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11 解放 後編

本日二話投稿しています。こちらは後編です。

「やっふー!終わったよー!・・・って、何してんの二人とも?」


 元気よく分隊舎の2階にやってきたマリさんが、僕とエイスケくんの姿を見るなりそう言った。僕たちはさっきから二人して待機所のソファの周りをうろうろ歩き回っているのだ。


 僕はエイスケと顔を見合わせた後、怪訝な表情で僕らを見るマリさんにどちらともなく説明を始めた。


「いや、あの、今、ホノカさんがシャワーを浴びてるんだけど・・・。」


「小桜の大きな泣き声が聞こえてな。でも、しばらくしたら聞こえなくなったんだ。それからずいぶん経つのにまだ出てこないからよ・・・。」


「それで様子を見て声をかけるかどうか、エイスケと話し合ってたんだけど、結論が出なくて・・・。」


 僕たちがへどもどと言い訳するのを聞いて、マリさんは「にゃはは」と笑った。






「ふーん、それでそんなとこグルグル回ってたんだ。何かの儀式で使役獣でも呼び出してるのかと思った。よし、あたしが見てきてあげるね!」


「お、おい! 小桜はかなり参ってるみたいだから、慎重に・・・!」


 エイスケがそう言って止めるのも聞かず、マリさんは女子更衣室に飛び込んでいった。


「おーい、ホノちゃん! 邪魔するぜえ!」


 女子更衣室からマリさんの大きな声が響く。その直後、シャワールームの扉を開ける音と共にホノカさんの細い悲鳴が聞こえた。






「・・・あいつ、ほんとに遠慮がないな。」


「でも、それがマリさんのいいところだと思うよ。実際、来てくれて助かったし。」


 僕が苦笑しながらそう言うと、エイスケは「まあな」と呟いた。そして大きなため息とともにソファに深々と腰かけた。


 さっきホノカさんの声が聞こえたことで、僕はすごく安心することができた。マリさんになんだかんだと言いながらも、エイスケもきっと僕と同じ気持ちなのだろう。


 ちなみにテイジはマリさんと一緒に入ってきてからずっと待機所のソファに座ったままだ。僕らのやり取りを聞いた後でも腕組みをしたままで、まだ一言もしゃべっていない。彼もマリさんとはまた違った意味で超マイペースだ。


 僕たちは三人でソファに腰かけ、しばらくそのままホノカさんとマリさんが戻ってくるのを待っていた。誰も何もしゃべらないけれど、その沈黙がすごく自然な感じだ。口には出さなくても、皆がホノカさんのことを心配しているのが伝わってくる。






「お待たせ、お待たせー! ホノちゃん、連れてきたよ! どう、可愛いでしょ!?」


 バタバタと騒々しい音と共に女子更衣室の扉が開き、マリさんに押し出されるようにホノカさんが待機所に姿を見せた。ホノカさんはすごく恥ずかしそうに俯いていたけれど、その顔はなんだか少し嬉しそうにも見えた。


 ホノカさんは猫耳フードのついた黄色いパジャマを着ていた。フードの首元についた赤いリボンが首輪みたいに見えるデザインになっている。


 どうやらマリさんのものらしく、ホノカさんにはかなりぶかぶかだ。でもそれが逆に小柄なホノカさんによく似合っていた。なんていうか小動物みたいで可愛らしい。彼女がちらりと目を上げて僕の方を見た瞬間、僕は自分の心臓がトンと音を立てて跳ね上がったような気がした。


