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21 異界門 前編

長かったので二つに分けました。短くまとめるのってすごく苦手です。書くのが好きすぎるのが原因なのは分かっているのですが、なかなかやめられません。ちなみに前編の最初はカナメの同級生で、いじめっ子の加瀬くん視点になってます。読みにくくってすみません。

 加瀬は震えあがった。巨大な白龍は異界門ゲートを少しずつ広げながら、今にもこの世界へ現界しようとしている。カナメたち222分隊よりも遥か先を他の僚機と共に飛行している彼は、同期している機体の望遠機能を限界まで引き上げて白龍の姿を見つめた。


「(あんなものが出るなんて聞いてない! 私が仕掛けさせたのは単に魔導機の魔力制御を失わせる呪符だったはずだ。まさか・・・まがいものを掴まされたのか!?)」


 この非常事態を引き起こしたのが自分なのではないか思い当たった加瀬は、体の奥が凍てつくような恐怖を感じた。彼は動揺を抑えようと、自分自身へ必死に言い訳をし始めた。






 そもそもすべては、あの新道とかいう平民が元凶なのだ。


 平民の分際で航空魔導機士のクラスに割り込んできた、不具の出来損ない。


 やる気の感じられない態度。何をされても抵抗しない無気力な表情。そして平民のくせに貴族に阿ることのないあの尊大な目。


 本当に目障りだ。見ているだけで腹が立った。あんな奴が同じクラスにいるなんて許せなかった。だから機会を見つけては適当に痛めつけてやることで、何とかその憤懣に耐えていたのだ。






 それなのにあいつは2年の代表に選ばれてしまった。一人でまともに魔動機を飛ばすこともできなかったクズが、貴族である自分たちを差し置いて栄えある学年代表!?


 聞けばあいつの分隊は、あいつと同じように出来損ないの集まりらしい。化猫、暴鬼と呼ばれる汚らわしい半獣人。マヌケの小娘に、留年して前の学校を追い出された落ちこぼれ。それなのに演習では常に好成績を取り続けている。


 どう考えてもありえない。何か不正をしているに違いないのだ。公正な競争で、あんな下賤の者どもに、この私が負けるわけはないのだから。





 それに確証はないが、彼らの不正を疑わざるを得ない出来事は確かにあった。あの第1寮女子寮生を中心とした学生の大量転出事件だ。事件の内情や処分の詳細については『対象の貴族子女の経歴に配慮して』学生には明かされていない。


 だが加瀬が実家の内偵を使って調べたところによれば、この事件の裏には新道あいつの分隊が深く関わっていることが分かった。転校という形で学校を去った女子生徒たちは一様に体にひどい傷を負い、今では人目を避けて屋敷に閉じこもっているらしい。


 もしかしたら彼女たちは、新道あいつの分隊の不正の証拠を掴んだのかもしれない。それを糾弾しようとして、逆にあの化け物どもから力ずくで不埒な狼藉を受けたのではないだろうか?


 貴族の子女がそんな狼藉を受けたとなれば、今後の婚姻に大きく影響する。仮にそのような事実がなかったとしても、風評が立った時点で彼女たちの立場は危うくなってしまう。婚姻による血統強化が何よりも重要視される貴族社会において、彼女たちは辛い生き方をしなくてはいけなくなってしまうのだ。


 もちろん真実は分からない。ただ本来であればあの化け物どもを訴追するべき彼女たちの実家が、こぞって真実を封印しようとしていることこそ、何よりの証左ではないか?






 被害に遭った女子生徒のほとんどは、マギホの再登録申請をしていることも分かっている。おそらく彼女たちのマギホには、新道あいつらの犯罪の証拠が残されていたのだろう。そのせいで奴らにマギホを取り上げられてしまったに違いない。


 それにおそらく奴らは女子生徒たちの凌辱の様子を記録として持っている。その記録を盾に彼女たちと彼女たちの実家を脅しているのだ。万が一にでもそんなものが流出すれば、被害に遭った女子生徒たちはさらに大きな心の傷を負うことになる。


 おそらく奴らが処分を免れ、あまつさえ代表に選ばれたのもそれが理由に違いない。






 一部では退学・転校していった女子生徒たちが、新道あいつらの仲間の一人である平民のマヌケを虐めていたという噂もある。


 だがそれが何だというのだ? 平民なぞ貴族がいなくては生きることすらままならない弱者なのだ。平民は貴族の前に平れ伏して慈悲を請うのが当たり前ではないか。ましてやマヌケなど、この魔導技術の発展した現代においては、獣人や亜人と同じく生きる価値のないクズだ。


 そんな者を少し踏みつけにするくらい、ほんの些細なことだ。貴族である彼女たちに何の落ち度もない。


 にもかかわらず、か弱い貴族女子の貞操を散らしたばかりか、それを利用して我が物顔で学校でのさばるとは。なんという卑劣な奴らなのか。


 この世に正義はないのだろうか?






