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12 寄生魔獣

安定の休日出勤。いつもよりちょっと短めですがご容赦ください。

「先生には本当にお世話になりました。ありがとうございました。」


 僕は目の前に座る宇津井先生に深々と頭を下げた。先生は中空に出現した花さんの手から湯呑を受け取り一口啜ると、ハハと笑いながら僕に言った。


「ああ、本当に随分と派手にやらかしてくれたものだよ。だが気にすることはない。おかげで不届き者を処分できたのだから。掛け給えカナメ君。」


 先生に促されて正面のソファに腰かけると、花さんが僕にほうじ茶の入った湯呑を渡してくれた。僕が「ありがとうございます」と言うと、花さんは「どういたしまして」というみたいに指を軽く振って中空に姿を消した。






「調査の結果、第1寮の寮監をはじめとする数人の職員が金を受け取って、松本くんたちに便宜を図っていたことがわかった。君の情報のおかげで、尻尾を掴むことができた。」


「僕の情報じゃないです。マリさん・・・いえ、阿久猫さんのおかげです。それに先生が手伝ってくださらなかったら、ここまでうまくいきませんでした。」


 マリさんが松本先輩たちから聞き出した情報の中には、ホノカさんのことだけではない『余罪』の情報がかなり含まれていた。僕はそれを宇津井先生に話したのだ。


 松本先輩たちは身分を背景にして、寮内でかなり好き放題やっていたらしい。禁止されている物品の持ち込みや軍需品の横流しはもとより、学外のよろしくない組織とのつながりもあったようだ。


 それに連座していた学生や職員に大量の処分者が出て、今、防衛学校内はかなり大騒ぎになっている。そのおかげでホノカさんのことはうまい具合にうやむやになってしまっていた。


 憲兵隊に捕縛された者、退学になる者も出た。貴族に連なる者はそこまでの処分を受けることはないそうだが、人知れず『転校』することになるそうだ。転校先がどこになるのか、それは僕の知るところではないけれど。






 僕が壊したマギホの件やマリさんやテイジがやらかした暴力沙汰の件は、宇津井先生が表に出ないようにしてくれた。


 実は松本先輩のケガが重篤だったり、本来壊れることのないはずのマギホが一度に大量に壊れたりしたことから、憲兵隊の調査も入っていたらしい。だけど被害者たちから直接の訴えが出ていないのをいいことに、宇津井先生が手をまわして学内の調査にとどめてくれたのだ。


「はじめに君から相談を持ち掛けられたときは、確かに驚いたがね。学校としても内偵を進めていた案件だったので、割と動きやすかったよ。ただ小桜くんには本当に申し訳ないことをした。まさか職員が寮生と結託して不正に加担しているとは・・・。皇国を守る者の端くれとして実に嘆かわしい。」


 宇津井先生はホノカさんが酷いいじめを受けていたにもかかわらず、後方支援科の教官たちがそれを見抜けなかったことにひどく心を痛めているようだった。


「直接関わっていたメンバー以外は誰も知らなかったみたいなので、仕方ないです。それにいじめがひどくなったのはここ1か月くらいのことらしいですし・・・。」


 ホノカさんは2年生に進級すると同時に第1寮に入ったそうだ。そこで松本先輩たちに目をつけられたらしい。ホノカさんの実家は第二城砦でも有数の商会で、平民だがかなり裕福な家庭なのだそうだ。


 貴族とはいっても継承権がなく、自由になるお金の少なかった松本先輩たちには、ちょうどよい金蔓だったのだろう。






「それで小桜くんの容体はどうだね? 寝込んでいると聞いたが・・・?」


「阿久猫さんの話によると少しずつ起きて身の回りのことができるようになっているみたいですが・・・。」


 ホノカさんは事件後、第1寮からマリさんのいる第2寮に転寮していた。転寮後、しばらくは普通に過ごせていたが、ある日突然、めまいや幻聴などの発作に襲われるようになった。


 療法術師の先生によると、激しい戦闘後に兵士たちに起こる精神的な後遺症に似た症状だそうだ。長期間に渡って極度の緊張状態や恐怖、暴力にさらされたことが原因らしい。


 それまで必死に抑えていた感情が一気に噴き出して、情緒のバランスが取れなくなっているのだ。今はマリさんがほとんど付きっ切りで看病してくれている。マリさん以外が近寄ろうとすると、悲鳴を上げて気を失ってしまうので、特例として学校が認めてくれたのだ。


