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14 猫と鬼

社内行事ボランティアって何なんでしょうか?


急いで書いたので、実はまだ細かい校正ができていません。あとから少し手直しするかもしれませんのでご容赦ください。

 毎年8月満月の日は祖霊に感謝し祈りをささげる大切な神事が行われる。この日には基本、神事に関わること以外してはいけないことになっているので、防衛学校の生徒たちもこの日を挟んで一週間は寮を離れ、実家のある城砦へと帰っていく。


 僕は寮生じゃないので普段と変わらないけれど、ほとんどの生徒にとっては久しぶりの帰省となる。そのせいなのだろう、8月に入った途端、生徒たちはみんなそわそわしはじめているような気がする。






「まったく、どの分隊も気が緩んでやがる。まあ、阿久猫こいつみたいに試験が終わって安心したっていうのもあるんだろうけどな。」


 エイスケは、分隊舎休憩室のソファの上でごろごろしながらマギホゲーに夢中になっているマリさんを見てそう言った。


 画面を食い入るように見つめ、時々「ふみゃあ!」と言いながら先のとがった耳をぴくぴくさせている様子は、獲物に夢中になっている猫そっくりだ。これでしっぽがあったら、完璧に猫だよね。


 そう言えば猫人族の人は、長いしっぽを持つ人がほとんどなのに、マリさんにはしっぽがない。やっぱり半分人間の血が流れているせいなんだろうか。僕がそんなことを思いながらマリさんのお尻を眺めていたら、エイスケが不意に話しかけてきた。






「新道、お前・・・阿久猫の尻がそんなに気になるのか?」


 それを聞いたマリさんの耳がピクリと動いた。僕は慌ててエイスケの言葉を否定した。


「違うって! エイスケは僕のこと何だと思ってるの?!」


 するとエイスケはわざと大げさに両手を広げて、おどけた表情をしてみせた。






「何って思春期の男子だろ。お前が阿久猫の尻をじっと見てるからさ。やっぱそういう年頃なんかなあって。いやー若いっていいなー。」


「見てないし! ていうか、年一つしか違わないでしょ!」


 僕とエイスケがいつものように掛け合いをしていると、演習後の報告に行っていたホノカさんが、大きなドリンクケースを4つも抱えたテイジと一緒に戻ってきた。






「備品申請で追加をお願いしてたうずめサイダーが届いてたんです。台車に乗せて運ぼうと思ってたら、ちょうどトレーニングルームから出てきた鬼留くんが手伝ってくれて。」


「うむ。」


 ホノカさんの説明にテイジは小さく頷いた。テイジが運んできたサイダーをみんなで手分けして冷蔵庫に移す。テイジは入りきれなかったサイダーのケースを冷蔵庫の脇に積み上げ、代わりに空き瓶の入っているケースを持って立ち上がった。


「あ、鬼留くん、私も運ぶの手伝うよ!」


「・・・問題ない。」


 テイジが抱えたケースの周りでぴょんぴょんとしているホノカさんを置いて、彼はさっさと一階したに降りてしまった。マリさんはそれが当たり前のことと言わんばかりに、冷蔵庫から冷えたサイダーを取り出して、またソファに戻った。


 取り残された僕たちは、三人で顔を見合わせた。






「あいつ、変わったよな。」


 エイスケはぽつりと呟くようにそう言った。


「そうかな。僕は最初会った時から、テイジは優しい奴だと思ってたけど。」


 僕はテイジが山野たちの暴力から助けてくれた時のことを思い出しながら、エイスケにそう言った。あ、でも、あの時は僕も殴られかけたんだっけ。やっぱり少し変わったのかも?


