34 異世界
プロットの段階ですと、今三分の一くらいなので、100話前後で書き終わるのではないかと思っています。本当はもう少し短くしたいと思っていますが、テンポよく書くってすごく難しいです。
混乱した状態のまま、僕はエイスケたちと一緒にあの地下室を脱出し、高天原防衛学校の旧校舎へと避難してきた。
時刻は午後10時を少し過ぎたところ。いつもなら床に入っていてもおかしくない時間だ。でも興奮しているせいか、全然眠くはならなかった。
今、僕は宇津井先生の研究室の応接テーブルに座っている。両隣にいるのは宇津井先生と笹崎教官。そして向かい側に座っているのはあの女騎士団長さんと緑の肌をした亜人の女の子。二人の後ろには副長を含め、5人の女騎士さんが立ち並んで整列している。
彼女たちは移動する僕たちについて一緒にここへやってきたのだ。
簡単で儀礼的な挨拶の後、宇津井教官は彼女たちをこの部屋に招き入れた。なぜか僕も一緒にだ。
でもこの部屋に入ってもう大分時間が経っているのに、誰も話をしようとしない。
宇津井先生と笹崎教官は、口を引き結んで女騎士さんたちをじっと見つめている。女騎士さんたちも、緊張した様子でこちらを警戒するように見ていた。亜人の女の子にいたっては、敵意剥き出しと呼んでも差し支えないくらい強い視線で僕を睨みつけている。
のんびりとした様子でリラックスしているのは団長さんくらいだった。彼女はゆっくりと部屋の中を見回し、宇津井先生の研究資料である書籍類へ興味深そうな視線を向けている。
気まずい時間が流れる中、家妖精の花さんがお茶の入ったお盆を持ってやってきた。空中に浮かぶ二本の白い腕が、テーブルに座っている僕たちの前に人数分の茶托と湯飲みを並べていく。
「あら、ありがとうございます。」
団長さんはそう言うと、湯呑の中に入ったお茶を興味深げに覗いた後、ゆっくりと口を付けた。彼女の後ろにいた副官さんは一瞬それを押しとどめるような素振りを見せたけれど、結局何も言わなかった。
「このお茶美味しいですね・・・へえ、ほうじ茶って言うんですか。香ばしくて、とても団長好みの味です。」
お茶を飲んだ団長さんは中空に浮かんでいる花さんの腕に向かってそう話しかけた。団長さんには花さんの姿が見え、声も聞こえているようだ。花さんの指が嬉しそうに動いていた。
でも団長さん以外の誰もお茶に手を付けようしない。沈黙の中、団長さんの身に着けている籠手が立てる小さな金属音だけがやけに大きく聞こえる。
これ以上、この緊張感に耐えられそうにない。でも大人に囲まれている中で、僕が発言いいのだろうかと迷ってしまう。勝手に話して怒られないだろうかとドキドキしながら、僕は意を決して団長さんに話しかけてみることにした。
「あ、あの、助けてくださって本当にありがとうございました。」
僕の発言に、その場にいた全員がピクリと体を動かした。僕は怒鳴りつけられるのではないかと身構え、体を固くした。でも別にそんなことは起こらなかった。
ゆっくりと湯呑を茶托に戻した団長さんは、僕の方を向いて穏やかに微笑んだ。
「礼には及びませんよ、少年。団長は人として聖職者として当たり前のことをしただけです。連帯と救済が聖女様の教えですから。」
団長さんの笑顔でほんの少し緊張がほぐれた気がした。気持ちにゆとりのできた僕は、両隣にいる先生たちの様子をちらりと横目で窺った。
宇津井先生は黙って小さく頷いただけだった。どうやら話しかけても問題なかったらしい。笹崎教官に至っては目で「いいぞ、もっとやれ」と話しかけてきていた。そこで僕は、きっと先生たちには何か、率先して話をできない理由があるのだということに気が付いた。
僕は緊張で溜まった唾をごくりと飲み込み、再び団長さんに問いかけた。
「助けていただいた身で、あえて失礼を承知でお聞きします。あなた方は何者なのですか?」
団長さんは僕の問いかけに答えようと口を開きかけた。でもそれよりも前に、彼女の隣に座っていた亜人の女の子が鋭い声で僕に言ってきた。
「他人に名前を尋ねるなら、まず自分から名乗るのが筋ではありませんか? もしかしたらこの国ではそうではないのかしら?」
亜人の女の子に睨まれて、僕は思わず両隣に目をやった。宇津井先生がはっきりと頷いたのを見て、僕は自分の名前を名乗った。
「名前をお伝えするのが遅くなって申し訳ありません。僕は新道カナメって言います。」
「しんどうかなめ、不思議な響きですが、いいお名前ですね。団長はスィーリン・イル・アービヤドと申します。聖女教聖堂騎士団聖都警護部隊『白銀の乙女団』の団長を務めています。」
