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閑話 いのち短し恋せよ乙女

閑話です。本編とはほとんど関係ありません。私のお話の中にたびたび登場する兎人族の設定について触れてみました。


※ 作中にやや性的な描写があります。苦手な方はお気を付けください。

 魔力端末マギホからお気に入りの曲が流れ、あたしはパッと寝床から起き上がった。辺りはまだ暗い。同じベッドで一塊になっている姉妹や姪たちは、まだ眠ったままだ。


「はにゃ? アラームの設定時間、間違えたかな?」


 寝ぼけ眼で魔力充填器に立てておいたマギホを見ると、スケジューラが点滅していた。


「あー、今日は資源ごみの日だったかー。」


 ゴミ捨て当番だったことを思い出したあたしは、足にしがみついてくる妹や姪たちを振り払ってベッドを出た。あたしが寝床を出たことで、妹たちはその隙間を埋めるように互いに身を寄せ合っていく。眠りながらくすくす楽しそうな笑い声を立てているから、きっと楽しい夢を見ているのだろう。


 こうやって互いに身を寄せ合いながら眠るのが、あたしたちの種族の習性だ。きっとあたしたちの祖先が草原の穴の中で暮らしていた時に身に付いたものなのだろう。あたしは城砦育ちだから穴の中で暮らした経験はないけど、眠るときには誰かとくっついていた方がやっぱりよく眠れる。






 昨夜の洗い物が残ったままのキッチンに置いてある資源ごみの袋を手に取り、玄関を出ようとしたとき、あたしは急に寒気を感じて大きなくしゃみを一つしてしまった。


「うー、やっぱ、このカッコじゃまずいか。」


 着替えが面倒だし、ゴミを捨て終わったらまた寝床に入るつもりだったから、コートだけ手に取ってきたのだ。でも3月半ばのこの季節に下着にコートを羽織っただけで外に出るのは、いくら獣人のあたしでもさすがにちょっと無理そうだ。


 あたしは人間族よりずっと寒さに強いけど、外にはまだ雪が残ってる。それにあのおせっかいな自治会長さんに「またそんなだらしない格好して!」って怒鳴られるかもしれないし。






 あたしはゴミ袋を玄関先に放り出して、身支度をするためにクローゼットを開いた。大きめのTシャツとショートパンツを身に着けた後、クローゼットに備え付けられている鏡を覗き込む。少し寝癖の付いた髪をささっと手櫛で整えてから、鏡に向かってにっこりと微笑んでみた。


「うん、あたしってば今日も最高に可愛い!」


 少し癖のある薄茶色の髪も、ぱっちりとした丸い目も、小さくて薄桃色の唇も、少し垂れた長い耳も完璧な可愛さだ。とてもノーメイクとは思えない。自分のあまり可愛さに思わずうっとりとしてしまう。


 あたしは嬉しくなって、その場でくるりと回ってみた。ふんわりと髪が広がって額にかかった様子が何とも言えず魅力的。指先で髪のかかり具合を調整し、すぐにマギホで自撮りする。






「うーん、この角度いいわあ。こっちはどうかな?」


 あたしは鏡の前でいろんなポーズを取っては自撮りを繰り返した後、一番気に入ったものに短いメッセージを付け、仕事用アカウントでコミュニケーションアプリに投稿した。


「『おはよ。起きたばっかですっぴんのあたし。がっかりしないでね』っと。」


 すぐにたくさんの『いいね!』が返ってくる。コメントしてくださったお客様には丁寧に返事をしていく。まだ早い時間なのに、ちゃんとチェックしてくれたことへの感謝も忘れずに。こういうこまめなやりとりが営業には大切だって、母さんもよく言ってたっけ。


 あたしはそのまましばらくマギホでのやり取りを続けたので、玄関先に放り出したゴミ袋のことなんかすっかり忘れてしまっていた。





 






 少し明るくなり、一番下の妹が起きてきてようやく、あたしはゴミ捨てのことを思い出した。


 慌ててコートを羽織りゴミ袋を持って玄関を出る。ゴミ捨て場はアパートのすぐに目の前だから、今ならギリギリ間に合うはず!


