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16 夏祭り 中編

本日2話投稿しています。こちらは2話目です。

「それでは糧食調達ミッションを開始します! 分隊長、号令お願いします!」


 参道の端まで来たところで、マリさんが僕の方を向いてビシッと敬礼する。僕は苦笑しながらそれに答えた。


「いや、ただの買い食いだよね、それ?」


「もう、ノリ悪いなー、カナメっちは!!」


「カナメちゃん、ノリ悪いなー!!」


 マリさんと一緒に笑いながら、マドカが僕の背中をぺしぺし叩く。マドカと一緒についてきたトモちゃんはそんな二人の様子を見てくすくす笑っていた。


 トモちゃんは長い黒髪をまっすぐに下ろした日本人形みたいな女の子だ。着ている神楽舞の衣装がすごく自然に見える。きっと普段から家で巫女としての修業をしているからだろう。


 御社は城砦の結界を守るための大切な場所。城砦に複数箇所あり、普通は下級貴族が斎主を任される場合が多い。けれどトモちゃんの家は平民の家系だ。獣人や亜人の多い第3城砦は、あまり人気がない場所だからかもしれない。多分だけどね。






 参道と交わる大通りにはいろいろな食べ物を売る屋台や夜店が出ていた。すごく美味しそうな匂いがあちこちから漂ってくる。


 ずっと準備と撮影に夢中になっていたせいで、実は昼から何も口にしていない。そのせいで僕のお腹がぐううと情けない音を立てた。


 一体いつの間に買ってきたのか、テイジはすでに山のように食べ物を抱えている。彼はそれを片っ端から次々と口に放り込みながら歩いていた。今はすごい勢いでたこ焼きを攻略中だ。湯気の立ち具合からして焼きたてだと思うんだけど、あんなに頬張って熱くないのかな?


 その横ではマリさんが、エイスケの持っているミニカステラを横からひょいひょいと摘まんでは口に運んでいる。


「阿久猫! お前、いい加減自分で買って来いよ! 金ならあるだろうが!!」


 エイスケはマリさんに盗られまいとカステラの包みを胸に抱え込んだ。にもかかわらず、マリさんは彼の隙を突いてさらにもう一つ掠め取り、悪びれない表情でにししと笑った。






 エイスケのいう通り祭祀休みの直前、僕達222分隊は演習で獲得した魔石分の報奨金を受け取っていた。ただ僕は受け取った報奨金をほとんどすべて生活費に使ってしまった。だから今はあまり持ち合わせがない。


 もちろんそれはマドカも知っている。家庭の経済状況を明らかにしてみんなで節約するのが新道家わがやの方針だからだ。さっきからマドカが真剣な表情で夜店を物色しているのも、少ない予算で何を買えばいいかと検討を続けているせいだろう。


 トモちゃんと二人で相談しつつ歩いていたマドカは、やがて一つの夜店を指さして僕に言った。


「カナメちゃん、私もたこ焼き食べたい!」


 マドカの選んだ夜店を見て僕は大きく頷いた。質や量、値段のバランスを考えた時、僕もその店が妥当だろうと思っていたからだ。さすが僕の自慢の妹。見た目だけでなく、賢さも人並み以上だ。(※筆者注 シスコン以下略。)


 僕はマドカとトモちゃんを連れて、たこ焼きの屋台に向かった。






「いらっしゃい! おお、新道さんとこのカナメにマドカじゃねーか! たこ焼き、欲しいのかい?」


 屋台の中から灰色の毛におおわれた人型の狼、人狼じんろう族の男性が親し気に僕たちに声をかけてきた。彼はうちの近所で魚屋をやっているウォートさんだ。


「はい、一つください。楊枝は二本お願いします。」


「あいよ、毎度あり!!」


 彼は毛むくじゃらの手を器用に動かし、作り置きでなく焼き立てのたこ焼きを舟皿にひょいひょいと詰めていった。その様子を見ながら僕は彼に尋ねた。


「ウォートさん、今日は人間の姿じゃないんですね。」


「ああ、夜はこっちの方が楽なんだよ。特に満月が過ぎたばかりだろ?」


 彼はそう言うと、赤い虹彩が輝く右目を悪戯っぽくパチリと瞑って見せた。






 人狼族と狼人族はどちらも狼の獣人族。ただし人狼族は完全な人間形態に変化することができるという特性を持つ。ウォートさんも昼間、魚屋で働いている時には人間の姿をしている。


