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42 暗躍

いつもよりかなり短いですが投稿します。年末連勤、辛いです。

 夕闇に包まれる京都。皇国軍の精鋭によって厳重に警護される邸宅内を、壮年の男が荒々しい足取りで歩いていた。


「あのぼんくらには皇国の未来が全く見えておらぬ!!」


「ユリヒト様、あまり大きなお声を出されますと・・・。」


 長い廊下を足早に行く主人を、追いすがるように歩みを進める老侍従が諫める。その言葉に、衣装を変えるため私室に向かっていた男は足を止めた。






「構うものか。先ほどの評定でも散々繰り返してきたことだ。あれと私が派手にやり合ったことは、もうすでに都中の貴族どもの耳に入っておろう。」


 吐き捨てるように強い口調で言い放った主人の声に、老侍従は表情一つ動かさず応えた。


「いくら甥御様とはいえ、今上陛下なのです。太政官であるユリヒト様であっても、何が起こるか。どうかお控えください。」


 淡々とした口調ながら、その表情と言葉からは一心に主人を守ろうとする思いが感じられる。ユリヒトは大きく深呼吸をすると、忠実な老臣に正面から向き合った。






「うむ、すまなかった。自重しよう。」


 その言葉に老侍従が深々と頭を下げる。私室に入った主人を見届けて侍従がその場から立ち去ると、彼と入れ替わりに絹製の室内着を手にした侍女たちがぞろぞろと室内へ入った。


 侍女たちに衣装を変えてもらっている間、ユリヒトは無言のまま今日の評定を脳内で反芻していった。するとその時、私室の奥へと続く御簾の陰から薄衣を纏ったたおやかな女性が姿を現した。


「おかえりなさいませ、我が君。」


「オウカ。今戻ったところだ。」


 オウカと呼ばれた女性はその場から動くことなく、漆黒の瞳を僅かに伏せて頷くことでその言葉に応えた。腰の下まで届く彼女の長い黒髪が薄衣と触れ合い、しゃらりと音を立てた。


 やがて着替えを終えた侍女たちがその場から下がると、彼女はユリヒトに歩み寄っていった。






「随分と大きな声を出していらっしゃいましたね、我が君。奥向きにまでお声が響いておりましたよ。」


 からかうような口調でそう言うと、オウカは長身のユリヒトを見上げて嫣然と微笑んだ。


「おお、これはすまん。驚かせてしまったか。」


 后の中でも最も若く、ほとんど娘と変わらないような年齢の妻に対し、彼は気遣うような言葉をかけた。オウカはさらに一歩彼へ近づくと、そっと体を寄せて囁くように言葉を発した。






「我が君がこの皇国くにの未来を真に憂えていらっしゃることは重々承知しております。御前会議は不調に終わったのですね?」


 彼女の言葉で今日の評定のやり取りを思い出し、ユリヒトは唸るような声を出して彼女の問いかけに答えた。


「ああ、まったく話にならぬ。皇国全土でこれまでにないほどの魔獣被害が頻発しているというのに。あれなら先帝である兄上の方がまだましであった。少なくとも兄上は手をこまねいてはいなかったからな。」


 ユリヒトの声に籠った怒りに対し、オウカは僅かに一瞬怯えるような表情を見せた。だが小さく息を呑んだ後、夫の目をまっすぐに見つめながら彼女は言った。






「先帝・・・広至帝でいらっしゃいますね。お気の毒な最期だったとお聞きしております。」


 少し青ざめた表情で自分を見つめるオウカの頬に、ユリヒトは優しく触れた。


「・・・間近に迫った試練に立ち向かうには兄上は弱すぎたのだ。だが私は違う。」


「ええ、その通り。我が君こそがこの皇国を率いるにふさわしい力量をお持ちです。」


 オウカは潤んだ瞳できっぱりとそう言い切った。ユリヒトは妻の細い肩をそっと抱き寄せた。オウカは彼の胸に自分の頭を預けた。しばらくそうして夫の鼓動が静まるのを聞いた後、彼女はぽつりと呟くように言った。






