45 罠
いつもより少し短めです。
カナメたちの機体が撃墜されたのとちょうど同じ頃、高天原防衛学校の本校舎大会議室でも大きな動きがあった。
宇津井が学内委員会への報告を始めた直後、会議室内に武装した兵士たちが雪崩れ込んできたのだ。彼らは室内にいた全員にその場から動かないよう指示した。
兵士から剣を突きつけら大きく動揺する者、両手を上げて震えあがる者。その中で宇津井はただ一人、周囲の状況を冷静に確認した。
委員会のメンバーは皆同じように動揺しているが、その中でも比較的落ち着いた様子の者たちが数名いる。それは全員、宇津井の放った密偵から「敵対勢力への内通の疑いあり」として挙げられていた者たちだった。
周到に回避していたはずの罠にかかったのだと彼が自覚したその時、兵士たちの後に続いて室内に姿を見せた若い文官が宇津井の方へ歩み寄ってきた。文官とは思えないほど鋭い身のこなしをする彼は、恭しく一礼した後、宇津井に一枚の令状を差し出して見せた。
「刑部省参議の不二屋ダイシンと申します。宇津井タダヒト上級空佐殿、貴殿の身柄を拘束させていただきます。」
刑部省は司法を担当する省庁、参議は実務部門の最高責任者だ。宇津井は令状に押されている太政大臣の印を見て即座にこの企みの全貌を理解した。しかし彼はあえてとぼけたふりをして、不二屋参議に問い返した。
「どのような理由でそのようなことをおっしゃるのでしょうか?」
「貴殿には異世界人と通じ、国家転覆を図った容疑が掛けられています。」
不二屋参議はその端正な瞳に何の感情も浮かべないまま、淡々と告げた。
「ふうむ、国家転覆。それほどの重大事案ならば、管轄外の刑部省が軍施設に入り込んできた理由も納得できます。」
参議になんの感情の揺らぎないのを見て取り、宇津井はとぼけた演技を止めてそう言った。参議は小さく頷いて彼に応えた。
「兵部大臣殿にも同様の御理解をいただいております。どうか抵抗などなさらずに、我々と同行していただきたいものです。」
参議が兵部大臣と言ったとき、正面に座っていた高天原防衛学校の学長が気まずそうに視線を逸らしたことに、宇津井は気が付いた。
なるほど、すべて根回し済みというわけか。宇津井は小さく頷くことで了承の意を伝え、両脇を兵士に挟まれた状態で椅子から立ち上がった。
それを確認した不二屋参議が彼を先導するため後ろを振り返った瞬間、彼は官服の袖に隠しておいた魔力端末に魔力を流し込み、学外に潜んでいる密偵たちへ向けて一斉に緊急信号を送信した。
細かい指示は出来ないが、不測の事態が起きた時のことは事前に十分打ち合わせてある。あとは彼らが上手く動いてくれることを信じるしかない。
宇津井の唯一の心配は、今演習に出ているカナメたちのことだった。カナメたちにもすでに敵対者の魔手が伸びていることを、彼は確信していた。
一人息子の大切な忘れ形見であるカナメとその仲間たちに何もしてやれない自分の無力を思い、彼は人知れず奥歯を噛んだ。
どうか無事でいてくれ。
参議の後について無機質な校舎の廊下を歩きながら、宇津井はそう祈らずにはいられなかった。
自分を呼ぶ声と共に体を大きく揺らされ、丸山エイスケは目を覚ました。
「よかった! マルちゃん、大丈夫? あたしのこと分かる!?」
彼に呼び掛けていたのは、強化外装に身を包んだ阿久猫マリだった。彼女は頭部外装のシールドを引き上げている。そのため、きれいな顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっているのが丸見えになっていた。
「そんなに揺するな馬鹿猫。頭がぐわんぐわんするだろ・・・。」
