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23 生い立ち

今回はマリさんの回想回です。白龍戦は次のお話になります。ごめんなさい。


※ 一部、子どもに対する残酷表現があります。苦手な方はご注意ください。

 戦闘員待機席で強化外装に耐冷装備を取りつけながら、マリは降下デッキの小窓に目を向けた。降下先を確かめるための窓からは、遥か下の地上の様子が雲の間に見え隠れしている。


 今ちょうど足元に見えているのが、山鹿城砦群の辺りだ。周囲を山に囲まれたわずかな平地に、身を寄せ合うように見える白い点。あの一つ一つにはたくさんの人たちが魔獣の脅威と戦いながら懸命に生きている。


 山鹿城砦の南側には広大な湿地が広がっていた。あれが確か熊本湿原だったはずだ。大変動前は九州地方でも有数の大都市があった場所だと、歴史の時間に習った気がする。


 でも今では誰も住んでいない。大変動後に頻発した自然災害と有明海に出現した水棲魔獣たちの侵略によって、人間の住める環境ではなくなってしまったからだ。






 山鹿城砦群の東側に見える巨大な火口。そのすぐ北側にあるのが阿蘇防衛基地だ。人間の数倍の視力を持つ彼女の目には、火口から湧き上がるように吹き出す炎の群れに向かって、線を描きながら飛んでいく小さな光がはっきりと見えていた。


 侵攻を開始した火焔魔神バルログの軍勢の迎撃に向かった魔導戦闘機部隊だろう。おそらくすでに阿蘇基地の地上部隊も出動しているに違いない。


 通常、火焔魔神たちは強力な武装を持つ防衛本隊に正面から立ち向かってくるようなことはしない。炎の精霊力を力の源としている彼らは、自分たちの領域テリトリーである火口付近から離れることを極端に嫌うからだ。






 しかし今、彼らはあの白龍の魔術の影響で狂騒状態に陥っている。狂騒状態の魔獣は魔力が爆発的に引きあがり、普段の数倍の力を発揮できるようになる。その代わりに冷静な判断力が失われ、狂暴化してしまうのだ。


 身を守ることも忘れ、ひたすらに敵を殲滅しようとする恐るべき相手。最前線基地に配置されている精鋭部隊であってもかなりの苦戦を強いられるはずだ。マリは祈るような気持ちで、火口から溢れ出た炎に立ち向かっていく白い光の群れを見つめた。


 だがそんな祈りを嘲笑うかのように、山鹿城砦群から赤い炎が挙がるのがはっきりと見えた。白龍の魔術によって、城砦を守る強力な結界すら打ち破るほど、周辺の魔素が高まっているのだ。






 皇国の人々が暮らす城砦群は、礎の魔術である『八十柱結界』によって守られている。これは地中に存在する霊脈結節点ノードを強力な魔術によって結び付け、霊的・魔術的な結界を構築するものだ。


 いわば皇国の国土全体を使った巨大な魔術回路であり、結界内に存在する一定以上の魔素を排除する働きがある。各城砦はこの霊脈結節点に配置されているのだ。


 だから通常、城砦の中に異界門が発生したり魔獣が出現したりすることはない。また強力な魔力を持つ魔獣であればあるほど、結界から強い影響を受けるため、超級以上の魔獣たちが城砦に近づくこともほとんどないのだ。


 逆に魔力の弱い魔獣たちは、より強い魔獣たちを恐れて城砦周辺に集まろうとしてしまう。それを排除するために各城砦には、城砦防衛の専門部隊が配置されている。






 しかしごく稀に、この強固な結界を打ち破るほど魔素濃度が高まってしまうことがある。この状態が波状魔素逆流、通称『大嘯』と呼ばれている。強大な魔獣の出現や魔力震と呼ばれる自然災害など、その原因は様々だ。


