20 悪意 後編
本日前後編2話投稿しています。こちらは後編です。
「機体下部周辺空間に歪み! 魔獣です!!」
222分隊全員がその声に反応し、すぐに行動を開始する。僕が目視で周囲を警戒し始めると同時に、笹崎教官から全分隊へ通信が入った。
「(魔獣だ。下からくるぞ。全機垂直上昇!)」
ホノカさんが一瞬早く知らせてくれたおかげで、笹崎教官の小隊長機に続いて上昇することができた。222分隊の皆も座席にしっかり着いてくれていたおかげで、急激な上昇でも混乱はなかった。
だがほとんどの分隊は対応が遅れてしまったようだ。魔獣が出現する空間の真ん中に取り残されてしまった機体や、上昇できたものの軌道が定まらず隊列を乱した機体が多かった。多分急激な戦闘機動に、乗員がついてこられず混乱しているのだろう。
「(『白鷹』内外に魔力防壁を展開。ホノカさん、敵影は?)」
「21です。解析パターンは・・・煙魚ですね。」
ホノカさんのホッとしたような呟きで、皆の緊張が解けたのがはっきり分かった。
煙魚はこの辺りによく生息する白い靄でできた体を持つ半透明の魔獣だ。体長は小さい個体でも5mにも達する巨大な魔獣で、空を泳ぐように移動するところから煙魚と呼ばれている。ほとんど実体がなく無害な魔獣だ。
煙魚は霞で出来た体をしていて実体がないため、長い間ずっと幽体の一種だと思われていた。しかしある研究者によって彼らが魔石を持っていることが確認され、魔獣と認定された。
その研究者は捕まえた煙魚を特殊なケースに入れて圧縮し、ほとんど目に見えないほど微量の魔石を取り出すことに成功したそうだ。そのニュースを聞いたとき、僕は正直「物好きな人もいるものだ」としか思わなかった。けれど、魔法生物学的にはかなりの大発見だったらしい。
煙魚の好物は大気中に漂う魔素溜まり。彼らはそれを体内に吸収することで生きているのだ。だから魔導機からわずかに流れ出る魔素を目当てに出現することがよくある。僕も何度か遭遇したことがあるけど、一度も実害を受けたことはない。彼らは基本、自分から襲い掛かってくることはないからだ。
ちなみに生身で煙魚に触れてしまうと、僅かに魔力を吸い取られる。でも命に別条があるほどではない。小さい子供なら稀に軽いめまいや吐き気を催すことがあるくらいだ。
ましてや魔導機は防壁を展開できる。臆病な煙魚たちが自分から防壁に近づいてくることはほとんどないから、乗員への被害は起こりえない。
ただ防壁を展開する前に、煙魚ごと周囲の魔素を吸い込んでしまうと、微小な魔石が魔晶石に取り付いて魔導エンジンの出力がやや落ちてしまう。防壁の展開が遅れた機体の整備担当者は、今頃頭を抱えているかもしれない。
「なあんだ。あのふわふわした魚かー。つまんないのー。」
マリさんは露骨にがっかりした顔をして、戦闘員待機席にぐったりと体を寄り掛からせた。手にしていた強化外装も床の上に放り出している。僕は苦笑交じりに彼女を慰めた。
「(煙魚でよかったよ。危険な魔獣だったら、かなり被害が出てたかもしれないし。)」
でも僕のそんな呑気な言葉を、エイスケは鋭い声で否定した。
「いや、新道。いくら何でもこの数はおかしい。煙魚がこんなに一度に出るなんて・・・。」
エイスケの言葉を補強するかのように、笹崎教官から通信が入った。
「(全機、至急隊列を整え、警戒態勢をとれ! 油断するな! 煙魚の動きに注意するんだ!)」
その言葉が合図になったかのように、出現した煙魚は一斉に群れを成し、高速で移動を開始した。
「すべての煙魚が急速接近! 本機に集まってきます!」
僕が気付くよりもずっと早く、ホノカさんが煙魚の異常な動きを知らせてくれた。
まだ僚機は遥か下方にいる。小隊長機も先行しているため、周辺に機体はいない。煙魚たちは周囲の機体には目もくれず、全力で僕たちの『白鷹』に突っ込んできた。
煙魚が防壁に激突した瞬間、機体にわずかに振動が走った。すぐに霧散する煙魚。周囲を取り囲んだ煙魚たちは、散々になった仲間の体を吸収していく。次々と煙魚の突撃は続き、そのたびに衝撃が少しずつ大きくなっていった。煙魚たちは次第にその大きさを増しているようだ。
もしかして防壁から出る魔素を吸収しているのか?