 思わず目を逸らして横を見ると、ニヤニヤしているエイスケと目が合った。彼は生暖かい目線で僕の目を見た後、何かを悟ったようにうんうんと一人で頷いていた。






 僕がエイスケに言い返すために口を開こうとした時、ホノカさんが僕らの方へ一歩踏み出した。彼女は居住まいをただすと、その場で深々と頭を下げた。


「みんな、助けてくれて本当にありがとうございました。」


 彼女は大きな声ではっきりとそう言った後、頭を下げたまま小さく肩を震わせ始めた。そして顔を上げると、震える声で僕たちに言った。


「私、みんなのお金を盗もうとしてたのに・・・。」


 ホノカさんはそれだけ言うと、また涙目で俯いてしまった。彼女の手はぎゅっと固く握られている。


 マリさんは震える彼女の肩を後ろから抱き、彼女の言葉をはっきりと否定した。






「それは違うでしょホノちゃん! さっきあたしが話したじゃん。事情はあたしがあいつらからみんな聞いたって!!」


 僕たちが関わってからの大体のことを、マリさんが彼女に説明してくれたみたいだ。マリさんに強く抱きしめられたまま、ホノカさんは何度も何度もうんうんと頷いていた。


 それからホノカさんは、目をぎゅっとつぶり溜まっていた涙を締め出した。次に目を開けた時は、少しすっきりした表情をしていた。目の周りが涙で赤くなっていたけど、もう泣いてはいなかった。


 僕は立ち上がり、彼女の前に立って言った。






「マリさんの言う通りだよ。ホノカさんが気にすることじゃない。悪いのはあいつらなんだから。あいつらにはもう二度と手出しさせない。だから安心してていいよ。」


 二人に待機所のソファに座ってもらった後、僕はエイスケが運んできた箱から一台のマギホを取り出した。それを見たホノカさんがたちまち顔色を変えた。


「そ、それって・・・!!」


「うん、松本ヤスエ先輩のだよ。」


 僕が右手に持ったマギホを見つめながら、彼女は震える声で呟くように言った。






「新道くん、まさか、中を見たの・・・?」


 ホノカさんの顔から表情が消えていく。彼女の奥歯がカチカチと音を立てるのが、僕にもはっきりと聞こえた。彼女の隣に座っていたマリさんは彼女の薄い肩を抱き寄せ、彼女を守るように彼女の体に自分の体を密着させた。


 僕は彼女からよく見えるように、マギホの画面を彼女に向けた。光を無くした目で僕を見上げる彼女を少しでも安心させたくて、僕は彼女に笑いかけた。


「まさか。見ててね?」


 僕は彼女の目の前で、左手の指を使って松本先輩のマギホの画面に触れた。たちまち画面に警告のメッセージが現れる。


『不正な操作を検知しました。管理者は60秒以内に認証コードを入力してください。コード入力なしに不正操作が継続される場合、皇宮通信監理局へ自動通報します。直ちに操作を中断してください。』


 女性の合成音声が待機所に響く。マギホの魔力登録者以外が操作しようとするとこうなるのだ。これはどのマギホにも標準で搭載されている防御機能で、登録者以外の操作を一切受け付けないようになっている。





 

「ほらね、操作できないでしょう? 他の人のマギホも全部回収してきたけど、どれも中身は見てないよ。」


 僕は努めて明るい声でホノカさんにそう説明した。だけど彼女は凍り付いたように松本先輩のマギホをから目を離さなかった。このマギホは彼女の辛い記憶そのものだ。無理もない。


 やがて彼女は昏い目をしたまま、絞り出すように声を震わせ、僕に問いかけてきた。


「そのマギホ、どうするの? ま、まさか憲兵隊に提出するんじゃ・・・!?」


 この中にホノカさんが虐待を受けた時の様子が記録されているのは間違いない。防衛学校の憲兵隊に提出すれば管理者権限によるマギホの精査が行われ、松本さんたちの犯罪が明るみになることだろう。






 ただホノカさんは、この中に入っている自分の映像を誰かに見られることをひどく恐れている。どんな記録が入っているのか僕たちは知らない。けれど、彼女が絶対に知られたくないことなのだということは僕たち全員が分かっている。


 怯える彼女の姿を見て、僕の中で新たにまた松本先輩に対する怒りの感情が沸き起った。それに引きずられるように魔力が湧き上がり、寄生魔獣が僕の体内で暴れ出す。僕はゆっくり深呼吸をして、その怒りを鎮めようと頑張った。