 大嘯が起きると、結界を含む周辺の魔素濃度が一気に上昇するため、城砦内部にも異界門や魔獣が直接出現するようになる。城砦内には衛士隊や憲兵隊も存在しているが、それはあくまで城砦の治安維持のために過ぎない。彼らの力では、結界や時空を越えて出現する強力な魔獣を排除することなど到底不可能なのだ。


 結界内では一定以上の魔素を排除する働きがあるため、緊急時に備えて強力な武装を持つ戦闘用魔導機を配備しておくことができない。魔力出力の高い魔導機は結界内に侵入することができないのだ。防衛基地や防衛学校が城砦から離れた場所に作られているのもそのためだ。


 つまり大嘯が起きると、戦う力を持たない多くの人々が強力な魔獣たちと遭遇することになる。その被害は計り知れないほど大きく、城砦が丸ごと消えることすらある。8年前に高天原で起こった大嘯でも多くの人々が犠牲となった。






 あの日の悲劇が再び繰り返されようとしている。そしてそれを今、止められるのは第222分隊わたしたちだけ。


 そう思ったとき、マリは全身を凍えさせるような、冷たい何かが通り過ぎていったような気がした。


 これは運命なのだろうか。あの日、私たちの命を奪えなかった死神が再び現れ、今度こそ私たちを食らいつくそうとしているのか。


 心の奥底に眠らせたはずの恐怖が再びマリを襲った。8年の歳月でも拭い去ることのできなかった記憶が彼女の心を、体を強張らせていく。彼女は我知らず、震えそうになる自分の体を抱きしめようとしていた。


 だが次の瞬間、マリは心を奮い立たせ、その手を止めて固く拳を握りしめた。恐れを噛み潰すように歯を食いしばった彼女は、獣化した赤い瞳で現界しようとしている巨大な白龍を睨む。


 私がおまえを必ず止める。そして元いた世界に叩き返してやるんだ。そのために私はいつだって命を投げ出す覚悟をしてきたのだから。






 その時、憎悪と怒りを込めて白龍を見つめる彼女の肩に、大きな手が優しく置かれた。


「テイジくん・・・。」


 テイジは無言で彼女を見つめていた。彼は無表情のまま、マリに小さく語り掛けた。


「マリちゃん、行こう。僕たち二人でみんなを守るんだ。」






 彼の言葉にマリはハッとした。『みんなを守る』という彼の言葉で彼女の中の憎悪が薄れ、逆に強い決意へと変わっていく。


 そうだ。これは守る戦いなのだ。大切なことを思い出させてくれたテイジに、彼女は自然な笑顔で大きく頷いた。


 彼はそれに対して表情一つ動かすことはなかった。けれどマリには、彼の目が優しい光を帯びたことがしっかりと伝わっていた。


 彼はいつだって優しい。それは小さい時からずっと変わっていない。私はそんな彼の優しさにこれまでずっと助けられてきた。


 マリの脳裏にテイジとのこれまでの日々が次々と過っていった。











 マリとテイジは幼い頃から一緒に成長してきた。二人が生まれ育ったのは高天原城砦群の第三城砦。


 獣人や亜人の多く暮らす第三城砦の中でも、比較的裕福な住民が集まる中心地の商店街に二人の生家はあった。


 隣り合って建つ鮮魚店と精肉店。マリは鮮魚店を営む人間族の父、猫人族の母の間に生まれ、三つ子の姉妹の一人として伸び伸びと育った。テイジも同様に精肉店を営む人間族の父と鬼人族の母の間に生まれ、一人息子として大切に育てられていた。


 四人の子供たちは同じ年ということもあり、本当の兄弟のように育った。


 幼い頃のテイジは、身体は大きいが口数が少なく、とても気弱で大人しい子供だった。近所の悪ガキにからかわれても、べそをかくばかりで何も言い返せない。そんなテイジを弟のように庇っていたのが、マリたち三つ子の姉妹だった。


