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36 父の物語 後編

本日2話投稿しています。こちらは後編です。

 ハヤトはタダヒト隊長夫妻の家に引き取られ、皇国軍兵士として働くことになった。夫妻には子どもがいなかった。のちにタダヒト隊長の奥方は生まれつき体が弱く、子どもに恵まれなかったのだということをハヤトは知った。


 隊長は奥方ともども、自宅で彼を本当の息子のように扱ってくれた。そして職場である戦闘部隊内では、指揮官としてまた教師として彼に色々なことを教えてくれた。暖かな二人によってハヤトは、徐々にではあるが人間らしい気持ちを取り戻していった。


 隊長と暮らし始めてしばらく後、ハヤトは奥方の旧姓である『新道』を名乗ることが決まった。隊長の姓は事情があって名乗ることができなかったからだ。新道ハヤトという名を得たことで、彼は正式に皇国の一員として暮らせるようになった。






 そんな暮らしの中でも、ハヤトは相変わらず絵を描いていた。彼は身の回りにあるものや新しく目にしたものを、手当たり次第に描画帳スケッチブックへ描いていった。その中でも彼が一番多く描いたのは隊長の奥方の顔だった。夫妻は彼の絵をとても褒めてくれた。


 彼はこうしてようやく穏やかな暮らしを手に入れた。しかしやはり白い校舎の仲間たちの笑顔だけは描くことができないままだった。






 ハヤトが20歳の夏、隊長の奥方が急死した。直接の死因は心臓発作だったが、その年の初め頃から奥方の体が少しずつ弱って来ていたのをハヤトも気が付いていた。


 葬儀の後、隊長はハヤトに「しばらく一人で暮らそうと思う」と切り出した。ハヤトは隊長を一人にするのが心配だった。けれど自分なんかが「一緒にいます」ということが、正しいことなのかどうかわからなかった。だから結局彼は隊長の申し入れを受け入れ、皇国軍の宿舎に移ることになった。


 任務で顔を合わせると、隊長はこれまでと同じようにハヤトに接してくれた。しかしハヤトは、隊長がどこか無理をしているように感じられてならなかった。






 ハヤトが23歳の春、隊長の部隊に新しい女性施療師が配属されてきた。立花マコトという名のその施療師は17歳。彼女は地味な見た目ながらも、整った美しい顔立ちをしていた。


 部隊内の男たちが彼女の気を引こうと躍起になる中、彼はひたすら兵士として任務をこなし、魔獣を狩り続けた。そうすることだけ自分がここにいていい理由なのだと、彼は固く信じていた。


 彼は隊長と暮らすようになってから一度も、あの大太刀を作り出したことはなかった。隊長は彼にそれを厳しく禁じた。


「その力は強大すぎる。いつか君自身を滅ぼしかねない。だから絶対に使ってはいけないよ。」


 胸の奥に眠る力を引き出せば、たいがいの魔獣は一撃で葬り去ることができる。それにどんな傷を受けたとしても、一瞬で癒すことが可能だ。だが彼は隊長との約束を守り、自分の力を封印し続けた。それは自分のためでなく、ただ隊長を悲しませたくなかったからだった。






 任務にのめり込む彼は、部隊の誰よりも傷を負うことが多かった。しかし大概の傷なら一日もしないうちに塞がってしまう。だから彼はどんなに傷を受けたとしても、これまで施療師の世話になったことがなかった。


 ところがある日、他の隊員を庇おうとして、彼は常にないほどの大きな傷を受けてしまった。傷を負いながらもなんとか魔獣を討伐した彼だったが、さすがに一人で動くことはできず、施療師の下へ運び込まれた。


 部隊待機所の医務房で施療のために彼の体を診たマコトは、彼の体に無数に残る傷跡を見て息を呑んだ。彼が怪物になりかけた時に負った、あの古い傷跡だった。しかしそのことに触れることなく、彼女はてきぱきと彼の傷を癒し始めた。


