27 強いられた選択 後編
本日2話投稿しています。こちらは後編です。
そこにいたのは黒い塊だった。直径30㎝くらいのほぼ球体をしたその塊は、細く長い蔦を出鱈目に丸めたような姿をしていた。
僕は塊を睨んだまま、素早く皆を守るように身構えた。でも塊はじっとしたまま動かない。
でもさっきの声は間違いなくこの塊からしていた。もしかしたら僕の知らない異種族かもしれない。言葉が話せるようだし、コンタクトを取ってみたほうがいいだろうか?
僕がそう考えて、学校で教わった未知の種族とのファーストコンタクトの手順を思い出していると、また塊から声が聞こえてきた。
「魔力ヲ使ってソの者たチを守っテイるよウダが、無駄ナこトはやメロ。そノ者たチはマモなク消エる。」
その言葉を聞いた瞬間、僕は怒りのあまり胸の奥から熱い魔力の塊が湧き上がってくるのを感じた。右の義眼の視界が赤く染まり、体内魔力圧の急上昇を知らせる黄色い警告が表示される。
僕はファーストコンタクトの手順のこともすっかり忘れ、怒りを込めた声で黒い塊に問いかけていた。
「・・・お前、何を言ってるんだ?」
黒い塊は訳の分からない音を発した。何か言ったようだけれど、その意味は分からない。ただ呆れているような気配を感じる。こいつは僕の怒りなど、何とも思っていないようだ。
僕が警戒しながら左手の指輪を前にかざすと、黒い塊はまた無機質な合成音声で話しかけてきた。
「こコは次元ノ狭間。どノ世界ニも属さナい空間。そノ者たちは『世界』トノ繋ガりが絶たレタこトで『存在』ガ曖昧にナってイル。存在ノ核である『魂』ハ『世界』に属シテいルからダ。」
『存在』? 『世界』? 何を言っているんだ?
僕は黒い塊の言っていることが理解できなかった。ただ唯一分かったことは、このままでは皆が消えてしまうってことだ。僕は暴走した魔力を《封魔の守り》に注ぎ込み、皆の体をよりしっかりと包み込んだ。
すると黒い塊は、また僕に話しかけてきた。
「無駄ナこトヲ。理解でキナかっタノか?」
言葉と共に突然、黒い塊から蔓のようなものが何本も伸びてきて、僕の体に絡みついた。僕はたちまち身動きを封じられてしまった。
《封魔の守り》は魔力的な悪影響は防いでくれるけれど、物理攻撃には無力。だから僕は黒い塊の動きに警戒していた。にもかかわらず塊の攻撃に全く反応できなかった。
薄暗くて視界が悪いのを差し引いても驚くべき速度だ。マリさんやテイジなら簡単に防げたんだろうけど、僕には到底太刀打ちできない。
「くそっ、離せ!」
そう叫んではみたものの、抵抗虚しく僕は強い力で床に引き倒されてしまった。身動きできなくなった僕の前を悠々と移動して、黒い塊は横たわっている皆の方へ近づいて行った。
「こノ者たチノ存在はジきニ拡散しテ消滅スる。お前モ例外でハナい。コノ者タちヨりは魔力が強イかラ、シバらクは持ちこタエられルだろウが。」
黒い塊は耳障りな声でそう言うと、ホノカさんに近寄っていく。
「彼女に触るな!!」
僕の叫びに、黒い塊はほんの少しだけ僕の方へ体を傾けた。
「オ前たチは私ノ糧とナってモラう。完全ニ消エテしまウ前に吸収シナくては。ダかラこレ以上、無駄ナ魔力を使うナ。」
黒い塊はそう言うと一度言葉を止め、再び言い聞かせるようにゆっくりと話し始めた。
「ソノためニ、ワざわザお前たチをココへ引キ込んだノダかラな。」
「お前が・・・僕たちを!?」