 賑やかで楽しい日々。その頃のマリは、こんな日々がこれからずっと続いていくのだと無邪気に信じていた。






 マリたちの暮らす城砦を未曽有の大災害、高天原大嘯が襲ったのは二人が5歳の時だった。その日、三姉妹とテイジはかくれんぼをして遊んでいた。


 マリとテイジは、オニになったマリの姉エリから身を隠すため、精肉店の地下冷蔵保管庫に入り込んだ。隠れる場所を見つけられず泣きべそをかいていたテイジを、マリが一緒に保管庫に引っ張り込んだのだ。


 冷蔵保管庫は戦闘用魔導機の外装にも使われている丈夫な強化樹脂製で、長身の大人が立って出入りできるほど大きかった。子どもたちは普段からこの保管庫を隠れ場所として使って遊んでいた。


 時は夕刻。テイジの母は忙しそうに立ち働き、商品を取り出すために先ほどから何度も保管庫に出入りしている。その度にわざわざ「エリおねえちゃんにみつかっちゃうから、黙っててね!」とお願いし、積み上がった段ボールの後ろで息を潜めるマリ。


 テイジも大きな体を精いっぱい小さくして、マリの後ろに隠れている。テイジの母はそんな二人をほほえましく見つめながら、店へと続く階段を上っていった。






 どのくらい経っただろう。さすがに冷えてきたマリの体を心配して、テイジが隠れ場所を変えようと言おうか迷っていた時、突如下から突き上げるような衝撃が二人を襲った。


 続いて、頑丈な冷蔵保管庫を揺るがすほどの爆発音と人々の悲鳴が重なった。冷蔵保管庫内の照明が激しく明滅し消える。同時に冷気を供給する魔導モーターもその動きを止めた。強い衝撃と急に暗闇に包まれたことで、マリが細い悲鳴を上げた。


 それに合わせて保管庫のドアに何か固いものがドスンと激突する音が聞こえた。恐怖ですくんでしまったマリを守ろうと、テイジはすぐに立ち上がった。


 彼はマリを安心させるため、冷蔵保管庫のドアを開けて外に出ようとした。しかしドアは開かなかった。どうやら扉の外に重い何かがあるようだった。






 鍵などないはずの強化樹脂製の扉は、恐るべき堅牢さで二人を保管庫の中に閉じ込めた。だが結果として、そのことが二人の命を救うことになった。


 二人は父や母、マリの姉妹の名を呼びながら、必死にドアを叩いた。だが外からは断続的に爆発音が響き、何かが激しく燃えるゴウゴウという音が聞こえるばかり。二人の呼びかけに答えるものは誰もいなかった。


 それから十数時間。真っ暗な保管庫の中で恐怖に震えていた二人に、ようやく救いの手が差し伸べられた。


「せ、生存者発見! 獣人族の子供ふたりです!!」


 皇国防衛隊の兵士によって二人は助け出された。ようやく待ち望んだ明け方の日の光の中で二人が見たのは、しかし変わり果てた故郷の姿だった。


 いつも多くの人で賑わっていた商店街は、一面焼け爛れた瓦礫の広がる焼け野原へと変わっていた。第三城砦の中心にあった二人の生家から城砦の北門まで、すべての建物がなくなっている。そのため、いつもなら見えないはずの崩れかけた城壁が、朝の光の中に横たわる躯のようにはっきりと見えた。


 我に返った二人はすぐに防衛隊員に家族の安否を尋ねた。だがまだ若い隊員は何も答えず、痛ましそうに眼をそむけただけだった。後で知ったことだが、この時すでに二人の家族は、骨も残さずこの世から焼失していたのだ。