 そんな僕とホノカさんの様子を見て、エイスケが口を開いた。彼はいつもと違う、ちょっと優しい調子で彼女に言った。






「いくら何でもそりゃねえよ。そんなことすりゃ俺たちまで捕まっちまうだろうが。このマギホ手に入れるのに、いろいろやらかしたんだからな。」


 怯えた目でエイスケを見るホノカさんに、彼はゆっくりと諭すように語り掛けた。


「いいか、小桜。お前に何が起こったのか詳しく知ってるのは、この中じゃ阿久猫だけだ。」


 彼はそこで一度言葉を切り、彼女が自分の言葉を飲み込むのをじっと待ってから、また話し始めた。


「だがな、お前がしんどい思いをしたのはここにいる全員が分かってるぜ。だからまあ、心配すんな。な?」


 最後、エイスケは困ったように小さく笑ってそう言った。ホノカさんはまだ怯えた目をしている。でもその瞳には少し光が戻ってきたように見えた。


 エイスケの言葉に同調するように、マリさんはホノカさんの前に顔をつき出した。






「マルちゃんのいう通りだよ、ホノちゃん! あたしはあいつらから色々聞きだしたけど、それを誰にも言うつもりないよ。記録ももう、このマギホ以外残ってないんだから。だから安心して? ね?」


 必死になってマリさんが言った言葉で、ホノカさんは恐る恐る僕たちのことを見た。テイジは彼女に黙って頷き、エイスケは片目をつぶって親指を立てて見せた。僕もみんなと同じように、黙って彼女に頷いた。


 彼女の瞳にまた少し光が戻ってきた。ちょっとは落ち着いてくれたみたいだ。彼女は怯えた目で松本先輩のマギホを見ながら、僕に尋ねてきた。






「それじゃあ、なぜ、松本先輩のマギホを・・・?」


 彼女の疑問に答えるため、僕は右手の義手でマギホを掴んで彼女に差し出した。


「それはね、ホノカさんにこのマギホの記録を消すところを見てもらうためだよ。」


 僕の言葉を聞いた途端、彼女は信じられないというように声を上げた。


「消す!? そんなの無理よ!! だってマギホは登録者以外の魔力を受け付けないし、魔術回路のコアになってる魔石は強力な結界に守られてるから、強引に破壊しようとすればすぐに監理局が・・・!」


 彼女の言うことももっともだ。でも説明するよりやって見せたほうが早い。






「見ててね。」


 不安そうな表情をしたホノカさんを安心させるように、僕はできるだけ優しく微笑んで見せた。エイスケの「お前、笑顔へったくそだな」というツッコミは全力でスルーすることにする。


 僕はホノカさんの目の前で義手の中の寄生魔獣を暴走させた。暴走によって活性化した寄生魔獣の触手が魔力を求めてマギホに侵入していく。魔術回路を同化しながら侵食することで、寄生魔獣は結界を発動させることなく魔石に辿り着いた。


 次の瞬間、マギホから激しい光が上がり、ホノカさんが「きゃっ・・!」と小さく叫んだ。マギホはブラックアウトしたまま、動かなくなった。僕の義手の中の魔獣の触手が、コアの魔石を完全に吸収したのだ。






「ほらね。簡単でしょ? これでもう大丈夫。他のマギホも僕が全部こうやって再生不能にしたんだ。記録はこれで永久に消えてなくなったよ。」


 そう、このために僕は松本先輩のマギホだけ壊さずにおいた。ホノカさんの目の前で記録が消えるところを見せたかったのだ。


 もちろん、それで彼女の辛い過去が何か変わるわけではない。ただ少しでも彼女に安心してほしかった。それだけだ。


 そう言った僕の顔を見てホノカさんは息を呑み、出かかった言葉を抑えるように口へ手を当てた。


「新道くん、その顔・・・!!」


 僕の右半身全体で寄生魔獣の触手がどくどくと脈打っているのを感じる。目の周りや顔の表面が動いているのが、鏡を見なくても分かった。僕は咄嗟に右手で自分の顔を隠して横を向き、左目で彼女を見た。






