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41 御田植祭

やっと休みが取れました。あやうく連勤記録を更新してしまうところでした。久しぶりにお話を書けて本当に楽しかったです。

 5月の祭祀休みが終わった最初の休日。僕は分隊のメンバーと共に第三城砦の城壁の外に広がる広大な水田地帯に来ていた。これから始まる御田植祭を見物するためだ。


 今回の御田植祭ではなんと、僕の妹のマドカが栄えある内早乙女に選ばれた。内早乙女と言うのは、やしろ神田しんでんの田植えをする早乙女のことで、選ばれるのはとても名誉なことなのだ。


 内早乙女は7歳から16歳までの女の子たちの中から、年齢ごとに二名ずつ選ばれることになっている。マドカは10歳の代表として、今年初めて選ばれた。僕は嬉しくなってそのことをマギホのメッセージアプリで分隊の皆に話した。そしたら皆がマドカにおめでとうを言いたいと駆け付けてくれたのだ。






 僕は神田から少し離れた場所に設置された見物席に座り、御田植祭の始まるのを今か今かと待ちわびている。


 神田は城砦南門から割と近い場所にあるけれど、北門付近にある僕の家からはかなり離れている。そのため僕は今朝割と早い時間に家を出てきた。今時刻は午前9時少し前。高天原防衛学校から路線バスでやって来てくれた分隊のメンバーの中でも、朝に弱いエイスケはまだ少し眠そうな顔をしてる。


 今日の天気は雲一つない快晴。まさに五月晴れだ。義手を隠すために着ている上着が少し暑く感じらくらいの陽気だ。


 実は御田植祭の時に雨が降るのは縁起が悪いとされている。そのためどこの城砦でも御田植祭の前には雲を払う特別な祈祷を行っているそうだ。今年はその祈りが特別によく効いたに違いない。






 僕と同じように分隊の皆も今日は思い思いの私服姿だった。右隣で欠伸を噛み殺しているエイスケはいつものネルシャツにポケットの一杯ついたベスト、そして少しくたびれたジーンズを身に着ている。彼の前には長い望遠レンズの付いたカメラが三脚と共に置かれていた。


 その向こうにいるマリさんとテイジは少し派手な色のトレーニングウェア。そして僕の左隣に寄り添うように座っているホノカさんは、明るい水色のワンピースを着て、大きめの麦わら帽子を被っている。彼女の横には大きな風呂敷包が置かれていた。


 見物席にいる他の多くの人たちも僕たちと同じような格好をしている。そのほとんどは家族連れで、皆楽しそうな様子をしていた。


 御田植祭は神聖な神事だけど、城砦の人たちにとっては楽しみな行楽の一つでもある。田植えの神事には城砦のほとんどすべての女の子が参加するため、女の子がいる家ではその様子を見た後、家族みんなそろって屋外でお弁当を食べるのが通例なのだ。多分、皐月忌の間ずっと外に出ることのできなかった女の子たちを労う意味も込められているのだろう。


 去年は新道家うちも僕と母さん、それにマドカの三人でお弁当を食べて家に帰った。でも今年は分隊の皆が一緒だ。


 なお母さんは例のごとく仕事なので、昼を過ぎたあたりで合流することになっている。ただマドカはこのことを特に残念がってはいなかった。


 午前中だけで作業を終える普通の早乙女とは違い、神田の内早乙女たちは夕方近くまで作業が続くからだ。穢れを避けるため、作業が終わるまでマドカは僕たちと会うことができない。マドカに早く会いたい僕としては少し残念だったけれど、儀式のためなので仕方ない。


 だから仕事を終えて駆け付けてくる母さんのために、僕がしっかりとマドカの様子を撮影しようと思っている。






 9時を過ぎた頃、神田の側に建てられた社の周りに、太鼓や笛、鐘などを持った楽師たちが並び始めた。いよいよ祭礼が始まるようだ。


 僕はマギホのカメラを起動し望遠を調整する。でもこの見物席から神田まではかなり距離があるため、目一杯望遠してもさほど大きくはならなかった。するとマギホの操作で苦労する僕を眠そうな目で見ながら、エイスケがぽつりとつぶやいた。


「俺、御田植祭見るの、これが初めてなんだよなあ。」


「え? そうなの?」


 僕はその言葉に驚いて思わず問い返してしまった。エイスケは途端にハッとした表情でしまったという様子を見せた。


「あ、ああ、実家の事情でな。参加したことがなかったんだ。」


 エイスケは歯切れの悪い調子でそう言うと、キャップのつばを引き下ろして僕から目を逸らしてしまった。御田植祭は一般平民の僕たちが参加する城砦の神事の中でも、最も重要でポピュラーなものだ。それに今まで一度も参加していないなんて、エイスケの実家というのは一体どんな家なんだろう?