僕の名乗りに対し、団長さんは自分の名前を答えてくれた。彼女はさらに自分の隣の亜人の女の子を手で示しながら言った。
「こちらは真なる闇鬼族の技司、カナ・オオグチ博士です。団長と博士は、使命を帯びてこの地へ遣わされてきたのです。」
亜人の女の子は一瞬団長さんを横目で睨んだけれど、何も言わなかった。僕は団長さんに尋ねてみた。
「使命、ですか。」
でもその問いに答えたのは団長さんではなく亜人の女の子、つまり博士の方だった。
「単刀直入に言います。私たちはクローウェ殿を回収しに来ました。あなた方と一緒にいるのですよね?」
僕は戸惑って言葉に窮してしまった。すると彼女は笑って僕たち三人を順に見ながら言った。
「隠しても分かります。あなたはあの時、クローウェ殿の力を使って戦いましたよね? 私たちはそれを感知して、あの場に現れたのです。」
そこで彼女は一度言葉を切り、団長さんをちらりと見た後小さく息を吐いた。
「ただあそこで戦闘行為を行ったのは想定外でしたけどね。ちょっと困りましたが結果的にはまあ、よかったと言えるでしょう。」
「聖女様のお導きに従ったのですから、当然の結果ですね。」
そう言って満足そうに微笑んでお茶を飲む団長さんを、博士は横目で見て小さく苦笑した。
彼女たちはクロの力を探知してやってきたといった。でもクロが僕の中にいることは知らないみたいだ。僕は横を向いて宇津井先生を見た。先生は軽く頷いてくれた。僕は博士の問いかけに答えた。
「はい、クロ・・・クローウェさんはここにいます。」
僕の言葉に、博士は怪訝そうな顔で辺りを見回した。
「・・・どこですか?」
「ここです。」
僕は自分の右半身を指さした後、クロと出会った経緯や事情を説明した。ついでに宇津井先生と笹崎教官の紹介もし、この学校のことも簡単に触れておいた。
僕の話を団長さんはニコニコ笑いながら、博士は真剣な表情で聞いていた。話が終わると博士は僕に尋ねてきた。
「ちょっと調べさせていただいてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです。」
僕は宇津井先生の了解を確認した後で、博士にそう答えた。博士は僕に右手を出すように言った。僕は応接テーブルの上に自分の右腕を差し出した。
博士は立ち上がり僕の右腕に触れた。すると彼女の指先から光で出来た植物の蔓のようなものが伸びてきて、たちまち僕の右半身に絡みついた。その直後、右半身を内側から撫でられるような違和感を感じた。
ぞわぞわするような、くすぐったいような、何とも言えない不思議な感じ。僕は太ももをきつく閉じ合わせ、変な声が出そうになるのを必死で堪えなくてはならなかった。顔を赤くして震える僕の様子を、団長さんはなんだかとても楽しそうに見つめていた。
そうやって僕の体を調べた(?)後、博士はようやく右腕から手を離してくれた。
「確かにクローウェ殿はあなたの体組織と完全に融合してしまっているようですね。無理矢理引き剥がすことも可能ですが、そうすればあなたの命を奪うことになりかねません。」
爬虫類のような虹彩を僅かに狭めながら、博士はそう言った。笹崎教官が何か言いかけたけれど、宇津井先生が軽く手を上げてそれを制止した。
「あらあら、困りましたね。聖女様は罪のない少年の命を奪うようなことはお許しにならないでしょう。」
団長さんがさほど困ってもいないような調子でのんびり言ったことで、その場の緊張が解けた。博士は団長さんを見て唇に笑みを浮かべ、僕たちに向かって小さく頭を下げた後、自分の椅子に座りなおした。
「彼と話すことはできますか?」
「さっきから呼び掛けているんですけど、全然返事がなくて・・・。」
博士の問いかけに僕がそう答えると、彼女はこくんと小さく頷いた。
「おそらく休眠状態なのでしょう。クローウェ殿が覚醒したら話をさせてください。直接お伝えしたいことがあるのです。」
「伝えたいことって・・・?」
「それは私たちの世界の機密に関わることなのでお話しできません。」
博士はきっぱりとした口調でそう言った。団長さんもうんうんと頷いている。そんな彼女を後ろから見ながら副官さんはとても不安そうな顔をしていた。まるで「本当に分かっていらっしゃるのかしら?」とでも言いたげな表情だ。
その時、これまでずっと黙っていた宇津井先生が、突然は博士と団長さんに話しかけた。