 彼女の手が触れた場所から痛みが消え、徐々に傷が塞がっていく。不思議な癒しの力を目の当たりにして、彼は彼女に少しだけ興味を持った。


 彼が丁寧に礼を言うと彼女は嬉しそうに微笑んで「お大事になさってくださいね」と言ってくれた。






 それからというもの、彼は無意識のうちに彼女の姿を目で追うようになってしまった。どうやら彼女も彼と同じらしく、ふとした瞬間に目が合うことが多くなった。


 彼は目が合ってもすぐに目を逸らしてしまった。それがなぜなのか自分では理解できなかった。気が付くと彼はいつの間にか、彼女の絵ばかり描くようになっていた。すると波立っていた気持ちがすうっと落ち着いていくような気がするのだ。彼はそのことが不思議でならなかった。


 ある日、彼は思い切ってそのことを隊長に尋ねてみた。彼の話を聞き、彼の描いた彼女の絵を見た隊長は、何とも言えない嬉しそうな顔で笑った後、こう言った。


「この絵を彼女に見せてみるといい。他には何も言う必要はないよ。」


 彼は隊長の言う通り、その日のうちに彼女の所へ行った。絵を見た彼女は耳まで真っ赤になった後、彼に「私こんなに美人じゃないですよ」と言って笑った。彼はそれが許せなかった。






「いや、そんなことはない。君はとてもきれいだ。俺は絵にだけは自信があるんだ。だから絶対に間違いない。」


 真面目な顔でそう言い切った彼の言葉を聞き、彼女はポカンとした表情で彼を見つめたあと、くすくすと可笑しそうに笑い始めた。


「もしかして私を口説いてますか?」


「口説く? 口説くって何のことだ?」


 真剣な顔で首を捻る彼を見て、彼女はまた笑い「新道さんって面白い人ですね」と言った。






 それから二人はゆっくりと時間をかけ、徐々に関係を深めていった。一年が経つ頃には、さすがのハヤトも自分が彼女を求めているのだということに気が付いた。ハヤトは彼女に結婚を申し込んだ。彼女はハヤトの過去をすべて理解した上でそれを受け入れてくれた。二人は夫婦となった。


 1年後、マコトは子どもを身籠った。彼女はそれをとても喜んだ。しかしハヤトは嬉しい反面、心配だった。自分の中に眠る恐ろしい怪物が、自分の子どもにも憑りつくのではないかと恐れていたからだ。


 生まれたのは男の子だった。小さな体を震わせて懸命に泣き声を上げるその姿を見た時、ハヤトはそれまで自分が抱いていた恐れの気持ちがどうでもよくなってしまった。ただそこにいるだけで、その小さな命はハヤトの苦しみや悲しみをすべて拭い去ってくれたのだ。


 ハヤトは恐る恐る生まれたばかりの子を抱きながら、まだ横になっているマコトに何度も「ありがとう」と繰り返した。ただその言葉はひどく震えていて、まったく形を成していなかった。それでもマコトは優しい瞳で、我が子を抱く夫へ頷き返した。






 産院から小さな我が家へ一人戻ったその夜、ハヤトはふと思い立ってスケッチブックを取り出した。彼はいつものように死んでいったあの白い校舎の仲間たちの顔を心に思い描いた。


 思い出の中の彼らは、彼の瞼の裏でいつも楽しそうに笑っている。しかしこれまではどんなに頑張っても描いても、その笑顔を形にすることはできなかった。出来上がった仲間たちの絵は、いつも彼を悲しそうに見つめていた。だから最近はほとんど仲間の絵を描くことはなくなっていたのだった。


 彼は無心になって鉛筆を動かした。絵が出来上がった時、彼は信じられない気持ちで今自分が描いた絵を見つめた。


 絵の中の仲間たちは笑っていた。彼は長い年月を経てようやく、笑顔の仲間たちと再会することができた。彼は出来上がった絵を抱きしめ、声を上げて泣いた。こんな風に声を上げて泣いたのは、875号と最後に別れたあの夜以来のことだった。






 ハヤトとマコトは生まれた我が子にカナメと名付けた。ハヤトが「この子はかけがえのない大切な存在だ」と言った言葉から、マコトが考えて付けてくれた名だった。


 カナメは他の子に比べると少し体が小さかったが、活発で明るい子どもだった。ハヤトが心配していた怪物の兆候も全く見られなかった。母親に似て、生まれつき魔力が高い他は特に変わったこともなかった。ハヤトの前半生からは想像もできないほど、穏やかで暖かな暮らしがそこにはあった。


