1 日常
SFっぽい学園ものを書きたいと思って書き始めました。でも私の足りない頭を補うため、科学ではなく魔法の要素を取り入れています。楽しんでいただけたら幸いです。
居間のテレビから、海外の子供たちを救う募金を呼び掛けるCMが聞こえてくる。時計を見ると16:50過ぎだった。夕方のアニメが終わったのだろう。
僕は夕飯を作る手を止めて、居間にいる妹に声をかけた。
「マドカ、そろそろ夕ご飯できるから、テーブル片付けておいて。」
「うん、歌が終わったら片付ける。」
幼年学校の宿題をしながらアニメを見ていた妹のマドカが、上の空で返事をするのが聞こえた。CMの時間に大急ぎで宿題を進めているんだろうけど、あの調子じゃあほとんど終わってなさそうだ。あとで見てやらないと。
テレビの音がCMから軽快なアニメの曲に変わる。それに合わせて学習用端末を置く音が聞こえた。幼年学校4年生になった今ではやらなくなったけれど、ついこの間までマドカはアニメのエンディング曲に合わせて楽しそうに歌っていた。
あの時は調子はずれな歌だな思っていたけど、舌足らずな声で一生懸命に歌うマドカの声が聞こえなくなるとそれはそれで寂しい。そう思うようになったのは、僕が幼年学校を卒業して防衛学校に進学したせいかもしれない。今の僕は防衛学校の2年生だ。7月になれば14歳。幼年学校の同級生のほとんどはすでに仕事をしていて、何人かは独り立ちしている。
アニメが終わり、バタバタとテーブルの上にあったものを片付ける音がしたのを見計らって、僕は二人分の夕飯を盛りつけた食器を運ぶ。
「手を洗って運ぶの手伝って。」
「はーい。」
今日の夕飯は焼き魚とお味噌汁、あとは白米のごはんだ。白米といっても蜥蜴人族の領域で収穫される長粒種だけどね。
短粒種も売られてはいるけど、うちみたいな母子家庭ではとても日常的に食べられるようなものじゃない。皇国天領でしか作られてない超高級品だからだ。昔、一度だけ父さんが生きてた頃、マドカの誕生のお祝いで食べたことがある。あれは美味しかったなぁ。
何ていうか甘みと香りが、普段食べているお米と段違いだった。大災厄の前には大日本皇国でも普通に食べられてたらしいけど、僕はそんなの歴史の教科書でしか知らない。
配膳を終えたところで、僕はテレビの電源をパチンと切った。『恵まれないアメリカの子供たちにあなたの善意を・・・』っていう聞き飽きたフレーズを途中で消して僕とマドカは食卓に着いた。
「八百万の神々と精霊の恵みに感謝していただきます。」
「いただきます!」
祈りの言葉を捧げると食卓に並べられた夕飯の食材からほんのりと温かい波動のようなものを感じる。僕のあいさつに食材に宿る精霊たちが応えてくれたのだ。こんな小さな祈りにすら反応してくれるほど、この国には神々や精霊が溢れている。
つい200年前の人たちはこんな波動を感じなくても普通に食事のあいさつをしていたらしい。きっとそのおかげで今でもこの国は精霊に愛されているんだろう。もっともその分、魔力災害も多いんだけどね。
マドカに幼年学校での様子を聞きながら夕飯を食べる。
「・・・でね、来週、授業参観があるんだって。お母さん、ちゃんと覚えててくれるかな?」
「魔力端末のスケジューラに記録してるの見たから大丈夫だと思うよ。急患が入らなければだけど。」
「うー、どうか事故が起こりませんようにっ!」
救急施療院で看護術師をしている母さんは今日みたいに急患が入るとしばらくは帰ってこない。次に帰ってくるのはたぶん明日の昼以降だろう。
「ところで授業参観って何するんだ?」
「私は詠唱だよ。トモちゃんは書写だって。」
「ああ護符師になりたいんだっけトモちゃん。さすがは御社の子。」
ちなみに僕は幼年学校のころ美術を選択した。母さんに会心の似顔絵を見てほしかったのだけど、結局一度も来てくれたことはなかったっけ。もし母さんが行けそうにないときは、僕がマドカの授業参観に出ようかってチャットで聞いてみよう。
食べ終わったら二人で夕飯の片づけをする。あ、もうそろそろ味噌が切れそうだったんだ。明日学校の帰りに買って帰ろう。『味噌』とマギホにメモしてマドカの宿題を一緒に片づける。マドカは分数に苦戦していた。算術が苦手なところは母さんによく似ている。
「よし、マドカ。お風呂に入っておいで。」
「カナメちゃんと一緒に入る!」
「それは・・・。いや、そうだな。一緒に入ればお湯の節約になるか。」
一瞬、自分の右手をちらりと見て迷ったが、結局マドカと一緒に入ることにする。マドカ相手にこの体の傷を隠すのも今更だ。
二人で狭い洗い場に入る。湯加減を確かめ、簡単にマドカの体を洗った後、浴槽につからせる。
「カナメちゃん、ちょっとお湯がぬるいかも。」