「おはようございます、シュハアさん!」


「8時56分か・・・あんたにしちゃあ早かったね。おはよう、クウ。」


 ホウキを持ってゴミ捨て場の横に立っているのはあたしたちが住むこの町の自治会長、蜥蜴人リザードマンのシュハアおばさんだ。あたしの母さんが子どものころからずっと自治会長をしているという世話焼きおばさんで、あたしたち姉妹もずいぶん可愛がってもらっている。


 おばさんは目を細めたまま長い舌をぴゅるっと一回出した。これは蜥蜴人の笑い顔だ。慣れないうちは結構びっくりするけど、小さいころから何度も見ている私はもう慣れっこなので、ちゃんと照れ笑いで返事をすることができる。






「いやあ、起きたのは早かったんですけど、身支度に時間がかかっちゃって・・・。」


「クーネも昔、あんたとおんなじこと言ってたよ。やっぱり親子だねえ。」


 私の言葉にまた笑顔を見せたおばさんは、あたしからゴミ袋を受け取りながら言った。


「うん、今回は割とよく分別できてるじゃないか。」


 おばさんはあたしのゴミ袋から丸めたティッシュやメイク落としのコットンをつまみ出すと、封をしたゴミ袋をゴミ捨て場の覆いの中にしまい込んだ。






「一番下の妹が『ちゃんと分別して!』ってうるさいんですよ。なんか学校ですごく厳しく教えられるみたいで・・・。」


 あたしはおばさんから分別しそこなった燃えるごみを返してもらった。おばさんはうんうんと頷きながら言った。


「あんたら姉妹の中で学校に通ってるのはあの子だけだったね。まあ、いいことだよ。この国でずっと暮らしていくなら、それが一番賢いやり方さ。ほら、よく言うだろ? 『河のことは河狸に聞け』って。」


 その蜥蜴人の諺(?)が分からなかったあたしは、おばさんの言葉に曖昧な笑顔で頷いた。多分、あたしたちがよく使う『巣穴は耳の高さまで』的な意味なのだろう。人間族のなら『郷に入っては郷に従え』ってやつだ、確か。






 無事にゴミ捨て当番を終えたあたしは、おばさんにお礼を言ってその場を立ち去ろうとした。するとその時、お向かいのアパートの2階から降りてきた男の子とちょうど出くわした。


「おはよーカナメくん。」


「お、おはようございます。」


 あたしが片手を上げてあいさつすると、カナメくんは顔を真っ赤にして目を逸らしながら小さな声で挨拶を返した。ん?と思って自分の服を見たら、さっき走ったせいでコートの前ががら空きになり、丈の短いショートパンツと足がむき出しになっていた。なるほど、原因はこれか。






「今から学校? 今日はずいぶんゆっくりなのね。頑張って来てね、カナメくん!」


 あたしはわざと目線を下げ、体を前かがみにして彼の顔を笑顔で覗き込んだ。こうすればだぶだぶのTシャツの胸元から、あたしの谷間がしっかりと見えるはずだ。


 するとあたしの狙い通り、途端に彼は目線を泳がせ、耳まで真っ赤になった。うふふ、かーわいい!!


「い、行ってきます!」


 彼は慌てた様子でそう言うと、逃げるように浮遊自走板マナボードに飛び乗り、あっという間に走り去ってしまった。






 うーん、思春期の男の子って本当に可愛い。あたしは年上の方が好みだけど、たまにはああいう新鮮な反応を楽しむのもアリかもしれない。


 なんだかムラムラした気持ちでそんなことを考えていたら、シュハアおばさんに頭をこつんと小突かれてしまった。


「こら! 子どもをからかうんじゃないよ! まったくあんたたちは見境がないんだから!!」


「あはは、ごめんなさい。でもカナメくん、無事で本当に良かったですよねえ。」


 学校で事故に巻き込まれて亡くなったはずのカナメくんが、この町に帰ってきたのはつい3か月ほど前のことだ。あの時はずいぶんニュースになっていたけど、それもすぐに無くなって今では誰もその話をしていない。まあ、あたしは元から人間族の事故にあんまり関心がなかったから、よく知らないんだけどね。


 ただカナメくんの事故が発表された時、彼の家族がすごく悲しんでいたことはよく覚えている。だから彼が無事に帰って来てくれて本当に良かったと思った。






 あたしの言葉におばさんは「そうだね」と少し気がかりな様子で返事をした。おばさんは彼の家族がこの町に来た時からずっと世話をしている。きっとあたしよりもずっと、彼のことを心配しているのだろう。あたしは固い鱗に覆われたおばさんの腕をポンと叩いた。


