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4 お忍びでおでかけ

 バーベナとダリアたちが一緒に勉強をするようになって、およそ1年が経っていた。


 「悪役令嬢」たちは、公式のゲームの中のようにダリアを苛めることはなかった。


 ダリアは物怖じしない性格で、勉強も運動も魔法も、全てに秀でていた。バーベナの知るゲームの中のダリアは才能に溢れているが環境に恵まれず、学園に入学してからそれが開花することになっていた。だが、バーベナの計いで優秀な家庭教師から教えを受けることになり、すでに才能を伸ばすことができていた。

 他の令嬢たちも、ゲームでは着飾ることや流行にばかり目を向けて人の本質を見るようなことはなかったが、早くから学問に触れ自身の能力を伸ばす喜びを知ったために全く別人のように育っていた。

 この学習会に参加しはじめた頃には家柄や華美な持ち物などで人を測っていた彼女たちだったが、ダリアの優秀さや惜しまない努力に見る目が変わっていった。


「ダリア、今週末うちに乗馬に来ない?」

 魔法学の座学の後で、カメリアがダリアを誘った。

 カメリアのフィンレー侯爵家が持つ領地は、馬の名産地だった。

 王都の屋敷にも多くの馬を飼っており、カメリアは幼少の頃から馬に乗っていた。淑やかで美しい彼女だったが、サイドサドルの婦人用鞍ではなく、乗馬ズボンで男性と同じように馬に乗っていた。その遠駆けに付き合えるのは、この学習会の中ではダリアだけだった。


「ごめんなさい。今週は先約があるの」

 乗馬好きなダリアが断るのは、大事な先約なのだと察して、カメリアはそれ以上は勧めなかった。

 用向きを言わなくても察してくれるカメリアに、ダリアはありがたい思いがしていた。


 この約束は、秘密なのだ。


 今週末、ダリアはバーベナをエスコートして街を案内することになっていたのだ。平民出身で男爵家の令嬢のダリアは、王都の街を庭のように歩き回っていた。

 もちろん、バーベナはハリエッタや護衛の騎士なしで外出したことはない。

 どうしても二人で出かけたいと強請るバーベナは愛らしく、ダリアは危険だと思いながらも断ることができなかったのだ。

 バーベナの思惑は、コートルートの回避とハズレスチル回収だった。

 週末、バーベナはダリアの家を訪れた。

 今まで何度も互いの家を行き来している二人だったが、バーベナが一人で訪れることは年齢的にも無理があった。侯爵家の馬車にいつもの護衛騎士、ハリエッタも付き添っての訪問になる。

 それはバーベナにもわかっていることだった。

 なので、彼女は入念に準備をしていた。

 もう3ヶ月ほど、バーベナはダリアを尋ねると二人で内緒の遊びがあるのだと言って、ダリアの私室に籠っていた。

 初めの頃はハリエッタがお茶を持ってきたりしていたが、二人が危ないことをする様子もなく、ただ内緒話をしては楽しそうに笑っている様子に安心したのか誰も邪魔をすることはなくなった。

 その日も、バーベナはダリアの部屋に通されるとハリエッタに客間で控えるように言いつけた。

 ハリエッタも、こうして大人ぶって見せるバーベナが微笑ましく黙って言いつけに従った。


「バーベナ」


 二人だけになると、ダリアは衣装箪笥から質素なワンピースを出した。

「市井でそのドレスは目立ちすぎるわ」

 バーベナにしては控えめな装いのつもりだったが、繊細なレースの襟やシルクサテンのリボンのついたドレスでは確かに目立つことだろう。

 ダリアが差し出した飾り気のないブルーのワンピースに袖を通したバーベナは、それでもその美貌のために目立ちすぎるようだった。

「帽子も被った方がいいわね」

 ダリアはバーベナの髪を簡単にまとめると、つばの小さな帽子を被らせた。

「すごいわ、ダリア」

 自分では髪を梳いたこともないバーベナは、ダリアの手際に驚いた。

「私も着替えてしまうわね」

 そう言って用意していたシャツとズボンを身につけたダリアに、バーベナは声をあげそうになった。

 キャスケットに金色の巻き毛を隠したダリアは、少年のようだった。


 『見たことある』


 コートルートのダリアが、家を抜け出して街に出る時の服装だった。

 この1年でダリアの身長は、ベーベナより頭ひとつほど高くなっていた。出会った頃にはさほど差はなかったのだが、バーベナと親しくなることで男爵家での待遇も良くなり、栄養事情から伸びなかった背丈も伸びたのかもしれなかった。


