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17 夏祭り 後編

少し長くなりました。

 僕とホノカさんは手を繋いだまま夜店の並ぶ大通りを通り抜け、北門区の中央付近にある人気のない公園に辿り着いた。


 この辺りは大通りからも北門からも離れているので周りには人影がほとんどない。わずかにいるのはすべてカップルばかりだ。落ち着いて休めるところを探しているうちに、とんでもないところへ入り込んでしまった。


 これ、かなりまずいんじゃないかな。変なことするつもりだと思われていたらどうしよう?


 僕はドキドキしながら、隣を歩くホノカさんの方をちらりと見た。けど、ホノカさんはさっきからずっと俯いている。降ろした髪で隠れているため、彼女の表情はまったく見えなかった。僕の左手の中にある彼女の右手が燃えるように熱い。その細い指は心なしか震えているような気がした。


 何か言って安心させてあげたいけれど、何を言っていいか全然思いつかない。我ながら自分のコミュ障ぶりに絶望してしまう。


 今はとにかく休めるところを探すこと。まずはそれからだ。そう思って僕は彼女の手を引く左手にぐっと力を込めた。






『おいおい、下心丸出しじゃねーか思春期野郎。』


 心の中にエイスケの声が響く。そんなつもりはない!・・・と脳内で抗弁してみたけれど、僕は自分の心に全く確信が持てなかった。


 自分の気持ちがぐちゃぐちゃだ。さっきからずっと「なんでこんなことになったのか」と自問を続けるループに陥っている。そのくせ彼女と離れるのは嫌だった。自分でも自分の気持ちがまったく分からない。


 僕は空いているベンチを探して必死に辺りを見回した。そのせいでうっかり、顔を寄せ合っているカップルを目の当たりにしてしまいかなり気まずい思いをした。俯いたままの彼女の手を引いて慌てて引き返す。


 あまり公園奥の暗がりに行くのはやめておいた方がいい。僕は明るい場所を目指して、思うように動かない右足を必死に動かした。






「ホ、ホノカさん! あ、あのあたりに座ろうか?」


 僕は公衆トイレの側にあるベンチを指さした。常夜魔力灯の設置されているこのベンチには誰も座っていない。明かりのせいで周囲から丸見えなので、二人きりになりたいカップルには都合が悪いからだろう。


 でも今の僕たちには最適な場所だ。ここなら少ないとはいえ人通りもある。明かりがあればホノカさんも安心だろうし、妙な心配をさせずに済む。完璧だ。


 僕の言葉に彼女は黙って頷いた。僕の手を握る彼女の指に力が入ったことで、彼女の緊張が痛いほど伝わってくる。僕は耳の奥で自分の心臓が激しく血液を押し出す音を聞きながら、ホノカさんの手を引いてベンチに座った。






 ベンチに座った僕たちはそれまで固く繋いでいた手を、どちらからともなく離した。今、僕たちは拳一つ分くらいの距離を挟んで並んでいる。


 座ってからもホノカさんは、手にしたたこ焼きの包みを開こうともせずにじっとしていた。遠くから花火の音と歓声が聞こえてくる。虫の声が微かにするほかは、何の音もしない。


 何か言った方がいいのかな。でもなんて言えばいいんだろう?


 沈黙に耐えかねて僕が口を開こうとしたとき、ふいにホノカさんが僕の方を向いた。彼女は酷く思いつめた表情をして、僕のことを一心に見つめている。


 彼女の赤く染まった頬と潤んだ瞳を見て、僕はこのまま心臓が止まってしまうんじゃないかって真剣に思った。彼女は座ったまま、僕にグッと顔を寄せてきた。


「新道くん、私ね・・・。」


 彼女は何か言いかけて、くっと唇を噛んだ。僕は桜色をした可愛い唇から目が離せなくなった。彼女の浴衣の胸元から覗く白い首元。滑らかで繊細な鎖骨。彼女の髪からは、頭がくらくらするようなとても甘い香りがした。






 彼女は何か言いかけて逡巡している。僕はそんな彼女を見ながら、ぐるぐる回る頭を必死に動かして彼女が何を言おうとしているかを考えた。


 取り留めない言葉が浮かんでは消えていく中、僕の脳裏にある一つの考えが閃いた。


 これは、もしかしてだけど、ひょっとして、愛の告白とか、されちゃうんじゃ!?


