39 3年生開始 後編
本日2話投稿しています。こちらは後編です。校正が不十分なので読みにくいところがあると思います。少しゆとりが出たら、もう少し書き直すかもしれません。
蜥蜴人族の大居留地がある宮崎平野を超低空で駆け抜けた後、僕たちは日向灘沖合の海上でマーカー回収訓練を行った。途中、現界前の飛行型魔獣に3回遭遇したけれど、魔力機銃と攻性防壁ですべて撃退することができた。
1年前の僕なら、途中で魔力切れを起こして不時着を余儀なくされていただろう。でも今はまだ大分魔力にゆとりがあった。
僕の魔力は今、日に日に成長している。
一般的に魔力は12歳ごろからがもっとも成長する時期だ。個人差はあるけれどこの成長期は18歳ごろにまで続き、その後は鍛錬次第でゆっくりと伸びていくことになる。
だから魔力が増えること自体は特におかしくない。けれどその伸び方が少し大きすぎるように思うのだ。
先生や母さんに相談しても「その時期はそういうものだよ」としか言ってくれない。ただ僕はその目の中に、ほんの少し心配の色が隠れているような気がしてならなかった。
もしかしたらこの魔力の成長は父さんやクロの影響なのだろうか・・・?
僕は母さんたちにそう尋ねたい気持ちをぐっと飲み込む。それは、言葉に出してしまうことで何か恐ろしいことが本当に起こってしまいそうな気がするからだ。
何が起こってもいいように自分を鍛えるしかない。僕は自分にそう言い聞かせ、残りの訓練メニューに意識を集中させた。
訓練をすべて終えた頃には、西の空が少し赤くなり始めていた。エイスケの補助がないのでスコアはさほど良くはないけれど、何とか無事に終えることができて、僕はホッと胸を撫でおろした。
学校へ帰投するため機体を大きく旋回させたところで突然、ホノカさんが緊迫した様子で声を上げた。
「緊急救難信号を受信。機体識別は航空科2年生の『飛燕』。1時の方向、距離およそ80㎞です。」
ホノカさんが端末に示した周辺地図を見て、宇津井先生はわずかに眉を上げた。
「西都城砦群の北方付近だな。厄介な空域に迷い込んだものだ。近くに機影は?」
「訓練飛行中の同型機が4機。しかしいずれも飛行型魔獣と交戦中のようです。」
魔導レーダーの情報を確認するとホノカさんの言う通り、僚機を示す水色の光点に赤い光点が群がっているのが見えた。
特に少し離れた海沿いの場所にいる水色の光点には、恐ろしい数の赤い光点が集まっている。この僚機だけずっと動いていないところを見ると、おそらく不時着してしまったのだろう。もしかしたら魔力切れかもしれない。
飛行訓練を始めたての頃は魔力配分のぺースが分からないので、こうやって不時着してしまうことがあるのだ。僕自身も去年の今頃に何度か同じ経験しているからよく分かる。
ただまだ訓練を初めて1か月経っていないはずなのに、こんなに遠くまで訓練飛行を行うなんてちょっと変だ。去年、笹崎教官は僕たち全員がそれなりに飛べるようになるまで基地周辺を訓練領域に指定し、そこから出ないようにと口酸っぱく言っていた。
最初からあえて厳しくするのが細田教官の方針なのかもしれない。けれどちょっとやり方が強引すぎるような気がする。
「直ちに救援へ向かう。カナメくん、いいな?」
「(了解しました。)」
宇津井先生の声で僕はすぐに物思いを中断した。そしてホノカさんの示してくれた周辺情報を確認すると、救難信号を発している不時着機体の下へ全速力で移動を開始した。
現場に接近すると、茜色に染まった海の上を飛ぶたくさんの黒い鳥の影が目視でも見えるようになった。
「やはり凶海烏か。営巣地に近づきすぎたのだな。」
宇津井先生の言葉で、僕は今日勉強したばかりの魔獣学の知識を記憶の中から引っ張り出した。
凶海烏は恐るべき力を持つ海棲魔獣『屍毒妖鳥』の眷属だ。
