30 春休み
週末にお話を書くのが、最近の楽しみになってます。
3月も半ばを過ぎた。生徒の進級や先生方の異動のため、高天原防衛学校は春休み中だ。僕たち222分隊も無事に進級試験を終え、のんびりと休日を過ごしていた。
今日、僕は久しぶりに旧校舎にやって来ている。普段は僕にべったりくっついてなかなか離れようとしないマドカが、お友達のトモちゃんと一緒に出かけているからだ。二人は今日から公開される新作のアニメ映画を見に行っている。
僕も誘われたのだけれど、さすがに遠慮させてもらった。女児向けアニメ映画に行くのが恥ずかしかったのはもちろんだけど、それ以上に、映画を見に来ている子供たちを怖がらせてしまうかもと思ったからだ。何しろ僕は見た目がちょっとアレだからね。
というわけで、僕は校舎の補修作業を手伝うため、朝から旧校舎周辺の瓦礫の辺りをウロウロと歩き回っていた。補修のための材料を集めるためだ。僕と一緒にエイスケと宇津井先生、それに笹崎教官も作業服姿で参加してくれている。
ホノカさんは実家に帰省中、マリさんとテイジは出かけていて今日は不在。ホノカさんはともかく、マリさんたちがいないのはとても珍しいことなので、ちょっと意外な感じがした。
デートなのかな、なんて考えていたら、廃材の山を掘り返していたエイスケが嬉しそうな声を上げるのが聞こえた。
「お、これまだ使えそうだぞ。新道、そっち持ってくれ。」
「了解。」
二人で大きな板材を苦労して運び出し、魔導運搬車の荷台に載せる。おそらく格納庫の扉だったと思われる強化樹脂の板材は上半分が溶け落ちてしまっているけど、下は比較的きれいなまま残っていた。
僕たちは今朝からこうやってずっと、廃材から使えるものを選り分けているのだ。
これらの廃材は『精霊樹』と呼ばれる特殊な樹木の樹脂で作られている。精霊樹は富士山周辺の広大な皇領にのみ生えている不思議な木で、樹脂を豊富に含んだ実をつけるという。この樹脂を加工すると、下手な金属よりもずっと硬い工材を作ることができる。
軽くて丈夫な上に魔力を通しやすいので加工や成形も楽。おまけに簡単な術式を用いて再加工することで、別の物に作り変えることもできる。鉱物資源の乏しい大日本皇国を支える、正に夢のような素材なのだ。
この精霊樹を生み出したのは、彼の偉大なる魔導物理研究者、伊集院ゲンイチロウ博士らしい。伝承によると彼は強い精霊の加護を得ていたそうで、それを基にこの樹木を生み出したとされている。
僕はこの話を最初に聞いた時、魔導物理学で樹木まで生み出せるものなのかなとちょっと疑問を持った。もしかしたら偉人に功績を付け加えるために、後の世の歴史家が何かしたのかも? まあ、博士は200年も前の人なので、真偽は不明だ。
ともかくこの精霊樹から生み出された樹脂は魔力端末のケースから戦闘用魔導機の装甲板に至るまで、ありとあらゆるものに使われている。ただし戦闘用の装甲板なんかは特殊な加工魔術を施してあるから、一般の人には扱えないんだけどね。
貴重な素材なのでリサイクル体制もばっちり。僕もゴミの日には、樹脂製品はキチンと分別して捨てるようにしている。この分別については幼年学校でものすごくしっかり教えられるから、大日本皇国民なら誰でも知っていることだ。
でもそう考えると、なんで今までこの校舎が解体されずに残っていたのかが少し不思議だ。何か理由があるのだろうか?
