24 死闘 前編
最近ずっと前後編になってしまってすみません。
白龍の空間浸透魔術を邪魔するため、僕たちはホノカさんの作ってくれた作戦プランを一つ一つ検討していった。こうしている間にも、刻一刻と異界門は広がりつつある。すでに白龍の巨大な頭は完全に現界しており、今では5本の指がある前足の爪がほんの少し見えている状態だ。
エイスケとホノカさんはそれぞれの端末のある自分の席で、マリさんとテイジは強化外装を身につけたまま戦闘員待機席で、作戦プランのリストを検討している。『白鷹』と同期中の僕は当然、操縦席の中で、視界の一部に表示されているリストを読んでいる。
目の前でじわじわ姿を現している白龍の姿に焦りながら膨大な数のリストを読んでいると、エイスケが「ぐぬぬ」と唸り声を上げた。
「どれもこれも作戦成功率一桁ってひどいな。」
エイスケの言う通り、確かにどの作戦も魔術破壊の成功率は低かった。彼の呟きにホノカさんが申し訳なさそうに応えた。
「ごめんなさい。龍の展開している魔術領域を避けて、魔方陣を攻撃することを考えるとどうしても・・・。」
「いや、別に小桜を責めてるわけじゃねえよ。謝んな。」
慌てたように声を上げたエイスケとホノカさんの視線がぶつかる。二人は苦笑しあい、エイスケはバツが悪そうに頭を角刈り頭をボリボリと掻いた。そのおかげで張り詰めていた機内の空気が少しほぐれた気がした。
一通りリストを見終えた僕は、機内通信で彼女に尋ねてみた。
「(ホノカさん、最も成功率の高い作戦はどれなの?)」
「一番最後に書いてあるプランです。でも・・・。」
ホノカさんは言い淀んで言葉を止めた。この作戦の成功率は52%。他のプランに比べて格段に高い。ただ同時に彼女が言い出しにくい理由も分かった。
「生還率不明か。」
エイスケが小さく息を吐きながらそう言った。他のプランでは50%前後ある部隊の全員生還率が不明と表示されている。機内に再び沈黙がおりた。
今、僕たちの乗っているこの『白鷹』は緊急脱出機構が働かない。つまりたとえ作戦が成功しても、誰も生き残れないかもしれないってことだ。でも僕はあえて明るい声を出し、沈黙を破った。
「(僕はこの作戦が一番いいと思う。どうみんな?)」
僕の言葉にエイスケはニヤリと笑った。
「俺はいいぜ。不明ってことは高いかもしれんってことだろ?」
彼はおどけてそんな風に言った。もちろんこれは強がりだ。あまりに不確定要素が多く、表示できるほど生還率がないのだということは、全員が分かっている。彼の言葉に、皆は笑顔を浮かべた。
「私も賛成です。やりましょう!」
ホノカさんの言葉に、マリさんも同意する。
「あたしもやるよ。ちょうどあいつに一発ぶち込みたいって思ってたとこなんだ。でしょ、テイジ?」
テイジはマリさんを心配そうにじっと見つめたまま黙って頷いた。マリさんはテイジと目を合わせて笑った。いつもみたいな猫笑いではなく、普通の女の子みたいな自然な笑顔だった。
「(じゃあ、すぐに始めよう。各員、作戦プランに基づいて行動を始めてください。)」
僕の合図で皆はそれぞれの持ち場で準備を始めた。僕は作戦の開始に備えて残り少ない魔力を少しでもかき集めようと、身体の中の魔力をできるだけゆっくりと循環させはじめた。
ホノカさんの立ててくれた作戦は、簡単に言えば『魔術の書き換え』だった。白龍が展開している魔方陣の一部にあえて『白鷹』を接触させてその部分を解析し、機体を白龍の魔術に同期させる。その後『白鷹』の魔術回路を使って魔方陣を侵食、白龍の魔術を乗っ取ってしまおうという作戦だ。
白龍はその巨体を現界させるため、空間侵食魔術を使って急速にゲートを広げている。つまり自分自身の膨大な魔力で、自分の体をこちらの世界に押し出そうとしているわけだ。だからその術式を逆転させ、白龍自身の力を使って元の空間に押し戻してしまおうというわけ。
こういうとすごく簡単そうに聞こえるけれど、ただこれは一番うまくいったときの話で、当然乗り越えるべき課題は多い。その中でも特に大きいのは2つ。
まず第一に、龍が展開している魔術領域内にどうやって侵入するかという問題だ。