 そんなバカなことがあるわけないと否定してみたものの、一度閃いたその思いは僕の思考からなかなか離れてくれなかった。






 彼女は僕のことが好きなのかな?


 いやいやまさか。僕が女の子に好かれる要素なんて何一つない。


 でもこの雰囲気と彼女の表情からして、告白以外の言葉が考えられるだろうか?


 もし「好き」って言われたらなんて返事すればいいんだろう。


 「僕も好きです」って言えばいいのか。でも僕の「好き」は彼女の「好き」と同じ気持ちなんだろうか。


 彼女のことはすごく大切に思ってる。でもそれは仲間としての気持ちじゃないのか。


 僕は一人の女の子として、ホノカさんのことをどう思っているんだろう?






 僕は混乱した頭で一生懸命答えを探した。でもその答えが見つかる前に、彼女は意を決したように一つ小さく息を吸い込んだ。


 彼女が唇を軽く噛む。それはまるで溢れ出ようとする言葉を無理矢理堰き止めているみたいに見えた。僕は何も考えられないまま、ただごくりと唾を飲み込んで彼女の言葉を待った。


「わたし、私ね、新道くんにずっと・・・。」


 彼女はそこまで言って、また唇を噛んだ。僕は「うん」と曖昧に頷いて彼女の唇を見つめた。彼女は意を決したように潤んだ瞳を上げ、僕の目をまっすぐに見上げた。






「私ずっと、ちゃんとお礼を言わなきゃって、思ってたの。」


「・・・えっ!?」


 彼女の言葉を聞いて、自分でも信じられないくらい間抜けな声が出た。そのお陰で頭に上った血が一気に下がり、身体の力が抜けた。


 彼女の伝えたかったのは僕への愛じゃなくて、感謝の気持ちだったんだ。そりゃそうだよ。こんな僕のことを好きになってくれる女の子がいるわけないんだから。そんな風に自嘲したことで、急にそれまでの自分の馬鹿さ加減が一気に押し寄せてきて、本当に恥ずかしくてたまらなくなった。


 あああ、今すぐに布団をかぶってゴロゴロと転げまわりたい!! でも先走って変なこと言わなくて本当によかったー!!


 僕は必死に冷静を装い、彼女に悟られないように心の中でこっそりと身悶えした。そんな僕の思いを知ってか知らずか、彼女は目に涙をいっぱい貯めて言葉を続けた。






「新道くん、私のために随分無茶したんでしょう? マリちゃんや丸山さんから聞いたの。」


 僕は彼女を救うため寄生魔獣を暴走させ、危うく魔獣に体を乗っ取られそうになった。僕がその治療をしている間、彼女もまた自分の過去と必死に戦っていた。


 だから僕はそのことを彼女には伝えず内緒にしていた。十分苦しんだ彼女に、これ以上負担をかけたくなかったからだ。


 でも彼女はマリさんやエイスケからその時の様子を聞き出したそうだ。そのことを話し終えた彼女はくしゃりと顔を歪めた。


「私、みんなを裏切ろうとしたのに・・・!」


 震える声でそう言ったホノカさんの目から真珠のような涙が一粒こぼれた。僕はごく自然に左手の指でその涙にそっと触れていた。僕は彼女の目を見ながら、はっきりと頭を横に振った。






「ホノカさんは僕らを裏切ってなんかないよ。それどころか僕らのためにあいつらを戦おうとしてたじゃない。だからもういいんだ。ホノカさんは僕らの大事な仲間なんだから。」


