31 拘束
一話書けました。お休みの日はたくさん書けていいですね。
冷たい床の感触を頬に感じ、僕は意識を取り戻した。薄暗い部屋だ。何もないその部屋の真ん中に、僕はうつ伏せに倒れていた。
「ここは・・・?」
体を起こそうとして、手が後ろで拘束されていることに気が付いた。苦労して体を起こし、床に座ったところで部屋の扉が開き、一人の男が入ってきた。
「ようやくお目覚めか、化け物野郎?」
入ってきたのは背の高い細身の男だった。一目見ただけで鍛え上げられているのが分かるほど、全身が引き締まっている。
黒いタンクトップを身に着け、黄色いカーゴパンツを履いたその若い男は、脇を短く刈り上げた金髪をかきあげながら、面白がるような表情で僕を見下ろしていた。今までこんな男に面識はない。初めて見る顔だ。
「誰?」
僕がそう尋ねると、男は狂ったように笑いだした。男が体を揺するたびに、男の耳に所狭しと付けられたピアスがピカピカと光って見えた。
ひとしきり笑った後、彼は涙を拭きながら僕に言った。
「流石にこのままじゃ分らんか。」
そう言った途端、彼の体は急速に変化をし始めた。180㎝以上はあったと思われる体がみるみる縮んでいき、着ている服も全く違うものへと変わっていく。長身の男はあっという間に、可憐な幼女へと姿を変えていた。
「これならどうかな、おにいちゃん?」
彼女は愛らしい声で僕に問いかけてきた。でもその目に浮かぶ酷薄な光は、間違いなくさっきの男のものだ。僕はそれを見てすべてを悟った。
校舎の補修を終えて家に帰ろうとした僕は、城砦を繋ぐ地下通路の脇で倒れている女の子を見つけたのだ。でも僕が近づいた途端、彼女は突然起き上がり、強い閃光を放つ何かを僕にぶつけてきた。僕はそのまま意識を失ってしまった。
僕がそう思い返しているうちに、目の前の幼女はまた若い男へと姿を変えていた。間違いなく僕は彼によってここに連れてこられたのだろう。
でもなぜ? 一体何の目的でそんなことを?
僕の探るような目に気が付いたのか、男は僕の左肩を右足で思い切り蹴り、そのまま僕の体を床に踏みつけにした。仰向けになったまま、すごい力をかけられ僕の左肩がギシギシと軋む。堪らず上げそうになった悲鳴を、僕は必死に噛み殺した。
男は僕の様子を楽しむかのように、しばらくそうやって僕の肩に体重をかけ続けた後、ようやく足を離して言った。
「マヌケな連中だぜ。どいつもこいつも似たような手に引っ掛かりやがってよぅ。」
男の言葉に肩の痛みも忘れ、僕はハッと顔を起こした。
「まさか、分隊の皆も!?」
「ああ、あのデカ物と猫女なら俺たちが捕まえてるぜ? それに他の二人ももうじきここへ来るはずだ。」
男はからかうような口調でそう言った。マリさんたちが捕まってしまっただなんて。それにホノカさんやエイスケまで。僕はこの状況を理解するために少しでも情報を得ようと、男に尋ねた。
「僕たちを捕まえてどうするつもり?」
すると男は急に興味をなくしたような表情で僕に言った。
「別にどうもしねえよ。俺たちはな。」
「俺たちは?」
男は僕の問いに答えなかった。その代わり、倒れている僕の側にしゃがんで顔を覗き込んできた。
「お前ら随分と大層な秘密を持ってるらしいな。俺にもそいつをちょっと聞かせてもらえねえか。事と次第によっちゃあ、悪いようにはしねえ。どうだ?」
男はさっきまでと一転して、とても人の好い笑顔を浮かべていた。聞かれたことを話したら、助けてもらえるかもいう考えが、一瞬心に浮かぶ。でもその途端、僕の心に強い嫌悪感が広がり、この男が嘘をついているのがはっきりと伝わってきた。
ちょうどクロと話している時に、彼の言葉が真実だと分かったのと同じだった。理屈ではなく、感覚として心が警鐘を鳴らしている感じだ。