 『私も好き嫌いが減ったのだから、大きくなってもいいのに……』 


 バーベナは相変わらず小さかった。だが、その小さささえも、バーベナの美貌にはふさわしかった。

 ダリアは廊下を確認して、窓辺に椅子を運んだ。

「バーベナはここに乗っていてね」

 バーベナの手をとって椅子の上に立たせたダリアは、窓を開けると窓枠を軽々と乗り越えた。


「さあ」


 窓の下に立ったダリアが、バーベナに手を差し出した。

 その姿が金髪の美少年のようで、バーベナはなにか胸の奥がどきりとするような感覚を覚えた。

「ありがとう」

 窓から抱き降ろしてもらい、バーベナはダリアに手を引かれたまま庭木の間を隠れるように門まで進んだ。

 バーベナの小さな手を握るダリアの手は思ったよりも力強く、少し熱く感じられた。

「門を出たらすぐに表通りに出られるわ」

 ダリアの家は家格も低く、屋敷というには狭いものだったので大通りに近い賑やかな場所にあった。

 バーベナの家は、森のような木立に囲まれ、王城に近くはあったが堀を渡らなければ門の中に入ることもできなかった。

「すごい……、ダリア、あなた、本当にすごいわ」

 足早にダリアに追いつこうと歩くバーベナは、すっかり感動していた。

 この世界以外の記憶を取り戻してからのバーベナは、それ以前に比べたらかなり生活能力も向上したかもしれない。だが、やはりこの世界では公爵家の一人娘なのだ。一人でできることなど、ほとんど何もなかった。

「本当?……あなたに褒められるなんて、嬉しい!」

 微笑んだダリアの頬に赤みがさしていた。


 『ダリアはやっぱりヒロインなのね。すごく素直で可愛い』


 ダリアの笑顔に、バーベナもにっこりと笑みを返した。

「どんなお店に行ってみたいの?」

 大通りの広場について、ダリアはバーベナに尋ねた。長い時間こうしているのは難しい。二人とも、まだ11歳の貴族の令嬢なのだ。危険を冒すわけにはいかない。

「そうね……」

 バーベナはそこまで考えていなかった。ダリアが変装して家を抜け出したら自然にイベントは始まるはずだった。コートを見かけたら、ダリアと接触させないようにして後をつけるだけだと思っていた。

