28 脱出
お盆休み(休みとは言ってない)。
少し長いですが、このまま投稿します。
得体のしれない異世界人(?)クロと互いの目的のために協力しあうという契約を結んだ後、僕は頭の中でクロに尋ねてみた。
「(クロ、さっき僕の力を借りたいって言ってたけど、具体的には何をすればいいの?)」
体を全部よこせって言われたらどうしようと思いながらドキドキしていると、彼は相変わらず淡々とした調子で僕にこう告げてきた。
「(この機体の操縦席に座ってくれ、カナメ。)」
あまりにも普通の要求でちょっとだけ拍子抜けだったけれど、少しホッとしたのも事実だ。僕はちらりと床で眠っている仲間たちを見た。
皆の体はまた少し透き通ってきている。特にホノカさんの体は色がほとんどなくなっていた。でも《封魔の守り》があるからか、すぐに消えることはなさそうだ。
もちろん今後、何が起きるか分からない。安心はせず急いだほうがいいだろう。
4人の毛布を掛け直した後、クロに言われるがままに『白鷹』の操縦席に向かう。僕は後ろで横たわる皆を気にしながら、操縦席へ続く狭い非常用出口に体を潜り込ませた。
狭い通路を通っている時、体の違和感に気づいた。
「あれ、右足の動きがいつもより良くなってる?」
「(私が少しばかり手伝わせてもらっている。)」
僕の小さな独り言にクロはそう答えた。
「・・もしかしてクロ、僕の手足を自由に動かせたりするの?」
「(ほんの一瞬なら可能だ。カナメの意志を読み取って、筋肉が動くのを少し手伝っている。)」
クロはさも当然というようにそう言った。彼は現在、僕の体にいたあの寄生魔獣と一体化しているそうだ。僕の義手と右半身全体に、神経や筋肉に沿って薄く広がっている状態らしい。
だから右の義手とマヒしている右足ならば、ある程度操作できるそうだ。でもあくまで僕の意志をなぞった動きをしているだけなので、クロが自由に動かすことは出来ないと言っていた。
もっともこれはクロの自己申告なので、本当かどうかは少し疑わしい。けれど確かめる方法がないので、とりあえずこの問題は後回しにすることにした。
僕は左手の指輪の僅かな光を頼りに操縦席へ座った。でも相変わらず操縦席内の端末や画面は真っ暗で、何の反応もなかった。魔導エンジン内の魔素が枯渇しているからだろう。
「とりあえず座ったけど、このまま起動すればいいの? でも周辺の魔素が足りないから、あんまり長くは動かせないよ? 短い時間だったら僕の魔力だけでも動かすことはできると思うけど・・・。」
魔導エンジンは僕の魔力を起爆剤として、周囲の魔素を取り込みながら魔力を増幅する仕組みだ。周囲に魔素がない今の状態なら当然、僕の魔力だけで動かさなくてはいけない。
さっき少し減ってしまったけれど、まだ魔力にはゆとりがある。ただ何をすればいいのか分からない状態では、不安を拭い去れない。
僕はそんな気持ちでクロに尋ねたのだ。でも彼は僕の言葉を無視して、僕にこう言ってきた。
「(その話をする前に、一つ確認しておきたいことがある。)」
クロは淡々とした調子で僕に言った。僕は少し警戒しながらも、それを声に出さないように気をつけながら彼に返事をした。
「なに、確認したいことって・・・。」
僕がそう言いかけると、クロはその言葉を遮るように冷たい声で僕に言った。
「(カナメ、君はこの空間を脱出できたら、自分の体ごと私を滅ぼそうと考えているな?)」
クロの言葉に僕は思わずドキリとしてしまった。彼の言葉が見事に図星を突いていたからだ。僕は必死に冷静さを装い、彼の問いかけに答えた。
「い、一体なにを・・・。」
「(ごまかさなくていい。私と君は一つになっているのだから、君が何を考えているのかぐらいはある程度知ることができる。)」
クロはそう言って、また僕の言葉を遮った。僕が黙り込むと、彼は再び話し始めた。
「(君が私を警戒するのは理解できる。しかし私は君がそのような選択をするのは容認できない。それでは私の目的が果たせなくなってしまうからだ。)」
クロは何の感情も感じ取れない平板な声でそう言った。僕は一瞬のうちに考えを巡らせた挙句、短い言葉で彼に尋ねてみた。
「・・・クロの目的って何なのさ?」