僕は男の顔を睨み返しながら言った。
「お前に話すことなんて、何もない。」
男は僕の答えが分かっていたみたいに両手を大きく広げると、大げさに肩を竦めて笑った。
「ははは、さすがにそこまでマヌケじゃねえか。」
彼はそう言うと、僕に背を向けドアの方に歩き始めた。
「さてっと、それじゃあ他の連中が来るまでの間、俺はあの猫女と遊んでくることにするぜ。もしかしたらお前から聞けなかったことも、聞けるかもしれねえしな。」
この男、マリさんに何かするつもりだ。顔を強張らせた僕を見て、彼は嬉しそうに顔を歪めた。
「いいねえ。その怒りと怯えが綯い交ぜになった目、たまらんぜ。」
男は僕の髪を乱暴に掴んで、強引に倒れていた僕を引き起こした。彼がぐっと僕に顔を近づけたことで、根元が黒くなった彼の金髪が僕の頬に触れた。
「その目に免じていいことを教えてやろう。」
彼はそう言って、奇妙な形のナイフを僕の目の前に突きつけた。鈍い輝きを放つそのナイフは、剃刀のように鋭い刃をしていた。
「なあお前、知ってるか? 獣人の体てのは、人間よりもかなり丈夫に出来てんだ。」
突然、彼が言った言葉の意味が分からず、僕は一瞬ポカンとしてしまった。男はそんな僕の様子を見て、くくくと歪んだ笑みを浮かべた。
「実に楽しいことにな、人間ならすぐに死んじまうような甚振り方しても、獣人は持ちこたえちまうのさ。だからゆっくり時間をかけて、じわじわと痛みを与えていけるんだ。俺はそうやって今までに、何人もの獣人をバラしてきた。」
男の言葉の意味がやっと分かり、ゾッと寒気が走る。僕は不自由な体で男に食って掛かろうとした。だけど逆に強い力で髪を引かれ、床に顔を叩き伏せられた。
鼻からぬるりとした温かいものが流れ、口の中に鉄の味が広がる。男はそれを見て目をギラギラと輝かせ、笑いながら僕の頭を何度も何度も床に打ちつけた。
髪が根元からブチブチと千切れる音がして、意識が朦朧とし始めた頃、僕はようやく男の手から解放された。男は僕の血にまみれた自分の手をうっとりとした表情で見つめていた。こいつ、とんでもない変態サイコ野郎だ。
僕を痛めつけて満足したのだろう。彼は立ち上がりながら、僕に尋ねてきた。
「俺も猫人族との半獣人を相手にすんのは初めてでな。今からすっげえ楽しみなんだ。なあ化け物野郎、あの娘、どのくらい切り刻んだらお前らを裏切ると思う?」
男はクククと笑いながらその場を立ち去ろうとした。僕は彼をマリさんの下へ行かさないように必死に呼びかけた。
「僕たちを誰かに引き渡すんだろう!? そんなことをしたらあんただって・・・!!」
男は足を止め、明らかに苛立った様子で僕の方を振り返った。
「お前さあ、これからせっかくのお楽しみタイムなんだから、あんま邪魔すんなよ?」
彼は「ったく、空気読めよ」って毒づきながら、床に唾を吐き捨てた。
「それに無傷で渡せって言われてんのは、お前だけなんだ。あとの連中は生きてさえいればいいんだとさ。だからうっかり一人ぐらいバラしちまっても、別に問題ねえだろう? 事故だよ、事故。」
彼は怒った調子でそう言うと話を打ち切ろうとした。でも僕は立ち去ろうとする男を、無我夢中で呼び止めた。
「待って! 僕の知ってることは何でも話す! だから止めてくれ!!」
彼はくるりと振り返ると、大きく振り上げた足で僕の鳩尾を思い切り蹴り上げた。肋骨の下辺りで何かがぱきりと砕ける音が聞こえ、次の瞬間、目の前が真っ白になった。あまりの痛みで、一瞬気を失っていたようだ。
次に気が付いたとき、僕は胃の中の物を吐き出しながら、息をしようと床の上でのたうち回っていた。男はそんな僕に向かって冷たく言い捨てた。