白龍は今、強い魔力で空間を捻じ曲げている。もしもその中にうっかり踏み込んでしまったら、あっという間に周囲の空間ごと機体をバラバラにされてしまう。
それを防ぐためには刻々と移り変わる周囲の魔素を慎重に分析し、安全な侵入ルートを確保する必要がある。例えるなら目隠ししながら、音の指示だけを頼りに地雷原を歩くような状態だ。機体を操る僕と、航行補助してくれるエイスケ、ホノカさんの連携が試されることになる。
次に白龍の魔術が完成する前に魔方陣への介入ができるかという問題。
巨大な積層型魔方陣を構築している最中なら、術者である白龍自身は間違いなく無防備状態だ。なにしろあれだけの巨体だから、迂闊に動けば自分で魔術を壊してしまうからね。
だから当然、自分と魔方陣を守るために魔力防壁を展開しているはず。それを何らかの手段で突破しなくちゃいけない。
もちろん領域に異物である僕たちが侵入したことに気付けば、異物排除のために白龍が動くことも予想される。大規模魔術展開中だから、魔力空間を引き裂くような《龍の咆哮》や《龍の吐息》は使ってこないと思うけど、物理的に排除される可能性は非常に高い。
つまり、あの大きな口でガブリとやられるかもしれないってことだ。ホノカさんは龍の身体はまだ自由に動かないはずだから距離をとれば大丈夫かもしれないと言っていた。『かもしれない』だからあくまで希望的観測なんだけどね。
まあ、とにかくこうなったらやるしかない。皆で力を合わせて白龍を止めるんだ。
僕は「どうかうまくいきますように!」と心の中で祈りながら、ホノカさんが侵入ルートの解析を終えるのをじっと待ち続けた。
「侵入ルートの解析、終わりました。カナメくん、丸山さん、送ります。」
ホノカさんの解析してくれた侵入ルートが、僕の見ている風景の中に緑の光の線で示される。その外側に赤く表示されているのは、白龍の魔術領域だ。ここに踏み込んだら一巻の終わり。
分隊員皆の命を懸けた綱渡りがいよいよ始まる。そう思った瞬間、僕は無意識にごくりと唾を飲み込んでいた。
するとその緊張を読み取ったみたいに、エイスケがいつも通りの間延びした声で僕に話しかけてきてくれた。
「新道、お前は思いっきり飛ぶことだけ考えろ。進路と機体の微調整はこっちでやる。機内の魔力障壁も最小限でいいぞ。小桜、ルートの随時解析、頼んだ。」
彼の言葉にホノカさんが笑顔で応じた。
「了解しました。変更があればすぐに送信します。」
「(ありがとうエイスケ。ホノカさん、お願いします。)」
「はい、任せてくださいカナメくん!」
ホノカさんの心強い声で、強張っていた体がほぐれていくのを感じた。僕は『白鷹』の翼に魔力を込めると、ホノカさんが示してくれたルートに沿って一気に機体を加速させた。
ホノカさんが示してくれたルートは龍が展開している魔方陣に、上空から接近するルートだった。龍の正面を大きく迂回し、幾層にも重なっている魔方陣の天辺まで機体を急上昇させた後、僕は真上から魔方陣に接近していった。
青空に黒く広がった異界門はすでに直径100m以上に達し、龍の前足の先が見えるほど広がってしまっている。
僕は魔力の翼に力を流すのを弱め、ゆっくりと滑空しはじめた。それを待っていたかのように降下デッキにいるマリさんとテイジくんがさっと立ち上がった。
「機体直下に龍の展開している魔力防壁を確認。マリちゃん、鬼留くん、もういける?」
ホノカさんの言葉にマリさんが機内通信で答えた。
「(もちろん、いつでもいけるよ。カナメっちにはこの後、頑張ってもらわなきゃだからね。邪魔な壁はあたしたちがぶち破るよ。)」
彼女の言う通り僕はこの後、白龍の魔術を乗っ取らなくてはいけない。そのため、できるだけ魔力を温存しておく必要があるのだ。だから防壁を破るために魔力機銃を使わないことも、あらかじめホノカさんの作戦プランに組み込まれていた。
いくら強化外装を着ているとはいえ、上空6500mのこの場所で魔力防壁に戦闘員による直接攻撃を加えるなんて、常識外れもいいところだ。魔導航空科の筆記試験でこんな作戦プランを解答したら、間違いなく試験後に呼び出しを喰らってしまうだろう。