「あ、ごめん。気持ち悪いよね。」


 僕がそう言って謝ると彼女はすぐに立ち上がり、僕の体に縋りつくようにして僕の右半面を覗き込んだ。僕は驚きと恥ずかしさで、右半身を襲う激痛を一瞬忘れることができた。


 彼女は僕の両腕を掴んだまま、僕の言葉を否定するように大きく頭を振った。その勢いで猫耳フードが外れて、彼女のサラサラの髪が零れ落ちた。


「ううん、そうじゃなくて! それ、大丈夫なの!?」


 心配そうに僕を見つめる彼女と僕の義眼の視線がぶつかる。彼女の髪から立ち上る甘い石鹸の香りにドキドキしながら、僕はそっと目線を逸らした。






「うん、大丈夫。見た目ほど酷くはないから心配しなくてもいいよ。」


 これは嘘だ。本当のことを言えばちょっと痛い。いや、実はかなり痛いかな。


 魔獣が体組織を乗っ取ろうと侵入するのを魔力で防いでいるので、皮膚の内側を刃物で切り裂かれているような痛みがずっと続いている。侵入に抵抗しなければ痛みはなくなるけど、そうすると僕の体はいずれ完全に魔獣に乗っ取られてしまうからね。


 でも今はそれをホノカさんに伝える必要はない。彼女は僕の言葉の真偽を確かめるように、じっと僕のことを見つめていた。


 義眼が勝手に彼女の瞳に焦点を合わせようとする。こんなに間近で女の子の瞳を覗いたことなんて、もちろんこれまでに一度もない。僕の心臓が耳の奥でドクドクと大きく音を立て、それにつれて魔力が高まっていく。


 ああ、女の子ってこんなにいい匂いがするんだ。


 僕はそんなことを考えながら、体内で魔力を求めて暴れまわる魔獣を抑えようと必死になった。そんな僕の努力を知ってか知らずか、彼女は無言でコクリと頷いた。


 僕は彼女をソファに座らせてから、松本先輩のマギホを他のマギホの入っている箱の中に放り込んだ。ソファに座った僕は、皆の顔を見まわしてから改めてホノカさんに話しかけた。






「かなり強引なやり方だったけど、記録は全部僕たちが消したよ。他に残ってるものがあるかは・・・。」


 そう言って僕が目を向けると、マリさんが胸を張りながら自信たっぷりに答えた。


「それなら大丈夫だよ。あたしがしっかり聞きだしたからね! データはその中にしか残ってないんだって。」


 彼女の言葉にエイスケが大きく頷いた。


「うんうん、予想通りだな。あの連中も犯罪の証拠をあちこちに分散させるほど馬鹿じゃなかったってことか。それにしてもお前、すごい自信だな。あいつらが本当に隠してないか、寮や他の持ち物を調べなくていいのか?」


 エイスケがマリさんに尋ねる。すると彼女は懐から何かを取り出し、ピッと爪で弾いてエイスケに投げ渡した。怪訝な顔でそれを受け取ったエイスケの顔が、たちまち引きつっていく。






「これ・・・もしかして人間の奥歯か?」


 恐る恐る聞いたエイスケに、マリさんはあっけらかんとした声で答えた。


「それ、松本先輩のだよー。本当は前歯から始めようって思ったんだけどね。テイジが全部折っちゃってたからさー。先輩が素直に『お話し』しやすくなるように、ちょっとだけ口の中をいじらせてもらったんだー。」


 そう言って爪をカチカチ打ち合わせながら「にゃはは」と笑うマリさん。テイジは無言でうんうんと頷いている。


 でも僕たちは二の句が継げないまま、馬鹿みたいに口をぽかんと開けて、笑う彼女を見つめた。


「うん? どうしたの皆、急に黙り込んじゃって?」


 やがて我に返った僕は、不思議がる彼女にようやく声をかけることができた。






「・・・えっと、マリさん・・・? それってつまり・・・。」


 僕がごくりと唾を飲み込んだのにも気づかず、彼女は困ったように説明を始めた。


「だってあたしがせっかくお話しましょって言ってるのに、なかなか話してくれないからさぁ? 仕方ないじゃんね? 最初はずっと『回復術師を呼べ!』とかって叫んでたんだよ。だけど、奥歯それ取る頃にはだいぶ素直になってくれてねー。『聞かれたことには何でも答えます』って言ってくれたんだ! やっぱり話し合うって大事だよね!」


 マリさんはそう言って笑った。テイジは相変わらずうんうんと頷いている。テイジってマリさんに対しては全肯定なのか? それとも獣人さんたちの間では、これが普通なんだろうか?