このままではまずいと直感的に思った。僕はすぐに回避行動をとろうとしたけれど、すでに周辺を煙魚たちに取り囲まれているために思うようにいかなかった。
「くそっ、煙魚の突撃なんて聞いたことねえぞ!新道、迎撃しろ!」
エイスケの言葉を受け、僕はすぐに笹崎教官機に通信を開いた。
「(こちら222分隊! 煙魚の突撃を受けています! 迎撃許可願います!)」
「(こちら小隊リーダー、発砲を許可する。)」
離散集合を繰り返し、今や30mほどの大きさとなった煙魚たちに向けて、ホノカさんが魔力機銃の照準を合わせてくれた。
僕は『白鷹』の前面に魔方陣を展開し、そこから周囲の煙魚に向けて白い魔力の矢を放った。それに合わせて急速転回してきた笹崎教官の小隊長機からも魔力の矢が放たれた。
幾筋もの光が一体の煙魚の体を同時に捉える。光の矢は煙魚の体を離散させたが、矢は体を貫通しなかった。
それどころか鏡に乱反射させたかのように軌道を変え、あらぬ方向へと飛び去っていった。僕の放った光弾の一部が下方にいる僚機を直撃する。光の矢と僚機の防壁が反応して激しい魔力光が発生した。直撃を受けた僚機はぐらりと大きく機体を傾けた。
機体と感覚を同調させているため、あの僚機の操縦者はかなり痛い思いをしたに違いない。でも直接通信して、謝罪しているゆとりはない。僕は心の中で僚機の操縦者にごめんと謝った。
「(撃ち方止め! 同士討ちになるぞ!)」
笹崎教官からすぐに迎撃中止の指示が出された。僕は魔力機銃での迎撃を諦め、魔力の防壁を厚くした。
煙魚たちは再び空中で集まると、それまでより一層大きな個体となって僕に突撃してきた。煙魚の数はすでに5体にまで減っている。けれど一体の大きさはすでに『白鷹』よりもはるかに大きい。体にガツンとした衝撃が走り、痛みで目の前が一瞬霞む。
だが防壁を厚くしたおかげで、中にいるホノカさんたちには衝撃が伝わらなかったようだ。僕はホッと胸を撫でおろした。
「(全機、急速離脱! 大宰府上空まで一気に駆け抜けろ!)」
笹崎教官の指示で僚機が一斉に隊列を整え、戦闘空域を離脱しはじめた。僕も『白鷹』を操って離脱しようとするが、周りを取り囲むようにぴったりとまとわりついた煙魚たちをどうしても引き離すことができない。恐ろしい速度で『白鷹』と並走している。
周辺に僚機がいなくなったため、僕の後ろに回り込んだ笹崎教官機が煙魚たちに魔力機銃による攻撃を仕掛ける。そのおかげで一時的に煙魚が雲散し、僕はやっと囲みを抜け出すことができた。
しかし、煙魚が跳ね返した光弾が一部、僕の機体を直撃した。防壁が激しい魔力光を放ち、重い拳で殴られたような痛みが僕の脇腹を襲う。目が眩みそうな痛みをぐっと噛み殺し、僕は魔力防壁を厚くした。
バラバラになっていた煙魚はすぐに寄り集まり、より巨大な個体となって離脱しようとする僕を追いかけてきた。
煙魚の体をつくる白い霞は、明らかにその濃さを増している。すでにグロテスクな深海魚のような長い体が目視でもはっきりと見えるほどだ。それに伴って周囲の魔素の濃度がどんどん濃密になっていく。
この魔素濃度は危険すぎる。このままでは・・・。
「くそっ、あいつら光弾や防壁の魔素も吸収してるのか!?」
エイスケが珍しく焦った声で叫ぶ。彼もこの危険な状況に気づいているようだ。マリさんとテイジはすでに強化外装を身につけ始めていた。ホノカさんは一心不乱に魔導レーダーとモニターを見つめていた。
何かがおかしい。その場にいる誰もがそう思ったとき、ホノカさんが悲鳴のような叫び声を上げた。
「周辺の魔素濃度が急速に高まっています! 空間に巨大な歪み! 異界門です!!」
彼女の叫びが終わらないうちに僕の右上空の空がぐにゃりと歪み、そこにぽっかりと巨大な黒い穴が出現した。虚数空間を介して異世界へとつながる扉、異界門が出現したのだ。しかしこんなに巨大な異界門を見たのはこれが初めてだった。