黒い塊はその問いに答えなかった。奴は黙ってホノカさんの体に蔓を伸ばし始めた。蔦が彼女に触れると、触れられた部分が光の粒となって徐々に消え始めた。
「止めろ!!!!」
僕は夢中で魔力を操作し、右半身に埋め込まれた寄生魔獣を動かした。右手の義手から伸びた触手が、僕の体を拘束していた黒い蔓に絡みつく。触手が黒い蔦の魔力を吸収すると、蔓はたちまち萎れて崩れ落ちた。
自由に動けるようになった僕は黒い塊に向かって駆け寄った。黒い塊は僕を避けるように素早く反対方向、降下ハッチの方へ移動した。
僕は横たわる仲間たちと奴の間に立ち塞がり、指輪をかざして攻性防壁を展開した。物理攻撃を防ぐための、呪文によらない純粋な魔力の壁だ。
「僕の仲間に触るな!!」
僕がそう叫ぶと、奴はまた無機質な声で僕に話しかけてきた。
「ソノ触手、ドコで手ニ入レた?」
意外な問いかけに、僕は一瞬虚を突かれた。
「何を言って・・・。」
僕が問い返そうとすると、奴はそれを遮るように言った。
「質問ニ答エロ。返答次第でハお前タチを元ノ世界に戻シテやル。」
僕は油断なく身構え、僕の返答を待つように黙り込んだ黒い塊をじっと見つめた。
僕たちをこの空間に引き込んだのは、どうやらこいつらしい。そんな奴の言うことなんて到底信用できない。
ただ奴の言った「元の世界に戻す」という言葉は、僕の警戒心を上回るのに十分な魅力があった。
もしこいつが言うことが本当だとしたら、分隊の皆はまもなく消えてしまう。それを止めるためには、この時空の狭間を抜け出すしかない。
もちろんこんな奴の力を借りなくたって、僕が限界まで魔力を引き出して『白鷹』を動かし、出口を見つける方法だってある。
だけどそれでここから脱出できるという確証はない。今、自分がどこにいるかもわからないのだから、そう簡単にはいかないだろう。
それにそうなれば、この黒い塊が僕たちを放っておくとは思えない。何らかの手段で排除しない限り、こいつは僕たちを『食べよう』とするだろう。
今の僕に排除ができるだろうか? おそらく無理だ。
どういう手段でかは分からないけれど、こいつは異界門を操る何らかの力を持っている。僕たちを元の世界に戻すというのも、本当に可能なのかもしれない。
もうしそうだとしたら、交渉の余地がありそうだ。なぜ僕の寄生魔獣に興味があるのかは分からない。けれど寄生魔獣の情報がこいつとの交渉において、僕にとって唯一にして最大の手札なのは間違いないだろう。
僕はこいつに寄生魔獣のことを話してしまうことでどんな不利益があるかを、ほんのちょっとだけ考えてみた。でもすぐには思いつかなかった。今の僕にはじっくり考える時間が足りないからだ。
こうしている間にも、僕の魔力はどんどん体から溢れ出し続けている。いくら暴走状態とはいってもやがては魔力が尽きてしまうだろう。そうなれば僕を含め、皆が死んでしまう。そうなる前に結論を出さなくてはならない。
少し迷ったけれど僕は結局、奴に自分の寄生魔獣について話をすることにした。
僕は自分が半身を焼き尽くされたこと、そして、その時失った体の機能を補うために寄生魔獣を体内に入れてもらったことを話した。
黙って僕の話を聞き終えると、奴は耳障りな声で僕にこう言った。
「理解シた。お前タチを元ノ世界に戻シテやろウ。たダシ一つ条件がアる。」
「条件?」
「私ヲ一緒に連レテ行け。」
奴は黒い蔦のような体を僅かに震わせながらそう言った。もしかしたら笑っているのだろうか?