「(行方不明になった同族の者を探している。私にとっては何物にも代えがたい、かけがえのない存在だ。同族の者はおそらく君の世界にいる。その者を探し出し、共に自分の世界に帰ることが私の目的だ。)」
クロの声はさっきと同じ淡々とした調子だった。僕には彼が嘘をついていないことが何となく分かった。おそらく体を共有していることが影響しているのだろう。きっと彼も同じように僕の考えを知ることができるに違いない。
隠し事をしても意味がないということに気づいた僕は、ほうっと大きく息を吐いた後、彼に直接尋ねてみた。
「クロは人(?)探しがしたいだけで、僕の世界の人たちに危害を加えるつもりはないってこと?」
「(積極的に危害を加えようとは思わない。ただし私の目的を邪魔しようとするなら全力で排除する。)」
彼は真実を語っている。それを確信した後、僕は重ねて質問をした。
「でもクロは僕たちを食べるために、この空間に引きずり込んだんだよね。僕たちの世界でも同じことをするんじゃないの?」
これは絶対に確認しておきたいことだった。僕は彼が何と答えるだろうとドキドキしながら待っていたけれど、彼は驚くほどあっさりと答えを返してきた。
「(この空間で活動する糧を得るために当然のことをしたまでだ。君たちだって生きるために他の生き物を食べているだろう。)」
彼にそう言われて、僕は言葉に詰まった。彼はそれを察したのか、続けて僕にこう言った。
「(私は周囲の魔素を吸収することで活動している。だからこの空間を出られたら、わざわざ他の生命体から魔素を吸収する必要はない。決して君の仲間に危害を加えないと約束しよう。)」
彼は嘘をついていない。仲間を探したいだけで、僕たちに危害を加えるつもりがないというのはどうやら真実のようだった。
クロの言う通りついさっきまで、分隊の皆を無事に助けることができたら、僕は自分の魔力で彼ごと自分を焼き尽くそうと思っていた。初めから、得体の知れない異世界人を僕の大切な人たちに近づけるつもりはなかった。僕は彼を騙すつもりだったのだ。
でもその思惑は彼に知られていた。僕が暗い操縦端末を見つめたままどうするべきか悩んでいたら、彼がまた話しかけてきた。
「(君と一体化することは、私にとって決して軽くない決断だった。私は君が生きている限り、君に従わなくてはならないのだから。だがそれでも君が死ぬつもりなら、私は無理をしてでも君から離れることを選択する。そうすることは私にとって不利益が大きい。だがむざむざ滅ぼされるわけにはいかないからな。)」
彼の言葉を頭の中で何度か繰り返して考えた後、僕は彼に尋ねた。
「不利益って?」
「君から無理に離脱すれば、私は自らの機能の大半を失うことになる。取り戻すにはかなりの時間がかかるだろう。だが目的を果たすためならばそれも厭わない。私は君たちの世界へ行く。その後は自由に振舞わせてもらうつもりだ。)」
彼は誤魔化すことなく、僕にそう伝えた。彼が『自由に』と言ったところで、僕は彼からの強い敵意を感じた。おそらく僕が彼を殺そうとすれば、彼は力を取り戻し目的を果たすため、無差別に僕たちの世界の人間を襲うつもりなのだろう。
僕は少し考えた後、彼に尋ねた。
「つまり、クロを自由にしないためには、僕が生き続けなきゃいけないってこと?」
「(君と私、双方の利益にとってその選択が最も妥当だ。目的が果たせれば私は君の世界から去る。それは君が望むことのはずだ。)」
彼が嘘をついていないことは分かる。でもやっぱり疑いを拭い去れない。僕は彼の真意を探るため、あえてもう一つ質問した。
「・・・そんなこと言って本当は、ここを脱出したら僕を殺して暴れまわるつもりなんじゃないの?」
「(もちろんその選択も可能だ。ただ宿主である君を殺せば、私自身の機能も大きく損なわれる。故に今のところはそうするつもりはない。)」
彼は淡々とそう言った。彼はいつでも僕を殺すことができる。彼は最初から仲間探しのために僕の力を使うつもりで、僕に憑りついたのだ。つまり彼に憑りつかれた時点で、僕には選択の余地がなかったってことだ。
いま僕は、自分の魔力で彼を繋ぎとめている。でも彼が僕の体から本気で脱出しようとした時、それを留めることができるかは分からない。