そうこうしているうちに昼休みの時間になった。僕たちは校舎内の食堂に移動し、当番のエイスケが朝に作っておいたという昼ご飯を食べた。長粒種の玄米と焼いた干し魚。それに味噌汁とちょっとした野菜の煮物だけど、どれもかなり美味しかった。手先の器用な彼は、料理も上手らしい。
食事が進んでそろそろ食べ終わるかという頃、先に食べ終わったエイスケがニヤニヤしながら僕に話しかけてきた。
「なあ新道、小桜がいなくてがっかりしたんじゃないか?」
僕は口に含んでいた味噌汁を危うく吹き出しそうになった。
「そ、そんなことないよ! 何言ってんの!?」
ドギマギしながら宇津井先生と笹崎教官の方を目で伺うと、二人は訳知り顔で笑いながら僕を見ていた。エイスケは咽る僕の背中をトントンと軽く叩きながらまた言った。
「別に隠すことねえだろ。お前らが付き合ってんのはもう、皆知ってんだしさ。」
僕は湯呑に入ったほうじ茶を一口飲み、小さく息を吐いてから彼に答えた。
「付き合って・・・はないよ。そんなんじゃないんだ、まだ。」
「はあ? お前もしかして、小桜に何にも言ってねえのか? ダメだろ、それじゃ。」
僕の答えを聞いたエイスケは呆れた表情で天を仰いだ。彼に続けて宇津井先生と笹崎教官も口を開いた。
「うむ。中途半端はいかんぞ、カナメくん。」
「しっかりしろよ、新道! それでも男か?」
笹崎教官から左肩にバシンとパンチを受ける。でも僕は何と答えてよいか分からず、おろおろと黙り込んでしまった。するとそれを見かねたのか、エイスケが助け舟を出してくれた。
「まあ、お前も小桜もそれどころじゃなかったからな。小桜も今頃は久しぶりにご両親に会えて、ホッとしてるだろうし。」
「そ、そうだね。もし次に会えたら・・・その時はちゃんと伝えるよ。」
僕の答えを聞いて、三人は面白そうに顔を見合わせた。僕は次にホノカさんに会った時のことを想像して、顔が物凄く熱くなるのを感じた。
ホノカさんは今帰省中。多分明日には学校へ戻ってくるはずだ。
彼女の実家は第2城砦で様々な日用品を扱う大きな商会を経営している。スーパーへ買い物に行くといつでも商品を目にできるくらい有名な商会だ。彼女はその商会の一人娘。
僕たちが行方不明になり、皇国軍が公式にホノカさんの死亡を発表した時、彼女の御両親はショックで寝込んでしまったそうだ。
もちろん大事な一人娘を軍学校に入隊させたのだから、ある程度はご両親も覚悟をしていたはず。それでも寝込んでしまうほどだったのだから、その衝撃は相当なものだったのだろう。
きっと今頃、家族水入らずでホノカさんの無事を喜んでいるに違いない。僕がそう言うとエイスケはふっと小さく息を吐いた。
「親に心配かけちまうのは、辛いもんだよな。まあその点、俺は気楽なもんだぜ。」
エイスケはそう言って少し寂しそうに、皮肉めいた笑みを浮かべた。
彼の唯一の肉親であるお母さんは長患いの末、去年の夏ごろに亡くなってしまったそうだ。現在、彼は一人暮らし。
だから他の寮生が帰省する間も、ずっと学校に居残っている。同じように身寄りのないマリさんとテイジもそうだ。僕の視線に気づいたのだろう、エイスケは僕に向き直って、またニヤリと笑った。
「そんな辛気臭い顔すんなって。せっかくだから俺も今日は、この作業が終わったら出かけることにするぜ。ちょうど新しい撮影機材が欲しかったところだしな。」
エイスケはそう言って、今度は笹崎教官に向き直った。
「つーことで外出許可願えますか、笹崎教官?」
「もちろんだ。たまには羽を伸ばしてこい。若い男が一人で鬱々としてると碌なことにならんからな。」
教官はそう言って、カカカと明るく笑った。宇津井先生はそんな二人を見て少し困ったように笑いながらも、僕の方を見て小さく頷いてくれた。
ちなみに僕たちの寮監を兼ねている宇津井先生と笹崎教官も、ずっと校舎にいる。
宇津井先生は早くに奥様と死に別れてしまったそうで現在は独り身。お子さんもいないため、家に帰る必要がないらしい。先生曰く、煩わしい人付き合いをするよりも、研究をしている方がずっと有意義なのだそうだ。それを聞いて僕は、とっても先生らしいなあと思ってしまった。
笹崎教官は白龍事件のせいで実家から絶縁されて帰る場所がないらしい。