 教官たちからは家族の下に帰した方がよいのではという意見もあったようだが、宇津井先生と事情を察した笹崎教官が、家族には知らせない方がよいだろうと内緒にしてくれた。


 ホノカさんのご両親には、体調を崩したため現在訓練を中断して休養中とだけ知らせてあるそうだ。必要であればきっとホノカさん自身の口からご両親に伝えるだろう。






 ホノカさん、マリさんがいないので222分隊の活動も現在止まった状態だ。


 今回の事件で上級生の訓練分隊のいくつかが解散や再編成を余儀なくされているため、『病気療養』を理由に222分隊が活動を休止しているのも、目立たずに済んでいる。


 一度、試しに男子三人だけで訓練飛行に参加してみたものの、教官から指定されたポイントに辿り着くことすらできず、僕が魔力切れを起こして不時着し教官機に回収されるという惨憺たる結果に終わった。


 これ以上222分隊の活動休止が続けば、皆の訓練単位が足りなくなってしまうかもしれない。そうなれば教官たちから分隊の再編成をするように指示が出る可能性が高いだろうとエイスケは言っていた。


「まあ、俺は一回ダブってるから、少し単位が足りなくなったって全然平気だけどな。それに足りない分も小桜が復帰したらすぐに取り返せるだろう。」


 エイスケは訓練単位を多少犠牲にしても222分隊を再編成するつもりはないようだった。それは僕もテイジも全く同じだ。今はホノカさんが回復するのを待つ。それが222分隊の総意だった。






「ところで君の義眼と義手は何とかなりそうなのかね?」


「治療は続けています。でもまだしばらくはかかるだろうって母は言っています。」


 宇津井先生は僕の右目を覗き込むように見た。その動きに反応して義眼が焦点を合わせると、右目の奥を針で突き刺されたような痛みが走り、僕は思わず顔をしかめた。


 僕の義眼と義手は機械と生体部品の組み合わせで出来ている。生体部品の材料は寄生型の魔獣だ。この魔獣には宿主の魔力と引き換えに失った身体組織の働きを補ってくれる性質がある。


 魔力を吸えば吸うほど魔獣の力は増していき、宿主の身体能力は驚異的に引きあがる。だが寄生させ続けているとやがて魔獣に体を乗っ取られてしまう。そのため機械部分に仕組まれている魔術回路で魔獣の動きを制限しているのだ。






 僕はホノカさんのいじめの証拠を掴み、松本先輩たちのマギホを破壊するために、その制御用の回路を暴走させて機能停止させた。そのせいで今、僕は右半身全体に魔獣が侵食している状態だ。


 でもそのおかげ(?)で、マヒした右足の感覚が戻った。おまけに身体能力が上がり、感覚器官が鋭敏になっている。右足を引きずらずに走ることができたのは8年ぶりのことだったので、ちょっと感動してしまった。


 ただこのまま放置し続ければ、やがて僕は完全に魔獣になってしまう。だから今は薬と、常に魔力を循環させ続けることで体内の魔力圧を上げ、魔獣の浸食が広がるのを防いでいる。






 ホノカさんの事件が落ち着いてすぐに母さんにこのことを話したら、こっぴどく叱られた。夜中近い時間だったにも関わらず、すぐに施療院に連れていかれ、魔獣の動きを抑制する薬を打たれた。割とまじめに命の危機だったらしい。


 そのことを母さんに滾々と説教された時、思わず「どおりで、すごく痛いと思った」って言ったら、数年ぶりに大きな拳骨を喰らってしまった。


 拳骨は痛かったけれど、母さんの素早い処置のおかげで今は小康状態だ。右半身を内側から切り裂くような痛みに苛まれる以外は、全く問題ない。トイレに行くたびに思わずうめき声が出てしまうくらい痛いけど、僕は全く後悔していなかった。


 その理由は自分でもよく分からない。でもそうするのが正しいことだという確信めいた思いが僕の胸の中にあった。遠い日の記憶の断片。炎に向かって立つ白銀に輝く大きな背中・・・。






「・・・カナメ君、話を聞いていたかね?」


 僕はハッとして宇津井先生の顔を見つめた。厳めしい、だが温かみのある瞳で、先生は僕のことを見つめていた。


「!! すみません! ちょっとぼんやりしていました!!」


「ハハハ、また書写の課題を出した方がいいかな?」


 僕の慌てる様子を見てからかうようにそう言うと、先生は僕にお茶を飲むよう勧めてくださった。僕の湯呑にはいつの間にか新しいお茶がいっぱいになっていた。きっと花さんが取り替えてくれたのだろう。全然気が付かなかった。


「痛みを和らげる呪文を記した護符を渡すと言ったのだよ。さあ、これを身につけなさい。」


 先生は恐縮する僕の手に護符を押し付けた。それは長めの紐が付いた小さな布袋だった。首にかけて使うタイプのお守りだ。僕は先生に言われるままに護符を首にかけた。護符のある胸の辺りがじんわりと温かくなり、体の痛みが徐々に和らいでいく。