ならば今は素直に彼に協力し、この虚数空間から脱出した後、対策を考えたほうがいいのかもしれない。例えば皇国軍に自首して、僕ごとクロを滅ぼしてもらうとか・・・。
ただこんな風に考えていることも、きっと彼には知られているのだろう。僕は小さく諦めのため息を吐いた後、彼に言った。
「分かったよ、降参だ。じゃあ、早くここを抜け出そう。」
少し怒ったように言った僕の言葉に、感情の感じられない冷たい声で彼は答えた。
「(では、この機体を動かしてくれ。)」
僕は操縦席のゴーグルを手で動かし自分の頭に装着した。そしてゴーグルに内蔵されている魔術回路を通して、全力で『白鷹』に魔力を流し込んだ。
真っ暗な視界が一瞬虹色の光に包まれたかと思うと、聞きなれた女性の合成音声が聞こえてきた。
『非常航行システムを起動しました。魔力同調を開始します。』
機体と一体となると同時に暗かった視界が開け、自分の周りに無数の星が輝く夜空が見えた。この空間には全く魔素がないため、魔導エンジンの回転が異様に重く感じられる。
『機体周囲の魔素が不足しています。機体の活動限界まであと3分17秒です。』
合成音声が魔力残量から割り出したタイムリミットを知らせてきた。同時に視界の右端に活動限界がデジタル表示される。
クロに話しかけたいけれど、全力で魔力を振り絞っているので声を出すゆとりもない。僕は頭の中でクロに話しかけた。
「(動かしたよ、クロ。この後はどうすればいいの?)」
「(私が『扉』を開く。そこへ機体ごと飛び込んでくれ。)」
彼がそう言うと同時に、激しい警告音と共にシステムの緊急停止を知らせる赤い文字が視界いっぱいに表示された。
『航行システムへの不正アクセスを検知しま・・・$%lp:#”*?』
女性の合成音声は意味不明な音の羅列に変わった後、すぐに聞こえなくなった。直後、視界に表示されていた様々な航行表示が消え、重かった魔導エンジンがすごい勢いで回転を始めた。
『君の魔力を通じて一時的にこの機体内に侵入させてもらった。』
平板な女性の合成音声だが、しゃべっているのは口調からして明らかにクロだ。機体に同調した僕を通じてシステムに侵入したのか?
『その通りだ。先程は君と会話するために侵入したが、細かい機能を使うためには正規の搭乗者である君がいたほうが何かと都合がいい。』
クロは僕たちに接触する前、魔導エンジンから魔素を吸収するために、この機体へ侵入していたそうだ。彼が皇国語を話せていたのは、その時に機体のシステムから言語情報を読み取ったかららしい。
高度な情報障壁を持つ航行システムへの侵入に加え、その情報を解析して流暢に皇国語を操っていること。これだけでも彼が、僕たちよりもはるかに優れたテクノロジーを持つ世界からやってきたことが容易に想像できた。
僕が頭の中でそう考えていると、僕の中にいる彼から肯定の気持ちが伝わってきた。何となく自慢げな気配を感じるのが、正直ちょっとだけムカつく。
それにこれまでこんな風に、言葉を通さずに誰かとコミュニケーションした経験がないので、なんだか少し気持ちが悪い。でも彼はそれに対しては何の反応も返さなかった。
程なく、視界の中に緑色のマーカーが出現し、少し離れたところにある星を指し示した。青白い光を放つその星の隣には、それよりも少し小さくて白い星が見える。二つの星は少しずつ動いていて、その距離は急速に離れつつあるようだ。
『カナメ、あの光に向かって飛んでくれ。』
クロは僕にそう言った。彼は魔導エンジンを動かすことはできても、機体を操作することはできないようだ。僕に協力させたがっていたのはこれが理由なのかもしれない。
僕はマーカーで示された星に向かって飛んだ。勿論実際は『白鷹』を操作し光の翼で飛行している。けれど、僕の感覚は機体と同化しているから、まるで自分の体のまますごいスピードで星空を飛んでいるみたいだった。
飛行しながら僕は自分の胸の辺り、降下デッキ前の廊下に寝ている分隊のみんなの様子を確認した。《封魔の守り》の中でやや薄くなっていた皆の体が、その星に近づくにつれて次第に元に戻っていく。
さっきクロは「世界から切り離されたことで『存在』が希薄になっている」と言っていた。ということは、あの星が僕たちの世界なのだろう。
