15 夏祭り 前編
ちょっと長くなっちゃったので二つに分けました。
8月17日。今日はどの城砦でも夏祭りが行われる日だ。祖霊を祭る神事が終わった日の翌日で、死者の世界から再び現世へと還るおめでたい日という意味がある。そのためこの日は思い切り華やかに騒ぐのがよいとされている。
各家庭が持ち寄った食材を使った料理(神事で祖霊にお供えしたもののお下がり)や御神酒が振舞われるほか、歌や曲芸の披露やみんなで輪になって踊る御霊踊りなども行われる。
催しの見物客を目当てに通りには多くの出店が並び、大変な賑わいとなるのだ。父さんが生きていた頃には、僕もお祭りに行くのをとても楽しみにしていた。
でも父さんが死んでからはあまり積極的にお祭りに出かけなくなった。経済的なゆとりがなくなったことに加えて、僕の見た目の問題があったからだ。
けれど、マドカが大きくなって友達と一緒にお祭りに行くようになったことで、2年ほど前からはまた家族で参加していた。第3城砦の住民である亜人や獣人たちは、僕の見た目をさほど気にしないのでかなり助かっている。
マドカは今日の神楽舞のためにずっと練習を重ねてきた。僕も母さんもこの日をずっと楽しみにしていたのだ。でも残念なことに、母さんは急患の対応のため施療院を離れられなくなってしまった。
マドカは電話で母さんが来られないことを知って、ほんの一瞬、泣きそうな顔をした。けれどすぐに笑顔になって「じゃあカナメちゃん、動画撮ってお母さんに送ってね!」と言い、僕の左手をぎゅっと握った。
僕はマドカの燃えるように熱い手を握り返すと、「ああ、兄ちゃんがしっかり撮ってやるから。頑張れ」と言い、しゃがみこんでマドカを力いっぱい抱きしめた。
薄暗い集合住宅の玄関先で、声を殺して泣くマドカが落ち着くまで、僕はそうやってマドカの背中をさすっていた。
マドカの赤くなった目を冷やしてやってから、母さんが作ってくれた神楽舞の衣装を着せる。母さんはこれを作っている間、時々思い出したように「本当は私のお下がりを着せてあげたかったんだけどね」と呟いていた。
母さんのお下がりだった紅白の衣装は、8年前の災害で家ごと燃えてなくなってしまった。お下がりだけでなく、それまでにあった家族の大切な思い出も全部なくなった。父さんを亡くした僕たち家族3人は、着の身着のままで焼け出されこの第3城砦にやってきたのだ。
でもそれは別に僕たちの家族に限ったことじゃない。今、高天原に住んでいる人の多くは、多かれ少なかれそういう体験をしている人ばかりだ。
父さんは死んでしまったけれど、僕にはまだ母さんとマドカがいてくれる。半身を失った僕を、暖かく迎えてくれる仲間もできた。それだけでもすごく幸せなことなのだ。僕は最近、そんなことをよく思うようになっていた。
まだすこしシュンとしているマドカを連れ、僕は家を出て第3城砦の北門に向かった。
今日の僕は長い袖のある上着を着て、前髪を顔の右側に下ろしている。さらに帽子をかぶれば完璧。これなら火傷の跡や義手を見られて怖がられることはない。少しでも普通に見えるようにするための苦肉の策だ。
最近、マドカと遠出するときにはいつもこの格好をしている。もちろん近所で買い物するくらいならこんな準備は必要ない。だけど今日は大勢の人ごみの中に入るため、特に念入りに服を着こんでいる。
薄手とはいえ夏場に長袖は正直ちょっと辛い。でも僕自身はともかく、一緒にいるマドカまでおかしな目で見られるのは困るのだ。
マドカは「あたし別に平気だよ」と言ってくれている。でも僕はマドカほど純粋に人間の善意を信じることができなかった。僕がいることでマドカが幼年学校でいじめられたり、友達がいなくなったりするのは耐えられない。だから多少暑苦しくても、ここは涼しい顔で我慢する。
約束の時間よりちょっとだけ遅れそうだったので、あらかじめ分隊のみんなにはメッセージアプリでそのことを連絡しておいた。もうみんなは北門前に着いているようだ。さっきから僕のマギホにマリさんの『実況』が届いている。
そのおかげ(?)で、待ってくれているみんなの様子が手に取るように分かった。ギホと同期させている右目の義眼からひっきりなしに着信音が響き、視界内に彼女のメッセージが流れていく。
ピコン! [浴衣のホノちゃんキター!]