 僕がそう言うと、彼女はハッとした顔で僕の方を見た。


「仲間・・・そう、だよね・・・ありがとう、新道くん。」


 ホノカさんは呟くようにそう言うと、泣き笑いの表情で微笑んだ。そのときの彼女の声が、なぜか僕にはとても寂しそうに聞こえた。


 そのせいだったのだろうか。僕は無性に彼女を守りたいという衝動にかられた。同時に僕の体の奥がかあっと熱くなった。


 生まれて初めて感じるその強い思いは、それまで以上に僕を混乱させた。






 言葉を無くした僕をまっすぐに見ながら、彼女は自分の頬に触れている僕の左手にそっと自分の右手を重ねた。


「新道くんて、結構手が大きいんだね。」


 そう言われて初めて、僕は彼女の顔にずっと触れたままだったことに気が付いた。


「ご、ごめんなさい!!」


 僕は慌てて謝り、すぐに左手を引っ込めた。すると彼女は悪戯っぽい目をして僕に問いかけてきた。






「ねえ新道くん、もしマリちゃんが泣いたときにもこうやって頬を撫でたりする?」


 その表情を見た途端、僕は心の中から熱い何かがどっと溢れ出すのを感じた。僕はあわあわと手を上下させながら、言い訳しようと口を開いた。


「それは・・・もがっ!?」


 でもその言い訳は彼女によって中断させられてしまった。大きく開けた僕の口に彼女がたこ焼きを一つ、放り込んだからだ。僕は目を白黒させながら、たこ焼きを飲み下した。驚いた僕を見て、彼女は可笑しそうにくすくすと笑った。






「それは女の子のほっぺを勝手に触った仕返しです・・・はい、もう一つどうぞ。」


 彼女はそう言って笑うと、また一つ僕にたこ焼きを差し出した。彼女はすごく楽しそうだ。僕は楊枝の先にあるたこ焼きをぱくりと食べた。


「・・・美味しい。」


 もぐもぐごくんと飲み込んだ後、僕は言った。でもこれは嘘だ。本当は味なんか全然分からなかった。彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「よかった。じゃあ、私も食べてみるね。」


 彼女は手に持った楊枝でたこ焼きを一つ突き刺し、一口で頬張った。そしてそのままもう一つ、僕に差し出した。


 僕が一つ食べると彼女も一つ食べる。僕は馬鹿みたいに次々と、彼女の差し出すたこ焼きを食べ続けた。彼女は僕の食べる様子を瞳をキラキラさせながら見つめていた。 






「ふふふ。あ、ソースついてるよ。」


 たこ焼きが無くなった後、彼女はそう言って僕の口の端を指先で拭い、その指先をペロリと可愛い舌で舐め取った。


「「あっ・・!」」


 その瞬間、僕らは同時に声を出した。途端に彼女が真っ赤になって俯く。僕はぐっと彼女の方へ体を寄せた。


 僕の左手が彼女の肩に触れる。彼女は電流に撃たれたみたいにビクッと体を震わせ、潤んだ瞳で僕を見上げた。僕はそれをどこか現実離れした、不思議な光景を見るような気持ちで見つめていた。


 僕はカラカラに乾いた声で、囁くように彼女の名前を呼んだ。






「ホノカさん・・・。」


「新道くん、私、わたし・・・!!」


 上気した頬にかかる柔らかい彼女の髪。透き通った泉のような美しい瞳。彼女のすべてが僕の心を激しく揺さぶった。僕は彼女の頬に再び、でも今度は明確な意思を持って自分の左手を触れさせた。


 衝動のままに彼女の頭をそっと自分の方へ引き寄せる。僕の体の中にまるでもう一つの荒々しい僕がいるみたいな感じがした。


 彼女はそっと目をつぶった。目の端からきれいな涙が一粒、白くすべすべした頬にゆっくり流れ落ちていく。


 彼女にもっと触れていたい。その思いだけで僕は、彼女の顔にゆっくりと自分の顔を近づけていった。











「見せつけてくれるじゃねえか、若いってのはいいねえ!」


 公園の入り口の方から一際大きな声が響き、僕とホノカさんはハッと我に返って身体を離した。彼女は手に持っていたたこ焼きの容器を。がさがさと音を立てながら袋に戻した。


 何やってんだ!! 一体、何やってんだ!!!


 僕は心の中で自分を激しく叱りつけた。でもそれが彼女に触れようとしていたことに対してなのか、それとも彼女に触れるのをやめてしまったことに対してなのかは、自分でも判断が付かなかった。






 程なく僕らの前に数人の男性グループがやってきた。あまり風体がいいとは言えない人間の成人男性たちだ。彼らの吐息からは強いアルコールの匂いがしていた。彼らは僕たちの座っているベンチを取り囲むようにして立った。