「では、あなた方は自分の意志で異世界からやってこられたのですね? 誰かに召喚されたのではなく?」
博士は少し考えるような表情を見せた後、宇津井先生に答えた。
「・・・もちろんです。我々は課せられた使命を果たすべく自由意思で行動しています。」
「団長は聖女様のお導きに従って行動していますよ。聖女様のおっしゃることこそが、世界の真実なのですから。」
団長さんはそういって目を瞑り、豊かな胸に手を当てて軽く祈りを捧げた。副官さんは諦めたような表情で目を瞑り、軽く天を仰いだ。それを見た他の女騎士さんたちは、申し訳なさそうな顔でそっと目を伏せていた。
博士は、なぜそんなことを聞くのかという目で僕たちをじっと見つめている。でも宇津井教官はそれに対して何も答えなかった。代わりに団長さんと博士を順番に見つめながら、僕もずっと知りたいと思っていた質問をぶつけた。
「あなた方はどちらからいらしたのですか?」
その問いに答えたのは祈りを終えた団長さんだった。
「神々と精霊により祝福された地、始まりの大地です。次元の壁を越え、この世界へ参りました。」
そう言って自信満々で胸を張る団長さん。それに対して宇津井先生は小さく呟くように答えた。
「ヴァース・・・確か皇国にも、あなた方の世界からいくつかの種族が来ていますね。」
ヴァースという世界については僕も名前を聞いたことがある。確か200年ほど前、超魔力彗星がやってきた直後に各地で開いた『異界門』を通って、ヴァースをはじめとする様々な異世界から、たくさんの異種族が地球にやってきたと歴史の教科書に書いてあったと思う。彼らは自分の意志ではなく、異界門の発生に巻き込まれて移動してきた、いわゆる『漂流者』と呼ばれる人たちだ。
僕の町の自治会長をしている蜥蜴人族のシュハアさんの先祖も、確かヴァースの出身だったはず。ただシュハアさん自身は地球に蜥蜴人族が作った入植地の生まれだと聞いている。彼女は小さい頃に南方の島の入植地から皇国へ、家族と共にやってきたのだそうだ。
他にも皇国には様々な亜人族や獣人族がやってきている。ただ異界門は様々な世界と無作為に繋がるため、基本的には元の世界に戻ることはできない。あくまで一方通行なのだ。
でも団長さんたちは自分の意志で僕たちの世界へやってきたと言っている。クロの関係者のようだし、おそらく僕たちの知らない未知の技術を使って、移動してきたのだろう。
すると少し考え込むような顔をしている宇津井先生に対して、博士が話しかけてきた。
「クローウェ殿が目覚めるまでの間、我々をここへ滞在させていただきたいのですがよろしいですか。」
「即答はできません。もうしばらく待ってください。あとこの施設から外に出て行動することも遠慮していただきたい。」
宇津井先生は強い調子でそう言い切った。現状、団長さんたちは皇国への『密入国者』ということになる。本当なら衛士隊や皇国軍に通報しなくてはならない。そうしないのは、宇津井先生たちの事情が関係しているのではないかと僕は思った。
宇津井先生の返答に対し、博士は満足そうな笑みを浮かべた。
「もちろんです。我々の目的はあくまでクローウェ殿ですから。」
その後、細かな打ち合わせが行われ、団長さんたちは旧校舎外れの廃教室に逗留することが決まった。早速、野営(?)の準備に取り掛かった団長さんたちを残し、僕たちはその場を離れた。
「私は学校長に彼らのことを報告しなくてはならない。君は彼らと一人で接触しないよう、分隊のメンバーと共に行動したまえ。」
宇津井先生の指示に僕は「はい」と返事をした。笹崎教官は団長さんと博士たちの監視のために残ることになった。
僕はしばらくの間そこに立ち尽くし、一人で旧校舎を出て行く宇津井先生の背中を、少し不安な気持ちで見送ったのだった。
「おお、新道! 無事だったか!」
先生たちと別れて旧校舎の学生寮を尋ねた時には、すでに日付が変わっていた。でも僕が尋ねていくとすぐに、エイスケとホノカさんが駆け寄って来てくれた。二人は先生たちと一緒に行った僕のことを心配して、帰りをずっと待っていてくれたらしい。
地下室から学校への移動中、簡単に聞いたところによると、第2城砦の実家にいたホノカさんを先生とエイスケたちが回収して、ここに連れてきたのだそうだ。
ホノカさんによると昨日の朝方から彼女の実家の周辺にも見知らぬ人物がうろついていたらしく、それを警戒して家から出ないようにしていたという。多分、迂闊に外に出ていたら、僕みたいに攫われていたに違いない。