この作戦プランを考えたホノカさんもそうだけど、それを何のためらいもなく受け入れてくれたマリさんやテイジも本当にすごいと思う。
僕は降下デッキにいる二人に「(気を付けて)」と通信を送った。二人は操縦席の方をちらりと見た後、ぐっとサムズアップして答えてくれた。
「(気密ハッチよし。カナメっち、降下するよ!)」
小型の酸素供給ユニットと耐寒・耐圧装備を身に着けたマリさんが、強化外装ごしに通信してきた。機体の速度を落としながら右脇腹の辺りにある降下ハッチを開く。ホノカさんが示してくれた降下ポイントのマーカーに機体を寄せ、僕はカウントダウンを始めた。
「(了解。降下予定ポイントまで3・・2・・1、降下!)」
僕の声に合わせて、腰から光り輝く魔力の降下翼を展開したマリさんとテイジが、龍の首の後ろ辺りをめがけて滑空していく。この位置を降下ポイントとして選んだのはここなら白龍から物理的に攻撃、つまりガブリとやられる心配がないだろうとみんなで相談した結果だ。
僕は二人の真上に待機したまま、二人が降下していく姿を見ていた。ここから見ると光り輝くいくつもの魔方陣の向こうに龍の白い頭が見える。僕は周囲に警戒しながら、二人を追って魔力防壁ぎりぎりまでゆっくりと機体を寄せていった。
防壁すれすれのところで、二人は空中で宙返りをするように姿勢を変えると、足を下にして防壁にぶち当たっていった。物凄く加速をつけた飛び蹴りが、狙い通りの場所に命中する。二人の蹴りと防壁が反応して凄まじい魔力光があがった。
それを見たホノカさんは、すぐに皆へ通信を入れてくれた。
「防壁からの攻性反応なし。予想通り通常防壁です。」
彼女の声に、僕とエイスケはホッと胸を撫でおろした。ホノカさんの分析でおそらく攻性防壁ではないだろうと予想していたけど、確証がなかったのだ。
万が一反撃があった場合、多少無理をしてでも『白鷹』の機体を割り込ませ、すぐに二人を回収する予定だった。けれど間に合わないかもしれないと心配していたのだ。二人が無事でひとまず安心した。
二人が攻撃を加えた防壁には大きく光のひび割れが出来ていた。でもそのひび割れはすぐにじわじわと塞がっていく。ひび割れの縁に降り立った二人は、防壁を足場に上空へ飛び上がり、降下翼で体勢を整えると再び結界に突撃した。ひび割れがまた少し大きくなった。
エイスケが心配そうにホノカさんに尋ねた。
「小桜、どうだ破れそうか?」
「解析中です・・・最初の落下時に侵入予定ポイントのおよそ40%の防壁破壊に成功しています。行けます!!」
「小桜の予想通りだな。」
ホノカさんの言葉でエイスケは大きく息を吐き、モニター越しにマリさんとテイジが何度も何度も防壁に攻撃を繰り返す映像を見つめた。
ホノカさんは、これだけ巨大な魔術を展開しているなら、さすがの白龍も魔力防壁の強化までは手が回らないはずと予想していた。それが見事に的中したわけだ。
作戦プランの中で彼女が指摘した通り、最初に白龍が《咆哮》を使ったのも、自分に有利な環境を作り出して少しでも魔術構築のコストを下げるためだったのだろう。
恐るべき力を持った天災級魔獣といえども、現界するまではその力を完全に発揮することはできない。僕はホノカさんの冷静な分析と、緻密な作戦プランに改めて感心させられた。そして作戦の成功を確信し、来るべき時に備えて機体の状態を走査しつつ、突入の準備を整えた。
マリさんとテイジの数度目かの突撃によって、ついに防壁のひび割れに綻びが生まれ、光の壁の一部が砕け散るように崩壊した。
「(カナメっち!!)」
荒い息と共に吐きだしたマリさんの声が終わるよりも早く、僕は機体をほぼ垂直に降下させていた。光の翼を小さくたたみ、機体にぴったり添わせる。
僕は二人が作った防壁の裂け目に向かって、頭から一気に飛び込んだ。修復を始めた防壁と『白鷹』の魔力防壁が触れ合って激しい魔力光が上がり、機体が大きく振動した。僕は痛みで思わず漏れそうになる声を必死に噛み殺した。
今は魔力の節約のために機体内の防壁はまったく発生させていない。ホノカさんとエイスケを激しい振動と衝撃が襲う。