大きくて青白い光はまるで地球のようにきれいな球形をしている。ただ宇津井先生から見せてもらった地球の衛星写真とはだいぶ見た目が違っていた。あの光は外側から見た僕たちの世界なのかもしれない。
僕がそんなことを考えていたら、再びクロが話しかけてきた。
『進行方向を固定した。扉を開く。』
その言葉が終わると同時に、僕の目の前に円形の虹が出現した。虹の色は目まぐるしく変化していて、まるで光輝く万華鏡の中にいるようだ。万華鏡の中心には遠く青白い星が浮かんでいる。
虹の周囲の星空が一瞬歪んだ。その直後、目の前の星以外のすべての星が、長い尾を引く白い流れ星へと変わった。星々の光が置き去りにされたように、後ろへ流れていく。あくまで体感だけど、ものすごい速度で飛行しているような気がする。
『加速は十分だ。次元跳躍の準備は完了した。星虹へ飛び込め、カナメ。』
次元跳躍? クロが何を言っているのか、さっぱり訳が分からない。けれど、行くしかなさそうだ。僕は言われるがままに光の翼へ力をこめ、青白い光に向かって光り輝く虹の中心へと真っすぐに飛び込んだ。途端に目も眩むほどの虹色の光が奔流となって僕に押し寄せてきた。
思わず視界を逸らした次の瞬間、僕は暗い夜空へと飛び出していた。慌てて周囲を見回すと遥か背後に、ひび割れとなって消えつつある『異界門』の残滓が見えた。
直後、フル回転していった魔導エンジンの出力が徐々に落ちていき、視界の中に通常の航行表示が戻ってきた。クロが機体から離れたのだろう。
「(次元跳躍は成功した。)」
脳内にクロの声が響いた。頭上には見慣れた月と星々が見える。確かにここは僕たちの世界のようだ。
僕は彼が攻撃してくるのではないかと、すぐに体内の魔力を高めて身構えた。でも攻撃や敵意どころか、彼からは何の気配も伝わってこなかった。ただ右半身がさっきまでに比べてずっしりと重くなったように感じられた。
ふと眼下を見ると、地上は黒い瘴気に覆われていて、ものすごく視界が悪かった。地上から立ち上った瘴気が厚い雲となり、地上の様子を覆い隠しているのだ。
黒い雲の間から見えるのは、崩れ落ちた摩天楼。緑色に腐って泡立つ昏い海には、半ば崩れた巨大な女性像が立っていた。皇国にこんな場所はない。僕はすぐに地図データを呼び出し、現在位置を確認した。
「北アメリカ大陸の・・・ニューヨーク市!? 地球の反対側じゃないか!!」
僕が驚きの声を上げると、クロが脳内に話しかけてきた。
「(君が元居た場所には強力な結界があり、扉を開くことができなかった。)」
その声は相変わらず淡々としていたけれど、ほんの少し弱々しい感じがした。
「クロ?」
「(少し力を使いすぎた。)」
思わず彼の名前を呼んだ僕に、彼は短くそう言った。
クロが黙り込んでしまったので、機体内を走査して降下デッキで横たわっている仲間たちの様子を確かめることにした。
モニターの結果、皆の生命反応は安定していることが分かった。ぐっすりと眠っているようだ。猪の唸り声みたいなエイスケの大きないびきを聞いて、僕はなんだか無性に嬉しくなってしまった。
一安心してどうやって皇国に帰ろうかと考えていると、女性の合成音声が僕に警告を発してきた。
『機体外の呪詛瘴気濃度が警戒基準を超過しました。瘴気を遮断するため直ちに対呪詛防壁を展開し、すぐにこの場所を離れてください。』
僕は慌てて魔力防壁を展開し機体を上昇させる。いつもなら警告が発せられる前にホノカさんが気付いてくれるので、すっかり油断してしまっていた。
かなり地上から離れて飛んでいるのに、体がひりひりと痛む感じがする。『白鷹』の魔力防壁が大気中の呪詛を感知しているためだ。
200年前の魔力災害とその後の核兵器の暴発によって、この辺りは大量の呪詛と瘴気が渦巻く魔境に成り果ててしまった。ここからでは見えないけれど、地上には今でも呪詛の影響で不死者となった人々が溢れているはずだ。
「よりによって、こんなところを選ばなくていいのに・・・。」
機体の高度を上げながら、不安のあまり思わずそんな愚痴が口を突いて出てしまった。実は起動時に無理をしたせいで、もうあまり魔力が残っていないのだ。今も後頭部がずきずき痛み、胸の奥が焼け付くような感じがする。でも航行を補助してくれるホノカさんとエイスケがまだ眠っているため、自分一人で何とかしなくてはいけない。