 あ、もしかしたら姉妹が一人もいなかったとか? それなら分からないでもないけど、それにしても見物にすら行ったことがないなんてすごく珍しい。


 でもそんな僕の思いを否定するように、エイスケの向こうのマリさんが嬉しそうにエイスケに言った。






「マルちゃんもそうなんだー! あたしたちも初めてだよ! ね、テイジ?」


 笑顔のマリさんに無言でテイジがコクコクと頷く。二人は幼い頃に災害で家族と死に別れたため、今まで参加する機会がなかったのだそうだ。


 それを聞いて僕は言葉を無くしてしまった。過去のことをマリさんやテイジはあまり気にしていない様子だったけど、なんて返答していいか正直戸惑ってしまう。すると僕の隣にいたホノカさんが穏やかに微笑みながら、マリさんと僕に言った。


「実は私も初めてなの。ほら、私は魔力が扱えないでしょ? だから今日は皆で来られて、すごく嬉しい。誘ってくれてありがとうカナメくん。」


「ホノカさん・・・。」


 彼女が僕を気遣ってくれたのは明らかだった。僕と目が合うと、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いてしまった。そんな様子を見てマリさんはニヤニヤ笑いを浮かべ、エイスケはフンと鼻を鳴らした。






「にっししし。じゃあ初めてはカナメっちと二人きりがよかったかなあ。ねえ、マルちゃん?」


「いやいや、親公認って言っても小桜も新道もまだ学生なんだからな。俺たちがしっかり監視しといてやらないと。新道の下半身が暴走したら何するか分かんねえぞ。」


 その言葉を聞いて、ホノカさんはますます顔を赤くして俯いてしまった。


「ちょ、何言ってんのさ、エイスケ!」


 僕がエイスケに抗議しようと立ち上がりかけた瞬間、神田の方から祭礼の始まりを告げる鐘の音が響いてきた。


「お、そろそろ始まるんじゃないか?」


 エイスケはそう嘯くと、いそいそと自分の前に置いてあるカメラに手をかけ始めた。ぐぬぬ、エイスケめ! いつも絶妙なタイミングで人をからかってくるんだから! 機材の準備、本当にありがとう!






 ちなみにこの撮影機材はエイスケがマドカを撮影するためにわざわざ準備してくれたものだ。エイスケはこの祭祀休みの間、戦闘用魔導機の廃棄部品を使って、この機材を作ってくれていたらしい。


 制作には闇鬼族のカナ博士も手を貸してくれているらしく、今朝は僕に会うなり「見た目以上のハイスぺだから撮影は任せとけ!」って自慢げに機材を見せてくれた。優しくて頼りになるけど、僕のことを性欲の塊みたいに言ってくるのだけはいただけない。


 ホノカさんに対してそういう気持ちは、もちろんある。それを的確に見抜いてからかってくるのだから本当に困りものだ。


 人の気持ちに敏い彼のことだから、僕がこう思っているのもきっとお見通しなのだろう。それを証明するかのように、黙って腰を下ろした僕に向かって、エイスケはニヤリと笑ってみせた。



 








 見物席がしんと静まり返り、しわぶき一つ聞こえなくなったところで、厳かな笛と太鼓が響き始めた。田ノ神降ろしの祭礼が始まったのだ。


 楽の音に合わせて、斎主の鹿島さんに引き連れられた早乙女たちが神殿の脇に建てられた田ノ神の社から次々と出てくる。先頭を行く斎主様は木製の鋤を厳かに捧げ持っていた。


 斎主様のすぐ後ろに続くのは献台に載せられた御神酒といなり寿司を運ぶトモエちゃん。彼女は田ノ神様に捧げる供物を運ぶ供妹媛オナリと呼ばれる特別な役で、田植笠姿の他の早乙女たちとは違い、紅白の美しい衣装を纏っている。


