22 異界門 後編
本日2話投稿しています。こちらは後編です。よろしくお願いいたします。
僕は笹崎教官の小隊長機に近づこうと機体を大きく旋回させた。白龍を刺激しないよう距離を取りつつ、小隊長機に接近する。笹崎教官もそれに気が付いたようで、龍からできるだけ離れるようにしてふらふらとこちらに近づいてきた。
僕たちが合流したことで白龍が《龍の吐息》を使うことを警戒してたのだけれど、さっきから不気味なほど沈黙を保っている。現界するために全力を尽くしているからだろうか。それとも僕たちのことなんか、取るに足らない存在だと思っているからかもしれない。
何度か笹崎教官に呼び掛けたところで、ようやく教官機からの返信が届いた。
「(・・新・・! 新道! 聞こえるか!?)」
通信がひどく聞き取りづらい。白龍が《咆哮》によって書き換えた領域からまだ出られていないからだろう。白龍の膨大な魔力によって周辺の魔素が乱れているのだ。
「(教官! 聞こえてます!)」
「(・・まえたちだけ・・無事でよかっ・・。全員無・・か?)」
「(はい!マリさ、いえ阿久猫戦闘員が《咆哮》の衝撃波により頭部負傷、聴覚に一時的な障害が出ています。)」
「(そ・・か、こっ・・は二人やられ・・。)」
笹崎教官機は光の翼の左主翼が明滅していた。対消滅防壁の展開が遅れて、機体と乗員に被害が出たようだ。推力も十分に得られていないのか、飛び方もひどく不安定だった。
「(おまえた・・は、大宰・・基地に・・え。状・・を報告し・・れ。わた・・たちは・・龍の動・・を監・・る・・※&・・!*@・・・※・・。」
「(教官!? 聞こえません! 教官!!)」
急速に通信状態が悪化し、教官機の左主翼が溶けるように消滅した。笹崎教官機は推力を失い、きりもみしながら地上に落ちていく。直後、僕の目の前で教官機は爆発した。暴走した魔導エンジンの発する強烈な魔力光が僕の目を刺す。
「(!! 対閃光防壁展開!)」
咄嗟に魔力光を遮蔽する防壁を展開し、機体を守る。防壁によって光が遮られ、周囲を目視できるようになった。光の中から白い球体が三つ飛び出し、地上に落ちていくのが見えた。
あれは緊急脱出時に乗員を保護するカプセルだ。教官たちは無事に脱出できたらしい。カプセルが3つしかないのは、おそらく2名が《龍の咆哮》に抵抗できず、氷に変えられてしまったからだろう。
僕は機内通信で分隊の皆に話しかけた。
「(みんな、大丈夫だった?)」
「ああ、防壁のおかげでな。」
エイスケの言葉で機内に視覚を向けると、みんなは閃光によるダメージを受けていないようだった。ホッと胸をなでおろした僕に、エイスケが話しかけてきた。
「新道、お前、魔力は大丈夫か?」
「(実は結構きついんだ。でも基地にたどり着けるまでは頑張るよ。ところでさっき気が付いたんだけど、緊急脱出機構がうまく動作しなくって・・・。)」
僕は龍から少しでも遠ざかるため、翼に魔力を込めながらそう言った。すると機体制御補助モニターを睨んでいたエイスケが答えた。
「ああ、こっちも機体制御機能の何割かが死んでる。戦闘機動は無理だな。早く基地に向かおう。」
エイスケは端末をすごい勢いで操作している。飛行に影響が出ないように手動で機体の制御をしてくれているようだ。僕が「ありがとう」と言ったのと同じタイミングで、突然マリさんが大きな叫び声を上げた。
「カナメっち! あれ!!」
虹彩が針のように細くしたマリさんが、降下デッキの小窓を指さす。そちらを見ると、遥か遠くにいる白龍の周囲に幾筋もの光が走り、それが折り重なるように図形を成していくのが見えた。僕の見間違いでなければあれは・・・!