「何があったって、生きているのが一番ですよ。そうでしょ、おばさん?」


 元気づけようと思って言ったあたしの言葉に、おばさんはすごくいい笑顔を見せてくれた。


「・・・確かにあんたの言う通りだね。あたしは少し心配しすぎなのかもしれない。あーあ、これも年のせいかねえ。」


 大げさにため息を吐くおばさんに、あたしはニヤリと笑って言った。






「そうそう、年寄りはすーぐなんでも心配し過ぎるんです。おばさんもあたしの母さんみたいに、そろそろ田舎に帰って隠居暮らしした方がいいんじゃないですか?」


 するとおばさんは、あたしに向かって舌をぺろりと出して見せた。


「言ってくれるじゃないか。あたしはもう180歳だけどね、まだまだ隠居するつもりはないよ。あんたみたいな跳ねっ返りをしっかり面倒見てやんなきゃいけないんだからね。」


 そう言ってあたしたちは二人で大笑いした。その後、おばさんとしばらく町の噂話をして、あたしは家に帰った。もうすっかり目は覚めてしまっていて、二度寝することはできなかった。





 ご飯を食べて少しゴロゴロし、家のことを色々済ませた後、あたしは軽くお風呂に入ってから予約していた美容院に出かけた。


「クウさん、いらっしゃい。こちらへどうぞ。」


 お気に入りの美容師がいつもの席に案内してくれる。この猫人族の美容師は3年前に一人前になったばかり。でも見習いのころから腕が確かで接客が丁寧なので、ずっと指名させてもらっている。それに顔が可愛いのもポイント高い。


「今日はどうしますかにゃ?」


 鏡越しににこやかに聞いてくる彼に、あたしは少し考えてから答えた。


「んー、今日のお客様、なんか甘いもの食べさせてくれるらしいから。ちょっと可愛い系でお願い出来る?」


 この後、同伴することになっているお客様は、この間指名してもらったばかりのご新規さん。第3城砦の近くにある農業プラントの経営者だとかで、ちょっと渋みのある素敵なおじ様だ。あたしのことを随分気に入ってくれていて、店でも気前よくボトルを入れてくれた。


 彼は今度、第2城砦の有名な商会と共同で第3城砦に新しいカフェを開店するらしい。そのためのリサーチを兼ねて、あたしを同伴に誘ってくれたというわけ。だからきっと、あんまり派手過ぎない方がいいだろうと思ったのだ。






 髪を整えてもらう間、あたしは仕事用のマギホでコミュアプリに届いたメッセージに返信をしたり、昨夜来店してくれたお客様にお礼のメッセージを送ったりしていく。もちろん店の宣伝も忘れない。営業は大事。


 きれいに整えてもらった髪と爪の写真をアップすればもう完璧。同伴予定のお客様からもしっかり『いいね』が付いた。どうやらあたしの判断は正しかったようだ。ふふふ、さすが。あたしってば天才じゃん。


 上機嫌で家に帰って着替えていると、店からの迎えの車が着いた。一番上の姉さんと一緒に家を出る。あたしたち姉妹はみんな同じ店で働いているのだ。


 同伴指名が入っているあたしと姉さんは、それぞれ別の車に乗り込んだ。他の姉妹たちはもう少し遅い時間に出る予定なので、それぞれ思い思いに時間を過ごしている。






 そんな中、一番下の妹だけは真面目に勉強を頑張っていた。すごくえらいとあたしは心から感心してしまった。


 あの子はあたしたち姉妹の中で、一番父親である人間族に近い見た目をしている。長い髪で垂れ下がった短い耳をうまく隠せば、ぜんぜん兎人族には見えない。あの子が人間族の学校に通いはじめることができたのも、そのおかげだ。


 あたしもすごく小さい頃、学校に通ってみたいなと思ったことが、ほんの一瞬だけあった。でも勉強が嫌いだったし、何より口うるさい先生が苦手だったので、すぐにやめてしまった。長い耳を他の子からからかわれたり引っ張られたりするのも、本当に嫌だったのだ。


 だから今でもそのことを後悔はしていない。ただ、難しい漢字が読める妹が少しだけ羨ましいとは思っているけどね。











 店の車で待ち合わせ場所まで送ってもらい、お客様と合流した。連れて行ってもらったカフェは本当に素敵なところだった。


 新鮮な野菜や果物を使ったお料理もすごく美味しかったし、職人が丹精込めて作ったお菓子も最高だった。お客様もあたしも終始ご機嫌で、話もすごく盛り上がった。彼は紳士的でとても魅力的な人だ。話も上手いし、お腹が少しポッコリしているのもあたし好み。


 普段、同伴するお店はあたしが指定させてもらっている。これはもちろん身の安全のためだ。


 ただ今回、彼が選んでくれたカフェは大当たりだった。今度から自分でも積極的に使わせてもらおうと心に書き留めておく。彼が今度開店させるというカフェがここと同じくらい素敵だったら、常連になってしまうかもしれない。