 その後ろに続くのは、城砦の早乙女の中でも特に魔力の高い女の子たち。皆この日のために準備された真新しい晴れ着姿だ。


 紺の単衣ひとえに赤い襷、白い手拭いを着けた7歳から16歳までの女の子たち20名は、2列になってゆっくりとした足取りで進んでいく。マドカもあの中にいるはずだ。でも僕たちは神田から遠く離れた場所で見物しているので、表情などはほとんど分からない。


 義眼の望遠機能を目一杯上げれば見えるかもしれないけれど、あえてしなかった。クロが眠りに就いてから、何となくあまり義眼の機能に魔力を向けない方がいい気がしていたからだ。明確な理由があるわけではないので、本当にただ何となくなのだけど。






 斎主様とトモちゃんは神田を一周した後、神田の南側に作られた祭壇の前で立ち止まった。内早乙女たちは神田の周りをぐるりと取り囲み、一定の間隔で立ち並んでいる。


 斎主様が朗々と祝詞を読み上げる。その後、斎主様が鋤を、トモちゃんが供物を祭壇に供えた。それを合図に社の前に待機していた人たちによって田楽太鼓がひと際大きく打ち鳴らされ、鐘や笛の音に合わせて早乙女たちによる田楽舞が始まった。





「実り祭神がみ きこせ  宇迦御霊うかみたま むかえまつる 田ノ神の 恩恵めぐみおろし みどりなせ 豊葦原とよのあしはら


 ゆったりとした調子で早乙女たちの歌声が響くにつれ、祭壇が薄い光を放ち始める。やがて白い光がふわりと空中へ舞い上がったかと思うと、それはトモちゃんが着ているのと同じ紅白の衣装を纏った美しい女性の姿へと変じた。それを見た見物席からは、押し殺した感嘆の声が上がった。


 銀色の髪から飛び出した白狐の耳と、着物の裾から覗く2本の白狐の尾を持つ彼女こそが、豊穣を司る精霊の使いである田ノ神だ。


 白く長い髪を翻しながら、彼女は神田の上空で楽しそうに舞い始めた。彼女が舞い踊るたびに、白い光の粒が雨のように神田へ降り注いでいく。


 やがて楽の音が静かに途絶えると、彼女は祭壇へと降り立った。そして祭壇に捧げられた供物を嬉しそうに拾い上げると、再び白い光となって姿を消した。多分、捧げられた供物を精霊の下へと持ち帰ったのだろう。






「田ノ神様の恵みに感謝いたします。」


 斎主様はそう言って拝礼をした後、祭壇に捧げられていた鋤を手に取った。鋤は遠くからでもはっきりと分かるくらい白い輝きを放っていた。


 トモちゃんが斎主であるお父さんの衣装の袖と裾を紐で器用にたくし上げた後、斎主さんは鋤を手にして神田に入っていった。そして「エイ!エイ!」という掛け声に合わせて3回、鋤で神田をかき回す所作をした。


 その瞬間、斎主さんがかき回した場所を中心にして同心円状に光が広がり、広い水田地帯全体を覆い尽くした。広がった光はもちろん見学していた僕たちの所にも届いた。光に触れた瞬間、僕は何とも言えない暖かなものが、体の中を通り過ぎていくような気がした。


 気が付くと、斎主様の持つ鋤の光はなくなっていた。田ノ神の恵みが無事に大地を満たした証だ。田ノ神降ろしの祭礼は無事に終わった。






 その後、早乙女たちによる御田植が行われる。田ノ神によって恵みを受けた早苗を、城砦の早乙女が手分けして水田に植えていくのだ。


 もちろん広大な水田すべてに早乙女だけで田植えを行うわけじゃない。これはあくまで祭礼の一環で、早乙女は各田の決められた範囲に少しずつ田植えを行うだけだ。残りは魔導農機によって植え付けを行うことになっている。


 稲作だけでなく、現代の大日本皇国の農業はほぼすべての工程が機械化・自動化されていて、人間の手で作業するのはごく一部なのだ。


 でも風水害や虫害、病気、それに魔獣による被害を抑えるためには、この祭礼が欠かせない。魔力の満ちるこの世界では、精霊の恵みがなければ十分な実りが得られないからだ。だから最初の御田植だけは必ず、皐月忌で身を清めた早乙女たちが手作業で行うと決められている。