 それにあいつは怪しげな研究をしている教官ともつながりがあることが分かっている。内偵にいくら調べさせても、あの教官の経歴は一切、不明のままだった。しかし教官の中では隠然とした力を持っているようだ。


 あの宇津井という教官、とんだ食わせ者だ。噂では・・・。


 いや今は、教官のことはどうでもいい。大切なのは卑劣な卑怯者どもに、正義の鉄槌を下すことなのだから。






 学校や官憲が正義を行えないのならば、我々の手で裁きを下してやればよい。幸い、私の考えに同調してくれた貴族の子弟が少なからずいた。私は彼らの実家の協力を得て、そのための準備を整えた。そしてあの不届き者どもを誅滅するための仕掛けを施したのだ。


 もちろん裁きを与えるといっても、代表に選抜された分隊に表立って何かをすることができるわけではない。だからあくまで秘密裡に行った。


 実行犯は、こんな時のために側近として使ってやっている山野と小内だ。鈍重で言われたこともまともにできない馬鹿どもだが、使い捨ての手駒としてはそこそこ役に立つ。


 二人には実家の伝手で手に入れた呪符を、奴らの分隊機に仕掛けさせた。仕掛けた時点で呪印が機体に転写され、護符そのものは焼失してしまうため証拠が残らない。呪印自体に認識疎外の術式が組み込まれているため、呪穢探知の専門家がよほど詳細に点検しない限り発見することはできないという代物だ。






 この呪印は魔力を発することがない。呪いの対象となっている者の魔力を少しずつ集め、一定の魔力量に達した時に初めて発動する仕組みだ。一度に集める魔力も探知機器に感知されるほどの量ではなく、ほんの誤差レベル。防衛隊の専門技官の目も欺けるほどだ。学生などが異状に気付けるはずはない。


 膨大な魔力増幅能力を持つ分隊機『白鷹』ならばおそらく始動後1時間程度で呪いが発現する計算だ。点検作業等を含めれば、ちょうど分隊機の飛行中に呪いがかかるはず。その効果は魔力制御の攪乱だ。


 呪いにかかった奴らの分隊機は、飛行中にコントロールを失い墜落する。魔力制御が攪乱されているため、乗員の緊急脱出機能もまともに働かない。この状態で墜落すれば機体と感覚を共有している操縦者は深刻なダメージを負うだろう。


 もちろん他の乗員も同様だ。再起不能になるほどの傷を受けるのは確実。最悪、命を落とすかもしれない。だが奴らは貴族ではなく、出来損ないの平民どもだ。多少死んだところで何の問題があるだろうか。






 万が一『白鷹』の救命機構によって生き残ったとしても、代表機が移動飛行中に事故を起こし墜落するなど、ありえない大失点だ。奴らは間違いなく代表を外される。


 不逞な平民どもが卑怯な手段で手にした学年代表の座は、他の分隊に移ることになる。まあ、おそらくは次点である私の分隊が選ばれる可能性が高い。公正な実力に基づいた代表選出が、ようやく実現するというわけだ。


 不正を行う卑怯者どもの鼻柱に正義の一撃加え、その後、奴らに奪われた代表の座を取り戻す。それが私の計画だった。






 しかし呪印が発動したのを私が感知した直後、想定していなかった異常事態が起こった。通常は群れを成さないはずの煙魚の大量出現。そして狂暴化だ。しかも狂暴化した煙魚によって魔素濃度が高まった結果、あろうことか信じられないほど巨大な異界門ゲートまで出現した。


 今、その異界門からは巨大な白龍が現界しようとしている。すでに白龍の頭部の大半は実体化しつつあった。


 怒りに燃えるその瞳だけでも直径5m以上はあるだろう。白龍は、まるで氷河を削り出したかと思うような美しい角を振り立て、白銀に輝く巨体を少しずつ異界門から引き出そうとしている。


 空気中の魔素がひどく乱れているため、隊長機や僚機との通信もまともにとることができない。私が混乱した頭を必死に整理しようとしていると、戦闘待機席にいた小内がひどく怯えた声で話しかけてきた。