 カフェを出てお客様と一緒に店へ向かう。あたしの働いているお店は第3城砦中央区の歓楽街にある『兎の館ラビットハウス』という酒場だ。名前で分かる通り、店で働いている女の子はすべて兎人族で統一されている。


 店に入ったあたしは、お客様に断ってから制服であるバニースーツに着替えた。この奇妙な衣装には店長の並々ならぬこだわりがあるらしい。確かに可愛いし、細身で手足の長いあたしたち兎人族にはぴったりだと思う。お客様からの評判も上々だしね。


 着替えを終えたあたしは同伴してくれたお客様の席について、すぐに接客を始めた。同伴指名をもらえると、出勤してすぐに接客を始められるので本当に助かる。語弊がある言い方かもしれないが、ぶっちゃけすごく効率がいいのだ。


 その後、いくつかのテーブルに少しずつ着いたりショータイムを挟んだりしたものの、結局あたしを指名してくれたこの素敵なおじ様は最後まであたしと一緒にいてくださった。






 いいお客様は酔い方もきれいだ。泥酔して女の子に暴力を振るい、店の男たちにつまみ出されるような奴とは大違い。余裕のある振る舞いを見て、あたしはますます彼のことが好きになってしまった。


 だから彼が「静かなところでもう少し飲みなおさないか?」と誘ってくれた時は本当に嬉しかった。あたしたちは落ち着いたバーで互いのことを語り合った。彼は数年前に奥さんを病気で亡くしたらしい。子どもも独立したので今は独り身なのだそうだ。少し寂しそうに灰色の髪をかき上げる彼の横顔に、あたしはきゅんと来てしまった。


 その後、あたしたちは朝まで一緒に過ごした。もちろんあたしから彼を誘ったのだ。彼は意外にも情熱的にあたしを愛してくれた。彼の大きな体に顔を寄せていると、いつも以上に安らかに眠ることができた。






 翌朝、別れる間際、彼はあたしにこれからもずっと一緒にいてほしいと言ってくれた。あたしはすごく嬉しかったけれど、自分が兎人族であることを理由にそれを断った。


 あたしたち兎人族は基本的に、特定のパートナーと一緒に長く過ごすということができない。これはおそらく、かつてあたしたちの祖先が平原で暮らしていた時に、体に刻みこまれた生存戦略なのだと思う。


 自分の子孫を効率的に残すため、兎人族のメスはいろいろなタイプのオスを求めてしまう本能がある。そしてそのために性的な魅力や能力に特化した進化を続けてきたのだ。


 他の種族はその習性を指して「兎人族は恋愛脳」なんて呼んでいる。それは自分でもあながち間違いではないと思っている。


 あたしにとって人生で何よりも大切なのは、いろいろなオスと巡り会うことだからだ。


 これはあたしの母さんもそうだった。あたしにはたくさんの姉妹がいるけれど、すべて父親が違う。兎人族にとっては、より多くのオスとの間に子どもを作ることこそが誇りであり、喜びなのだ。






 ちなみに兎人族の子どもは、ほぼ100%メスしか生まれてこない。極稀にオスが生まれることもあるらしいけれどその場合、そのオスはそれまでに母親たちが交配した相手、すべての能力を引き継いだ超越者として生まれてくるらしい。


 そうやって圧倒的な力を持つ個を種族全体で作り出すことで、兎人族は生き延びてきたのだそうだ。弱者故に身に着いた特殊能力ということなのだろう。ただそんなオスが生まれたという話は、あたしはもちろん、あたしの母さんも、おばあちゃんも聞いたことがない。


 もしかしたら平原を離れて危険が遠ざかったことで、種族の貴重な能力も失われたのかもしれない。ただ恋愛体質だけは、未だにあたしの中に残り続けている。






 あたしは彼のことが大好きだ。でもきっと、またすぐに別の人を好きになってしまうだろう。それは兎人族ではない彼にとっては、とても辛いことだと思う。あたしは正直に彼へそう話し、一緒にいることはできないのだと告げた。


 彼はあたしの話を真剣に聞いてくれた。そしてその後、あたしにこう問いかけてきた。


「・・・他の男を好きになっても、私を嫌いになってしまうわけではないのだろう?」


「それは、もちろん! でも、人間のあなたにはきっと耐えられない。すごく悲しい思いをさせてしまう。」


 あたしがそう言うと、彼は大きな笑みを浮かべた。


「私はもう随分と年を重ねて、大分しょぼくれてしまった。だがそのおかげで、大概のことでは動じなくなったと思っているよ。もしも君さえよければ、私は君を待とうと思う。君が種族の呪縛から解き放たれた時、もう一度、言わせてほしい。『ずっと一緒にいてください』ってね。」


