻った。
「リコ殿下のことは知ってるよ。『皇国の御守刀』って呼ばれてる、めちゃめちゃ強い人でしょ? でもそれが何で、カナメっちと関係あるの?」
「お前ってほんと、戦いに関することだけは詳しいのな。」
エイスケは小さく笑って、マリに説明を始めた。
「俺たちが生まれるちょっと前、先帝が急逝されたせいで、皇位継承をめぐって皇室内で内紛があっただろ? 結局、先帝の御子様だった今上帝が即位されたけど、その時のライバルが先帝の弟君だったユリヒト殿下なんだよ。それ以来、今上帝と殿下の関係はあまりよろしくないって噂だぜ。そんで、ユリヒト殿下と真っ向から対立してる、今上帝派の急先鋒がリコ殿下ってわけだ。わかったか?」
「ふーむ、なるほど? ぜんっぜん、分かんないや。」
マリがにゃははと笑ったのを見て、エイスケは優しい表情で小さく笑った。
「まあ、とにかく増援はこないってこった。でも奴ら、それじゃ新道をどうするつもりなんですかね?」
エイスケに問いかけられた教官は、額にかかった黒髪を軽くかきあげてから両手を組み、その豊かな胸をぐっと持ち上げてみせた。
「おそらくだが、予定通りに私たちを始末して、新道の身柄を確保出来ていたら、大宰府城砦で別の高速輸送艇にでも乗り換えて京都に戻るつもりだったのだろう。だが私たちは逃げ延び、新道はあの状態だ。」
ニヤリとした表情でそう言った教官に、エイスケも同じ表情で答えた。
「じゃあ、奴らほとほと参ってるでしょうね。」
「ああ、だからこそ今が奪還の最後のチャンスなんだ。きっと今頃、奴らの隊長は直属の上司に今後の対応を相談しているはず。だが事情も知らない役人が不測の事態に即応できるはずもない。刑部省は兵部省と違って、良くも悪くもすべてがお役所仕事だからな。上役に確認するだけでも相当、時間がかかるだろう。」
そこまで言うと教官は一度言葉を切り、表情を改めて全員に向かって言った。
「奴らが対応を決める前に、私たちが新道を奪う。ただ唯一厄介なのは、輸送艇に載ってる新道を地面に落とされることだな。もし戦闘中にやられたら、積み直すのはかなり困難だろう。」
「一か八かってことですか?」
「まあな。だが、それは奴らにしたって同じことさ。もし新道を落とされたら・・・お前と博士の出番だ。頼んだぞ。」
エイスケは博士と目を合わせてニヤリと笑い合った。それを見た教官は、もう一度全員の顔をゆっくりと見た後で彼らに問いかけた。
「作戦検討時の最初に言った通り、この作戦はかなり私たちに分が悪い。仮に取り返せたとしても、新道を連れて脱出する確たる手立てがあるわけじゃないからな。だから新道を見捨ててこのまま戦場を離脱し、博士にこの高速艇を提供してくれた協力者と合流して態勢を立て直すという選択も出来る。お前たちはどうしたい?」
教官に問いかけられたエイスケたちは互いに視線を交わし合った。
「俺たちがなんて答えるかなんて、教官はもう分ってますよね?」
エイスケの言葉に、教官は紅を塗った形の良い唇を軽く引き上げた。
「よろしい。ではスケジュールに沿って奪還訓練を開始する。ミッション達成に向け、各員の奮起を期待する。」
「・・・という具合に奴らは動くはずだ。犯罪者どもは必ず、あの球体を奪い返しに来る。そこを一網打尽にする。」
刑部省09特殊部隊『長月』隊長の花村イチロウは、そう言って傍らにいる副官に今後の部隊の動きを説明し終えた。副官は疲れた表情で小さく頷いた。
「球体を餌にウサギをおびき出すってわけですね。それには全面的に同意です。あの女先生には逃げ回りながら、ずいぶんとやられましたから。」
現在、『長月』の部隊損耗率30%以上を越えていた。相手を捕捉できないままの追跡戦を強いられたことで、逆に笹崎から各個撃破されてしまったからだ。撃破された隊員は、全員が強化外装を破壊されて戦闘不能に陥っている。死者が出なかったのが逆に不思議なくらいだ。
笹崎はわざと隊員を殺さなかったのだろう。つまり手加減しても勝てるほど、笹崎の個としての強さが圧倒的であることを示している。
「現在確認できている死亡者は3名。全員が巨大ザリガニに食われたようで遺体は残っていません。うち2名は潜入として内偵を進めていた連中です。」
それを聞いた花村は固い表情で頷いた。同じ皇国を守る立場にありながら、刑部省も一枚岩ではない。政治に左右され、現場に立つ者同士であっても互いに牽制し合っているのが実情だった。だから今回のように、突然不向きな任務を振られてしまうこともある。
胸の奥から湧き上がる苦い感情を、彼は目の前の任務に集中することで無理矢理飲み込んだ。
「犯罪者が取り着いたら、すぐに球体を固定しているワイヤーを切れるように細工しておけ。全員が一か所に集まっていれば、我々の有利を十分に生かせるからな。」
「都市内の犯罪者捜索と拠点の攻略が『長月部隊』の本業ですもんね。こんな湿地のゲリラ戦なんて、もうこれっきりにしてほしいですよ。」
「それだけ隠密性の高い任務ということなのだろう。」
花村は胸に渦巻く様々な感情をまとめ、短く副官に応えた。しかし、優秀だがまだ年若い副官には、花村の真意が正確には伝わらなかった。
「確かに。あんな奇妙なもんを作り出す連中が城砦に潜んでるなんて、一般皇民に知らせられませんよね。」
「そういうことだ。明後日には造宮省の大型輸送艇が到着する。それまでに片を付けるぞ。ウサギを追い込む仕掛けをしっかり作っておけ。」
「了解しました!」
仕事熱心な副官が走り去っていくのを、花村は優しい気持ちで見送った。そして輸送艇内の指揮所の椅子にどさりと腰掛け、詰めていた息をふっと吐きだした。
湧き上がる迷いや疑念を鎮めるため、彼は懐から魔力端末を取り出した。時刻は午後5時を回っている。襲撃があるとすれば、こちらの態勢が整う前の今夜だろう。
マギホの待機画面に表示された愛娘の笑顔を無言で見つめた後、花村は音もなく椅子から立ち上がった。
「・・・いやな感じだ。」
誰にともなくそう呟いた後、来るべき戦いに備え、彼は士官用の強化外装を身に着けはじめた。
読んでくださった方、ありがとうございました。