 魔獣に焼き尽くされた第三城砦中心地で生き残ったのはマリとテイジ、二人だけだった。






 その後、家族を亡くした二人は帝都の片隅にある、獣人族の子供たちが集まる孤児院へと送られた。


 その孤児院の孤児の大半は、人間族の女性が獣人族男性からの性暴力の被害に遭って産み落とした、いわゆる望まれない子どもたちだった。


 現代の皇国では、堕胎は非常に危険を伴う行為のため、余程のことがない限り行われない。ある程度成長し魂を宿した子どもを堕胎すれば、その子の霊障によって母体が傷つくことが多いためだ。


 望まれない子どもたちは獣人族、人間族どちらにとっても差別の対象であり、まともに扱われることがなかった。この孤児院もそれは例外ではなく、子どもたちの生活環境は劣悪極まりないものだった。






 人間族と獣人族との間に生まれた子供は、通常母親の特質を引き継ぐことが多い。そのためこの孤児院にいるのは、半獣人とはいってもほとんど人間と変わらない見た目の子供たちばかりだった。


 幼い頃のマリとテイジは現在いまよりも猫人族と鬼人族の特徴がはっきりわかる見た目をしていた。また同じ半獣人でありながら両親に愛され、幸せに成長してきた二人は、他の子どもたちから見れば憎悪と嫉妬の対象でしかなかった。


 つまり孤児院の中で、二人は浮いた存在だった。そして閉鎖空間で孤立した者に対して、子どもは驚くほど残酷な行為をするものだ。





 マリとテイジは苛烈ないじめと虐待の対象となった。入院直後のマリは災害の恐怖と家族を亡くしたショックから一切言葉を発せなくなっていたため、特に惨い仕打ちを受けた。


 当時、長かったマリの尻尾がただ「目障りだ」という理由で根元から切り落とされたのも、ちょうどこの頃だ。年上の孤児たちが笑いながらマリの体にナイフを突き立てる様子を、床に組み伏せられたテイジはただ泣き叫んで見つめることしかできなかった。


 二人は日常的に激しい暴力に晒され、水さえ自由に飲めないほど差別された。テイジはマリを守るため必死になったが、年上の孤児たちの暴力を止めることはできなかった。マリを庇ったことでさらにひどい虐待を受けることもしばしばだった。


 ただテイジにとって唯一幸いだったのは、当時のマリが感情をなくしていたことだ。暴力の対象は何をされても無反応のマリよりも、テイジに向けられることの方が次第に多くなっていった。






 激しい暴力と飢えに耐えながら、幼いテイジはマリを守るために何をすればよいか必死に考えた。結果、彼の出した答えは『弱い相手から一人ずつ潰していく』という非常にシンプルなものだった。


 テイジは元々体は大きいが、とても気持ちの優しい子どもだった。だが彼はマリのために自分を変えた。マリを守ろうとする強い気持ちが、彼の中に流れる鬼人族の血を呼び起こしたのかもしれなかった。


 彼は自分以外でいじめの対象になりそうな者を慎重に選び、人目につかないようにして徹底的に痛めつけた。そして恐怖と暴力によってその相手を支配した。


 支配した相手には決してそのことを他人に悟らせないよう言い含めた。少しでも裏切る素振りを見せたら、たとえそれが誤解であっても苛烈な報復を行った。


 相手が年下だろうが女だろうが、彼は全く容赦しなかった。人一倍、人の痛みを思いやることのできる少年だった彼にとって、それは耐えがたいほど辛いことだった。だが彼はマリを守るため、あえて自分の心を殺し続けた。


 果てしなく続く暴力と闘争の日々の中で、テイジは生き物の体を効率よく壊すにはどうすればよいかを学んでいった。戦闘に優れた鬼人族の素質と多くの経験が、彼の戦闘能力を飛躍的に高めさせた。彼はじっくりと時間をかけ一人、また一人と支配を広げていった。






 1年後、彼は当時孤児たちの頂点に君臨していた虎人族の少年と対峙した。マリの尻尾をナイフで斬り落とした因縁の相手だ。彼はあえて最後の一人になるまで、この少年には手を出さずにおいたのだ。