ただ彼女の実家がいくら大きな商会だとは言っても、所詮は民間人の私邸。軍事施設である防衛学校に比べたらどうしても防御は薄くなる。先生たちは一早く彼女を学校に移動させることで、彼女の身を守ってくれたのだ。
彼女が無事で本当に良かった。もしあのサイコ野郎にホノカさんが捕まっていたらどうなっていたか分からない。
そう思って彼女の顔を見つめていたら、ホノカさんは急に僕の前に進み出て、僕の両手をしっかりと握りしめてきた。
僕はいつもの癖で思わず右手の義手を引っ込めそうになった。けれど、彼女は僕のそんな引け目など気にせず、僕の手を握ったまま、顔を見上げてポロポロと大粒の涙を零し始めた。
「カナメくんが攫われたって聞いて、私・・・!」
彼女はそう言って言葉に詰まってしまった。僕はごく自然に、彼女の体をそっと抱き寄せていた。
「ありがとうホノカさん。心配かけてごめんね。」
ホノカさんは僕の胸に顔を埋めてしゃくりあげながら、小さく何度も頷いた。僕は彼女の背中に手を当てて、彼女が落ち着くまでその細い体をゆっくりと叩いていた。
そう言えばマドカが泣いたときも、よくこうやって背中を叩いていたっけ。
そんなことを考えていたら、後ろでエイスケがわざとらしく「エヘンエヘン」と咳ばらいをするのが聞こえた。それを聞いたマドカさんはすぐに僕の腕を離れ、真っ赤になって俯いてしまった。
エイスケはニヤニヤしながら「邪魔して悪かったな」と、全然悪気などない口調でそう嘯いた。僕たちは学生寮の食堂へ移動し、テーブルに座った。
「いやほんとびっくりしたぜ。地下室に乗り込んでみたら、お前の目の前で、あのきれいな騎士のねえちゃんが裸の女と抱き合ってたんだから。」
開口一番、エイスケはそう言って、からかうように僕を見た。その途端、僕の向かい側に座っていたホノカさんが、ピクリと眉を震わせたのがはっきりと分かった。
「・・・カナメくん?」
彼女は今にも泣きそうな顔で僕のことをじっと見つめた。僕はエイスケに大声で言い返した。
「いや、誤解だよホノカさん! エイスケも変な言い方しないで!」
エイスケは笑いながら、あの地下室にやって来るまでの経緯を僕に話してくれた。僕とマリさんたちが攫われたことを知ったエイスケはすぐに先生たちにそのことを知らせ、浮遊魔導車で助けに駆け付けてくれたのだそうだ。
「でもどうしてそんなに早く僕たちを見つけられたの? よくあの場所が分かったね。」
「どうしても何も、お前が魔力端末で知らせてきたんだろうが。俺のマギホに地図付きでメッセージが送信されてきたぞ?」
もちろん僕はそんなことはしていない。実際あの時、僕のマギホはあのサイコ野郎の仲間たちに取り上げられてしまっていたしね。間違いなくクロの仕業だろうと、僕は確信した。
僕がどうしても二人を助けに行くと言い張ったから、僕のマギホのデータをどうにかして解析して、エイスケに連絡を取ってくれたのだろう。
突っ走るばかりで、そんな簡単なことも出来ずにいた自分が本当に恥ずかしい。と同時に、クロに対する感謝の念が素直に浮かび上がってきた。
「そういえばマリさんたちは?」
「医務室で寝てるぜ。あの裸の女も一緒にな。様子を見に行ってみるか?」
「え、でももう夜中だよ? 寝てるんじゃ・・・。」
僕がそう言うと、エイスケは苦笑いながら自分のマギホの画面を僕に差し出してきた。画面はマリさんからの「カナメっちは無事?」というメッセージ通知で埋め尽くされていた。
「2時間くらい前から、5分おきくらいでこの調子なんだ。多分、今も起きてるぜ。」
そう言った端から、またエイスケのマギホの画面にマリさんのメッセージが流れる。エイスケはそのメッセージに『今から連れて行くから、大人しく待ってろ!』と返信していた。
「早くしねえとあの馬鹿ども、勝手に起きてこっちに来るかもしれねえ。急ぐぞ新道、小桜!」
僕たちはすぐに食堂を出て、寮内にある医務室へと小走りで移動した。
「カナメっち! 無事だったんだね!」
僕たちが医務室に入った時、マリさんとテイジはエイスケの予想通り、フラフラしながら寝台を出ようとしているところだった。
エイスケが二人を怒鳴りつけ、すぐに体を横たえさせる。僕たちは二人のベッドの足元に立って、二人にこれまでのことを簡単に説明した。
二人はもうすっかり傷がよくなっていた。エイスケとホノカさんの話によると、真面目そうな顔の女騎士が治療術で二人の傷を治してくれたそうだ。きっとあの副官さんだろう。たしかハフサさんって名前だったっけ?