そこまで言いかけたところで、彼は猛烈な頭痛と吐き気に襲われた。咄嗟に体を起こし、自分が乗っていた緊急脱出用カプセルから身を乗り出して、胃の中のものをすべて吐き出した。マリはそんな彼の背中を懸命にさすった。
「ごめん、マルちゃん。揺らし過ぎちゃった。」
「・・・いや、これはおまえのせいじゃねえよ。ただの急性魔力枯渇症だ。だから気にすんな。」
申し訳なさそうにべそをかくマリに、エイスケは珍しく優しい口調で返答した。
緊急脱出カプセルは搭乗者を保護するために魔力防壁を展開するが、その時に搭乗者の魔力を強制的に吸い出して防壁を強化しようとする。搭乗者の命を守るためにはどうしても必要な機構なのだ。
しかし一般的に、魔導機を操縦できる航空科や魔力戦闘を専門とする格闘科の生徒に比べ、後方支援科の生徒は保有魔力量が少ないため、多くの場合、緊急脱出時の衝撃で気を失ってしまう。今のエイスケが正にその状態だった。
「全部吐いちまったら、逆にすっきりしたぜ。小桜たちはどうした?」
実習服の袖で口を拭った後、エイスケは立ち上がってカプセルの外に出た。その言葉の通り、彼の頭痛や胸のむかつきはすでになくなっていた。保有魔力が少ない分、魔力枯渇症も軽くで済むのだ。
「それが見失っちゃったんだ。あたしたちも急に投げ出されてさ。空中でカプセルを操作しようとしたんだけど、魔力翼が展開できなかったの。それで降下翼を使って、近くに落ちたこのカプセルを追っかけてきたんだよ。」
マリは悔しそうにそう言った。エイスケはそんなマリの肩を軽く小突いてニヤリと笑った。
「そんな芸当ができるのは、航空科の連中くらいだよ。それでも狙った場所に降りられたんだから御の字ってとこだ。俺もそれで助けてもらったしな。ありがとよ。小桜と新道の居場所は分かるか?」
彼はそう尋ねながら周囲を軽く見回した。照葉樹と広葉樹が入り混じった森の木々の間から、昼の明るい光が差し込んでいる。彼の乗っていたカプセルの横には、マリの後ろを守るように完全武装のテイジが立ち、周囲を警戒していた。
エイスケは腰のベルトの物入から魔力端末を取り出して時間を確認する。すると撃墜されてからまだ5分経っていないことが分かった。今いる場所は熊本大湿原の北の外れ。久留米城砦のはるか南方だ。
彼の問いかけに、マリは心配そうな表情で答えた。
「『白鷹』の落ちた方角は何となくだけど分かるよ。でもホノちゃんの落ちた場所は確認できなかった。」
マリの言葉にエイスケは真剣な表情で小さく頷いた。
「ああ、あの魔力光弾、機関部直撃だったからな。新道は防壁を張るのに精いっぱいで何もできなかっただろう。俺たちを逃がしてくれたのは多分、小桜だ。」
おそらくいち早く攻撃に気づいたホノカが、手動で緊急脱出させてくれたのだろうと彼は二人に説明した。
「小桜が逃がしてくれなきゃ、俺たちも機関部の爆発に巻き込まれて今頃はあの世だったろうな。」
「そうなんだ、ホノちゃんが・・・でもそれじゃホノちゃんは・・・!」
マリが顔を青ざめさせて息を呑んだ理由が、エイスケにもすぐに分かった。乗員の脱出を手動で操作していたホノカは最後まで機内にとどまったはず。機体が墜落するまでの刹那に、ホノカが無事に脱出できたかどうかは分からないままだ。
三人それぞれが最悪の事態を思い描いて、その場に重い沈黙が降りる。しかしすぐにエイスケは、その沈痛な空気を破った。
「小桜を探そう。脱出が最後なら墜落した『白鷹』の近くにいるはずだ。うまくいけば新道とも合流できるかもしれねえ。おそらく笹崎教官もそうするはずだ。」
「・・・うん、そうだね。そうしよう。」