 対して狼人族の人たちは姿を変えることができない。マリさんのように魔力が高まった時に少し見た目が変化することがあるけれど、それはあくまで一時的なものに過ぎないのだ。


 ちなみに狼人族に限らず獣人族は見た目がとても多様だ。完全に直立した獣の姿をした人から、人間に獣の耳が付いているだけのように見える人まで、数多くの形態の人が存在している。他種族との恋愛や婚姻をすることもあるけれどその場合、基本的に母親の持つ形態を引き継ぐことが多いそうだ。


 なお、狼状態の時でも人狼族と狼人族は互いを見分けることができるみたい。僕から見るとどっちも同じにしか見えないのだけれど、彼らによると『におい』が違うらしいです。






「ほい、500円だ! サービスしといたからな。母ちゃんによろしく言っといてくれよ!!」


 僕がそんな愚にもつかないことを考えていたら、ウォートさんがたこ焼きがぎゅうぎゅうに詰まった舟皿を差し出してくれた。僕は「はい」と笑顔で頷き、屋台の端末にマギホをかざして支払いを済ませた。


 「熱いから気をつけろ!」という彼にお礼を言ってから、受け取ったたこ焼きをマドカとトモちゃんに渡す。マドカは満面の笑みで僕にお礼を言った後、すぐに包みを開け始めた。


「はいカナメちゃん、あーん!」


 マドカはそう言って最初の一つを僕に差し出してくれた。僕はなんとも嬉しくなって、マドカの差し出してくれたたこ焼きにパクリとかぶりついた。マドカの優しさがじんわりと口の中に広がる。焼き立てのたこ焼きで口の中をヤケドしたけど、そんなものはマドカの可愛さの前には全くのノープロブレムだ。


 自分でも早く食べたいだろうに、マドカは最初の一口を僕にくれた。ああこんなにも優しいなんて、やっぱりうちの妹は天使である。(※筆者注 以下略。)


 僕が食べている間に、分隊の皆も同じようにたこ焼きを買っていた。屋台をあとにして歩き出した僕たちにウォートさんは「たくさん買ってくれてありがとよ!」と手を振ってくれた。






 


 



 僕たちは大通りを歩いて行った。しばらくするとマドカが「カナメちゃん、トモちゃんと金魚を見に行ってもいい?」と聞いてきた。


「いいけど、あんまり遠くに行くんじゃないぞ?」


「うん、分かった!」


 愛らしい笑顔でそう言った後、手を繋ぎあったマドカとトモちゃんは嬉しそうに人込みを走っていった。


「え、なになに、金魚!? あたしも行く行く!!」


 マリさんも二人を追いかけて走っていく。その後を食べ物を抱えたテイジが追いかける。






「しょうがねえな。あいつらだけだと心配だ。俺も様子を見に行ってくるか。お前はゆっくり来い。小桜を頼んだぞ。」


 エイスケはそう言うと僕の返事も聞かないうちにすたすたと歩いて行ってしまった。取り残された僕がホノカさんの方を見ると、彼女も僕の方を見上げていた。思いがけず目が合ったことで、僕の心臓がどきんと大きく飛び跳ねた。


「い、行こっか?」


 誤魔化すように言った僕の声は、自分でもびっくりするほど上ずっていた。自分のテンパり具合にたちまちかあっと頬が熱くなる。


「う、うん。」


 ホノカさんは小さく頷いて歩き始めた。浴衣の襟元から覗く彼女の細い首筋は、夜店の明かりでも分かるくらい朱色に染まっていた。






 僕たちは人込みの中をゆっくり歩いて行った。僕は右足がマヒしているから周りの人たちよりも少しだけ歩くのが遅い。ホノカさんはそんな僕の速さに合わせてくれている。僕はそれがとても嬉しい反面、少しだけ申し訳ない気がした。


 さっきからお互いずっと無言のままだ。彼女に何か話しかけようと思ったけれど全然言葉が出てこない。無理矢理に絞り出そうとすると変なことを口走ってしまいそうだ。僕は脳みそを焼き切れるほど頭を回転させ、言うべき言葉を必死に探した。