そのことを僕に話してくれた時、「帰るたびに押し付けられる縁談を断るのに辟易していたから、せいせいした」と言って教官は笑っていた。上に兄姉がたくさんいるので、継承権のない教官はこれまで何度も政略結婚の道具にされそうになっていたのだそうだ。
宇津井先生も笹崎教官も貴族家の一員なのだけれど、平民の僕にはその辺のことがよく分からない。ただ貴族には貴族なりに苦労が多いのだろうなというのだけは、何となく察せられた。
いよいよみんなが食べ終わって食後のお茶を楽しんでいる時、エイスケが思い出したように話しかけてきた。
「ところでよお新道。お前、そのクロってやつはどうなっちまったんだ?」
僕は小さく頭を振って、彼に応えた。
「どうにもなってないよ。特に変化なし。」
全然変化がないというのは、実は嘘だ。本当は帰還後、一時的に犬歯が少しだけ鋭くなっていた。でも今はもう元通りに戻っている。
主治医の四宮先生によると「体内の魔素超過による形態変化」だろうということだった。寄生魔獣の魔力が体に溢れすぎたせいで、獣人に近い体質になっていたのだそうだ。そのことをマリさんに話したら「仲間じゃーん!」と嬉しそうにハイタッチされてしまった。
そう言えばまた月が替わったら、四宮先生のところに定期検診に行かないと。今度行くときは僕ももう3年生だ。無事に進級したことを伝えたら、先生はまた喜んでくれるに違いない。
でも2,3日前に母さんが「ルリのマギホに連絡しても返事がないのよねえ」と話していたっけ。もしかしたら年度末で忙しいのかもねって笑ってたけど、あの施療院が忙しいところなんて想像がつかない。ちょっとだけ心配だ。
僕の答えを聞いたエイスケは「ふーん?」と僕の方を窺うように見た後、先生たちの方に向き直った。
「ひょっとしたら、もうこのまま眠り続けたままなのかもしれないってことはありますか?」
彼の問いかけに笹崎教官が小さく頷いた。
「確かに魔獣や異世界人は人間に比べて長命な者が多いと聞くからな。もしかしたらということもある。一回の眠りが数十年に及ぶケースもあるらしいしな。」
「森妖精族の寓話ですね。僕も聞いたことあります。」
僕がそう言うと教官は、薄く紅を引いた唇の端を少し上げて「うむ」と大きく頷いた。
若木の木陰で居眠りをしていた森妖精が、次に目を覚ました時にはその木が大木にまで成長していたというのは、とても有名な笑い話だ。第3城砦の獣人さんや亜人さんたちがよく話をしているのを、僕も何度か聞いたことがある。
ほとんど不死と思われるほどに長命な森妖精族をはじめとして、獣人さんや亜人さんは一般的に長寿な場合が多い。もちろん種族差や個体差があるので一概には言えないけれどね。
そのせいかなのか彼らは人間に比べ、よく言えばとてもおおらか、悪く言えば多少ルーズな人が多い気がする。恋多き兎人族などはその典型だ。
もちろん中には町の自治会長をしている蜥蜴人族のシュハアさんのように、ものすごく几帳面な人もいる。けれど今考えてみると、あれはかなり特殊な例なのだという気がしてきた。
その時、僕と教官のやり取りを聞いていた宇津井先生が、僕に向かって徐に口を開いた。
「クロというその異世界人は、通常空間から隔絶した時空の狭間で生きていた。我々の常識では考えられないことだ。人間にはない優れた技術を持っていることから考えてもおそらく、かなり長命種族なのではないかと思うよ。」
先生はクロが人間よりもはるかに長い歴史を持つ文明の出身だろうと考察していた。それは僕も何となく分かる気がする。だってあいつ、すごい上から目線の威張りんぼだったからね。
ちなみに僕たちが時空の狭間から脱出した際、こっちの世界の時間が3か月以上経過していたのは、クロが時空を捻じ曲げて無理矢理、この世界への『扉』を開いたことが原因ではないかと先生は予想しているみたい。ただクロがまだ眠ったままなので、真相は分からないままだ。
そうやって皆でひとしきりクロの正体について話した後、宇津井先生が手にしていたほうじ茶の湯飲みを置いて小さく息を吐いた。
「そろそろ午後の作業を始めようか。」
僕たちは目を合わせて軽く頷きあうと、手を合わせて「ごちそうさま」と声をそろえた。その声に応えて、その場にふわりと温かい気配が満ちる。この辺りの精霊が、僕たちの感謝の言葉に応えてくれたのだ。
この旧校舎跡地は、新校舎や城砦に比べて精霊の恵みが多くあるような気がする。もしかしたら大嘯の後、ここに新校舎が再建されなかったのもそのせいなのかも?