「はは、ガキが盛りやがって全く!! 俺たちは女っ気が全然ねえのによー!!」


 男の一人がそう言いながらホノカさんの顔を覗き込んだ。彼女は怯えた表情をして僕に体を寄せてきた。その様子を見てその男は面白がるように言った。


「おうおう可愛い彼女さんじゃねえの? うわ!! お前、気持ち悪りぃつらしてんな!!」


 男は僕の顔を覗き込んでそう言った。その声で他の男たちも僕の方を見る。男たちは「こんな化け物みたいなのと付き合うなんて、まったく気が知れねー!」と大笑いしはじめた。


 それを聞いた彼女は男たちに何かを言いかけた。でも僕は彼女を左手で制し、そのまま彼女の手を取って立ち上がった。






「行こう、ホノカさん。」


 僕たちが立ち上がると、男たちがその前に立ちふさがった。


「おい待てよお前。ガン無視って、俺たちのこと舐めてんのか、ああ!?」


「女の前だからって粋がってんじゃねーよ、この化け物野郎が!!」


 男の一人が僕の上着の上から右手を掴んだ。だが直後、驚いたようにその手を放す。






「固っ! お前のその手、義手か?」


「ひゃー、顔だけじゃなくて、体も化け物かよ!! ひょっとして下のアレも、機械なんじゃねーの? ああ、そうか! それでこの化け物と付き合ってんのか!」


「こんな化け物なんかに頼らなくても、俺たちならうんと気持ちよくしてやるぜ? そんな奴から離れてこっちにこいよ!」


 男たちは卑猥な冗談を言い合ってさらに笑った。ホノカさんはそれが分からなかったようで、怪訝な表情で僕と男たちを見た。


 彼女を侮辱した男たちに僕は激しい怒りを覚えた。でも今、彼らと争いになっても僕はホノカさんを守れない。


 男たちは今にも彼女に手をかけそうなほど近づいてきている。なにがあっても彼女だけは逃がさないと。


 僕は悔しい気持ちをぐっと噛み殺し、彼らの言葉をあえて無視した。何にもできない自分が本当に情けなかった。






 僕はホノカさんの手を引いて、男たちの間を通り抜けようとした。だが男たちの一人が僕の左肩に手をかけてそれを押しとどめる。


「・・・放してください。」


 僕は肩を掴んでいる男の目を睨みつけた。さっきから僕の中の魔力が荒れ狂い、それに伴って右半身の寄生魔獣が暴れまわっている。体の内側を焼き尽くすような激痛が僕を襲った。


 男は僕の目を見て気圧されたように一瞬手を離した。だがすぐに逆上して僕の胸倉をつかみ上げた。僕はその隙ついて左手を大きく振るい、ホノカさんを男たちの囲いから押し出した。






「ホノカさん、行って!!」


 ホノカさんは僕が言い終わる前に駆け出していた。履いていた下駄を脱ぎ捨て、浴衣の裾を翻して裸足で走っていく。


「ははっ、逃がすかよ!!」


 男たちの一人がホノカさんを追いかけようとした。僕は胸倉を掴まれたまま、魔力を満たした右腕の義手を思い切り振り回した。重い金属の拳がホノカさんを追おうとしていた男の鳩尾にヒットする。男は「ぐええ」と呻いてその場に蹲った。


「この化け物が!! ふざけやがって!!」


 僕の胸倉を掴んでいた男が僕を激しく突き飛ばした。僕は男たちの足元に仰向けに倒れされた。起き上がろうとした僕の右脇腹に、強烈な蹴りが叩き込まれる。彼らは仲間をやられたことで完全に逆上していた。


 よかった。僕の思惑通りだ。こいつらは僕を痛めつけるのに夢中になっている。これでホノカさんが追われることはなくなった。


 僕は反射的に体を丸め、急所である体の前面を守った。頭や背中、腕、脚など全身に容赦ない蹴りが放たれる。鳩尾に一撃を食らわせた男も痛みから回復し、僕への暴行に加わった。






「ちっ、酔いがさめちまった。おい化け物!! これに懲りたらあんま調子にのんじゃねーぞ!!」


 散々僕を蹴り続けた後、男たちは捨て台詞とともに公園の奥へと立ち去っていった。辺りが静かになったのを確認して、僕は引きずるようにして体を起こした。


「痛っつ!!あいてて・・・!」


 マヒしている右足と義手の右手以外、全身が痛い。左目の瞼も腫れているみたいで視界が狭くなっていた。鼻の辺りは鼻血でぬるぬるするし、口の中には鉄の味がする。辛うじて急所は守れたけれど、結構ひどく痛めつけられてしまった。


