26 強いられた選択 前編
本当は日曜日に書こうと思っていたのですが、オーバーロードの新刊に夢中になってしまいました。やっぱりオバロは面白いですね。
暗闇の中で僕を呼ぶ声がする。あれは母さんとマドカの声だ。
マドカは僕の名前を呼びながら大きな声を上げて泣いていた。大変だ。すぐにマドカの所に行かなくっちゃ。
僕はそう思い、横たわっている体を起こそうとしたけれど、まったく体を動かすことができなかった。それどころか返事をするために声を出すことすらできない。何とか動かせるのは左目と瞼くらいだ。右の義眼は完全に視界を無くしてしまっていた。
困ったな。ついに右半身だけじゃなく、全身がマヒしてしまったのだろうか。
僕は暗闇の中で二人の姿を探そうと、声が聞こえる方を必死に見つめた。すると暗闇の中にぼんやりと白い光の玉のようなものが見えた。その玉をよく見てみると、中に人影が動いている。僕はそれをもっとよく見ようと、必死に目を凝らした。
白い光の中にうっすらと母さんとマドカの姿が見えた。母さんは無言で涙を流しながら、泣きじゃくるマドカをしっかりと抱きしめていた。二人は見慣れない黒い服を着ている。あれはもしかして、喪服?
よくよく見れば、二人の周りにも喪服を着た大勢の人たちの姿が見える。一体、何が起きたんだろう?
僕がそう思った途端、まるで二人の後ろに回り込んだように大きく視界が動いた。たくさんの喪服の人たちの向こうに大きな祭壇が見える。弔いの花やお供え物の向こうには、黒枠で囲われたたくさんの写真が並んでいた。それを見た瞬間、僕の心臓がドクンと大きな音を立てて跳ね上がった。
あの写真は・・・僕の同級生たちだ。
僕は途端に息苦しさを感じた。喉の奥がカラカラに乾き、動悸が激しくなる。まさかと思いながら、僕は祭壇と泣いているマドカを見比べた。
マドカが手を伸ばし、泣きながら見つめる視線の先を見た時、僕は心臓が凍り付くほどの寒気を感じた。
そこに在ったのは防衛学校の制服を着て、不器用な笑顔を浮かべる僕の遺影だった。
ハッとして飛び起きると同時に、激しい頭痛とめまいを感じた。途端に口の中に酸っぱい味が広がる。
頭にかぶっていた『白鷹』との同期装置を取り外すと、自分の体から酷い匂いが立ち上ってきた。どうやら気を失っている間に、嘔吐してしまったようだ。魔力を完全に失ったことで、急性魔力枯渇症状を起こしていたのだろう。
痛む頭を押さえながら体内の魔力を探ると、すでに魔力は十分に回復していた。ということは僕が気を失ってから少なくとも半日以上は時間が経過しているということだ。
まだ痛む頭を無理矢理動かして記憶を探ると、気を失う直前の光景が目に浮かんできた。
確か白龍が消えた後、不自然な空間乱流に巻き込まれ、『白鷹』と同期したまま異界門の中に落ちてしまったんだっけ。
つまりここは異界門の内側。時空の狭間っていうことだ。幸い僕は一命をとりとめたみたいだけど、他の皆は無事だろうか?