 マドカは他の内早乙女たちと一緒に、神田の田植えを行うことになっている。神田だけは他の田と違い、すべて早乙女たちが田植えを行うことになっているため、この後の作業は一日がかりだ。その間、内早乙女たちは穢れに触れてはならないとされているため、男性や皐月忌を行っていない女性と接触することはできない。


 他の田ではここまで厳しくなく、家族も応援のために他の側に行くことが許されている。早乙女たちも笑顔で家族に手を振り、田植え歌を歌いながら田植えをする。田植え歌に対する見物人の返し歌や楽器の演奏も行われるため、かなり賑やかで楽しい行事であり、城砦の夏の行楽の一つになっている。


 ただ神田だけはそうはいかない。神田はこの辺りの水田すべての要となる場所であり、この田で収穫された米はすべて田ノ神様に捧げられる御神酒と供物になるからだ。田ノ神様は病害虫を始め、魔獣の毒や瘴気から作物を守ってくれる大切な存在。田ノ神様がいなければ十分な実りなど得られるはずがない。これは幼年学校でも教えられる、皇国の常識だ。


 僕たちは遠く離れた場所から、内早乙女たちが田植えをする様子をじっと見守った。











「なんだか長閑だねー。」


 お昼に差し掛かり、マドカたちが昼食休みに入った頃、畦の土手に敷かれたござに寝ころんでいたマリさんが欠伸混じりにそう言った。それに返事をするかのようにエイスケのお腹がぐううとすごい音を立てる。それを聞いた僕たちは顔を見合わせ、みんなで声を出して笑った。


「私たちもお昼にしようか。」


 そう言ってホノカさんは側にあった風呂敷包みをほどき始めた。中から出てきたのは何段にも重なった重箱。今朝、僕が魔導浮遊板マギボード新道家うちからここまで運んできたものだ。


 ホノカさんが重箱の蓋を開けると、マリさんは両手と共に大きな歓声を上げた。


「うひょー、美味そう! いっただっきまーす!」


 重箱に詰められていたきれいな海苔巻きに早速手を伸ばすマリさん。そのマリさんの手をホノカさんは窘めるように軽く叩いた。






「もうマリちゃんたら。今日は田ノ神降ろしの日。ちゃんとお祈りをしなきゃだめでしょ?」


 優しいけれどきっぱりとした口調でそう言われ、マリさんは照れ笑いを浮かべた。


「えへへ、そうでした。ごめんごめん。」


 僕たちは正座して両手を打ち合わせ、食べ物への感謝の祈りを捧げた。その途端、重箱の周りにふわりと白い光が満ちる。田ノ神降ろしで周囲の精霊の力が活性化しているせいか、その光はいつもよりもずっと強く大きかった。






「うまっ! これ全部、ホノちゃんが作ったの?」


 取り皿一杯に載せた海苔巻きと野菜の煮物、それに卵焼きを頬張りながらマリさんがそう尋ねると、ホノカさんはたちまち顔を赤らめた。


「うん。昨日、その、カナメくんと、お母さんと一緒に・・・ね。」


 この料理はすべて僕の母さんとホノカさん、それに僕が三人で作ったものだ。ホノカさんはこの料理を作るため昨日、朝早くから新道家うちのアパートにやって来た。母さんはホノカさんが来てくれたのをすごく喜んでいたけど、僕は自分の家に彼女が居ることが気恥しくて仕方がなかった。


 料理作りに気持ちを集中させることで何とか乗り越えることができたけど、彼女と目が合うたびに母さんがニヤニヤ笑っているような気がして、なかなか二人の顔を見られなかったのだ。