 カナメが一歳になった頃、ハヤトとマコトは所属する部隊ごと帝都から皇国辺境の高天原防衛基地へと異動することになった。このところ皇国南部地域での魔獣災害が急増しており、皇国軍の精鋭部隊を再編制して警戒に当たらせるという大規模な作戦によるものだった。


 基地近くの高天原城砦群第一城砦に新居を構え、二人の新しい生活が始まった。ハヤトはこの作戦で幾つもの大きな戦功を上げ、前線の下級兵士たちから一目置かれる存在となっていた。


 そんな順調な暮らしは数年間続き、やがてハヤトは二人目の子どもを授かることができた。カナメは妹マドカの誕生を殊の外、喜んだ。


 ハヤトはずっと絵を描き続けていた。彼らの暮らす小さな家の壁はハヤトが家族の幸せな日常を描いた絵とカナメが描いた家族の似顔絵、そして笑っている白い校舎の仲間たちの絵が大切に飾られていた。











 その日、ハヤトは皇国南限にある霧島防衛基地にいた。数日前から桜島に生息する激甚級魔獣、巨大溶岩竜ラーヴァドラゴンの動きが活発になっており、眷属たちが北進してくる恐れがあるため大規模な掃討作戦が計画されていたからだ。


 作戦内容はそれまでも何度も経験しているもので、特に心配するようなものでもなかった。ただその日は、なぜか朝から妙な胸騒ぎがしてならなかった。


 昼を大分過ぎた頃、彼は出撃に備え他の兵士たちと共に溶岩竜の眷属たちと向かい合っていた。その時、突然目の前に迫っていた魔獣の群れが、一気に戦列を乱し、三々五々出鱈目に動き始めた。それを見た瞬間、ハヤトは自分でも分からない謎の衝動にかられて咄嗟に「伏せろ!」と叫んでいた。


 ハヤトの周辺にいた兵士たちが反射的に身を伏せると同時に、巨大な地響きと共に地面が大きく縦に揺れた。伏せるのが間に合わなかった兵士たちの多くは姿勢を崩して激しく体を投げ出された。続いて地面を這うように大きな魔力の衝撃波が兵士たちを襲った。投げ出された兵士たちは無防備な状態でその衝撃を受け、すぐさま意識を刈り取られた。


 ハヤトと周辺の兵士は咄嗟に耐魔防御装置を起動させることで気絶を免れた。恐る恐る立ち上がった兵士の一人は、目の前に広がる光景を眺めて呆然と呟いた。


「なんだ、ありゃあ・・・。」


 彼はそう言ったっきり絶句して凍り付いたように動かなくなった。






 ハヤトも全くその兵士と同じだった。いつものように溶岩を噴き上げる桜島に向かって、巨大な溶岩竜がその身を沈めようとしていた。それに追随するように、竜の眷属たちも溶岩の中に隠れようとしている。炎に包まれた灼熱地獄のような南九州の大地から、波が引くように魔獣たちは一斉に姿を消そうとしていた。それはまるで、これから訪れる恐ろしいものから必死に逃れようとしているかのようだった。


 他の兵士と共に呆然とその光景を見つめるハヤト。だがその時、彼の脳裏にまったく、別の恐ろしい光景が過った。


 彼と彼の暮らす城砦しろの中に突然出現する炎の巨人たち。巨人たちは炎で出来た身体から恐ろしい勢いで灼熱の火焔を噴き上げ、家々や人々を焼き尽くしている。


「ぐうっ・・・!!」


「ど、どうした、大丈夫かハヤト!?」


 呻き声を上げて頭を抱えるハヤトを同僚の隊員が心配そうに覗き込む。ハヤトは頭を振り、脳内で繰り広げられる光景を振り払おうとした。しかしまるで目の前で起こっているかのような、やけにリアルな幻覚は、どうやっても消えてくれなかった。それどころかひどく切迫感を伴う強い頭痛と共に、言い様のない衝動となって彼を襲った。