僕はすぐに手探りで、操縦席の非常用照明に左手の指輪をかざした。でも全く反応しなかった。完全に機能を停止している。操縦席内の物入にしまっておいた僕のマギホも同様だった。きっと魔素が不足しているのだろう。
「万物の根源たる魔素よ、我が魔力によりて灯を生せ。《小さき灯》」
幼年学校で最初に教わる明かりの呪文を唱えると、左手の指輪がぼんやりとした白い光を放った。
授業以外で呪文を詠唱して魔法を使うなんて、本当に久しぶりだ。魔導物理が進んだ現代では、指輪をかざすだけで動く利器が溢れている。わざわざ呪文を唱えなくても、魔道具の魔術回路に魔力を軽く流すだけで、容易く同じ効果を得ることができるのだ。
でもこういう非常時にはやっぱり呪文が役に立つ。《小さき灯》や《発火》のような生活魔法は、幼年学校の国語の時間に一通り教えてもらえるので、大概の皇国民は使うことができる。
明かりを得たものの、その光はかなり不安定だった。呪文を唱えたことで体内から消費された魔力の量がいつもよりもかなり多い。やっぱり周囲には魔素がほとんど存在していないようだ。
小さな明かりを頼りに、僕は皆の所へ行くことにした。
操縦席から機内に戻るための排出機構も動かなかったので、僕は非常脱出用のハンドルを操作することにした。操縦席の裏側の扉を通り、皆がいるであろう乗務員待機室へと移動する。
機内は暗く、何の音もしない。僕は急に心配になり、大きな声で皆の名前を呼んだ。
「エイスケ! テイジ! ホノカさん! マリさん!」
でも返事はなかった。逸る気持ちを抑えて周囲の様子を確認しつつ、僕は皆を探した。
待機席を通り過ぎて、戦闘員降下ハッチの入り口に差し掛かった時、廊下に華奢な体が横たわっているのが見えた。
「ホノカさん!」
頭を過る嫌な想像を無理矢理打ち消しながら、僕はすぐに彼女へ駆け寄った。彼女は、床に仰向けに寝ているマリさんの上に覆いかぶさっていた。
急いで二人の様子を確かめると、辛うじて息をしている。僕はホッと胸を撫でおろした。
二人から少し離れた場所ではテイジが、機体制御補助席の後ろでエイスケが、それぞれ気を失って倒れているのもすぐに見つかった。4人ともやや体温が低く、心音が弱い気がするけれど、ちゃんと呼吸はしている。擦り傷や打ち身と思われる痣はあるものの、大きなケガをしている様子もない。
ただいくら呼び掛けても、まったく反応する気配はなかった。
僕はすぐに待機所に戻り、そこに設置されている簡易生命維持装置を4人分取り出した。これを装着すれば、万が一呼吸や心拍が止まった時でも、ある程度ならば対処できる。
一人分が一抱え程ある装置を苦労して運んだあと、僕はまずホノカさんに装着するために装置の封を開いた。本当ならこれで装置が起動し、自動音声が流れ始めるのだ。けれど装置は動かなかった。
「くそっ、やっぱり魔素が足りてないんだ・・・!」
装置にはあらかじめ、数日間は動き続けられるように燃料用の魔石が備え付けてある。けれど魔導モーターを起動するための魔素が不足しているようだ。僕は装置を起動させるため、すぐに自分の体内で魔力を練りはじめた。
周囲の魔素が少ないせいか、いつもよりも魔力の操作が難しい。胸の奥に焼け付くような痛みを感じる。でもそれに耐えてしばらく魔力を循環させていると、胸の奥からどんどん魔力が湧きあがってくるのを感じた。
僕の魔力に反応して左手の指輪が強く輝く。魔力が体に力が満ちたおかげで、マヒしていた右半身の感覚が戻ってきた。僕は左手の指輪を4人の生命維持装置にかざした。
『この機器は魔素発動機式簡易生命維持装置です。音声ガイドに従って、要救助者に正しく装着してください。』
起動音の後、無事に無機質な女性の声でガイドが流れ始めた。僕は手を消毒してから4人に装置を装着し、降下デッキの救助ユニットの中にある毛布を使って皆の体を保温した。
皆への処置が一通り終わった後、僕は予備の戦闘服に着替えた。本当は汚れた体もきれいにしたかったのだけれど、洗浄装置が動かなかったのでそれは諦めることにした。代わりに緊急用に備蓄されている水を少しだけ使って、汚れた顔と体を拭かせてもらった。
生命維持装置の生命反応を見る限り、4人の状態は今のところ安定している。今の僕にはこれ以上、4人に対してできることはない。
僕が母さんみたいな回復術を使えたら、もう少しましな治療ができたのかもしれない。けれどあいにく、僕には回復術の素養が全くなかった。
僕は4人が目を覚ます前に『白鷹』を動かせるようにするため、機体後方にある魔導エンジンを見に行くことにした。