「もう遅えよ。それにぶっちゃけ、そこまでお前の秘密に興味ねえんだわ。金になるかどうかも、まだ分かんねえしな。」
彼は僕の横腹にもう一発蹴りを入れた。その勢いで僕は床の上を転がり、壁に体を叩きつけられた。ぐったりと横たわる僕に彼は言った。
「いいからお前はそこで大人しく転がっとけ。」
彼はそう言ってドアの方へ向かった。でも部屋を出る寸前に振り返ると、急に機嫌のよい声で僕にこう言った。
「ああそうだ! 俺があの娘と遊んでるところはちゃんと動画に撮っといてやるから。後でお前にも見せてやるよ。一緒に鑑賞会しようぜ。楽しみに待ってな。」
男は上機嫌で鼻歌を歌いながら、部屋を離れていった。僕は痛みを堪え、混乱する思考をまとめようと必死に息を整えた。
少し経って回復した僕が最初にしたことは、ここを脱出するために魔封じの枷を外すことだった。
だけど金属製の枷を腕の力だけで引きちぎるなんて、僕には到底できない。魔力を使った身体強化ができれば可能かもしれないけれど、枷に組み込まれた術式が僕の体内の魔力を搔き乱しているせいで、魔力をまともに練ることも出来ないのだ。
練っても練っても、枷が僕の魔力を体外へと逃がしてしまう。でも早く何とかしなければ、あのサイコ野郎はマリさんを殺してしまうだろう。
こうなれば僕に出来ることはただ一つ。魔力を暴走させて、右半身に埋め込まれた寄生魔獣の力を引き出すことだ。たとえどんなに乱れていても、体から溢れるほどに魔力を満たせばあるいは・・・?
文字通り命がけの方法だが、やるしかない。僕は大きく息を吸い込むと、胸の奥の魔力の源に意識を向け、そこから出鱈目に魔力を溢れさせた。
体が内側から焼き尽くされるような痛みを感じる。けれど、やめるつもりはなかった。枷が体外に放出するよりも、多く魔力を引き出すことができれば、活性化した寄生魔獣を自由に操れるようになるはずだ。
僕はそう信じて魔力を暴走させ続けた。体内に魔力が溢れ過ぎたことで、耳や鼻から血が流れだしたが気にしない。やがてついに、僕の魔力が枷の放出量を上回った。
寄生魔獣が僕の魔力を求めて動き出すのを感じる。やった!と思った次の瞬間、僕の体内からあっという間に魔力が消え去っていった。それに伴い、寄生魔獣も動きを止めてしまった。
くそ、失敗か。
そう思い、反動で気を失いそうになった時、僕の脳内に聞こえてきたのは、感情の感じられない、静かな男性の声だった。
「止めろカナメ。体内魔力圧が上昇しすぎている。これ以上は危険だ。」
「・・・クロ!!」
たちまち体内の魔力が安定し、意識がはっきりとしてくる。おそらくクロが僕の体内の魔力を調整してくれたのだろう。いろんな感情がごちゃ混ぜになって泣きそうな僕に、クロは淡々と要求を突き付けてきた。
「極めて深刻な生命の危機を感知して、一時的に休眠を中断した。今すぐに安全な状態へ移行してくれ。」
「僕だってそうしたいよ!! でもこの魔封じの枷が・・・!!」
「魔封じの枷?・・・ああ、手首にある魔術回路阻害術式のことか。これを排除すればいいのか?」
クロは不思議そうな調子でそう聞いてきた。
「出来るの!?」
「造作もない。」
クロがそう言った途端、僕の義手の指先から黒い触手が伸びてきた。触手がちょんと触れただけで、枷は簡単に崩れ去り、消えていった。
「ありがとう、クロ!」
「宿主の安全を確保するためにしたことだ。感謝される理由はない。それよりも、速やかに安全な場所へ移動することを推奨する。」
「そうだね。でもまずは、マリさんとテイジを助けてからだよ!」
「一体、何のことだ?」
怪訝な様子のクロに、僕はこれまでの事情を説明した。彼は黙ってそれを聞いた後、冷静な声で答えた。