 だが、まだコートの姿は見えなかった。

「あ……あのお店は何かしら」

 ガラスの飾り窓にキラリと光る物を見つけてバーベナが指差した。

「魔道具のお店みたいね」

 ダリアが飾り窓を覗き込むと、ガラス細工のアミュレットが飾られているのが見えた。

「バーベナ、…あの、よかったらお揃いのお守りを買わない?」

 遠慮がちなダリアの言葉に、バーベナは頷いた。

「素敵ね」

 飾り窓の中に、ダリアの瞳のような綺麗な緑のガラスのお守りが飾られていた。

「中に入ってみる?」

 ダリアに誘われて、魔道具のお店に入ろうとしたバーベナに何かがぶつかってきた。


「バーベナ!」

 よろけたバーベナをダリアが支えた。

「あ……あの、……ごめん」

 バーベナにぶつかったのは、痩せて小さな少年だった。


 『コートだわ!』


 学園に入学する頃も、コートは他の攻略対象に比べて小さくて幼い印象を持っていた。だが、今バーベナの目の前にいるのは、さらに幼く小さなコートだった。

 自信なさそうに謝ったコートの背後から、慌ただしく駆けて来る太った男が見えた。振り返ったコートもその姿を見つけ、慌てて魔道具の店の中に逃げ込んだ。


 『あれがコートの義父……』


 荒淫のためなのか、太った体に似合わず脂ぎった顔は目の下が窪み窶れたような印象を与える。その男は、魔道具の店の前にいるダリアとバーベナに目をつけた。

「お前たち、ここに子どもが来なかったか?その小さい方くらいの背丈の男の子だ」

 バーベナは太い指先に指差され、不快を覚えた。


 『コートはこんな男に………』


 このイベントでお仕置きされるコートを見ると、学園に入学してからも呼び出されて従わされるコートを見ることになる。だが、お仕置きイベントを見ないと、コートは憧れのアーロンとキャンプに行くイベントがあるのだ。

 バーベナは迷った。コートのお仕置きイベントは美味しい。だが、さっき見た小さなコートがこの男の自由にされるのは嫌だった。


 『ゲームの中の世界かもしれないけど……、みんな私と同じように感情があるのよね』


「うわぁ!」

 唾を飛ばさんばかりに喋っていた男が、石畳に倒れこんだ。

「なんだ!やめろ!」

 仰向けに倒れこんだ男は、腕を振り回して何かを払おうとしていたが、その腕は宙を掻いているだけで何も見えなかった。

「バーベナ」

 驚くバーベナの手をとったダリアは走り出した。

「こっち」

 細い路地を通って、ダリアは広場から離れ小さな公園に駆け込んだ。

「……大丈夫?」

 少し走って息が荒くなったバーベナを気遣うように、ダリアは噴水の近くのベンチに連れて行った。

「ええ。……大丈夫」

「バーベナ、ちょっと待ってて」

 バーベナをベンチに座らせたダリアは、指を鳴らした。

「あ……」

 バーベナの周りに、うっすらと光る膜のようなものが現れた。ダリアは小さく頷いて駆け出していった。


 『ダリア……イケメンすぎるわ……ヒロインなのに』


 光る膜はダリアが施した結界だった。先ほども、ダリアはガイアス男爵を魔法で転ばせて抑え込んでいた。彼女の優秀さは知っていたバーベナだが、今日のダリアはヒーローのように見えた。


 少し落ち着いたバーベナは、辺りを見回した。

 その公園は、ダリアがコートとパイを食べる公園だった。


 『これからここにコートが来て、ダリアとパイを食べるのね』


 それは王道のスチルで見ていた。バーベナは不思議とそれを残念には思わなかった。コートがひどい目に合わなかったことが、少し嬉しかった。

 ゲームを操作するのと、目の前でその状況を見るのでは全く違う。昨年の誕生日にアーロンとクラレンスを見た時には感じなかったが、それは誰も不幸になるような出来事ではなかったからだ。

 コートのイベントを見なかったからと言って、あの男がコートに無理強いをしないとは言い切れない。だが、アーロンとキャンプにいくイベントのコートは、屈託なく楽しそうだった。


 『……美味しいイベントだったけど、あの男は嫌だわ』


 ダリアが作った結界の中で、バーベナは小さく息を吐いた。

 噴水の水は涼しげで、木漏れ日の影は緑色にゆらゆらと揺れていた。

「普通に楽しいわ」

 そうだった。護衛も侍女も連れず、友達と遊びに行くことなど、この世界のバーベナにはできないことだった。


「バーベナ」


 ぼんやりと噴水を眺めていたバーベナの元に、ダリアが戻ってきた。手には大きなクリームパイがあった。

「あ……」

 ダリアが両手で持ったパイは、虹色のクリームで飾られていた。

「これをバーベナと食べたかったの。今、市井ではとても人気があるのよ」

「おいしそうだわ。ありがとう、ダリア」

 このパイは、ダリアとコートが一緒にかぶりついていた物だった。

「ナイフもフォークもないけど」

 ベンチに並んで座ったダリアは、バーベナにパイを差し出した。

「ふふ、楽しいわね」

 バーベナは大きく口を開くと、パイに噛り付いた。

 口の周りについたクリームに笑いながら、ダリアもパイを食べた。

 イベントの回収はできなかったが、ダリアとの時間はバーベナには楽しいものだった。

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