あちこちに浮かぶ危険な瘴気だまりや呪詛雲を避けながら、苦労して皇国に帰るためのルートを検索する。視界内に半透明の映像で表示された地図よれば、僕たちの学校に着くまでには通常飛行で15時間以上はかかりそうだ。今の魔力残量ではどう頑張っても飛び続けられそうにない。
少しでもいいからどこかに降りて休める場所を探したほうがいい。でも今飛べる範囲でそんな場所があったかな・・・。
不安な気持ちと戦いながら必死に地図を眺めていたら、不意にクロが話しかけてきた。
「(扉を開くために、邪魔になる知的生命体がいない地点を選んだ。だが、君の目的地までは離れすぎていたようだな。)」
クロの声は淡々としていたけれど、ほんの少し申し訳なさそうな感じを受けた。彼の意図が読めないまま僕が曖昧に「そうだね」と答えると、彼はこう言ってきた。
「(ここから目的地までは私が移動を補助しよう。)」
「クロが?」
「(大気圏内だから超光速航行は不可能だが、亜光速飛行ならば可能だ。)」
相変わらず彼が言っていることは、まったく理解できない。僕は内心情けなく思いながら、彼に尋ねた。
「・・・よく分からないけど、危険はないの?」
「(通常空間より僅かに位相をずらして飛行する。少なくとも障害物にぶつかる危険はない。)」
彼ははっきりと断言した。どうしようかと考えてみたけれど、彼が嘘をついていないことは分かるし、断る理由もない。僕はクロの提案を承諾することにした。
「じゃあ、お願いします。」
僕がそう言うと視界内に表示されていた航行表示が消えた。同時に魔導エンジンがまたすごい勢いで回転を始める。視界を満たした虹色の光と共に胸の奥から魔力がぐっと引き出される感覚がして、視界が大きくぼやけた。
軽いめまいと頭痛と感じてハッと気が付いたとき、昏かった夜空は明るい青空へと変わっていた。
魔導エンジンの出力が落ちると同時に、視界内にまた通常の航行表示が戻ってきた。
「(力を使いすぎた。私は少し眠る。)」
クロはそう言ったきり、いくら話しかけても返事をしてくれなくなった。ただ何となく、僕の声が聞こえている気配はする。彼の言った通り、今は眠っているみたいだ。
なるほど、クロも眠るんだ。生き物(?)なのだから当たり前なんだろうけど、そのときの僕はなぜかそんな風に思った。そしてそのことは僕を少しだけ安心させてくれた。
それに加えて、彼は「僕たちを皇国へ連れ帰る」っていう約束をちゃんと守ってくれた。これまでの言葉にも嘘はないようだ。もちろん言っていないだけで隠していることは多いのだろう。けれど、それでも自分の言ったことを違えるようなことはしていない。
もしかしたら、そんなに悪い奴じゃないのかも?
完全に疑いが晴れたわけではないけれど、僕は素直にそう考えた。同時に得体の知れなかった彼の不気味さが、僕の中でほんの少し減ったような気がした。
僕は周囲の様子を見回した。眼下には白い雲があり、その隙間から深い藍色の海が見えている。地図で現在位置を確認すると日向灘の沖合、九州地区を守る八十柱結界のギリギリ外側だった。
高天原防衛学校まではおよそ200㎞。ここからなら通常飛行でも15分足らずで着く。地図上の飛行ルートを定め、僕が周囲の安全を確認していると、作戦室の中で横たわっていた分隊の皆が目を覚まし始めた。
「いたた、頭いたあ・・・はっ!!」
最初に目を覚ましたマリさんは頭を押さえていたけれど、すぐに飛び起きて大声を上げた。
「皆、大丈夫!?」
その声を聞いて他のみんなもゆっくりと起き上がり始める。僕は機内通信でみんなに話しかけた。
「(皆、目が覚めたんだね。よかった。)」
「カナメっちも無事だったんだ!! よかったー!!」
マリさんの嬉しそうな声を聞いて、僕は思わず笑ってしまった。
「(皆、体の異状はない?)」
僕の問いかけに、青い顔をしたエイスケは側頭部をぐりぐり揉みながら答えた。
「ああ、頭がすげえ痛い以外は特に問題ねえ。魔力切れだろうな。小桜は大丈夫か?」
エイスケの言葉にホノカさんはこくんと頷いた。
「ありがとうございます、丸山さん。大丈夫です。皆も無事みたいで本当に安心しました。」