ピコン! [マルちゃん、顔真っ赤だよ~。ねぇ大丈夫、ねぇねぇ?]
ピコン! [マルちゃんに殴られたよ・・・。]
ピコン! [焼きいか美味しー!]
ピコン! [ねぇねぇカナメっち、まだー?]
ピコン! [マルちゃんからブロックされた!!]
・・・ブロックしたエイスケの気持ちがすごいよく分かる。正直めちゃくちゃ鬱陶しい。ただ、僕のマギホを見ているマドカは彼女の実況が届くたびに大笑いして喜んでいた。
「カナメちゃん、この猫ちゃんの人、すっごく面白いね!」
マドカがマリさんのアイコンを指さしながら言う。マリさんのアイコンは猫耳のついた彼女の似顔絵イラストだ。多分自作だと思う。背景も凝っていて無駄にクオリティが高い。正直に言えば、ちょっとだけ絵心を刺激されてしまった。
マドカのいう通り確かに面白んだけど、こう立て続けにメッセージが送られてくるとさすがにうんざりしてしまう。右目の視界の中に次々と文字が流れていくため、歩きながらだと酔いそうになって頭がくらくらした。
でもさっきまで泣き顔だったマドカが喜んでいるから、まあ、いいのかな?
僕はマリさんに感謝する気持ちで、苦笑交じりに「そうだね」とだけマドカに答えた。
「あー、やっと来たー! やふー! カナメっち! そっちが妹さん!? えー、めっちゃ可愛いじゃん!!」
おへそが出るくらい丈の短いピチピチのTシャツに、デニム地のホットパンツ姿のマリさんがピョンピョン飛び跳ねながら手を振っている。その後ろではトレーニングウェアを着たテイジが腕組みしていた。跳ねるたびに弾む彼女の胸から、僕はそっと目を逸らした。
テイジの後ろには薄桃色の浴衣を着たホノカさんとネルシャツをきて大きなリュックを背負ったエイスケが立っていた。ホノカさんは少し恥ずかしそうに自分の浴衣の裾を気にしている。彼女はいつもは二つ結びしているおさげをほどいて、肩まで伸びた髪を降ろしていた。普段と違うその姿に、僕はドキリと心臓が高鳴るのを感じた。
エイスケは彼女の横で、手に持った焼きイカの串に面白くも無さそうな顔でかぶりついている。彼の足元には何やら大仰な銀色の箱が置いてあった。
「みなさんこんにちは! あにがいつもおせわになってます!」
母さんに教えられた通りに元気よく挨拶をして、ぴょこんと頭を下げるマドカ。その様子を見てマリさんが「はうっ!!」と声を上げ、両手で胸を押さえた。
「愛らしすぎるっ・・・!!」
彼女の言葉には完全に同意です。
シスコン兄のひいき目を差し引いても、マドカは可愛いと思う。父さん譲りのぱっちりした目と母さん譲りの繊細な口元をしたマドカは、僕の自慢の妹なのだ。
僕が自慢の妹に皆を紹介していると、通りの向こうからマドカを呼ぶ声がした。御社の娘さんでマドカの親友でもあるトモエちゃんだ。そろそろ神楽舞のための準備が始まるらしい。
「カナメちゃん、きれいに撮ってね! 絶対だからね!!」
僕に手を振りながらトモちゃんと手をつないで走っていくマドカ。あんなに急いで大丈夫かな。転んで衣装を汚してしまったら大変だ。僕はハラハラしながらマドカを見送った。僕の後ろではイカを食べ終えたエイスケが、大きなため息を吐いていた。
「こりゃあ完全にシスコンだな。」
「カナメっち、シスコンだよねー。」
「い、妹さん、新道くんに似てますよね?」
「・・・うむ。」
僕の様子を見た皆はそんな風に好き勝手なことを言っていた。シスコンの自覚はあるから別に何言われても気にしない。ただマドカが僕に似ているというホノカさんの言葉にだけは同意しかねる。
マドカは僕なんかよりも、ずっとずっとかわいいからね?
マドカを見送った後、僕たちは神楽舞の行われる御社へと移動した。御社の境内に作られた舞台の観客席はすでに満員。でも最前列は演技をする人の親族が撮影できるよう演目ごとに入れ替えがあるので安心だ。マドカの出番を待って最前列へと移動した僕は、他の子供たちの保護者に混じってマギホを構えた。
マドカの出る稚児神楽は演技する子供たちが多いから最前列は大変な混雑ぶり。普段はコミュ障で人を避けがちな僕だけど、この時ばかりはマドカのためにそんなことは言っていられない。確保した撮影場所から押しのけられないよう、不自由な足を精一杯踏ん張る。
マドカは舞台裏での準備を終え、ドキドキしながら出番を待っていることだろう。
兄ちゃんが絶対きれいに撮ってやるからな!