 僕がそんな風に頭を捻っているのを見て、ホノカさんはくすりと小さく笑いを漏らした。






「・・・正直にいうと私、最初はマリちゃんも、鬼留くんもすごく怖かったです。」


 その言葉にエイスケはうんうんと頷いた。


「だよなー。何しろ格闘隊の『化猫』と『暴鬼』って言ったら、血も涙もない悪党だって噂だったもんな。最初に阿久猫にチームに誘われた時は、どうやって小桜を逃がそうかって、そればっか考えてたよ、俺。」


 ホノカさんはエイスケの言葉を聞いて驚いた顔をした後、はにかんだ笑みを浮かべながら「丸山さん、ありがとうございます」って小さな声でお礼を言った。エイスケは顔を赤くすると、バツが悪そうに横を向いて「ふん」と鼻を鳴らした。


 ちょっと申し訳なく思いながら、僕は二人に尋ねた。






「実は僕、その噂よく知らないんだよね。そんなに怖い噂なの?」


 僕の言葉にエイスケは呆れ顔で応えた。


「まじかお前。転校したての俺だって知ってんのに。」


「いやほら僕、寮生じゃないし。それに友達がいなかったから・・・。」


 途端に二人が「あっ」という顔をして、僕を見る。二人の視線を受けた僕は、無意識に右目を隠そうとしていたことに気づき、慌てて右手の義手を降ろした。すぐに二人に謝る。






「ご、ごめん。変なこと言って。」


「なんで謝ってんだよ、馬鹿。」


 エイスケが僕のおでこにビシッとデコピンした。思いがけない一撃に、僕は思わず「あいた!!」って声を出してしまった。


 事故で半身を失ってから今まで、こんな風に僕に触れる人はいなかった。だから僕は彼の行為にとても戸惑ってしまい、言葉に詰まってしまった。


 右の義眼が離れていくエイスケの左手をずっと追っていく。ポカンと口を開けた僕の顔を見て、ホノカさんはふふふっと笑った。






「新道くん、何だかとっても嬉しそう。」


「えっ!?」


 思わずそう聞き返した僕を見て、またホノカさんは笑った。


「だって、新道くん。さっきからずっと笑ってるもの。」


 ホノカさんにそう言われて初めて、僕は自分が笑顔になっていたことに気がついた。


 そうだ。僕はこのやり取りをすごく嬉しいって思ってる。そう自覚するとたちまち、僕は胸の奥の方がほかほかと温かくなっていく気がした。







 僕たちはそれぞれ自分の分のサイダーを手にして休憩室のソファに腰かけた。そこでエイスケがマリさんとテイジの噂のことを僕に教えてくれた。それはにわかには信じられないような荒唐無稽なものばかりだった。


 曰く、入学一日目に第2寮の最上級生を全員ぶちのめして、有り金全部巻き上げた挙句、彼らが卒業するまで奴隷のようにこき使っていた。


 曰く、学内のどこであっても目が合っただけで因縁をつけてきて、ボコボコになるまで叩きのめす。


 曰く、ルール無視は当たり前。口出ししてきた相手は教官だろうが上級生だろうが、再起不能になるまで痛めつける。


 そうひとしきり語り終えてから、エイスケは残っていたサイダーをぐっと飲みほした。


「他には、気に入った相手は誰であろうと手当たり次第に凌辱するとか、邪霊と契約して人外の力を得てるとか、一度敵対したら相手の家族まで容赦なく襲うとか。あ、子供を攫って生き血を飲んでるってものあるぞ。」


 エイスケは丸い体をソファに沈め、ため息とともに小さなげっぷをした。






 エイスケの話を聞いて、僕はすっかり呆れてしまった。確かにテイジもマリさんも多少乱暴なところはある。けれど、むやみやたらと誰にでも暴力を振るうようなことは絶対にしない。


 2か月以上一緒に過ごしてきて、二人のことを多少は分かっているつもりだ。僕は大きく頭を振りながら彼に言った。


「いやいや、いくら何でも無茶苦茶すぎでしょ。そんなことあるわけないよ。」


 ホノカさんは僕の言葉にうんうんと頷いた。エイスケも苦笑しながら同意する。


「まあ大半はデマだろう。ただ、こういうのは面白がってどんどん広げる奴がいるからな。どうなんだ、阿久猫?」


 エイスケがそう尋ねると、それまでずっと黙ってゲームしていたマリさんが反応した。彼女はマギホをポンと投げ出し、ソファに座りなおして僕らの方を向いた。






「んー、最初の方はまあ、完全にデマってわけでもないけどねー。」


 彼女はちょっと複雑な表情で言いだしにくそうに答えた。彼女によると、入学一日目に上級生を叩きのめしたのは本当のことなのだそうだ。


「だって入寮早々『上納金出せ』とかあたしとテイジに言ってきてさあ。上級生だからって威張っててほんとにムカついたんだ。あいつら、そうやって力の弱い他の下級生からもお金盗ってたんだよ!」


