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8 ダリアの悲しみ

 馬車に乗っても、ダリアはバーベナの手を離せなかった。震えるダリアの手を、バーベナはそっと握り返した。


 『ダリアの本当の父親は、ガイアス子爵のせいで死んだのだったわ……』


 バーベナはダリアがそのことを知らずにいるのだと思っていた。ゲームの中ではその事に直接触れることはなく、ファンブックで明かされていただけだった。


「ごめんなさい。取り乱して……」

 馬車の窓から図書館が見えなくなると、やっとダリアが口を開いた。

「いいのよ、ダリア……顔色が悪いわ。うちで休んでいく?」

 このままダリアを帰すことが、バーベナには不憫に思えた。

「大丈夫……、お兄様もいるから……」

「お願い。ダリア……このままお別れするのは心配だわ。うちで温かい飲み物を飲みましょう?庭の薔薇も持っていって頂戴」

 何か少しでもダリアの心が晴れることがあれば、そうバーベナは考えた。

「ダリア、バーベナに甘えた方がいい。……このまま帰ることは俺も反対だ」

 クラレンスも心配そうにダリアの顔を覗き込んだ。やはり、クラレンスはゲームのように冷たくはなかった。


「お兄様………」


 義兄の勧めもあって、ダリアは頷いた。

 ダリア自身もこのまま男爵家に帰って家の手伝いをする気にはなれなかった。

 王城から近いバーベナの屋敷に着いて、ダリアとクラレンスは庭のガゼボに通された。

 お茶や菓子を用意したメイドや、バーベナを図書館に連れていってくれた礼を言いに来たハリエッタが下がると、俯いていたダリアが顔を上げた。

「バーベナ……私は、本来ならばあなたと口を聞くことも叶わないの……」

 ポツリと言った声は、普段のダリアの明るさとはかけ離れた暗い物だった。

「私はポート男爵家に養女にもらわれるまで、母と一緒に救済院で暮らしていたの」

 ダリアは手の中でハンカチを強く握った。彼女がポート家に養女に入るまでの話は、男爵、夫人、クラレンスの3人しか知らなかった。バーベナも公式ファンブックに書かれた数行の情報しか知らなかった。

「うちは騎士の家系で、祖父は前国王の護衛も任された方だって聞いてた……」

「確かに、ダリアの家は王都でのタウンハウスを許された騎士だった」

 騎士の家から男爵家に養女に入っただけならば、ダリアの優秀さのためだと誰もが思っただろう。


「あの日……、私は教会に行こうとしていたの。前の日に拾った子猫を神父様に預かっていただいていたから」

 子猫の様子を見に行ったダリアは、誘拐されてしまった。

 ダリアは教会にたどり着くことはなく、ならず者の荷馬車に連れ込まれてしまったのだ。


「私を麻袋に入れた男たちは、ガイアス子爵家に連れて行くと言っていたわ」

 その時、ダリアはまだ6歳だった。だが、その恐怖はいまだに彼女を悪夢で苦しめることもあるほど強烈な記憶を残していた。

 ガイアス子爵は、当時から悪い噂のある人物だった。

 少年、少女を問わず、幼い子供を使用人として買い取ることでも有名だった。

 子爵は大した領地もなく、何を生業にしているかはわからなかったが、王都の近郊の村から年季奉公の子供を多く買っていた。

 それだけでは飽き足らず、子爵家の近所で行方を断つ子供も何人もいた。噂では、子爵が自分の『趣味』のために子供を誘拐していると囁かれていた。

 だが、曲がりなりにも子爵である。確実な証拠もなしに家を調べることもできなかった。


「父は……単身、ガイアス家に乗り込んで私を探したの……」

 ダリアはすでに近所でも評判の美しい少女だった。

 軽口に小児趣味の子爵に気をつけろなどと、ダリアの父も言われるほどだった。その言葉が頭にあったせいか、ダリアの父はダリアがいなくなってすぐにガイアス家に向かった。

 運が良かったのか悪かったのか、ダリアの父が門番と揉めているところにならず者たちの荷馬車が着いた。

 彼女の父はならず者たちの手から、ダリアを救い出すことができた。それは、ダリアに取って幸運なことだった。

 だが、不運なことも同時に起きた。

 荷馬車にいたのは少ない金で雇われたならず者たちで、ダリアの父の殺気に逃げ出していったが、門番は逃げなかった。

 子供を誘拐していることが明るみに出ないように、何とかダリアと父親を捕らえようとした。

 しかし、それは無理だった。

 祖父直伝の剣術に長けたダリアの父は、門番の一人の腕を切り落としてしまったのだ。

 現在のダリアが住んでいる地区とは離れているが、ガイアス子爵のタウンハウスも手狭な市街地にあった。大通りを歩く人たちは、腕を切り落とされれ騒ぐ門番と、血まみれの剣を持った騎士に悲鳴をあげて逃げ惑った。