彼女はそう言って大きくため息を吐いた。彼女の顔色は他の3人に比べてかなり良かった。魔力をほとんど持っていない彼女は、他の3人に比べて魔力枯渇の症状が軽いからだろう。
彼女の横で、テイジは無言でダブル・バイセップスを決め、こくこくと頷いていた。保有魔力量の多い彼はまだ少し顔色が悪い。それはマリさんも同様。きっと頭痛も酷いはずだ。
でも二人とも魔力はもう回復しているみたい。だから、もう少しすればすぐにこの症状も収まるだろう。
皆の無事な様子を見て、僕はそれまでずっと感じていた言い知れぬ不安を一瞬、忘れることができた。
「新道、ここはどの辺りだ?」
航行補助席に戻りながらエイスケがそう尋ねてきた。ホノカさんはすでに自分の席について端末の状態を確かめている。僕は地図で現在位置を確認しながら彼に答えた。
「(今、防衛学校の東の海上だよ。八十柱結界の外に出ちゃってるんだ。)」
「?? 俺たち確か、山鹿城砦の上空で乱流に巻き込まれたよな? それが何でこんな場所に・・・。」
僕の言葉を聞いてエイスケが頭を捻る。次元の狭間での出来事やクロのことを説明したいけれど、今はそれよりも高天原に帰還することが優先だ。今話すと、絶対に長くなるからね。
僕は彼へ「まあまあ」と曖昧に返事をした後、ホノカさんにお願いした。
「(ホノカさん、高天原防衛学校に連絡してくれる?)」
「分かりました。」
彼女はすぐに頷いて端末を操作し始めた。僕たちがいるのは皇国を守る八十柱結界の外側。結界を越えるためには所属基地に連絡をして、進入路を開いてもらう必要がある。
もし魔力を持つものが無許可で結界内に侵入すれば、結界の攻性防衛機能によって迎撃されることになる。それは僕たちの『白鷹』も例外ではない。
もちろん『白鷹』の魔力防壁を全開にすれば強引に通ることもできるとは思う。でも今その必要なないし、仮にそんなことしたら霧島防衛基地の攻撃機が緊急発進することになる。だから絶対にやるつもりはない。
ホノカさんが動くと同時に、皆もそれぞれの持ち場に分かれて帰投の準備を始めた。ホノカさんは通信のために機体周辺の状況をまとめている。エイスケとマリさんたちは協力して機体の損傷状況を調べていった。僕もゆっくりと旋回飛行しながら、目視で周辺の魔獣を警戒する。ここは結界の外側なので、実体化した飛竜などの飛行魔獣と遭遇する危険があるからだ。
でも作業を始めてすぐ、ホノカさんは「えっ!?」と驚いたような声を上げ、そのまま固まってしまった。僕以外の皆は、すぐに作業を中断して彼女の下に駆け付けた。
「どうした、小桜!?」
「あの、丸山さん、これ、エラー・・・でしょうか?」
ホノカさんが震える声で端末の画面を指さす。機体の航行記録が表示されている画面を見て、エイスケの目が鋭くなった。直後、自分の席に戻った彼はすごいスピードで端末を操作し始めた。
青ざめた顔で放心したように座り込むホノカさんにそっと寄り添いながら、マリさんはエイスケに尋ねた。
「マルちゃん、一体ぜんたいどうしたのさ?」
「計器類は正常か・・・おかしいんだ。この日付を見てくれ。」
一心不乱に端末を操作していたエイスケは、手を止めて小さくそう呟いた後、マリさんに自分の端末のモニターを見せた。
「んん、なになに2195年12月25日? それがどうかしたの? あっ、もしかして今日ってマルちゃんの誕生日!?」
「ちげえよバカ! 俺たちが基地を出たのは10月4日だっただろうが!」
怒鳴りつけるように言ったエイスケの言葉を聞いて、マリさんは「ああっ!?」と大きな声を上げた。
それが合図になったかのように次の瞬間、慌てて日付を確認した僕の耳を、公開通信で発せられた鋭い警告が貫いた。
「(こちら大日本皇国航空防衛隊。所属不明機に告ぐ。直ちに武装を解除し、こちらの指示に従え。抵抗するなら直ちに迎撃する。繰り返す。直ちに武装を解除して、こちらの指示に従え。)」
僕たちは息をするのも忘れて黙り込んだ。静まり返った『白鷹』内には、緊張した口調で武装解除を呼びかける防衛隊員の声だけが、何度も何度も繰り返し響いたのだった。
読んでくださった方、ありがとうございました。早く続きが書きたいです。