「し、周辺空間に微弱な魔力振動! 大規模魔術発動の前兆です!」
ホノカさんの声に続いて、モニター越しに白龍の姿を見ていたエイスケが放心したように呟いた。
「積層立体型魔方陣だと・・・!! 大規模魔術を行使する龍なんて地異級・・・いや天変級だぞ!!」
天変級は「出現するだけで人類存亡の危機をもたらす恐れがある」とされる魔獣の等級だ。現界前であれだけの魔術を使える魔獣が、今まさにこの世界に出現しようとしている。その事実に僕は全身の血が凍るような恐怖を味わった。
僕は声の震えを必死に抑えながら、ホノカさんに問いかけた。
「(ホノカさん、術式解析を・・・!)」
「空間に干渉する魔術です! あの龍、魔術で異界門を広げてる!!」
ホノカさんはいち早く解析を終えていたようで、すぐに返答が帰ってきた。悲鳴のような彼女の叫びが、その場にいる僕たち全員の気持ちを如実に代弁してくれていた。
僕は機体の望遠視覚を限界まで引き上げて白龍の姿を捉えた。白龍の周囲では魔方陣が幾層にも積み重なり、青白い光を放っている。それぞれの魔方陣は異なる速度でゆっくりと回転していた。
それにつれ、龍が這い出そうとしている黒い穴は、周囲の青空に落としたインクの染みのように少しずつ広がっていた。白龍が《咆哮》で周囲の環境を書き換えたのも、これまでじっと動かなかったのも、すべてはこの魔方陣を構築するためだったようだ。
あまりのことに僕たち全員は、凍り付いたように動けなくなっていた。でもいち早く我に返ったエイスケが、僕たちみんなを怒鳴りつけた。
「冗談じゃねぇ!! 一刻も早く本隊に連絡するんだ!」
エイスケの叫びで僕たちは再び動き出した。
「(ホノカさん、通信は使える?)」
「白龍の空間干渉によって通信途絶! すぐにこの空域を脱出しましょう!」
でもその時、まるで彼女の声が合図にでもなったかのように、遥か下の地上から突き上げるような衝撃音が響いた。
驚いて右後方の地上を見下ろすと、山地に複数の赤い光が閃くのが見えた。
「(阿蘇の火焔魔神たちが動き出してる!)」
悪鬼のような姿の黒い巨人たちが、鼻から炎を激しく噴き上げながら次々と現界している。彼らは片手に炎の鞭を、そしてもう片方の手には無骨な形の巨大な剣や鉞を持ち、ゆっくりと山を下り始めていた。
それに続き、まるで巣穴から這い出す蟻みたいに、阿蘇山の火口から次々と火属性の魔獣たちが溢れ出してくる。あれは火焔魔神につき従う炎獣たち。全身が炎で出来た彼らは、幸いなことにまだ現界前のようだ。でもその数は、通常ではありえないほどの規模だった。
僕が望遠機能を使って捉えた映像を機内のモニターに示すと、エイスケはごくりと唾を飲み込んで言った。
「まさか、この天変級が魔獣を呼んでるやがるのか!?」
彼の言葉にホノカさんが青い顔で頷いた。
「白龍の空間干渉魔術によって、地上の魔獣たちが狂騒状態になっているようです。」
皆が戦慄してモニターを見つめる中、マリさんがハッとしたように叫んだ。
「見て!! 城砦が!!」
遥か西、今の僕たちからだと左側下方に見えている山鹿城砦群の城壁内から炎が上がるのが見えた。まだ現界前だけど、それは明らかに炎獣の出現によるものだった。
「(『八十柱結界』で守られているはずの城砦内部に魔獣が出現するなんて・・・これじゃ、まるで・・・!!)」
思わずあげた僕の声に応えたのは、押し殺したようなマリさんの呟きだった。
「・・・8年前の高天原と同じだよ。大嘯だ。」
彼女はそう言って、奥歯をギリリと噛みしめた。戦闘員待機席にいる彼女とテイジの魔力が急速に高まっていく。強化外装越しでも、二人の体が獣人化していくのがはっきりと分かった。
「白龍を止めなきゃ。ねえ、カナメっち。あたしたちを異界門まで連れて行って。」
空間干渉の魔術で急速に現界化しつつある白龍をモニター越しに睨みながら、マリさんは昏い声で呟くようにそう言った。
「(マリさん、何を・・・!!)」
僕が彼女に問いかけるより早く、機体制御席から立ち上がったエイスケが彼女を怒鳴りつけた。
「何言ってんだお前! あんなのお前らだけでなんとかできるわけないだろ!! 第一、あの魔術の中に飛び込めないだろうが!! 下手すれば近づく前に、空間の干渉に巻き込まれてオダブツだぞ!!」
彼はモニターを指さしながらさらに叫んだ。
「地上であれだけのことが起きたら、防衛基地の連中も異界門の異変に気が付くはずだ。今、俺たちにできることは一刻も早く大宰府にいって、この状況を説明することだろうが!!」
まさにエイスケのいう通りだ。白龍が広げつつある異界門に近づくなんて、自殺行為以外の何物でもない。
だけどマリさんは黙ってエイスケに歩み寄り、怒りに燃える彼の目を正面から見つめたまま、静かに言った。
「あたしとテイジはね、8年前の大嘯の魔災孤児なんだよ。」
ホノカさんが息を呑む音がはっきりと聞こえた。エイスケも言葉を無くし、目を大きく見開いて二人を見つめている。