 あたしは彼の言葉を聞いて、溢れる涙で何も言えなくなり、彼の腕の中に飛び込んで広い胸に顔を埋めた。彼はそんなあたしを優しく抱きしめ、これからもあたしを指名してくれると約束してくれた。


 




 兎人族の交配可能年齢は大体15歳から25歳までだ。その10年の間、兎人族のメスはおよそ半年に一回という短い期間で子供を産み続ける。兎人族の子どもの成長は恐ろしく早いのだ。これもきっと弱い種族ゆえなのだろう。


 25歳を過ぎるとあたしたちの恋愛体質も影を潜めるようになり、誰彼構わず好きになるということもなくなってくる。彼はそれまであたしを待つと言ってくれたのだ。あたしは今16歳。彼が本気なら、あと10年近くも彼を待たせてしまうことになる。


 もちろん、これが彼の真実の言葉だとは私も思ってはいない。きっと歓楽街で働く女を喜ばせるための、ただ口説き文句なのだろう。


 それでも彼が私の種族のことを理解しようとして「待つ」と言ってくれたことが、私は本当に嬉しかった。





 兎人族は早くに多くの子どもを作る影響からか、他の亜人種族に比べて寿命が短い。もしも彼が本気で私と一緒になってくれるなら、きっと彼を見送ったのとちょうど同じころに、私も大地母神様の下へ還ることになるはずだ。


 そんな未来が訪れたら本当に素敵なことだと思う。城砦を離れて故郷の平原へ移り住んだ母さんのように、彼と二人で野菜や果物を育てながら穏やかに暮らせたら・・・。


 あたしはぎゅっと目を瞑ってそんな甘い空想を心の中へしまい込み、彼の胸から離れた。彼は何も言わず、あたしを家の前まで車で送ってくれた。






 姉妹たちはまだ眠っていた。まだ早い時間だから仕方がない。今日はゴミ捨て当番もない日だしね。


 一緒に二度寝しようかとも考えたけれど、彼の胸でぐっすり眠ったあたしは全然眠くなかった。だから姉妹や姪たちのために朝ご飯を作ることにした。


 着替えを終えてキッチンに立ち調理していたら、後ろから不意に声をかけられた。


「クウねえちゃん、帰って来てたんだ。」


 片手にくたくたのウサギのぬいぐるみを持って、眠そうに話しかけてきたのは、一番下の妹だった。ついさっき帰ってきたのだと告げると妹は「ふーん」と探るような声を出した後、あたしの顔を覗き込んできた。私は妹に尋ねた。






「どうしたの?」


「・・・すごく嬉しそう。なんかいいことあった?」


 私はにっこり微笑んだ後、妹の長い黒髪をわしゃわしゃとかき回した。


「なにすんのよ、もう!!」


「あんた、いい子ね。聞きたい?」


 あたしがそう言うと、妹はぷうっと頬を膨らませた。


「もういい。機嫌がいいのは十分、分かったから!」


 妹はそう言って顔を洗いに行き、着替えを終えると私の調理を手伝ってくれた。






 その後、10時過ぎに起きてきた姉妹や姪たちと一緒に、賑やかな食卓を囲んだ。その様子を見ていたら、あたしはなんだか無性に泣きたくなってしまった。


 朝食の片づけを終えた後、あたしは昨日のおじ様に『昨夜は素敵な夢をありがとうございました』とメッセージを送った。


 今日は月一つきいちのメンテ日。あらかじめ仕事は休みにしてもらい、エステを予約してある。夜の仕事を引退した兎人族の先輩がやっている店で、いつも予約待ちの人気店だ。こうやってしっかりメンテに時間とお金をかけるのも、大切な営業活動の一環。


 そう、私はこれからも自分を磨き続ける。いつの日かやって来る、明るく穏やかな未来をこの手に掴み取るために。






「よーし、今日もいっちょやったるかぁー!!!」


 お気に入りのブーツに足を通した私は、そう言って大きく玄関の扉を開き、外へと飛び出した。いつの間にか冷たい冬の気配はなくなっていた。


 春を予感させる穏やかな明るい日差しの中、あたしはより一層自分に磨きをかけるため、意気揚々と通りを歩き始めたのだった。

読んでくださった方、ありがとうございました。夜の世界に詳しくないので、いろいろあれなところがあるかもしれませんが、どうぞご容赦ください。今後の創作のために感想やご指摘などいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。

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