僕は奴を油断なく観察しながら、すぐに返事をした。
「そんなことはできない。」
「ナゼだ? こノマまでハお前を含メ、全員が消エルことになルノだゾ。仲間が大切デハナいノか?」
奴は無機質な声でそう問いかけてきた。感情の感じられない合成音声なのに、僕にはその声に少し残念そうな響きがあるような気がした。
僕は指輪を身構えたまま、奴の問いかけに応えた。
「僕らは自分の世界を守るために命を懸けて戦った。お前は僕たちの世界を脅かす存在かもしれない。そんなお前を招き入れて僕たちの世界を危険に晒すくらいなら、このまま消滅する方を選ぶ。」
僕の言葉を聞いた奴は少し考え込むように沈黙した後、ゆっくりとした声で言った。
「私ハお前たチノ世界に危害ヲ加えたリハシない。約束スる。」
「それを証明する方法は?」
「私ノ存在をオ前に預けヨウ。」
その言葉が終わらないうちに、奴は一本の黒い蔓となって僕に飛び掛かってきた。今まで見たよりもずっと太いその蔓は、僕の攻性防壁をあっさり打ち砕き、あっという間に僕の右手の義手にとりついた。
僕が反射的に魔力で体を守ろうとした時にはすでに、奴は義手を通じて体内に侵入していた。
次の瞬間。全身をに鋭い痛みが走った。寄生魔獣が体内を食い荒らす痛みなんか比べ物にならないほどの激痛。僕はたまらず叫び声を上げ、気を失った。だがまたすぐに痛みで目が覚めた。
床でのたうち回り叫び声を上げながら、僕は何度も気絶と覚醒を繰り返した。あまりの激痛で視界が赤く染まった。
義眼の視界には心停止の危険を示す警告がずっと表示されている。僕の心臓はあまりにも激しい痛みのために、何度も止まりかけた。その度に寄生魔獣が宿主を救うため、僕の心臓を無理矢理動かしているのがはっきりと感じられた。
永遠に続くかと思われた責め苦は、不意に終わった。短い気絶から回復した僕は、痛む体を引きずるようにして起き上がり、焼け付くような痛みの残る左目に触れた。
頬に触れた左手がぬるりと滑る。見ると指先に赤いものがべっとりと付いていた。僕は知らぬ間に、血の涙を流していた。
着ている戦闘服も血と汗と体液に塗れていた。特に右半身、義眼と義手の接合部周辺からの出血がかなり酷かった。
水分を大量に排出したせいだろう、無性に喉が渇く。からからになった舌を無理矢理動かし、唇を舐めようとした時、口の中に違和感があるのに気が付いた。
舌に当たる鋭いものの感触。前歯の辺りが尖ってる?
ふらふらになった僕は、周りで横たわっている皆の様子を見た。幸いなことに《封魔の守り》はまだそのままだった。皆の生命維持装置の生命反応モニターも正常を示す緑の表示のままだ。
ホッとした僕は、あの黒い塊を探して周囲を見回した。でもその姿を見つけることはできなかった。その代わり、僕の頭の中に今まで聞いたこともない声が直接響いてきた。
「(融合は成功した。痛い思いをさせたことについては謝罪させてもらいたい。すまなかった。)」
頭の中に響くのは無機質な男性の声だった。発音を伴わないからだろう、さっきまでの女性の合成音声に比べると、格段に言葉が流暢で聞き取りやすくなっていた。
そのせいか無機質な声の中に、僅かに感情のようなものが感じ取れる気がした。おそらくこれが本来のこいつの声なのだろう。
奴は僕の体の中にいるようだ。僕は怒りに任せて怒鳴り声を上げた。
「融合だって!? 僕の体を乗っ取るつもりなのか!?」
僕の怒りに対して、奴は静かな声で答えた。
「(そうではない。私はお前と一体となった。正確にはお前の体の中にあった寄生魔獣とやらと一体化した。これが私の言葉が真実であることの証明だ。)」
「・・・証明?」
「(その通りだ。もし私がお前の世界に害をなす存在だと思うなら、自分ごと私を消し去るがいい。私はお前なのだから。お前たちの世界の言葉で言うなら・・・そう『一蓮托生』だ。)」
無機質な中にも軽く皮肉るような調子で奴は言った。僕はすぐに言い返した。
「そんなこと、信じられるわけがない! そうやって僕を騙すつもりなんだろう!!」
すると奴はまた静かに僕に語り掛けてきた。