「憲兵隊が到着して、……父が事情を説明したけど、うちは騎士だったから……」

 ダリアの父の言い分は聞き入れられず、迷子になった子供を誘拐したと言いがかりをつけて剣を振り回したと言う子爵家の証言が聞き入れられてしまった。


 『そんなところでも身分差が……』


 バーベナは思わず立ち上がると、ダリアに歩み寄って震えている肩を抱いた。

「わかったわ、ダリア……あなたのお父様が真実に素晴らしい騎士だと言うことも、ガイアス子爵がどれほどひどい人間かと言うことも…….もう、言わなくていいの」

 バーベナの華奢な腕の中で、ダリアが嗚咽を耐えきれなくなった。

 投獄されたダリアの父は、原因不明の病で亡くなっている。ガイアス子爵が口封じをした可能性もある。

「ダリアの父が獄中死し、……ダリアと共に救済院にいたダリアの母も亡くなっている」

 クラレンスの言葉に、堪えきれなくなったバーベナの頬に一筋の涙が流れた。

 声を殺して震え泣くバーベナを、同じように涙に濡れたダリアの瞳が見上げた。


「ごめんなさい……ダリア、あなたの辛さを………」

 わかったつもりではない、バーベナはそう言いたかった。同情でもなく、ただ、憤りを覚えるのだと。

「そんな非道が行われてはいけないわ……」

「バーベナ……」

 ダリアの腕が、バーベナの小さな体に縋りついた。

 公爵令嬢で何不自由なく育ったはずのバーベナが、同じ気持ちを持ってくれた。

 それがダリアにはうれしかったのだ。

 父を失ったことも、母を亡くしたことも、どちらも耐え難いほど辛いことだった。だが、それ以上に、こんなふうに踏み躙られることが罷り通ってしまうことが悲しかった。

 相手が貴族だから、自分の家が騎士だったから。

 それで差別されていいとは思えなかった。


「ダリア……話してくれてありがとう……つらかったでしょう」

 バーベナの腕の中で、ダリアは首を振った。

「バーベナこそ、……冤罪とはいえ獄中死した父を持つ私を嫌いにならないでくれて」

 ダリアの言いかけた言葉に、バーベナは彼女を抱く腕に強い力を込めた。

「そんな悲しいことを言ってはダメ。ダリアはダリアよ。私の大切な友達よ」

 クラレンスの腕が、ダリアを抱いたままのバーベナごと二人を抱きしめた。

 過酷な生い立ちを持つ義妹、その友人の少女。

 ふたりともが、幼い少女とは思えないような聡明な魂を持っている。そのことに、クラレンスは感動を覚えていた。

 彼もまた、ダリアがそうであったように、バーベナとの出会いで以前の彼とは違っていた。『とき乙』の世界でダリアは領地で農民のように暮らし、王立学園に入学するまでは自分の自由になる時間などなかった。

 だが、バーベナの友人になったことで、ポート男爵のダリアに対する態度が変わっていった。

 家の中で使用人のように扱われているとルイスナム家に知られることはよくないと、男爵は考えるようになっていた。その後の縁談にも差し障りが出かねない。

 ダリアは美しく、バーベナのおかげで才能を開花させてもいた。今ならば、王家も含めどの家から婚約を申し込まれても不思議ではない少女に育っている。

 そして、クラレンスもそうだった。ゲームの中のクラレンスは、困窮した男爵家で思うように勉強もままならないと嘆く場面があった。だが、今はルイスナム家を足がかりに、高位貴族の令嬢との縁談も望めるようになった。ポート男爵も出来るだけクラレンスの教育に力を注ぐようになった。

 来年、王立学園に入学すれば、クラレンスは特待生になって授業料免除どころか年棒が学園から払われることになる。優秀な頭脳の他国への流出を避けるため、最近王室が始めた特待生制度のおかげでクラレンスは好きなだけ自分の興味を満たす研究をすることができる。それまでは、自身の境遇に不満しか持たずに、両親も義妹も彼の興味の範囲外のものだった。しかし、今のクラレンスは違っていた。

 普段は冷静で大人びたダリアが、バーベナの腕の中で子供のように泣いている。

 この二人を守りたい。

 初めてと言って良かった。

 クラレンスは他人に対して、初めて興味を覚え、感情を深く揺さぶられた。

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