ただ傷は治っても体力はまだ回復していないらしい。目を覚ましたのも2時間ほど前だし、しばらくは安静にしなくてはいけないそうだ。
女騎士さんの話題が出たことで、エイスケが僕に向き直って尋ねてきた。
「それにしても、新道。ありゃあ一体何者なんだ? 随分、時代錯誤な格好だったが。それにしちゃあ流暢な皇国語を話してたよな。」
僕は皆にさっき宇津井先生の研究室であったことを話した。それを聞いたエイスケは、驚きで口を丸くしたまま小さく口笛を吹いた。
「ほー、ヴァースから来たのか。その上『異界門』を通ってきたわけじゃないと。」
「それって、異世界間旅行ってコト?」
マリさんが驚いた表情で尋ねた。異世界を自由に移動する技術は、研究されてはいるものの実用化には至っていないと聞いている。もちろん僕たちが知らないだけで、本当は出来るのかもしれないけどね。
どっちにしろ簡単に異世界間を行き来できるなんて、今の僕たちには到底不可能なことだ。博士たちは、クロみたいにすごい技術を持った文明世界の住人なのだろう。団長さんを見ているととてもそうは思えないけれど、きっとそうに違いない。
僕たちが女騎士さんたちや博士のことについていろいろ話していたら、それまで黙って僕たちの話を聞いていたホノカさんが急に僕の手に触れながら話しかけてきた。
「あの、カナメくん?」
「どうしたの、ホノカさん?」
「そのヴァースってところに・・・連れていかれたりしないよね?」
ホノカさんの問いかけで皆が急に黙り込んだ。そのことには全然気が付かなかった。
確かに彼女たちはクロを自分の世界に連れていきたがっている。でも僕とクロは融合状態なのだから、強引にクロを連れ帰ろうと思えば、ホノカさんの指摘した通り、僕ごと連れていくという方法を取る可能性は十分に考えられる。
分隊の皆は僕を心配そうに見つめていた。僕は殊更に明るい声をだし、ホノカさんに返事をした。
「大丈夫、だよきっと。」
もちろんこの言葉には何の根拠もない。でも僕にはそう言うしかなかった。僕の言葉を聞いたエイスケも、僕の気持ちを察してくれたようだった。
「もしそんなことになったら、俺たちが全員でお前を守ってやるよ。そうだろ?」
彼はおどけた調子で少し気取ったポーズを取り、皆の顔を見回した。その言葉に分隊の皆は顔を見合わせ、笑顔で大きく頷きあった。
そう、これに関しては心配しても仕方がない。今後、僕や分隊のメンバーに起こりうる事態を想定し、対策を練っていくしかないのだ。
エイスケのポーズを皆でひとしきり笑った後、マリさんがふうっと息を吐きながら言った。
「まあ何にせよ、みんな無事でよかったよね。あの変態サイコ野郎に負けたのは悔しいけど。そう言えばあいつどうなったの?」
「団長さんが一撃で倒したよ。」
僕は団長さんの戦いの様子をマリさんたちに話した。マリさんは「あの闇熊をちっぽけな鎚矛で叩き潰したの!?」と驚いていた。テイジも無言だったけど、目を軽く見開いている。直接闇熊と戦った二人だからこそ、団長さんの異常なまでの強さがよく分かるのだろう。
でもあの団長さん、一見しただけだと全然強そうに見えないんだよね。僕も目の前で見てなかったら、団長さんがあんなに強いなんて全然信じられなかったと思う。
そう言えばあの後、あの闇熊の死体は僅かな体液だけを残して、その場から消え去っていた。団長さんはそのことについて「不浄な魔法生物のようでしたし、魔力を失って肉体が拡散したのかもしれませんねー」と言っていた。