黒い穴の直径は50mを優に超えている。異界門から数百メートル以上離れているにもかかわらず、肌がびりびりと震えるような痛みを感じた。凄まじい魔力を持った何者かが現れようとしている前兆だ。
「ちくしょう!! 煙魚たちが引き寄せちまったのか!?」
エイスケが叫ぶと同時に黒い穴を中心とした強い空気の流れが発生した。流れに巻き込まれた煙魚たちはバラバラに引き裂かれて空中に飛び散り、黒い穴へと吸い込まれていった。
魔力乱流。膨大な量の魔素が周辺の空気を巻き込んでゲートに流れ込んでいるのだ。僕たちの『白鷹』も強い力で穴に吸い寄せられていく。僕は光の翼に力を込め、異界門から少しでも遠ざかろうと全力を振り絞った。
「(高天・・第・・2訓練・・隊より、阿蘇防・・基地へ! 山・・城砦上空に巨・・なゲー・・出現! 至急・・・援を請う! 繰・・・返す!)」
周囲の魔素が乱れている影響だろう、笹崎教官の通信はひどく途切れ途切れだった。黒い穴に飲み込まれる魔素の巨大な渦が僕の機体を激しくきりもみさせ、一向に前に進めない。
現在、推力にすべての魔力をまわしているため、機内の魔力障壁が消失している。
そのせいで乱流による激しい衝撃が乗員を直撃した。エイスケとホノカさんは座席から投げ出されないように安全帯で体を固定し、目の前の端末にしっかりとしがみついている。マリさんとテイジは激しい揺れの中でもバランスを取りながら強化外装に戦闘用の装備を装着しようとしていた。
僕はじりじりと黒い穴に吸い寄せられていた。機体が穴に近づくにつれ、僕の体から魔力がどんどん失われていく。魔力乱流によって機体内の魔力の還流が乱れ、外に漏れだしているのだ。
『白鷹』の光の翼が激しく明滅し、輪郭がぼやけ始める。このままでは異界門に落ちてしまう。その先は虚ろな次元の歪み。どこの世界でもない虚数空間だ。落ちたら二度とこの世界には戻ってこられない。
僕は乗員だけでも何とか緊急脱出させられないかと機体を走査した。でもなぜか魔術回路の一部がロックされていて、脱出機構を起動できなかった。おまけに姿勢制御回路にも一部欠損がある。
あの煙魚の突撃のせいかもしれない。まさに最悪の事態だ。
手動で脱出機構を操作してくれるようマリさんに頼もうとしたところで、不意に機体を吸い寄せる力が消えた。
『白鷹』の光の翼が力と輝きを取り戻し、僕は一気に加速して異界門から遠ざかった。
「(助かった・・・!)」
僕はすぐに皆の様子を確認した。ひどく機体が揺れたせいか少し青ざめた顔をしているけれど、みんな無事みたいだ。ホッとして笹崎教官機を探そうと周囲に目を向けた次の瞬間、周辺空間をモニターし続けていたホノカさんが鋭い叫び声を上げた。
「!! 異界門より魔力震! 衝撃来ます!」
魔力震は強い魔力の動きによって生じる衝撃波だ。異界門からかなり距離があったにもかかわらず、僕は後ろから何かに追突されたみたいな強い衝撃を受けた。
内臓を直接揺らされたような感じがして、強いめまいとともに一瞬意識が遠くなる。機体を包む魔力障壁と光の翼が一瞬消失し、ホノカさんの悲鳴が上がった。ハッとした僕は緊急停止した魔導エンジンを再び起動し、すぐに機体を安定させた。
それと時を同じくして、異界門から『白鷹』の数倍はあろうかと思われる巨大な氷塊が無数に飛び出してきた。咄嗟に回避行動をとることで直撃は免れた。しかし避けきれなかった氷塊が機体の魔力防壁と反応して、目のくらむような魔力光を発した。
危なかった。あと少し遅れていたら、あの氷塊で機体がバラバラになっていたところだ。まさに間一髪。
「(一体、何が・・・!?)」
僕は周囲を目視で警戒しつつ、ホノカさんに声をかけた。でも彼女が返事をするよりも早く、降下デッキの小窓を覗いていたマリさんが、ゲートの方を指さしながら声を上げた。
「見て、カナメっち!!」
異界門を振り返った僕の目に飛び込んできたもの。それは氷嵐を巻き起こしながらこの世界に出現しようとしている、巨大な白龍の頭だった。
読んでくださった方、ありがとうございます。早く続きが書きたいです。