「状況は理解した。やはり速やかにこの場を離れることを推奨する。」
「僕の話聞いてた!? なんでそうなるのさ!!」
僕がそう言うと、彼は淡々と理由を説明し始めた。
「君から得た情報を基に彼我戦力差を検討した結果だ。君が単身向かったところで、救助の見込みはない。それよりもこの場を離れ、身の安全を確保した上で応援を要請すべきだ。」
僕はクロに応える代わりにすぐに立ち上がり、無言でこの部屋の唯一の出口であるドアへ向かった。
「カナメ、私の話を理解できなかったのか?」
「理解はしたよ。クロが人でなしの石頭だってことがよく分かった。」
ここでクロと言い合っている時間はない。僕はすぐにドアを調べ始めた。
「やっぱり鍵がかかってる。仕方ない。詠唱魔法はあんまり得意じゃないけど・・・。」
僕は攻撃魔法で扉を破るため、魔力を練り始めた。でも僕が集中を始めた途端、無言でクロが僕の右手から触手を伸ばし、すぐ目の前にあったドアにちょんと触れた。
次の瞬間、扉は音もなく開いた。見ると扉の取っ手部分が変形し、鍵が丸ごと無くなっていた。
僕はクロの意外な行動に驚きながらも、彼にお礼を言った。
「ありがとう。クロはこんなことも出来るんだね。すごいや。」
クロは感情のない声でそれに答えた。
「君を安全に脱出させるために必要だったから実行した。そもそも精霊樹脂の加工など出来て当たり前だ。私の世界では数世代前の素材だからな。」
彼はそう言うと、まるで言葉を選んでいるみたいにほんの一瞬、黙り込んだ。
「別に悪意はないが、先程の枷といい扉といい、君たちの世界の技術は極めて原始的と言わざるを得ない。」
その言い方があまりにもクロらしかったので、僕は思わず吹き出してしまった。すると彼は相変わらず淡々と、でもどこか憮然とした調子で僕に問いかけてきた。
「さあ、脱出するなら今だぞ。君が合理的な選択をしてくれることを期待する。」
僕はにっこりと笑って彼に答えた。
「もう答えは分かってるんでしょ? もちろん仲間を助けに向かうよ。なんてったって、僕は原始人なんだからね。」
僕の答えを聞いた後、彼は少し黙り込んだ。無言なのに、まるでため息でもついているような感じがした。しばらくした後、彼はまた徐に話し始めた。
「では、私も私なりの判断で行動させてもらうとしよう。」
彼がそう言った途端、右目の視界内に突然、建物の見取り図と周辺の地図が表示された。
「クロ、これは・・・!?」
「今、君がいる場所だ。まさか、目標の場所も分からず闇雲に進むつもりだったわけではあるまいな?」
僕はぐうの音も出せず、黙り込んだ。少し呆れたようにも聞こえる静かな声で、彼は僕に言った。
「君の意志と身の安全を最大限尊重した結果、速やかに目標を達成させるのが最も合理的と判断した。だから、さっさと助けて早めに避難してくれ、カナメ。」
「本当にありがとう、クロ!」
僕はクロにお礼を言った。でもクロは何にも応えてくれなかった。
クロの示してくれた地図によると、ここは第1城砦の東門側にある三階建ての古い雑居ビルのようだった。僕がいるのは2階。建物の立体図の中には、いくつかの光点が表示されていた。
「もしかして、この赤いのが敵ってこと?」
「周辺の魔素濃度と君から得られた情報から類推した。生体情報も合わせて表示する。」
光点が人型に変わり、その人物の性別と身長や体重、それにどんな武装をしているかが表示された。赤で示されているのは全員が男性。対魔処理の施された防刃装備を服の下に身に着け、刃物や小型の対人拳銃などを所持している。僕はそのことに強い違和感を覚えた。
僕たちの世界にも一応、銃は存在している。ただ、あまり一般には普及していない。