三人は頷きあい、すぐにその場を離れて『白鷹』の落下地点を目指して歩き始めた。落下地点はこの森を出た先に広がる原野だ。整備されていない森の中を二人に助けられて歩きながら、エイスケはマリに問いかけた。
「ところでお前たちの外装の通信機能で、笹崎教官と連絡取れないのか?」
「うん、なんか通じないんだよね。機能自体は生きてるみたいなんだけど・・・。」
エイスケはそのマリの言葉ですぐにピンときた。
「そりゃおそらく妨害されてんな。俺たちを撃墜した連中の仕業だろう。」
「でもさ、あれって皇国軍の空戦機だったよね? どうしてあたしたちが味方に攻撃されなきゃいけないの?」
「それは俺にも分からねえが・・・だけど確実に分かることが一つあるぜ。連中の狙いは新道だ。」
「カナメっち? どうしてそんなことが分かるの?」
マリの問いに、エイスケは軽く鼻を鳴らした。
「あの空戦機がわざわざ機体後方の機関部を狙い撃ちしてきたからさ。あいつら新道を生け捕りにしたいんだろう。つまり俺たちは別に死んでも構わないってこった。」
それを聞いたマリはハッとした顔でエイスケの方を向き直った。
「それってもしかして、カナメっちが言ってたクロって怪物が目当てなのかな!?」
「おまえにしちゃあ、珍しく鋭いじゃねえか。十中八九それで間違いないだろう。あの団長さんやカナ博士たちもクロってやつが目覚めるのを待ってるみたいだしな。どうやらあのクロって怪物、俺たちが思ってる以上に厄介な奴・・・。」
「静かに。誰かこっちに接近してくる。」
歩きながら周囲を警戒していたテイジの言葉で、二人の会話は中断されてしまった。三人はすぐに森の木陰に身を潜めた。マリとテイジは頭部外装のシールドを引き下ろし、近距離限定の隊内通信機能を作動させた。エイスケは首にかけたままだったインカムを装着した。
「(魔獣・・・じゃねえだろうな、やっぱり?)」
「(残念ながらそうだね。数が多いわりに動きが統率されてる。間違いなく陸戦兵だよ。)」
通信でそう答えたマリの頭部外装から僅かな魔力光が漏れていることにエイスケは気付いた。猫人族の血を引く彼女は人間よりも遥かに優れた聴覚器官を有している。それを魔力で拡張して、周囲の様子を探っているのだろうと彼は思った。
「(どう考えても味方じゃねえだろうな。連中は俺たちに気が付いてるか?)」
しばらく黙り込んだ後、マリはエイスケの問いかけに答えた。
「(あたしたちを探してるみたいだけど、気づかれてはないみたい。多分『白鷹』に向かってるんじゃないかな。)」
「(よし。じゃあやり過ごそう。仮に投降しても、いいことにはならねえだろうからな。俺たちは別ルートで『白鷹』に向かうんだ。その間に笹崎教官や小桜が見つかるかもしれねえ。)」
「(了解。頼りになるね、先輩。)」
マリがからかうように言った言葉に、エイスケは鼻を鳴らして答えた。
「(ああそうだろ。伊達に留年ってるわけじゃねえからな。これからはもっと敬ってくれていいんだぜ?)」
マリが強化外装の中で小さくニシシと笑う。それに対してエイスケもニヤリとして見せた。三人は息を潜めて兵士たちをやり過ごした。そして、その後方を縫うように移動し、森の中を辿って『白鷹』への道を捜し始めたのだった。
原野と森を見渡す小さな丘に築かれた簡易指揮所。刑部省第09特務部隊、通称『長月』隊長の花村イチロウは、その中で部下の報告を受けていた。
「対象機体から脱出したと思われるカプセルを四機発見しましたが、乗員は発見できませんでした。」
「おおむね予想通りだ。だがカプセルのうち一体は焼失と報告にあった。」
「はっ。墜落した機体よりやや遅れて射出されたものと思われます。射出高度が低く、魔力防壁の展開が不十分だったことで、落下の衝撃に耐えられなかったようです。」