二人は事前の打ち合わせ通り、耐衝撃姿勢で待機してくれていた。そのおかげで振動による軽い打ち身と多少気分が悪くなったくらいで大きなケガはしていない。一安心だ。
僕の操る『白鷹』は白龍の魔力防壁を突き破って急降下し、ついに積層型魔方陣の天辺に接触することに成功した。テイジたちも僕が広げた防壁の穴から侵入し『白鷹』めがけて降下してくる。
それを確認し、機体を水平に安定させたところで、僕はすぐに作戦の次の段階に取り掛かった。
「(『白鷹』の魔力防壁解除! ホノカさん!!)」
僕の声と同時に、ホノカさんはすぐに魔方陣の構造を解析し始めた。今、この魔方陣の中には白龍の膨大な魔力が流れ続けている。僕は防壁を解除することで機体をその流れに同調させた。
機体の中に激流のような魔力が押し寄せてくる。僕は魔導エンジンを全力回転させ、流れ込んでくる魔力を機体の外に放出した。それでも白龍の生み出す荒々しい魔力の奔流で目が眩みそうだった。もしも生身でこの流れの中に飛び込んでいたら、あっという間に体を焼き尽くされていただろう。
「魔方陣の解析・・・終了! 丸山さん、データ送ります!!」
「任せとけ!」
ホノカさんの解析データをもとに、エイスケが機体内の魔術回路を書き換えていく。こうすることで白龍の空間侵食魔術に『白鷹』を同期させるのだ。ホノカさんとエイスケは互いに連携しあい、作業は程なく終了した。
「書き換え完了だ! 新道、機体の様子はどうだ!?」
僕は体に押し寄せる魔力に耐えながら機体を走査した。
「(最低限の防壁と生命維持を除いて、ほとんどの機能が使えなくなってる。でも魔導エンジンはまだ大丈夫みたいだよ。)」
機体の機能に割り振っていた回路を白龍の魔術に同期させてしまったため、『白鷹』は外部機能のほとんどを消失してしまっていた。すでに光の主翼を作ることもできない。何とか空中で姿勢を保つのが精一杯の状態だ。
その時、降下してきたマリさんとテイジが『白鷹』の真上に着地した。機体と一体になっている僕の感覚では二人が背中に乗ってる感じがする。
「強化外装の損傷が激しい。二人とも一度、外装を換装しに戻って!!」
ホノカさんが二人に通信すると同時に、強化外装の状態をモニターし僕にデータを送ってきた。二人の外装は脚部を中心に酷いダメージを受けている。幸いケガはしてないようだけど、これ以上の戦闘は難しいだろう。
僕はすぐに機体の右わき腹にある降下ハッチを開いた。降下翼を使って器用にハッチから滑り込みながら、マリさんがホノカさんに尋ねた。
「(ホノちゃん、龍に動きは?)」
「今のところ沈黙してる。まだ気づいてないのかも。だから今のうちに早く!!」
「ああ、今から俺たちが魔方陣を侵食し始めたら、何をしてくるかわからねぇ。その前に少しでも休んどけ!!」
ホノカさんとエイスケの言葉で、マリさんたちは手早く損傷した強化外装を換装していく。二人とも荒い息を吐いていた。
その時見えた二人の体はかなり獣人化が進んでいた。防壁を破るために、かなり無理して魔力を消費したに違いない。
強化外装は装備者の魔力に反応して強度を増したり、動きや力を強化したりしてくれる。それがあれだけ損傷しているってことは、その分二人に大きな負担がかかっていたってことだ。
もう少し二人をゆっくり休ませてあげたいけど、龍は徐々にその姿を現しつつある。僕たちは作戦を次の段階へと進めるために、準備を整えていった。
「よし、始めるぞ。新道、エンジン全力で回せ!! 白龍の魔術を乗っ取ってやるんだ!!」
「(了解!!)」
エイスケが機体内の魔術回路の表示されている端末を操作し、白龍の魔方陣への侵食を開始した。彼がウイルスのように白龍の魔術を書き換えていくと同時に、僕は魔導エンジンを全力反転させ、今まで機体の外に押し出していた白龍の魔力を逆向きに押し戻し始めた。
「(ぐううっ!!)」
体がバラバラになるほどの痛みと負荷を感じ、思わず声が出る。その間、ホノカさんとエイスケは一心不乱に端末を操作し続けていた。魔術の書き換えが始まってすぐ、ホノカさんが悲鳴のような叫び声を上げた。
「異界門周辺に多数の魔力反応! 魔獣です!!」
「さすがに気付かれたか! 小桜、パターンは!?」