 少年はいつものように、手下とともに彼を痛めつけようとした。だがその時、すでに少年に従うものは誰一人としていなかった。自分の味方がいなくなったことに気づき、絶望に沈む少年。そんな少年と彼は一対一タイマンで勝負した。


 元手下たちの見ている前で、彼は十歳以上も年の離れた少年を徹底的に叩きのめした。相手が降参し許しを乞うても、彼は決して手を止めなかった。


 彼はゆっくり時間をかけ、自分の拳で泣き叫ぶ少年の手足の関節を順に砕いていった。だがそれは別にマリに対して行われた残虐行為の報復ではなかった。その時の彼はとうに、そんな憎悪を保ち続けるほどの感情を失っていた。


 彼がこんなことをしたのは、それが周りで見ている者たちに恐怖を浸透させ、反抗しようとする気持ちを挫くために必要な行為だと分かっていたからだった。彼にとってこれは儀式セレモニーであり、この少年はそのために選ばれた生贄すぎなかった。






 こうして彼は恐怖と暴力によって孤児たちの支配者となった。支配者となったテイジが望んだのは秩序と安寧だった。テイジはただマリが穏やかに過ごせるようしたかったのだ。


 それから2年後。テイジの勝ち取った穏やかな生活と献身的な介護によって、ようやくマリは感情を取り戻した。


 彼の差し出す小さなスプーンを口に含んだマリが、彼の目を見て小さく「ありがとうテイジくん」と呟いたとき、彼は彼女を抱きしめ声を上げて泣いた。そしてそれは彼の流した最後の涙となった。


 長期間にわたるストレスはテイジの心を蝕んでいたのだ。彼はこれを最後に人前で感情を表現できなくなり、マリ以外にはほとんど言葉を発することができなくなってしまっていた。






 感情を取り戻したマリはそれまでのテイジの戦いと献身を知り、涙を流して彼を強く抱きしめた。泣いて泣いて、涙が枯れるほど泣いた後、彼女は彼に言った。


「テイジくん、私たちの城砦まちに帰ろう。」


 こうしてすべてを失った二人に、新たな生きる目標のぞみが生まれた。彼らはその日から戦闘力を高めるための訓練を始めた。3年もの間、体を苛め抜くような体術と魔力の鍛錬を続けたのだ。


 そして二人はついに防衛学校の受験資格を手に入れた。二人が収容されていた孤児院では、開設以来初めての快挙だった。テイジの支配によって生活環境が改善され、秩序ある暮らしができるようになった孤児たちは、二人の努力の成果を自分のことのように喜んでくれた。






 入学試験は各地にある皇国防衛隊の分屯所で年一回行われている。魔力適性検査の後、各学科ごとに筆記と実技試験が行われるのだ。二人はもちろん、魔導防衛科の魔導格闘教育隊を受験した。結果は抜群の成績での合格。望み通り学費免除の特待資格も手に入れることができた。


 通常、合格した生徒は保護者の居住する城砦付近の防衛学校に入学することになる。ただし二人は孤児のため、特別に入学先を選ぶことができた。彼らが望んだのは当然、高天原防衛学校への入学だった。


 こうして二人は帰ってきたのだ。自分たちの家族が消えた悲劇の真相を知るため、そしてあんな悲劇がもう二度と起こらないようにするために。











 珍しく物思いに耽りながら強化外装の装備を換装し終えたマリは、それまでの思いを断ち切るように軽く頭を振り、ヘルメットのフェイスガードを引き下ろした。


 テイジと共に故郷に帰るという目的を果たし、家族との別れを告げることもできた。もう思い残すことはない。


 本当は高天原大嘯が起きた詳しい原因を知りたかったけれど、いくら調べても桜島姶良地域で起きた魔力震によるものという公式発表以上の情報は何も出てこなかった。個人的には疑問が残るものの、きっとそれが真実のすべてなのだろうと彼女はすでに納得していた。