大災害以前の世界には火薬を使用した銃が普及していたらしい。けれど、魔素や精霊が溢れる今の世界では、そんなもの危なくてとても使うことができない。火薬が大好きな火の小精霊たちが、たちまち暴発させてしまうからだ。
だから僕たちの世界の銃と言えば風魔法を用いて空気を圧縮し、強化樹脂製の弾丸を打ち出す空気銃を指すことが多い。
この空気銃、小型の動物なら殺傷できるくらいの威力がある。もちろん急所に当てれば人間を殺すことだって可能だ。銃本体に魔力を充填する機構が組み込まれているため、ホノカさんのように魔力を持たない人でも扱うことができるという利点がある。
ではなぜ普及していないのか。それはあまりにも効果が微妙過ぎるからだ。
まず威力だけれど、これは生身の人間を同士で撃ち合うならばある程度、戦力になるというレベルだ。武装した相手にはまず効果を期待できないし、ましてや魔力を持つ相手であれば傷つけることすら難しい。《矢除け》などの防御魔法で簡単に防がれてしまうからだ。
魔力で身を守る相手を傷つけるのならば、こちらも魔力を用いるというのが大前提。ましてや強い魔力を持つ魔獣であれば猶更だ。
もちろん弾丸に術式処理を施せば、魔力を帯びさせることも可能だ。ただ小さな弾丸に込めることのできる魔力はたかが知れているし、そもそも弾丸一つ一つに術式を刻むなんて、効率が悪すぎる。
そんなことができるくらい魔力があり魔術が達者なら、詠唱魔術で《魔法の矢》でも撃った方がずっと手軽で効果が高いのだ。
次に射程と命中率の問題がある。一般的な空気銃の最大射程距離はおよそ300mと言われている。ただこれはあくまで最大値。殺傷能力を維持できる有効射程距離はおよそその十分の一、30mほどしかない。もちろんこれも相手が防具などを身に着けていれば簡単に防がれてしまう。
しかも離れたところから命中させるのにかなりの技量が必要だ。狙いを定めず闇雲に撃つならともかく、ちゃんと当てようと思ったら数メートルが限界だろう。それなら土魔法の《石礫》の方が何倍も威力があるし、命中率も高い。距離が近いなら魔力で身体強化して殴った方が、まだ幾分かましと言うものだ。
それに同じ飛び道具の長弓や石弓なら、威力も射程も空気銃を遥かに上回っている。特に森妖精族の射手は、数百m離れた場所からでも、正確に急所を打ち抜くことができるそうだ。精霊によって守られた彼らの矢は、防御魔法も簡単に打ち砕いてしまう。
命中させるための技能を向上させるなら、銃よりも弓を練習したほうがずっと実戦的。そんなわけで、戦場で銃を見かけることなんてほとんどありえない。
銃はせいぜい魔獣の出現しない城砦内で、暴徒鎮圧や犯罪者取り締まりのためや、魔力を持たない人の護身武器として使われるくらいだ。僕も城砦を守る衛士さんが持っているのを見たことがあるけれど、使ったところは一度も見たことがない。小型の魔獣に《魔法の矢》を撃っているのはよく見かけるんだけどね。
それぐらい銃は役立たずな武器なのだ。それを持っている人がこんなにも大勢いる。まるで衛士さんたちみたいじゃないか? そのことが、僕には不思議でならなかった。
僕はクロが示してくれたルートに従い、敵に見つからないように気を付けながらビルの中を進んでいった。クロが僕のマヒした右足を動かす手助けをしてくれているので、いつもみたいに足を引きずらずに済んだ。
僕たちが目指しているのは地図内の地下に表示されている二つの青い光だ。間違いなくこれがマリさんとテイジだろう。問題は二人の周囲に数人の敵がいることだ。
あとそれとは別に、緑の光で表示されている人が地下に一人。クロの分析ではどうやら女性らしいのだけれど、敵ではないのだろうか?