 でもホノカさんは無事に逃げられたみたい。本当によかった。僕は何とか立ち上がり、彼女の落としていった下駄を拾って公園の入り口へ向かった。






「新道くん!!」


「カナメっち!!」


「ひでえケガじゃねーか!! 大丈夫か、新道!?」


「カナメちゃん!!」


 ちょうどそこに分隊の皆とマドカたちが現れた。みんなと一緒にホノカさんがいることを確認して、僕はホッと胸を撫でおろした。


 皆はすぐに僕に駆け寄ってきた。マリさんとテイジは僕の姿を見るなり、男たちを追って公園の奥に向かおうとした。僕はすぐに二人を止めた。






「待って!! 二人とも!!」


「なんで止めるのさ!!犯人を見つけてギッタギタにしてや・・・!」


「いいんだ!!」


 思いがけず大きな声が出て、皆が一瞬シンと黙り込んだ。気まずい空気を何とかしようと、僕は笑って皆を見回した。でも顔が腫れているから、あんまり上手くは笑えなかったのだけれど。


「ありがとう心配してくれて。でも本当にもういいんだよ。僕は大丈夫だから。」


「・・・あんまり大丈夫には見えないけどな。まあ、お前がそう言うならまあいいさ。」


 ため息交じりに言ったエイスケの言葉に思わず苦笑いしてしまう。その途端、顔の左側に鋭い痛みが走った。僕は痛みを噛み殺し、びっこを引きながらホノカさんへ向き直った。






「これ、拾ってきたんだ。」


 僕は彼女に下駄を差し出した。そう言って下を見ると、彼女の足は爪の一部が欠けあちこちから血が滲んでいた。着ている浴衣も着崩れて、いろいろまずいことになっている。きっと皆を探して走り回ったのだろう。


「ホノカさん、ごめんね。僕がもっとしっかりしてたら、こんな痛い思いさせなかったのに。」


 僕はホノカさんの足元にしゃがんで下駄を並べた。僕が立ち上がると同時に、彼女は僕の胸に飛び込んできた。そして僕の胸に縋りついたまま、声を上げて泣き始めた。


「バカ!! 新道くんのバカ!! どうしていつも人のことばっかり・・・! 私なんかのためにそんなにケガして・・・・!」


 ホノカさんが泣き始めたことで、それまでべそをかいていたマドカも僕の腰に縋りついて一緒に泣き出してしまった。そんな二人の姿を見て僕の心には、悔しいやら嬉しいやら情けないやらいろいろな感情が湧き上がった。


 僕は泣いている二人を何とか宥めようとした。でも結局うまく言えなかった。だからただ「ごめん」と謝った。そして二人が泣き止むまで、二人の背中を手で優しく叩き続けた。






 二人が落ち着いたところで、僕たちは再びさっきのベンチへ移動した。僕とホノカさんの傷を手当てするためだ。


 マドカの幼馴染、トモちゃんが覚えたての治療術を使って僕の体の痛みをとってくれた。白い光を帯びた彼女の手が体に触れると、その部分の傷みが嘘のように軽くなる。腫れも僅かに引いたみたいで、左目の視界が戻ってきた。


 僕が「すごいね」って言ったら、彼女は逆に申し訳なさそうに謝った。


「でもまだ傷は治せないんです。ごめんなさい。」


「そんなことない。とっても楽になったよ。ありがとうトモちゃん。」


 彼女は僕に穏やかに微笑み、今度はホノカさんの足の傷の処置を始めた。彼女の腰にあるポーチをちらりと見ると、中には絆創膏や消毒液など詰まっていた。さすがは城砦の癒しと護りを司る御社の子だと妙に感心してしまった。