「蛭子は手に入りませんか?」


 その瞬間、彼女は自分を抱く夫の腕にぐっと力が入るのを感じた。


「・・・あれの力がなければ到底支えられぬほど、すでに八十柱の力は衰えてきておる。このままでは試練を前にして結界が崩壊するかもしれぬ。」


「そんな・・・!!」


 衝撃的な夫のその言葉に、思わずオウカは伏せていた顔を上げた。ユリヒトはそんな彼女の黒髪の間に指を差し入れ、宥めるように優しく彼女の頭を撫でた。






「怯えるなオウカ。そのようなことは絶対に起こさせぬ。」


 力強い夫の言葉を聞いても、オウカはじっと夫の目を見続けた。ユリヒトはその目を見つめながら、まるで自分に言い聞かせるような口調でゆっくりと言葉を続けた。


「私が蛭子を手にすれば、地上から魔獣どもを一掃できる。再び我々人類が万物の霊長として、この星に君臨することができるのだ。」


「はい。オウカは我が君がそうなさることを信じております。」


 静かな熱の籠った調子でそう言った妻に、彼は優しく笑いかけた。






「すべてはお前のおかげだオウカ。回帰者のことを知ることができなければ、私も兄上のようになっていたかもしれない。」


 夫の言葉に、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「私は少しでも我が君のお役に立ちたいと思っただけでございます。」


 見つめ合う二人。ユリヒトは少し屈んで彼女に自分の顔を近づけた。だがその口づけを、彼女はそっと指で止めてみせた。妻の思わぬ振舞に、彼は思わず破顔して言った。






「なんだ? おあずけか?」


 可愛らしい妻の仕草に頬を緩めかけたユリヒトだったが、腕の中の彼女の真剣な様子に気づいてすぐに表情を改めた。


「そのことで、我が君にお伝えしたいことがあるのです。」


 夫が小さく頷くのを見た後、彼女はその腕の中からそっと抜け出し薄衣の隠しの中から魔力端末マギホを取り出した。






「これは、蛭子か!?」


 端末に映し出された映像を見たユリヒトは、思わず声を上げた。そこには粗末な祠から黒い水のような瘴気が溢れ、祠の周囲にいた少年たちが次々と昏倒する様子が映っていた。


「高天原城砦の神事で複数の者が目撃したそうでございます。」


「私は聞いておらぬぞ!!」


 激高する夫に対しオウカはそっと目を伏せ、躊躇うような口調で答えた。






「高天原にはあの方がいらっしゃいますから。情報が隠匿されているのでしょう。」


 その言葉を聞いて、ユリヒトはぎりりと音を立てて奥歯を噛み締めた。


「・・・あやつか。まったく、どこまでも私の邪魔をする。」


 ユリヒトは妻から離れると私室の机へ歩み寄り、端末を操作して配下の者を呼び出した。画面に映し出された白衣の男へ、彼は短く問いかけた。






「ヤマトの様子はどうだ?」


 主人の問いかけに、白衣の男は申し訳なさそうに応じた。


「すでに傷は癒えております。ですがヤマトを屠った異世界人への対策がまだ終わっておりません。」


「ならば手を変えるまでだ。予定を前倒ししなくてはならなくなった。細かい作戦の指示は追って伝える。準備を進めておけ。」


 配下の返事を聞く前に、ユリヒトは乱暴に端末の画面を消した。そんな彼に対して、オウカが恐る恐る声をかけた。






「ついに動かれるのですね、我が君。」


「ああ、もはや一刻の猶予もならぬ。」


「ですが、あの方は・・・。」


 心配そうな様子の妻の体を強く抱き寄せることで、彼はその言葉を封じた。


「案ずるなオウカ。あやつの厄介さは私が一番分かっている。慎重にも慎重を重ねてことを進めねばならぬこともな。」


 夫の言葉にホッとした表情を見せるオウカ。ユリヒトは彼女にニヤリと笑いかけると、細い体を抱く手にぐっと力を込めた。






「だがその前に・・・。」


「きゃあ!?」


 いきなり横抱きに抱え上げられ、オウカは堪らず小さな悲鳴を上げた。そんな妻の様子に、ユリヒトは瞳を輝かせた。


「この滾りを鎮めなくてはならぬ。今夜は優しくしてやれぬかもしれぬぞ。」


 夫の言葉に、オウカはその美しい顔を真っ赤に染めた。そして瞳を潤ませると、夫の逞しい腕に顔を寄せてそっと目を伏せた。


「はい。我が君のお望みのままに。」


 ユリヒトは満足げに頷くと、愛しい妻をその手に抱いたまま奥向きへと向かって歩いた。


 その間、オウカはじっと腕の中で目を伏せていた。だから薄明りの闇の中で彼女の瞳が妖しく輝いたことに、ユリヒトはまったく気づいていなかった。

読んでくださった方、ありがとうございました。次はもう少し長く書こうと思います。

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