僕がそう尋ねると、クロは淡々とした調子でこう返事をしてきた。
「その人物は生命反応が極めて微弱だ。かなり衰弱しているか、重傷を負っていると思われる。脅威にはならないと判断した。」
僕はクロの言葉に呆れてしまい、思わず彼に聞き返した。
「それはそうだけど・・・でも普通さ、そういう人がいたなら、助けようってならない? その人、きっと僕みたいに、あの連中に捕まった人だと思うんだけど。」
「君の目的は仲間の救出だったはずだ。まだそれも達成していないのに、無関係の人間までも救出の対象にするというのか? 非合理的過ぎる。私にはまったく理解できない。」
クロはそう言って、すぐに僕に反論してきた。いろいろ言いたいことはある。けれどここでクロと押し問答してもしょうがない。だから僕は口を噤んだ。
それに彼の言うことも一理ある。もしかしたらだけど、この女性はあの変身サイコ野郎の仲間という可能性がないわけではない。仲間割れしたとか、抵抗したマリさんたちにケガをさせられたとも考えられる、かなあ?
でもまあとにかく、今はまずマリさんたちを救出することが第一。僕は地下への階段の入り口が見える廊下の曲がり角に身を潜め、廊下を守っている男たちの様子をこっそりと伺った。
クロの地図を見ると、地下への階段は長い廊下の突き当りにある。でも今見る限り、階段らしきものは確認できない。入り口が床に偽装されているのだろう。いわゆる隠し階段ってやつだ。
長い廊下の中ほどには対ガス用のマスクを被り、防刃ジャケットで身を守った男たちが三人、手持無沙汰な様子で立ち話をしていた。声が籠っているので何を話しているのかは分からない。けれど時折聞こえる嫌な笑い声から察するに、あまり聞いていて楽しい話はしていないように感じた。
「カナメ、あの連中をどうにかする策はあるのか?」
実はそれをさっきからずっと考えていたのだ。僕は声に出さずに自分の考えを彼に伝えた。
「出来れば無力化したいんだ。けど、いい方法が思いつかなくて。遠距離から魔法で攻撃するのが一番いいと思うんだけど、騒がれても困るし・・・。」
僕は曖昧に言葉を濁した。そしてそれを、自分でも本当に情けないと思った。
今後のことを考えれば、相手を殺してしまうのが一番いい。でもいざそれを実行できるかと言えば、やっぱり躊躇してしまう。
僕も一応、防衛学校に通う軍人の端くれだ。けれど皇国軍の戦う相手は魔獣で人間ではない。犯罪者や暴徒を相手にする衛士とは違う。魔獣を滅ぼすほどの魔力を人間相手に向けた時、一体どうなってしまうのか。
それを想像するだけで、僕は口の中に苦いものがこみ上げてくるのを感じた。
でも今は迷っている場合ではない。マリさんが今にも傷つけられてしまうかもしれないのだから。僕は覚悟を決め、三人の男の命を奪うための魔力を体内で練り始めた。
するとその時、クロが不意に僕に尋ねてきた。
「カナメはどんな魔法が使えるのだ?」
唐突な質問に戸惑いながらも、僕はクロに答えた。
「一番得意なのは《魔法の矢》だよ。《眠りの雲》も使えるけど、正直あんまり上手に出来る自信はないかな。実際に使ったことはほとんどないし、それにあの男たち、対ガス装備してるでしょ?」
《魔法の矢》は幼年学校で一番最初に教わる護身用魔法。最も初歩的ながらも、一番役に立つ攻撃魔法だ。