「ここが異界門の中・・・?」
魔導エンジンの機関室へ入る前、小窓から見える機体外部の光景を目にした僕は、思わずそう呟いた。
窓の外には真っ黒の空間が広がっていた。そこにぽつりぽつりと小さな輝きが見える。まるで夜空のようだと僕は思った。
大変動が起きる前、人類は地球の外側にある宇宙空間に進出し、月や火星にまで到達しようとしていたらしい。宇津井先生の研究室で見せてもらった当時の貴重な資料の中に、その時の様子が写真で紹介されていた。
その写真の中にあった宇宙の写真が、今の外の様子に似ている気がする。ひょっとしてあの遠くに見える小さな光は、僕の知らない星なのかもしれない。
僕たちの住んでいる地球も、あの中にあるのだろうか。もしそうなら何としてでも皆と一緒に戻りたい。
僕はそんなことを考えながら小さなドアを潜り、魔導エンジンがある『白鷹』の機関部へと入り込んだ。
簡単な点検の結果、魔導エンジンはあちこち損傷しているものの、機能自体は失われていないことが分かった。単純に魔素不足で動かなくなっているようだ。それなら多少無理すれば、僕の魔力だけでも動かせるかもしれない。
エイスケならもっと詳しくエンジンの状態が分かるだろうし、魔素が少ない状態でも起動する方法を考えてくれそうだ。でも残念ながら、僕にはそんな技能がない。彼が目を覚ましたら早速相談してみよう。
そんなことを思っていたら突然、機関室のドアの向こうから激しい警告音が聞こえてきた。あの特徴的な音階は、間違いなく簡易生命維持装置のものだ。僕はすぐに機関室を飛び出し、皆のいる降下デッキへ戻った。
「なんだ、これ・・・!?」
警告を反しているのはホノカさんの生命維持装置だった。彼女の体は薄く青白い光を放ち、まるで幽体みたいに半透明になっている。
驚いて彼女の手を取ると、僕の触った部分だけ透明でなくなった。僕はハッとして、すぐに彼女の胸に自分の左手をかざした。
指輪を通して彼女の体に直接魔力を注ぎこむ。すると彼女の体はたちまち色を取り戻した。僕は彼女にどんどん魔力を流し込んでいった。
でも魔力を流すのをやめるとまたすぐに、体の色が失われていく。まるで乾いた砂に水を注いでいるみたいに、魔力が通り抜けていく感じがした。
もしかしたら彼女はこのまま消えてしまうんじゃないか?
そう思って周りを見回した僕の背中に、ゾッとする寒気が走った。少し離れた場所で横になっているエイスケの指先が透け始めていることに気が付いたのだ。
このままでは皆、消えてしまう。直感的にそう思った瞬間、僕は自分の魔力を暴走させていた。
「世界を形作りし大いなる魔素よ、我が魔力によりて我らを守る全き盾となれ。《封魔の守り》」
詠唱に合わせて、僕の体内に魔術回路が構築されていく。大きくかざした左手の指輪が白い輝きを放つ。
その光は僕を中心に大きく広がると、皆を包む半球型のドームへと変わった。周囲の魔法的な悪影響から中にいる人たちを守る結界呪文だ。
光に包まれたことで、半透明になっていたホノカさんとエイスケの体に色が戻ってきた。効果があるかどうか分からなかったけれど、魔法を使ってみてよかった。とりあえずしばらくの間はこれで何とかなりそうな気がする。
ただ呪文を使ったことで、僕の体は小さくないダメージを負ってしまった。周囲にはほとんど魔素がない状態で、自分の魔力だけを使って呪文を発動したためだ。
暴走状態のため魔力は次々と湧き上がって来る。けれど胸の奥が焼け付くように痛み、頭の奥でミシミシと何かが砕けるような音が聞こえる。さらに暴走した魔力によって僕の右半身に埋め込まれている寄生魔獣が活性化し、体の内側を切り裂かれるような激しい痛みが走った。
ただこの状態はむしろ、僕にとって好都合。暴走状態なら普段よりも多くの魔力を使うことができるからだ。『白鷹』の魔導エンジンを起動させることができれば、機体の内外に魔力防壁を作ることができる。
そうすれば皆をより安全に守れるはずだ。もちろんその分、僕は体に大きな負荷を受けることになる。けれどそれで皆を守れるなら・・・。
そう思い、操縦席に向かおうとしていた僕の足元から、突然女性の声が響いてきた。
「ほウ、世界カら隔絶さレタコの場所で、マだそレほドノ魔力ヲ出せルトは・・・。」
感情の籠っていない合成音声。『白鷹』の航行補助AIにそっくりなその声は、所々に耳障りな音が混じっているせいでひどく聞き取りにくかった。
僕は咄嗟にその場から飛び下がった。そして少し距離を取って、さっき声が聞こえた場所を見つめた。
読んでくださった方、ありがとうございました。