 あいつらというのは、当時第2寮を牛耳っていた獣人族の上級生のことらしい。あろうことか彼らは金品だけでなく、マリさんに卑猥な要求までしてきたそうだ。それを聞いたことで、たちまちホノカさんの表情が曇った。






「大丈夫、ホノカさん?」


 僕がそう尋ねると、ホノカさんは少し青ざめた表情でぎこちない笑顔を浮かべた。


「うん、もう平気だよ・・・少しイヤなこと思い出しちゃっただけだから。」


 でもそう言ったホノカさんの声は震えていた。マリさんはすぐに立ち上がると、ホノカさんが座っていた一人掛け用のソファに体を滑りこませ、彼女の体をぎゅっと抱きしめた。ホノカさんはそれに驚いていたけれど、すぐにマリさんの胸に耳を寄せてそっと目を閉じた。


 しばらく二人はそうやっていた。やがてホノカさんが体を起こして、マリさんに言った。






「ありがとうマリちゃん。」


 ホノカさんの頬には少し赤みが戻ってきていた。マリさんはホノカさんの目の端に溜まった涙を指でそっと拭うと、彼女の頬を両手で優しく挟んだ。目をじっと覗き込んだマリさんに、ホノカさんは恥ずかしそうに頷いた。


「私はもう大丈夫。だから続きを話してあげて?」


 マリさんは少し困った顔で小さく笑った後、ホノカさんの髪に両手を差し込んでわしゃわしゃとかき回した。ホノカさんがくすぐったそうに笑ったのを見て、マリさんはやっと安心して小さく息を吐いた。







「まあ、あんまり大したことじゃないんだよ。」


 彼女は自分のソファに戻った後、そう言って続きを話し始めた。


 テイジとマリさんは自分たちを脅してきた上級生たちをボコボコにぶちのめしたのだそうだ。そして十二分に『反省』させ、二度と二人に逆らいませんと約束させた後、彼らが奪っていたお金を元の持ち主に返して回ったらしい。


 使い込んで足りなくなっていた分も、その後1年かけて彼らが卒業するまでにちゃんと返済させたという。


「その辺はしっかりしないと。あたしねぇ、借りはきっちり返さないと気が済まないタイプなんだー。」


 そう言ってマリさんはサイダーの瓶を手にしたまま、にゃははと笑った。彼女の言葉にホノカさんはハッとして声を上げた。






「やっぱり、あのお金・・・!?」


 驚くホノカさんに、マリさんは困ったような表情で答えた。


「うん、そだよー。ホノちゃんが盗られた分をちゃんと返すようにって、松本先輩の取り巻き連中に言っといたんだ。返してもらったでしょ?」


 するとホノカさんは戸惑った様子で頷いた。


「う、うん。でもね、盗られた分よりも額がかなり多かったの。」






 ホノカさんをいじめていた実行犯のうち、松本先輩や尾上先輩など主犯格の生徒たちはすでに高天原このがっこうからいなくなっている。だからホノカさんにお金を返しに来たのは、主犯格の取り巻きだった女子生徒たちだったそうだ。


 彼女たちはホノカさんの前で土下座すると、泣きながら謝罪し彼女にお金を差し出したという。ただそのお金が、ホノカさんが盗られた額よりも遥かに多かったらしい。


 当然、ホノカさんはそれを断った。すると彼女たちは「受け取ってもらわないとあたしらの命が!!」って泣きながらホノカさんに懇願したのだそうだ。ホノカさんは恐怖に震える彼女たちを何とか説得して、盗られた分だけ返してもらったらしい。