精霊の多く集まる場所は、同時に邪霊や怨霊も集まりやすい場所だからだ。災害で活性化した邪霊たちが集まっていたのだとしたら、復旧作業どころではなかっただろう。
そんなことを考えながら僕は立ち上がり、皆の後について食堂を後にした。扉を出る寸前、気配を感じて後ろを振り向くと宇津井先生の家事妖精、花さんが皆の食器を片付けているところだった。
彼女は家妖精とも呼ばれる妖精の一種で、この校舎の食事の後片付けや掃除などを手伝ってくれている。本当は白い服を着た女性の姿をしているらしいけれど、霊視力のない僕には2本の腕しか見えない。空中に突然現れる白い女性の腕には最初、皆かなり驚かされていた。
けど今ではもうすっかり慣れっこだ。花さんは世話焼きな性格で、僕たちにもとても親切にしてくれている。彼女は宇津井先生と昔から一緒にいるらしい。『花さん』という名前も先生が付けたのだそうだ。
僕は花さんに向かって「ありがとうございます」と小さく頭を下げた。すると彼女は「どういたしまして」というように、軽く指を振って応えてくれた。
こうしてちょっと嬉しい気持ちになった僕は、花さんに見送られながら廊下に出た。そして前向きな気持ちで不自由な足を動かしながら、先に廃材を集めに行った皆の後を追いかけたのだった。
カナメたちが廃材集めを始めたちょうどその頃、学校を離れたマリとテイジは第3城砦にある災害慰霊碑を訪れていた。
「お父さん、お母さん。おじさん、おばさん。エリ姉、ユリ。あたしたち、白龍から城砦の皆を守れたよ。」
それまでずっと祈りを捧げていたマリは、最後にそう呟いた後、ようやく顔を上げた。目の端に浮かんだ涙をぐしぐしと手の甲で拭い、後ろで同じように祈りを捧げていたテイジを振り返った時にはもう、いつもの明るい表情に戻っていた。
テイジが無言で頷いたのを見て、マリは歩き出した。テイジがその後に続く。慰霊碑のある公園広場を出る直前、マリは後ろを振りかえり元気な声で「また二人で会いに来るね!」と叫んだ。
公園の出口を目指し、二人は並んでゆっくりと歩いていった。今日の二人は私服姿だ。マリは明るい色のカーディガンに動きやすいショートデニム。それにニット帽とロングブーツを身に着けている。ニット帽はホノカが彼女のために選んでくれたものだ。
テイジは愛用の黒いトレーニングウェア。背が高く筋肉質な彼によく似合っていた。
「帰りのバスまで少し時間あるね。ちょっとぶらぶらして行こうか?」
マリの言葉にテイジは無言で頷く。テイジはあの事件の後、ますます口数が少なくなっていた。マリはそんな彼の手をぎゅっと握った。テイジは少し驚いた顔をしながらも、彼女の手を優しく握り返した。
手を繋いで歩く二人。身長差はあるが歩調はぴったり揃っている。少し緩み始めた冬の空気が二人を優しく包んだ。
しばらく散歩を楽しみ、出口付近のベンチまで来た時、マリはベンチの隅で蹲っている小さな影に気が付いた。どうやら幼い女の子のようだ。
女の子は声を殺して泣いているらしく、細い肩が僅かに震えていた。マリはすぐに女の子に駆け寄っていった。
「どうしたの? 大丈夫?」
急に声をかけられた女の子はびくりと体を震わせた後、恐々と後ろを振り返った。夕闇の中で見る女の子の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃに濡れていた。
マリは女の子に優しく笑いかけた後、持っていたハンカチで彼女の顔をそっと拭ってやった。女の子はその間も小さくしゃくりあげ続けていた。
「大丈夫だから、もう泣かないで。何があったの? あたしに教えて?」
女の子は目の前のマリと少し離れて立っているテイジを何度も見比べた後、震える声でようやく口を開いた。
「ひとをさがしてるの・・・。」
「人? 迷子になったの?」
マリの問いかけに女の子は小さく首を振った。女の子の様子にただならぬ事情を感じたマリが、そっとテイジを呼び寄せた。テイジは二人を守るようにマリの後ろに立った。
「これ、みてくれる?」
女の子はそう言って服のポケットから魔力端末を取り出した。マリは言われるままに、子供用の小さなマギホの画面を覗き込んだ。
「よーく、みてみてね!」
女の子が嬉しそうにそう言った途端、マギホは凄まじい閃光を上げて爆散した。強い光によって一時的に視界が失われる。
次の瞬間、周囲の空気の気配がざわりと変わったことに、マリはすぐに気が付いた。咄嗟に息を止めたが、間に合わなかった。
「しまった、これ・・・ガ・・ス・・・!?」
体の力が急速に失われ、マリはその場に崩れ落ちた。テイジは拳を振り上げ、まだその場に立っていた女の子に強烈な一撃を放った。しかし女の子はそれをあらかじめ予想していたかのように、テイジの攻撃を躱した。
女の子がその場から離れたことで、テイジは崩れ落ちたマリを抱えてその場から逃れようとした。だが数歩も歩かないうちに、彼もまたマリを抱えたまま、その場に崩れ落ちた。
「大型魔獣用のガスを直接浴びながら、これほど動けるとは。化け物め。」
倒れながらもマリを守ろうとするテイジの耳に歪んだ女の子の声が響く。その声に抗い、必死に顔を上げた彼が目にしたのは、可愛らしかった口が耳まで裂け、グロテスクに変形した女の子の顔だった。
変異魔獣!? だがなぜ結界内に魔獣が? まずい! なんとかマリちゃんだけでも助けないと・・・!
しかしそう思ったのを最後に彼の意識は失われた。
二人が意識を無くすと同時に、対ガス装備を身に着けた男たちがどこからともなく現れた。男たちは素早く二人を抱え上げると、公園の出口に待たせていた車に二人を運び込み、そのまま走り去っていったのだった。
読んでくださった方、ありがとうございます。次は閑話を一話挟んで、その次からこの続きを書こうと思っています。