 とりあえず今日のお礼を言おうかと口を開きかけた時、隣を並んで歩いていたホノカさんが、不意に僕の方を見上げて言った。






「新道くんの分は、買わなかったの?」


「え?」


 急に言われて何のことか分からなかった。思わず聞き返した僕の顔を覗き込むようにしながら、彼女は言った。


「たこ焼き。全部妹さんにあげちゃったでしょ?」


「うん、さっきマドカに一つもらったからね。それに今はあんまりお腹が空いてないんだ。」


 そう言った途端、僕のお腹がきゅーっと切ない音を立てた。僕は今にも燃え上がるのではないかと思うくらい顔が熱くなるのを感じた。


 無言で彼女が立ち止まる。僕も思わず一緒に足を止めた。ものすごく気まずい。


 ホノカさんは顔を真っ赤にして僕に言った。


「あ、あのねっ、私、さっきのお店で一つ買っちゃったけど、多すぎて食べきれないから・・・よ、よかったら半分食べない?」






 彼女の言葉に僕は完全にテンパってしまった。だってこれまで女の子はおろか、友達からだってそんなことを言われたことないのだ。


 あまりの衝撃に、ホノカさんの顔がまともに見られない。助けを求めて辺りを見たけれど、マドカや他の皆はすでに先に行ってしまっていた。


 僕が何も答えないせいだろう。ホノカさんは赤い顔をしたまま俯いている。震える彼女の目の端に、小さく涙が光っているのが見えた。


 は、早く! 早く何か言わないと・・・!!


 焦った僕は、とにかく思いついたことをそのまま口に出した。






「ほ、ホノカさん!! よかったら、どこかで座って一緒に食べよう!!」


 ホノカさんが驚いたようにハッと顔を上げた。僕はその表情を見て、ようやく自分の間違いに気が付いた。


 アホか! 彼女は自分のたこ焼きを僕に分けてくれるといったのだ。一緒に食べようなんて一言も言っていない。


 テンパってとんでもないことを口走ってしまった!


 今の勘違いを何とか取り繕おうとして、僕はしどろもどろになって早口で言い訳を始めた。






「あ、あの、その、そう下駄が!」


「えっ!?」


 彼女は僕の言葉に驚き、僕の顔を見上げた。彼女の頬も僕に負けないくらい真っ赤になっていた。


「履いてる下駄で、ホノカさんの足が痛くなるんじゃないかと思って!! 少し座って休んだらどうかなって思ったんだ!」


 彼女はぽかんと口を開けたまま僕を見ている。それを見て僕は、ますます焦ってしまった。


「い、いや、もちろん、絶対にってわけじゃなくて、僕なんかと一緒で嫌じゃなければだけど・・・!!」






 僕は手をパタパタ振りながら必死に言葉を並びたてた。我ながら出来の悪い機械人形みたいな動きだ。端から見てたらさぞ気持ち悪かっただろうと思う。


 でも彼女はそんな僕の様子を見て小さく笑ってくれた。


「ううん、イヤじゃないよ。・・・うれしい、ありがとう。」


 彼女はそう言うと、少し微笑んで俯いた。僕たちはまたゆっくりと歩き始めた。






 たしかこの先には大きな公園がある。そこなら一緒に座って休むことができるはずだ。


 僕は彼女の方を気遣いながら人込みを歩いて行った。俯いている彼女の表情は、髪に隠れて全然見えない。僕の耳の奥では心臓の鼓動がお祭りの太鼓みたいにドンドンと大きな音を立てている。


 その時、左側を歩いていたホノカさんが人込みを避けようとして僕の方に体を寄せてきた。僕は彼女がよろけたのを見て思わず左手を差し出した。僕の左手とホノカさんの右手が一瞬触れ合う。まるで指先に電撃が走ったような感じがした。






「あ! ご、ごめんなさい、新道くん!!」


 ホノカさんはそう謝って、すっと体を離そうとした。でもその時になぜか、僕の左手は咄嗟に彼女の右手を捕まえていた。


 僕の行動に、彼女が驚いて足を止める。


 何やってんだ、バカ! 早く手を離して謝るんだ!


 そう思ったにも関わらず、僕の左手は彼女の手をぎゅっと握り締めていた。


 マドカと同じくらい小さくて柔らかい手。でも全然マドカの手を握った時とは全然違う感じがする。僕はどうしてもその手を離すことができなかった。


 彼女はまた恥ずかしそうに俯いてしまった。でも彼女の細い指は、僕の手をぎゅっと握り返してきた。






 夏の夜空に大きな花火が上がった。周りの人が一斉に夜空を見上げて歓声を上げる。そんな中、手を繋いだ僕たちは黙り込んだまま、ゆっくりゆっくり歩いた。


 上がり始めた花火の音や賑やかな人々のざわめきが、なぜかとても遠くに聞こえるような気がした。

読んでくださった方、ありがとうございました。後編は明日投稿できると思います。よろしくお願いいたします。

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