 僕が隣に座っているホノカさんの治療の様子をじっと見ていたら、エイスケが僕たちに話しかけてきた。






「おまえらさぁ。祭りで盛り上がっちまったのは分かるけど、黙っていなくなるなよ。心配するだろうが。」


 彼はそう言って大げさにため息を吐いた。ホノカさんはたちまち真っ赤になって俯き「ごめんなさい」と皆に謝った。


「ごめん。僕がふたりでたこ焼き食べようって無理言って、ホノカさんを連れ出しちゃったんだ。」


 僕の言葉にエイスケは頭をボリボリと掻きながら答えた。


「・・・まあいいさ。俺もそっとしといてやろうって変に気を回しちまったからな。」


 するとマリさんがエイスケの肩をパチンとひっぱたいた。






「ほらー、やっぱりあたしが言ったとおりに、みんなでこっそりついていけばよかったじゃん!!」


「・・・お前、それ出歯亀っていうんだぜ?」


 エイスケのツッコミにマリさんがきょとんとした顔をする。


「ん? なんで亀が出てくんの?」って頭をひねってるマリさんを放っておいて、エイスケは僕に「立てるか?」って聞いた。


 僕はエイスケに促されるままに立ち上がった。治療中のホノカさんとトモちゃんをその場に残し、僕たちは少しベンチから離れたところに移動した。






「ところで新道、この公園ってよ、真ん中にでかいモニュメントがあるじゃん。あれって・・・。」


「うん、あれは慰霊碑だよ。」


 8年前の『高天原大嘯』。父さんが命を落とし僕が右半身を無くした大規模魔獣災害。ここはその慰霊公園なのだ。


「第三城砦は一番被害が酷くてほとんど焼き尽くされちゃったからね。それでここに作ることにしたらしいよ。」


 北門区は第3城砦の中でも比較的早く復興が終わった地域だ。そのためここに慰霊公園が建てられたと聞いている。慰霊碑には第3城砦だけでなく、高天原城砦群で犠牲になったすべての人の名前が刻まれているそうだ。






「なるほどな。だからこの第三城砦しろは新しい建物が多いのか。」


 エイスケの言葉に僕は小さく頷いた。


「うん。あの建物、ほとんどが元は災害支援住宅だったんだ。中央区のあたりは特に被害が酷くてね。まだ復興途中の地域もあるんだって。この公園も普段は献花に来る人とがいっぱいいるんだよ。」


 僕がそう言うと、エイスケは大げさに両手を広げて見せた。


「はー、でも祭りのときはカップルの憩いの場ってわけだ。で、どうなんだ?」


「??」


 僕が訳も分からず立っていると、エイスケは顔をグイっと寄せてそっと耳打ちしてきた。






「(・・・キスくらいしたのか?)」


 僕は慌ててエイスケを引っ張ってその場を離れた。マドカがくっついてきたので、僕はマドカに聞こえないよう、ひそひそ声でエイスケに言い返した。


「(何言ってんの!! バカなの!? そんなことするわけないでしょ!!!)」


 僕がそう言うと、エイスケはにやにや笑いながら僕に囁いた。


「(いやーだってよ、小桜がすごい恰好で俺たちのところに駆け込んできたからさ。俺は、てっきりお前の思春期が爆発しちゃったのかと思ったぜ。)」


 彼が言うにはホノカさんは全力で走ったことで浴衣や髪が崩れ、大変なことになっていたらしい。それを見たエイスケはマドカとトモちゃんになんと説明しようかと頭を抱えたそうだ。


「(んー、『お兄ちゃんは大人の階段を上っちゃったよ』っていう説明でOKだった思うか?)」


「(・・・あのねえ、エイスケ?)」


 僕が低い声でそう言うと、彼はさっと僕から体を離した。マドカはそんな僕らのやり取りを不思議そうな顔で見ていた。






「ははは冗談だよ冗談。そんな怖い顔すんなって。おお、終わったみたいだな。じゃあそろそろ行こうぜ。」


 そう言ってエイスケは何食わぬ顔でスタスタとベンチに向かって歩いて行った。


 僕らがベンチに戻った時にはもう、ホノカさんの乱れた髪と浴衣がきれいに整っていた。手当てを終えたトモちゃんが直してくれたらしい。どうやらエイスケは彼女が身支度をする時間を稼ぐために、わざと僕にそんなことを言ってたみたいだ。


 まったく、エイスケの心遣いはいつも分かりにくいんだよ! 本当にありがとう!!






 あれ? そう言えばいつもなら一番に茶々を入れてきそうなマリさんが、今回はずいぶん大人しかったな。どうかしたんだろうか?