そんなことを思っているうちに前の演目の片付けが終わり、熱気のある静けさが観客席を包む。
御幣を手にした斎主さん(トモちゃんのお父さん)が、紙垂の下がった注連縄で囲まれた舞台に登場した。斎主さんによるお清めが終わるといよいよ稚児神楽のスタートだ。呼び出しのアナウンスのあと、神楽を舞う子供たちがしずしすと舞台へ進み出てきた。
金色の前天冠を額につけ薄化粧をしたマドカは、幼い色香を感じさせるほどに美しかった。周りの子供が完全に霞んで見えたほどだ。(※筆者注 シスコン兄の個人的な感想です。)
マドカはトモちゃんと並んで舞台前列の右側に立っていた。緊張した様子のマドカが僕に気づいて、ほんのちょっと笑顔になる。
全員が配置に付くと笛と太鼓の音に合わせて静かに舞が始まった。マドカが紅白の衣装を翻してゆっくりと動くたびに、手にした鈴がしゃらんと清浄な音色を響かせる。
楽の音が高まるにつれて舞は少しずつ速度を上げていく。その動きに合わせて舞台を中心に青白い光がふわりと夜空へ舞い上がる。神事で祀られていた祖霊たちが再び精霊の下へと還っていくのだ。
マドカは高まる魔力で頬をうっすらと染め、陶然とした表情を浮かべながら軽やかに踊る。清らかな光を放ちながら舞うその姿はまさに、荒魂を沈めるために降臨した女神そのものだった。(※筆者注 シスコン兄の個人的な感想です。)
僕は目まぐるしく立ち位置を変えながら舞うマドカの姿を撮り逃すまいと必死になってマギホを構えた。同じように我が子の晴れ姿を撮影している保護者の皆さんと激しく、でもあくまで紳士的に押し合う。
途中、隣に立っていた背の高い男性の肘が僕の帽子に当たり、地面に落ちてしまった。顔が露出したことを恐れて僕は思わずハッと動きを止める。けれど周りの人はみんな撮影に夢中になっていたので、僕の顔に気が付く人は誰もいなかった。
その後も我が子のベストショットをカメラに収めようとする保護者の皆さんとの戦いは続いた。
僕は懸命に頑張ったのだけれど、前後左右から押されたことで何度も姿勢を崩してしまった。いかんせん右足の踏ん張りが効かないのが致命的だ。
何度もマドカがフレームアウトしてしまい、僕は慌ててカメラを構えなおさなくてはならなかった。マギホのカメラには自動追尾撮影機能がある。でもこれは流石にかなりまずい。僕は焦る気持ちを必死に抑えて撮影を続けた。
しゃんしゃんという鈴の音と共に神楽舞が終わった。他の保護者に飲まれるようにして最前列から移動した僕は、すぐにマギホを開いて撮影した動画を確認した。
結果は散々。ひどくブレブレでまともにマドカが映っているのはほんの数カットしかなかった。無理して見ていたらたちまち気持ちが悪くなってしまった。
マドカは優しい子だからこの動画を見ても何も言わないだろう。でもきっとがっかりするはずだ。それが分かるからこそ、僕はやるせない気持ちになってしまった。大切な妹の晴れ舞台もまともに撮影できない自分が情けなくて、思わず泣きそうになる。
ぐぬぬ、マドカ、無力な兄を許してくれ・・・。
僕はすっかり意気消沈して、観客席の後方で待っている分隊の皆の所へトボトボと歩いて行った。
無理をしたせいで痛む左足を引きずりながら観客席に着くなり、僕はエイスケからバシンと肩を叩かれた。
「しょぼくれてんじゃねえぞ! 新道、マギホ出せ!」
エイスケはごついレンズの付いたカメラを首から下げていた。
僕が戸惑いながらマギホを出すと、エイスケは自分のカメラと僕のマギホをリンクさせた。すぐにデータの転送完了を示すメッセージが僕の右目の視界内に表示される。
「こ、これはっ・・・・!!」
エイスケが送ってくれたのは神楽舞を撮影した動画データだった。舞台全景を捉える映像から始まり、踊っているマドカが完璧に捉えられている。途中、トモちゃんと目線を交わして微笑みあう様子などもばっちり撮ってあった。その上、二人が左右に分かれて反転シンクロして踊る場面は、二画面分割して簡単な編集までしてある。