屍毒妖鳥は美しい女性の上半身を持つ鳥型の魔獣で体長はおよそ8m。広げた羽根の両翼は20m以上にもなる巨大な魔獣だ。
彼女たちはその名の通り羽根から強力な屍毒を放つことで知られている。またその鳴き声には強力な催眠作用があり、何らかの手段で抵抗しない限りわずかに耳にしただけでたちまち行動不能になってしまう。
ただその恐ろしい生態とは裏腹に非常に臆病な性格で、滅多に自分の縄張りである洋上の孤島から出てくることはない。彼女たちの毒や鳴き声はあくまで自分の身を守るための能力であり、積極的に他の生物を襲うことはないのだ。ちなみに彼女たちの主食は中型の海棲魔獣と大型魚らしい。
凶海烏はその屍毒妖鳥と共に暮らしている。眷属である彼らは主人の毒と鳴き声に強い耐性がある。体長はおよそ1mほどだが翼は他の海鳥に比べて短く、速く飛ぶことは苦手だ。また長く飛ぶこともできない。つまり鳥型魔獣の中でも最弱クラス。
彼らは屍毒妖鳥と共に暮らすことで、外敵から身を守ってもらっているのだ。同時に屍毒妖鳥は、凶海烏を目当てに集まってくる中型の肉食魔獣を狩ることで、縄張りを離れることなく効率よく食料を得ることができるというわけ。
だから彼らは主従であると同時に、共利共生の関係にあるといえる。クマノミとイソギンチャクの関係に似ているかもしれないね。
そういうわけで、凶海烏は滅多に主人の元を離れることはない。ただそんな彼らが唯一、縄張りを離れて移動する時期がある。それがこの4月から6月にかけての繁殖期だ。
研究者によればこれは、生まれたばかりの凶海烏のヒナには屍毒妖鳥の毒への耐性がないからだと言われている。凶海烏は海中で捕食した小魚を吐き戻してヒナに与える。その時に与えられる餌を通して、ヒナは毒の耐性を獲得しているらしい。
つまりこの繁殖期は弱い凶海烏が唯一、自分の力で身を守らなくてはならない時期なのだ。だからこの時期の凶海烏の営巣地にうっかり近づくと、群れの成鳥たちから一斉に攻撃を受けることになる。
彼らは海沿いの崖や岩場など他の生き物が近づきにくい場所に営巣地を作る。西都城砦東岸にも彼らの巨大な営巣地があるため、城砦に住む人間たちはおろか、海沿いの温暖な土地で暮らす蜥蜴人族ですらこの時期にはこの辺りの海には近づかない。
救難信号を出している2年生の機体は、運悪くこの営巣地のすぐ近くに不時着してしまったらしい。最弱とはいえ凶海烏もれっきとした魔獣であり、集団で襲われればかなり危険だ。
中でも特に危険なのは彼らの出す鳴き声。彼らの鳴き声には主人である屍毒妖鳥と同じく催眠作用があり、生身で聞くと混乱状態に陥ってしまう。またわずかではあるけれど空気中の魔素を変性させ、魔導機の機能を狂わせることすらある。
不時着した機体の搭乗者が正しく対処していれば問題ないけれど、うっかり機体から出てしまいでもしたら大変だ。おそらく今襲われている数機の『飛燕』は、不時着した同級生を救出しようとしたのだろう。
でも思った以上に凶海烏の攻撃が激しく近づけなかったのだと思う。練習機である『飛燕』には小型の魔導機銃しか搭載されていないし、防壁を作る機能も限定的だ。飛行訓練を始めたばかりの2年生では、そのどちらもうまく使いこなせなかったに違いない。
「群れの一部が西都城砦に接近しようとしています!」
ホノカさんの言う通り、西都城砦に向かった一機の『飛燕』を追って、凶海烏たちが城砦の方へ向かおうとしていた。
どんな時であっても、人々の暮らす城砦に魔獣を近づけることは絶対にタブーとされている。魔獣から撤退するときも城塞から離れるように移動するのが皇国軍の鉄則なのだ。
しかしあの機体の搭乗者はそれを破ろうとしている。おそらく凶海烏の鳴き声で混乱状態になっているに違いない。このままではあの機体だけでなく、城砦が危ない。
「カナメくん、やれるな?」
宇津井先生にそう問われると同時に、僕は『白鷹』を急速反転させていた。