「か、加瀬様! あれはまさか、あの呪印のせいで・・・!?」


 私はすぐに機内個別通信で小内を叱りつけた。


「(馬鹿者! 機内の通信も記録されているんだぞ! 黙れ!)」


 青ざめた顔で慌てて口を閉じる小内。まったく愚物が。


 地上を這いずる魔獣を倒すことくらいしか能のない挌闘隊員ばかの面倒まで見なくてはならないとは本当に災難だ。


 私は一刻も早くこの場所を離れようと、全速力で一目散に大宰府防衛基地を目指して飛び続けた。






 私は悪くない。何も関係ないんだ。そう何度心の中で繰り返しても、魂が凍るような恐れが消えることはなかった。


 今、推力に全魔力を向けているため、機内の魔力防壁が消失している。全力飛行の衝撃が乗員ばかどもを直撃した。悲鳴を上げる役立たずたちを私は強い調子で叱りつけた。


「(何をやっている!? まともに席に着くこともできないのかこの・・・!!)」





 

 しかしその直後に私の分隊機を襲った強い衝撃波によって、私はその言葉を最後まで言い終えることができなかった。魂を凍らせるほどの冷気を感じたと思った次の瞬間、私の体は白く輝く氷塊へと変化していた。


 私が最期に目にした光景は凍り付いた私の機内で、氷の粒に変化した乗員たちがポロポロと崩れ去っていく姿だった。
















 最初にその衝撃波に反応したのは、ずっと白龍をモニターし続けていたホノカさんだった。


「異界門周辺に特殊な音波波形!・・・解析しました! カナメくん!!」


 僕はホノカさんが解析してくれたデータを反転させ、機体の周囲に対消滅防壁を展開した。同時に周囲の空間を揺るがすような轟音が響き渡る。機体の防壁が衝撃波に反応し、激しく魔力光を発した。


 機体周囲の水蒸気が一気に凍り付き、煌めくダイヤモンドダストへと変わった。空気の鳴動による衝撃が、機体を激しく揺さぶった。


「ぐっ!! こいつは《龍の咆哮ドラゴンロア》か!!」


 エイスケが目の前の端末にしがみついたまま、呻きとも叫びともつかない声を上げた。






 一部の高位魔獣は周囲の魔素に働きかけ、自分に都合の良いように物理環境を書き換えるという特殊能力を持つ。強い精霊力をもつ元素エレメント系の巨人や高位の死霊・邪霊などがそうだ。


 超位魔獣である竜や龍が持つ《龍の咆哮》もその一つ。咆哮が生み出す特殊な音波波形によって、周囲の物理環境を自分好みに書き換えるのだ。龍による呪文詠唱と言ってもいいかもしれない。


 もちろん書き換えられる環境には、僕たち人間や周囲の生き物はおろか、魔導機など魔素を持つすべてのものが含まれる。《咆哮》に抵抗レジスト出来なければ、一瞬で別の物質へと置き換えられてしまう。






 僕は間一髪のところで『白鷹』の周囲に対消滅防壁を展開することで、皆を守った。これは《咆哮》の音波波形を反転させることによって、その影響を打ち消すものだ。


 もし間に合わなければ、咆哮の直撃を受けて機体や乗員ごと氷の粒に変えられていたかもしれない。特に魔力適性の全くないホノカさんは、抵抗する間もなく氷塊に変えられていたはずだ。


 ギリギリのタイミングで防壁を展開できたのは、ホノカさんのモニターのおかげだ。彼女は魔力乱流や氷塊による衝撃の中でも、白龍の周囲を解析し続けてくれていた。






「マリ!!」


 突然上がったその叫びを聞いて、僕たちは一斉に戦闘員待機席へ目を向けた。そこではぐったりとしたマリさんを腕に抱きかかえたテイジが、必死に彼女へ呼びかけていた。


「小桜、お前は動くな! 俺たちは仕事を続けるぞ!!」


 立ち上がろうとしたホノカさんを、エイスケが強い調子で怒鳴った。ホノカさんは泣きそうな顔で頷き、ぐっと唇を噛み締めたままモニター席に座りなおした。






「(僕が生命反応バイタルをチェックするよ。テイジ、マリさんの強化外装を外して。)」


 僕の言葉を受けて冷静さを取り戻したのか、テイジがマリさんの強化外装のフェイスガードを引きはがした。マリさんの両耳からは血が流れでていた。


 音に敏感な猫人族の血を引くマリさんは、さっきの《咆哮》で耳にダメージを負ってしまったのだろう。《咆哮》の特殊効果は防壁によって防ぐことができたけれど、音の衝撃を完全に打ち消すことはできなかったからだ。


 僕はすぐに機内の走査機能を使って彼女の状態を確かめた。耳への外傷がある他は特に異常はない。気を失っているだけみたいだ。僕がそう言うと、皆は少し安心したように息を吐いた。ホノカさんは目の端に溜まった涙を、両拳の甲でぐりぐりと拭っていた。