 それはなんだか聞いちゃいけない気がしたので、僕は黙っていることにした。マリさんは僕が黙り込んだことで肯定されたと思ったのか、得意げに話を続けた。






「その頃には残ってた歯がもう半分くらい無くなってたからね。言葉が聞き取りづらくって。でも大変だったけど丁寧に口を弄って、ちゃあんと『口を割らせた』から!」


 彼女はそう言うと猫のように目を細め、グイっと胸を張って見せた。僕たちが立ち去った後、あの女子トイレはなんか凄まじいことになってたみたいだ。


 僕とホノカさんは言葉を無くして思わず目を合わせた。でもマリさんに(多少怒りの気持ちがあったとはいえ)悪意があるわけじゃない。すべてはホノカさんと分隊ほくたちのためを思ってやったことだ。


 そう思えば納得できる気がするかも・・・。僕とホノカさんは無言のまま目で語り合い、言いたいことはすべて飲み込むことにした。


 そんな僕らを横目にエイスケは、「『口を割らせる』ってそういう意味じゃねえんだよ・・・」ってドン引きしていた。


 ちなみに松本先輩の様子を見て、他の女子生徒たちは最初から素直に話してくれたらしい。そりゃそうだろうね。











 話し終わった後、マリさんは自分のソファから立ち上がってホノカさんの前にしゃがみ込んだ。


「だからねホノちゃん。もう全部終わったんだよ。安心してね。」


 マリさんが正面から目を見合わせながらそう言うと、ホノカさんはハッとしたように目を見開いた。マリさんは彼女に無言で頷いた後、彼女の体を強く抱きしめた。


 ホノカさんは呆然としたまま固まっていた。でもやがてクシャリと顔を歪めて小さく、本当に小さく呟いた。


「終わった・・・? 本当に・・本当に終わったのね・・・。」


 彼女はおずおずとマリさんを抱きしめ返すと、やがて静かに泣き始めた。彼女は泣きながら何度も「ありがとう。みんな、ほんとうにありがとう」と繰り返していた。






 その後、ホノカさんは泣き疲れて気を失うように眠り込んでしまった。


 マリさんが「あたしがホノちゃんについてるから大丈夫!」言ったので、僕たち男子三人はホノカさんを彼女に任せ、待機所の仮宿泊所で一夜を明かすことにした。


 仮宿泊所に入って狭い簡易ベッドに横になる前、エイスケが突然僕ら二人を呼び止めてぼそりと言った。






「新道、鬼留、ありがとな。俺・・・ずっと小桜を助けてやりたかったんだ。」


 僕とテイジは黙ってエイスケの方を見た。暗い宿泊所の入り口に立ったまま、彼は深々と頭を下げた。


「・・・お前らのおかげだ。ほんとにありがとう。」


 薄暗いので、エイスケがどんな表情をしているか見ることはできなかった。


 テイジは無言のまま、僕とエイスケに向かってすっと右拳を突き出した。僕らは彼の拳に自分の拳を軽く打ち合わせた。






 僕らは何も言わないまま、壁際に作られた狭い簡易ベッドに入った。一番上の段に寝た僕は、薄暗い天井を見つめた。


 右腕と右目の奥が熱を持ち、息をするごとに焼けつくような痛みが襲ってくる。だけどその時、僕の胸の奥にはそれ以上に熱い気持ちが溢れていた。そのおかげなのだろう。僕は激しい痛みになんとか耐えることができた。


 天井近くにある小窓からは、優しい月影が差し込んでいる。分隊舎の外からは夏の夜風に運ばれてきた虫の声がかすかに聞こえた。


 その声にじっと耳を澄ませているうちに、僕はいつの間にか深い眠りに落ちてしまっていたのだった。

読んでくださった方、ありがとうございました。明日は休日出勤になりそうです。続きが書きたいです。

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