「ほうほう、カナメっちのお母さんとねー。」


 マリさんが猫みたいに目を細めて笑いながらそう言うと、ホノカさんはますます顔を赤くして俯いてしまった。それを見た僕は思わずマリさんに声をかけた。


「あんまりからかわないでよ、マリさん。」


 マリさんは悪びれた様子もなく「にゃはは」と楽しそうに笑った。それを見たエイスケは盛大に息を吐いて両手を広げてみせた。


「付き合いが順調そうで何よりじゃねえか。もう小桜の家に挨拶は済ませたのか、新道?」


「まだだよ。でも夏までには一度行きたいねって、ホノカさんと話してるんだ。」


 僕がそう言うとホノカさんは少し顔を上げて僕の方を見た。でも僕と目が合うと、彼女は恥ずかしそうに笑ってまた目を伏せてしまった。






 僕とホノカさんは今、結婚を前提に付き合っている。もちろん僕が彼女にそう申し込んだのだ。彼女はそれを受け入れてくれた。


 皇国では幼年学校卒業後3,4年、15~16歳くらいで多くの人が結婚する。僕とホノカさんは今年で14歳なので一般的な結婚年齢にはまだ少し早いといえる。


 ただこのくらいの年で婚約するのは決して珍しいことではない。魔獣の溢れる皇国このくにでは、早く伴侶を見つけて家族を作ることはむしろ歓迎されることだ。


 もっとも僕たちは二人ともまだ学生なので、実際に結婚するのは僕が卒業して仕事をするようになってからということになる。その前に一度は、互いの親に挨拶を済ませておいた方がいいだろうと二人で話し合ったのだ。






 僕の母さんには今年の祭祀休み前に僕からそのことを話し、ホノカさんを紹介してあった。母さんはそれをとても喜んでくれたけれど、同時にとても心配している様子だった。はっきりと言葉には出さなかったけれど、多分僕の体のことをホノカさんの御両親がどう思うかを気にしているんじゃないかと思う。


 一応、ホノカさんから僕のことは伝えてもらっている。そのときには特に反対されたりはしなかったようだ。ただ僕の場合、見た目や体の障害のことがあるため、実際に対面したとどうなるか分からない。それに父さんのこともちゃんと話さないといけないだろう。


 それについては正直言って僕も不安だ。ただ心配してもどうにもならないので、自分の気持ちを率直に伝えようと思っている。それでも反対されたら・・・それはもう、必死になって説得するしかない。






 ちなみにマドカには、僕たちが結婚を前提に付き合っていることはまだ内緒にしてある。けれどマドカはもう薄々それに気が付いているようだった。


 祭祀休み前にホノカさんを家に連れてきたときには、彼女のことを「ホノカおねえちゃん」と呼んで自分から甘えていたくらいだ。


 マドカは元々人懐っこいし寂しがり屋なので、家族が増えるのが嬉しいのだと思う。皐月忌で家を出る前日にはマギホでホノカさんと「カナメちゃんをよろしくね」なんて話しているのを聞いてしまった。


 それを聞いて僕は、マドカはなんて天使のように素直で愛らしいのかと密かに感動してしまった。我が妹ながら、自分とのあまりのコミュ力の差に驚かされてしまう。






 昼食を終え夕方近くになった頃、ようやく神田の田植え作業が終わった。仕事が終わって駆け付けた母さんと一緒に、僕は早乙女の衣装を脱いで体を清めたマドカを迎えた。マドカはまっすぐ母さんの胸に飛び込むと、顔を埋めたまま無言で母さんに抱き着いていた。


 やがて顔を上げたマドカは目の端に浮かんだ涙をぐしぐしと拭った後「ただいまお母さん、カナメちゃん! それにホノカおねえちゃん!」と笑顔で言った。およそ10日ぶりに見るマドカは、なんだか少し大人びて見えた。


 マドカは分隊の皆から神事の様子を口々に褒められ、大満足の様子だった。特にエイスケの撮った自分の映像を見た時は、目を皿のようにして食い入るように見つめていた。いつものことだけど、エイスケの撮る映像は本当にすごいのだ。マドカに尊敬の目を向けられ、エイスケも鼻高々だった。


 僕たちはマドカを交え、その場で少し早めの夕食を摂った。他の内早乙女の家族も同じように行楽弁当を広げている。皐月忌でずっと外に出られなかったマドカは、皆で食べる夕食が本当に楽しい様子だった。