「おいハヤト! どこに行くんだ!?」


 気が付いたとき、ハヤトは戦列に並ぶ戦友たちを後ろへ置いて、高天原の方へ走り出していた。自分を呼ぶ仲間たちの声が聞こえたが、彼はそれを無視した。


 彼は必死に駆けた。しかしここは高天原から数十キロ離れた霧島山中。仮に彼の見ている光景が現実だとするなら、到底間に合うわけはない。


 そう思った次の瞬間、ハヤトの体から爆発的な白い光が放たれた。気が付いたとき、ハヤトは白い大鎧を纏い、大太刀を携えたまま、滑るように大空を駆けていた。一歩足を進めるごとに、恐ろしい速度で風景が後ろへ流れていく。彼は焼け付きような体の痛みも無視し、必死に足を動かし続けた。






 ハヤトが高天原城砦群に辿り着いたのは、霧島を出て数分後のことだった。上空から見えたのはまさに灼熱の地獄絵図だった。


 彼が必死に守ってきた街並みは、城砦内に出現した無数の炎の巨人たちによって焼き尽くされていた。彼は家族の安否を確認するため、我が家へと向かった。


 しかしそこに在ったのは炎に焼き尽くされ灰燼と化した残骸だった。彼の大切なものはすべて炎に包まれ失われていた。家族の思い出が詰まった我が家も、そこに飾られていた大切な絵もすべてが・・・。


 カナメやマドカ、それにマコトの姿は見えなかった。彼はまだ燃えくすぶる残骸へ分け入った必死に家族の痕跡を探したが、何も見つけることはできなかった。


 まさか、まさかこんな・・・!!


 彼は絶望に打ちのめされ、地面にがっくりと両手をついた。その瞬間、彼の心臓がドクンと大きく跳ね上がり、白い甲冑が溶けるように消えた。


 続いて彼の体が急速に膨らみ始めた。彼の体はまたあの時のように、怪物へと変貌しようとしていた。それはまるで、彼の体に封印されていた恐ろしい存在が、絶望に飲まれた彼になり替わろうとしているかのようだった。






『『『880(ハチハチマル)! あきらめちゃダメだ!!』』』


 その時、ハヤトの耳にはっきりと子どもたちの声が聞こえた。それは間違いなく、あの白い校舎で共に暮らした9人の仲間たちの声だった。


 彼はハッとして頭を起こした。そうだ、あのマコトが簡単に死ぬはずはない。彼女は絶対に生きて、子どもたちと一緒に逃げ延びている!!


 家族を探しに行こう。そう思った瞬間、彼の怪物化は止まった。再び人の姿へと戻った彼は、白い甲冑を纏って立ち上がった。


「ありがとう、みんな。」


 仲間たちに向かってそう言った後、彼は再び上空へと舞い上がった。炎をまき散らす巨人たちを手当たり次第に屠りながら、彼は必死に家族を探し続けた。しかし炎に包まれた広い城砦内で人を探すのは至難の業だった。太陽はすでに大きく傾き、夕闇が迫りつつある。


 彼を敵とみなした巨人たちは、今やハヤトに次々と群がり始めている。彼の心に再び絶望が広がり始めた。






 そのとき突然に、彼は右半身を焼き尽くされるかのような痛みを感じた。彼はその痛みに導かれるように、立ち塞がる巨人たちを次々と斬り払い、まっすぐに焦土を駆けた。


 上空に飛び上がった彼の目に飛び込んできたのは、頭から血を流して瓦礫の脇に倒れるマコトとその腕の中で泣きじゃくるマドカ、そして炎の巨人に右腕を掴まれているカナメの姿だった。


 ハヤトは空中で大上段に大太刀を構えると、上空から一気にカナメの腕を掴んでいる巨人を斬り伏せた。


 巨人は散り散りになって消滅した。投げ出された小さな体を空中で受け止めた彼の顔を見上げ、カナメは小さな声で呟いた。


「お、おとうさん・・・! やっぱり、きてくれたんだね・・・。」


 カナメはそれだけ言うと、彼の腕の中でぐったりと動かなくなった。その右半身は焼き尽くされ、特に右腕は肩から先が完全に炭化して失われていた。小さな心臓は鼓動を止めていた。






 息子の最期の言葉を聞いた瞬間、ハヤトは白い甲冑を消失させた。カナメの傷はどんな高位の癒しの技を用いたとしても元に戻すことはできない。ましてや癒しの力などないハヤトには手の施しようがなかった。