自分の魔力を光る矢にして打ち出すだけの単純な魔法なのだけど、実は熟達すると消費した魔力に応じて威力を自在に変えることができるようになる。その上、魔力を使って誘導すれば、狙ったところに確実に命中させることも可能だ。
僕はこの魔法を何度も練習してきたので、今では無詠唱で複数本の矢を作り出すことができる。十分に魔力を高めて撃ち出せば、無防備な三人の命を奪うくらいは簡単に出来る。
そう、僕は魔法で簡単に人を殺すことができるのだ。
思わずこみ上げてきた吐き気を無理矢理、抑え込みながら僕がそう言うと、クロは実際に《魔法の矢》を作って見せてくれと言ってきた。僕は怪訝に思いながらも、手の平の中に白い光の矢を発現させた。
それを確認したクロは、静かな調子で僕に語り掛けてきた。
「カナメ、君の魔法ではあの三人を同時に絶命させることは不可能だ。私の予想では、対魔装備を突破できなかった誰かが生き残って、必ず騒ぎになるだろう。そうなれば君の目的を達成することは難しくなる。君の身にも危険が及ぶだろう。私はそれを容認できない。」
僕は彼の言葉に激しく反論した。
「だからやめろって言うの? そんなこと絶対にできない! 無理だって言うんなら、多少強引にでも・・・!」
声を出さず脳内で感情をぶつける僕に、彼は「まあ待て。落ち着いて話を聞け」と言ってきた。
「私の言葉を聞いた君が、非常に原始的な暴挙を選択するだろうということは容易に想像できた。今の君に冷静で合理的な選択ができるとは、私も思っていない。」
相変わらず上から目線の物言いに少しムカつく。でも彼はそれを気にする様子もなく、淡々と話しを続けた。
「だから私が力を貸そう。ただしかなりのリスクが伴う。それでも構わないか?」
意外な申し出に驚いたものの、僕はすぐにこう答えた。
「二人を助けられるなら、何だって構わないさ。」
僕の言葉を聞いた彼はまた少し黙り込んだ。彼は言葉を発しなかったけど、僕には彼が何となく笑っているような感じがした。
「時空の狭間から脱出した時も、君は同じことを言ったな。おかげで君という人間が少し分かってきた。」
彼はそこで一度言葉を止め、短くこう付け加えた。
「まったく理解はできないがね。」
彼らしい口ぶりがおかしくて、僕はまた思わず吹き出してしまった。僕は彼に「ごめん」と謝った後、改めて尋ねてみた。
「それでどうするつもりなの?」
すると彼は淡々と、でも自信満々といった感じで僕にこう言ってきた。
「最も安全かつ速やかに目的を達成するために、取るべき策は一つ。強行突破だ。私が君の力を借り、障害をすべて排除する。」
僕は呆れて二の句が継げなくなり、口を開けて固まった。
「・・・ねえクロ、さっきまで言ってたことと随分違ってない? それじゃまるで僕とおんなじ、原始人みたいじゃん。」
僕がそう言うと、クロは間髪入れずに反論してきた。
「私の判断は君の要望と能力、それに彼我戦力を冷静に分析した結果だ。君の無謀で原始的な策と一緒にされるのは、心外だな。」
僕は笑い出したいのを必死に堪えて、彼に聞いた。
「いいよ、その策すごく気に入った。それで僕は何をすればいいの?」
すると彼は、僕が思ってもみなかったことを突然言ってきた。
「君の想像力を貸してほしい。」
「想像力? どういうこと?」
僕の問いに彼は答えなかった。その代わり、僕にこう質問してきた。
「カナメ、君は子どもの頃、どんな英雄に憧れていた?」
読んでくださった方、ありがとうございました。続きは来週末に書く予定です。