 ならば自分と同じような孤児が一人でも減らせるように、自分の命を懸けるだけだ。傍らに立つテイジは何も言わないけれど、彼が自分と同じ気持ちであることは言葉を交わさなくとも分かっている。


 覚悟は決まった。あとは戦うのみ。


 そう強く決意し体内の魔力を高めながらも、彼女は後ろ髪を引かれる思いで、つい後ろを振り返ってしまった。






 もしも今、自分に心残りがあるとするならそれは、分隊の仲間たちを自分の覚悟に巻き込んでしまったことだ。


 出来ることなら何とかして、あの人たちだけは逃がしたい。皆には死んでほしくない。


 自分の後ろで端末を必死に操作するホノカとエイスケを見ながら、彼女はそう強く願った。


 そして自分がいつの間にかそんなことを考えるようになったことを、彼女は不思議だと思わずにはいられなかった。






 最初はただ目的を果たすためだけに、何となく集めた仲間だった。


 はぐれ者の集まりなら多少自由に振舞っても問題が出ない。もしも逆らうようなら、これまでのように暴力で支配してやればいい。そんなつもりで彼女はカナメに声をかけたのだ。


 エイスケやホノカについてもそれは同じ。彼女にとって分隊は、自分の目的を果たすためだけの道具に過ぎなかった。


 だが222分隊の仲間と過ごすうちに、カナメたちは彼女にとってかけがえのない存在へと変わっていった。その理由は今でもよく分からない。ただ仲間たちと一緒にいることを、彼女はとても幸せなことだと感じていた。






 彼らはみんな優しかった。でもそれはよくある弱さからくる優しさとは違う。本当の意味で人の痛みに寄り添うことのできる優しさだった。


 それはきっと仲間のそれぞれが、自分と同じくらい大きな痛みを抱えているからなんじゃないかと彼女は考えた。


 彼らと一緒にいると、自分の中に押さえ込んでいた悲しみや怒りが癒されていくように感じられた。皆と一緒なら素直な自分でいられる。それは彼女にとっては喜びであると同時に、恐怖でもあった。


 彼女は自分の覚悟が揺らぐことを恐れた。分隊の仲間と過ごすうちに彼女は、失ってしまった家族とかつて過ごした時のような温かい気持ちを感じるようになっていたのだ。






 自分の心を犠牲にしてまで、どんな時でも自分を守ってきてくれたテイジ。


 口は悪いが、いつも仲間のことを思いやってくれるエイスケ。


 人一倍力が弱く、大きなハンディキャップを抱えているくせに、他人のために自分の身を危険にさらすことを厭わないカナメ。


 そしてこんな汚い自分を恐れず、心を開いて寄りかかってくれたホノカ。


 特にホノカが自分の辛い経験と向き合い立ち上がろうとする姿は、マリ自身の心も変化させていったのだった。






 このままこの仲間たちと一緒に過ごせたらどんなにいいだろう。彼女はいつしかそんな風に考えるようになっていた。同時に仲間を失うことをひどく恐れるようになっている自分にも気づいていた。


 しかし彼女が恐れていたことは起こってしまった。運命は彼女が仲間と共に楽しく、穏やかに生きることを許してはくれなかった。


 ならば立ち向かうしかない、自分の力を命をすべて使ってでも。絶対に城砦まちの人も、仲間も救ってみせるんだ。






 そんなにうまくいくわけがないと、少し前の彼女なら思っただろう。だが、今は違う。


 この仲間とならどんな不可能でも可能にできる。彼女はそんな確信を持てるようになっていた。


 彼女はテイジと目を合わせた後、降下デッキの小窓を覗き、遠くに見える白龍と構築されつつある魔方陣を睨みつけた。


 そして静かに目を瞑ると、胸の奥から湧き上がる魔力を全身に行き渡らせ、戦いの時に向けて徐々に徐々に力を高めていったのだった。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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