マドカの言葉に無言で頷き、僕は左手の人差し指にはまった指輪を浴槽に描かれた火属性の魔方陣に近づけた。魔力で魔方陣を操作してお湯の温度をほんのちょっと上げる。マドカはあったかい風呂が好きな割にのぼせやすいから、気を付けないと。
「カナメちゃん、背中洗ってあげる!」
僕が苦労して自分の背中を洗おうとしていたら、マドカが湯船の中で立ち上がってそう言った。右半身の傷跡に触れられるのを一瞬ためらったけれど、結局マドカのまぶしい笑顔に負けてしまった。自分でもちょっとシスコン気味だという自覚はある。
僕が洗い場で体を洗い終わると、今度はマドカと交代だ。
「カナメちゃん、髪洗って!」
僕は湯船から上半身を出し、左手だけを使ってマドカの柔らかい髪をやさしく洗う。右手の義手を使わないのはもちろん、マドカの髪を義手のギミックに絡めてしまわないためだ。
髪を洗い終えたらマドカは狭い浴槽に無理やり入りこんできた。マドカがのぼせないように気を付けながら、ゆっくり体を温めさせる。
同級生よりも小柄とはいってもマドカももう9歳だ。今年の夏には10歳になる。こうやって一緒に浴槽に入れるのも今年が最後かもしれないな。マドカの細い肩を見ながら僕はそんなことを思った。
やっぱり少しのぼせてしまったマドカの髪を丁寧に乾かしてやりながら、僕はこれから寝るまですることをぼんやりと考える。
家事はもう、一通り終わらせてある。明日も早めに帰れるように授業の予習をしておこう。居残りでもさせられたら、マドカを一人にしてしまうことになる。
明日の時間割は国語、地理、歴史と、午後からは魔力演習だったはずだ。防衛学校には美術の時間がないから少し寂しい。まあ魔導機士になるのに美術は必要ないから仕方がないのだけれど。
マドカの柔らかくてつやつやした黒髪を櫛で梳きながら、僕は魔力を使って右目の義眼にアクセスし、明日の授業内容を呼び出す。
視界の右側に半透明のウインドウが現れた。そこに地理の教科書を投影したまま、座った姿勢でうとうとし始めたマドカを寝かせる準備をする。
魔導機の索敵範囲と魔導機銃の射程についての解説を横目に見ながらマドカが眠ったのを確認し、僕は寝室のふすまを閉じた。
居間のちゃぶ台の上でタブレットを起動し、練習問題を解いていく。地図を読むのは得意だ。僕は一度見た図や光景をかなり正確に思い出すことができる。これは数少ない僕の特技の一つ。
もっともマギホのようなデバイスが発達している現代ではあまり意味のない特技だけどね。
タブレットから出題される3D処理された地形と自機の図を見ながら、次々と変わる状況に対応するための最適な行動を選択していく。
結果は自機損耗率28%。満点には程遠いけど、何とか及第点は取れた。十分だ。これなら補習を受けることにはならないだろう。僕は残りの教科の予習も終え、23時を少し回ったころにマドカの隣に敷いた布団にもぐりこんだ。
ぎゅっと小さく丸まって寝ているマドカの布団を直してやり、明かりの精霊の加護を利用した室内灯を消す。
「おかあさん・・・。」
マドカの小さな寝言が聞こえた。マドカは眠ったまま布団をぎゅっと抱きかかえている。顔を覗き込むと目の端に涙がにじんでいた。
左手の指輪に魔力を集めてマドカの背中をそっとなでる。マドカの魔力と同調するようにゆっくりと魔力を送り込むと、じきに細い体がほぐれて安らかな寝息を立て始めた。
・・・普段明るくふるまってはいても、やっぱり寂しいのだろう。父さんが死んでもう8年。マドカは父さんのことを全然知らない。
僕が幼年学校を卒業してから、マドカは夜まで一人で過ごす日が増えた。僕に魔導機士の適性がなければ、防衛学校に無理やり入れられることもなかったのにと、死んでしまった父さんをほんの少し恨めしく思う。
幼年学校の同級生の多くはすでに働いている。僕も彼らと同じように働きたかった。僕は子供のころからずっと絵師になりたかったのだ。でも卒業時の適性検査の結果、防衛学校に入学させられた。本当は嫌だったけれど、皇民である以上、帝がお決めになった典範に逆らうことはできない。
今の僕の目標は魔導機の地上支援員になること。そして少しでも母さんやマドカのために生活費を稼ぐことだ。だから補習や追試なんてもってのほかなのだ。
「やっぱりもう一度、見直しておこうかな。」
僕は布団に横になったまま右目の義眼を起動させ、暗い天井に半透明のウインドウを表示させて、明日の予習を始めた。
その後30分ほど、明日の授業内容である祝詞の暗唱をし魔力災害の歴史を読んでいるうちに、僕はいつの間にか眠りに落ちてしまっていた。
読んでくださった方、ありがとうございました。多分、週一回くらいの不定期投稿になると思います。最後まで書くつもりですが先は長そうです。頑張って最後まで書きますので、次回のお話もまた読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。