 そう思ってマリさんの姿を探すと、テイジと二人で寄り添い、すこし離れた場所に立っていた。僕は何だか見てはいけない気がして、そっと二人から視線を逸らしった。

 

 もうだいぶ遅い時間になってしまったので、その後すぐに解散することになった。


 マリさんとテイジは「あたしらはこの辺冷やかして帰るよー」と言って、二人で公園の奥に消えてしまった。カップルだらけの公園に消えていく二人を見て、エイスケがぽつりと呟いた。


「・・・なあ、あいつらってやっぱりそういう関係なのかな?」


「どうなんだろうね。確かにいつも一緒にいるけど。」


 僕の言葉にエイスケは「はん」と鼻を鳴らした。ホノカさんは二人の消えた方向を心配そうに見つめていた。






 マリさんたちがどこかに行ってしまったので、エイスケがホノカさんを第二城砦まで送っていくと言ってくれた。別れ際、それまでずっと黙っていたホノカさんが僕に声をかけてきた。


「新道くん、さっきはひどいこと言ってごめんね。助けてくれてありがとう。私・・・すごく嬉しかったよ。」


「ううん。僕の方こそ・・・またね、ホノカさん。」


「うん、また・・・カナメくん。」


 俯き加減にもじもじと見つめあう僕たち。その後ろではエイスケとマドカたちが話をしていた。






「カナメちゃん、顔真っ赤っか!」


「なんだか素敵だね、マドカちゃん!」


「・・・なあ、俺、もう泣いてもいいか?」


 大きな銀色のカメラケースに腰かけてため息を吐くエイスケの背中を、マドカがぺしぺしと叩いた。


「だいじょうぶ! きっといいひとがみつかるよ! 近所のトカゲのおばちゃん、いつも息子さんにそう言ってるもん!」


「お兄さん、元気出してくださいね!」


「ありがとよ。お前ら優しいな。まさか幼年学校の子たちに励まされるとは思わんかったけどな・・・。」


 その後、バスに乗るエイスケとホノカさんを見送った後、僕たちは家路についた。





 色々あったけれど、こうして楽しい(?)祭りの夜は終わった。祭祀休みが終わればいよいよ、秋の他校合同演習に向けての最終選考が始まる。


 僕たち222分隊は、今のところ2年の代表候補として名を連ねている。このまま順調にスコアを伸ばすことができれば、もしかしたら学校の代表になることができるかもしれない。信頼できる仲間との大きな成果を残すことができるかもしれないのだ。


 普段はあまり成績に拘ったことがない僕だけど今回は頑張ってみようと思っている。皆と一緒ならきっとやれる気がする。


 その結果、どんな恐ろしいことが起こるかも知らず、その時の僕は呑気にそんなことを考えていたのだった。











「ううう、もう勘弁してください・・・!!」


 地面に転がって呻き声を上げる男の顎をマリは無感情に蹴り上げた。頭へ直接衝撃を加えられたその男は、すぐに失神して動かなくなった。


 カナメの血の匂いをつけたゴロツキどもは、すぐに見つかった。マリの誘いに乗って卑猥な行為に及ぼうとした彼らを問答無用で叩きのめした後、マリとテイジは慰霊碑のある公園の最奥部を目指した。


 災害の犠牲になった人々の名が刻まれた石碑。二人は先程からその前にじっと立っている。






 どれくらい時間が経っただろうか。マリは石碑に触れていた指をそっと離した。薄く涙を浮かべたマリを気遣うように、テイジは彼女の名を呼んだ。


「マリちゃん・・・。」


「・・・うん。もう大丈夫だよテイジくん。」


 マリは静かに微笑んでテイジに頷き返した。


「ありがとうテイジくん。ここまでこられたのも全部テイジくんのおかげだよ・・・やっと帰ってこられた。」


 テイジは無言で頷いた。心から絞り出すような彼女の言葉で、彼の脳裏をこれまでの日々が走馬灯のように過っていく。






 マリは一度ぐっと目を瞑った後、再び見開いた。猫のように細い虹彩を持つ瞳が燃えるような輝きを放つ。彼女の頬を涙が伝った。だがもう涙は止まっていた。


「絶対に二度と繰り返させやしない。」


 強い決意を込めたその言葉に、テイジは力強く頷いた。


 ヒヤリとする夜風が吹いて、慰霊碑を取り囲む結界のような木々の枝をざわりざわりと揺らす。夏が終わろうとしていた。

読んでくださった方、ありがとうございました。日常パートはこれで終わり。次回からは戦闘シーン多めになります。来週投稿予定です。

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