 マリさんが彼女たちに一体何をしたのか、僕たちは全然知らない。でも彼女たちを『反省』させるには十分すぎたみたいだ。











 それはともかく、マリさんたちは上級生が力で支配していた第2寮をさらに大きな力で支配し、秩序を取り戻したという。


「獣人族は基本的に、自分より強いものには逆らわないっていうのが共通の流儀だからね。」


 マリさんはソファの上で胡坐をかいたままそう話した。ただ彼女によると、それはまた新たな争いの火種を生むことになったのだという。


 マリさんとテイジは、新入生でありながら第2寮の最上位に君臨することになった。さらに二人は上級生たちから、彼らが使い込んだ分のお金を定期的に取り立てていた。


 でも事情を知らない人にしてみれば、二人の行為は上級生たちから単にお金を巻き上げているように見える。それに対して、獣人族以外の上級生たちの反発がすごかったのだそうだ。






「行く先々で因縁をつけられてさ。そのたびに暴力沙汰だよ。もうイヤになるよね、テイジ?」


 マリさんは隣のソファに座ったテイジに向かってそう言った。彼はついさっき、空き瓶のケースを片付け終わって休憩室に戻ってきたばかりだ。


 冷えたサイダーを手にしたまま、彼は「ふん」と馬鹿にしたように鼻を鳴らした。その表情から察するに、きっと相当不愉快な思いをしたのだろうということが容易に想像できた。






 暴力事件に巻き込まれてはそのたびに事情を説明するため、二人は担当教官に呼び出された。それでしょっちゅう授業を抜けていたので、同じ格闘クラスの生徒たちからは『さぼりの常習犯』というレッテルを貼られてしまった。


 その後、二人の噂には尾ひれどころか胸びれ、背びれまでついていった。その噂が元になって、二人は凶悪な『化猫』と『暴鬼』と呼ばれるようになってしまったらしい。


 もちろん第2寮の生徒たちは事情を分かっているから二人をそんな風には呼ばない。むしろ他の生徒たちの悪評から庇ってくれていたそうだ。けれど、第2寮の生徒は絶対数が少ないし、人間族の生徒たちとの交流も基本的に薄い。そのせいで噂を打ち消すほどの力にはならなかったようだ。






 マリさんが話し終えると、ホノカさんはその場に立ち上がってマリさんとテイジの方を向いた。


「私、二人のことをよく知りもせずに怖がってた。マリちゃん、テイジくん、ごめんなさい。」


 彼女は二人に向かってぺこりと頭を下げた。マリさんは手をパタパタと振りながら、少し照れたように笑った。


「にゃははー、ホノちゃん、いいっていいって。テイジが話する前にとりあえず相手を殴るのは本当なんだし。あたしも頭にくると、ちょっとだけやりすぎちゃうところがあるからさー。」


 ホノカさんはそれを聞いて笑いながら「うん」と頷いた。マリさんが立ち上がって彼女の手をそっと手を取った。


 仲良く手を取り合う二人。でもそんな彼女たちを見ながらエイスケは、二人に聞こえないように「女の奥歯を爪でえぐり取るのが『ちょっとだけ』ねぇ・・・」と小さく呟き、僕の方をちらりと見た。


 僕は微妙な笑みで彼に応えた。そんな僕たちの様子に気づいたのか、マリさんが怪訝な顔で僕の方を見た。


 不味い。もしかして今のエイスケの言葉が聞こえてちゃったのかな?






 ホノカさんもマリさんの様子に気づいて、僕とエイスケの方を見ている。エイスケは「やばい」という顔でそっと目を逸らした。それを見たマリさんがエイスケに何か言おうと口を開きかける。僕は咄嗟に、わざと明るい調子でみんなへ話しかけた。


「あ、あのさ!! もうすぐ祭祀休みでしょ? 皆はその間、どうするの?」


 思ったよりもずっと大きな声が出てしまった。そのせいでマリさんとホノカさんは驚いた顔で僕の方を見た。たちまち顔の左側がかあっと熱くなってくる。


 エイスケはといえば「ありがとよ」と言わんばかりの生温かい視線で僕のことを見ていた。くそう、エイスケめ!! 誰のせいで僕がこんなことしてると思ってるんだ!