「(ホノカさん!)」
返事はなかったけれど、その代わりに僕の視界に映る凶海烏たちに緑色の対象捕捉が表示された。
素早い彼女の対処に応えるべく、僕は魔力機銃から白い光弾を撃ち出す。光弾の命中した数羽の凶海烏がたちまち四散し、夕焼け空に黒い羽が飛び散った。
突然の襲撃で城砦に向かっていた群れは怒り狂い、その攻撃対象を僕に移したようだった。凶海烏たちは激しい警戒の鳴き声を上げながら、僕の操る『白鷹』めがけて続々と集まってきた。
僕の感覚は『白鷹』と完全に一体化しているため、主観的には空を飛ぶ自分の体めがけて一斉に魔獣たちが押し寄せてくる感じがする。マリさんたちといろいろな魔獣と戦ったおかげで大分慣れてきたとはいえ、それでも本能的に背筋がゾッとするような恐怖で身が竦んでしまう。
上級生の僕でもこうなのだから、まだ飛行訓練を始めたばかりの2年生はきっと相当恐ろしかったに違いない。
「このまま営巣地付近まで誘導しよう。その間に退避するよう、周辺の『飛燕』に通信したまえ。」
宇津井先生の指示に従いホノカさんの通信を出すと、『飛燕』が次々と戦場を離脱していった。僕は彼らと城砦から離れるように、わざと大きく営巣地の上空を低空で飛行する。
新たな脅威を感じた凶海烏たちは、僕の方に集まってくる。僕は機体の内外に通常の魔力防壁を展開してホノカさんたちと自分の身を守りながら、営巣地近くの岩場に不時着している『飛燕』に近づいて行った。
「(こちら高天原防衛学校第222独立教育分隊。応答を願う。)」
僕は通信で不時着機に呼び掛けた。もしかしたら搭乗者が魔力切れで気絶しているかもしれないと思ったからだ。
でもすぐに女の子の声で「ヒッ!? し、死神分隊!?」と悲鳴のような応答が返ってきた。
僕たちの分隊がそう言われているのは何となく知っていたけれど、こんなにはっきり言われたのはこれが初めてだ。僕は苦笑を堪えながら、もう一度応答を呼びかけた。
「し、失礼しました! こちらは、た、高天原防衛学校魔導防衛科 航空魔導機教育隊2年 飴野カズミです!」
よほどテンパったのか、飴野さんは略号ではなく正式な所属名で返答してきた。僕は笑いが声に混ざらないように気を付けながら、短く彼女に問いかけた。
「(飛べそう?)」
「あ、それは、無理そうです・・・。」
泣きそうな声で彼女はそう返事をした。
「ではそちらの機体を回収します。耐衝撃姿勢で待機しておいてください。」
僕は不時着している飴野さんの『飛燕』に『白鷹』の胴体を密着させ、魔力のアームを伸ばして機体を固定した。これは汎用作戦支援機である『白鷹』の標準機能だ。
魔力の防壁で飴野さんの機体も覆ったまま、僕はゆっくりと岩場から浮上した。そのままゆっくりと海上へ飛行する。もうすっかり日が落ちているけれど、凶海烏たちは諦めることなく僕への攻撃を続けていた。彼らは彼らで、自分の巣とヒナを守るために必死なのだ。
通常の状態なら一気に加速して凶海烏たちを引き離してしまうのだけど、下に飴野さんを抱えた状態なのでそれは出来ない。だから僕は魔獣たちを引き連れたまま、ゆっくりと海上を東へと移動していった。
十分に引き付けたところで、ホノカさんが解析してくれた音波を発する。これは大型の飛行魔獣が逃げるときの悲鳴を疑似的に再現したのものだ。音波を聞いたことで凶海烏たちは安全を確信したのだろう、次々と僕から離れ巣で待つ家族の下へと帰っていった。
僕は飴野さんを抱えたまま学校へ戻った。管制の指示に従い2年生の機体が集まっている滑走路へ彼女の機体を降ろした後、旧校舎にある自分たちの格納庫へ『白鷹』を戻す。
格納庫ではエイスケとカナ博士、それにマリさんたちが僕たちの帰りを待ち受けてくれていた。皆に簡単な報告をした後、皆で機体の点検をしていたら、笹崎教官に呼び出された。