確かに現界したての魔獣などは肉体が不安定で、倒したあとに消滅することがある。それと同じ現象が起きたのかもしれない。
ただ僕はそう思いながらも、何となく嫌な違和感を拭い去れなかった。
その時、医務室の奥にあるカーテンの向こうから、小さく女の人の呻き声が聞こえた。
「やばっ!? もしかして起こしちゃったかな?」
「おめえが大声で笑うからだよ、この馬鹿猫。」
「なによう、マルちゃんが笑わせるからでしょう!?」
言い合いを始めそうになる二人を僕とホノカさん、そしてテイジが制止した。程なく奥の寝台を隠していたカーテンが開かれ、中から白い寝巻に身を包んだ四宮先生が顔を覗かせた。
「カナメくん・・・!?」
「あ、四宮先生! 目が覚めたんですね。」
先生は状況が分からないといった様子でしばらく呆然としていたけれど、やがて「うっ」と呻いて口を手で押さえ、その場に蹲ってしまった。僕とホノカさん、それにエイスケは先生を再び寝台へ寝かせた。
先生は青い顔でぐったりと崩れ落ちるように横になって目を瞑っている。
「だ、大丈夫ですか・・・?」
「ええ、ちょっと嫌なことを思い出してしまって・・・。でも平気よ。」
先生は目を開くと僕の顔をじっと見つめた。先生は何か言いたそうに口を小さく動かしたけれどすぐに口を噤み、仰向けになって天井をじっと見つめていた。
先生の横顔はとても苦しそうに見えた。その顔を見た僕は、自分でも意識しないうちに先生へ質問をぶつけていた。
「あの、先生。どうして先生があの男に捕まっていたんですか・・・やっぱり・・僕のせいなんでしょうか?」
「そ、それは・・・。」
先生はさっと顔を僕の方へ向けると、何かを言いかけた。でもその時、医務室の扉が開き、思いもかけない人物が僕に話しかけてきた。
「それは私から説明してあげるわ、カナメ。」
「か、母さん!?」
そこに立っていたのは施療士の制服に身を包んだ母さんだった。
「マコト・・・!」
四宮先生は寝台から体を起こし、震える声で母さんの名前を呼んだ。
「ユリ、この子に真実を告げるわ。その時が来たのよ。」
母さんがそう言うと、四宮先生は力を無くしたように寝台に倒れ込んだ。そして目を瞑ったまま、それきり何も言わなかった。
「母さん、真実っていったい何のこと?」
僕は母さんにそう尋ねながら、今にもへたり込んでしまうのではないかと思うほど、足が震えるのを抑えられずにいた。
恐ろしかった。母さんは何か重大な秘密を僕に打ち明けようとしている。それは一体何なんだろう。
もし母さんの話を聞いたら、僕の世界はすべて足元から崩れ去ってしまうのではないか。
そんな思いが頭を過り、僕は不覚にも泣き出しそうになってしまった。
母さんはそんな僕の側に歩み寄ると、力いっぱい僕を抱きしめた。そして僕の顔を自分の胸に押し当てた。母さんの心臓の鼓動が、ものすごく早くなっていた。
母さんは僕のことをとても大切に思ってくれているんだ。その音を聞いて僕は、理屈抜きにそう感じることができ、体の震えが収まっていくのを感じた。
母さんは僕から体を離すと、僕の頬を両手で包み込み、僕の目を正面からじっと見つめた。母さんの目には小さく涙が光っていた。母さんはゆっくりと、まるで小さい頃の僕に言い聞かせるような調子で、話し始めた。
「あなたにずっと隠してきたことを話すわ。」
僕は小さく頷いた。母さんは一度軽く目を瞑ってから、意を決したようにまた口を開いた。
「それは私と父さんのこと。そしてあなたが半身を失ったあの日に起きたことのすべてよ。」
読んでくださった方、ありがとうございました。