「わ、私は実家に帰省します! 入寮してから初めての帰省なので、いろいろ準備とか大変ですよね! ね、丸山さん!?」


 空気を読んでくれたのか、ホノカさんが僕をフォローするかのように明るい調子でそう言った。ありがとう、ホノカさん! さすがは支援のプロフェッショナル!!


 どうやら彼女はエイスケの言葉には気づかなかったみたいだ。僕は内心、ホッと胸を撫でおろした。


 ホノカさんに尋ねられたエイスケは平静を装い、面白くも無さそうな表情でぼんやりと彼女に答えた。


「そうか、祭祀休みねぇ。そういえば去年は俺もいろいろ準備してたなぁ。まあ、休みの内にあれもこれもって考えてても、結局はほとんど何もできずに寮へ帰ってくることになるんだけどな。神事の期間って、結構忙しいからなあ。」


 去年のことを思い出しているのか、ちょっと遠い目をした後、エイスケは顔をしかめてテーブルに置いてあった新たなサイダーを一気飲みした。げぇふと大きなげっぷをしたエイスケに、マリさんが「きたね!!」って言ってけらけらと笑いだす。僕はエイスケに尋ねた。






「エイスケも帰省するんでしょ?」


 すると彼は頭を振ってそれを否定した。


「いや、俺は寮に居残りだ。」


「あ、そうなの? あたしたちと一緒じゃん!」


 マリさんがうれしそうにそう言うと、エイスケは途端にげんなりした顔をして「お前らもかよ・・・」と呟いた。






「休み中、ずっと寮で過ごすってこと? 帰省しなくて家族が心配しないの?」


 僕がそう尋ねると、エイスケの表情が一瞬抜けた。でも彼はすぐ、自嘲気味に口の端を歪めて言った。


「いろいろ訳アリでな。理由は、まあ察しろ。」


 それを聞いたホノカさんは少し心配げにエイスケを見た。その時、ゆらゆらと体を揺らしていたマリさんが、突然声を上げた。






「あ、じゃあさ! みんなで夏祭りにいこーよ!」


 夏祭りはどの城砦しろでも神事の最終日の翌日に行われる。それまでの厳粛な雰囲気を日常に戻すためのお祭りで、各城砦で歌や踊りの催しがあったり出店などが出たりして、とても華やかで楽しい催しなのだ。