「ふわー、こいつあすげえ! こりゃ完全にプロの仕事ですよー!」
僕のマギホを借りて映像を見たマリさんが驚きの声を上げる。それを聞いたエイスケは満足そうに僕の背中をバンバンと叩きながら言った。
「そんな物で、いい映像が撮れるわけねえからな。こういうのは俺に任せときな!」
「エイスケ先輩!!」
サムズアップして片目をつぶるエイスケの手を、僕は固く握りしめた。
「はっはっは、いいってことよ!」
エイスケは銀色の機材ケースに片足を置き、腰に両手を当ててふんぞり返った。それを見たホノカさんはくすくすと楽しそうな笑い声を上げていた。
程なく、舞台裏からマドカが戻ってきた。マドカはまだ化粧をしたままの顔で、額にうっすら汗をかいている。僕は額に張り付いていた髪をそっと直してから、その場にしゃがみ込んでマドカに映像を見せた。
「うわー、すっごく上手に撮れてる! ありがとう、カナメちゃん!!」
マドカはそう言うと僕にぎゅっと抱き着き、左頬にちゅっと口づけをしてくれた。その様子を分隊の皆は微笑ましい顔で見ていた。僕がこっそりエイスケに視線を送ると、彼は唇の形だけで「(貸し一つだぞ?)」と言った。僕は黙って深く頷いてそれに応えた。
エイスケのおかげで僕は兄としての面目を保つことができた。動画を母さんとマドカのマギホに転送した後、みんなでお祭りを見て回ることになった。母さんから返信をもらったマドカは上機嫌でそれをトモちゃんに見せていた。
人込みを縫うように夜店の並ぶ参道を歩いていく。ホノカさんは物珍しそうにきょろきょろと周りを見まわして言った。
「ここは本当に亜人さんや獣人さんたちが多いんですね。」
ホノカさんの言う通り、周りを歩いている人の4割くらいが亜人族や獣人族だ。高天原城砦群で生活している彼らのほとんどは、この第三城砦に居住している。僕にはすっかりなじみになっているけれど、言われてみれば学校内や他の城砦ではあまり見ることのない光景だ。
直立した狼そっくりの狼人族の男性がやっている射的店では、上半身に浴衣を羽織った美しい蜘蛛人族の女性が命中した景品を受け取っている。白くてほっそりした指で景品のマスコットを嬉しそうに摘まみ上げる彼女の浴衣の裾からは、虎縞をした六本の蜘蛛の足が覗いていた。
僕は急に心配になり、そっとホノカさんに尋ねてみた。
「ホノカさん、あの・・・大丈夫? 怖くない・・かな?」
僕の問いかけに、ホノカさんはきょとんとした表情を浮かべた後、すぐにとてもいい笑顔で頷いた。
「はい! 私、第2寮で獣人さんたちにすごく良くしてもらってますから。確かに最初はちょっと怖かったんですけど・・・。」
ホノカさんはそう言って恥ずかしそうに俯く。すると彼女の隣にいたマリさんが、彼女の寮での様子を僕に話してくれた。
実は最初、ホノカさんのことをあまりよく思っていない獣人の生徒もいたらしい。獣人族や亜人族は優れた能力を持っているけれど、人間の中には彼らを毛嫌いする人も少なくない。そのせいで彼らも人間に対してあまりいい印象を持っていないのだそうだ。
でもホノカさんの全科目満点という試験結果を見て、その評価が180度変わったらしい。獣人族は基本的に、自分より実力のある相手には敬意を払う。抜群に勉強のできるホノカさんは、彼らにとって一目置かれる存在だった。
つまりホノカさんは、実力で第2寮のみんなに受け入れられたってことだ。
「今ではみんなホノちゃんのこと、すごく大事にしてるよ。あ、ほら!」
そう言ってマリさんが指さす通りの向こうを見ると、犬耳の女の子がホノカさんとマリさんに手を振っていた。学内で見かけたことがある格闘科の1年生だ。彼女は小さい弟や妹をたくさん連れている。きっと彼女も今、帰省中なのだろう。
ホノカさんはちょっと恥ずかしそうに笑顔で手を振り返していた。それを見て僕は、何とも言えない安心感が心に湧き上がってくるのを感じた。
読んでくださった方、ありがとうございました。