 唯一、命を助けられるとすれば、それは自分の中に眠る怪物の力だけ。致命傷すら一瞬で回復させ、体を捻じ曲げて再生させるあの力なら、あるいはカナメを救えるかもしれない。


 ハヤトはこの時初めて、自分の意志で怪物の力を呼び起こした。胸の奥から恐ろしい勢いで魔力が湧きあがり、彼の体をねじくれさせながら巨大化させていった。


 巨大化した全身を白銀の体毛が覆っていく。耳まで裂けた大きな口からは恐ろしい牙が飛び出し、幾重にも重なった鋭い歯が形成された。長く伸びた手足の先には黒く鋭い鉤爪。そして額から伸びる一本の長い黒角。地面を打つ銀色の長い尾。


 昇り始めた月に照らされる恐ろしい姿は、まさに魔猿だった。しかしその横顔にはどこか哀しい面影があり、魔獣化した瞳には冴え冴えとした理性の輝きが残っていた。






 この姿になった瞬間から、ハヤトはもう二度と人間の姿に戻ることはできないのだということを本能的に悟っていた。


「ガナメ、マドガ・・・マゴド・・・。」


 彼は長い舌を縺れさせながら、歪んだ声で愛する家族の名を呼んだ。そして魔獣化した右目を自らの爪で抉り取ると、その目をぐったりと横たわる我が子カナメの焼け崩れた眼窩に押し込んだ。


 カナメの体に憑りついた彼の右目から黒い触手のようなものが伸び、カナメの体の中に潜り始めた。その途端、カナメの体は電撃に打たれたかのようにびくりと震えた。止まっていた心臓が鼓動を刻み始めるとともに、カナメは激しく咳き込みながら再び呼吸を始めた。


 彼はその様子を見て満足そうに小さく微笑んだ。そして自分と家族に迫りつつある炎の巨人たちの方を向き直った。






 いまや高天原城砦に存在するすべての巨人たちが、ハヤトの下へと集まり始めていた。その空虚な炎の瞳は、恐るべき力で仲間を屠った彼への憎悪で満たされている。


 ハヤトは最期に一度だけ、家族の方を振り返った。そして前へと向き直った彼は両手を高く突きあげ、青白い光を放つ月に向かって大きく吠えた。彼の体から凄まじい勢いで闘気が吹き上がる。その姿はまるで、強敵に向かって堂々と名乗りを上げる太古の武者のようだった。


 巨人たちの群れが一瞬怯んだ様子をみせた。それを見た彼は一気に飛び出し、腕を大きく振るって数体の巨人たちを一度に薙ぎ払った。


 それでも湧き上がるように群がり続ける炎の巨人たち。怨敵を焼き尽くそうとする彼らの熱が、周囲の瓦礫を融解させていく。今や彼らの目的はハヤトを倒すことだけだった。


 隻眼の魔猿は巨人たちを人気のない焦土へと誘導した。まだ動けずにいる彼の家族から、少しでも敵を引き離すためだった。彼は一人、戦い続けた。





 今思い返せば、戦うことが彼の存在意義だった。しかしその戦いは彼のものではなく、常に知らない誰かのためだったように思う。戦っていない自分には価値がないような気がするから、彼は戦い続けていたのだ。


 だが今は違う。彼は明確な意思を持って自分のため、そして愛する家族のために戦っている。それが彼には誇らしい。灼熱の炎にその身を焼かれながらも、彼は大きな悲しみと共に、かつてないほどの満足感を感じていた。






 無限に湧きあがってくる魔力と戦いの興奮は、徐々に彼の理性を溶かしていった。


 ハヤトとしての意識が破壊の衝動に飲み込まれる刹那、彼の脳裏に白い校舎の仲間たちの姿が浮かんだ。仲間たちは両手を大きく広げ、笑顔で彼を迎え入れてくれていた。でもその笑顔はなんだか少し寂しそうに見えた。


「ありがとう。さよなら。」


 心の中でそう呟いたのを最後に、ハヤトの意識は完全に闇に飲み込まれたのだった。

読んでくださった方、ありがとうございます。校正が十分に出来ていないので後で直すかもですが、とりあえず投稿してしまいました。では仕事に行ってきます。

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