 彼女の提案にホノカさんが顔を輝かせた。でも僕は申し訳ない気持ちで彼女の提案を断った。


「ごめん。その日は僕の妹が街区の神楽舞に出るから、皆とは・・・。」


 僕の言葉にマリさんは口を尖らせた。


「えー、そうなのー? あたしたちもその神楽舞、一緒に見ちゃダメ?」


 ぐっと顔を覗きこんできた彼女に対して、僕はどぎまぎと答えを返した。






「いいけど・・・うち結構学校から離れてるよ?」


 僕がそう言うと、マリさんは猫みたいに目を細めて僕の左肩をバンバン叩いた。


「大丈夫大丈夫! みんなでカナメっちの妹ちゃんを見に行こうよ!」


 マリさんの明るい声にホノカさんは嬉しそうにうんうんと頷いた。テイジも無言で小さく頷く。


 友だちと夏祭りに行くなんて初めての体験だ。僕はどう反応してよいか分からず、助けを求めてエイスケの方を見た。


 彼はやれやれという表情をしていたけれど、特に反対することもなく「諦めろ。こうなったら止まらん」って僕に言った。


 早速マギホを片手に夏祭りのことを話し始めたマリさんたちを横目に見ながら、彼はぼやくように呟いた。






「そう言えばカナメんちって、第3城砦だっけ。バス使えたら1時間くらいだけど、祭りの日は混むしなぁ・・・。」


 彼がそう言った途端、それまではしゃいでいたマリさんが急に黙りこんだ。彼女の顔は少し青ざめているように見えた。エイスケは驚いて彼女に問いかけた。


「お、おい、どうしたんだ阿久猫? お前らしくもな・・・。」


 そのエイスケの言葉が終わらないうちに、突然テイジが立ち上がった。


「マリ。」


 彼は気遣うように彼女の名前を呼び、右肩にそっと手をかけた。マリさんは彼を一瞬見たあと、すぐにまた明るい声で言った。


「へー、あ、そう。カナメっちって、第3城砦に、住んでんだね。てっきり、第1城砦だと、ばっかり思ってたよー!」


 声は明るいけれど、明らかにぎこちない感じだった。僕とホノカさん、それにエイスケは素早く視線を交わした。






 第1城砦は人間族が多く住んでいる街で、元々は僕も第1城砦出身だ。でも父さんが死んで家計が苦しくなったため、家賃や生活費の安い第3城砦に引っ越した。


 ちなみに学校から一番近いのが第1城砦だ。通学している生徒はそのほとんどが第1城砦から通ってきている。だからマリさんは僕の家が第一城砦にあると思っていたのだろう。僕がそのことを話すと彼女はやけに早口で僕に問いかけてきた。


「そう、そうなんだね、ふーん、あ、それでさあ、カナメっちが住んでるのって、中央区の辺り?」


 言い終えた後、彼女は明るい笑顔を僕に向けた。目を細めてにっこり笑った顔なのに、僕にはなぜかそれが涙を堪えているように見えてしまった。何気ない風を装っているつもりなのだろうけど、髪の間から覗く耳の動きで、彼女の緊張が手に取るように伝わってくる。


 僕はなんと答えるべきか少し迷った。彼女に「なぜそんなことを聞くの?」と問いかけるべきなんだろうか?


 でも結局、僕は彼女に問いかけることができなかった。彼女がその問いかけをひどく恐れているような気がしたからだ。






「・・・ううん、北門区のあたりだよ。城壁の近くなんだ。」


 僕の答えを聞いたマリさんは、詰めていた息をそっと吐きだした。


「ああ、北門! そうか、北門ね! そうだよねー。にゃははー。」


 その時、マリさんの中で張り詰めていたものがふっと緩んだと、はっきり分かった。ホノカさんとエイスケも分かったみたいだ。エイスケは心配そうに眉をひそめて彼女に話しかけた。