その報告を聞いた花村は、命令書に添付されていた資料に目を落とした。
「小桜ホノカ・・・魔力不能者か。おそらく索敵通信兵だったこの少女のものだろう。」
作戦に協力してくれた空戦機の搭乗者からは、撃墜対象だった『白鷹』の機関部に光弾を命中させたとの報告を受けている。搭乗者が魔力防壁を展開する間、一早く攻撃に気づいた彼女が他の乗員を脱出させたのだということが、花村には容易に想像できた。
我が身を犠牲にし、刹那にその判断を実行した彼女に対して、彼は内心で素直に賛辞を贈った。と同時に、我が子とほとんど変わらない年恰好に見えるホノカの写真を見て、僅かに眉を歪ませた。
こんな子どもまで犯罪に巻き込むとは。国家転覆者どもめ。本当に度し難い連中だ。
任務とはいえ、年若い少女の命を奪ったこと。そしてそうせざるを得なかった状況を作った犯罪者たちに対して、彼は激しい怒りを抱いた。彼は部下に対して改めて指示を出した。
「事前に伝えた通り、潜伏している乗員たちは出来るだけ殺さずに捕らえるよう、前線に再度指示を出せ。」
「はっ。了解しました隊長!」
報告を終えた部下が指揮所を出た後、副官は花村に問いかけた。
「本当によろしいのですか、隊長。刑部司殿からは捕獲対象以外は殺害して良いと言われていますが・・・。」
もう何度目かの問いかけにも関わらず、花村はその言葉に真摯に向き合った。副官は花村の真意を十分に理解している。それでも敢えて副官の任務として、自分に問いを投げていることが分かっていたからだ。
「構わない。我々の任務は犯罪者狩り、すなわち犯罪の未然防止と犯罪者の確保だ。国家転覆に関わった彼らは間違いなく極刑に処されるだろう。殺害しても良いというのは道理。だがそれは正義ではない。」
花村は一瞬目を閉じ、9つになったばかりの我が子の笑顔を思い浮かべた。自分の帰りを待っている愛娘に対して恥ずかしい行いは出来ないとの思いが、彼の心に湧き上がる。彼は再び目を見開くと、副官の目をまっすぐに見つめた。
「公の場で法に照らした裁きを受けさせる。それこそが誇りある皇国の正義だ。そのために我々がいるのだから。」
力強く言い切った彼の言葉に、副官は小さく頭を下げた。その後、顔を上げた副官は冗談めかしてぽつりと呟いた。
「『月無』の連中とは違いますものね。」
それを聞いた花村は、苦いものを口にしたように顔を顰めた。そして彼の言葉を無視して、指揮所の机に魔力光で表示された地形図を指し示した。
「捕獲対象は異界の力で魔獣化しているとの報告を受けている。油断するな。」
「憑依型の魔獣でしょうか?」
「詳細は分からん。だが厄介なのは確かだ。」
憑依型と呼ばれる魔獣には脳食いのような人体に直接寄生するものや、死霊のように精神を支配するものがいる。だがどちらの場合も憑依されると人格を奪われる。しかも寄生主の肉体や魂を苗床にして拡散し、次々と犠牲者を増やしてしまうという共通点があるのだ。
花村の言葉に副官は小さく頷いた。
「兵士たちには強化外装に退魔装備を施させています。その分、物理攻撃には弱くなりますが・・・。」
「ああ、分かっている。だがそれを怠って、こちらの優位である兵の数を逆転されては元も子もないからな。」
花村はそう言って、地形図に表示した作戦陣形に目を落とした。
先程の部下の報告によれば、すでに撃墜機体の周囲への兵の配置は終わっている。まもなく捕獲のための作戦が始まる。おそらく激しい戦いになるだろう。花村は指揮所内の時計を見つめ、作戦開始の契機となる、斥候兵からの最終報告をじっと待ち続けた。
読んでくださった方、ありがとうございました。