エイスケが画面を睨み、端末を高速で操作しながらホノカさんに怒鳴った。彼女はモニターに表示させた複数のデータウインドウを見ながら彼に返事をした。
「解析完了。氷属性の飛竜です。まだ実体はありません。数は・・・24!」
僅かに視界を下に向けると、白龍の頭の辺りに青白い光が沸き上がるように現れ、それが大きく翼を広げる様子が見えた。腕代わりの翼で風を切り、先に鋭い棘のある尾を振りたてながら、氷雪飛竜たちはこちらに向かって接近してくる。
両翼の幅は少なく見積もっても20m以上。数百m離れているのにその姿がはっきりと見えるほどの巨大さだ。
「《眷属召喚》か、実体がないだけまだマシだが・・・新道、防壁は!?」
エイスケの問いかけに「まだ無理」と返事したかったけれど、とてもそんな余裕はなかった。激流のように押し寄せてくる魔力を受け止めるだけで精一杯。わずか呻き声が何とか出せたくらいだった。でもそれを聞いて彼は察してくれたらしい。
「阿久猫、鬼留、直掩行けるか?」
その言葉を聞いてホノカさんがすぐに抗議の声を上げた。
「!! 丸山さん、無茶です!! 上空6500mなんですよ! 作戦機からの援護もなしに飛竜の相手なんて、一歩間違えたら・・・!!」
でもその言葉はマリさんの通信によって遮られてしまった。
「(大丈夫だよ、ホノちゃん。いつでも行けるよ。もう出ていい?)」
ホノカさんはぐっと言葉を飲み込んで、目の端に浮かんだ涙を両手で拭った。抗議したものの、彼女もそうするしかないことを分かっていたからだろう。そしてその結果、どんなことが起きるのかも。
ホノカさんは再び自分の端末に目を向けて、周囲をモニターする作業に戻った。それと時を同じくして、マリさんの問いかけにエイスケが大声で応えた。
「まだだ!! あとちょっとで回路の構築が終わる・・・よし、いいぞ!!」
エイスケの叫びが終わると同時に、僕が機体を接していた魔方陣が一瞬動きを止めた。同時に魔法陣の青い光が徐々に赤い光へと変わっていく。赤い光は水に落としたインクのように魔方陣全体へと広がっていき、時計回りに回転していた魔方陣はゆっくりと逆回転を始めた。
エイスケの書き換えた術式が魔力の流れに乗って、何層にも積み重なったすべての魔方陣を侵食し始める。僕は魔導エンジンを全力で反転させ、その流れを徐々に大きくしていった。
僕たちの『白鷹』を起点として、魔方陣の中を流れている龍の魔力が逆向きに流れはじめる。途端に僕の機体にかかっていた負荷が軽くなった。
「異界門の空間侵食停止を確認。急速に収縮していきます。天災級が後退を始めました!」
モニターを見ていたホノカさんが全体通信で僕たちにそう報告してくれた。作戦成功だ。これで僕たちを物理的に排除しない限り、白龍の構築した魔術は逆、つまりあいつが元いた時空へと押し返す働きをすることになる。
もちろん白龍が魔術を解除すれば、この流れは止まる。ただ一度閉じ始めた異界門を空間侵食魔術で再び広げるには、多くの時間と魔力が必要。あの白龍がどれほどの力を持っているかは分からないけれど、おそらく魔術が完成する前に異界門が完全に閉じてしまうはずだ。
だから事実上白龍には、僕たちを排除するしかこの流れを止める方法はない。
異界門が完全に閉じるまで『白鷹』を守り切れば僕らの勝ち。逆に眷属で僕たちを排除すれば白龍の勝ちだ。
ただ機体の機能を魔術の反転に振り分けているため、今の僕は何もできない。魔力機銃を撃つどころか、防壁を展開することすらできないのだ。勝敗のカギは機体の直掩に当たるマリさんとテイジに託されることになった。
もちろんそれがどんなに無謀なことか、全員がよく分かっている。でも僕はあえて何気ない調子で二人に短い言葉をかけた。そうしなければ声が震えてしまいそうだったからだ。
「(マリさん、テイジ、あとはよろしくね。)」
「任っかせといて、カナメっち! テイジ行こう!!」
「ああ、行こうマリ。」
外装の換装を終えた二人は魔力格闘用の装備を身につけ、自分で外部ハッチを操作して機体の外へ飛び出していった。僕たちは祈るような気持ちで、機体を出ていく二人を見送った。
読んでくださった方、ありがとうございました。