「おい阿久猫、どうしたん・・・。」


 でも彼女はすぐにエイスケの言葉を遮るように声を上げた。


「いいじゃん、いいじゃん北門区! 皆でさ、行こうよ! カナメっちの妹さんの神楽を見に!」


 マリさんは殊更明るい声で言った。


 心配そうにマリさんの顔を覗き込むホノカさん。マリさんはそんなホノカさんの手を取ると「ね、ホノちゃん、いいでしょ?」と同意を求めた。






「う、うん、うちのお父さんとお母さんは、いいって言ってくれると思う。でも・・・。」


 ホノカさんはマリさんに何か言おうとしたけれど、マリさんはそれをわざと無視して僕たちみんなに言った。


「やったー!! じゃあ、決まりね! 17日の18:00に第3城砦の北門前で待ち合わせしよ! ほらほら皆、マギホ出して出して!」


 マリさんはそう言うと、皆のマギホのスケジューラに予定を共有させた。予定表には丁寧に自作と思われるマリさんの似顔絵アイコンまでくっつけてある。






「夏祭り、楽しみだね! じゃあ、あたしたち今日は先に寮に戻るね! マルちゃん、悪いけどホノちゃんを寮まで送ってあげてよ。」


「・・・ああ、もちろんだよ。」


 エイスケが面白くなさそうに呟くと、マリさんはさっと立ち上がった。


「ありがとマルちゃん! じゃあねーカナメっち! ホノちゃん、またあとでね!」


 そう言い残してマリさんは、テイジと一緒にさっさと隊舎を出ていってしまった。取り残された僕たちは、誰からともなく顔を見合わせた。






「マリさん、おかしかったよね。」


 僕の言葉にホノカさんが心配そうに頷く。エイスケは内心の怒りを吐き出すように「フン!」と大きく鼻を鳴らした。


「あいつ、隠し事下手過ぎるだろ、くそっ!!」


 エイスケはいらいらした調子でそう言った後、ホノカさんと僕に向き直り言った。


「でも、あの単純バカがあんな必死になって隠すぐらいだからな。なんかよっぽどの事情があるんだろうよ。」


 それには完全に同意だ。僕とホノカさんが頷くのを見て、エイスケはちょっと沈んだ声で言った。


「気にはなるけど、まあ、あいつから話すまでは放っとこうや。話しにくいことがあるのは俺たちも同じだからな。」


 ぶっきらぼうな言い方だけど、エイスケの言葉の端々にはマリさんを心配する気持ちが溢れていた。






 僕たちは分隊舎の片付けと戸締りを済ませた。それぞれの帰路につくため隊舎を出ると、外は明るい夏の夕暮れ色に染まっていた。


 二人と別れた後、僕はふと空を見上げた。僅かに赤みを帯び始めた薄青い空には、迷っている僕を導く標のように、一番星が優しく輝いていた。











 カナメたちが分隊舎を出た頃、マリとテイジは第2寮への道を歩いていた。周りに人の気配はない。テイジはおもむろに口を開き、横を歩くマリに話しかけた。


「マリちゃん、本当に第三城砦に行くつもりなの?」


 幼い頃と同じ口調で気遣ってくれるテイジ。彼の思いを感じ取り、マリは胸の奥が熱くなるのを感じた。もう二度と取り戻すことのできない日常の風景が彼女の脳裏を過る。彼女はぎゅっと瞼を閉じ、溢れてくる涙をぐっと飲み込んだ。


「テイジくん、心配してくれてありがとう・・・私は大丈夫。もう大丈夫だよ。」


 彼女は普段とは全く違う静かな声で彼に言った。泣き笑いの表情を浮かべた幼馴染を見て、テイジは無意識のうちにぐっと拳を握りこんだ。


 彼女を守るために彼はこれまで生きてきた。彼女の望みを叶えるためなら、彼にはいつでも命を投げ出す覚悟がある。


 だが高天原ここにやってきたことは、本当に彼女のためだったのだろうか?


 彼はもう何回目か分からないほど繰り返してきた問いを、再び自分に向ける。だがその答えは出なかった。彼は今、この瞬間も迷い続けていた。彼女のために何もできない自分が歯がゆくて仕方がなかった。






 マリはすぐにそんな彼の気持ちを察した。人一倍気持ちの優しい幼馴染を安心させるよう、彼女は彼に向き合い、そっと彼の拳に手を触れさせた。


「いつかは行かなきゃならないんだよ、テイジくん。私たちが高天原ここに戻ったのもそのためなんだから。」


 西の空に沈んでいく太陽が山の端に消えていくにつれ、周囲の木々を黒々と浮かび上がらせる。赤と黒の作り出す強いコントラストは、紅蓮の炎の中に浮かぶあの日の亡霊のようだとテイジは思った。


 夕日が完全に姿を隠そうとした頃、マリはぽつりと呟くように言った。






「私たちは知らなきゃいけないんだ。あの日、何があったのかを。」


 マリは山のにゆらゆらと揺れる赤い光をまっすぐ見つめた。そして小さく息を吸い込んだ後、自分に言い聞かせるように言葉を続けた。


「・・・もう二度と、あんなことを繰り返させやしない。」


 彼女の言葉に、テイジは黙って頷いた。幼馴染の横顔を見つめる。辛い記憶と向き合うために心を必死に奮い立たせている彼女の顔は、しかし今にも泣きだしそうで、とても痛ましかった。


 マリの思いはテイジにも痛いほど伝わってきた。しかし彼は、熱すぎるその思いがいつの日か、彼女自身をも焼き尽くしてしまうのではないかと、心配でならなかった。






 この呪いにも似た思いから彼女が解放される日が一日も早く訪れますようにと、彼は強く願った。


 そのためならどんなことでもやってみせる。たとえそれが大切な仲間を犠牲にすることになったとしても。


 心に浮かぶ顔を噛み潰すかのように、彼はその鋭い牙をぐっと噛み締めたのだった。

読んでくださった方、ありがとうございました。明日は休み(予定)なのでもう一話くらい、書きたいと思っています。また読んでいただけると、すごく嬉しいです。よろしくお願いします。

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