ホノカさんと一緒に格納庫から校舎の教室に移動すると、そこには宇津井先生と笹崎教官、そして硬い表情をした細田教官と航空科の制服を着た女の子がいた。細田教官は僕たちの顔を見るなり、無言で女の子の背中を乱暴に叩いた。
「あ、あの・・・助けていただいた飴野です。ありがとうございました。」
眼鏡をかけた丸顔の女の子がそう言ってぴょこんと頭を下げる。飴野さんは僕と同じくらいの背丈で、地味な顔立ちをしたふっくら体型の女の子だった。決して太っているわけではないけれど、なんというか柔らかそうな感じがする子だ。
こんな子が本当に戦闘用魔導機の搭乗者になれるのだろうかと少し心配になってしまう。まあ、僕が言えた義理じゃないんだけどね。
そんな彼女を細田教官は苦り切った顔で睨みつけてから、宇津井先生に向き直った。
「救援感謝いたします、宇津井教官殿。」
「当然のことをしたまでだ。礼には及ばない。」
全然感謝していない表情の細田教官と宇津井先生が睨みあう。先生は何も言わなかったけれどその目には細田教官を非難するような光が見て取れた。多分、今日の訓練コースの設定について思うところがあるのだろう。
それを感じ取ったのか、大柄な細田教官は「おほん」とわざとらしい咳ばらいをしてみせた。
「本当にお手数をおかけしてしまいました。ですがこちらもすぐに回収用の機体を向かわせていたのです。」
「それはそうでしょうな。」
言外に「余計なことをしてくれた」と言いたげな細田教官の言葉を、宇津井先生は笑顔でいなした。細田教官は何も言わず後ろを振り返って歩き出したが、すごく小さく「ちっ」と舌打ちする音がはっきりと聞こえた。細田教官は最後まで、同じ教室にいる笹崎教官の方を見ようとはしなかった。
飴野さんはオロオロした様子で細田教官の後を追いかけていったけれど、教室を出る前にくるりと僕の方を振り返り、もう一度ぺこりと大きく頭を下げた。その瞬間、2年生とは思えないほど大きな胸がぷるんと弾むのが目に入り、僕はちょっとドキッとしてしまった。
二人が出て行ったあと、宇津井先生は困ったように笑いながら小さく息を吐いた。
「嫌われたものだな。まあ、気にすることはない。今日はもう遅い。カナメくんは早く帰り給え。」
先生たちと別れた僕は、帰り支度をするために皆の待つ格納庫へ向かった。その道すがら、僕は隣を歩くホノカさんに話しかけた。
「今日は大変だったね。でもホノカさんのおかげで本当に助かったよ。ありがとう。」
でもホノカさんは小さく「うん」と言っただけで黙ったままだった。
「大丈夫? もしかしてどこか痛めた?」
僕は足を止めて彼女に向き直った。彼女は無言で僕の顔をじっと見上げていたけれど、やがて口を開いてこう言った。
「飴野さん、かわいい子だったね?」
「う、うん。そうだね。」
突然そう言われて僕は何と返事をしたらいいか困ってしまった。特にかわいい子だとは思わなかったけど、あえて否定するのもなんか変だ。だから曖昧な返事しかできなかった。
彼女は「ふーん?」と言いながら僕の顔を覗き込んできた。僕はその様子にどぎまぎして、耳の先が熱くなるのを感じた。
「なに? ホノカさん?」
僕が赤い顔でそう尋ねると、彼女は嬉しそうな顔でにっこりと笑った。
「なんでもないよ。さ、皆の所へ行こう。」
彼女はそう言って僕の手を取るとさっさと歩き出した。彼女の頬は赤く染まり手は燃えるように熱くなっていた。
その日は帰り支度をして、団長さんに護衛されながらそのまま家に帰った。別れ際、ホノカさんはもうすっかりいつもの彼女に戻っていた。
布団に入った後、なぜかホノカさんのことが頭をちらついてなかなか寝付けなかった。
彼女は何を言いたかったんだろう? なんで僕にあんなことを聞いたのかな?
いくら考えてみても全然分からない。そうして考えているうちに、僕はいつの間にか眠りに落ちていたのでした。
読んでくださった方、ありがとうございました。