「(冷静になって思考しろ。私がこうやって交渉しているのはなぜだと思う? お前に協力してもらわなくてはならないからだ。そうでないなら私はとっくにお前の存在を吸収し尽くし、お前の世界へ勝手に侵入している。そうしないのはお前の協力が不可欠だからだ。つまり選択の主導権はお前にあるということだ。)」
少し考えた後、僕は奴に問いかけた。
「・・・脱出したら僕を殺して動き回るつもりかもしれないじゃないか。」
「(確かにお前が死ねば私は自由になれる。だがお前が生きている限り、私はお前から離れることができない。試してやろう。)」
奴がそう言うと同時に、義手の中で何かが動く感覚がした。そして次の瞬間、指先から黒い触手のようなものがぞろりと溢れ出てきた。
まるで自分の体の芯が引きずり出されていくような不快感。僕は思わず右半身に力を込めた。するとたちまち黒い触手は僕の義手の中に納まった。
「(これで分かっただろう。私が離れようとしても、お前はそれを簡単に止めることができる。私はすでにお前の体の一部なのだからな。)」
確かに奴は僕の意に反して動くことはできないようだ。奴が動こうとすればすぐにそれを察知することができる。奴のいう通り、僕と奴の体は一つになったということなのだろう。
僕は倒れた仲間たちを振り返った。皆の体は薄い光を放っている。今は《封魔の守り》があるため、透明になることもない。
でもいずれはきっと・・・。
僕はその未来を握りつぶすかのように、ぎゅっと左手を握りしめた。
「(決心がついたようだな。)」
不意に声をかけられた僕は、驚いて奴に問い返した。
「お前、僕の考えを・・・!?」
それに対して奴はごく当たり前のように返事をしてきた。
「(もちろん分かる。私はすでにお前の一部なのだからな。)」
「そうか。それなら・・・。」
僕は体内の魔力を操作し、体の中に潜んでいる寄生魔獣と自分の魔力をしっかりと結び付けた。
「(もしお前が僕の意思に反して何かをするようなら、魔力を暴走させてお前ごと自分の体を焼き尽くす。)」
頭の中で僕が思った言葉に、奴はすぐ返事をしてきた。
「(それで構わない。契約成立だ。私は自らの目的を果たすため、お前が生き残ることへ協力しよう。)」
奴はそう言った後、僕に尋ねてきた。
「(では私の契約者となったお前の名を聞こう。)」
「(名前?)」
「(ああ、そうだ。劣ってはいてもある程度は文明があるのだから、名前くらい持っているだろう?)」
奴は無機質な声でそう言った。随分上から目線な言い方じゃないか?
僕は内心のむかつきを声に出さないようにしながら、奴に応えた。
「(僕の名前は新道カナメだよ。そういうお前・・・あなたには名前があるの?)」
僕の問いかけに、奴は無機質ながらも若干誇らしげに答えた。
「(無論だ。私の名はクロウェ・リド・トロガス・マヴィーフィレン・アンガポル・ペコサーナ・ムイカーンだ。)」
「(クロウェ・・・なに?)」
思わず問い返した僕に対して、奴は固い声で答えた。その声の調子にはほんの少しだけムッとしたような感じがあった。
「(クロウェ・リド・トロガス・マヴィーフィレン・アンガポル・ペコサーナ・ムイカーン。カナメ、君たちの言語にするなら『高潔にして偉大なる部族の守り手ムイカーンの騎士クロウェ』といったところだ。)」
僕はそれを頭の中で復唱した後、奴に問いかけた。
「(あのさ・・・長いからクロでいい?)」
さっき「劣っている」と言われたことへの仕返しを込めて僕がそう言うと、クロはしばらく黙った後にようやく言葉を返してきた。
「(・・・私は呼称にこだわらない。君の好きに呼ぶがいい。)」
クロの声はさっきまでと同じ平板な口調だけど、ほんのちょっと面白くなさそうな感じが入っている気がした。してやったりだ。
こうして僕は得体のしれない異世界人(?)クロと契約を結び、一緒に協力して僕たちの世界への帰還を目指すことになったのだった。
読んでくださった方、ありがとうございました。お盆休みに少しでも書けるといいのですが…なかなか時間が見つけられません。