「今年はカナメちゃんのお友達がいっぱいいて、すごくにぎやかだね!」


 そう言ってマドカは母さん特製の卵焼きを嬉しそうに頬張っていた。






 夕食が終わり帰り支度を始めていると、ホノカさんが近くを通りがかった二人連れを見て突然「あっ」と声を上げた。


「しにが・・・じゃなくて、新道先輩!?」


 ホノカさんの声に気づいてこちらを向いた途端、そう声を張り上げたのは航空科1年の飴野さんだった。訓練飛行中に墜落した『飛燕』に乗っていたあの女の子だ。


「飴野さん? どうしてこんなところに?」


 僕がそう尋ねると、彼女はたちまちしどろもどろになった。


「あ、あの、それは・・・。」


 結局何も答えられないまま彼女は黙り込んでしまった。






「ウズメ、どうかしたのかい?」


 彼女が急に立ち止まったせいで、彼女の連れのおばあさんが彼女へ心配そうに声をかけた。


「おばあちゃん、こちら、航空科の先輩の新道さんとそのご家族よ。」


 飴野さんが小さな声でそう言った突端、おばあさんは泥だらけの畦道に土下座し、額を地面にこすりつけた。


「このような場所で貴族様にお会いするとは思わず大変失礼いたしました。どうかご勘弁ください。」


「お、おばあちゃん!」


 驚く僕たちの前で飴野さんはうずくまったおばあさんを何とか立たせようと必死になっていた。僕は思わずおばあさんに駆け寄り、すぐにその手を取った。






「誤解なさらないでください。僕は貴族ではなく平民です。」


「へ、平民? どうして平民が・・・ああ、そうですか。あなたもそうなのですね。」


 おばあさんは僕の差し出した左手を握って立ち上がった後、気の毒そうな調子でそう言った。そのときになって初めて、僕はおばあさんが盲目であることに気が付いた。


「ウズメのこと、よろしくお願いします。」


 おばあさんはそう言って何度も僕に頭を下げた。僕は何と言ってよいか分からず曖昧に「はい」としか返事することができなかった。


 飴野さんはおばあさんの服の汚れを丁寧に払った後、僕たちに向かってぺこりと大きく頭を下げた。






「おばあちゃんがご迷惑をおかけしてすみませんでした。」


「そんな、迷惑だなんて・・・。」


「それで・・・どうかこのことは誰にも話さないでください。お願いします。」


 僕の目を真剣な様子で見つめた後、彼女は僕の答えを聞く前にまた大きく頭を下げた。丸まった彼女の背は小さく震えていた。


「どうかお願いします。私にできることなら何でもしますから、今日ここで私に会ったことはどうか誰にも言わないでください。」


 彼女は頭を下げたまま、もう一度そう言った。彼女の頬は下を向いていてもはっきりわかるくらい青ざめていた。






「安心して飴野さん。絶対に誰にも言わない。約束するよ。ね、みんな?」


「もっちろん! 分隊長の言うことは絶対だからね!」


 僕がそう言うとマリさんが右手の親指を突き上げながらそう言った。他の皆も同じように頷いている。


 マドカは飴野さんに「カナメちゃんは絶対に約束を破らないから大丈夫だよ、おねえちゃん!」と話しかけ、彼女を肩に優しく触れていた。それを聞いた飴野さんはようやくホッとした様子で顔を上げた。


 その後、飴野さんはおばあさんの手を引きながら、帰っていった。おばあさんは何度も振り返り、そのたびに僕たちへ向かって小さく頭を下げていた。二人の姿を見送った後、マドカが僕の手を握りながら僕に言った。






「あのおねえちゃん、カナメちゃんの学校の人だったんだ。」


「マドカ、飴野さんのこと知ってるのか?」


「うん。今日一緒に内早乙女をやったもん。もう何度も内早乙女をやってるらしくて、年下の子たちにもすごく優しくしてくれてたよ。でもたしか飴野じゃなくて村下さんって呼ばれてたけど・・・?」


 マドカはそう言って頭を捻った。


「まあ、いいじゃねえか。なんかあったら俺たちで助けてやろうぜ。もっとも言われなくても、お前はとっくにそのつもりなんだろうけど。」


 エイスケがそう言うと、分隊のみんなは笑いながらうんうんと頷いた。マドカも同じように頷いている。僕は苦笑いしながら、思わず左手で頭を掻いた。その様子を見て、母さんはとても嬉しそうな顔をしていた。






 片付けを終えた僕たちは家路についた。御田植祭が終ると夏に向けての実習が始まる予定だ。通常、3年生の実習は皇国軍の演習に同行して、大型魔獣討伐の基礎訓練を行うことになる。でも特別訓練課程生である僕たちは、通常の3年生とは違う訓練をすることになるかもしれない。


 でもどんな訓練であっても、分隊の皆がいればきっと乗り越えられるに違いない。


 これから巻き込まれる恐ろしい波乱のことなど全く予想しないまま、この時の僕は呑気にそんなことを考えていたのでした。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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