「お前ら、第三城砦の生き残りなのか!? てっきり他の地方の城砦出身だとばかり・・・。」
彼の言葉に、マリさんは自嘲するように小さく笑った。
「帰ってきたんだよ、同じことがまた起きないように。」
彼女は傍らに立っていたテイジと目を合わせた後、ぎゅっと表情を引き締めて、僕たちみんなに呼び掛けるように話し始めた。
「あんなこと、ぜったいに繰り返しちゃいけない。防衛本隊は城砦の救助と地上の魔獣の迎撃に動くはず。もしも本隊が着く前に白龍がこっちに出てきちゃったらどうなると思う? もっともっと被害が大きくなるんだよ。そうなればあたしたちみたいな子供が、たくさん増えることになるんだ。」
彼女はそこで言葉を切ると、強化外装のフェイスガードを外してその場に跪き、深く頭を下げた。
「我儘なのは分かってる。でも今、あいつを止められるのはあたしたちだけなんだ。本隊が着くまで少しでもあいつの魔法を邪魔してやれればいい。命に代えてもあたしとテイジで時間を稼いでみせる。だからお願いします。力を貸してください。」
マリさんがそう言うと、テイジもその場に手をついて深々と頭を下げた。
「・・・俺とマリを連れて行ってくれるだけでいい。頼む。」
エイスケはそれを無言で見つめていたが、やがてガシガシと頭を掻きむしり、何度も深呼吸した後、吐き出すように言った。
「・・・鬼留、お前、卑怯だろ!! 今、そんなこと言われたら、もうなんも言えねえよ! おい、新道!」
話を振られた僕は苦笑しながらホノカさんに尋ねた。
「(ホノカさん、本隊は間に合いそう?)」
「こちらに向かっている機影は画像解析データで確認してますが、間に合いそうにありません。おそらく地上に出現した魔獣と交戦中です。」
マリさんの言う通り、本隊の到着まで時間を稼がなければいけないみたいだ。それに白龍を邪魔することができれば、大規模魔術の影響で地上に出現している魔獣たちの狂騒や大嘯を食い止めることができるかもしれない。
僕は覚悟を決め、皆に問いかけた。
「(・・・今、あいつのところに行けるのは僕たちだけみたいだね。僕はマリさんとテイジに賛成だ。あいつは絶対に止めないと。でも緊急脱出ができない以上、全員の意思を確認したい。エイスケとホノカさんはどう?)」
間髪入れず、エイスケが目の前にいない僕に向かって怒鳴るように、虚空に向かって声を上げた。
「くそっ!! 俺は、俺はなあ!!・・・いいんだよ! 222分隊がいないのに出来損ないの俺だけが生き残っても仕方がねえから!!・・・だが行けば確実に、お前らみんな死んじまう!!」
エイスケはがっくりと肩を落とし、ホノカさんの方を向いて力なく問いかけた。
「小桜、お前はそれでいいのか・・・?」
尋ねる前から彼には、ホノカさんの答えが分かっていたに違いない。彼女は泣き笑いの表情で、エイスケに「ありがとうございます、丸山さん」とお礼を言った。
「・・・私もみんなと一緒に行きます。だってここで戻ったって、このままじゃ私たちの城砦もきっとなくなっちゃうもの。私が頑張って防衛学校に入ったのだって、出来損ないの私でも皆を守れたらっていいなって思ったからなんです。それにね、マリちゃん。」
彼女は跪いているマリさんに近づくと、彼女の両手をぎゅっと掴み、目に涙を貯めたままおどけた調子で言った。
「マヌケの私をここまで連れてきたのはマリちゃんでしょ? だからちゃんと最後まで、私を連れていってね。」
マリさんはホノカさんの手を自分の顔に引き寄せると、ふぐっと声を上げて泣き始めた。
「・・・ホノちゃん、マルちゃん、カナメっち、ごめん。皆を巻き込んじゃって、ホントごめんね。」
マリさんはつっかえつっかえ涙声でそう言った。
「そこは『ありがとう』だろうが。まったくこの馬鹿猫・・・。」
エイスケは毒づきながら機体制御席に座り、じっと天井を睨んだ。
僕はエイスケからそっと視覚を逸らした。そして大きく息を吸い込むと、強い調子でみんなに宣言した。
「(よし。これより222分隊は、白龍が構築中の魔術を妨害するための作戦を実行します。ホノカさん、空域解析をもとに作戦行動の指針案を提示してください。)」
「了解しました。現状考え得る行動案を、達成確率の高い順に全員の端末へ向けて転送します。」
エイスケも目をぱちぱちさせた後、自分の端末を操作し始めた。
「新道、小桜、丸山、感謝する。ありがとう。」
テイジが僕たちの名前を呼んで、深々と頭を下げた。そして彼は泣いているマリさんに手を差し出し、彼女の頭を慰めるように軽くたたいた。
マリさんは彼に小さく笑って頷いた。そして二人がすぐに戦闘員待機席に移動し、強化外装と戦闘用装備の確認をし始めた。
こうして僕たち222訓練分隊はそれぞれの持ち場に分かれ、天変級魔獣に立ち向かうための準備を開始したのだった。
読んでくださった方、ありがとうございました。続きはもうしばらくお待ちください。