 程なく目を覚ましたマリさんは、心配そうに顔を覗き込むテイジの目を見て軽く頷いた。彼女はテイジの手を借りて立ち上がろうとした。けれどすぐによろけてその場に蹲ってしまった。


「うー、世界が回るー。てか、音が聞こえにくいー。」


 座り込んで頭を抱えるマリさんに、エイスケが機体制御席から怒鳴るような大声で話しかけた。


「鼓膜が傷ついてるんだろう! 他に異常はないか、阿久猫!?」


 マリさんは頭を軽く振りながらエイスケに笑いかけた。


「そんなに怒鳴らなくても一応聞こえるよ、ありがとマルちゃん。それにしても、あいつ、いったい何なのさ!」


 もう一度テイジの手を借りて立ち上がったマリさんが、降下デッキの小窓を睨みながら言った。エイスケがマリさんの言葉を受けて、僕とホノカさんに尋ねる。


「かなり距離があったはずなのにこの《咆哮》の威力、ただの魔獣じゃねぇな。激甚級か。新道、小桜、周りはどうなってる?」






 魔獣はその危険度によって等級付けがされている。危険度の低いものから順に低級、中級、上級、超級と分けられているけれど、激甚級はさらにその上で「複数の城砦に大きな被害をもたらす恐れがある」とされる魔獣に付けられる。


 高天原防衛学校のある九州地方では、桜島の巨大溶岩竜ラーヴァドラゴンや阿蘇の火焔魔神バルログたち、有明海の巨大ザリガニの群れが激甚級に指定されていて、各地の防衛基地が24時間体制で警戒に当たっている。


 確かにこの白龍はとんでもない魔力を持っているから、激甚級以上なのは間違いない。完全に限界する前に一刻でも早く、防衛基地が総力を挙げて撃退しなくてはいけない相手だ。






 エイスケの問いかけに対して、僕は機体の周りを目視で確認した。


 僕よりも先を飛行していた僚機の姿はすでにない。彼らの機体はすべて、さっきの《龍の咆哮》によっては煌めく氷の粒に変えられ、明星のように光を放ちながら地上へと落ちていったからだ。でも僕がそれを告げる前に、ホノカさんが涙をこらえるような声で、状況を報告してくれた。


「り、僚機の反応、全機途絶ロスト。小隊長機は本機右下方に確認できますが、通信できません。白龍は少しずつこの空間に現界しつつあります。白龍から次の攻撃の予兆はありません。」


 彼女の声はひどく震えていた。彼女は同級生が消えるところを直接は見ていない。だけど僚機のデータが消失したことで、彼らの死を知ったのだろう。


 僕は今まで同級生とほとんど交流がなかった。でも最近はあいさつをしたり軽く声掛けをしたりしてくれる人も増えてきていた。人見知りの僕はろくに彼らに対して挨拶を返すこともできなかったけれど、それでも少しずつは笑顔を交わせるようになっていたのだ。


 そんな彼らの顔を思い出すと、胸がつまり左目の奥がぎゅっと熱くなった。でも今は泣いている場合じゃない。僕の使命は222小隊の皆を生き残らせ、この異界門ゲートと白龍の出現を大宰府防衛基地に知らせることだ。


 僕は機体を簡単に走査した後、皆に機内通信で話しかけた。






「(『白鷹』に異常はないよ。でも龍の魔力領域内じゃうまく通信できないみたいだ。小隊長機に接近して指示を仰ぐ。)」


 僕がそう言うと、途端にマリさんが不満の声を上げた。


「えー!! あいつ、やっつけないの!?」


「無茶言うな、阿久猫。単機でどうにかなる相手じゃねえ。大宰府と阿蘇から来る本隊に任せよう。あれだけのでかさだ。完全に現界するまでには、本隊が到着するだろう。」


 僕もエイスケと同じ考えだった。僕らに今できることはない。開いた異界門の大きさもそうだが、あの龍の大きさは異常だ。


 ただあれだけ大きいと、こちらの空間に現界するまでにはまだかなりの時間がかかるはず。完全に現界する前ならば、いくら強力な魔獣であってもその力を十分に振るうことはできない。強力な武装を持つ皇国防衛隊本隊が到着すれば必ず撃退できるだろう。


 ここは高度6500m。たとえ龍が《咆哮ロア》や《吐息ブレス》を使ったとしても、地上に被害が及ぶことはない。今、僕たちが最優先にすることは、一刻も早く龍が作った領域から離脱し、笹崎教官機に合流することだ。


 マリさんもそれが分かったからか、それ以上何も言わなかった。ただテイジとともに鋭い目つきでモニターを睨みつけていた。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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