「先生、これ『遺物』じゃないんですか? 僕なんかにこんな大事なもの・・・。」


 恐縮して僕がそう言うと、先生は途端に呆れたような表情で僕に言った。


「私が『僕なんか』に貴重な護符を渡すと思うかね? 君はそれにふさわしい働きをしたんだ。少なくとも私はそう思っているよ。胸を張って受け取り給え。」


 僕はあっけにとられて先生の顔を見つめた。義眼が僕の感情を表すみたいにグルグルと動く。目の奥が熱い。僕の様子を見て、先生はちょっと視線を逸らすと気を紛らすように咳ばらいを一つした。






「それにその護符は『遺物』ではない。私が彼らに助けてもらって再現したものだよ。痛みを和らげるだけで傷を癒す程の効果はないんだ。多少治癒速度が上がるくらいだな。まあ、試作品の実験だと思ってつけていたまえ。後でレポートを書いてもらうかもしれないからな。」


 先生はそう言って僕らの周りに集まっていた白い幽体たちを指し示した。幽体たちの声は僕には聞こえないけれど、彼らが何となく誇らしげにしているような雰囲気を感じることはできた。


「・・・先生、ありがとうございます。」


 僕がお礼を言うと宇津井先生は「うむ」と頷いてから、花さんにお茶のお代わりを頼んだ。花さんはほとんど手を付けていない先生のお茶を新しいものに取り替えると「仕方のない人ね」とでもいうかのように軽く手を振って虚空に消えていった。











 それから2週間後、7月のはじめの実技演習日に222分隊の全員が隊舎に集まった。


「ホ、ホノカさん。もう、その、えっと・・・。」


 マリさんに寄り添うように立っているホノカさんに声をかけようとしたが、彼女の顔を見るといろいろな感情がこみあげてきてうまく言葉が出てこない。


 そんな僕の様子を見てホノカさんはくすっと笑い声を漏らすと小さく、だがはっきりとした声で言った。


「新道くん、私、もう大丈夫だよ。本当にありがとう。」


 僕はそれを聞いてがくがくと頭を上下させた。思えば女の子に正面から話しかけられたのは、事故に遭って以来これが初めてかもしれない。顔がすごく熱くて、目の前がちかちかした。魔力を暴走させたときよりも、体の芯がずんと熱くなる感じがする。


 「おい隊長、しっかりしろよ」と僕の背中をバンと叩いたエイスケ、腕組みしたまま仁王立ちのテイジにも、ホノカさんは丁寧にお礼を伝えていた。






「それにしてもカナメっち、どうしちゃったのさ? この間はホノちゃんをお姫様抱っこしちゃったりして、すごくかっこよかったのにぃ。」


 からかうようなマリさんの言葉でその時のことを思い出したのか、ホノカさんは真っ赤になって俯いてしまった。僕も同じように俯いてしまう。今思い返すとなんであんなことができたんだろうと不思議でしょうがない。寄生魔獣に脳みそまで侵食されていたのだろうか。


 もちろん、あの時のことはよく覚えてる。確かにそうしなきゃいけないって思ったのだ。けど、冷静になって考えると女の子を抱きかかえて運ぶなんて、いつもの僕じゃ絶対にありえない。


 そう考えて僕はまじまじとホノカさんの体を見た。すると途端に、あの時抱き上げたホノカさんの細いけれど柔らかい体の感触を思い出してしまった。たちまち体の芯がぐんと熱くなる。僕は慌てて太ももをぎゅっと閉じなくてはならなかった。


 エイスケはそんな僕とホノカさんの様子をニヤニヤしながら見ていた。






「まあ、いいじゃねえか。とりあえずこれで全員そろったんだ。落とした分の単位、頑張って稼がねえとな。俺、さすがに2年を3回やるのはごめんだぜ。」


 エイスケくんは茶化すようにそう言うと、顔を上げた僕の目を見てにやりと笑った。そうだ。やっと、そろったんだ。


 僕たち222分隊の現在の演習ランキングは他学年を含めた全分隊中最下位になってしまっている。前半の実習で稼いだポイントは大規模な部隊改編のせいでリセットされてしまった上に、およそ3週間演習に参加していなかったせいだ。


 だけど僕は全く心配していない。僕を見つめるみんなの目からも僕と同じ気持ちを感じるとことができた。僕は自然と左手を前に出していた。






「よし、頑張ろうみんな!」


 僕の言葉にマリさんが猫みたいな目をキラキラと輝かせた。他の皆も互いに目線を交わし、小さく頷く。


「はい!」「はーい!」「へいへい。」「・・・うむ。」


 僕の左の手の平の上に4人の手が重なる。そうだ。僕はもう一人じゃない。皆がいれば、きっとなんだってできる。


 僕の掛け声とともに鬨の声を上げた222分隊は、久しぶりの演習に向けてそれぞれの役割を果たすため、きびきびと動き始めたのだった。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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